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お話し小箱。「好きに動かしてみよー」 3 

              



「あの・・・肝心な話って何?」


「うーん。
 暁子サンに話してもらいたいところなんだけどなぁ。
 えーとね・・・ハシバには石を扱う力があるってこと」


「石を扱う力?」


「うん。石の色を変えたり、くっつけたり、バラしたり。
 この時、中身というか性質も変わるんだけど。
 石の力を強めたり、無力化することもできる。
 他にもやろうと思えば、いろいろできるはずだよ。
 でも、やりたいと思わなければ何も起こらないから大丈夫」


「でも、この間は、石の色を変えようなんて思わなかったのに、
 勝手に変わったぞ。
 石がくっつくなんて考えもしなかったのに、いきなりくっついたし」


「あれは特別。
 すごく反応しやすい石を選んでるから」


「なんでそんなのがわかるんだ?
 暁子サンや先生から話を聞くだけで、俺に合う石かどうかなんて
 なんでわかるんだ?」


「なんでって・・・なんでだろうねぇ?
 この間会ったときも、同じ質問してたよねー」
イワイシはからかうように言って笑った。


(そうだ。この間も同じこと訊いたんだよな。
 信じられないけど、やっぱり同一人物なんだなぁ・・・)


「そんな特別なことじゃないんだ。 
 ハシバが石をくっつけたりできるのと似たようなことだよ」


「そう言われてもなー
 ホントにもう一回石をくっつけられるかどうかわからないんだけど。
 ・・・先生や暁子サンも不思議なことができるのかな?」


「もちろん。
 あの二人は別格って言えるんじゃないかなー
 本当にすごいと思う。

 なんかね、いろんなことがわかってるんだ。
 わかってるっていうか、勝手にわかるっていうか。

 先生は何かメッセージみたいなものを受け取ってたのかもしれない。
 俺とハシバを引き合わせたいって突然言い出したから。
 ・・・華子サンが関わることだとは思わなかったかもしれないけど。

 暁子サンもできるだけ早い方がいいって言ってた。
 こういう状況になるってことがわかってたのかもしれないな」


「暁子サンは、なかなか会えない人間だって聞いたことがある」


「確かにねー 
 暁子サンに会いたがっている人はものすごく多いから。
 石を扱う力については、暁子サンに時間をとってもらって、
 じっくり聞いた方がいいと思う」 


「暁子サンってそんなにすごいのか?」


「俺はすごいと思う。
 でも、大勢の人間がスゴイと思ってるからって
 ハシバもスゴイと思わなくちゃいけないってことはないだろ?」


「・・・・・うーん。そういう言い方されるとなぁ・・・・」


「でも、そうだろ? 周囲がどう反応しているかじゃなくて、
 自分がどういう印象を持ったかが重要だと思うけどな」


(暁子サンのことはイマイチよくわからないなぁ・・・
 実情を知らないという点ではイワイシも同じだけど)


透は話題を変えた。
「ばあちゃんちには、何度も行ってるのか?」




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「今回で3回目だったかな?」


「えっと、その、今日みたいな・・・服装で?」


「ワカヅクリってこと? そーだよ。
 もともとは暁子サンの発案なんだけどね。
 ばあちゃんには、ハイハイって素直に話を聞ける存在が
 必要なんだって。

 ばあちゃんと暁子サンは、ライバルってことになってるし、
 まあ、ライバルって言ってもライバルごっこみたいなもんらしいけど・・・

 先生に対しては、絶対優位に立ってないと気が済まないみたいで、
 至極真っ当な意見に対しても、ボロカスに言い返すらしいし。

 暁子サンは、いくらばあちゃんがガンコで気が強くても、
 孫みたいに若い子に対しては、自分が折れてあげなきゃねって
 気持ちになるはずだって考えてるらしい。

 だから、学生みたいなノリで接してほしいって頼まれて・・・
 それで、こうなってる。

 でも、この格好で、暁子サンや先生に会ったことはないよ。
 話ができないと思う。
 まあ、やってやれないことはないけど、
 絶対に今みたいな口調にはならないな」


「相手の雰囲気とかに合わせるから?」


「そうだね。
 それもあるけど、あの二人には認めてもらいたいって気持ちがあるし、
 大事なお客さんでもあるし」


「ふーん。
 でも、今の雰囲気の方が自然な感じがするっていうか、
 素に近い気がする・・・勝手な印象だけどね。
 先生は褒めてたよ。すごすぎるって言ってた」


「すごすぎるって・・・なんだかなぁ」
そう言いながらもイワイシは嬉しそうだった。


「それから、誠実で一生懸命だって」


「うーん・・・一生懸命ねぇ・・・
 暁子サンもそういう印象持ってるのかな。
 相当気を張って、背伸びしてるように見えるのかもしれないなー
 ばあちゃんをダシにしてるけど、本当は、俺を心配して
 素に戻る機会を作ってくれたのかもしれないなぁ・・・」


「あのさ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


今の雰囲気なら、自然で気楽な会話ができる気がしたので、
透は訊きたいと思っていたことを尋ねてみようと思った。


「なに?」


「この間、暁子サンたちと一緒に会った時、
 3人で白い光を使って何かしてなかった?」


「・・・見えてたのか!?」


「うん。あれって何だったの?」


「言葉を介さない情報交換みたいなもの」


「いつもああやってるのか?」


「同席者に知られたくない時はね。
 でも、光が見えてるんだったら、ハシバがいる時はやらないことにする」


「うーん。そういうつもりで、この話をしたわけじゃないんだけどな・・・」


「でも、光を見られてるんだったら、やりたくないよ。
 ヒソヒソ話を見せつけてるようなもんだから」


「・・・」


「それにね、あの方法は個人的にはあんまり好きじゃないんだ。

 この間みたいな状況だったら、あの二人はお客さんだから
 彼らに合わせる方がいいと思うけどね。

 暁子サンも先生も語彙が豊富で、モノゴトの説明が上手なんだけど、
 あの白い光を使ったコミュニケーションに抵抗がないっていうか
 手軽で便利って思ってるみたいなんだ。

 必要な情報さえ伝わればいいって感じ、なんだかイヤなんだけどね」






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「必要な情報が伝わればいいんじゃないのか?
 それ以外に何を伝えるんだ?」


「うーん。この感覚は人それぞれだから、
 自分の考えが絶対正しいって思ってるわけじゃないんだけど・・・
 なんて言うのかな、言葉って確実じゃないだろ?」


「言葉が確実じゃない?」


「うん。だって、キレイって言ってもいろんなキレイがあるし、
 スゴイって言ってもいろんなスゴイがある」


「でもさ、話してる状況で、なんとなくわかるんじゃないのか?」


「なんとなく、だろ? 確実ってわけじゃない」


「まあね」


「だから、相手にわかりやすい言葉を選んだり、
 どうやったら、自分が伝えたいことが伝えられるか
 いろいろ試行錯誤したりする。

 そうやっていろいろやったからって、確実に伝わるわけでもなくて、
 ぜんぜん違う解釈をされることもあったりするんだけどね。

 そういうプロセスを繰り返す間に
 相手のことがだんだんわかってくるんじゃないのかなって思う。
 だから、それを省略するのはなんだかイヤなんだ」


「でも、暁子サンや先生のことは、よく知ってるんだろ?」


「知ってるって・・・どういう意味で?」


「どういう意味って言われてもなぁ」


「どっちが正しいとかってないけどさ、
 <知ってる>って言葉の意味、俺とハシバでは違うよね?」


透は頷いた。
(そういえば、暁子サンからも「詩織の何を知ってるのか」って
 聞かれたっけ・・・)


「暁子サンや先生は掴みどころがないんだ。
 顔と名前以外の何を知っているのかって聞かれたら、すごく答えにくい。

 同じものを見ている時、あの人達はどういう言葉を使うのか、
 受け取った印象をどう表現するのか・・・そういうところから
 掴めるものがあるんじゃないかと思ってる。
 だから、あの人達の実際の言葉を聞きたいんだ」


「ふーん・・・そんな風に考えたこと、一度もないなぁ」


「ハシバの場合、波長が合う人間が周りに多いんだよ、きっと。
 だから、自分との違いを感じないのかもしれないな」


「イワイシ・・・は、違うのか? 相手に合わせるの、得意なんだろ?」


「簡単に合わせられる時と、そうじゃない時があるんだ。
 どーやっても、合わせられないこともある」


「へー なんか意外だな。誰とでもすぐに仲良くなれそうなのに」
(今朝会った瞬間は驚いたけど、すぐにフツーに話せるようになったし、
 なんだかずっと前からしょっちゅう話してるみたいな気もするし、
 全然違和感ないのにな・・・)


「仲良さそうな雰囲気は作れても、
 本当に友達になれるかどうかは別だと思うよ」


イワイシの周りの空気がなんとなく陰ったように見えた。
透は言葉を返したかったが、黙っていた方がよさそうな気がした。
 
 
 




イワイシは灰色の瓦屋根の家を指差して言った。
「あれが、石の博物館っていうか、ばあちゃんち」


土手の上からだと、完全に見下ろす位置ではないが、
かなり大きな家だというのはわかる。


「ばあちゃんって、あの家に一人で住んでるのか?」


「違うんじゃないかな。
 大きい家だからよくわからないし、
 ばあちゃんに聞いたこともないけど、
 家の空気の感じは、一人暮らしじゃないと思う。
 お手伝いさんみたいな人もいるらしいし」


イワイシが土手から道路に続く階段を降りはじめたので、
透はイワイシの背中に向かって話しかけた。
「ばあちゃんちで何をしたらいいのか、わかってないんだけど」


イワイシは振り返って笑った。
「俺はわかってるから大丈夫。
 それに、ばあちゃんには席を外しててもらうから」


そして、階段を足早に下りて行った。
透もそれに続いた。




道路に面しているのは、屋根つきの古めかしい大きな木の門だった。
イワイシは目立たない位置につけてあるインターフォンを押した。


数秒後、ガチャッという音がした。


「この門ね、電子錠がつけてあって、解錠してもらわないと開かないんだ」


「へー すごいな」


「見えないようにしてあるけど、監視カメラもついてるはず」


中に入ると、コンクリートで固めてある、
ゆるやかにカーブした道が続いていた。
両側にはよく手入れされた庭木が並んでいる。


「木の手入れは、先生がやってるんだって。
 だから、ほら、変わった形のもあるだろ」


串団子の形やクマやウサギの形に刈られたイチイがあった。
イワイシは言葉を続けた。


「先生って、剪定が趣味なんだって。
 植物に触ってると落ち着くって言ってたよ」


「そうなんだー この間、みんなで行ったレストランでも
 窓際の鉢植えをじーっと見てたなぁ」


「最初、先生は、ばあちゃんにどんな感じに伐ればいいか
 お伺いを立てたんだけど、指示待ちするな!って怒鳴られたんだって。
 それで、先生は好きなよーにやってる。

 ばあちゃんは、すっごく気に入らないみたいだけど、
 それを先生に言ったら負けだと思ってるから、我慢してるらしい」


「やられっぱなしってわけじゃないんだ。
 先生らしいなぁ」


大きな引き戸がある玄関の前に着くと、またガチャッという音がした。


「たぶんね、どこかの監視カメラから映像を見てて、解錠してくれたんだと思う」


イワイシは引き戸をガラガラと開けた。
「こんにちはー」

 
 


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奥からパタパタという音がして、和装の年配の女性が出てきた。


「お待ちしてましたよー」


とても可愛らしい雰囲気ではあるが、道を極めた師匠のような威厳もあって、
確かに『おばあちゃん』という呼び方はしにくい人だった。
でも、『女帝』という表現は当てはまらないタイプに見える。


「こちらの方が、石を診てくれる先生かしら?」


彼女は大きな丸い目で透を見て言った。
透はあわてて会釈した。


「そうだよ」
イワイシが答えると、彼女は丸い目をさらに丸くした。


「ずいぶん、若い方なのねー
 イワイシくんのお友達なの?」


「うん、まあね。
 暁子サンを通じて知り合ったんだ」


「そうなの・・・
 私、岸崎華子と申します。よろしくね」


(このひとが「ばあちゃん」で、華子サンなのか・・・)


「羽柴透です。よろしくお願いします」


華子サンはじーーーっと透の顔を見つめた。
「ハシバくんってお呼びしていいかしら?」


「あ、はい、その・・・そ、それでいいです」
透は緊張してしどろもどろになって答えた。


「あのね、イキナリで失礼かもしれないけど、
 あなた、主人の若い頃にホントにそっくりだわ!」


(・・・そう言われてもなぁ・・・)
透はどう返せばいいのかわからなくて、固まってしまった。


「・・・華子サン、それって俺にも言ったよねー」
イワイシは笑いながら言った。


華子サンは目を細めてイワイシを眺めた。
「そうよー イワイシくんもよく似てるからねぇ」


「でもさー 俺とハシバくんは似てないよ」


「似てるわよッ!! 
 二人とも死んだおじいさんにそっくりなのよ!!
 三人並べてじっくり眺めたいくらい似てるわよっ!!」


華子サンは強い口調で叫んだ。
本気で言っているようだった。


(これが更にヒートアップすると『女帝』になるのかな・・・)


