お話し小箱。「好きに動かしてみよー」 1 





夕方のラッシュが始まる少し前。
電車から降りた透は、自動改札に向かってゆっくり歩いていた。


「透クン!」

名前を呼ばれたので振り返ると、暁子サンが立っていた。


「あ、ど、どうも・・・あの、今日、キモノなんですね・・・」

「そーよー 珍しいでしょ!」

「はぁ・・・」

「あのね、面白い話があるから、お茶しましょうよー」

(年上の女性からのお誘いは断わっちゃいけないんだったよな)

「はぁ・・・」

「時間あるんでしょ?」

「はぁ・・・」


「透クンッ あなたね、見た目はそれなりのレベルなんだから、
 もう少し覇気のある話し方をしなさいよ!
 それとも・・・オバサンの誘いだから気が乗らないとか?」


透は慌てて首をぶんぶん振った。


(詩織は「暁子おばちゃん」って呼ぶけど、このヒトのことを
 おばちゃん呼ばわりできるって、ある意味すげーよ)


堂々としていて、絶対にタダモノではない感じ。
威圧感という種類ではないが、軽口は叩けない雰囲気。
強い瞳の光は、何もかも見通しているような印象がある。

それでいて笑うと、びっくりするほど表情が柔らかくなり、
一気に親しみやすくなる。


「じゃ、行きましょ!」


透が暁子サンの和装を見たのは初めてだった。
洋服の時とだいぶ印象が違う。

かなり着慣れているらしく、立ち姿も歩き方も、
スッキリしていて、とてもカッコよかった。


着物の良し悪しなど、透にはまったくわからなかったが、
暁子サンの着物は、かなりの高級品なんだろうと感じた。


先を歩く暁子サンの後姿を見ていて、
このヒト、目立つなぁ・・・と透は思った。
目を引くような色の着物を着ているわけでもないし、
飛びぬけて体格がいいわけでもない。


(何でなんだろ? 質問したら答えてくれるかなぁ??)


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「目立つ? 私が??」


暁子サンが透を連れて行ったのは、
駅からほど近いオフィスビルの5階にある喫茶店。
和装の暁子サンの雰囲気にふさわしい、落ち着いたお店だった。


エントランスから5階へ行くまでの間、お店の看板はなかった。
オフィスビルに入っているテナントの従業員や来訪者が
メインのお客なのかもしれない。


席はほぼ埋まっていたが、暁子サンの姿を見つけて、
文字通り飛んできたウエイターが店の奥の方へと案内した。


二人で座るには広すぎるテーブル席につくと、
透は疑問に思っていることを早速聞いてみたのだった。



暁子サンは、ちょっと考え込んだ。


 * * * * * * *


透が暁子サンに出会う少し前から、
詩織は彼女のことをやたらと話題に出し、褒めちぎっていた。
透はそれが面白くなかった。


暁子サンと初めて会った時も、奇襲をかけられたようで嫌だった。
透は、暁子サンを困らせてやろうと、意地悪な質問をしたのだが、
暁子サンはあっさり答えを返してきた。


その後、暁子サンのことを知るにつれて、詩織の言う通り、
「ものすごーくスゴイ人」だと素直に思えるようになったが、
詩織が、暁子サンの言うことは絶対だという態度を取る度に、
透はイラッとする。


「目立っているわけじゃないと思うわ」

暁子サンはテーブルに置かれたガラスのコップの水を一口飲んで答えた。

「透クンにはそう見えるだけ。
 集合写真で、自分の顔はすぐ見つけられるでしょ?
 大勢の人が写っている写真の中から、
 友達や家族の顔はすぐ見つけられるでしょ?
 それと同じよ」

「それと同じって?」

「よく知っているものは見つけやすいのよ。
 よく知らないものの中に混ざっている時は特にね」



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「俺は・・その・・・僕は、暁子サンのことを
 よく知ってないですよ」
 
 
「よく知ってない、か。ビミョーな日本語ね。
 正しい日本語なのかな?」
 
 
「・・・暁子サンのことはよく知りません」

「じゃあ、知ってるって、どういうことだと思う?」
 
 
「??」
 
 
「透クンは詩織ちゃんのこと、昔から知ってるわよね」
 
 
「はあ・・・」
 
 
「詩織ちゃんのこと、何を知ってる?」
 
 
「何をって??」
 
 
「メールアドレス? 携帯の番号? 自宅の場所? 好きな食べ物?」
 
 
「えっと・・・まあ、そういうのは全部知ってるけど」
 
 
「でも、そういうものが一切わからなくなっても、
 どこかの街角で詩織ちゃんを見かけたら、
 詩織ちゃんだってわかるでしょ?
 どんな服を着ていても、どんな髪型だったとしても、わかるでしょ?」
 
 
「はい」
 
 
「何でだと思う?」
 
 
「何でって言われても・・・」


「失礼します」
 
 
透が黙り込んだ時、さっきテーブル席へ案内したウエイターが
いい香りの紅茶と金色のアップルパイを運んできた。
それらを静かにテーブルの上に並べると、一礼して去って行った。
 
