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お話し小箱。「好きに動かしてみよー」 2 





夕方のラッシュが始まる少し前。
電車から降りた透は、自動改札に向かってゆっくり歩いていた。


肩を叩かれたので振り返ると、先生が立っていた。
見慣れた風景の中に先生がいるのはなんだか変な感じがした。


「今、帰り?」


「はい」


「ちょっといい?」


「はあ」


「じゃ、行こう」



先生は自動改札を抜け、階段を降りると
正面にあるファーストフード店にさっさと入って行った。


「向こうの席に座って待っててくれないかな?
 何飲む? コーヒー? コーラ?」
口調は軽い感じだったが、先生の雰囲気はなんだか重たい気がした。


「あ、どうも。じゃ、コーラで」


透がプラスチックのイスに座ると、
すぐに先生は二つの紙コップを載せたトレーを持ってきた。

そして一つを透の前に置いた。

「どーぞ」


「・・・ありがとうございます」


「えーとね。イワイシさんが会いたいって言ってるんだけど」


「・・・・」


透は固まった。
二つの石が、スッとくっついてしまった時の映像が
頭の中に浮かび上がった。


「何? もしかして、イヤとか?」


先生は透の顔を訝しそうに見た。


「えっと、そのー 食事とかはもう・・・」


「あのすごいお店に行くわけじゃないよ。
 透クンを石の博物館に連れて行きたいんだって」


「・・・なんでですか?」


「さあ?」


先生はとぼけたが、何かを知っているようだと透は感じた。


「いつ空いてる?」


「俺が行くのが前提なんですか?」


「・・・行きたくないのか?」


先生の表情から人懐っこさが消えた。
イワイシの部屋で、受け取った石を調べていた時のような
冷徹な眼差しになっていた。


「い、いや、その、えっと、そうじゃないんですが」
透はあわてて否定した。


「今度の日曜日は?」


「・・・空いてます」


「じゃ、連絡するね~」


先生はとても嬉しそうにニッコリ笑った。




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先生はスーツのポケットから黒い携帯を取り出すと
いくつかボタンを押し、耳に押しあてた。


(メールじゃないのか・・・)


「イワイシさん? 透クンはOKです。
 電話、代わりますね」


それだけ言うと、先生は携帯を透の前に置いた。


「コンビニ行ってくるから、話してて。
 終わったらここで待っててね」


そして、さっさと店の外へ出て行ってしまった。

透は仕方なく携帯を手に取った。


「・・・こんにちは」


「透さん? 
 日曜日にね、S駅の改札で待っててもらえますか?
 時間は10時です。
 それで・・・あの、若づくりで行くけど、あまり笑わないで下さいね」


「ワカヅクリ!?」


「・・・意味、わからないですか?」


「いや、そうじゃなくて・・・イワイシさんが若づくりって、
 どういうことなんだろうって思ったから・・・」


「見ればわかりますよ。
 笑うのは10秒以下にしてもらえるとありがたいです。
 ところで、透さんの苗字は何て言うんですか?」


「羽柴です」


「じゃあ、若づくりの時はハシバって呼ばせてもらいますので」


「は?」


「その時は敬語とか丁寧語とか使わないで、普通に話して下さいね」


「え? あの、どうして・・・」


「まあ、いろいろあるんですよ。当日説明しますが」


「はあ・・・じゃあ、僕は、イワイシさんのことを
 何て呼べばいいですか?」


「さん付けでなければ、何でもいいですよ。 
 ・・・では、日曜日に。
 よろしくお願いします。
 何かあったら携帯に電話して下さい。
 番号は先生に聞いて下さいね」


電話が切れた。


透は呆然として携帯を見つめた。



(・・・・どういうことだ??)



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イワイシとの会話が終わった数分後、先生が戻ってきた。
そして透の前の席にドカッと腰を下ろすと

「行くの、気が進まない?」

と訊いてきた。


ちょっと心配そうな表情だった。


「うーん・・・そんなことはないんですが・・・
 イワイシさんにはまだ一回しか会ったことないし」


「彼はいい人だよ、すごく」


「どこの国の人なんですか?」


「知らない」


「え??」


「彼個人に関する情報はほとんど知らないよ。
 イワイシって名前だって本名じゃないでしょ、たぶん」


「そうなんですか??」


「だって、あの顔でイワイシはないでしょー
 Hの発音に問題なさそうだけど、
 フランス人っぽい気がする・・・よくわかんないけど」


「先生の知り合いじゃないんですか?
 暁子サンは先生の知り合いの石屋さんって言い方してましたよね」


「確かに、彼の存在を知ったのは、僕の知人経由なんだけどね。
 それを暁子サンに話したんだ。

 実際に彼に会ったのは、暁子サンが先だよ。
 彼女はいろいろ知ってるんじゃないかなー

 僕の場合、暁子サンがOK出した人間は
 基本的に信用しても大丈夫だと思ってるから、
 余計なことは知らなくてもいいって考えてる。

 もちろん、実際に本人に会って、自分の感覚でも確かめるし、
 その時の印象で、それから先の関わり方を決めるけどね」


先生は透が返した携帯を弄びながら話を続けた。


「余計なことっていうと語弊があるかもしれないけど、
 年齢だの、学歴だの、肩書きだのって情報をあまり入れたくないのは、
 本人から感じるものを大事にしたいからなんだ。

