千びきのうさぎと牧童


ヤニーナ・ポランジスカ 内田莉莎子訳




(2005.12.29作成)



これはポーランドの7つの昔話を集めた本。
「まほうの本」はこの中に収録されているお話の題名だが、
もともとは、たくさんの作品を残したポランジスカの民話集の中から
12のお話を集めて、ブィリーナの挿絵を添えた本が「まほうの本」と
いう名前だった。


訳者によるあとがきに「見事な挿絵」と書かれている通り
ブィリーナの絵はとても印象的だ。


藤城清治と棟方志功の雰囲気を混ぜ合わせて、
ちょっとエキゾチックな感じにしたというか。
本当に絵の印象が強く、この本のことを思い出すと、
挿絵までハッキリ思い出せるくらいだ。


オリジナルの「まほうの本」から、言葉遊びのような翻訳不能なものや
よく知られているものを除外して、タイトルを変えたのが
この「千びきのうさぎと牧童」である。
なお、タイトルを変えた理由は「まほうの…」という題名の本が
多くて紛らわしいためである。


「まほうの本」は「千びきのうさぎと牧童」の中で一番好きだったお話。
何度も読み聞かせてもらったのだろう、節回しの良い部分は、
音というか歌のように記憶していた。
きっと母が抑揚をつけて読んでいたのだろう。
(記憶に従って書き出し、本の文章と照合してみたら、
微妙な違いはあったもののほぼ正確だった)


かわのながれをせきとめて
水車が回る ごっとんとん
ごっとん回って 粉をひく
粉屋の娘は 三人娘
いろはとりどり バラの花


************************

おてんとさんは おおこわい
黒くなるのが おおこわい
朝から晩まで 森の中


************************


アタマが痛い
あんよが痛い
働くなんて とてもだめ とてもだめ
でも歌えって言うなら
踊れって言うなら
今すぐお相手いたしましょ いたしましょ!


************************


ホクス ポクス ホクス ポクス
わたしのことばをきいとくれ
木の葉 三枚十字に置いて
魔法使いは ネズミになれ!




昔話によくあるパターンはだいたい三兄弟や三姉妹で、
上の二人が間抜けだったり腹黒かったり狡賢かったりして、
正直で優しい末子をいじめるというもの。


母がどこからか仕入れてきた話によると…
昔は兄弟姉妹の数が多くて、長子と末子ではかなりの年齢差があり、
しかも親の寿命は長くはなかった。
そういう理由から、末子は親と一緒にいられる時間が少ないので、
可愛そうだという考えが出てきた。
それで、末子を立てるような設定になっているものが
多いというのである。


本当かどうかはわからないが、なんとなく説得力はある。




この話も粉屋の美人三姉妹の末娘が活躍する。


長女は、自分の美しさに磨きをかけることしか眼中になく、
  おてんとさんは おおこわい
  黒くなるのが おおこわい
  朝から晩まで 森の中

と、村人から笑われていた。



次女は根っからの遊び人。
と、言っても昔のことだから、あっちの結婚祝い、こっちの誕生祝いと
お祝い事に出かけていって歌って踊る程度だったが。
ある羊飼いが遊び人の次女について、こんな歌を作って笑った。
  アタマが痛い
  あんよが痛い
  働くなんて とてもだめ とてもだめ
  でも歌えって言うなら
  踊れって言うなら
  今すぐお相手いたしましょ いたしましょ!





末娘は働くことが何でも面白くてたまらないという性格。
新しい技術や能力を身につけるのが大好きという、
向上心の塊のようなタイプ。
(当然のことながら彼女を笑いのタネにするような歌はない)



ある年の冬、この粉屋の水車小屋にこじきのおばあさんがやってくる。
親切にしてもらったお礼におばあさんは本を読んで聞かせる。
この時代に本を読めるというのは驚異だった。
本が読めるのは「学問がある」ということだった。


粉屋のおかみさんは、字は読めなくても利口な女だったので、
おばあさんに冬の間の滞在と引き換えに
娘たちに字を教えてやってくれと頼んだ。


おばあさんは残って娘たちに字を教えようとしたが、
上の二人はヤル気ゼロ。
なんだかんだと理由をつけては部屋から逃げ出していた。
一人1週間の割り当てだったが、上の二人は何も習わず、
何も覚えなかった。


末娘は次々とおばあさんに質問し、暗くなるまで本を放さず、
自分でも字を書いた。
春になる頃には末娘は本を自由に読めるようになり、
どんな難しい言葉を見ても、長い言葉を尋ねられても
すぐに説明できるようになっていた。


粉屋の美人三姉妹の噂がひろがった。
うつくしくて、ほがらかで、学問がある…


この噂は魔法使いの耳にも届いた。
魔法使いは、旅商人に姿を変え、リボンやビーズ、香水などを
持って長女に近づく。


そして自分の城にさらってくる。
長女は魔法使いの立派な城での贅沢な暮らしが気に入るが、
そのうちその生活にも嫌気がさし、「あけてはいけない」
と言われていた部屋の扉をあけてしまう。
そしてそれが魔法使いにバレてしまい、
彼女はその部屋に閉じ込められてしまう。



次に魔法使いは金持ちの殿様に変装し、次女に近づき、
自分の城にさらってくる。
次女も長女と同じく、しばらくは贅沢な暮らしを満喫するが、
やがてそれに飽きてしまう。
彼女も「あけてはいけない」部屋の扉を開け、
長女と同じ運命を辿る。