 
「暁子サン、いつの間に注文したんですか?」
 
 
「注文してないわよ。
 このお店はよく来るの。ここの紅茶とアップルパイ、大好きだから。
 私が来たら、このセットを出してねってお願いしてあるのよ」
 
 
暁子サンはおいしそうに紅茶を飲んだ。
 
 
「さっきの質問、考えてね。
 どうして、どんな格好をしていても詩織ちゃんだってわかるのか」



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(どうして、詩織だってわかるか、だって???
 そんなの、当たり前じゃんか。アイツがアイツだからだよ)



「冷める前に紅茶をどうぞ。アップルパイもおいしいわよ。
 食べながらでも考えられるわ」


「はあ・・・じゃ、いただきます」


暁子サンが大好きと言うだけあって、紅茶もアップルパイも美味しかった。
あまりケーキを食べない透にとっても、かなり美味しいと感じるのだから、
ケーキ好きにとってはたまらない味なのだろう。


「なんとなく、答えみたいなのは出ているようね」
 
 
「なんでわかるんですか?!」
 
 
「私くらいの年齢になると、魔法が使えるのよ」
 
 
暁子サンはそう言ってにっこり笑った。


(このヒト、ホントに魔女かもしれない)


「なんとなくでもいいから、質問の答えを教えてくれる?」
 
 
「・・・感覚っぽいっていうか、なんとなくの感じだから、
 言葉にすると、違っちゃうかもしれない・・・です」
 
 
「それでいいのよ。絶対の正解があるわけじゃないんだし」
 
 
「詩織が、詩織だから。他の人じゃないから・・・
 自分で言っててワケわかんないですけど。
 でも、アイツっていうカタマリみたいなのがあって、
 それをバラバラにしちゃったら、
 アイツを示すモノになるかもしれないけど、アイツじゃない」
 
 
「そうよね。全体として詩織ちゃんなのよね。
 詩織ちゃんの断片的なデータを集めても、それは詩織ちゃんじゃない。
 その通りね」


透はホッとした。
支離滅裂な答えになってしまったけれど、
言わんとすることを暁子サンが理解してくれたのを感じられたからだ。


透は紅茶を一口飲み、残りのアップルパイを食べた。



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「面白い話って何ですか?」
 
 
「聞きたい?」
 
 
「はあ・・・」
 
 
「それ、やめてよー 透クンのイメージに合わないわッ」
 
 
「へ?」
 
 
「自分のルックスに対して自覚がないところがいいのかもしれないけど」
 
 
「・・・」
 
 
「先生の知り合いにね、石屋さんがいるのよ」

 
(先生とは高そーな中華のお店で食事をしてから会ってないなぁ
 詩織は先生が苦手っぽかった・・・面白いヒトなのに)


「石屋? 墓石とか売ってるんですか?」
 
 
「・・・そういうイメージしかないのねぇ」
 
 
暁子サンはため息をついた。
 
 
「パワーストーンって聞いたことない?」
 
 
「金持ちになれるとか、モテるとか、ご利益がある石のこと?」
 
 
「透クンの説明だと、パワーストーンのミステリアスな部分が消えちゃうわ」
 
 
「ミステリアスなものなんですか?」
 
 
「そうよ。少なくとも、先生の知り合いのお店の石はね」
 
 
はあ・・・と言いそうになって、透は口をつぐんだ。
 
 
「先生がね、透クンを連れて行きたいって言ってたわ」
 
 
「お金ないですよ。そーゆーの、高いんでしょ?」
 
 
「連れて行かれたら買わされると思ってるのねー
 高校生に高価な石を売りつけるほど悪党じゃないわよ、先生は」
 
 
「なんで、俺・・・僕を連れて行きたいんでしょうか?」
 
 
「見せたいものがあるって言ってたわ。
 正確に言うと、どうなるかを見たいんでしょうけど」
 
 
「?? どういう意味ですか?」
 
 
「反応をね、見たいのよ。で、日曜日、空いてる?」
 
 
「ハイ」
 
 
「即答なのねぇ・・・」
 
 
暁子サンはくすくす笑った。
 
 
「先生に連絡しておくわ」
 
 
そして、すぐにメールを打ち始めた。



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「反応を見たいってどういう意味ですか?」
 
 
暁子サンがメールを打ち終わると、透はすぐに質問した。
 
 
「透クンの反応を見たいのよ」
 
 
「俺が、すげーとかキレーとか言ってるのを見たいんですか?」
 
 
暁子サンは大笑いした。
 
 
「私が面白い話をしてもらってるみたいね」
 
 
そしてコップの水を一口飲んだ。
 
 
「そういうんじゃないわよ。
 たぶんね、何か反応・・・変化があるのよ。
 透クンにも、石にもね」
 
 
「目が三つになるとか、そういうんじゃないですよね?」
 
 
「もちろん」
 
 
「石が変化するっていうのは?色が変わるとか?」
 
 
「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。
 透クンに関して確実なことはね、時々片頭痛があるでしょ?
 あれがたぶん消えるわ」
 