「そっかー 俺には全然わかんないけど、
 華子サンには似てる部分が見えるんだね」
イワイシは穏やかな口調で言うと、
この間のような『無敵の笑顔』を見せた。


「早速だけど、石を見せてもらえないかな?」



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「イワイシって結構ずうずうしいんだなぁ」
 
 
石の博物館として使っている部屋へと続いている
長い廊下を歩きながら、透はイワイシに話しかけた。


「なんでだよー」


「ここのうちに来るの、まだ3回目なんだろ?
 普通、昼ごはんのメニュー、リクエストするか?」

 
「ばあちゃんは、アレ食べたい、コレ食べたいって言ってほしいんだよ。
 死んだおじいさんがそうやってリクエストする人だったらしい。
 
 でも、今はばあちゃんにあーだこーだ言う人なんていないからね。
 おじいさんは、ばあちゃんが作ったご飯を
 とってもおいしそうに食べる人だったんだって」
 
 
「・・・ふうん・・・そうなんだ・・・」
 
 
「死んだおじいさんの若い頃の写真、そのうち見せてもらおうよ。
 ・・・どっちにも全然似てなかったら、ちょっと困るけどな」
 
 
 
イワイシが突然足を止めた。
 
 
「この間の石、今、持ってる?」
  
 
「色が緑に変わったやつのこと? 持ってるよ」
 
 
「それ、左手に握ってて」
 
 
透はジーンズのポケットから緑色の石を出すと、左手で握った。
 
 
イワイシの部屋で持った時は、
手の中に溶けていきそうで嫌だと思っていたが、
この石をポケットに入れている時の
『何だか落ち着く感じ』が気に入って、
透はいつも持ち歩いていた。
 
 
「もしかしたら、ハシバはちょっと気分悪くなるかもしれないけど、
 一時的なものだから ・・・石から手を離すなよ」
 
 
「何かあったのか?」
 
 
「あると言えばあるんだけど・・・たぶん、大丈夫」
 
 
 
 
廊下の突き当たりに、
凝った彫刻が施された扉があった。
ドアノブはレトロな雰囲気のガラス製で、
かなり古いようだった。
 
 
イワイシは華子サンに借りた鍵を使って、扉を開けた。
 
 
白檀のような香りがふわっと漂った。
その香りを感じた途端、透は眩暈がして壁に手をついた。
 
 
「・・・なんだか・・・目が回る・・・」
どうしても立っていられなくて、透はずるずると座り込んだ。
 
 
「ムリに動くなよ。そのまま座ってろ・・・すぐ治るから」
耳に何か詰まったような感じがして、イワイシの声が遠い。
 
 
周囲の空気がいきなり冷たくなったようだった。
喉が締め付けられているようで、ひどく息苦しい。
猛烈な寒気を感じているのに、
額にはうっすら汗が噴き出していた。
 
 
固く目を閉じ、手の中の石を握り締めて、
透はなんとか意識を保とうとしたが、
座っていても強烈な眩暈はおさまらない。
 
 
もう限界かもしれないと思った瞬間、突然、寒気も眩暈も消えた。
 
 
「・・・あれ??」
 
 
 
___________________________________________
 
 
 
 
 
「もう大丈夫だろ? これ、飲めよ」
イワイシがミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。
 
 
それを受け取ろうとして、透は左手の中の石の色が
深いブルーに変わっているのに気づいた。
 
 
「今日、その石、持っててよかったよ。
 なかったら、ちょっと大変だったかもしれない。
 
 また色が変わったな。
 ハシバを守ってくれる力が強くなったと思う。
 それ、なくすなよ」
 
 
イワイシに言われて透は石をポケットに戻した。
 
 
そして、ペットボトルの蓋を開け、水を飲んだ。
自分でも驚くほど喉が渇いていた。
水はとても美味しかった。
 
 
「ふう・・・   さっきのは何だったんだ?」
透は立ち上がりながら、イワイシに尋ねた。
 
 
「この部屋に石を詰め込みすぎてるんだ。
 おじいさんの石仲間の誰かが大量に送ってきたんだろうなぁ。
 
 しかも、相性が悪いっていうか、
 一緒に置いちゃいけないタイプの石同士を
 並べたり重ねたりしてるから、
 ハシバみたいに、石を扱える人間にとっては、
 かなりツライ環境になる。
 
 ちょこっと並べ替えたけどね。
 だから、気持ち悪いの、おさまっただろ?
  
 でもこの程度じゃ、応急処置にしかならないな」
 
 
 
イワイシは柔らかそうな白い布の上に並べられた7つの石を
指差していった。
「これが問題の石」
 
 
灰色っぽいやや大きめの石が2つ並べてあり、
その下に一回り小さい黒っぽい石が5つ並べてあった。
 
 
「黒っぽいのはハシバがどーにかできるはずだよ」
 
 
「どーにかって?」
 
 
「こうやって、両手で包んで・・・そうだなぁ・・・
 太陽でも炎でも、何か熱そうなものを思い浮かべてみてよ」
 
 
透は一番手前の黒っぽい石を両手で包むようにして持って
目を閉じると、太陽のイメージを思い浮かべた。
 
 
「もういいよ。石を見せて」
 
 
イワイシに言われて、手を開くと、黒っぽかった石は
鮮やかなオレンジ色になっていた。
 
 

 

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「ほーら、元に戻った。
 残りの4つも・・・そうだな、太陽でいいかな・・・
 今と同じようにやってくれるかな?
 俺は暁子サンに電話するから」
 
 
イワイシは窓際へ歩いていくと、透に背を向けたまま
ポケットから携帯を出し、いくつかボタンを押して耳に当てた。
 
 
「・・・イワイシです。今、お話ししてもよろしいですか?」
口調も声の感じも先日会った時と全く同じになっていた。
 
 
「7つのうち、5つは透さんが元に戻せます。
 残りの二つは、私が持っている石と合わせたいのですが。
  
 ・・・ええ・・・ここから持ち出す必要があります。
 ・・・そうです、かなり価値のある石です。
 ただ、私も透さんも持ち出せる立場ではないので・・・
 ・・・お願いできますか?
   
 ・・・はい・・・それなら大丈夫ですね。
   
 では、後で華子サンとお話ししてください。
 よろしくお願いいたします。
   
 ・・・その件は、またこちらからご連絡しますので・・・
 どうもありがとうございました」
 
 
透はぼんやりイワイシの背中を眺めていた。
(やっぱり同一人物なんだよなぁ・・・)
  
  
携帯をポケットに突っ込んでから、イワイシが振り返った。
無表情だったので、どちらのイワイシか判別がつかない感じだった。
 
 
しかし、透の顔を見て笑い出したとたん、さっきのイワイシに戻っていた。
「なんだよー  ボケーっとして」
 
 
「・・・やっぱり同じヒトなんだなぁと思って」
 
 
「はぁ? ああ、しゃべり方ってこと?」
 
 
「しゃべり方だけじゃないよ。
 声の感じとか雰囲気とかも全然違う」
 
 
「そうかな? 
 でも、ハシバだって、友達と話すときと先生と話すときじゃ、違うだろ?」 
 
 
「そりゃ、そうだけど、イワイシみたいに別人にはならないよー」
 
 
「別人って、大げさだなぁ・・・ 
 で、また事後承諾になっちゃって申し訳ないんだけど、
 来週の日曜日、手伝ってもらえるかな?」
 
 
「え? 何を?」
 
 
「残りの2個の石。
 7個のうち5個はここでどーにかなるんだけど、
 残りの2個は、別の場所で別の作業が必要になる。
 それを手伝って欲しいんだけど」
 
 
「・・・別の場所って、この間のスゴイところ?」
 
 
「いや、かなり地味なところ」
 
 
「それならいいよ」
 
 
 
黒っぽい5つの石は、透が両手で包んだ後、
それぞれオレンジ、藍色、緑、黄色、ブルーに変化した。
全て透明感があり、とても美しかった。
 
 
(・・・こんなにキレイな石だったんだ)
透は白い布の上の石をじっと見ていた。
 
 
「残りは赤と紫かな」
イワイシが呟いた。
 
 
「何でわかるの?」
 
 
「虹・・・虹の7色なんじゃないのかな?」
 
 
「残りの二つが高価な石だってわかってたのか?」
 
 
「え?」
 
 
「暁子サンとの電話で価値のある石とかって言ってなかった?」
 
 
「ああ・・・まあね。人によって感じ方は違うかもしれないけど。
 でもこの二つの石が本来の力を取り戻したとしたら、結構スゴイと思う」
 
 
「・・・近くに行くと、眩暈がするとか?」
 
 
「それはないから大丈夫。
 さっきのは、不協和音みたいなものなんだ」
 
 
 
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「不協和音?」
 
 
「ピアノの音って、きれいだけどさ、
 めちゃくちゃに弾いたら、うるさくてイライラするだろ?
 それと同じで、ここに置いてある石は、めちゃくちゃに置いたらダメなんだ。
 
 並べ方みたいなものがあるんだよ。
 こんなふうに一ヵ所に押し込んじゃダメだし、
 テキトーに重ねるなんてもってのほかなんだけど。
 あっちの隅の方、何となく近寄りたくない感じがしないか?」
 
  
イワイシが指差した方を見ると、確かに何か「嫌な感じ」が
渦巻いているような気がした。
 
 
「ムリに見てなくてもいいけど、置き方を変えるとね・・・」
イワイシはそう言いながら、
部屋の隅のいくつかのダンボール箱の位置を交換したり、
積み重なっているのを床に並べたりした。
 
 
すると、「嫌な感じ」がふっと消えてしまった。
 
 
「ほら、近寄りたくない感じがなくなっただろ?」
 
 
「そうだね。今は全然感じないや。何をしたんだ?」
 
 
「並べ方を変えただけだよ」
 
 
「何でわかるの?」
 
 
「なんとなく・・・ 感覚的なものだから、うまく説明できないけど」
 
 
「イワイシは眩暈とか起きないのか?」
 
 
「一応、プロテクトの仕方は知ってるし、お守りも持ってるし」
 
 
「お守り???」
 
 
「お守りって、おかしい?
 この前、ハシバが言ってたゴリヤクよりはフツーだと思うけど」
 
 
「・・・本当に、同一人物なんだねぇ」
 
 
「そんな何度も言うほど信じられない?
 別人って言われるほど変わってないつもりだけどなぁ」
 
 
「俺には別人みたいに見えるんだけど」
 
 
「中身はおんなじだよ」
 
 
(ここに暁子サンや先生がいきなり来たら、
 「透さん」とかって一瞬で切り替えられるのかなぁ?)
 
