九月姫とウグイス

文 サマセット・モーム
やく 光吉夏弥
 え 武井武雄




(2006.01.16作成)

「岩波のこどもの本」はたくさんあった。
なんとなくではあるけれど、「これは誰々の本」というのがあった。
おそらく母が本を購入する時にだいたい3冊買って、
これはお姉ちゃんの、あれは○ちゃんのと言って
渡していたのだろう。



この本はたぶん私のだったと思う。
「九月姫」だから。(私は九月生まれ)
今回読み返すまで、サマセット・モームが
書いたお話だとは気がつかなかった。



サマセット・モーム…
親の本棚に何冊かあった。
高校生の時に借りて読んだはずなのだが
ストーリーを全く覚えていない。
確かペパーミントグリーンのカバーのついた
文庫本だった。
たぶん、母が好きだったのだろう。
だからこの絵本を買ったのだと思う。



このお話の舞台はシャム。
「いまのタイ国」という注がある。
仲のいい王様とお后様がいた。
お二人の間にはどんどんお姫様が生まれた。
最初の二人には「夜」「昼」と名づけたが、
また姫君が生まれたので
「春」「夏」「秋」「冬」に変えた。
さらに姫君が生まれたので1週間の名前に変えた。
またまた姫君が生まれたので、今度は1年の月の名前に変えた。
九月姫が生まれると、その後は王子ばかりが10人生まれた。



何度も名前を変えられてしまった上のお姫様たちは
「そのせいしつまで、すっかりひねくれて
 おしまいになりました」
「ことに、ほかのお姫さまたちより なんべんも
 名まえをかえられた、上のお姫さまたちは、
 よけい、ひねくれておしまいになりました」



ここの挿絵のお姫たちの表情が面白い。
妬みとか嫉みがよくあらわれている。
ヘの字に曲がった口からは
不平不満や愚痴・悪口以外出てきそうにない。



この絵本の絵も「まほうの本」と同じくらい印象的だ。
人物の様子、色使い、全てが斬新な感じがする。
かなり古い本なのに、色使いやデザイン、構成に古臭さは
全く感じない。



ちょうどこの絵本を読んだ頃だと思うが、
「世界の花嫁さん」を題材にしたぬり絵に
夢中になっていた。
タイのお嫁さんもあって、すごく親しみを感じた。
上手にぬりたかったけど、あまりうまくぬれなかった。
よほどこのぬり絵が好きだったのだろう、泊りがけで
海水浴に行ったときにも持っていった。



民宿の庭においてあったテーブルで、
雑誌を読んでいる母親の横でぬり絵をしていたら、
私の従兄弟にあたる人なのか、
それとも宿泊客だったのか、
アルバイトだったのかわからないけれど、
大学生のお兄さんが、ぬり絵をぬってくれた。
どういう経緯で彼がぬってくれたのかは覚えていないのだが…
ぬりたい箇所の縁取りをきちんと描いてからぬると
キレイに見えると教えてくれた。
それから、メモ用紙を赤い色鉛筆で強くぬり、
そこに指をこすり付けて赤い色を写し取り、
お嫁さんの頬に頬紅をさすことを教えてくれた。
そうやって頬紅を入れると、お嫁さんの顔が
とてもイキイキとして見えた。
彼は「大学でぬりえを勉強してるんだよ」と言っていたので
「大きくなったら、大学へ行ってぬり絵を勉強しよう」と
本気で思っていた。



「シャムの王様は、ヨーロッパでも まねたらいいとおもう、
 たいへんいい、しゅうかんを もっていらっしゃいました」
王様の習慣とは、自分の誕生日に、自分から贈り物をするというもの。
しかも、この王様はこの習慣がとても気に入っていて、
誕生日が1年に1度しかないことを残念がるくらいだった。



ある年の誕生日、王様はお姫様たち一人一人に
金色のカゴに入ったオウムをプレゼントした。
カゴにはお姫様たちの名前がついていた。



姫君たちはオウムをかわいがり、毎日1時間ずつオウムに
言葉を教え、オウムたちはまもなく「王様ばんざい!」と
シャム語で言えるようになった。



ある日、九月姫が自分のオウムのところへ行くと、
オウムはカゴの底に横たわって死んでいた。
九月姫はひどく悲しみ、侍女たちが手をつけられないほど泣いた。
侍女たちは困ってお后様のところへ相談に行くと、
「夕食はあげなくていいから、寝かしてしまいなさい」
という返事だった。



九月姫がベッドの中で泣いていると
一羽の小鳥が部屋の中へ飛び込んでくる。
小鳥は美しい声で歌を歌った。
九月姫が褒めると、
「小鳥はうやうやしく、おじぎをしました。
 芸術家というものは、もともと、おぎょうぎが
 いいもので、おほめにあずかるのは
 大好きなのです」



「オウムの代わりに私をお飼いになったらいかがでしょう」
という申し出を受けて、九月姫は手をたたいて喜ぶ。
小鳥はベッドの端にとまり、姫のために子守唄を歌った。



翌朝、小鳥はまだベッドにとまっていた。
朝食が済むと、小鳥はまた美しい声で歌った。
侍女たちはみなそのきれいな歌に驚いたので、
九月姫は得意になった。
そして、彼女は右手の人差し指に小鳥をとまらせると、
8人のお姉さまに見せに行った。
小鳥はひとりひとりに違った歌を聞かせた。



