2020年 10月 25日

カテゴリー: 生活一般

子供の頃、庭に柿の木があった。
柿と言っても渋柿である。
その実は筆の先のような形で、
「筆柿」という種類に似ていたが、
「筆柿」よりはるかに巨大だった。
自重に耐えられず、色づく前に落ちてしまうことも多かった。

柿の実がオレンジ色になると、
父は柿の木に梯子をかけてのぼり、実をとった。
取った柿の実は渋抜きする。
まず、乾いた布で拭いて汚れを落とす。
次に柿と焼酎を厚手のビニール袋に入れる。
それをプラスチックの容器に入れる。
その容器を2週間ほど物置に置いておく。
渋みが抜けて甘くなり、柿は柔らかいゼリー状になる。

鮮やかなオレンジ色の甘い柿を
スプーンですくって食べるのが好きだった。
一度だけ、渋味が抜け切っていなかったことがあった。
口に入れた途端、口内が砂で一杯になったような感じがした。

長野県に住んでいた伯父もこの柔らかい柿が好きだった。
彼は毎年野菜や味噌を父に送ってくれるので、
父はお礼として、この柿を送っていた。

12年前に実家を建て替えた時、柿の木は切ってしまった。
伯父は他界してしまった。

柿の季節になると、スプーンですくって食べた、
あの柿の味が恋しくなる。




小时候,院子里有两棵柿子树。
说是柿子,其实是涩柿子。
  ※日本的柿子大多是甜柿子。
形状跟笔尖一样的,和“笔柿”的种类相似,
可是比“笔柿”大得多。

无法承受自重,往往会在上色前就掉下去。
当柿子的果实变成橙色的时候,
我父亲把梯子搭在柿子树上,摘下果实。

摘下的柿子要去涩。
最初用干布擦去污垢。 
然后把柿子和烧酒放进一个厚塑料袋里。
再把那个放进一个塑料容器里。
那个容器放在小仓库里两周左右。
涩味就消失了,变得很甜,柿子变成柔软的果冻状。
我喜欢用勺子舀着鲜橙色的甜柿子吃。
只有一次,涩味没完全去掉。
刚一放进嘴里,就觉得嘴里好像满是沙子。

住在长野县的大伯也喜欢那种软柿子。
因为他每年都会给我父亲寄蔬菜和大酱,
所以我父亲为了答谢他,每次都回赠那种柿子。

12年前老家重新盖房子的时候,两棵柿子树被砍掉了。
大伯也去世了。
一到柿子的季节,就怀念用勺子舀着吃的那种柿子的味道。

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2020年 10月 18日

10年日記

カテゴリー: 生活一般

私は『10年日記』をつけている。
10年分の日記が書ける日記帳だ。
この日記帳は、1ページに10年分の記入欄がある。
例えば、10月18日なら、1枚のページに10年分の10月18日の日記を書く。

社会人になって3年目。
通信販売のカタログで『10年日記』を見つけた。
5000円くらいだった。
10年間書き続けられるかどうか不安だったので、
当時、編集の仕事をしていた父を誘った。
2冊注文した。
最後まで続けた人が勝ち。
負けた人は、豪華なをランチを提供するという約束をした。

1992年からスタートして、2001年まで二人とも日記を書き続けた。
父は「日記をつけるのがとても楽しかった」と言った。
そして、彼は日本料理店を予約して
「好きなものを食べなさい」と言った。
私は次の『10年日記』をプレゼントした。

2002年開始の『10年日記』には「記録は後々必ずお役に立ちます」と
書かれたカードが入っていた。
2冊目を書き終わる頃には、確かに昔の記録を見返す機会が増えた。
2011年の年末に、父はまた食事をご馳走してくれた。
私は3冊目の『10年日記』をプレゼントした。

3冊目は2021年で終わる。
今年85歳になった父は、もう『10年日記』はいらないと言っているが、
来年の年末、私は4冊目の『10年日記』をプレゼントするつもりだ。




我几乎每天记《10年日记》。
《10年日记》是能写十年记录的日记本。
比如说,10月18号的话,在同一页上写上十年份的10月18号的日记。

工作的第三年、在邮购目录中发现了《10年日记》。
价格是5000日元左右。
我担心能不能坚持十年,
所以邀请了当时做编辑工作的父亲同时写日记。
我订了两本《10年日记》。
我们约定“坚持到最后的人为胜者,
输了的人提供豪华的午餐”。