 こういう肩書だからエライとか、
 有名な会社で働いているから信頼できるってわけでもないでしょ?

 どんな経緯にしてもね、暁子サンと関わる人って基本的に
 みんなスゴイ人ばっかりなんだよ。

 イワイシさんもその一人。
 彼は特にスゴイと思う」


「どこがスゴイんですか?」


「うーん・・・すごすぎて具体的には言えないなぁ。

 個人的にはね、誠実で一生懸命なとこがいいと思ってる。

 気が利くというか、気がつくというか・・・
 そういうのが、言動に結びついてる。

 かなり鋭いから、いろいろ見えるってこともあるんだろうけど、
 基本的に他人に対して、とても優しいんだろうねー

 暁子サンはともかく、僕にも敬意を払ってくれてるのが
 すごくよくわかるしね」


「・・・そうなんですか・・・うーん。
 先生にとってもすごすぎる人が
 どうして僕を誘ってくれたんでしょうか?」


「それはわかんないなあ。
 彼の頭は回転が速すぎて常人はついていけないから。

 別に心配しなくていいよ。
 暁子サンも言ってたけど、彼はとても気さくな人だからね。
 普通にしてれば大丈夫。
 
 あ、そうだ。
 イワイシさんの携帯の番号、教えておくね」



              
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日曜日。
透は早めに駅に向かった。


(改札の外で待ってればいいのかなぁ? 
 イワイシさんはどこから来るんだろう?)


透は自動改札と券売機の間の柵に寄りかかって
10時になるのを待った。


日曜日のせいか、駅の利用者は少ない。
イワイシのような目立つ人間が来ればすぐわかるだろう。


「ハシバー」

後ろから声がした。
 

学校の友達からは「羽柴」と呼ばれているので、
透は反射的に振り向いた。


柵の反対側に金髪の背の高い少年が立っていた。
白っぽいTシャツに、チョコレート色のパーカー。
ラフな感じのジーンズ。


「?!」


「おはよ」


「え? イワイシさん???」



整った顔立ちは確かにイワイシなのだが、表情も雰囲気も、
前回会った時とは全然違っていて、まるで別人だった。


「がんばって若づくりしてるんだからさ、
 さん付けは勘弁してよ」


照れくさそうな笑顔も前回の様子からは全く想像できない。



透は急いで自動改札を抜けた。


「おはようございます」


「ございますはいらないよー」


透はイワイシをまじまじと見つめた。
(このひと、本当はとてつもなく若いんじゃないか??)


「そんなにびっくりされるんだったら、
 笑われた方がマシだったかなぁ」


「はあ・・・すみません」


「すっごくやりにくいのはわかるけど、普通に話してくれないかな?」


「・・・はあ」


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「K駅までは定期持ってるんだよね? 一つ手前で降りるから」
2番線の階段を降りながら、イワイシが言った。


「そこに石の博物館がある・・・のかな?」


「博物館って名前になってるけど、実際には個人の家に
 変わった石がたくさんあるって感じなんだ。
 かなり珍しいものもあるし、来館者もそれなりにいるらしいけど。
 やたらと元気なばあちゃんが管理してる。
 もっとも、本人を前にしたら、ばあちゃんとは言えないけど」


「なんで・・・?」


「暁子サンにオバサンって言えないのと同じだよ」


「タダモノじゃない感じの人?」


「うん」


電車がホームに入ってきた。
イワイシの金髪が風になびいて柔らかく光った。


(こんな中途半端なしょーもない駅のホームじゃなければ、
 フランス映画のワンシーンみたいになるんだろうなぁ・・・

 それにしても、どうしてこんなに日本語が自然なんだろう?
 勉強して覚えたって感じじゃないよな・・・
 日本の学校に通ってたのかなぁ?)