 
「・・・なんで片頭痛のこと知ってるんですか?」
 
 
「言ったでしょ、私くらいの年齢になると、魔法が使えるって」
 
 
「じゃ、どうしてその石屋に行くと片頭痛が治るんですか?」
 
 
「ミステリアスな石があるって言ったでしょ?
 ミステリアスな石が起こす、ミステリアスな出来事
 としか言いようがないわね。
 
 世の中の全てがロジカルってわけじゃないのよ。
 説明できないことっていくらでもあるわ。

 論理的に説明できることが正しいとは限らない。
 逆にね、論理的にキッチリきれいに説明できることの中には
 嘘が混ざっていることもあるのよ」
 
 
テーブルに置かれた暁子サンの携帯が光った。
 
 
「先生から返信がきたわ。
 ・・・S駅のロータリーに10時に来て下さいって」




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日曜日、透が約束の時間にS駅のロータリーに行くと、
暁子サンが待っていた。
 
 
今日は、髪をおろしていて、柔らかい色のスーツを着ていた。
 
 
(この間と雰囲気が全然違うな~)
 
 
「先生は、この近くをぐるっと回ってるわ
 この辺りはクルマを長く停められないから。
 そろそろまたこっちに戻って来るはず」
 
 
二人は、タクシー乗り場からちょっと離れた場所に立って
先生のクルマを待った。
 
 
「きたきた」
 
 
暁子サンの視線の先には、ごくごく普通の黒いセダン。
 
 
「あれですか?」
 
 
「そうよ」
 
 
「先生はもっと変わったクルマに乗ってるかと思った」
 
 
「そうねぇ。でも、彼にとっては足でしかないからねぇ」
 
 
クルマが二人の前で停まると、暁子サンが後部座席のドアを開けた。
 
 
「透クン、先に乗って」
 
 
二人が乗るとすぐにクルマは発車した。
 
 
「おはようございます。透クン、ひさしぶりですねぇ」
 
 
先生は運転しながら明るい声で言った。
 
 
「おはようございます。あの、おひさしぶりです」
 
 
「透クンは、先生が相手だと、最初からちゃんと話せるのねぇ」
 
 
暁子サンが少し不満そうに言った。
 
 
「ちゃんと話せる? どういう意味ですか?」
 
 
先生が面白がって聞いてきた。
 
 
「透クンって、私と話す時は、気の抜けた炭酸みたいな感じなのよ」
 
 
「魅力的な大人の女性と話すのに慣れてないだけですよ」
 
 
「・・・そうだったらいいんだけどねぇ」
 
 
「慣れてくれば、気の利いたことも言えるようになりますよ。
 な、透クン?」
 
 
透はいきなり同意を求められたので、しどろもどろになった。
 
 
「え、あ、はい・・えっと、たぶん・・・言えると思います」



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「これから行く、石のお店のことだけど・・・
 暁子サンから話を聞いて、アヤシイって思った?」


「石屋さんって言われたんで、墓石売ってるのかと思いました。
 アヤシイっていうより、全然わかんないです」


「そっかー 今日行く店はね、あまり一般的じゃないな」


先生が言うと、暁子サンが口をはさんだ。


「一般的じゃないっていう言い方は違うわね。
 特殊というか特別というか・・・まあ、変わってるわね。
 オーナーがああいう人だから、ああいうお店になるんでしょうけど」
 
 
「奇妙な人なんですか?」



先生はゲラゲラ笑った。
暁子サンも笑っている。


「奇妙かどうかは透クンが確かめてね。
 あの人に会ってどう思うかは人それぞれだから」



その時、暁子サンから先生に向かって、
白っぽい光がスッと流れていくのが見えた。




透は、詩織が言っていた言葉を思い出した。


「暁子おばちゃんと先生って、言葉じゃないモノを使って
 会話してるみたいなのよ」


(なんでわかるんだよ?って言ったら、アイツ黙っちゃったけど
 もしかしたらコレことだったのか?)



今度は先生の肩のあたりから、暁子サンに向かって
白っぽい光が流れた。


(会話っていうより、何かを交換してるみたいだなぁ)




「そろそろ着くわ。そういえば、透クンって英語は得意?」
 
 
「・・・キライです」
 
 
「あら、そうなの? 
 詩織ちゃんは透クンは英語の成績がいいって言ってたけど」
 
 
「・・・アイツに比べれば」
 
 
「詩織ちゃんは英語は苦手って言ってたなぁ」
 
 
「・・・だから、大したことないです」



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クルマが停車した。
先生は窓を開けた。



クルマの正面には黄色いバーが降りていて、
横には守衛所らしい小さな建物があった。


制服を着た、警備員と思われる男性が近づいてきて、
鋭い目で車内を見渡した。


「イワイシさんとお約束ですね? 3人ですね?」
「はい、そうです」
「最初の角で左折してください。
 来客用駐車場があります」


バーが上がった。
 
 
透はびっくりして周囲を見渡した。
 
 
手入れされた緑の芝生が広がり、木がたくさん植えられている。
観光地化された公園のようだ。
 
 
透がキョロキョロするのを暁子サンは面白そうに見ていた。
 
 
先生は駐車場の端の方にクルマを停めた。
「ハイ、到着ー」



透がクルマから降りようとすると、


「こんにちはー」


上から声が降ってきた。

見上げると、恐ろしく整った顔立ちの金髪碧眼の男性が透を見ていた。


(うっわー・・・だから、暁子サンは急に英語の話をしてきたのか!)


