2016年 6月 12日

UFOと重要文化財

カテゴリー: 旅行

人事異動があって、仕事が変わり、
突然忙しくなってしまった。

毎日が飛ぶように過ぎていく・・・



連休の旅行記もずっと温めたままになっていたが、
やっと初日分が完成。


_________________________



今年のゴールデンウィークも去年と同じく
北へ向かう二泊三日の家族旅行。


2016年5月3日
6時出発

8時途中のサービスエリアで軽い朝食。
大人はサンドイッチ。
息子はジャンボ焼きそばパンとおにぎり。
・・・炭水化物の塊だが、成長期には必要??



外のベンチで食事をしていたら、
精悍な顔つきの大きな犬を連れた男性が来た。
続いて、彼の家族らしい団体さんが。



犬を連れた男性の母親らしき女性は、饒舌な肝っ玉母さん。
この犬は大人になったばかりだとか、この子の母親は9匹産んだとか、
周囲に聞こえるような大きい声で説明してくれた。




10時ちょっと前に、船引三春で常磐道を降りた。

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11時15分に夫が再訪を熱望していた「UFOふれあい館」に到着。
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昨年は時間がなくて、じっくり見られなかったので、
絶対に来たいと思っていたらしい。


UFOが飛来するとかいう、千貫森を登った。(標高462.3メートル)
登山道というか、遊歩道には「UFO道」という名前が付いている。

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そして、道のカーブごとに宇宙人らしき石像が置かれているのだが、
これは一体いくらぐらいなんだろう?
モトはとれているんだろうか??





頂上にあるのは、展望台だと思っていたが、
UFOとのコンタクトスポットらしい。
(3Dの紹介ビデオを見るまで知らなかった・・石像の後ろの建造物)

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コンタクトって・・・何をどうすればいいんだろう?


コンタクトスポットからの眺め。
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「ワレワレハウチュウジンダ」とか言われるのを待つのか、
こちらから申告するのか??


UFOふれあい館の中に、コンタクトスポットの全体写真があった。
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これも単なる金属のオブジェじゃなくて、
何か信号みたいなものを送受信(?)できるらしい。

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磁力線パワーで健康が増進されるらしい。
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夫が事前に調べていたカレー屋さんは長期休業中だったので、
UFO物産館の飛び魚ラーメンを食べた。
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千貫森の宇宙人石像一覧。
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メニューの中にはちょっとお高い「ピンカラ石ラーメン」というのがある。
ピンカラ石でできた器に入って出てくるラーメン・・・
と言ってしまえばそれまでなのだが、ピンカラ石というのは、
<適当につけた感>がそこはかとなく漂うネーミングとは裏腹に
何やらすごい効果を秘めた石なのだとか。


我々の後から来た御仁が
「ああ、せっかくだから、それにしようか」
と言って注文しているのを見て、太っ腹!と思ってしまった。



そのあと、UFOふれあい館の二度目の見学。
なんとも言えない手作り感がこの施設の魅力だろう。

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宇宙人石像一覧のカラーバージョン。
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過去の目撃談。
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図書コーナー。ちょっと気になる本も。
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噂の「UFO畳縁」も拝見したし。
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ピンカラ石お一人様1個プレゼントもゲット。
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13時半に出発。


続いて向かったのは 空カフェ。

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移築した古い民家を店舗にしている素敵なカフェ。

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1歳半くらいの、真っ赤なほっぺたの男の子が
優しい雰囲気のママと一緒に来ていた。


息子もこんな感じだったのになぁ。
どこであんなにヒネクレてしまったんだか。
爆睡しているときの無防備すぎる表情は
小さい頃と全然変わらないんだけど。

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漆器のお得市をやっていた。
旅館などで使うのかなぁと思われるお椀やお盆が
格安で売っていた。
祖母譲りの漆器があるので、ここでは3人分のお箸を購入。



うさぎのついたお箸がとってもかわいくて、
息子に(ささやかな嫌がらせとして)買ってやろうかと思ったが、
難しいお年頃なのでやめておいた。



3時ちょっと前にカフェを出発。

次の目的地は天鏡閣。
(旧名称:有栖川宮翁島別邸・高松宮翁島別邸 /重要文化財)

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昨年は、この建物のすぐ近くの宿に泊まった。
早朝散歩で天鏡閣まで来たのだが、閉館中だったので
外から写真を撮っただけだった。

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思ったとおり、素敵な建物だった。
明治時代の洋風建築ってどうしてこんなに惹かれるんだろう。
写真を撮りまくってしまった。


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売店で、資料を購入。
薄いものであれば、たいてい500円以下だが
興味深い内容が書かれていることが多い。
由緒ある建物や神社仏閣に行った時に
売っていれば買うようにしている。


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去年はUFOふれあい館とJAXAという「異端-正統」の組み合わせだったが、
今年はUFOふれあい館と天鏡閣(旧皇族別邸)という「異端-正統」の組み合わせ。






そろそろ日が傾いてきた。
すぐ近くの南ヶ丘牧場へ。
持ってきた上着を着ても肌寒いくらいなのに、
男組はアイスを食べていた。

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羊や馬がいた。

有料のふれあいコーナーでは小さい動物と遊べる(?)ようになっていて
幼稚園くらいの子が大喜びで子羊を追いかけていた。


ほんの数年前までは、息子もあの場所ではしゃいでいたんだけど、
今、中に入って行ったら、「なんでこんな大きい子が?」という目で
見られてしまうかもしれない。


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南ヶ丘牧場を出て、宿へ向かう。

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これは・・・!!



去年の旅行で行った開成館の「安積疏水」じゃありませんか!