 
「今度の日曜日に、ハシバにもお守り作るよ。
 青い石の力が強まるから」
 
 
「お守りってイワイシの自作?」
 
 
「うん。お守りっていうか、針金細工みたいなものだけど。
 でも、ゴリヤクはちゃんとあるから」
 
 

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ピピッという電子音が聞こえた。
イワイシはポケットから携帯を出した。
「暁子サンからメールだ」
 
 
イワイシは数秒間画面を見ていたが、透に視線を移した。
 
 
「日曜日の夜、お食事しましょうって。
 暁子サンと、先生と、ハシバと俺でってことだけど。
 中華だって」
 
 
「前に行ったところかな?」
 
 
「暁子サンたちと中華を食べに行ったことがあるなら、同じ店だよ。
 料理長だっけ、知り合いなんだろ?」
 
 
「またあの店かよ・・・」
 
 
「ハシバは改まった雰囲気の店はキライなんだなぁ」
 
 
「キライっていうか、落ち着かないから」
 
 
「そのうち慣れるよ」
 
 
「イワイシはどこへ行ってもその場に溶け込めるからなぁ」
 
 
「最初から溶け込めたわけじゃないよ。
 今だって気をつけないと浮いてるし」
 
 
「浮いてるんじゃなくて、目立ってるんだろ?」
 
 
「目立ってる? まあ、そういう言い方もできるかもしれないけど。
 あまりよくないことなんだよ、俺にとっては」
 
 
「どうして?」
 
 
「・・・いろいろあるんだ・・・そのうちハシバもわかるよ」
 
 
「ふーん・・・」
 
 
(イワイシって、どういうヒトなんだろう・・・
 無敵の笑顔ができるくせに、
 時々話しかけられないくらい暗い雰囲気にもなる。
 
 この間会ったときと、今とでは、完全に別人だし。
 中身はおんなじだって言われても、信じられないよなぁ・・・)
 
 
「どうかした?」
 
 
「ああ、ちょっと考えてた」
 
 
「何を?」
 
 
「今度の日曜日、どのタイミングで切り替わるのかなって」
 
 
「切り替わるって?」
 
 
「イワイシと<イワイシさん>の切り替え」
 
 
「切り替えてるわけじゃない。話し方が自然に変わるだけ」
 
 
「変わるのは話し方だけじゃないぞ」
 
  
「そりゃ、話し方が変われば姿勢や表情も変わるよ。
 ハシバだって、その場の状況次第でかなり変わってるはずだよ」
 
 
 
 
 
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「お口に合うかしら?」
 
 
華子サンの大きな丸い目が透をじーっと見ていた。
 
 
「え、あ、あの、とっても美味しいです・・・」
(・・・ここも落ち着かない部屋だなぁ・・・)
 
 
立派すぎる広い日本間。
座卓はいかにも高そうな感じで大きい。
それでも部屋にはかなりの余裕がある。
 
 
床の間の大皿も、その隣の中国風の花瓶も、
美術館のガラスケースの中にあっても
おかしくないような感じだった。
どちらも、透が想像できないような価値があるのだろう。
 
 
松花堂弁当風に、いくつかのおかずが
美しく盛り付けられた漆塗りの四角い器も、
高そうな座卓に負けないくらいの存在感があるものだった。
 
 
座卓を隔てた反対側にはイワイシが座っている。
ラフな服装だが、背筋を伸ばしてきちんと座っているせいか
周囲に溶け込んでいて、全く違和感がなかった。
 
 
(俺の方が浮いてるかもしれないなぁ・・・
 イワイシは、箸の使い方もすごくキレイでうまいなぁ)
 
 
電話の呼び出し音が聞こえた。
 
 
「ちょっと失礼するわね」
華子サンが出て行った。
 
 
「ふぅ・・・やれやれ・・・」
透は溜息をついた。
 
 
「煮物、突き刺して食べるなら今のうちだぞ」
イワイシが笑った。
 
 
「そーだね。これは箸で取りにくいや。
 料理、美味しいんだけどさ、
 あんなにじーっと見られたら食べにくいよ」
透は『お上品に食べるには難しそうなおかず』を選んで
急いで食べた。
 
 
まだ華子サンは戻ってくる気配はない。
 
 
「ばあちゃんの料理は、ホント美味しいよ。
 彼女は和食が専門。
 暁子サンもかなりの料理上手だけど
 彼女はイタリアンとかフレンチが得意」
 
 
「暁子サンの料理、食べたことあるのか?」
 
 
「うん。家に招待されたことがある。
 ハシバもそのうち呼ばれるはずだよ」
 
 
 

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華子サンが戻ってきた。
「あらあら、もう食べちゃったの?!」
 
 
丸い目がさらに真ん丸になった。
 
「・・・すごくおいしかったので・・・ご馳走様でした」
透が言うと、華子サンはとても嬉しそうに笑った。
 
 
「こんなにキレイに食べてもらえると作り甲斐があるわ。
 イワイシくんもいつもキレイに食べてくれるし」
 
 
「ご馳走様でした。おいしかったー」
イワイシも食べ終わり、手を合わせた。
 
 
「お茶、淹れてくるわね」
再び華子サンは部屋を出て行った。
 
 
「なんかあったみたいだな」
イワイシが呟いた。
 
 
「? ばあちゃんの様子、変だった?」
 
 
「いや・・・ふっとそういう気がしたんだ。
 で、そういう気がする時は、たいてい当たってるんだけど。
 たぶん、石絡みのことだろうなぁ」
 
 
「ふーん。でも、あの部屋には、もう石を置けないよ」
 
 
「ほーら、ハシバもわかってるじゃないか」
 
 
「??」
 
 
「今、自分が何て言ったか、わかってるだろ?」
 
 
「え? あ、あの部屋には、もう石を置けないって」
 
 
「つまり、そういうこと」
 
 
「???」
 
 
「おじいさんの石仲間の誰かが、また石を送ってくるんだと思う。
 ハシバもそれがわかったから、先回りして、
 もう石は置けないって言ったんだ」
 
 
「・・・先回りって・・・どうして石を置けないっていったのか
 自分でもよくわかんないんだけどなぁ」
 
 「そういうのが積み重なってだんだんわかってくるんだよ。
 どっかからふっと浮かんでくるイメージとか言葉を、軽く扱うなよ。
 
 石が置けないってわかってるから、
 説明するまでもないかもしれないけど
 さっきの7つの石、色が変わっちゃったのは、
 あの部屋に石を詰め込みすぎているのが原因なんだ。
 
 だから、あの部屋を整理して、石の置き方を変えない限り、
 またああいうことが起こる」
 
 
「あのさ・・・変だと思われるかもしれないけど、
 ばあちゃんちの石にしても、
 イワイシのところで見た石にしても
 見た目は石だけど、ホントは違うんじゃないのか?」
 
 
イワイシがニッコリ笑った。
「絶対気づくはずだって思ってたけど、
 俺の予想よりはるかに早く気がついたなー
 そうだよ。厳密には石じゃない」
 
 
「石じゃないんだったら、何なんだ?」
 
 
「石じゃないんだけど、石なんだよなー
 実際そうだろ? 石にしか見えないし」
 
 
「でも、違うんだろ?」
 
 
「うん ・・・違う。
 石じゃないなら何なのか。
 エラソーに聞こえたら申し訳ないけど、
 答えを言ったからって、わかるもんじゃないんだ。
 
 ホントは石じゃないってハシバが感じたのと同じように、
 実はこういうものなんじゃないかって、
 自然に感じるようになってわかるものなんだ。
 
 うーん・・・やっぱりエラソーに聞こえるかなー」 
 
「いや、エラソーだとは思わないよ。
 イワイシも自然にわかるようになったのか?」
 
 
「うん。時間かかったけどね。
  
 ハシバは、暁子サンや先生の近くにいるから、
 俺よりずっと短時間でわかるようになるよ。
 
 ただ、この先もこういうことに関わるつもりがあるかどうかによるけど。
 
 ・・・何でもわかればいいってもんじゃない。
 知らない方がいいこともあるんだ」
 
 
イワイシは自分の言葉に力が入っているのに気づいたのか
一瞬無表情になると、目を逸らした。
 
 
 
 

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「お待たせしましたー
 今日はなんだか落ち着かない日だわ。
 お茶をお持ちするのが遅くなってごめんなさいね」
 
 
華子サンが戻ってきた。
 
 
右手に持っている丸いお盆には、
立派な茶托と上品なお茶碗が載っていた。
華子サンはお盆を座卓の隅に置いた。
そして流れるような手つきで、茶托に茶碗を静か置き、
イワイシと透の前に差し出した。
 
 
緑茶のいい香りが漂った。
 
 
「明日ね、アッコちゃん・・・暁子サンが来るわー
 ついでにあのコもね。
 あなた方も、センセイって呼んでるのかしら? 
 ・・・なんであのコがセンセイなのかしらねぇ」
華子サンはくすくす笑った。
 
 
「それでね、暁子サンから正式にお話があると思うけど、
 イワイシくんとハシバくんに
 ウチの石を整理するのを手伝っていただきたいの。
 引き受けてもらえるかしら?」
 
 
華子サンは大きな丸い目でイワイシを見た。
それから、透の方を見た。
 
 
「いいですよ。
 でも、イワイシくんが手伝ってくれないと無理ですけど」
 
 
透は自分の言葉が信じられなかった。


「これ以上石は置けない」と言った時と同じように、
どうして自分がこんなことを言っているのかわからなかった。


華子サンはすぐにイワイシに視線を移した。
「イワイシくん、どうかしら?」
 

イワイシは、透が引き受けた瞬間は驚いたようだったが、
すぐにいつもの表情に戻り、
「うん。やるよー」
と答えた。
 
 
「あーよかった!!」
華子サンはものすごく嬉しそうだった。
 
 
「また石が送られてくることになっちゃったから、
 どうしようかと思っていたところだったのよ。
 
 細かいことについては、明日、
 暁子サンとよく相談しておくわ。
 
 彼女、これからも石が増えるだろうって言うのよ。
 今の段階で、石の入ったダンボール箱が
 山ほどあるっていうのに・・・
 
 でも、あなたたちが手伝うって言ってくれたから
 とっても気持ちがラクになったわー
 どうもありがとう!!
 
 石はたくさんあるから、
 ちょっと大変になるけど、よろしくね!!
 
 もちろん、豪華ランチつきだし、
 アルバイト代は、はずむわよ~」
 
 
 
   
 

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夕方のラッシュが始まる少し前。
電車から降りた透は、自動改札に向かってゆっくり歩いていた。
 
 
肩を叩かれたので振り返ると、先生が立っていた。
 
 
「昨日、どうだった? 大丈夫だった?」
心配そうな表情だった。
 
 
「え・・・??」
 
 
「話を聞きたいんだけど、時間ある?」
 
 
「はあ」
 
 
「じゃあ、行こう」
 
 
先生は前回同様、自動改札をさっさと抜けると、
またファーストフード店へ入って行った。
  
 
「そのへんに座ってて。コーラでいいよね」
 
 
透がプラスチックのイスに座ると、
二つの紙コップを載せたトレーを持った先生がすぐに来て
透の正面に座った。
 
 
「コレ、透クンの分」
先生は紙コップを透の前に置いた。
 
 
「ありがとうございます」
 
 
「・・・どうだった? 嫌じゃなかった?
 イワイシさんには、一回しか会ったことないって言ってただろ?
 あの時は押し切っちゃったけど、悪かったなと思って」
 
 
「・・・ああ、確か、僕、そう言ったんでしたよね・・・」
(そっかー・・・ 先生は「気さくすぎるイワイシ」のことは知らないんだよなー)
  
 
透はコーラを一口飲んで言葉を続けた。
「先生が話していた通り、とても気さくな人でした。
 いろいろな話が聞けて面白かったです」
 
 
「それならよかった・・・ホッとしたよ。
 もっとも、今日の午前中、華子サンのところへ行ったから
 少しは様子を聞いてきたんだけどね」
 
 
「暁子サンも一緒だったんですよね?」
 
 
「うん。あ、そうか、昨日、華子サンから話を聞いたんだね。
 ・・・彼女、イワイシさんのこと、えらく気に入ってるんだけど、
 透クンのことも、とっても気に入ったみたいだねぇ。
 漆塗りのお重でお昼食べたんだろ?」
  
 
「はい」
 
 
「石の整理、引き受けてくれたみたいだけど・・・
 ホントに大丈夫? 無理してない?」
 
 
「大丈夫ですよ。面白そうだと思ったから引き受けたんです」
 
 
「それならいいけど・・・
 別に断っても何の問題もないんだからね。
 
 友達との約束とか、おうちのこととか、勉強とか、
 そういうことを最優先にしなきゃダメだよ」
 
 
「はい。わかりました」
 
 
(先生もイマイチよくわからない人だなぁ・・・
 この間はすごくおっかない眼をしてたけど、
 今日はとても心配してくれてる。
 どうしてなんだろう??
 