車内はいつもにも増してガラガラだった。
日曜日の朝からこの路線の下り電車に乗る人なんて
終点にあるハイキングコースを歩く人くらいだろう。


「今日のこと、先生はハシバに何て話したの?」


「イワイシさんが会いたいって言ってるって。
 石の博物館に連れて行きたいって」


「そっかー そういう言い方だったんだ」


なんだかイワイシ本人ではなく、
彼によく似た弟と話しているみたいだった。


「先生から圧力かけられなかった?」


透は、先生と話していて、
「俺が行くのが前提なんですか?」と言った瞬間に、
彼の顔から人懐っこさが消えたことを思い出した。


「圧力ってほどじゃないけど、
 絶対に行かなきゃダメっていうのを感じたなぁ」


「あ、やっぱり? 先生も災難だったからなぁ・・・」


「???」


「・・・ハシバには謝んないとなー」


「なんで?」



「・・・話が進んじゃってるから。
 何から話したらいいかなぁ・・・

 とりあえず、電車降りたら話すよ。

 アタマに来たから帰るって選択肢もアリだからね」



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電車から降りて、改札を出ると、
S駅以上に何もない感じの街が広がっていた。


「この駅で降りるのは初めてだ」


「このへんは、ホントになんにもないよ。
 ・・・とりあえず大事な話を済ませよう」


日曜日だからかもしれないが、
まさに「シャッター商店街」といった感じの
さびれた商店街が駅から200メートルほど続いていた。
突き当たりの交差点を右に折れると、土手が見えてきた。


土手に登ると、河川敷がずっと広がっていて、
その向こうに黒っぽい川が見えた。


河川敷へ下りていくコンクリートの階段があり、
その横に木製のベンチがあった。


「座って話そう」


透が座るとすぐにイワイシが言った。


「石って、嫌い?」


「え? 別に・・・好きも嫌いもないけど」


「この間、石の色が変わったり、
 石同士がくっつくの見てどう思った?」


「・・・やっぱり見てたんだ。見られたと思ってたけど」


「ごめん」


「あ、別に謝るとかそういう話じゃないよ。
 ・・・うーん。ちょっと怖かったかな」
 

「怖い?」


「石同士が水滴みたいにくっついたら、怖くないか?」


「・・・もう一回やれって言われたら?」


「できないよ」


「それって、やりたくないって意味?」


「違うよ。あれは・・・再現できるもんじゃないと思うから」


「ハシバはできるよ」


「なんで?」


「なんでって言われてもなあ・・・
 できるからとしか言いようがない」


「ふーん。じゃ、今度やってみるよ」


「・・・今日やってくれって言われたら?」


「え? 見世物にされるんじゃなければやるけどさ、
 でも、ホントにできるかどうかわかんないよ」


「絶対ヤダとかそういうんじゃないんだね?」


「うん。別に大したことじゃないし」


「あーよかった」


イワイシはホッとした表情を見せた。


「それが大事な話?」


「俺にとってはね。
 もう一つあるんだけど・・・

 ハシバがちゃんと自分の意見を言ってくれないと困るから、
 普通に話せるような場所で話したかったんだ」


「普通に話せるって?」


「今みたいな雰囲気だったら、ヤダって軽く言えるだろ?
 この間みたいな場所で、よろしくお願いしますって
 頼まれたら、断りづらいだろ?」


「そうだなぁ」


「もっともハシバの場合は、相手が誰であっても
 イヤなものはイヤだって言いそうだけどな」


イワイシはそう言って笑ったが、その笑い方も
この間の様子からは想像できない感じだった。



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「今回の話は、すっごく簡単にまとめると、
 ハシバは全然知らないばあちゃんの家に
 手伝いに行かされる・・・みたいなことなんだ。
 しかも、本人が全然知らないところで
 勝手に日程を決められた上、一度しか会ったことのない奴と
 一緒に行かされる、みたいな」


「謝らなきゃって言ってたのは、そのこと?」


「うん・・・ごめん・・」
イワイシは本当に申し訳なさそうな顔をして軽く頭を下げた。
 

『基本的に他人に対して、とても優しいんだろうねー』
透は、先生が言っていた言葉を思い出した。


(優しい人って、いろいろ大変なのかもしれないなぁ・・・)


イワイシは話を続けた。
「全然知らないばあちゃんちっていうのが、石の博物館のことで、
 手伝いっていうのは、そこの石の掃除みたいな作業を
 やって欲しいってことなんだ。

 石に触るのは嫌じゃないって言ってくれたけど、
 気が進まなかったら、ここで帰っても構わないよ。

 日曜日の朝から呼び出しておいて、もう帰ってもいいなんて
 それはそれで迷惑な話だろうけど」


「でも、俺が行かなかったら、困るんじゃないのか?」


「うーん・・・でもさ、強制するのは嫌なんだ。
 ハシバは、ばあちゃんとは無関係だし、
 仕事のつながりがあるわけでもないし」

 
「先生も絡んでる話なんだろ?」 


イワイシは無言で頷いて、ため息をついた。


「行くよ。なんだか面白そうだから」


透がボソッと言うと、イワイシの顔がぱっと明るくなった。


「ホントに?! ありがとう!!」


ものすごく嬉しそうだった。
子犬がしっぽをブンブン振って喜んでいるイメージが浮かんだ。

こういう無防備な反応をするところを見ると、
こっちのイワイシの方が「素」に近いのかもしれない。


「・・・どうせ今日は暇なんだし」
透はどういう顔をしたらいいのかわらなくて、目を逸らした。


「あーよかったー
 ホッとしすぎてなんだか可笑しくなってきた」


(とても本人とは思えないなぁ・・・やっぱりよく似てる弟みたいだ)