頭が真っ白になって、何も言葉が浮かばない。


(なんでこんなモデルみたいな奴がいるんだよー)


177センチの透よりも頭ひとつ分くらい背が高そうだった。



「イワイシと申します。よろしくお願いいたします」


イワイシと名乗った男性は、
宝石のような瞳で透をまっすぐ見つめたまま、
日本人と全く変わらない日本語で挨拶し、
名刺を差し出した。


「あ、その、こちらこそ・・・」


透は緊張した面持ちで名刺を受取った。
上質の紙を使ったシンプルな名刺だった。


   岩石商会 代表
     岩 石 砂 塵


透はびっくりして名刺を顔に近づけた。

「さ、さじん??」


暁子サンと先生はイワイシと透の様子を笑いながら眺めていた。


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「いい名前でしょう。
 すぐに覚えてもらえるんですよ」


イワイシは得意そうに言った。
透は混乱した。


彫刻のようにものすごく整った顔をした欧米人の口から
どうしてフツーの日本語が出てくるのか??


外国人が話す日本語にありがちな、
アクセントや発音の違和感が一切ない。


「イワイシさんがね、先生の知り合いの石屋さんなの」


暁子サンが言った。


その時、白いっぽい光が、イワイシの肩のあたりから
暁子サンと先生の肩のあたりに流れていくのが見えた。


その直後、先生から暁子サンとイワイシに、
そして暁子サンから先生とイワイシに光が流れた。


(俺抜きで情報交換してんだな・・・)



「早速、石を見ていただきましょう」
イワイシがニッコリ笑った。
 
 
(ひゃー・・・女の子が大騒ぎしそうだ)


暁子サン同様、イワイシも笑うと雰囲気がガラリと変わる。
親しみやすく、とても温かい感じになって、
ものすごく「いい人」に見える。


(・・・詩織はどういう反応するかな?
 この人の前ではフツーにしてそうだけど・・・
 やっぱりこういう、美形の王子様みたいなのに憧れるのかな)


そう思ったとたん、

  コノヒトト シオリヲ アワセタクナイ!


心の中にはっきりとした声がこだまして、透はギョッとした。
同時に、頬が熱くなるのを感じた。

 
(詩織が誰と会おうと俺には関係ないじゃないか・・・)


透は気持ちを切り替えようとしたが、
モヤモヤしたものが居すわった感じがして、
うまくいかなかった。



「では、行きましょう」


イワイシが声をかけてきて、透と並んで歩いた。
 
 
「パワーストーンを見るのは初めてですか?」
 
 
「はい」
 
 
「興味ありますか?」
 
 
「あまりよくわかりません。
 暁子サンが片頭痛が消えるって言ってたので、
 本当に消えたらいいなと思ってます」
 
 
「暁子サンがおっしゃってたなら、大丈夫。
 消えますよ」




両側に高い木が並んでいる道を歩き、左手に折れると、
明治時代の洋館のような、立派な建物が現れた。



大きな扉の前には、さっきの警備員と同じ制服を着た
体格のいい男性が立っていた。


「お世話様です」


イワイシが声をかけると、男性は軽く会釈して扉を開けた。

 
 
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「すごい・・・」

透は圧倒された。



恐ろしく高い天井、大理石の床、深紅のカーペット。
流れるような緩やかな弧を描く左右対称の二つの階段。
巨大な花瓶に活けられた豪華な花。


平日は、学校と家とを往復して、
たまにショッピングセンターに行く程度の生活をしている透にとっても、
ものすごくお金がかかっている贅沢な空間だと感じられた。


自分がとても場違いな気がした。
暁子サンに連れて行ってもらった高級中華料理店でも
最初は居心地が悪かったが、ここはそれ以上だった。


建物から拒否されているような気がした。


イワイシが透の傍に来て、ニッコリ笑った。

「あなたはとてもいいひとですね。安心した」
 
 
そして、暁子サンと先生の方を見ると、
「今日はお見せたいものがたくさんあります」
と言って歩き出した。
 
 
また三人の間に白い光が飛び交った。



(いったい、何を話しているんだ??)






エントランスホールの目立たない場所にエレベーターがあった。


外から見た限りでは、せいぜい4階建て程度に思えたが、
エレベーターは4基あった。


この高さで何で??と思った透の気持ちを見透かしたように
イワイシが笑いながら言った。


「セキュリティーの関係でね、
 この高さの建物でも4基必要なんですよ」


エントランスの雰囲気はクラシカルだったが、
エレベータの印象は「近未来」という感じだった。


天井の照明が、大理石の床と、ピカピカに磨かれた
銀色の壁を照らしていた。



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エレベーターを降りると、
恐ろしく天井の高い、長い廊下が続いていた。
 
 
(一体どこまで続いているんだろう??
 ウナギの寝床みたいに細長い建物なのかなぁ?)


「透さん、こちらですよ」
イワイシの声に振り向くと、透以外の3人は、
透が眺めている方向と反対に歩き始めていた。


透はあわてて3人に追いついた。





「どうぞ」
イワイシは、古い美術館にありそうな感じの
重々しいドアを開けた。


部屋に入った透は再び圧倒された。
 
 
(ここには一体どのくらいお金がかかってるんだろう??)