郡山市開成館のサイト

https://www.city.koriyama.fukushima.jp/161030/bunka/kaisekan/

去年の旅行記事。
http://www.m2-dream.net/?p=11167




<去年の記事のファン・ドールンさんの部分の抜粋>—————–

「安積開拓ゆかりの人々」の紹介の中に
ファン・ドールンという外国人がいた。
(Cornelis Johannes van Doorn、1837年2月9日 – 1906年2月24日)

明治初期のオランダは、水利土木分野が最も進んだ国だった。
この分野の技術者であったドールンは明治5年2月に日本政府の要請で来日した。

明治11年に郡山へ赴き、猪苗代湖を視察し、疏水経営が決定したそうだ。

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こういう方だったらしい。
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初代の安積疏水土地改良区の理事長 渡辺信任氏。
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ファン・ドールンさんの銅像にまつわる渡辺信任氏のお話。
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内閣総理大臣 大平正芳・・ということは、
1978年12月~1980年7月の間に建てられたということか。
バブル前だなぁ・・・
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本日の宿泊地はナリ会津カントリークラブ。

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手続きを済ませてお部屋へ。

窓からの眺め。
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6時半からラウンジのような広い場所で夕食。
サービスの地酒はとってもおいしかった。

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食後、一休みして大浴場へ。
こちらは天然温泉。
泉質は塩化物泉とのことだったが、お湯の色はなんだか褐色っぽかった。
塩化物泉は湯冷めしにくいんだとか。
そのため、冷え性とか疲労回復に効果があるといわれるらしい。


体がホカホカしているうちにベッドに入ったら
一瞬で深い眠りに落ちてしまった。





(二日目に続く)
http://www.m2-dream.net/?p=11839

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2016年 5月 16日

中間テストと竹刀

カテゴリー: 子どものこと




息子が中学に入学してあっという間に1か月以上経ってしまった。

今度の金曜日は人生初の「中間テスト」。

入学式に生徒会長が、
<中学校の定期テストは未来の自分につながっている>
という、大変ありがたいお話をしてくださったのに、息子は
「なんで勉強しなきゃいけないの?」
と小学生レベルの発言を連発。


生徒会長の話を持ち出すと、
「ああ、カミカミだったよね」
と憎まれ口。
入学式を準備してくれた上級生に対して何考えてんだこいつは!!
もう一回言ってみろ!ふざけんな!失礼だ!と怒鳴りつけたところ、
膨らみすぎた餅が破けて縮むみたいにしゅーんとなっていた。
親に怒鳴られてこういう反応をするのは
あと数カ月間だけだろう。


小学校卒業前に身長を抜かれたが、
その後もニョキニョキと伸び続けている。
夜、眠っている様子を見ると、どんどん長くなっていくなぁと思う。
座布団の上に余裕で寝かせられた、
「身長50センチ・体重3キロ」の時代が信じられない。



息子は「部活なんかやりたくない」という態度だったにもかかわらず、
どういうわけか、剣道部に入部した。
<先輩が優しかったから>とか言っていたけど、そんな理由で入部して
長続きするのかなぁ??


今週末に、「外部の先生」が教えてくださるそうなので、
それまでに竹刀を用意する必要があるらしい。
「駅前に剣道具のお店があるから、そこで買うといい」と
先輩から教えてもらったそうで、私に一緒に来てくれという。


普段は「ほっといてよ」みたいな態度が多いけど、
こういうときは頼りたくなるらしい。
一応、私が経験者だからかなぁ?
去年夏に、初段を取ったときの「昭和の剣道手帳」を見せたから、
剣道についてはそれなりに知っていると思われているらしい。


ということで、日曜日の午後、剣道具のお店に息子と一緒に行った。
行く途中
「竹刀買ったらどうするの?」
と謎の質問をしてくる。

「は?」
「誰が持つの?」
オマエだよ!!と言いたいのをこらえて
「使う人が持つんでしょ」
と素気ない返事をした。

なんでエネルギーが有り余っている中学生男子の代わりに
おばさんが持たなきゃならないのだ??



剣道具のお店は、初めての場所なのに
なんとなく懐かしい気がした。
剣道具の店ってみんな似た感じなのかなぁ?


「初心者ね? どこの中学? お名前は?」
お店にいた中年の女性が慣れた調子で尋ねてきた。


息子がボソボソ答えると、
ビニール袋に入った竹刀がたくさん立ててあるコーナーに行って
何やら息子に説明していた。


完成品の状態で輸入された台湾製の竹刀と
竹から育てて作ったとかいう日本製の竹刀があるらしい。
台湾製はかなりお手頃価格。
耐久性は日本製の方があるという説明だったようで、
息子は日本製の竹刀を選んだ。


レジ前に、ラノベ大好き&中二病絶賛発病中の息子が大喜びしそうな
魔法っぽい感じの高価な鍔がたくさん飾ってあったが
「初心者なら、こういう鍔がいいわね」
と、お店の女性は、非常にシンプルな鍔と鍔止めを出してきた。
息子はちょっとがっかりした様子だった。


息子は竹刀購入前に
「竹刀に村雨って彫ってもらいたい」
なんて、超恥ずかしい希望を口にしていたが、
新しい竹刀には、学校名と名前が既に彫られていた。


先輩方は黒い竹刀袋を使っていると息子が言うので、
レジの後ろの金属製のバーに吊るしてあった竹刀袋を指さして
「真ん中の黒いのをください」
とお店の人にお願いしたところ、どうやら小学生向けのものだったらしく
「この長さだと入らないんですよね・・・中学生用はこっちです」
と言って、引出しからビニール袋に入った黒い竹刀袋を出してくれた。
そして、新しい竹刀を入れて、ファスナーを閉め、
袋の上の方に付いている鍔用のポケットに
先ほどのシンプルな鍔と鍔止めを入れて息子に渡してくれた。


お会計は7000円弱・・・結構高いんだ・・・汗


黒い化繊の竹刀袋はスマートでなかなかカッコイイ。
昭和の木綿のレトロな雰囲気の竹刀袋とは大違い。
肩にかけられるようになっており、剣道をやったことない人には
何が入っているかわからないかも。


息子は嬉しそうだった。
「剣道、がんばる!」とか言ってたけど、ホントに頑張ってくれよ~
防具と稽古着・袴を全部揃えたら、かなりの金額になるんだから。



家に帰ってから「ちょっと持たせて」と息子に断ってから、
竹刀袋から竹刀を出して、一礼して蹲踞、立って構えるまでの
一連の動作をやってみた。
最後にコレをやってから、四半世紀以上のブランクがあったけど、
一応(自分としては)、ちゃんとできたと思う。

その様子を見ていた息子が、
「おかーさん、なんかちょっと違うよね」
というので<なんだそれは?>と思ったが、
彼としては褒め言葉のつもりらしい。


“ちょっと違う”というのは、
<未経験の人の動作とは違うってことだよ>という説明していたが
前振りナシのあの言葉から、この意味を汲み取るのは不可能だぞ。


母親を「剣道経験者認定」してくれたのはよかったけど、
もう少し日本語の勉強も頑張ろうね。


私は2016年GWの旅行記録を頑張らないと。





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2016年 4月 29日

中学生男子

カテゴリー: 子どものこと




4月も一瞬で後半に・・・


時間が経つのはホントに早い。

組織変更&異動があり、
近々環境が変化するのは確実。

しかし、それが「いつから」なのかはまだ不透明。
今の業務を誰が引き継ぐのかも不透明。


こういう宙ぶらりんな感じはとっても苦手。


動き出したら一気に変わるから、
準備が必要ということは、アタマではわかってるけど
なかなか動きだせない。


宙ぶらりんで漠然とした不安を抱えていると
なんとなくではあるが、気持ちが塞いでくる。


しかし、家に帰れば、生意気盛りの中学生が口撃してくるので、
これに応戦しなければならない。

今までは片手間でも対応できたが、
口が達者になってきたので、もっともらしい屁理屈をこねて挑発してくる。
即、臨戦態勢。
気分が塞いで・・とか言ってられない。
ここでバランスが取れているのかもしれない。