「暁子サンも先生も、ハシバには肝心なことを話してないし
 っていうか、まだ人間関係がちゃんとできてないから、
 話せなかったっていうのが正確なところだけど・・・
 こういう状況で何かを頼むっていうのは避けたかったんだよね。
 でも、今回はそういうわけにもいかなくてさ・・・」


イワイシは立ち上がって、伸びをしながら、川の方を眺めた。


「歩きながら話そう。ここから20分くらいかかるから。
 結構歩くけど、問題ないよね?」



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「さっきから話してるばあちゃんは・・・
 本人に対しては華子サンって呼ばないといけないんだ。

 ちゃんとした人なんだけど、『死んだおじいさん』、つまり、
 ばあちゃんの亡くなったダンナさんが関わる話になると
 周囲が見えないっていうか、びっくりするほどワガママになる。
 死んだおじいさんのことが本当に好きだったらしい。

 暁子サンは陰で『女帝』って呼んでるよ。


 石の博物館の石はね、死んだおじいさんと
 彼の友達が集めたものなんだ。
 だから、ばあちゃんはものすごーく大事にしてる。

 で、そのうちの何個かの様子が急におかしくなったらしい。

 暁子サンと先生が、ばあちゃんに呼ばれて、石を見に行ったんだけど、
 それを見た瞬間に、二人ともハシバに頼めばいいって思ったんだって。
 
 でも、さっきも言ったけど、ハシバには肝心な話をしてないから
 頼める状況じゃない。

 ・・・そっか、肝心な話をまだしてなかったなー
 俺が話すのがいいのかどうかわかんないけど、あとで話すよ。

 ばあちゃんは、死んだおじいさんが関わることについては、
 異様にカンが働くんだ。
 だから、特定の誰かに頼めばいいって二人が思っていることを
 即座に感じとって、その人間を直ちに呼べと言ったらしい。

 ばあちゃんはね、先生の親戚なんだ。
 昔からのイロイロがあって、
 先生は全く頭が上がらないんだって。

 ばあちゃんもそれがわかってるから、
 何があって絶対に呼びなさいって先生に厳命したらしいけど・・・
 ホントなのかなぁ?
 
 ばあちゃんちに行く時は毎回一人だから、
 暁子サンや先生がどういう雰囲気で話しているのか知らないんだ」


透はファーストフード店での先生との会話を思い出した。


(日曜日は空いてるって言った時の表情は、
 妙に嬉しそうだったっけ・・・)


「先生が全く頭が上がらないって・・・
 そのばあちゃん、相当すごそうだなぁ」


「あの人は、自分の感情に正直なんだろうね。
 好き嫌いがめちゃくちゃハッキリしてるし、
 負けず嫌いだし・・・
 
 でも、ばあちゃんから『死んだおじいさんにソックリ』って
 言ってもらえれば、特に問題ないよ。
 ハシバはたぶん言われると思うし」


「イワイシ・・・は、言われたの?」


「うん。どういう理由かわかんないけど。
 死んだおじいさんって日本人なんだけどね。
 どこか似ている部分があったのかなぁ?

 それでね、とにかく早くってことで、
 日曜日に連れて来なさいって話になっちゃって・・・
 って言っても、ハシバは何も知らない状態だし。

 でも、暁子サンが、先生経由でハシバを誘って、
 俺が詳細を話せば大丈夫って言い切るから
 そうしましょうってことになったんだけど、
 正直、行ってもらえるかどうか、全然自信なかった」


「・・・あのさ、変なこと聞くけど、本当に本人?
 弟とかじゃないのか?」


「え?」


「この間会った人と同一人物とは思えない」


「そうか・・・うーん・・・そうなのかなぁ?
 ベラベラ喋るところは変わらないんじゃない?

 暁子サンが言うにはね、俺は相手に合わせるのが
 ものすごくうまいんだって。
 相手の波長とか、使う言葉とか、その場の雰囲気とかに・・・
 
 合わせる努力はしてるけど、それがすごくうまいかどうかは、
 自分ではよくわかんないけどね。

 たぶん、そのせいだと思うよ」





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お話し小箱。「好きに動かしてみよー」 3

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