从1992年开始,到2001年为止,两个人都坚持记了日记。
我父亲说“写日记非常开心”。
他预约了一家日本料理店。
他说“你想吃什么就吃什么。”。
我又送了他一本《10年日记》作为下一个十年的礼物。

2002年开始的《10年日记》里有一张卡。
那上面写着“这些记录以后一定会有用的”。
在写完第二本日记本的时候,重温以前记录的机会确实增加了。
2011年末,我父亲又请我吃饭了。
我把第三本《10年日记》作为礼物送给了他。

第三本将在2021年结束。
今年八十五岁的父亲说“我已经不需要《10年日记》了。“
可是明年年底,我打算买第四本《10年日记》,作为礼物送给他。

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2020年 10月 11日

餃子

カテゴリー: 生活一般

私は餃子が好きだ。
両親が餃子好きだったので、子供のころからよく食べていた。

小学校2年生くらいから餃子を包んでいた。
最初は初心者向けのやり方で包んでいたが、
すぐに襞を寄せてキレイに包めるようになった。

母は、来客に自信をもって出せる料理を
一つ決めておくといいと言っていた。
「そうやって決めておけば、お客さんが来たら、
その料理を作ればいい。準備もラクだし」
母は料理上手だったが、親戚が遊びに来ると、
いつも餃子を出していた。

大食いの従兄が遊びに来た時、彼と一緒に餃子を包んだ。
彼は「特別バージョンを作ろう」と言って、
餃子を包むときにチョコレートのカケラを入れた。
しかし、焼きあがった餃子を食べたら、
どれが特別バージョンなのかわからなかった。

息子も姪っ子、甥っ子も上手に餃子を包める。
姪っ子が小学生の時に、襞をいくつ作れるか、
彼女と競争したことがある。
私は襞を11枚作って勝った。
しかし、焼いたら、襞の部分はとても固くなってしまった。

餃子を焼くのは妹の担当だ。
彼女は、餃子を焼くのが抜群にうまい。
毎回、大量の餃子を包むが、妹が上手に焼くので、毎回完食する。

これまでずっとスーパーで売っている餃子の皮を使ってきた。
昨年末、近所の製麺所で餃子の皮を売っているのを夫が見つけた。
実家での集まりの時に、製麺所の餃子の皮を買って持って行った。
その皮で餃子を作ったところ、非常においしかった。
コロナが終息したら、またみんなで集まって餃子を食べたい。



我喜欢饺子(锅贴)。
因为我父母喜欢饺子,所以从小就经常吃。
上小学二年级左右我开始学包饺子。
刚开始用面向初学者的方法包的。
我很快就能捏出漂亮的褶了。

我母亲说,“最好事先决定一个来客的拿手菜。
决定下来了的话,来客人时,就做那个菜。准备也很轻松。”
她很会做菜,但是亲戚来玩的时候,总是包饺子。

大胃王的表哥来玩的时,和他一起包了饺子。
他说“包几个特殊吧”,包饺子的时候放了巧克力碎片。
可是,吃煎好的饺子时,不知道哪个是特别版本。

我儿子、外甥、外甥女也能很好地包饺子。
外甥女上小学的时候,和她比过能捏几个褶。
我捏了11个褶赢了。
但是,煎了之后,褶的部分变得非常硬。

我妹妹负责煎饺子。
每次包大量的饺子,她都会煎得很好,每次都会吃完。
我们一直用超市卖的饺子皮。
去年年末,我老公发现附近的制面所卖饺子皮。
在老家聚会的时候,买了制面所的饺子皮带去了。
用那个皮包了饺子,非常好吃。
新冠病毒消失后,还想大家聚在一起吃饺子。

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2020年 10月 04日

聖刃とモリソン文庫

カテゴリー: 生活一般


息子は高校生になっても仮面ライダーを見ている。
9月から「仮面ライダー 聖刃」が始まった。


仮面ライダーのシリーズには、毎回テーマがある。
前作の「仮面ライダー01」は、AIがテーマだった。
「聖刃」の主題は本である。
主人公の神山飛羽真は、小説家であり、書店の店主でもある。


「聖刃」のエンディングは東洋文庫で撮影されている。
2階のモリソン文庫の前だ。
モリソン文庫は、東洋文庫の創設者である岩崎久爾が、
1917年に購入したものである。
モリソンは、タイムズの北京駐在の記者だった。


私は東洋文庫の所蔵品について書かれた本を持っている。
この本では「殿試策」が紹介されている。
「殿試策」とは、「殿試」の主席の答案である。
この答案が書かれたのは1772年、これを書いた人物は金榜。
科挙の合格者を発表する掲示板の名前も「金榜」。
彼は、熱心に勉強せざるを得ない人生だったかもしれない。
彼の答案は8人の審査官が審査し、全員が満点をつけていた。
それを記した紙片も残されているそうだ。