 
 イワイシの言う通り、
 確かに俺は先生のこと、何も知らないよな・・・)
 
 
 
  

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「あの、質問してもいいですか?」
 
 
「いいけど・・・なに?」
 
 
「華子サンが、僕とイワイシさんのこと、
 死んだおじいさんにそっくりだって言うんですよ。
 先生は、死んだおじいさんに会ったことあるんですか?
 ・・・僕とイワイシさんって、全然似てないと思うんですけど」
 
 
「あー、そのことね・・・
 昔・・・僕が小学校5,6年くらいだったのかな、会ったことあるよ。
 確か法事か何かだった。
 
 あの頃の彼は、今の僕くらいだったのかな、
 もう少し年上だったのかな・・・
 
 掃き溜めに鶴なんて表現をあてはめるのは
 おかしいってわかってるけど、まさにそんな感じだった。
 
 なんかね、その場にいる人たちとは全然違うって言うか・・・
 
 ダンディとか美男子って言い切れるけど、
 それ以上の何かがあった。
 
 大勢の中にいても、一瞬で惹きつけられるような、
 ものすごく特別な感じ・・・
 この点は、確かにイワイシさんによく似てる。
 
 彼は、透クンみたいに石に対していろいろできる人だったんだよ。
 華子さんは、それを似ている部分として捉えているのかもしれない。
 
 それに、透クンは自分の容姿について無頓着みたいだけど、
 顔立ちがね、あの人の印象に通じるものがあるんだ。
 だから、華子サンがそっくりって言うのも、僕は理解できる。
 
 あの人は・・・とにかく忙しい人で、世界中を飛び回ってた。
 僕が彼に会ったのは一回だけかもしれない。
 もしかしたら、うんと小さい頃に会っているのかもしれないけど、
 ハッキリ覚えてるのは一回だけだ」
 
 
先生はしばらくの間、昔の記憶を辿っていたのか、
窓の外を見つめたまま黙り込んでいた。
 
 
「あ、ごめん・・・いろいろ思い出してたんだ。
 あの人みたいになりたいって、本気で願ってたこととかね」
 
 
先生はクスッと笑った。
「大人になれば、ああいう風になれるって信じてたけど、
 やっぱり無理だったなー」
 
 
「そんなにスゴイ人だったんですか?」
 
 
「そうだねー さっきも言ったけど、
 彼に会った記憶は一回しかないのに
 すっごく鮮明に覚えてるんだ。
 
 表情とか話し方とか、立居振舞とか、
 あの人のまわりの空気の感じみたいなものとか・・・
 
 華子サンの基準はあの人だからねー
 彼女のお眼鏡に適ったイワイシさんと透クンは、
 めちゃくちゃハイレベルってことだ」
 
 
「イワイシさんは確かにハイレベルだと思います。
 僕は・・・自分のことは・・・よくわかんないです」
 
 
「それでいいと思うよ。
 でもね、華子サンから、あの人に似ているって思われてるのは
 すっごく光栄なことだから。
 正直うらやましいよ」
 
 
先生の表情や口調から本気で言っているのが感じられた。
透はどう反応すればいいのかわからなかった。
 
 


___________________________________________
 
 
 
 
「あの・・・もう一つ聞いていいですか?」
透は話題を変えることにした。
 
 
「どうぞ」
 
 
「イワイシさんが、華子サンと暁子サンがライバル同士って
 話してたんですけど、何のライバルなんですか?
 ライバルごっこみたいなものらしいですけど」
 
 
先生はニヤッと笑った。
いつもの感じに戻ったように見えた。
 
 
「あの二人はね、月に1回か2回、碁とか将棋とかチェスとか、
 花札とかオセロとか、まあそういった種類のゲームで戦ってるよ。
 
 負けた人が勝った人にお取り寄せのおいしいものを
 プレゼントするってルールになってるんだ。
 
 勝った方がおいしいものをタダで手に入れられるんだから
 ラッキーなはずなんだけど、負けた方は薀蓄を傾けられるから、
 彼女たちにとっては、負けるが勝ちみたいなんだけどね。
 
 しかもね、3000円以下って縛りがあって、いかに低価格で
 おいしいものを手に入れてみせるかが勝負どころらしい」
 
 
「そうなんですか・・・」
 
 
「僕が二人を引き合わせたんだけどね。
 すぐに仲間はずれにされちゃってさ、
 パワフルな女性同士で盛り上がってるよ」
 
 
「華子サンも暁子サンみたいにタダモノじゃない感じがしますが、
 何かの先生なんですか?」
 
 
「昔はお花とかお茶とか和裁とかいろいろ教えてたよ。
 今はお教室って形ではやってないけど、
 昔のお弟子さんたちが時々来てるよ」
 
 
「あの家、やたらと大きいみたいですけど、
 華子サンのご家族も住んでるんですか?」
 
 
「厳密にいえば一人暮らし。
 だけど、住み込みのお手伝いさんもいるし、
 いっつも親戚やら、友達やら、お弟子さんやら、
 必ずって言っていいほど、毎日誰かしら来てるよ」
 
 
「イワイシさんが監視カメラや電子錠がついてるって
 教えてくれました」
 
 
「親戚にさ、あーいうセキュリティ関連の会社のヒトがいて、
 彼も・・・その・・・死んだおじいさんに心酔してたから、
 華子サンのことやあの家のことをすっごく気にかけてて
 自社製品を社販で買っては取り付けてるんだ。
 
 あの家に頻繁に行くようになるとIDカードを持つか、
 指紋の登録が必要になるよ。
 
 石の博物館のカギとか、いろんな大事なものをしまってある
 金庫や倉庫のカギなんかは、特別な箱に入れてあって、
 指とかIDカードをかざさないと使えないんだ」
 
 
「誰がカギを持ち出したかわかるようにするためですか?」
 
 
「そう。しかも石の博物館の入り口とか、金庫や倉庫の近くには
 隠しカメラがあって、常時撮影してるんだけど、
 開錠した瞬間から・・・何分間だったかな・・・前後の映像を
 自動的に記録媒体に書き込むようになってるんだ。
 
 一般家庭には全く必要ない仕組みだけど、石に関しては、
 万全を期して欲しいから、ありがたいけどね。
 
 あの家は見た目は古いけど、セキュリティに関しては、
 かなりすごいと思うよ」
 
 
 
 

___________________________________________  
 
 
 
日曜日。
透はイワイシからもらったメモを見ながら
人通りの少ない道を歩いていた。
 
 
(字も絵もうまいんだなぁ・・・道順の説明もわかりやすいし)
 
 
自宅の最寄り駅のS駅から電車を乗り継いて、
指定された駅まで40分くらいだった。
 
 
 
駅の周辺は、ひどくごちゃごちゃしていて
イワイシがここを歩いている様子は
とても想像できなかった。
 
 
4車線の国道を渡ると、雰囲気は一変して、
静かな住宅街になった。
 
 
駅からだいたい15分ちょっとで、イワイシが書いた地図に
「ココ」と四角く塗りつぶされた場所についた。
 
 
「白いマンション」と書いてあったが、
本当に真白な建物だった。
 
 
自動ドアを通って中に入ると、
すぐにまたガラスの自動ドアがあった。
ドアの横に、オートロックシステムの操作盤があった。
 
 
テンキーで「1104」と押すと、ガラスのドアが開いた。
 
 
ドアを通った先には、マンションの住人専用のロビーがあり、
ソファと低いテーブルが置かれていた。
 
 
イワイシのメモには、
「ロビーを左に曲がる」と書いてあったので、
左側へ続く廊下を歩いて行くと、
集合ポストがあり、その先にエレベーターがあった。
上向きの矢印がついたボタンを押すと、すぐにドアが開いた。
透は、「11」のボタンを押した。
 
 
(ホントに普通のマンションだな。
 結構キレイだし、ちょっと高級っぽい雰囲気もあるから
 値段は高いのかもしれないけど)
 
 
11階についた。
エレベータを降りた正面は、機械室のようだった。
 
 
その隣が1101の部屋だった。
 
 
透は、ドアの横の金属プレートに書かれている部屋番号を見ながら
ゆっくりと歩き、1104の部屋の前に来た。
 
 
(イワイシはこのマンションに住んでるのかなぁ??
 この間のめちゃくちゃスゴイところは
 お店として使ってるのかなぁ?)
 
 
ブザーを押すと、カギを開ける音がして
ドアが開いた。
 
 
「おはよ」
 
 
玄関先に出てきたイワイシは上下ジャージだった。
なんだかリハーサル前のダンサーとか俳優のようだった。
 
 
「なんでジャージなの?」
 
 
「ヘンかな? さっき山から帰ってきたところなんだ。
 あがれよ」
 
 
部屋の中は白とベージュが基調のシンプルな内装だった。
いい雰囲気の絵と不思議な形のオブジェが飾ってあった。
 
 
(この感じ、いいなぁ・・・すごく落ち着く)
 
 
「山って・・・何しに行ったの?」
 
 
「水を汲みに行ったんだ。今日使うから」
 
 
リビングもシンプルですっきりしていた。
あまりモノがないのに、殺風景という印象は全くなくて、
入ってきてすぐに居心地のよさが感じられた。
 
 
オフホワイトの布がかけられたソファーの上で
毛足の長い真っ白い猫が丸くなって眠っていた。
 
 
「アンジェロ?」
 
 
「そーだよ。コイツ、この部屋に来ると寝てばっかりなんだ」
 
 

   
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「えーと、なんか飲む? あ、そうか、水を飲んでもらおう」
  
 
イワイシはキッチンへ入って行って
水の入ったガラスのコップを二つ持ってきた。
 
 
「そのへんに座ってよ」
イワイシは白っぽいラグが敷いてあるあたりを見ながら言った。
 
 
そして、ラグのそばのローテーブルにコップを置いた。
「これ、さっき汲んできた水。おいしいよ」
 
 
透は喉が渇いていたので、すぐに水を飲んだ。
「・・・ホントだ。すごくおいしい」
 
 
「ちょっと面倒な場所だから、なかなか汲みに行けないんだけど、
 今日はこの水を作業に使うから、クルマ借りて行ってきた」
イワイシは水をごくごくと飲み干した。
 
 
「えーとね、今日のことを説明するよ。
 まず、ばあちゃんちで話した通り、ハシバにお守りを作る。
 これがないと、作業中に気分が悪くなるかもしれないから。
 
 それから、灰色の石の作業をする。
 ・・・ばあちゃんちにあった、7個の石のうち、
 大きめの二つの石のことだけど。
 
 月曜日に、暁子サンから受け取ったんだ。
 それが終わったらお昼かなー
 
 午後は、石の博物館の作業の話。
 暁子サンから状況を聞いてきたよ。
 
 適当な時間になったら、中華料理のお店に行こう。
 暁子サンたちとは店で待ち合わせって約束になってる。
 ・・・ってことでいいかな?」
 
 
「うん、わかった。
 月曜日、先生に会ったよ。
 学校から帰る途中だったんだけど、ちょっと話した。
 俺のこと、心配してたらしい」
 
 
「なんで?」
 
 
「自分が押し切るような形で、 
 石の博物館へ強引に行かせたと思ったんだろ。
 それに、先生は、<イワイシさん>が、
 気さくすぎる人だとは思ってないから」
 
 
「だから、<透クン>が委縮して
 居心地の悪い思いをしてるんじゃないかって
 心配してたんだな」
 
 
「まあ、そんなところなんだろうな。
 それで、先生は・・・なんだか別の顔がありそうだった」
 
 
 
___________________________________________
 
 
 
 
 
「別の顔?」
  
  
「うん・・・先生ってさ、自信満々ってタイプじゃないけど、
 自分なりの判断基準みたいのがありそうだし、
 マイペースっていうか、わが道を行くっていうか、
 人は人、自分は自分って感じがするんだけど、
 死んだおじいさんにかなり憧れてたらしい。
 
 オトナになったら、あんなふうになりたいって思ってたんだって」
 
 
「へえ・・・それは意外だなぁ」
 
 
「イワイシや俺は、ばあちゃんのお眼鏡に適ってるから
 うらやましいなんて言ってた。
 なんかね、本気で言ってるみたいだった」
 
 
「ふうん・・・死んだおじいさんって、俺とかハシバに
 本当に似てたの?」
 
 
「大勢の人の中で一瞬で惹きつけられるような
 特別な雰囲気は<イワイシさん>によく似てるんだって」
 
 
「へえー <イワイシさん>に、似てるのかー」
 

「なんだよ、他人事みたいだなぁ。自分のことなのに」
 
 
「今のハシバの言い方だと、ワカヅクリじゃないほうを
 指してるとしか思えなかったから」
 
 
「今の状態がフツーなんだろ?
 ワカヅクリしてるわけじゃないんだろ?」
 

「さあ、どうなんだろねえ。
 ・・・おじいさんって、日本人なんだから、
 ハシバに似てるんじゃないのか?」
 
 
「先生が言うには、俺の顔ってね、
 おじいさんの印象に通じるものがあるんだって。
 だから、華子サンがそっくりって言うのは理解できるって
 言い方してたけど・・・」
 
 
「ふーん。何となくの感じが似てるのかなぁ?」
 
 
透は自分の方を見ているイワイシの目の色が
紫がかっているのに気がついた。
 
 
「あれ? 目、どうかした? なんだか紫っぽくみえる」
 
 
「ああ、これね・・・
 
お守り作りの準備ができたっていうサインみたいなものなんだ。
 今から始めていいかな?」
 
 
「始めるって何を?」
 
 
「お守り作り」
 
 
「で、俺は何をすればいいんだ?」
 
 
「リラックスして、そこに座ってればいいよ」
 
  
___________________________________________ 
 
 
 