今のところは、屁理屈の矛盾点をちょこっと突っつくと
「ぐぬぬ・・・」となって引き下がるが
そのうち、私のエネルギーがなくなるまで攻めてくるんだろうなぁ。


現在、「自分が世界一偉くて、自分が世界一不幸」という、
普通に考えたら矛盾していると思える状況に
どっぷりと浸りきっている。
私もこんな風だったのかなぁ?


万能感と無力感が交互に出てくるらしく、感情の起伏が激しい。
そばにいる人間にとっては扱いにくいことこの上ない。


まあ、そういうことも全てひっくるめて
「まあ、そういうお年頃だから、仕方ないねぇ」
って、おおらかに笑い飛ばせる肝っ玉母さんになりたいものだ。


器の小さい母は、息子から「おとなげない」と評されるくらい
いちいち盛大に反応してしまう。

でも、自分の言葉が意図した通りに伝わらないことなんて日常茶飯事で、
不用意な発言によって、十倍以上の反撃を喰らうことは当然で、
そのつもりはなくても、相手の逆鱗をひっかく危険性が常に存在するってことを
家庭内で経験しておくのは重要なんじゃないかと。
そうすれば、少なくとも
「ひどい! ママはそんなこと言わなかったよ!」
みたいな発言をする男にはならないはずだ。


あと数年すれば、体がさらに巨大化する。
こちらが何を言っても、「あー」「そう」「うん」くらいしか
言わなくなるのだろう。



数か月前、何がきっかけだったか、結婚の話になったときに、
「○○(=息子)が結婚しますって、女の人を連れてきたら、
 ホントにいいんですか?って聞くからね」
とふざけて言ったことがあった。


どういうわけか、息子はその話をハッキリ覚えていたようで、先日、
「女の人を連れてきたときに、ホントにいいんですか?って
 聞かないでね」
と真顔で言ってきた。


何がきっかけだったんだろう?
「連れてきたい女の人」ができたとか??

まあ、何にしても、中学校生活を思いっきり楽しんでほしい。


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2016年 4月 10日

入学式

カテゴリー: 子どものこと



今朝、通勤途中に機内持込サイズのスーツケース2つを
両手でガラガラ引っ張っている男性とすれ違った。


駅と会社の間は800メートルくらいだと思うが、
スーツケース2つガラガラの男性は3人いた。

間隔をあけて3人。
いかにも会社員風の人、自営業風の人、研修行きます風の人。
なんだか不思議だった。





先週の金曜日は息子の入学式だった。
制服はLサイズにしたので、上着はダブダブ。
ニセ中学生のようだ。
これが3年後にツンツルテンになってしまう可能性があるなんて、
とても信じられない。
でも、植物みたいにニョキニョキ大きくなるんだろうなぁ。




入学式は全校生徒が出席。

起立・礼・着席に関しては、卒業式の練習で鍛えてきたばかりの
新入生が一番上手だったかも・・・笑


もっとも上級生だって、私の中学生時代と比べたら、
1000倍以上、お行儀がいい。
みんなきちんと制服を着ていて清潔感があって、
表情も動作も落ち着いている。


つっぱることが男のー
たったひとつの勲章だって
この胸に信じて生きてきたー なんていう生物は
平成28年の中学校においては、とっくに絶滅してるし・・・
 



3月の卒業式で聞いた「市民歌」は、入学式でも歌われていた。
(歌詞の内容は昭和30年代風なのだが、
 とっても偉い先生方が作詞・作曲しているせいか、
 セレモニーの時には、この歌を歌うのがお約束になっているらしい)


小学校と大きく違うのは、「男性の声」の存在感が大きいこと。
小学生でも、高学年になれば、声変わりする子はそれなりにいるが、
高い声の子の方が多い。
しかし、中学になると、男子の声は全体的にぐっと低くなるので、
同じ歌の合唱でも、響きはかなり違ったものになる。
熱心な音楽の先生が指導しているせいか、
校歌も市民歌もとても上手だった。





息子の小学校の授業参観を通じて、
イマドキの子はまったく物怖じしないというのを知っていたけど、
新入生代表挨拶も、在校生代表の歓迎の言葉も
落ち着いていて、見事なものだった。


冒頭の挨拶は、やや定型文的な印象があったものの、
どこからか借りてきた美辞麗句を並べたものではなく、
自分の思いや考えを、自分自身の言葉で伝えようとしているのが
よくわかる内容だった。


校長先生のお話もよかった。
<大人になる>とはどういうことなのか、
非常に明確でわかりやすい説明があった。
これはしっかりメモを取っておいた。


帰宅後に息子に聞いたら
「そんなこと言ったっけ?」みたいな反応だった。
右の耳から入って左から出て行ったのだろう。

人の話を聞かない・聞いても即座に忘れるという点は
徐々に改める方向に持っていかないといけないなぁ。

もっとも、私も最近はモノ忘れがひどくて、
メモを取らないとすぐにわからなくなるし、
メモの存在すら忘れるという恐ろしい症状が出始めているので
人のことをとやかく言うわけにはいかないのだが。





中学校の体育館も教室も「懐かしさ満載」だった。
部分的な補修はやっているだろうが、
基本的に「昭和のまま」なのだろう。



同じクラスの子のお母さんの中に、この中学の出身の方がいて、
4階の窓から見える景色について
「(当時は)あのへんの建物とか全部なかったから、
 土手が見えてたの」
と教えてくれた。
今では想像できないくらい広々とした風景だったのだろう。



息子の担任は数学担当&野球部顧問の男性の先生。
数学も球技も、息子には大鬼門。
いったいどうなることやら。


そういえば、私も中学3年の担任は、数学担当の男の先生だった。
私はこの先生も数学も大ッ嫌いだった。
しかし、数学のテストで悪い点数をとったら、
この先生に負けたことになると思い込んでいたので、
必死で勉強した。(相当屈折してる・・・)



高校の卒業式の後、同じ中学出身の友達と
中学校に挨拶にいったら、職員室にこの先生がいて
「お前(=私のこと)は、可愛げのない女だったなぁ」
と笑っていた。
こっちが嫌っていることは重々承知だったらしい。
今はどこでなにをしていらっしゃるやら。
もう定年退職のご年齢かな?