この部屋の主であるイワイシは当然としても、
暁子サンも先生も豪華な空間に自然に溶け込んでいた。



(浮いてるのは、俺だけか・・・)


そう思った時、足元に何かがぶつかってきた。



「ニャー」
 
 
毛足の長い、まっ白い大きな猫だった。
透のジーンズに顔をこすりつけてきた。
 
 
「ナー」
透を見上げた猫の目は、まるでエメラルドのようだった。
美しくてゴージャスで、この部屋にぴったりだった。
 
 
「これは珍しい。アンジェロが初対面の人にこんなに甘えるなんて」
 
 
イワイシは本当にびっくりしたようだった。



(この人、めちゃくちゃキレイな顔してるけど、
 全然気取ってなくていいな)


詩織の笑顔が脳裏をかすめたような気がして、
透はあわててしゃがみこむと、猫の背中にそっと触れてみた。

まっ白い毛は、とてもやわらかくて気持ちよかった。



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「アンジェロは透クンが気に入ったのかしら。
 私たちがこの間来た時は、カーテンの陰に隠れて、
 全然出てこなかったのに」


暁子サンの方に視線を向けると、彼女と先生、イワイシの間に
白い光が目まぐるしく行き交っているのが見えた。


(猫に好かれるっていうのは、特別なのかな?
 昔から猫が勝手に寄ってくるんだけど・・・
 こーいう、いかにも高そーな猫まで
 寄ってくるとは思わなかったなぁ)


アンジェロがスリスリしてくるので、透は抱っこしてみた。
嫌がって暴れるかと思ったが、大人しくしている。
 
 
「重たいでしょう? 座ったら?」
 
 
イワイシに言われて、透はアンジェロを抱っこしたまま、
白いソファーに腰をおろした。


アンジェロは透の膝の上で丸くなった。
喉をなでてやると、目を細めて気持ち良さそうにしていた。


「透さんは、ネコが好きなんですか?」
 
 
イワイシが透の隣に座った。
アンジェロは、頭を上げてイワイシを見たが、
すぐにまた丸くなった。
 
 
「嫌いじゃないけど、大好きってわけでもないです。
 飼うなら、絶対に犬の方がいいって思ってます。
 でも、この猫には、なんだかすごく好かれてるみたいですね」



透が答えている間にも、白い光の行き来は続いていた。


「ここが石屋・・・お店なんですか?」




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「お店というより、ショールームみたいなものですよ。
 商品は飾っていませんが。

 暁子サン、先生、お座りください」

 
 
低いガラステーブルを挟んで反対側に暁子サンと先生が並んで座った。


「では、準備をしてきますね」


イワイシは立ち上がって、窓際のローチェストを開けて、
銀色のトレーを出すと、そこに小さい箱をいくつか乗せて持ってきた。


「暁子サンからご依頼いただいた分です」


イワイシは箱に貼ってある金色のラベルを確かめながら
4つの箱を暁子サンの前に並べた。


「こちらは、先生からのご依頼の分です」
イワイシは3つの箱を先生の前に並べた。
 
 
二人は、透が今まで見たことのないような真剣な表情で
箱を開け、中身を確認していた。


先生の目は強い光を帯びていて、いつもの人懐っこさは
完全に消えていた。
なんだか冷徹な印象が強くて、別人のようだった。


詩織が先生のことを苦手だと言っていた理由がわかる気がした。
この目でじっと睨まれた状態で、キツイことを言われたら、
二度とお近づきにはなりたくない。


イワイシの方をそっと見ると、彼もまた真剣な表情で
二人の様子を見つめていた。



透は、この場の空気がひどく重苦しく感じられたので、
うつむいてアンジェロの柔らかい背中を撫でていた。


「私は、これでいいわ。ありがとう! さすがね。素晴らしいわ!」
暁子サンが嬉しそうに言った。
 
 
「私もこれで大丈夫。毎回毎回パーフェクトですね」
先生もいつもの笑顔に戻っていた。



部屋の空気が柔らかくなったので、透はホッとした。





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「では、次に透さんに見ていただくものを持ってきましょう」



イワイシは先程のローキャビネットから、
黒いビロードが張ってある平たい箱を出してきた。

大きめのビー玉くらいの石がいくつか入っていた。


イワイシはそれを透の前に置くと、
「お前はこっちへ来なさい」
と言って、アンジェロを抱き上げた。


「手に取っていただいて結構ですよ」


暁子サンと先生は、テーブルに身を乗り出すようにして
石を見つめている。



パステルグリーンの半透明の石が、
一番目立っているような気がして、透はそれを手に取った。


その瞬間、頭をぶつけた時のような衝撃があった。


机の下に落ちたものを拾って、頭をあげた時、
引出しが開いていたとか、
予想しないところに家具の角があったとかで
無防備にぶつけてしまった時と同じくらいの痛さだった。



透は顔をしかめて、石を元の場所に戻すと、頭を押さえた。
 
 
「どうしたの?」
暁子サンが聞いた。
 
 
「大声をあげるほどじゃないんですけど、
 どこかに思いっきりぶつけた程度に頭が痛かったので」


しばらく頭をさすっているうちに、徐々に痛みはひいて行った。


「片頭痛、治ったわね」
 
 
「? ・・・わかるんですか?」
 
 
「まあ、なんとなく」
 
 
暁子サンから、先生とイワイシに白い光が流れていった。


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「これは、片頭痛を治すご利益がある石なんですか?」
透はイワイシに聞いた。
 