息子は仮面ライダー01も仮面ライダー聖刃も
毎週欠かさず熱心に見ている。
自分の将来についても、
このくらい熱心に考えてほしいものだ。
9月26日の塾長との面談では、
「お前、ハイかイイエしか言わんな」
と言われるくらいの反応しかできなかったのだから。




我儿子即使上了高中也在看《假面骑士》。
上个月《假面骑士圣刃》开始了。

假面骑士系列每次都有一个主题。
上一个系列《假面骑士01》的主题是AI。
《圣刃》的主题是书。
主人公「神山 飞羽真」既是小说家,也是书店的店主。

《圣刃》的片尾曲是在东洋文库
二楼的莫里森文库前拍摄的。
东洋文库的创立者是岩崎久尔。
莫里森文库是他1917年购买的。
莫里森是泰晤士报驻北京的记者。

我有一本关于东洋文库藏品的书。
那本书中介绍了“殿试策”。
“殿试策”是“殿试”第一名的答卷。
那个答卷是1772年写的、答卷者正好叫金榜。
科举考试发表合格着的牌版也叫“金榜”。
他有一个不得不热心学习的人生。
他的答卷由八个审查员审查、所有人都打了满分。
据说还留着那个纸片做为记录。

不仅《假面骑士01》还有《假面骑士圣刃》,
我儿子每周都不间断地热心地看着。
关于自己的将来、我希望他能也如此热心地考虑。
在9月26号跟塾长的面谈中、塾长对他说:
“你只会说‘是’或者‘不是’。”
他只能做出那种程度的回答。

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2020年 9月 27日

鎌倉

カテゴリー: 生活一般



私は鎌倉が好きだ。
1990年代から何度も行っているが、まったく飽きることがない。
初めて鎌倉に行った時、カメラはフィルム式だった。

たくさん写真を撮ったはずだけど、
現像した写真はどこへ行ってしまったのだろう?

特に好きなのは、海蔵寺と浄妙寺。

海蔵寺は春先が素晴らしい。
満開の雪柳が眩しい。

浄妙寺は観光客が少ない時に行って、
水琴窟の音を聞きたい。

報国寺も好きだ。
まさに萩原朔太郎の「竹」の世界である。

報国寺の近くの住宅地にKocicikaというレストランがあった。
店名はチェコ語で「ネコヤナギ」を意味する。
ここで必ず注文するのがフルーツティーだった。

マダムが、耐熱ガラスのティーポットとキャンドルウォーマーを
テーブルに持ってきてくれる。
ティーポットの中には、イチゴ、オレンジ、葡萄、
メロン、キウイなどが入っている。
ティーポットは、キャンドルウォーマーで温めておくので、
お茶が冷めることはない。


Kocicikaは、本当に大好きなお店だった。
2019年1月に閉店したとネットで知った。

私が最後に鎌倉に行ったのは2018年4月。
外国人観光客がものすごく多くて、びっくりした。
今はきっと外国人はいないだろう。
久しぶりに光則寺に行ってみたい。


我非常喜欢镰仓。
虽然从90年代开始去过好几次那里,但是还没去够。
第一次去镰仓的时候,我的照相机是用胶卷的。
应该拍了很多照片,可是洗出来的照片不知道哪里了。

我特别喜欢海藏寺和净妙寺。

海藏寺的开春时节很美丽。
盛开的雪柳很耀眼。

我想在游客少的时候再去净妙寺听水琴窟的声音。

我也喜欢报国寺。
那里正是萩原朔太郎的“竹”世界。

报国寺附近的住宅区有一家叫kochichika的餐厅。
那个店名是捷克语“猫柳”的意思。
去那家店的时候,我每次都点水果茶。
老板娘把一个耐热玻璃茶壶和蜡烛加热器拿到桌子上。
那个茶壶里有草莓,橙子,葡萄,网络瓜,猕猴桃等等。
茶壶是用蜡烛加热器加热的,茶不会凉。
kochichika是我非常喜欢的一家店。
我在网上知道了那家店去年关门了。