入学式は午後からで、4時前に家に戻ってきたから
中学校にいた時間は、だいたい3時間くらいだと思う。
しかし、新しい環境というのは、
無限の体力を誇る10代の男子にとっても
少々キツイものだったのか、
この日の夜は、早々に布団を敷いて寝てしまった。
布団に入って5分もしないうちに完全に熟睡。


授業や部活動が始まったら、
幼稚園に入ったばかりの頃のように
いきなり電池切れを起こすかも。


さすがに、夕ご飯を食べている途中で
バタッと眠ってしまうことはないだろうが・・・・



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2016年 4月 08日

小学校卒業旅行

カテゴリー: 旅行





家族ぐるみのお付き合いをしているMちゃん一家と
<小学校卒業旅行>へ。




2016年03月25日(金)
午後、休みを取って、
東京15:50発のぞみで新大阪へ。


用意のいいMちゃんは、アルコールとおつまみも
バッチリ準備。

座席を向かい合わせにして宴会モードのまま
一瞬で新大阪着。


大阪に移動して、第一ホテルにチェックイン。

フロントには、なんと、「パロちゃん」が!!
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か~わいいいいっ!!
Boysはなぜこんな可愛い存在を手荒に扱うんだろう。


お部屋の様子。
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荷物を部屋に置いて、阪神百貨店へ。




8Fの阪神タイガースショップは、なんとも興味深い場所だった。
義父以外、阪神ファンは身近にいないし、
タイガースグッズは見る機会もない。


OL風のきれいな二人のお姉さんが、
鏡の前で応援ユニフォームを<真剣に>試着していた。


これもまた私にとっては新鮮な光景だった。


二人の会話も当然のことながら大阪弁なのだが、
あのイントネーションは普段は全く耳にしないので、
不思議な感じだった。


トラキチの義父のために、タイガースのロゴ(?)が入った
海苔を買った。
選んだのは夫だが、なぜ海苔???

旅行から帰って、息子がこのお土産を義父に渡したところ
「もったいなくて食べられないよ」と笑っていたそうだ。



夕食は10Fの<創作料理「わくわくぱれ」>。
店内は広くて、金曜の夜だというのに、あまりお客さんはいなかった。
石焼中華丼を注文した。
なかなか食べ応えがあり、満腹。
子どもたちは石焼オムライスを食べていた。


一足先に車で大阪入りしていたMちゃん夫が登場。

みんなで地下へ移動して、宴会用の食材を購入。
大阪人のMちゃん夫のオススメで「いか焼き」も買った。
いか焼きを食べたのは初めてだったが、とってもおいしかった!


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Mちゃん一家のお部屋で小宴会。
明日の朝早く出発するので、日付が変わる前にお開きにした。







2016年03月26日(土)
6:30起床。

最近はどこでも爆睡してしまうので、
枕が変わっても全く関係なかったが、
ふかふか枕に横向きに寝て熟睡してしまったせいで
顔には枕カバーのしわがくっきり・・・汗


息子の場合、顔にシーツのしわがついてても
朝食を食べ終わる頃には「うっすら」になっているのだが、
オバサンの場合、そうはいかない。


やや熱いお湯をかけたタオルを緩く絞って顔に当てて、
冷めたらもう一度お湯をかけて緩く絞ってまた顔に当ててを
繰り返すこと15分。
やっととれた~ やれやれ。


7:30 ホテル出発。
誰もおなかがすいてない・・・笑


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淡路サービスエリアの ミスドで軽い朝食。
・・・のつもりだったが、
スイーツ男子である小学生BOYSたちは、
ドーナツをがっつり食べていた。
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香川県に入ると、夫は「行きたいうどん屋がある」という。
助手席に座っている夫はMちゃん夫に道を教えて、
(ネットで見たお店の地図だけでわかるらしい)
家がまばらに建っている細い道を進んでいくと・・・


「三島製麺所」に到着。
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UDONとかいう映画のロケに使われたらしい。
後でネットで調べたところ、賛否両論のお店だった。


我々一行は、安くておいしくて大満足したけど。


お店の建物は結構大きい。
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裏手に川が流れていた。
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2時過ぎに、今回の目的地「レオマワールド」に到着。

http://www.newreomaworld.com/

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クロークに荷物を預けて、オリエンタルトリップへ。
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日本一長いエスカレーター「マジックストロー」
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全長96M
階段部分238段
乗車時間3分14秒





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(修正箇所が3つあるが、もともとは何て書かれてたんだろう??)



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「ここのなんとも言えないシュール感を
 どうしても誰かと共有したかった」
というのが、Mちゃんの長年の願いだったそうだ。
確かに、これは実際に来て、この場所に立ってみないとわからない。


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25年前にオープンしたらしいが、
いくらバブルだったとはいえ、
こういう、渋い物件で人が呼べると本気で思ったのだろうか?


ホンモノを見たことがないから、
何とでも言えるとは思うんだけど、
完成度はかなり高いんじゃないかと。





謎のパワースポット。
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条件付きだが、御利益付き。
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条件クリア!
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富士山は人気者!
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続いてブータン。
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「ヒマラヤの城」の前に立って見下ろせば、かなりシュールな光景。
なぜ、ここにプラサット・ヒン・アルンが??
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「ヒマラヤの城」の建っている山から下りてきて、お城を見上げると、こんな感じ。
こっちは結構馴染んでるかも。
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確かにオリアエンタルなトリップだった。
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徒歩より遅い船に乗って遊園地へ。



Mちゃん一家が4年ほど前に来たときは
閑散としていて、係員も年配の方が多く、
さびしい感じがあったそうだが、
大江戸温泉が力を入れているのか
元気な若いスタッフが大勢いた。



遊園地の乗り物を異常に怖がる息子のために
まずはウォーミングアップ。

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Mちゃん一家と夫は「全部乗るぞ!」のイキオイで
遊園地を巡っていた。

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私もジェットコースターの類や回転系は苦手なので、
息子をダシにして、穏やかな乗り物に乗っていた。