 
イワイシは窓際の本棚の上段から白い箱を下ろした。
そして、紫色の目を細めて透の方を見た。
 
 
「あ、そっか・・・作るのを前提にしちゃってて、
 ちゃんと確認してなかったな。
 お守り作るの、本当に嫌じゃない? 作っても構わない?」
 
 
「え? だって作らないと、先週みたいに気分悪くなるんだろ?」
 
 
「そうなんだけど・・・必要な情報を集めさせてもらうから、
 きちんと本人の許可を取っておかないとやりにくいんだ」
 
 
「なんだかよくわからないけど、ただ座ってればいいんだろ?」
 
 
「うん」
 
 
「別にいいよ」
 
 
「じゃ、始めるね」
  
 イワイシは床に置いた白い箱の蓋を開けた。
そしてもう一度透の方を見た。
 
 
「ハシバは・・・12本なんだなー」
 
 
「何が?」
 
  
「うーん・・・どう言えばいいのかなー
 独自のモノサシっていうか、感覚っていうか・・・
 判断基準みたいなものって言えばいいのかなぁ」
 
 
「ふーん。意味わかんないけど、12本って多いのか?」
 
 
「多いよ、かなりね」
 
  
「暁子サンや先生は?」
 
 
「見たことないから知らない。
 それに、今みたいな状態にならないと全く見えないし」
 
 
イワイシは箱の中から、30センチくらいの長さの針金を何本か取り出した。
 
 
「これとこれと・・・あとは、どれを使えばいいかな・・・」
 
 
「その針金で作るのか?」
 
 
「うん。いろんな種類があるから組み合わせるんだ。
 ハシバの場合は12本使う」
 
 
イワイシはそう言うと、透の方を何度か見ながら、針金を選んでいた。
 
 
「これでいいかな」
 
 
そして、針金の束を左手で持つと、その上に右手をかざした。
針金は、あっという間にくるくると丸まって、
イワイシの手のひらの上でボタンくらいの大きさに固まった。
 
 
透は目を丸くした。
「何をやったんだ???」
 
 
「お守りを作っただけだよ。この間の石、貸して」
 
 
 
透はポケットから青い石を出して、イワイシに渡した。
  
 
「ありがと」
イワイシは石を受け取ると、それを左手の手のひらにのせ、
右手の親指と人差し指で「お守り」をつまんだ。
 
 
「一発でうまくいくかなぁ・・・」
イワイシはそういいながら、すばやい動きで、お守りを石にぶつけた。
 
 
「やった!成功!」
透の目の前で、お守りは石の中にスッと入ってしまった。
青い石は半透明だったので、中のお守りが見えた。
 
 
「今、何をやったんだ?」

 
「お守りを石の中に入れたんだよ。返すね」
 
 
イワイシから返された石はさっきより重く感じた。
石の中に入っているお守りは、針金が編んであるように見えた。
編み目には不思議な規則性があり、模様のようだった。
 
 
「・・・イワイシだって石を扱う力があるんじゃないのか?」
 
 
「まあね。でもハシバが持っている力とは性質が違うんだ」
イワイシは白い箱の蓋を閉めると、本棚の上段に戻した。
 
 
「暁子サンや先生は知らないのか?」
 
 
「どうだろう? 俺からは何も言ってない。
 でも、暁子サンは気づいてると思う。
 月曜日に頼まれた仕事の中に、
 知ってるとしか思えないものもあったんだ・・・
 
 さてと、お守りが無事に完成したから、石の作業を始めよう」
 
 
 
 
___________________________________________
 
 
 
 
 
「準備するから、そのまま座って待ってて。
 石は左手に持ってろよ」
イワイシはリビングの奥の白い扉を開けて
隣の部屋に入っていった。
 
 
しばらくすると、銀色のスチール製のワゴンを押して戻ってきた。
ワゴンの上の段は、淡いベージュの布で覆ってあった。
下の段には、いろいろな大きさの箱が載っていた。
 
 
透は左手に握っている石がじわじわと熱を帯びていくのを感じた。
眉間と肩に何かピリピリするものがくっついたような気がした。
 
 
「気分悪いとか、イヤな感じがするとか、そういうのはない?」
ベージュの布に手をかけたイワイシが訊いてきた。
瞳の色はいつもの鮮やかなブルーに戻っていた。
 
 
「そういうのはないけど、石がだんだん熱くなってくみたいだ。
 それと、おでこと肩がなんだかピリピリする」
 
 
「そっかー 不快? そうでもない?」
 
 
「不快っていうレベルじゃないけど・・・違和感はある」
 
 
「・・・・やっぱり特別なんだなぁ」
イワイシはワゴンの下段の箱の一つを開けた。
 
 
「何が?」
 
 
「この布の下にある石。
・・・すっごくイヤかもしれないけど、コレ、緊急対策」
そして、箱の中から出したものを、透の右手に乗せた。
 
 
「指輪???」
 
 
「うん。厚化粧の魔法使いのおばちゃんがはめてそーな感じだけど
 効果はあるから・・・作業の間だけでいいから」
 
 
指輪には楕円形の巨大な黒い石がついていて、
小粒のパールがぐるりとそれを取り囲んでいた。
確かに長い爪の「魔法使いのおばちゃん」に
よく似合いそうなデザインだった。
 
 
「・・・コレ、もしかして、イワイシも使うのか?」
 
 
「うん。必要があればね・・・正直、使いたくないけど。
 その指輪は右手の中指にはめてよ」
 
 
「・・・恐ろしいデザインだな」
透が指輪をはめると、眉間と肩のピリピリした感じは
すぐに消えてしまった。
 
 
「違和感は消えた?」
 
 
「うん。すごいねー、この指輪。形は最悪だけど」
 
  
「じゃ、始めよう」
 
 
イワイシが淡いベージュの布をめくると、その下には、
富士山を縮小したような形の石があった。
 
 
頂上に近い部分は美しい翡翠色。
裾野へ行くにしたがって青みを帯びて行き、一番下は、群青色だった。
 
 
「へえ・・・きれいだなぁ・・・」
 
 
「ハシバの場合、小道具はいらないんだけど、
 イメージしにくいと思うから、リボンを使おう。
 でも、その前に、準備運動」
 
 
「準備運動?」
 
 
「別に大したことじゃない。
 ただね、こういうことって、結構エネルギー使うし、
 場合によっては、頭がふわんふわんしたまま、
 なかなか元に戻らなかったりするから、
 準備運動が必要なんだ。
 
 バカらしいって感じるかもしれないけど、
 オマジナイだと思ってやってほしいんだ」
 
 
 
 ___________________________________________
 
 
 
「で、準備運動って、何をすればいいんだ?」
 
 
「実際に身体を動かすわけじゃなくて、イメージの世界のことなんだけどね」
 
 
イワイシはワゴンの下段の箱の一つをあけて、
紅茶のような色の直径5センチほどの玉を取り出した。
 
 
「じゃ、始めるよ。この玉を見てて」
 
 
イワイシは紅茶色の玉を右手のてのひらに載せ、大きく横に動かした。
透の視線がついてきているのを確認しながら
右手をさっと上にあげると、紅茶色の玉を落とした。

 
玉が床にぶつかる直前、明るい色のフローリングの床に黒い穴があいた。
 
 
「!!」
 
 
紅茶色の玉はその中に吸い込まれていった。
 
 
一旦視界から消えたはずなのに、
どういうわけか、透は落下していく紅茶色の玉を見ていた。
 
 
視覚的に見えているわけではなく、
イワイシの言う通り、『イメージの世界』のことなのだろう。
 
 
暗いトンネルのようなところを紅茶色の玉は落ちていった。
CGで見る流れ星のように、キラキラした光の尾を引いていて
とてもきれいだった。
 
 
見ているうちに、自分は観察しているだけなのか、
それとも玉と一緒に落下しているのか、わからなくなってきた。
 
 
かなりのスピードで落下しているような気がしたが、
『イメージの世界』と言われていたせいか、
恐怖感のようなものは全くなかった。
 
 
前方に、赤い光の点が見えた。
あれは何だろう??と思っている間に、光は大きくなり、
透は玉と一緒に赤い光に包み込まれた。
 
 
突然「懐かしさ」を感じた。
 
 
何か具体的なものが見えたわけでもないし、
周囲の空気に変化があったわけでもない。
 
 
見えるのは赤い光だけ。
 
 
でも、昔からよく知っている場所に、久しぶりに行った時のような感じがした。
 
 
落下が止まった。
紅茶色の玉は、透のすぐそばで静止していた。
透が手を伸ばそうとした時、玉は虹色に輝くと、上昇を始めた。
 
 
それを目で追うと、またわからなくなってきた。
一緒に昇っているのかもしれないし、
玉を見ているだけなのかもしれない。
これが単なるイメージの世界なら、
自分はイワイシの部屋にいるはず。
 
 
でも、このスピードは・・・?
本当にイメージの世界なんだろうか??
 
 
ユリの花の香りがした。
同時に身体の感覚が戻ってきた。
 
 
「 おつかれさまー」
 
 
イワイシの声が聞こえた。
 
 
 
 
 
 
___________________________________________  
 
 
 
 
「ハシバってすごいなー」
 
 
「なにが?」
透は眩しくて目を細めた。
ずっと眠っていて目が覚めた時の感じに似ていた。
 
 
「繋いでくる作業、一回でできたよ」
 
 
「繋ぐ?」
 
 
「大げさに聞こえるかもしれないけど、自分と地球を繋ぐ作業」
 
 
「紅茶みたいな色の玉を追いかけるだけで?」
 
 
「そうだよ。
 追いかけるだけって言っても、40分以上かかってるんだけどな。
 
 赤い光の中に入っただろ?
 なんだか懐かしい感じがしなかった?」
 
 
「・・・なんで知ってるんだ?」
 
 
「俺も同じことやってたからだよ。
 普通、一回目はなんだかわからなくて終わることが多いんだけどね。
 
 とにかく、うまくいったから次の作業にかかろう。
 
 おっと、その前に水だな」
 
 
イワイシはキッチンへ行き、紺色のガラスの瓶を持ってきた。
 
 
「この中に、さっきの水がはいってるんだ。
 あと少し飲んでおいて」
 
 
イワイシはそう言うと、
ローテーブルの上の二つのコップに水を注いだ。
そして、自分のコップの中の水を一気に飲み干した。
 
 
「この石、水を飲むんだ」
 
 
「飲むって・・・水を吸うってことじゃないのか?」
透も自分のコップの水を飲み干すと、
富士山型の石に目を近づけてみた。
 
 
全体的にツルンとしていて、硬そうな感じがした。
軽石のような孔があいているわけでもなく、
吸水性があるようには見えなかった。
 
 
しかし、イワイシが瓶を傾けて、富士山型の石の頂上に水をかけると、
水は、側面に流れ落ちることなく、
翡翠色の部分に吸い込まれるようにして消えていった。
 
 
「ホントに石が水を飲んでるのか??」
 
 
「さあねぇ・・・でも、水を必要とする石なんだよ、これは。
 
 水を飲むとパワーが増すんだ。
 だから、こういうこともできる」
 
 
イワイシは、石のてっぺんに右手をかざした。
そして、レースのカーテンが引いてある窓を指差した。
「見てろよ」
 
 
イワイシが右手でボールを投げるような動作をすると、
カーテンは何かが当たったように、
一瞬押された後、大きく揺れた。
 
 
「石のエネルギーを軽くぶつけると、こんなふうになる」
イワイシは壁際の観葉植物の大きな葉を揺らしてみせた。
 
 
透も右手をかざしてみたが、何も感じられなかった。
 
 
イワイシはワゴンの下段の箱のなかから、
金色のリボンを取り出した。
 
 
「ピンと張るように、このへんを両手で持ってて」
 
 
渡されたリボンを透が持つと、イワイシはもう一度右手を
石の上にかざして言った。
 
 
「身体から少し離して、下に向けてくれるかな?」
 
 
シュッとかすかな音がしたかと思うと、リボンが切れた。
 
 
「・・・え?」
 
 
透は切れたリボンを見つめた。
切断面は刃物を使って切ったのと同じくらいにまっすぐになっていた。
 
 
「何やったんだ?」
 
 
「石のエネルギーでリボンを切ったんだよ」
 
 
「すごいなぁ。そんなこともできるんだ・・・」
 
 
「わざわざこんなことしなくても、ハサミを使えば済む話なんだけどね」
 
 
 
 
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イワイシは、透に持たせて切ったリボンの一端を
富士山型の石の頂上付近にゆるく巻きつけ、蝶結びにした。
 
 
それから、またワゴンの下段の箱の一つを開けて、灰色の石を出した。
 
 
「これ、ばあちゃんちの石。
 暁子サンから預かってきた。
 ハシバに作業してもらって、返すことになってる。
 
 青い石、左手に持ってるよね?
 じゃあ、右手を出して・・・てのひらは上に向けて」
 
 
透が右手を広げると、
イワイシは金色のリボンのもう一方の端を透のてのひらにのせ、
その上に灰色の石を置いた。
 
 
「軽く握って・・・
 ヘンな感じがするとか、気分悪いとか、ないよね? 大丈夫?」
 
 
「うん。今のところは何もない」
 
 
「さっきこの石に飲ませた水が、金色のリボンをつたって、
 灰色の石にしみこむのをイメージしてみて。
 リボンを見ながらでもいいし、目をつぶってもいいし」
 
 
透は、数秒間金色のリボンを見つめた後、
目を閉じてリボンから水がつたわってくる様子をイメージした。
 
 
しばらくすると、何か冷たいものが
てのひらに流れ込んでくるような感じがした。
 
 
「冷たい感じがするのは、気のせいじゃない。
 実際に今、石のエネルギーがリボンをつたって流れてる。
 
 ・・・もういいよ。石を見せて」
 
 
握っていたてのひらを広げると、
透明感のある真紅の石が静かな光を放っていた。
 
 
「へえ・・・ これもすごい石だなぁ・・・」
イワイシが感心したように言った。
 
 
透は何がすごいのかよくわからなかったが、
特別な石だというのはなんとなく感じられた。
 
 
イワイシは透のてのひらから真紅の石を取ると、
同じような大きさの灰色の石を載せた。
 
 
「こっちは紫なのかな」
 
 
「おそらくね。
 ・・・しつこいけど、違和感とか不快感とかない?」
 
 
「うん、大丈夫だよ」
 
 
「じゃあ、もう一回同じことやってくれるかな?」
 
 
透はさっきと同じように、数秒間金色のリボンを見つめた後、
目を閉じてリボンから水がつたわってくる様子をイメージした。
すぐにひんやりしたものが流れ込んできた。
 
 
「やっぱり二回目だと違うね・・・かなり速くなってる」
 
 
 