 
「ゴリヤク?!」
イワイシはゲラゲラ笑った。
 
 
(カッコいいんだから、腹抱えて爆笑しなくたって・・・)

 
「これはね、透さんにとっては意味がある石です。
 他の人にとっては意味がないっていうか、普通の石です。
 パワーストーンのお店に持って行っても売れないでしょう」
 

「??」


「昔、聞いた話ですけどね、世界中で公演するようなバレエ団の
 バレリーナは、自分のトウシューズの木型を世界中に置いてるそうです。
 その木型は、本人の足にはぴったりだけど、他の人にはあまり意味がない。
 それに近い足の形の人はいるかもしれないけど、少数ですよね」


「???」


「この石は、木型みたいなものなんですよ。
 透さん用・・・専用と言ったほうがいいですね。
 そういう石です。透さんに似たタイプの人には、
 もしかしたら意味があるかもしれませんが、
 そういう人はめったにいないでしょう。
 頭が痛くなることはないですから、もう一度持ってみてください」


透はおそるおそる石に触れた。
指先がちょっとピリピリしたが、不快な感じではなかった。
 
 
「両手で包むようにして持ってみてください」

 
イワイシに言われた通りにすると、
石から何か温かいものが流れてくる感じがした。

 
「手を開いて、石を見てください」


「!!」

 
透は目をみはった。
パステルグリーンの石は、アンジェロの瞳のような
透明感のある、美しい緑色に変わっていた。


「ほぉ・・・すごいなぁ」
 
 
先生の方を見ると、先生からイワイシ、暁子サンにすごい勢いで
白い光が流れていた。


暁子サンもイワイシも、焦点が合っていないような不思議な目をして
透のてのひらの石を見つめていた。


「あの・・これ、どうすればいいですか?
 なんか、違う石みたいになっちゃったんですけど・・・」

 
「持っててください。差し上げます」


「は?」


「さっき話した通り、この石は売り物にはならないですし、
 透さんにしか意味がないですから」


「はあ・・・」


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「あの、質問していいですか?」
透は緑色の石をテーブルに置いた。



バカらしいとは思うのだが、この石を持っていると、
手の中に溶けていきそうな感じがして怖かった。


「どうぞ」
イワイシは答えながら、アンジェロを床に下ろした。
即座にアンジェロは透の膝に飛び乗った。


「よっぽど透さんが気に入ったと見える。
 アンジェロ、私を捨てる気か? 透さんちの子になるのか?」


イワイシがスネたような言い方をしたので
暁子サンと先生は爆笑した。


「何でも聞いて下さい」


イワイシに言われて、透はちょっと困った。
すごく聞きたいと思っていたのに
「何でも聞いて」と言われたとたん、
くだらないことを聞こうとしているのかもしれないと不安になった。



「あの・・・どうして、この石が、あの、僕の・・・
 その、専用の石だってわかったんですか?
 イワイシさんが、見つけてきたんですよね?
 その、一度も会ってないのに、どうしてわかるんですか?」


「暁子サンと先生から、透さんのお話を伺ったんですよ。

 それで、たぶん、こんな感じの人じゃないかなと思って、
 合う石を探してきたんです」



イワイシは透の目を見てニッコリ笑った。


(この人、笑うと無敵だなぁ・・・)



「あまり店舗という感じには見えないでしょうけど、
 ここでやっていることをご説明しますね。

 この店のお客さんは、暁子サンや先生のような、いろいろな人から
 相談を受けている方々です。

 こちらのお二人は慧眼を具えていらっしゃるから、
 問題に対して、どういう働きかけをしたらいいかがすぐわかる。

 そのために必要な石のスペックが、たちどころに分かるのです。

 それを私に知らせていただいて、私が石を探すのです。

 さっきお二人にお渡ししたのは、ご依頼を受けて探してきた石です。

 3人とも真剣だったのは、
 お二人はクライアントに自信を持って渡せる石かどうかを確認していたからで、
 私は、お二人のご依頼に沿うものをお渡しできたかどうか、
 結果を待っていたからなんです」


「あの、石で・・・石を持ってるだけで、問題が解決できるんですか?」


「できませーん!」
イワイシは即答し、ケラケラ笑った。




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「さっき、トウシューズの話をしましたけど・・・
 石は靴みたいなものです。

 本気で走るなら、ランニングシューズだし、
 ぬかるみを歩くには長靴が便利だし、
 やんごとなき人々とお目にかかる時には、
 センスのいい、ちょっと高級な靴が必要です。

 でも、そういう靴を持っているだけじゃだめですよね?
 靴を履いて自分で歩かなければ、どこにも行けないし、
 誰にも会えない・・・そうですよね?
 