観覧車はみんなで乗った。
いい眺めだった。
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寒くて死にそうになりながら、鑑賞したパレード。
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遊園地エリアのライトアップはとってもキレイ。

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コテージ付近。
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ホテルと徒歩より遅い船。
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夜の「マジックストロー」
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オリエンタルトリップでのプロジェクションマッピング。
<3Dプロジェクションマッピング「レジェンドパレス」>
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実物を見るのは初めて。
写真で撮るとイマイチだけど、とてもきれいだった。








遊園地でのプロジェクションマッピング。
<3Dプロジェクションマッピング「マジカルナイト」>

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スタートのナレーションがちょっとホラーっぽくて、
映し出される映像も、おどろおどろしい要素があったせいか
小さい女の子が
「もう、みたくない!」
と泣きそうになりながら、お母さんにしがみついていた。
(お母さんはその子を抱っこして別の場所へ移動していった)



プロジェクションマッピングを堪能してから夕食。
バイキング形式だったが、
安い食材ズラリではなく、お寿司や蟹、焼いた海老・ホタテ、
結構ちゃんとした和洋中の料理など、かなり充実していた。




この時期は混むんだろうなぁ。
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夕食後、私とMちゃんは予約していたマッサージへ。
Mちゃん担当の男性は饒舌で、いろいろな話をしてくれた。



平日に、中国・韓国から岡山空港へくる飛行機があり、
この二カ国の団体さんが100人近い規模で
レオマに来るのだとか。
きっと、中国語と韓国語が飛び交い、
異国情緒MAXになるのだろう。


この団体さんは、中国・四国地方をいろいろ観光して、
関西空港経由で帰国するとのこと。



マッサージ終了後は温泉へ。
ちょうどピークが終わっていてゆったり入れた。
露天風呂も気持ち良かった。


12時頃就寝。











2016年03月27日(日)


6時半起床。
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昨日たらふく食べたにもかかわらず、
朝食バイキングでもまたたらふく食べた。


朝食も、「お漬物セレクション」ではなく、
和食のおかずも、洋食のおかずも充実していた。



チェックアウトして、日本初の世界文化遺産「姫路城」を目指す。
(大天守保存修理が終わって間もない<真っ白な姫路城>を
 どうしても見たいと夫が言うので・・・)




瀬戸大橋。

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いつか夕陽を見に来たいものだ。
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橋の近くの海は思ったよりずっとキレイだった。
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姫路城到着は11時過ぎ。
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既にお城の前の広場(?)は、人・ヒト・ひと。
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駐車場入口も渋滞。


やむなく「車窓観光」ということに。
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その後、新大阪へ移動。


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駅弁を買って、予定通り15:03発ののぞみに乗車。
Mちゃんが、大阪の人はあまり買わないという、
ちょっとお高いたこ焼きを買ってきてくれた。
とってもおいしかった。


夫は缶ビールを調達。


かなり遅いランチ&プチ宴会を楽しんでいるうちに
あっという間に東京着。


息子はMちゃん一家と離れがたくて
夕ごはんを一緒に食べたがったが、
全くお腹がすいていないので、
また今度遊ぶ約束をして、お別れ。



翌日は普通に会社なので、即洗濯開始。



それにしても、中身の濃い二泊三日の旅だった。
Mちゃん一家とは、ぜひまた旅行に行きたい。



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2016年 3月 24日

卒業式

カテゴリー: 子どものこと





休みを取って息子の卒業式に出席。


「小学校の卒業式も泣くよ~」
と経験者から言われていたので、
泣く気満々で行ったものの空振り。


幼稚園の卒園式の時ように
号泣して、スッキリしたかったのに。


祝辞も送辞も答辞も、クールで模範的で、
泣くような場面はなかったような。


お友達と別れる時も「じゃーねー」みたいなノリだったし。

小学生でさえ、メールやラインでいつでも連絡が取れる環境だから、
単に「毎日会うことはなくなる」というくらいの感覚なのかもしれない。
(ウチの子は、完全にアナログライフだけど・・・)


男女とも袴姿の子がいて、ちょっとびっくり。
女の子は本人が着たがったのかもしれないけど、
男の子の場合は、親の趣味かもしれないなぁ。



私の小学校卒業式(ン十年前の昭和時代)の時は、
女の子は可愛いワンピースを着ている子が多かった。


平成28年の卒業式では、
全体的に制服っぽい感じの服の子が多かった。

「ホンモノの制服」の子よりも、女子の場合は、
アニメに出てきそうな「架空の制服」の子が多かったと思う。


「ホンモノの制服」を着た男の子たちは、
服の中で身体が泳いでる感じで微笑ましかった。
3年の間に、「ダブダブ」が「つんつるてん」になってしまうのだろうけど。



和装のお母さんもちらほら。
着物がピシッと決まるヒトはうらやましい。


息子と結婚したいというチャレンジャーが現れて、
さらに、結婚式もちゃんと挙げたいというご希望があれば、
江戸褄を着ることがあるかもしれないだろうが、
当然レンタルだろうし、着たところで全く似合わないだろうなぁ。



小学校を卒業したところで、義務教育の2/3が終了。
高校生の子どもを持つ知人たちは異口同音に
「中学校の3年間は一瞬!」
と言っているので、義務教育の残り1/3は、
ホントにあっという間なのだろう。




卒業式の翌日、息子は友達3人と一緒に
中学校へ行った。
一日入学ということで、クラス分けに使うといわれているテストを
受けることになっていたからである。



息子の話によると、
「○○君がこっちが近道だっていうから、
 小さい工場の横の道を歩いて行ったら、迷子になった」
とのこと。


ウロウロした挙句、結局元の場所まで戻り、
知っている道を歩いて行ったそうだ。


早めに出たので遅刻はしなかったようだが、
3/31までの期間限定小学生男子は、相変わらず行動が謎。
まあ、夫を見ていると、オトナになっても意味不明な行動をするので
男というのは、女には絶対に理解できない存在なのだろう。


テストを受けた教室には、別の小学校の子が大勢いて、
息子は、「お友達になれそうな子」に話しかけたらしい。


その子は、息子が幽体離脱してるんじゃないかと思うくらい
熱中して読み耽っている「バッカーノ!」のイラストのついたファイルを持っていた。
それを見て、息子は尻尾を振りながらアプローチしたらしい。


話を聞いていたら、相手は女の子だったと判明。


びっくり!!