最後に魔法使いはこじきに姿を変え、末娘に近づき、
城へさらってくる。
魔法使いは上の二人にしたようにお城の部屋を案内し、
楽しく暮らせるよと言い聞かせたが、
末娘は何も見ようとせず、何も喜ばなかった。
魔法使いは末娘には「あけてはいけない」部屋のことは
話さなかった。
(たとえ、あの部屋をのぞいたとしても、
この娘はこのままにしておこう。
こんなに美しい許婚は、どこをさがしたって
見つけられるものではないからな)
と、彼は考えたからだった。



魔法使いが出かけてしまうと末娘は泣いて悲しんだが、
泣いていても何もならないことに気づき、
逃げ出す手段を探し始める。
お城の部屋に次々と入っては、外に出られないかどうかを
調べていった。


末娘はあけてはいけない部屋にも入った。
そこには鳥かごがあり、止まり木に小鳥たちが
しょんぼり止まっていた。
末娘が
「かわいそうなことりたち!
こんな小さなかごにとじこめられて。
えさも水ももらっていないのね」
と叫んだところ、小鳥たちは

  やさしいことばをききました
  いきかえったわ わたしたち!
  いきかえったわ わたしたち!


と人間の言葉を話した。
ことりたちは魔法使いにお城にさらわれてきた娘たちだった。
あけてはいけないと言われていた部屋の扉を開けてしまったせいで、
魔法使いに小鳥の姿に変えられてしまったのだった。



その部屋の中には机の上に七つのとめがねで止められた分厚い本があった。
それが「まほうの本」だった。


末娘は本を一生懸命めくり、
「箱、檻、扉、そのほか、あらゆる鍵のかかったものを開けたい時は、
かぎあけ草をとってきて、あけたいものにあてて、次の呪文を唱えること」
と書かれた、南京錠の絵のついたページを見つけ出す。
そのページには干した草がはさんであった。
それがかぎあけ草だった。


末娘がそれをとりかごにあて、呪文を唱えると、とりかごは開いた。
末娘は小鳥をぜんぶとりかごから出してやった。
次に末娘は
「人を鳥に変えたいとき、東にむいて立ち、左から右へ三回回り、
つぎの呪文を唱えること」
と書かれた、日雀の絵のついたページを見つけ出す。
呪文の後に
「また、鳥をもとの姿に戻したい時、この反対をやり、
呪文を逆に唱えること」
と書かれていたので、彼女はまほうの本の文章の逆を忠実に行った。
すると、小鳥の姿は消え、二十人の娘が末娘を取り囲んで笑っていた。
末娘はみんなをせきたてて、かぎあけ草とまほうの本を持って駆け出した。
みんなもそれに続いた。


9つの扉を開け、9つの閂をはずし、
9つの門をあけ、外に出ると森が見えた。
その向こうに野原が広がり、村が見えた。
娘たちはそれぞれ自分の家へと帰っていった。



粉屋の三人娘も水車小屋へ走っていった。
しかし、自分の家の木戸の中にとびこんだとたん、足音が聞こえてきた。
魔法使いが追いかけてきたのだった。
末娘は庭のベンチにまほうの本を広げ、ねずみの絵のついたページを探した。

  ホクス ポクス ホクス ポクス
  わたしのことばをきいとくれ
  木の葉 三枚十字に置いて
  魔法使いは ネズミになれ!



末娘が呪文を唱え出すと、裏庭に入ってきていた魔法使いの身体は
みるみる縮んで灰色のねずみになってしまった。
そして、飼い猫のムルーチェクに食べられてしまった。


魔法使いの城はそのとたんに地面のそこ深く沈んでいった。
末娘は「まほうの本」をバベルのお城の王様に献上した。



このお話は、こんな文章で終わる。
>そして、いまもバベル城の図書館にまほうの本はおいてあります。
>くさりでつくえにしっかりしばってあります。
>けれども、もうまほうの力はとっくになくなってしまいました。
>かぎあけ草は、七百年もたつうちに、こなごなにくだけ、
>世界じゅうにとびちったそうです。



祖母の家の応接間に塔をモチーフにした刺繍の壁掛けが飾ってあった。
私は長いことそれが「バベル城」だと信じていた。
(後で母に聞いたら、それは中国のどこかの塔だということだったが)
そしてこの中の図書館にまほうの本があるのだと、思い込んでいた。



このお話は目に見えない力とか魔法とかそういうことに憧れるきっかけだった。


「魔法使いサリー」とか「奥様は魔女」の世界ではなく、
もっと自分の身近な、現実的な場所にも魔法があるのだと
信じるようになったのもこのお話がきっかけだろう。
どうも、テレビの世界より本の世界の方が現実的だと思っていたらしい。
「おばあちゃんちの刺繍の壁掛け」からいろいろ想像を
たくましくしていたのだろう…


今回読み返してみたら、机に鎖で縛り付けられている
「まほうの本」のイメージを思い出した。
「まほうの本」が本当に見たくてたまらなかった。
かぎあけ草のようなまほうに使う草が
本にいっぱいはさんであるにちがいないと思っていた。
他のページに何が書いてあるのか知りたかった。
自分で読んで試してみたくてしかたなかった。



このお話は説教じみたところとか教訓めいたところはない。
しかし、末娘が識字能力を身につけたことで、
必要な情報を得て、自分も他人も助けることができた
というストーリーから「知る力」の重要性が
理解できるようになっている。


上の二人の娘は学ばなかったせいで無力なままだったのだから。



このお話のように「重要なメッセージ」が
きわめて自然な形で伝わるような物語をもっと探して読んでみたい。
息子がもう少し大きくなったら、繰り返し読んであげたい。



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