 石も持っているだけではダメです。
 魔法のように問題を解決してくれるわけじゃない。
 でも、本人が本気で行動する時は、サポートしてくれます。
 自分に合った石を持っていると、うまくいくことが多いのですが、
 科学的に分析できるようなことではないので、
 おまじないレベルと捉える人も少なくないですけどね。

 暁子サンや先生は、その人に合うのが、
 ランニングシューズなのか、ハイヒールなのかが、すぐわかるんです。

 ハイヒールでも、パーティ用のピンヒールなのか、
 それとも、多少は走れるくらいのがっちりしたタイプなのか、
 そういうことまでわかるんですよ。

 ついでに言うと、クライアントの性格や行動の傾向によって、
 キンキラの派手な感じとか、
 シックで落ち着いた雰囲気とか、
 そういうイメージまで暁子サンと先生は指定してきますよ」


「はあ・・・」


(イメージで石を指定する??なんだかよくわからないなぁ。
 それにしてもイワイシさんは、
 どうしてこんなに日本語がうまいんだろう???)


「まだお見せしたいものがあるんですが、
 お昼にしましょう。ちょっと外に出ましょう」


イワイシはそう言って立ち上り、
透の膝の上のアンジェロを抱き上げた。



「お前はお留守番。
 いい子にしてないと、もう透さんには会わせないぞー」


そう言うと隣の部屋へ連れて行った。


暁子サンは、透に対するアンジェロの執心ぶりが意外だったようだ。
「アンジェロって、結構気難しいタイプだと思ったけど、
 透クンにはメロメロねぇ」

 
先生はテーブルの上に置かれた緑色の石を見て言った。
「その石、持っていたほうがいいよ。
 手に持つのが嫌なら、ポケットに入れておいたら?」

 
(先生はどうして持つのが嫌だってわかったんだろう・・・)


透はテーブルから緑色の石を慎重につまみあげると、
ジーンズのポケットに突っ込んだ。




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透は落ち着かない様子で、
自分の前に置かれた美しいお皿を見ていた。


向かいの席の暁子サンは楽しそうにワインリストを見ているし、
暁子サンの隣の席の先生は、窓際に並べられた、
いくつもの観葉植物の小さな鉢を興味深そうに眺めている。



イワイシが話しかけてきた。
「あまり外食はしないんですか?」


「はぁ・・・ファーストフードかファミレスくらい」


「このお店は苦手ですか?」



透は答えに詰まった。


イワイシの部屋のような、超豪華版というわけではないし、
この間の中華料理店のような、
シックな高級感があふれているわけでもない。



ナチュラルな感じの、とても趣味のいい内装で
肩肘張ったところは全くない。


店内にいる客は、おしゃれな美男美女カップルか、
小金持ちという雰囲気の若いマダムの小グループばかり。


若いマダムたちはさりげなくイワイシに視線を送ってくる。
隣に座っているのは、どうも落ち着かなかった。


「うーん・・・居辛いというか・・・」


「ここの料理はおいしいですから、今回は我慢してください。
 次は公園でおにぎりでも食べましょう」


「次???」


「嫌ですか? でも、透さんが来てくれなくなったら、
 アンジェロはがっかりしますよ」


「・・・は?」


「どうしてネコは透さんの熱烈なファンになるんでしょうねぇ。
 昔から、ネコが寄ってくることが多かったでしょ?」


「・・・なんでわかるんですか?」


「私は暁子サンの弟子ですからね、多少は魔法が使えますよ」



「誰が弟子ですって??」
暁子サンがワインリストから顔を上げた。






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「私は暁子サンの弟子だから少し魔法が使えるって、
 透さんに話したんですよ」


「少し?? イワイシさんは、本格的な魔法使いよー
 このお店の女性客からハートマークが噴き出してるわ」


先生が店内をちらっと眺めて言った。
「そういう意味では、透クンもかなりの魔法使いですな」

 
「ホントねぇ。でも、本人は全くわかってないのよ、残念ながら。
 先生はバッチリわかっていらっしゃるわよねー」
そう言うと、暁子サンはワインリストに視線を戻した。



先生は曖昧な笑顔を浮かべて透を見た。
「この店では、若きプリンス達の圧勝でしょう。
 別の店なら負けないんですけどね」



「は? 何のことでしょう???」


きょとんとしている透に、先生は声を落して説明した。


「エスコートしている紳士諸君には申し訳ないが、
 ここにいる二人のプリンスが、
 店内のご婦人方の心を奪ってるって話」


「二人のプリンス???」
透は目を丸くした。


「本気でわかんないのぉー? 透クンとイワイシさんだよぉー」
先生はちょっと意地悪な言い方をした。


「・・・僕が??」


透が困った顔をすると、すかさずイワイシが助けてくれた。


「ちょっとしたお遊びですよ。気にしないで。

 先生、透さんは真面目な高校生なんですから、
 あんまりからかったら可哀そうですよ」



「イワイシさんは見目麗しい上にすごく優しいなあ!
 でも、透クンは自覚すべきだと思うよ、僕はね」
先生は皮肉交じりに言った。



「じゃあ、先生が圧勝するお店で、
 今度じっくり教えてあげて下さいよー」
イワイシが無敵の笑顔で先生に頼むと、暁子サンがクスクス笑った。


「イワイシさんはどんな人でも上手にあしらえそうねぇ」




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「あのお店の料理、おいしかったでしょう?」


先生のクルマの後部座席に座ってぼんやりしていた透に
イワイシが話しかけてきた。


「え、あ、あの、あまりわからなくて・・・」


「先生がからかうもんだから、透クン、相当緊張してたのよ」


助手席の暁子サンが笑いながら言った。


「私はからかっていないぞ。事実を述べたまでだ」
先生は芝居がかった口調で応じた。



(ただ石屋に行って石を見るだけだと思ってたのに。
 どうしてあんな気取った店で食事しなきゃならないんだ?
 しかも、この人の隣の席で・・・)