幼すぎるせいか、女の子からは基本的に相手にされていない息子であるが、
犬が犬好きの人間を見分けるように、話をしてくれそうな女の子を識別する
嗅覚はかなり発達している模様。


その子と同じクラスになれるといいねぇ。



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2015年 8月 30日

夏旅行2015 北海道(4)

カテゴリー: 旅行


(20150722 続き)



曇り空の下、向かったのは神居古潭。

なんだかさびしい場所だった。
お天気だったら全く印象が違うんだろうけど。

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息子が異常に怖がっていたので、
また熊の出現に怯えているのかと思ってからかっていたが・・・・


旅行記を書くにあたって、神居古潭で検索したら、
観光地案内に交じって、
「見えてはいけないものが見えてしまいました」的な情報も
少なくなかった。


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トンネルで「帰ろう帰ろう」と騒いでいたのは、
子どもじゃないとわからないような得体のしれないものを
ヒシヒシと感じていたのかもしれない。


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オトナだったら、
「そんなもの、いるわけない」と
本当は感じているはずのものを
理性とか意思とかで打ち消すことができても、
子どもは、そういうことにはまだ慣れていないから、
原始的な恐怖をそのままストレートに
感知しているのかもしれないなぁ。



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次に向かった先は「北海道伝統美術工芸村」。

http://www.yukaraori.com/

存在さえ知らなかったけれど、
タイムズレンタカーがくれた観光リーフレットに
伝統美術工芸村にある<雪の美術館>が紹介されていた。
なんだか面白そうだったので、行ってみることに。


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氷の回廊はメンテナンス中。
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ノズルから2℃まで冷やした地下水をかけて氷を作る。

ガラスの向こうはマイナス15℃。
こちら側は10℃・・寒いっ
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雪の美術館では、結婚式も挙げられるということだったが、
そういう目で見ると、部屋の使途がなんとなくわかるような。


ここが結婚式場なんだろうなー

すごくロマンチック・・・
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親族控室という感じの部屋に、
バカラール・ヨージェフ(Bakallar, Jozsef)
という人の絵が飾ってあった。


ハンガリーの文化勲章受章者で
元・東海大学客員教授とのこと。

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少人数だったら、披露宴会場になりそうな
素敵なお部屋はカフェになっていた。
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食器は大倉陶園!
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ケーキのお皿は、メロン皿らしい。(16500円!)
(売店で売っていたものと、おそらく同じもの)


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大倉陶園ってなんで知ってるんだろう??

~大倉陶園は、親会社のノリタケカンパニーリミテドらとともに
森村グループの一員でもある~という文章をネットで見つけて、
ああ、そうかと思い当った。

2012年8月の名古屋旅行の際に訪れた、
「ノリタケの森」で購入した本に
大倉陶園のことが書いてあったはず。

本棚から「ノリタケ100 194-2004」を出して
目次を見たら、やっぱり大倉陶園の記述があった。

大倉陶園の創業者の大倉孫兵衛と息子の大倉和親は、
1902年にオーストリアの
ヴィクトリア製陶工場を見学する機会を得る。
この工場では、白色硬質磁器の製造を行っていた。
当時の日本では、白色硬質磁器はまだ作れなかったから、
製造技術が手に入れば、大きなビジネスチャンスに
繋げられる可能性があったはず。


見学は1週間の約束だったそうだが、
孫兵衛が病気になってしまったため、
「父の病気が治るまで」ということで期間を延長してもらい、
和親と技師の飛鳥井は、工場の手伝いをして
技術を身につけることができた。


明治時代というのは、破格の待遇で
お雇い外国人がやってきた一方で、
ものすごい熱意と明確な目的意識を持って
海外へ学びに出ていく日本人もいたんだなぁ。


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外に出ると、雨は上がって青空が出ていた。

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近くのイオンによって、お土産購入。
(旭山動物園のお菓子とか売ってた)


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宿泊は、遊遊比布。
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温泉施設らしい夕食だった。








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最終日


6:00起床。
息子は何がやりたかったのか知らないが、
iPadを見ていた父親の近くで足を振り回して、
父親の手からiPadを蹴り落として、
こっぴどく叱られていた。

エネルギーが有り余っている小学生男子は挙動不審だ・・・

昨夜の夕食会場で、軽い朝食を食べて、8:23出発・・・
しようとしたが、車のカギがなぜか作動せず。

とにかくウンともスンともいわないので、
レンタカー屋に電話して、事情を説明して
対処方法を教えてもらった。


iPadを蹴り落とした際、息子はTVの回転台に手をついてしまったらしい。
その時に、勢い余って車のキーを叩き落としていたというが、
これもカギの不具合の一因かも?
(それにしても、コイツは一体何がやりたいんだ・・・)



田んぼアートを見学。
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ネット上の写真しか見たことがなかったので、なかなか興味深かった。

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その後、旭山動物園へ。
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飛行機の時間の関係で、2時間しかいられなかったけれど楽しかった。

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関西弁と中国語が飛び交っていたような・・・・
(北海道の小学校はまだ夏休み前)

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旭川空港でランチ。
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オトナは石狩丼、息子はエビ丼。
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JAL0554便は、東京からの飛行機の到着が遅れたため、
出発が13:05だったのが、13:30に変更になった。


たいていの場合、結構慎重な夫が珍しく飲み物をこぼした。

乗客が少なかったせいか、キャビンアテンダントが
あれやこれやと大変親切にお世話してくださった。


睡魔に負けそうになったところで「お連れ様ですか?」と
声をかけられた。

座席に余裕があるから、もしシートが濡れているようでしたら
席を変えることも可能ですとのこと。

夫に確認したら大丈夫とのことだったので、
移動しなかったが、親切にしてもらえたのはありがたかった。


15:15 羽田空港に着陸。

荷物を引き取って帰ろうとしたら、
羽田空港から、自宅最寄り駅までの直通バスがあるから
それに乗りたいと夫が言い出した。

そこそこ荷物があるので、階段の上り下りが免除になるのは
いいかも?と思って、直通バスに乗ることにしたが、
途中、渋滞したので、予想よりずいぶん時間がかかった。

ウトウトしていられたのはよかったけど。


楽しかった旅行はこれにて終了。

北海道⇔東京の飛行機代+レンタカー+ホテル一泊付としては、
破格の値段だったけれど、それ以外の費用がかかったので、
トータルでは、結構な<大名旅行>だったという結果に。


もっとも、家族旅行ができるのもあと数年だろうから、
これはこれでOKかな。

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2015年 8月 25日

夏旅行2015 北海道(3)

カテゴリー: 旅行

20150722

午前5時。

窓に叩きつける雨音で目が覚めた。


8時朝食。

社長さんが給仕してくださった!!