  
___________________________________________  

 
 
 
 
 
「おわりにしていいよ」
 
 
透は目を開けて、右手の中の石を見た。
灰色の石は透明感のある美しい紫色に変わっていた。
 
 
「この石の色、さっきのイワイシの目の色に似てる」
 
 
「こういう色になってるのか?」
 
 
「自分で見たことないの?」
 
 
「紫っぽくなるのはわかってるけど、じっくり見たことはないなぁ」
 
 
「ホントにこんな感じの色だったよ」
 
 
「ふーん・・・そうなんだ・・・・」
イワイシはしばらくの間、じっと紫色の石を見つめていた。
 
 
「・・・その指輪、はずしていいよ。終わりにしよう」
 
 
イワイシは透のてのひらから紫色の石を取ると、箱にしまった。
 
 
そして、富士山型の石に結んだリボンをほどき、
くるくると丸めると、別の箱にしまった。
 
 
「この指輪、かなり古いんじゃない?」
透は指輪をはずすと、イワイシに返した。
 
 
「かなりじゃなくて、相当古いよ。
 人を選ぶ指輪なんだけどね。
 やっぱりハシバは大丈夫だったなぁ」
 
 
「人を選ぶって?」
 
 
「この指輪、気難しくてね、自分の気に入った人間にしか触らせないんだ」
 
 
「どういうこと?」
 
 
「気に入らない人間が触ろうとするとね、
 静電気みたいなのがバシッて流れるから、痛くて触れない」
 
 
イワイシは指輪を箱にしまった。
そしてワゴンの下段の箱をきれいに並べなおし、
上段にはベージュの布をかぶせた。
 
 
「これでよしと・・・あ、そうだ。青い石、見せて」
 
 
透が青い石を渡すと、イワイシは石を窓の方に向け、
中のお守りをじっと見つめた。
 
 
「大丈夫だな・・・よかった。
 これ、ちゃんとハシバに合ってるよ。
 ばあちゃんちへ行くときは、必ず持って来いよ」
そう言うと、イワイシは青い石を透に返した。
 
 
「じゃあ、お昼にしよう。
 夕ごはんがごちそうだから、簡単なものだけど」
 
 
 
 
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「イワイシって、料理が上手なんだなぁ」
 
 
透は和食を好んで食べる方ではなかったが、
肉じゃがも、浅漬けも、ワカメと豆腐の味噌汁も、とても美味しいと思った。
ご飯も実にいい具合に炊けていて、おかわりするほどだった。

 
 
「簡単な料理ばっかりだから、
 いい材料といい調味料を使えば、誰だって作れるよ」
 
 
「そうかなぁ?」
 
 
「ばあちゃんが作るみたいな、手の込んだヤツは、
 何度か練習しないとムリだ。
 飾り切りとか、そのうち教えてもらおうとは思ってるけど。
 ハシバも料理すれば? 結構面白いよ」
 
 
「料理ねぇ・・・面白そうだと思ったことは一回もない」
 
 
「暁子サンも手の込んだ料理を作るけど、
 あの人がイチバン手間をかけるのは、焼菓子かなー
 ラッピングまでかなり凝ってるよ。
 売り物になるレベルだね、あれは。
 実際、<暁子センセイのお菓子>ってことで
 リクエストに応じて作って売ってるみたいだけど。
 
 先生は剪定と魚釣りに時間をかけてる。
 ばあちゃんち以外の家の木も伐ってるらしい。
 釣った魚は自分でさばくんだよ」
 
 
「へー・・・すごいなー」
 
 
「先生は、暁子サンのダンナさんと仲良しで、
 いい魚が釣れたときとか、
 先生のお客さんから珍しいお酒をもらったときとか、
 それを持って暁子サンちへ遊びに行くんだって」
 
 
「暁子サンのダンナさんってどういう人?」
 
 
「すっごく優しそうな人。
 なんとなく、クマのプーさんっぽい。
 ダンナさんが一緒の時の暁子サンは、
 ずいぶん違う雰囲気だよ。
 ハシバも近々会うことになるだろうけど。
 
 暁子サンのダンナさんはね、家で習字や絵を教えてる。

 もともとはエンジニアだったらしいけど。
 手先がとても器用だから、
 頼まれれば、おもちゃや時計の修理なんかもやるらしい。
  
 ・・・ハシバも手や身体を動かすこととか、
 何かを作るとか、そういうことをやったほうがいいよ」
 

「なんで?」
 
 
「バランス崩すから。
 さっきやってもらった作業ってね、
 精神的な部分をやたらと使うんだ。
  
 だから、身体を使って、現実の世界としっかり関わることをやらないと、
 どこかで歪みが出る。
 
 暁子サンや先生の活動を全て把握してるわけじゃないけど
 あの二人も精神的な部分を使う仕事が多いから、
 料理を作ったり、魚をさばいたりして、バランスを取ってる」
 
 
「イワイシは何かやってるのか?」
 
 
「いろいろやってるけど、日常的にやってるのは、
 料理かな・・・保存食つくるの、結構好きなんだ。
 あとは絵を描いたり、ピアノ弾いたり、アンジェロと 遊んだりしてる」
 
 
「ふーん」
 
 
「続けられそうなものを、今のうちに考えといて。
 ばあちゃんちの作業が本格的に始まったら、
 バランスを取るために何かやらないと、ものすごく疲れるから」
 
 
「うーん・・・何かあるかなぁ・・・まあ、考えてみるよ」
 
 
 
 
 
______________________
  
 
 
 
 
食事が終わると、イワイシは手際よくナベや食器を洗い、
あっという間にキレイに片付けてしまった。
 
 
「イワイシは何でもできるんだねぇ」
 
 
「何でもって・・・片付けただけじゃないか。一応、家事は一通りできるけど」
 
 
「あのさ、先週、相手に合わせるのが上手とかって言ってたけど、
 今も合わせる努力ってしてるの?」
 
 
「ハシバに合わせる努力ってこと?」
 
 
「うん」
 
 
「たぶん、してないんじゃないかな。
 変な言い方だけど。
 
 よっぽど難しい相手じゃない限りは、
 一度合わせられれば、そんなに強く意識する必要はないんだ。
 
 でも、大きな心境の変化とか、環境が激変したとかで
 相手の様子が完全に変わってたりすると、
 最初から仕切り直しみたいになるけどね。
 
 そういう時って、
 合わせにくいと思っていた相手とすんなり波長が合った り、
 前は簡単に合わせられた相手と
 どうしてもかみ合わなくなったりとか、いろいろあるよ。
 
 まあ、人間だからね。
 生きている限り、毎日何かしら変化があると思うけど・・・」
 
 
「ふーん」
 
 
「アンジェロ、そろそろ起きるかな」
イワイシが時計をちらっと見て言った直後、
「ニャー」という鳴き声が聞こえた。
 
 
「やっぱり起きたな・・・
 アイツ、しばらくはボーッとしてるんだ。
 お腹が空いてるのに気がつくと、こっちへ来る」
 
 
イワイシはシンクの下の扉を開けて、白い器を出した。
そして、そこにお櫃のご飯をよそった。
 
 
「それ、アンジェロのごはん?」
 
 
「うん。高い猫なんだろうなーって思ってたから、
 ちょっといいキャットフードを買ってたんだけど、
 いつも買ってた店がいきなりつぶれちゃって、
 キャットフードを切らしちゃったんだよね。
 
 で、その日は何もなかったから、
 ごはんにかつおぶしをかけて、
 ちょっと醤油をかけたのを出してみたんだ。
 
 そしたら、ものすごい勢いでガツガツ食べるんだよ。
 すごく意外だった」
 
 
「へー・・・確かにねこまんまを食べるようなネコには見えないよな」
 
 
「偉そうな外見のクセに中身は庶民的なんだよね。
 
 出汁をとったあとのかつおぶしで
 ふりかけ作ってたんだけど、
 ちょっとだ けアンジェロにあげたら、
 すっかり気に入ったみたいで、
 ふりかけ作ってる時はニャーニャーうるさいんだよ。
 
 ネコの場合、かつおぶしをたくさん食べさせすぎると
 尿結石になるって聞いたから、
 あんまりあげないようにしてるけどね」
 
 
イワイシは冷蔵庫を開けて、中から広口の瓶を出した。
「これがかつおぶし再利用ふりかけ」
瓶の中身をスプーンですくってご飯にのせたところで
アンジェロがキッチンに入ってきた。
 
 
「ニャー」
 
 
イワイシが白い器を床に置くと、アンジェロはすごい勢いで食べ始めた。
 
 
「アンジェロがこんな食べ方するなんて・・・
 なんかイメージ壊れるなぁ」

 
「アンジェロだって、カスミを喰って生きてるわけじゃないからな。
 かなりがっついた食べ方だっていうのは事実だけど。
 キャットフードのときは、もう少し落ち着いて食べるんだけどね。
 
 猫にあげていい食べ物とか、あげちゃいけない食べ物とか
 いろいろ制約があるらしいんだよねー
 体内で作れない栄養素もあるから、そういうのを含むえさを
 食べさせなきゃダメなんだってさ。
 
 だから、キャットフードをメインにしてるんだけど、
 コイツはねこまんまが大好物らしい。
 
 食べ終わると、また勝手に寝るから、
 石の博物館の作業の話をしよう」
 
 
 


 
______________________
 
 
 
 
イワイシが言った通り、
ごはんを食べ終わったアンジェロは
またソファの上で丸くなると、すぐに眠ってしまった。
 
 
イワイシはリビングの隣の部屋に入っていき、
茶色い紙袋を持って戻ってきた。
 
 
「これ、暁子サンがばあちゃんから預かってきたんだ。
 
 暁子サン自身は必要ないって思ってるらしいけど、
 ばあちゃんが、どーしても、イワイシくんとハシバくんに
 見せてあげてくれって言ったらしい」
 
 
イワイシは紙袋の中身を出した。
フチが少し変色した、紙製のアルバムだった。
 
 
「石の写真なんだ」
 
 
ページを開くと、透明なビニールのポケットに写真が入っていた。
見開きに6枚入るようになっていたが、
どの写真も少し青味が強いように感じられた。
 
 
「古い写真だからかな、ちょっと変色してるよね」
 
 
ページの隅に鉛筆で書かれた日付は、30年以上前のものだった。
 
 
「でも、すごくキレイに撮れてるなぁ」
 
 
「写真が趣味の人が撮ったらしい。
 ちゃんとライト当てて、光量とかにも気を配った写真なんだって。
 実物を見るのとは違うけど、
 それでも何となく感じ取れるものがあるよ」
 
 
「例えば?」
 
 
「そうだなぁ・・・わかりやすいのがあったな」
 
 
イワイシはページをめくっていった。
そして、アクアブルーの石の写真のページで手を止めた。
 
 
「例えば、この石・・・よっぽど気に入ったんだろうなぁ。
 このページは、全部同じ石。
 角度を変えたりしながら撮ってる。
 
 水色の石の写真だって思っちゃうと、それで終わりだから、
 石だと思わないで見て欲しいんだけど・・・
 
 ・・・この写真から何か感じることない?」
 
 
透は6枚の写真のうち、右側のページの真ん中の写真をじっと見つめた。
同じ被写体なのに、この写真が目立つような気がした。
 
 
「・・・なんだろ・・・なんか、悲しい感じがする。
 この石、たぶん・・・今は、こんな色じゃないと思う」

 
「・・・そうだね。この石は、黒っぽくなってると思う。
 元には戻せないな・・・たぶん・・・」
 
 
「イワイシも<何となくの感じ>で判断してるのか?」
 
 
「それもあるけど・・・わかるんだよ。
 石も、石の写真も、たくさん見てきたから」
 
 
「このアルバムの写真、全部見たのか?」
 
 
イワイシは少し悲しそうな表情を見せた。
そして黙ったまま頷いた。
 
 
「みんな黒っぽくなっちゃってるのか?
 元に戻せないのばっかりなのか?」
  
 
「全部ってわけじゃないけど・・・
 ほとんどがダメかもしれない」
 
 
イワイシはうつむいたままため息をついた。


 
 
