ものいうなべ ―デンマークのたのしいお話
メリー・C・ハッチ 文, 渡辺 茂男 訳
富山 妙子 絵
岩波書店 ; ISBN: 4001103109 ; (1964/07)


この本がデンマークの昔話だったとは、
Amazonで検索するまで気がつかなかった。
独特な雰囲気の面白いお話と、それに似合う雰囲気の挿絵に惹かれて
何度も読んでいたのだが…。


「訳者のことば」には以下のような文章がある。
「アンデルセンの童話があまりにもゆうめいになってしまったために、
デンマークに昔からある話や物語はあまり知られていませんが、
デンマークには、ノールウェーやフィンランドなどほかの北欧の国ぐにと
同じように、たのしい昔話がたくさんあります。
アンデルセン自身も子どものときに、たくさんの昔話をきいて育ったと
伝記に書いていますし、アンデルセンの書いた童話の中には、昔話を
もとにしてつくったものがいくつもあります。」



この本には8つの面白いお話が入っている。
一番好きだった、「しあわせばあさん ものしりばあさん」を読み返したら、
今まで全く気に留めなかったけれど、これは結構深い話かもしれないと
思い始めた。



しあわせばあさんと、ものしりばあさんという、ふたりの魔法使いが
道でばったり出会い、「しあわせがいいか、ものしりがいいか」で
口げんかをはじめたが、決着がつかない。


しあわせばあさんは、畑で働いている若者を見て言った。
「ものしりばあさんや、あそこで畑をたがやしている男の子に、
おまじないをかけて、頭の中に知恵をつめこんで、ものしりにさせておくれ。
 けれど、わたしは、しあわせはやらないよ。
 そうすれば、ものしりになるがいいか、しあわせになるがいいか、
 そのうちわかるからね。」

しあわせばあさんの提案にものしりばあさんは賛成し、
若者に「頭がいたくなるほどの知恵」をつめこんだ。


若者は
「おれは、たいへんなものしりだ。
 この世の中でわからないことは、なにもない。
 さあ、これから町へいって、ひとざいさんつくってやるか」
と言って畑を飛び出した。

彼は「王さまごようのとけいや」に行き、親方になんとか頼み込んで
雇ってもらった。


ある日、王さまはこのとけいやに不思議な時計を作るよう命じた。
「ひとりであるくことができ、わしが、王さまのいすにすわり、
 『さあ、おまえたちのりっぱなやさしい王さまがすわったぞ。』といったら、
 とことこ、わしのまえにやってきて、ぴょこんとおじぎをするような
 とけいだぞ。」
親方はすっかり困り果て、バネ一つできない有様だったが、
若者は王さまの注文通りの時計を作ってしまった。


王さまは大喜び。
親方は自分の弟子の若者がこの時計を作ったことを正直に話した。
王さまは
「そんな知恵のあるわかものは、とけいやの弟子にしておくのはもったいないな」
と言って、若者を「王さまおつきのおこしょう」にした。


王さまには「ネコにしたべらをもっていかれた」と言われるほど
無口な一人娘がいた。

彼は姫君のことが心配で、
「もしおひめさまに口をきかせることのできるものがいれば、おひめさまと
 王国の半分をやる」
というおふれを出した。
「しっぱいすればくびをつる」という但し書きをつけて。


「女の人に口をきかせるなどおやすいごよう」と大勢の若者たちが
挑戦したが、みんな失敗して、首吊りにされてしまった。


「王さまおつきのおこしょう」になった若者は
「じぶんも運をためしてみよう」と、これに挑戦し、成功する。
お姫様が口をきいてくれたのだ。


若者はうれしさのあまり、くびきり役人のところへとびこんでしまう。
彼らは若者がうそをついていると決めつけて、くびをつってしまうことにした。


若者の死刑が執行されようとした時、
しあわせばあさんとものしりばあさんが現れた。


しあわせばあさんは
「どうだね。
 あの男の子は、ものしりになったおかげでひどいめにあうじゃありませんか。
 くびつり台にのせられて、もう半分死んだも同じだね。
 運がよければ、たすかるのにねぇ。」
と言った。
「そんなら早いとこ、たすけてやっておくれ。さあ、早く早く!」
ものしりばあさんは若者を助けるよう、しあわせばあさんをせきたてた。


しあわせばあさんが魔法の杖を振ると、お姫様がお城から走ってきた。
「このわかものは、わたしにすばらしいお話をしてくれたのよ。
 そのおかげでわたしは口がきけるようになりました。このかたがいいと
 おっしゃれば、わたしは、このかたとけっこんするのです。」
と、くびきり役人に向かって叫んでくれたので、若者は絶体絶命のピンチを切り抜ける。


「それからふたりは、いつまでもいつまでも、しあわせにくらしました。
 というのも、わかものからは、しあわせとものしりがいつまでもはなれな
 かったし、おひめさまは、おしゃべりでもなく、無口でもなく、ちょうど
 いいくらい、ただしいことばかりしゃべったからです。」
という文章で物語は終わる。


* * * * * * * * * * * * * * * * *


テレビ、新聞、ラジオ、書籍、雑誌、インターネット…現代社会では、
知識や情報はいくらでも手に入る。
本当に頭の中に詰め込むかどうかは別として、誰でも「ものしり」になれる。
たくさんの情報や知識を持っていることは幸せだろうか?


若者は王様の注文通りの時計の開発に成功した。
お姫様を喋らせることにも成功した。
でも、くびつり台にのせられてしまった。

どうして?
その答えはいろいろ考えられるが、個人的には「私/私の視点」がなかった
からだと思っている。
「私」はどうしたいのか?
「私」は何がほしいのか?
若者が王様の時計を作った時、どういう気持ちだったのか、
本当のところはわからない。


新しい道具や車の性能を試すように、
ただ単に
「そういう能力があるから使ってみた」
というものだったのかもしれない。


お姫様を喋らせることに挑戦したのは、
運を試してみるためと書かれているが、
「自分の知識が通用するか確かめたい」
という理由もあったかもしれない。


しあわせばあさんが本当に「私/私の視点」なのかどうかはわからない。
でも、幸せかどうかは本人(私)しか決められない。
しあわせばあさんが魔法の杖を振った時、
お姫様がお城から出てきて「このかたと結婚する」と言うが、
これは若者が「<私は>お姫様と結婚したい」と思ったから、
それが叶えられたのではないだろうか?

(もし、お姫様が彼の大嫌いなタイプの女性だったら、
お姫様との結婚は幸せではない。むしろ不幸だ…)


自分(私)が望んだことが叶えられる…

自分が、こうなったらいいなと思い描いたことが実現する…
それが「幸せ」なんだと思う。


まず、「私」が望んだり、思い描いたりしない限り、「叶ったり」
「実現したり」は起こらない。
幸せは自分で(私が)定義するものなのだろう。


ものしりばあさんは、もしかしたらある種の「条件」なのかもしれない。
この物語では「知識」だけど、「富」「美しさ」「権力」でも似たような
お話が作れそうだ。
お金があっても、美貌に恵まれても、すごい力があっても、「私」が
求めている状態が実現しないと、幸せにはなれない。
(その前段階として「私」の幸せの定義が必要だけど。)


しあわせばあさんさえしっかりつかまえておけば、ものしりばあさんが
いなくても、幸せになるのは難しくない。
もっとも、この若者のように二人揃ってつかまえられるのが、
理想ではあるけれど。


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