それから九月姫は王様とお后様にも小鳥を見せに行った。
二人とも美しい歌に大喜び。
しかし、お姉さまたちはおもしろくない。
彼女たちはあつまって相談した。
そして、九月姫のところへ行き、
「死んだオウムの代わりになるオウムを
 買ってあげることにした」と言う。
九月姫は
「どんな鳥よりも、すてきな歌を
 うたってくれる小鳥がいるから」
と言ってそれを断る。
「かってに とびまわっている小鳥を、
 じぶんのだなんていうのは、おかしいわよ」
「ところで、あなたの だいじな小鳥は、
 どこにいるんですか?」
お姉さまの質問に、九月姫は「小鳥は森へ行った」と答える。
八人のお姫様たちは
「ほんとうに帰ってくるの?」
「かごの中に入れて出さないようにしなさいよ。
 それが、あの鳥を逃がさない、たった一つの方法よ」
などといって、九月姫に不安を植え付ける。
九月姫はまだ幼かったのだろう、不安を増幅してしまう。
タカに襲われてしまったら?
わなにひっかかってしまったら?
誰かほかの人を好きになってしまったら?



九月姫は帰ってきた小鳥…これはウグイスだった…を、
オウムが入っていた金のカゴへ入れてしまう。
ウグイスは「出してください!」と何度も頼むが
九月姫は
「大すきなおまえを、なんとかして、
 しあわせにしてあげたいの」
と言って、ウグイスをかごから出そうとしない。
ウグイスは歌わなくなり、食事もとらなくなった。



ある朝、九月姫がカゴをのぞくと、ウグイスは
カゴの底に目を閉じて横たわっていた。
九月姫はカゴからウグイスを取り出した。
ウグイスの心臓はまだ動いていた。
九月姫は泣き出し、ウグイスの上に涙がこぼれた。
ウグイスは目を開け彼女に言う。
「じゆうでなければ、わたしは、うたえないのです。
 うたえなければ、死んでしまいます。」
九月姫は
「おまえをかごのなかにいれたのは、
 おまえがすきで、わたしひとりのものに
 しておきたかったからなのよ」
「わたしは、おまえがすきだからこそ、
 じぶんのいいようにさせてあげるのよ」
といって、二度とカゴにいれないと約束する。
ウグイスも
「わたしもお姫さまが大すきですから、また、まいります」
「お姫さまのことは、けっして、わすれません」
と約束する。
そして羽を広げて飛んでいく。



「お姫さまは、わっと、なきだしました。
 じぶんのしあわせよりも、
 じぶんのすきなひとのしあわせを、
 だいいちにかんがえるのは、
 とても、むずかしいことだからです。」
今回読み返して、この部分に来た時に涙が出てしまった。
誰だって自分が可愛い。
好きな人には傍にいて欲しい。
好きな人を危険な目には遭わせたくない。
でも、本当に相手のことを想うなら、
「その人が自分らしい人生を
 自分の力で歩めるようにする」ことが、
最大の愛情表現なのではないだろうか?
そう思っていてもこれは簡単にできることではない。
九月姫はこれができたからこそ、
ウグイスといい関係を作れたのだと思う。



ウグイスは約束を守って遠くへ行っても必ず帰ってきた。
九月姫はウグイスがいつでも入ってこられるように
部屋の窓を昼も夜も開け放しておいた。



「それは、お姫さまにとって、たいへん、いいことでした。
 お姫さまは、そのために、とてもきれいに
 おなりになりました。」



「そして、大きくなると、カンボジャの王さまの
 ところへ、およめにいらっしゃることになって、
 王さまのみやこまで、白いゾウにのって、
 おこしいれになりました。」



「けれども、ねえさんたちは、まどをあけて、
 おやすみになることなんか、一ども、
 ありませんでしたので、それはそれは、
 みにくいかたに、おなりになりました。」



「そして、およめにいらっしゃるときになると、
 紅茶を一ポンドと、シャムネコを一ぴきつけて、
 王さまの大臣たちのところへ、
 やられておしまいになりました」



これで物語は終わる。
王様が名前にこだわらなければ上のお姉さんたちだって、
ひねくれたりしなかったのでは..?
という気がしないでもない。
それに九月姫のすぐ上の八月姫は、
一度も名前を変えられていないはず。
などと、ストーリーの強引さを指摘したくなる部分は
あるけれど、そんな瑣末なことで、このお話の美しさが
損なわれることはないだろう。



幼い頃から「じぶんのしあわせよりも、
じぶんのすきなひとのしあわせを、
だいいちにかんがえる」ことができた九月姫が
それができなかった姉たちとは違う人生を
歩むことになったのは当然だろう。



Amazonのレビューによると、このお話は、
「サマセット・モームの唯一の童話」だそうだ。
母はそれを知っていて買ったのかもしれない。



「武井武雄の、例のごとく凝った装丁。
 クラシカルなエキゾチックな、でも衝動的な・・・。
 私は、この人間的にもかなり変わったおじさんである
 武井武雄の絵本を集めるために購入。」
武井武雄という人は有名なのか…



「日本では1954年に出版され、
 その後絶版になったものの、復刊されて
 また手に入れる事ができるようになりました。」
と、書かれているが、Amazonでは、現時点では
USEDしかなく、しかも4000円近い値段がついている。



手元にある、ベージュに変色した本の奥付は
昭和29年12月13日第1刷発行
昭和47年3月10日第11刷発行 200円
となっている。
大事にとっておこう。


なつかし図書館のページへ
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