   
______________________
 
 
  
「キレイに撮れてる写真なら、かなりのことがわかる。
 元に戻せないってわかると、イヤな気分になるよ・・・
 こういうことって、今までに何度もあったんだけど、
 毎回イヤな気分になる。
 もういい加減慣れてもいいだろうって思うんだけど・・・」
イワイシはアルバムを紙袋に戻しながら言った。
  
 
「いろいろ始める前に、ばあちゃんちの石の全貌が知りたいんだ。
 
 問題は、ほとんど整理されてないことなんだよなー
 この間みたいな、めちゃくちゃな置き方になってる石も多い。
 
 死んだおじいさんが整理した分は、問題ないんだけどね。
  
 おじいさんが亡くなってから送られてきた石の箱は
 ほとんどが未開封のままだし・・・
 どういう石があるのか、誰もわかってないんだ」
 
 
「箱を開けて、石を一個ずつ調べなきゃいけないのか?」
 
 
「・・・それは・・・」
 
 
イワイシは言い淀んだ。
 
 
透は、イワイシが話すべきか、黙っているべきかを
決めかねているのがなんとなくわかった。
  
 
(俺はあんまり信用されてないのかな・・・)
  
  
「・・・一個ずつ調べる必要はない。
 どうしてなのかは、今は説明できないけど」
数秒間の沈黙の後、イワイシは低い声でつぶやいた。
  
 
説明できないと言われてしまったので、透は
「ふーん・・・そ う なんだ」
と応じるしかなかった。
 
 
「ハシバにやってもらうことは、先週、ばあちゃんちでやったみたいなこととか、
 今日の午前中にやった作業になると思う。
  
 ばあちゃんちでできることは、ばあちゃんちでやって、
 他の石を使う必要があれば、ここでやればいいんじゃないかな。
 
 それまでに、いろいろ準備しておくから、
 実際に作業を始めるのは、再来週かその後くらいかなぁ・・・
 
 たぶん、大丈夫だと思うけど、わからないことが多すぎるから、
 あんまり早い段階で、ハシバを巻き込みたくないんだ。
 
 もしかしたら、結構面倒な事態になるかもしれない。
 
 そういうのはできるだけ回避するつ もりだけど、
 予想通りに行くかどうかわからないし」
 
 
(石を一個ずつ調べなくてもいい理由は、言いたくないんだな・・・
 イワイシは言葉を選んでるけど、何でも自分でできるから、
 ホントは一人の方がやりやすいんだろうな。
 俺は足手まといみたいに思われてるのかもしれないなあ)
 
 
「ばあちゃんに、整理を引き受けるって言ったのは、
 やっぱりまずかったのかな・・・」
 
 
「なんだよ、急に。どうしてそんなふうに考えるんだ?
 
 ばあちゃんちの石は、どうにかしなきゃいけないんだ。
 このまま放っておいたら、全部ダメになる可能性もある。
 
 先に準備しておくって言ったのは・・・
 その ・・・ハッキリ言って、危ないかもしれないんだ。
 
 ばあちゃんはアルバイトの作業レベルで考えてるけど、
 もしかしたら、そんな話じゃ済まされないかもしれない。
 
 暁子サンが口をはさまないところを見ると、
 大丈夫なのかもしれないけど、
 絶対に危険がないとは、断言できない」
 
 
 
 
______________________

 
 
「支度するから、そのへんの本でも読んでて」
そう言い残すと、イワイシはリビングの隣の部屋に入っていった。
 
 
透は本棚から写真集を出して眺めていた。
 
 
 
「じゃ、出かけよう」
しばらくしてイワイシがリビングに入ってきた。
 
 
「あれ?  イワイシ・・・さん?」
透は目を見張った。
 
 
<大勢の中にいても、一瞬で惹きつけられるような、ものすごく特別な感じ・・・>
先生が言っていた言葉の通りだった。
 
 
(どうしてさっきまではこの感じが全然無かったんだろう?)

 
「・・・なんだよー 結局、着てる服で判断してるんじゃないか」
 
 
「イワイシ?!」
 
 
「中身は同じだって言っただろ?」
 
 
よく見ると、確かにイワイシだった。
 
 
パッと見に質の良さがわかる服は、
<イワイシさん>ならピッタリなのだろうが
イワイシが着ると、少々背伸びしてるような感じがした。
 
 
それでも、あの『すごいお店』の白いソファで、
アンジェロの背中を撫でているのがよく似合いそうな
気品のようなものがあった。
 
 
「服で判断してるわけじゃないけど、
 さっきとは、あまりにも違いすぎるから・・・」
 
 
「馬子にも衣装ってことか?」
 
 
「そんなこと言ってないよー」
 
 
「まあ、いいけどさ・・・
 いっつも渋滞してる場所を通るから早めに行こう」
 
 
 
 
マンションから、歩いて2、3分ほどのところにコインパーキングがあった。
「あのクルマ」
イワイシは、『わ』ナンバーのメタリックシルバーのセダンを指差した。
 
 
「たまには変わったクルマを借りようと思うんだけど、
 結局、値段で決めちゃうなぁ」
そういうと、ドアを開けて、後部座席にカバンを置いた。
 
 
「お金払ってくるから、先に乗ってて」
 
 
(うーん・・・ああいう服着てると、
やっぱ りイワイシと<イワイシさん>は同一人物だって思えるけど
 ちょっとした違いが目立つような気がするなぁ)
 
 
イワイシが戻ってきた。
「じゃ、行こう。シートベルトしろよ」
 
 
 
 
 
______________________
 
 
 
 
「はい、到着ー  早めに出てよかったな。
 やっぱりあの交差点は渋滞してたなぁ」
イワイシは車を停め、エンジンを切った。
 
 
中華料理店の駐車場には、見覚えのある暁子サンの赤いクルマが停まっていた。
隣の目立たない黒いクルマはおそらく先生のものだろう。
 
 
イワイシも気づいたらしく
「暁子サンたち、来てるんだな」
と言った。
 
 
店内に入るとすぐに黒いスーツの店員が出てきた。
「イワイシさまと羽柴さまですね。こちらへどうぞ」
 
 
店員の後にイワイシが続き、透はその後を歩いた。


(暁子サンたちが先に来てるってことは、
 部屋に入った瞬間に<イワイシさん>の話し方になるってことか)
 
 
「こちらのお部屋でございます」
店員がドアを開けた。
 
 
「おつかれさまー」
暁子サンの明るい声が響いた。
 
 
「お待たせしまして・・・」
イワイシが言うと、暁子サンは
「私たちも来たばっかりよ」
と言って笑った。
 
 
「適当に注文したけど、
 食べたいものがあったら、頼んでね。
 さあ、座って座って」
 
  
席に着くと、すぐにイワイシが暁子サンに質問した。


「午前中に透さんに作業してもらったんですけど、
 石は先にお渡しした方がいいですか?」
 
 
「そうね。早く見たいわ」
 
 
イワイシはカバンから黒い箱を出すと、暁子サンに渡した。
暁子サンは先生にも見えるようにして箱を開けた。
 
 
「あら! すごいわねー こんなキレイな石だったのね!」
「本当ですねぇ。これはすごい!」
二人は感嘆の声を上げた。
 
 
「透さんは、かなりの能力の持ち主ですよ」
イワイシが言った。
 
 
「確かにねー あの状態のものを元に戻せたんですものねぇ」
 
 
「・・・あ、あの、僕は・・・
 ただ、イワイシさんに言われた通りにやっただけで・・・」
 
 
「この件に関してはね、
 言われた通りにできるっていうのが、スゴイことなんだよ」
先生が真面目な顔をして言った。
 
 

「失礼します」
個室のドアが開いて、料理を持った店員が入ってきた。
 
 
「今日一日頑張ってくれたんだから、たくさん食べてね!
 透クン、ここのお料理、好きでしょ?」
 
 
「はあ・・・」
 
 
「それ、やめてよー
 イワイシさん、女の人に対する透クンの受け答え、
 少し指導してくれないかしら?」
暁子サンは透を軽くにらんでから、イワイシに向かって言った。
 
 
「私より先生の方が適任ですよ」
 
 
「いやー、まず、イワイシさんの<無敵の笑顔>を
 伝授してやるべきだねー」
イワイシの返事を聞いて、すぐに先生が反論した。
 
 
「じゃあ、二人で指導してあげてちょうだい!
 今のままじゃ、いくらなんでも、もったいなさ過ぎるわー
 頼んだわよ!
 
 さあ、お料理が冷めないうちに、乾杯しましょ。
 透クンは未成年だし、私たちはクルマで来てるから
 ウーロン茶だけど」
 
 
「一体、何についての乾杯でしょう?」
先生が茶化すように訊いた。
 
 
「石の博物館プロジェクトのキックオフ。
 若い二人の健闘を祈って。
 先生、乾杯の音頭、お願いしますねー」
 
 
「おー いいですねー

 では、僭越ながら・・・ほら、透クン、グラス持って・・・
 イワイシさんと透クンのご健闘とご成功を祈念して・・・乾杯!」
 
 
「カンパ~イ! さあ、食べて食べて!」
 
 
 
_____________________
 
 
 
 
透は暁子サンが取り分けてくれた料理を食べながら
ちらっとイワイシの方を見た。


アンジェロのご飯を用意していたイワイシとは完全に別人で、
「馬子にも衣装」と言っていたイワイシとも違っていた。
 
 
(でも、中身は全部同じなんだよな・・・
 俺の返事の仕方とか、後でからかわれるかもしれないなぁ)
 
 
「部屋を決める作業はいつから始めるの?
 あなたたちが行く日を華子サンに連絡しておくわ」
暁子サンがイワイシに聞いた。
 
 
「今週から来週にかけての平日に部屋を決めて、
 部屋が決まった後の日曜日に、
 問題のある石への対応を、透さんにやってもらおうと思っています」
 
 
「あら・・・部屋の作業から二人でやって欲しいわねぇ。
 華子サンから石の持ち出しの許可をもらったから、
 同じ場所に置きたくない石とか、
 イワイシさんが持っているのと合わせたい石とか
 先に運び出しちゃって構わないわよ。
 
 持ち出す石はデジカメで写真を撮って、データを私と先生に送ってくださいな」
 
 
「わかりました・・・では、部屋は今度の日曜日に決めます。
 透さん、毎週日曜日に予定を入れちゃって申し訳ないけど、
 来週も大丈夫ですか?」
 
 
「え・・・あ・・・あの、大丈夫です」
 
 
「では、来週の日曜日にまた石の博物館へ行きましょう。
 S駅に9時に来てください。
 2番線の前の方で待っててくださいね」
 
 
「・・・はい」
 
 
「透クン、だいぶ緊張してるみたいだけど?」
先生は心配そうな表情をしていた。
 
 
「あ、あの、こういう場所・・・苦手なので・・・」
 
 
「前にも来たじゃないか。
 あのときはそんなに緊張してなかったけどなぁ」
 
 
「・・・そうでしたっけ・・・」
 
 
「失礼します」
個室のドアが開いて、料理を持った店員が入ってきた。
 

  
透はホッとした。
 
 
(イワイシとの会話に慣れちゃうと、
 <イワイシさん>との会話は、なんだかやりにくいなぁ・・・)
 
 
「ほら、新しいのが来たから、遠慮しないで食べてちょうだい!」
暁子サンが、運ばれてきた料理をお皿に取り分けてくれた。
 
 
「ありがとうございます」
 
 
透はお皿を受け取りながら、ふと、自分以外の三人の間で
一度も白い光が交わされていないことに気がついた。
 
 
(白い光が見えてたことを、イワイシは暁子サンたちに知らせたのかな?
 月曜日に会った時に話したのかなぁ・・・
 
 部屋を決めるとかって話、何のことかわかんないけど、
 どうして今やってるんだろ?
 なんで月曜日に話さなかったんだろう?)
 
 



______________________
 
  


   
「華子サンね、この間の月曜日、ものすごくご機嫌だったのよ」
暁子サンが話し始めた。
 
 
「イワイシさんと透クンと三人で写真を撮って
 みんなに見せびらかしたいって言ってたわ」
 
 
「あのヒト、結構ミーハーなんだよなー
 まあ、自慢したい気持ちはわからなくもないけど」
 
 

「次回のお昼ごはんも豪華版を期待していいみたいよ。
 あの人があんなにウキウキしてるのを見たのは初めてだわ」
  
  
「口はめちゃくちゃ悪いけど、実に単純でわかりやすいヒトですな」
   
  
「華子サンがキツイこと言うのは先生に対してだけよ。
 もっとも、亡くなったご主人が絡む話になると
 なんだか別のモードになっちゃうけどね」
暁子サンはクスクス笑った。
 
 
「あの・・・石って、たくさんあるんですか?」
 
 
暁子サンの視線が自分に向けられた時、
透は意図しないことを喋っているのに気付いた。
 
 
「たくさんって? 華子サンちっていうか、石の博物館に?」
 
 
「はあ、それもそうなんですが・・・」
 
 
「石の図書館にはかなりたくさんあるわよ。
 開けてないダンボールがかなりあるのに、
 またダンボール箱が送られてきてるから」
 
 
「それ以外に」
(俺は何でこんなことを聞いてるんだ??)
  