我最后一次去镰仓是在2018年4月。
外国游客非常多,我吓了一跳。

现在一定没有外国人了吧?
我想久违地去光则寺看看。

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2020年 9月 20日

桜貝

カテゴリー: 生活一般



小学校4年生の時、桜貝がモチーフの物語を読んで、
桜貝がとても欲しくなった。
きっと綺麗に違いないと思ったから。

夏休みに家族で海に行ったときに
桜貝を探したけれど、見つからなかった。
海の近くの土産物屋にも桜貝はなかった。

息子が小学校2年生の春に、会社の保養所に泊まった。
由比ガ浜のすぐ近くだ。
早朝、息子と二人で海岸を散歩しているときに
知らないおじさんが小さいビニール袋に入った桜貝を息子にくれた。
お礼を言うと、宗教のパンフレットを渡された。
特に勧誘することもなく、おじさんは手を振って去っていった。

桜貝は薄くて壊れやすい。
あんなに欲しがっていたのに、私はそんなことさえ知らなかった。
桜貝のイメージは珊瑚のような感じだったが、
実物は桜の花びらのようだった。
想像していたよりは綺麗ではなかったけれど、
それでも、別の美しさがあった。

桜貝の物語のタイトルは『人魚がくれた桜貝』。
どのような結末だったのか、今ではもう思い出せない。
その本は1975年の出版だが、今でもネットで古本を買うことはできる。

しかし、時は流れて、日本も私自身も変わってしまった。
物語の結末は1970年代に置いておこう。




上小学四年级时,我读过一个故事。
这个故事是围绕樱贝展开的。
我非常想要樱贝。
因为我想像它一定非常漂亮。
和家人一起去海边的时候,我到处找樱贝,可是没找到。
海边附近的特产店也没有樱贝。

我儿子上小学二年级时,我们去了公司的保养庄。
那个设施在由比浜附近。
第二天早上和儿子两个人在海边散步的时候,
一个不认识的大叔给了儿子一小塑料袋樱贝。
我们对他说“谢谢”,他就把一本宗教小册子递给了我,
然后挥手离开了,也没有什么特别的劝诱。

樱贝这么薄这么脆我当年那么想要这个特性都不知道。
我想像中它好像珊瑚一样。
其实像樱花的花瓣儿一样。
虽然它没有我想像的那么漂亮,但是依然别有一番美丽。

樱贝物语的标题是《人鱼给我的樱贝》。
结局如何,现在已经想不起来了。

那本书是1975年出版的,可是现在还可以在网上买到旧书。
随着时间的流逝,日本和我自己都变了。
樱贝物语的结局就留在七十年代吧。

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2020年 9月 15日

ミシンの話

カテゴリー: 生活一般

母はミシンを持っていた。
(本体には黒字に金色の文字・・母はブラザーだったと言っている・・
 が入っていて、とてもかっこいい足踏みミシン)

小学校5年生の時、私は母にミシンを使わせてほしいと頼んだ。
母は「まず、使い方を練習しないとダメ」といって、
大きな紙を渡してきた。
(古いカレンダーのしっかりした紙だった)

まずは、布の代わりに紙をセットして、ミシンを踏むところからスタート。
そのあと、針を付けて、紙にたくさんの穴をあけた。
最後に古いタオルでたくさんの雑巾を縫った。
(ホントにたくさん縫わされた・・・)

こういった練習が終わった後、母はミシンを自由に使わせてくれた。
私は安い布を買ってきて、巾着とか、手提げとか、エプロンとか
カーテンを縫った。
(カーテンの裾はミシンじゃなくてまつり縫いをしたのだが、
 2枚のカーテンの長さがそろわなかったというオマケ付き)

結婚してから何年間かはミシンを持っていなかった。
息子が幼稚園に入るとき、電動ミシンを買った。
いろいろなものを入れる袋を縫わなければならなかった。
足踏みミシンに慣れていたので、電動ミシンには苦戦した。
速度調節が難しくて、速くすると速すぎるし、遅くすると遅すぎて、
うまくいかなかった。
今年5月にマスクを縫ったが、すごく時間がかかった。
(あんな小さいものを縫うのに、信じられないくらいてこずった)

現時点で、すごく足踏みミシンが欲しくなっている。
足踏みミシンを扱っているサイトを探し当てた。
(2018年から更新されていない感じなのが気懸かりだが)
我が家は狭いし、足踏みミシンは場所をとるから、
購入は慎重に考えなければならない。
しかし、数年以内に買ってしまうかもしれないなぁ。
(早くミシンに対する購入欲が消えてほしい・・・)