夫が言うには6年前に泊まったときもそうだったらしい。
全然記憶にない。


雨がひどいので、当初の予定を変更して、
士別市立博物館へ行ってみることにした。



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いろいろなものが展示してあった。

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これが博物館展示品なんて・・・少々ショック。
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LPなんて、謎の物体なのかも。
でも見た目はCDよりカッコイイと今は思う。

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夫と息子は普通にマガジンラックに入れてある古い雑誌に興味津津。


1960年代、1970年代の若者向けの雑誌があった。

筋肉をつける運動器具の通販の広告は、
<これをつかえば女性にモテる!>という内容だった。
こういう系統のものは、50年前でも同じような広告になるんだなぁ・・・


送料無料じゃなくて、「送料奉仕」と書いてあるのが新鮮だった。


また、文通希望として、個人情報(住所・氏名・年齢・職業)が
バンバン書いてあるのも、とっても新鮮だった。
地方新聞じゃなくて、全国で売られる雑誌なのに。
(文通コーナーだけじゃなくて、各ページの欄外とかにも・・・)



こんな古い雑誌もあった。
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松浦武四郎について書かれたパネルに興味を持った。


以下、パネルの文章を抜粋したメモ。


現在の三重県松阪市の出身で、松浦家の四男として生まれる。
出家して、僧「文桂」として早くから諸国をめぐる。
27歳で還俗し、1845年に第一回の蝦夷地調査を行う。

この調査の実績から、1855年に幕府より
「蝦夷地御用雇」として抜擢される。

1956,57,58の間に蝦夷地、天塩川、石狩川、樺太まで踏査。

明治に入ってから蝦夷地開拓御用掛、開拓判官などを命じられるが、
1870年に開拓使を批判して、官職を辞した。
武四郎の著作は発禁となった。


松浦武四郎に対しては、
ネットでざっと調べただけでも、さまざまな評価があるようだ。

激動の時代であればあるほど、
人物の評価もまた劇的に変化しやすいのかもしれない。


GWの旅行と同様、今回の旅行も「明治時代」が
あちらこちらに顔を出しているような気がする。



ある人のオススメで「人間の生き方・ものの考え方」(福田恆存著)を読んだ。
その中に、日本の歴史や伝統は、明治で分断され、
敗戦でもう一度分断されているというようなことが書いてあった。


「敗戦の分断」は祖母・母の世代。
当事者から話を聞くことができているので、
なんとなくの雰囲気はわかるような気がしている。


しかし、「明治の分断」は祖母が生まれる40年程前の話なので、
どんな状況だったのか、皆目見当がつかない。


この本の中に、

> やはり一つの時代の中には、大道具・小道具に至るまで、
> その時代独特の全体的秩序というものの中に
> それぞれの道を得ているわけです。

という文章があった。


明治の断片をいくつも見ていけば、
どこかでつながるかもしれないけれど、
カケラをガッチャンコしても、「明治時代」という、
時代の空気はわからない。

どこかでつながる期待が持てそうな断片は
少しずつ集まってきているけれど、
<ある程度のまとまり>をイメージするには
まだまだピースが足りない。



幕末~明治初頭には、
現代の日本からは想像できない変化がバンバン起こっていたのだろう。
明治・大正・戦前の昭和については、
ほとんど知識がない。
大きな出来事があったはずなのに、全然わかってない。
このあたりは自分でいろいろ調べたいと思う。


福田恆存先生の本も、この一冊しか読んでいない。


恋愛とか幸福についての著作もあるので、
読んでみたいと思う。
(この先生が語る恋愛はとってもマジメそうだけど・・・・)





「天塩川流域の農業」に関するパネルも興味深かった。
以下、パネルの文章を抜粋したメモ。


薄荷
1892(明治25)年、旭川の永山に屯田兵として入植した、
石山伝兵衛によるものとされる。
第二次世界大戦直前には、日本の薄荷は世界の7割を占めるほどだった。

1971(昭和46)年、輸入自由化で大きな打撃を受ける。
1983(昭和58)年、ホクレン北見薄荷工場閉鎖。
            薄荷産業は終わりを迎える。


北海道の薄荷の精油を買ったことがある。

「ラベンダー畑みたいに薄荷畑があるんだろうな、北海道広いし」
くらいにしか思っていなかったが、歴史があったんだなぁ。

農作物で世界シェアの7割ってなんだか信じられない。



除虫菊
1910(明治42)年、和寒町にて広島から移住してきた、小畑藤市が
故郷から持参して試験栽培したのが始まり。
1913(大正2年)、初めて収穫したものを売却。
1919(大正8年)、坂庄太郎が和寒除虫菊製粉㈱を設立。
第一次世界大戦~第二次世界大戦まで、日本の除虫菊が
世界市場で名を馳せた。
1960年代、化学薬品やケニア産の除虫菊の流通により衰退。
和寒町でも、1970(昭和45)年が最後の集荷となる。


除虫菊も世界的な輸出品だったんだなぁ。

明治~戦前の日本のイメージは本当にわからない。

2010年に亡くなった祖母は1911年生まれだった。
明治は1912年で終わっているから、
祖母の記憶は大正時代からなのだろうけど、
もっと話を聞いておけばよかった。



天塩川流域の農業については
このほかにもいろいろ説明があって、
とても興味深かったのだが、士別公会堂へ移動。


<外観>
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この建物は、オリジナルではなく1988(平成元年)年復元したもの。


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大正天皇の即位御大典に伴う記念事業として建設。
1914(大正3年)着手。
設計:山畑弁次郎(士別技術員/東京工手学校卒/士別屯田兵)
施工:清光勝太郎


「工手学校」とは、工学院大学のことらしい。

wikipediaより
> 工学院大学
> 前身は工手学校である。工手学校が創設された当時、
> 国内では政府の富国強兵政策のもと産業の近代化が進められた。
> しかし高等学校や大学などの近代産業を育成するための
> 指導者を育てる高等教育機関は着々と整備されていたが、
> 近代化を達成するために必要な職工の不足が深刻だった。
> これを受けて、1887年(明治20年)に現場を支える職工を育成することを目的に、
> 渡辺洪基らを中心とする有志によって設立された職工学校が工手学校であり、
> 日本で最も古い私立の工業実業学校でもある。


「山畑弁次郎」で検索したら、<屯田兵ウィキペディア>という
サイトに情報があった。

> 山畑 弁次郎(明治32年7月入地 埼玉県出身 兵屋番号71番)