透はイワイシの方をちらっと見た。


ちょうどイワイシは透の方を見ていたので、目が合ってしまった。
透は慌てて目を逸らした。


「透さんは、私のことが苦手みたいですねー・・・残念だなぁ」


暁子サンと先生は笑い出した。


「べ、別に苦手じゃないですよっ」
透はムキになって否定した。


「それはよかった!
 じゃあ、もう少し楽しそうにして下さいね。
 ああいうレストランは苦手だったかもしれないけど」


「あのお店は、もういいです。
 もし、次があるなら、僕はおにぎりとかでいいです!」
透はイワイシの方を見ないようにして憮然とした口調で言った。



「あらー 残念! 私はあのレストラン、好きよ。
 とってもおいしかったじゃない。
 透クンだって、わからないって言ってたけど
 お料理、全部きれいに食べてたわよー」


「僕もあの店、いいと思いますよー
 イワイシさん、次は個室にしましょう。
 そうすれば、透クンも居心地悪い思いをしなくて済むし」


(俺はもう絶対に行きたくないぞ!)
透は心の中で叫んだ。





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イワイシの部屋に戻ると、アンジェロが飛び出してきて
透のジーンズに顔をこすりつけた。


「お前のご主人サマは俺じゃないぞー」
透はそう言いながら、アンジェロを抱き上げた。


(アンジェロは可愛いけど、ここへ来るのは嫌だなぁ・・・)


「透さん、もう少しお付き合いして下さいねー
 アンジェロはまだまだ甘えたいみたいですし」
イワイシがニッコリ笑って言った。
 
 
(・・・見透かされてるみたいだな)



暁子サンと先生はさっき座っていた場所に
また腰をおろしていた。


きちんと座って静かにしていないといけないような空気を感じて、
透はアンジェロを抱っこしたままソファに座った。


さっきイワイシが持ってきた、
黒いビロードが張ってある平たい箱はそのままにしてあった。


「これがご依頼のあった資料です。こちらが暁子サンの分です。
 こちらは先生のです」
イワイシは白い大きな封筒を二人に渡した。


「それから・・・前回お話をいただいた、石を置く台ですが、
 金属製ですと、こういう感じはいかがでしょうか?」
 
 
イワイシは、繊細な加工が施された、
銀色の小さなオブジェのようなものを3つテーブルに置いた。

 
「これは試作品ですから、ご要望に応じていくらでも変更できます。
 ただ、お値段を抑えたいのでしたら、このくらいの大きさが
 いいと思います」


「そうだねー あんまり大きいのを部屋に置くと圧迫されるし。
 まあ、イワイシさんちみたいだったら問題ないけどねー
 巨大な石を置きたい人には、特注で対応すればいいと思う」


先生は、テーブルの上からひとつ手に取って目を細めて
眺めながら言った。


「私もこのサイズでいいと思うわ。
 とても丁寧に作ってあるのねー」



透は、話に入りたいとは思わなかったが、かといって
ただ座っているのは退屈だった。


膝の上のアンジェロはじっとしたまま動かなかった。
眠ってしまったのかもしれない。


透は手をのばして、テーブルの上の平たい箱を手に取った。
丸っこい石が7個乗っていた。


(こうやって並べるのがいいんだよな・・・)


小さい男の子がミニカーを整列させるような感じで
透は石の順番を変えながらキレイに並べ直した。




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(こうすればきれいだな。もう少し近づけるか)


石を並べ替えたところで、透は石同士の間隔を
詰めようとした。


指でそっと動かしたところ、接触した二つの石が
いきなり一つになってしまった。
 
指ではじいた水滴同士がくっつくような感じだった。


透は思わず声を上げそうになったが、なんとか飲み込んだ。


(どうしよう・・・)


いきなりくっつかれても困ると思いながら、もう一度石に触れると
石は再び元の状態に戻った。


(?? 目の錯覚?? 気のせいだったのか?)


透はトレーをテーブルの上に戻した。
これ以上触らないほうがいいと強く感じていた。



(誰かに見られてないといいんだけど・・・)


3人は熱心に話し込んでいたが、
イワイシには見られたような気がした。


透はうつむいて、アンジェロの白い背中を撫でた。


(早く帰りたい・・・)




 * * * * * * *





帰りのクルマでは、暁子サンと先生は饒舌だったが、
透は黙って外を見ていた。



「疲れちゃった?」
暁子サンが心配そうに訊いてきた。


「あ、いえ、その、すごいところだったから、
 なんか、緊張しちゃって・・・」


「そう? イワイシさんは気さくな人だから
 普通にしてて大丈夫よ」


「はあ・・・」


透はため息をついた。



(もう行きたくないなぁ・・・
 もっとも当分行くことはないだろうけど)






その2はこちら
お話し小箱。「好きに動かしてみよー」 2

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