我母亲有一台缝纫机。
我上小学五年级时,我告诉她我想使用她的缝纫机。
她说“你必须先练习缝纫机的使用方法”
她给了我一张大纸。
最初不附上针,把纸代替布放好,我就开始踩缝纫机。
然后附上针,我在纸上打了很多洞。
最后我用旧毛巾缝了许多抹布。
这些练习之后,我母亲允许随意使用她的缝纫机。
我买了便宜的布,缝了荷包,手提包,围裙,窗帘,等等。

结婚的头几年,我没有缝纫机。
我儿子上幼儿园时,我买了一台电动缝纫机。
我必须缝很多装各种东西的袋子。
因为我习惯脚踏缝纫机,我不会使用电动缝纫机。
调整速度很难,不是太快就是太慢,不顺利。
今年五月,我缝口罩,花了恨长时间。
现在我非常想要脚踏缝纫机。
我找到了脚踏缝纫机的销售网站。
我家很小,而脚踏缝纫机很占地方,购买要慎重考虑。
可是我可能几年内会买脚踏缝纫机。

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2020年 5月 09日

テレワーク

カテゴリー: 生活一般


4月中旬からテレワークが始まった。
支給されたのはレトロなB5のノートパソコンと、
「imodeボタン」があるアンティーク・ガラケー。


書類を扱う管理部門や経理系の部署など、
テレワークが難しいと考えられていた仕事をしている人たちも
いきなり一斉にテレワークになったため、
全社的にノートPCが不足している上、
スマホなんて絶対手に入らない状況らしい。

夫もテレワーク。
高校2年になった息子も登校禁止期間中。

家族全員でStay Homeなのだが、
夫は不法占拠中の洋間にたてこもり、
息子は入学祝に買ってもらったパソコンが置いてある、
和室の隅っこに座り込んでいて、
私はリビングのテーブルを仕事机にしているため、
顔を合わせるのは食事の時くらい。

4月の光熱費は過去最高の金額だった。
3人ともずっとおうちにいるからなぁ・・・

一日中部屋にいると、壁紙やら襖やら
だいぶ古びてきているのが目につく。
何とかしたいけど、今の状況ではどうしようもない。
対処できる機会はいくらでもあったのに。


やりたいと思ったことは
すぐにやるべきなのだろう。
「いつか」やろうと思っても、
自分で決めない限り、「いつか」は来ない。

今回のように、いきなり世の中も
日常生活も変わってしまうこともある。

今できることは限られているけど、
「あの時、あれをやっておけばよかった」
と悔やむ回数はできるだけ減らしたいと思う。

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2020年 4月 26日

ランチの約束 その後

カテゴリー: 生活一般



1月にランチの話が出て、3月15日に集まることになったが、
コロナの影響で、当面延期。

「会っておしゃべりするぞ!」という気持ちが
最高潮の時に延期になってしまったので、
あっという間にライングループが誕生した。

全員が前世紀の人間なので、
ランチの日時を決めるところまでは
のんびりメールでやっていたのだが・・・

今回がラインデビューという人もいて
なかなか新鮮だ。


最初はコロナの話が多かったが、
おこもりが長引くにつれて、
事態が収束したら、みんなで何をしようか?
という話もぽつぽつ出始めている。

マッサージとかエステを受けて
おいしいものをたくさん食べて
温泉にゆったり浸かって
好きなだけお喋りしたい・・・というのが
今のところ、全員共通の意見。

それがいつ実現するのか、今のところはわからないけど、
そういう夢があれば、もうしばらく続くであろう
「おこもり」に対するうんざり感も
多少は軽くなるような気がする。

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2020年 1月 26日

ランチの約束

カテゴリー: 生活一般

ずっと年賀状のみやり取りしている大学の時の友達がいる。

毎年お互いに「会いたいですね」みたいなコメントを書いていた。
彼女からの今年の年賀状には、会いましょう!という意思が
感じられた。

1月6日に彼女からメールが送られてきた。
宛先は、私のほかに二人のメールアドレスがあった。
この二人と彼女と私は、全員必修の講義の時に、
いつも横並びに4人で座っていたメンバーだ。

段取り上手なMさんのおかげで、
あっという間に会合の日にちが決まった。
レストランも探しておいてくれるという。


卒業以来全く会っていなかったわけではない。
2014年2月のクラス会以来だから
6年ぶりになるのか。

オトナの6年は一瞬で過ぎ去るが、
子どもの6年は波乱万丈。
赤ちゃんは6歳になるし、
中1の子は大学生になってしまう。
2014年の同窓会の時、息子は小学4年生だった。


6年経ってみんなどうなっているだろう?
ランチをとりながらのおしゃべりは
どういう話題が出るだろう?
楽しみだ。

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