  
「ああ、そういう意味ね。イワイシさんなら知ってるわ」
暁子サンはイワイシを見ながら答えた。
  
  
(そういう意味って、どういう意味なんだ?)
  
  
「たくさんあります」
イワイシが短く答えた。
 
  
透は何だかよくわからない不思議なものを感じてイワイシの方を見た。
  
  
イワイシも透を見ていた。
鮮やかなブルーの瞳の奥に、紫色の光がちらっと見えた気がした。
 
 
「日本では比較的見つけやすいです。
 でも、探し方がわからないと見つけられませんけどね」
透の視線から何かを読み取ったのか、イワイシは目を伏せて答えた。
 
 
「それを探せるのがイワイシさんなのよ。
 前にも話したと思うけど、先生や私が
 必要な石についての情報をイワイシさんに伝えて、
 それに合う石を探してもらってるの」
 
 
「石の博物館にある石は、死んだおじいさん・・・
 あの、華子サンのダンナさんと友達で集めたんですよね?」
  
  
「厳密に言うと、華子サンのご主人しか見つけられなかったはず。
 お友達は、ご主人に教えてもらって見つけたのよ。
 
 あの石の中には、メンテナンスが必要なものもあるの。
 それができないと、透クンが見たとおり、
 透明感のある美しい石が、濁った灰色や黒に変わってしまうのよ。
 
 変色してしまうと、不安になるんでしょうね。
 ご主人と交流を続けた人たちは、早々に石を返してきたらしいわ。
 
 今、送られてきているのは、状態の悪いものが多いの。
 基本的にしまいこまれてしまうとダメなのよね。
 もっとも、送り返してくれただけ、ありがたいのかもしれないけど。
 
 先生も私も石を渡す人を選んでいるわ。
 大丈夫な人にしかお譲りしないようにしているのよ」
 

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「透クンは、イワイシさんからもらった緑色の石、
 机の奥とかにしまいこんでないよね?」
先生が透の目をじっと見て言った。
 
  
「はい」
 
  
(緑じゃなくて青くなってるんだよな・・・中に「お守り」も入ってるし)
  
  
「あの石、大事にしてね。
 石の博物館に行く時は必ず持って行ってね」
暁子サンも真剣な目をしていた。
 
  
「はい。わかりました」
 
 
暁子サンはイワイシに視線を移した。
「部屋を決めるのは、大変かもしれないけどイワイシさんなら大丈夫ね」
 
 
そして苦笑いのような表情を浮かべた。
「・・・あなたは、自分の扱いがとても上手ね。
 表に出したくないものを、さりげなく隠すのが特に上手だわ。
 故意にやってるわけじゃないんでしょうけど」
 
 
(暁子サンは何のことを言ってるんだろう??)
 
 
透はイワイシの方を見た。
暁子サンを凝視している横顔は、
他人の視線も関心も弾き返すような頑なさが感じられた。
 
  
「ええ、隠そうとしているわけではありません。
 必要がなければし まっておく・・・それだけです」
イワイシは落ち着いた声で答えた。
 
 
「そう・・・」
暁子サンはイワイシの強い視線を平然と受け止めていた。
 
 
突然、空気がピンと張り詰め、透は息苦しさを覚えた。
恐ろしく冷たい水をいきなり浴びせられたかのように
背筋が一気に凍りつき、鳥肌が立った。
 
 
透の向かい側に座っている先生の表情が硬くなっていた。
 
 
「ですから、これ以上は・・・」
 
 
イワイシが言葉を切ったところで、暁子サンがすかさず、
「わかったわ。ごめんなさいね。この場で話すことじゃなかったわ」
と、やわらかい口調で言った。
 
 
イワイシがふぅっと息をつい た。
「・・・あの・・・すみませんでした・・・」
 
 
イワイシの横顔から硬さが消えた。
 
 
張り詰めた空気が緩んでいく。
 
 
先生がちいさく息をついた。
ホッとしているのが感じられた。
  
 
(今のは何だったんだろう??・・・なんだか・・・すごく怖かった・・・)
 
 
暁子サンは穏やかな表情で
「そのうち・・・ゆっくり話しましょうね」
と、何事もなかったかのように言った。
 
 
「はい。よろしくお願いします」
イワイシは<無敵の笑顔>で応えた。
 
 
 
 
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「・・・あの・・・質問してもいいですか?」
 
 
暁子サンたちとの食事の後、
透は再びイワイシが運転するクルマの助手席に座っていた。
 
 
ハンドルを握ってまっすぐ前を見ているイワイシは、
暁子サンたちと別れた後でも、
<イワイシさん>のままだと透は感じていた。
気安く話しかけられない印象がいつもよりずっと強いと思った。
  
 
「どうぞ」
イワイシが短い返事をした。
 
 

帰りは、暁子サンか先生が送ってくれるのだろうと、透は思っていた。
 
 
しかし、二人ともお客さんのところへ行くことになっていると言い、
帰り際に暁子サンが透を送ってほしいとイワイシに頼んでいた。
 
  
「さっきの・・・えっと・・・さっきの食事の時・・・あの・・・暁子サン・・・」

透は頭の中で考えていた質問を口にしたが、
言葉がうまくつながらず、しどろもどろになってしまった。
 
 
「・・・私が暁子サンを睨み付けた時のことでしょうか?」
イワイシの口調は穏やかだったが、
会話に積極的な感じではなかった。

 
「・・・はい・・・あの時、何があったんですか?」
 
  
暁子サンが『ごめんなさいね』と言った後は、
すっかりもとの和やかな雰囲気に戻ったのだが、
透はあの瞬間に感じた<怖さ>が忘れられなかった。
 
 
「あれは、暁子サンなりの警告メッセージです。
 私の反応が、彼女の予想外だったこともありますが」
 
  
「どういう意味ですか?」
質問が歓迎されないのはわかっていたが、
透は、訊かずにはいられなかった。
 
 
「どういう意味かを説明するのは、難しいですね。
 暁子サンが捉えていることは<感覚>ですし、
 私の反応も感覚的なものなので、言語化しにくいです」

あいかわらずイワイシの口調は穏やかで丁寧だったが、
<これ以上の質問は受け付けない>という、
ハッキリした意思が感じられた。
 
 
「そうなんですか・・・」
 
 
「暁子サンが私に伝えたいことはわかりましたし、
 それに対して私がどう感じたかは、彼女も理解したはずです」
<この話はここでおしまい>と言いたいのがよくわかった。
 
 
透は引き下がるしかなかった。
 
 
イワイシはウィンカーを出してハンドルを左に切った。
クルマはコンビニの駐車場に入って行った。
 
  
「申し訳ないのですが、水を買ってきてもらえませんか?
 透さんの分も何か飲み物を買ってください」
イワイシの声は少しかすれていて、辛そうだったが
相変わらず<質問するな>という言外のメッセージが感じられた。
 
 
「わかりました」



透は、それだけ言うと黙っていた。
 
 
イワイシはクルマを停めると、千円札を透に渡した。
 
 
透はクルマから降りて、コンビニの中に入っていった。
店内を煌々と照らす蛍光灯が、とてもまぶしかった。
 
 
 
 
 
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ミネラルウォーターのペットボトルを2本買うと、透はクルマに戻った。
 


「水、買ってきました」
レジ袋の中から、自分の分のペットボトルを出すと、
おつりと一緒にイワイシに渡した。
 
 
「どうもありがとう」 
イワイシは小銭をポケットに入れると、
すぐにペットボトルの蓋を開けて、水を飲んだ。
 
 
透も水を飲んだ。
さっきの中華料理は、塩気がきつかったとは感じなかったが、
水を飲んでいるうちに、喉が渇いていたことに気がついた。
 
 
「・・・ふー・・・やっぱり水はおいしいなぁ」
イワイシが感情のこもった声で言った。
 
 
そして、もう一度大きく息を吐いた。
「やーっと、緊張が解けた気がする」
 
 
(あ、イワイシだ)
 
 
「・・・無愛想で悪かったな」
イワイシは低い声で言うと、また水を飲んだ。
 
 
「気持ちの切り替えが、どうしてもできなかったんだ。
 それにしても・・・暁子サンって、やっぱりタダモノじゃないや」
 
 
「さっきの話の続き?」
  
 
「うん。言語化できないっていうのは・・・今は・・・ホントなんだ。
 
 どう言ったらいいのか、わからない。
 言葉にならないんだ。
 
 もう少し時間が経てば説明できると思うけど。
 
 あの時、ハシバはきっと、なんだかすごく嫌なものを感じてたと思う。
 だから、いろいろ聞きたいんだろ?」
 
 
透は頷いた。
 
 
イワイシはペットボトルに蓋をしながら、言葉を続けた。
「先生も青ざめてたな・・・見えてたんだろうなぁ」
 
 
「何が?」
 
 
「一触即発みたいな状態だったってこと。
 暁子サンがごめんなさいって言って、
 空気を変えてくれなかったら、どうなってたんだろうな ぁ。
 ・・・ハシバには、意味不明だと思うけど。
 
 とにかく暁子サンは・・・わかっちゃうんだよな、いろいろと。
 こっちがわかってほしくないことまで。
 
 でも、それが、・・・どう言ったらいいのかなぁ・・・
 
 わかってほしくないって俺が思っていることが、
 暁子サンにとっては、大問題みたいで・・・
 
 ごめん、やっぱりハシバが理解できるような説明はできないや。
 ・・・クルマ出すから、シートベルトしてくれ」
 
 
クルマが走り出してしばらくしてから、
透はもう一つ聞きたいと思っていたことを質問した。
 
 
「あの・・・暁子サンが言ってた、部屋を決めるっていうのは何のこと?」
   
 
「石の博物館にあてる部屋を決めるってことだよ。
 もう一部屋増やさないと、きちんとした形で石を保管するのはムリだから」
 
  
「それは、大変なことなのか?」
 
 
「うーん・・・やってみないとわからない部分が多い。
 だから、俺一人でやるつもりだったんだ」
 
 
 
 
 
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イワイシは黙って運転していたが、さっきまでとは雰囲気が違っていた。
 
 
話しかけにくいという感じはなく、何かいろいろ考えているようだった。
 
 
「・・・ハシバも、暁子サンに対して、
 心のどこか警戒してるのかもしれないな。
 だから、気のない返事をして、ワンクッション置こうとする」
 
 
「うーん・・・確かにそういう部分はあるかもしれないなぁ。
 自分じゃ、全然意識してないんだけど。
 
 警戒っていうのとは、ちょっと違うんだけど・・・ 
 暁子サンの言葉に疑問を持つなんてとんでもないって
 態度を取る奴を見ると、イラッとする」
 
 
「へぇ・・・そういう場面があったんだな」
 
 
「・・・うん・・・まあね」
  
 

透は少し後悔した。 
名前は出さないにしても、詩織の話をするべきじゃなかった・・・
 
 
イワイシは透の様子から何か察したらしく、話題を変えた。
「前にも言ったけど、今後、石のことに関わるつもりがないなら
 これ以上知る必要はない。
 知らない方がいいこともあるんだ。
 本当は・・・日曜日は来ない方がいいかもしれない」
 
 
「・・・それって、来るなって意味?」
 
 
「そうは言ってない。
 ただ、興味本位だったら、やめた方がいい」
 
 
「そうじゃなかったら、行ってもいいのか?」
 
 
「それは、俺が決めることじゃない。ハシバ次第だ」
 
 
「・・・」
 
 
「来るな ら、それなりの役割を持ってもらうことになるけど・・・
 コレって、暁子サンの筋書き通りなんだよな・・・」
イワイシの言葉から悔しさのようなものが感じられた。
 
 
透は黙っていた。
 
 
「ハシバのことだから、ここで終わらせるつもりはないんだろ?
 <心の声>みたいなものに、行けって言われてる感じがするんだろ?」
 
 
「・・・なんでわかるんだ?」
 
 
「俺もそれに従ってるから・・・
 自分の意向とは真逆だったりして、困ることもあるけど。
 ・・・今回もそれに近いな。
 
 もっとも、気持ちが落ち着けば、考えが変わるかもしれないけど」
 
 
赤信号で停まると イワイシはペットボトルの水を一口飲んでボソッと言った。
「・・・日曜日までに、たぶん、会うことになると思う」





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