埼玉の人だから、東京の学校だったのか。


>  「屯田兵ウィキペディア=Tonden Wiki」にようこそ。
>  このウィキは、屯田兵研究を通して屯田兵とその家族らの業績を
>  顕彰することなどを目的に設立された北海道屯田倶楽部が管理運営しています。
>  屯田兵に関する研究をより深めるために、史実や史料、論文、研究報告などの
>  さまざまな情報の蓄積・整理・編集を共同作業で進めます。
>  最終目標は、「屯田兵アーカイブ・屯田兵データベース」の構築です。


個人のブログで見た情報だが、施工の清光勝太郎は広島の人で、
21歳で北海道に来たらしい。
木挽職人としてスタートし、時代の変化とともに土建請負業へ移行。
公会堂は大正天皇の即位記念としての建築で、おめだい仕事ではあったが、
実際には予算不足による赤字覚悟のスタートだった上、
第一次世界大戦による物価高騰に見舞われ、大変だったらしい。
清光勝太郎の会社は倒産したが、それでも完成にこぎつけたそうだ。



公会堂には士別ゆかりの人物にまつわる品物が展示されていた。
(輪島功一氏、和泉雅子氏)


「羊のまちづくり」という展示が面白かった。
以下、展示のメモより。


1874(明治7)年。北海道で初めて牧羊事業がおこなわれる。
開拓使が設置した東京の青山官園から、七重官園(現七飯町)に
サウスダウン種の牡35頭、牝13頭が贈られたことが始まり。


官園(Wikipediaより)
>  明治維新以降、さまざまな分野で海外の技術を導入することとなったが、
>  北海道の開拓もまた例外ではなかった。
>  開拓の拡大は農業がその先鋭となったが、
>  本州の平地とは異なる亜寒帯に属する北海道では用いる技術が異なることから、
>  アメリカやヨーロッパの技術が導入され、試験されることとなった。
>  この試験を実施する場所を、官園と通称した。


開拓使次官・黒田清隆が明治4年にアメリカの農業事情を視察した結果、
北海道の近代化には牧羊が必要と痛感したこと、
お雇い外国人として同年アメリカから招聘された、
ホーレス・ケプロンらの建策によるものとされる。

黒田清隆って、なんか聞いた名前・・・と思ったら、
すごい人だった。


黒田清隆(Wikipediaより)
>  薩摩藩士として、幕末に薩長同盟のため奔走し、
>  明治元年(1868年)から明治2年(1869年)の戊辰戦争に際しては
>  北越から庄内までの北陸戦線と、箱館戦争で新政府軍の参謀として指揮をとった。
>  開拓次官、後に開拓長官として明治3年(1870年)から明治5年(1872年)まで
>  北海道の開拓を指揮した。
>  開拓使のトップを兼任しつつ、政府首脳として東京にあり、
>  明治9年(1876年)に日朝修好条規を締結し、
>  同10年(1877年)の西南戦争では熊本城の解囲に功を立てた。


公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会のサイトに
七重官園のことが書いてあった。

https://www.jataff.jp/senjin4/2.html

>  当時の七重村の風景を、この地を旅したイギリス人女性旅行家イサベラ・バードは、
>  その著『日本奥地紀行』で、
> 「整然とした洋風の村がりっぱな農作物に囲まれている」と記している。
>  欧米農業導入に燃えていた官園の活気が伝わってくる思いがする。


イサベラ・バードの本を読みたいと思いつつ、そのままになっている。
図書館にあるから借りて読みたい・・・っていう本は、これで何冊目??



士別の牧羊の歴史に関するの展示のメモ。

士別で羊の飼育が本格的に始められたのは1918(大正7)年頃。
川西尋常小学校の校長として赴任した菊田左市先生が中心となって
川西緬羊組合が結成され、滝川種羊場から羊22頭を導入したのが始まり。


緬羊組合・養蚕組合の立ち上げ、道庁から技師を招いた紡績や機織り技術の
講習を行うなど、実践を重ねる。

1936(昭和11)年、川西飼育の羊が全道代表として天覧に供される。

天皇行幸の際には、川西緬羊組合で織られたホームスパン二反が
宮内庁に買い上げられるなど、川西の羊と手工業は全国的に
知られるようになる。


「ホームスパン」ってなんだろうと思ってネットで調べたら、
社名にこの言葉が入っている会社のサイトに説明があった。
  > 英国生まれの毛織物。家(home)で紡ぐ(spun)という言葉の通り、
  > 羊毛農家が羊の毛を自家用に紡ぎ、織ったのが始まりです。



「緬羊」も、ヒツジのことだとは思ったけれど、
なんで「羊」じゃないんだろうと思い調べたら、
  > 家畜の羊のこと。特に毛用のもの。
  > 野生のものと毛質が違い、一年中毛が伸びつづける。
という説明があった。


川西に羊を導入した菊田左市先生の理念は「全体教育」。
父母・地域・学校で子供たちを育てる。
それが地域を育てることにつながる。


・・・息子の小学校の保護者会で、校長先生が説明した
<学校のグランド・デザイン>は、菊田先生の理念と
重なる部分が多かったような印象がある。

両親のみならず、いろんな大人が子どもと接するべきだと思う。
無条件で可愛がってくれるオトナ、
一歩離れた場所から見守ってくれるオトナがいれば、
子どもの心はスクスク育っていくような気がする。



羊皮紙の話も興味深かった。

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ペルガモン王国が壮大な図書館を建設した。
当時はパピルス本の時代であったが、
アレクサンドリア図書館と競争になり、
エジプトはパピルスの輸出を停止。
ペルガモンはパピルスに代わるものとして羊皮紙を作ったそうだ。

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図書館の歴史や本の歴史については、
3年前に集中して詰め込んだ時期があった。
だいぶ忘れかけてきたけれど・・・・

中世では、読書とは基本的に音読だった。
図書館で本を閲覧する場合は、キャレルという区切り板で
仕切られたブースのようなところで、読んでいたらしい。

キャレルがあることで、隣の席の音読の声が
どれだけ静かになったかわからないが、
音そのものがなくなるわけではないので、
図書館はあまり静かな場所ではなかったのかも。


印刷技術が実用化されて普及するまでは、
図書館の蔵書というのは、
人間がひたすら書き写す写本がメインだった。


だから、本というのは非常に貴重で、
こっそり持ち出されないようにやたらと重厚な造りになっていて、
鎖で机に繋がれていた。
(セキュリティーワイヤーロックでノートPCと机を繋いでおくみたいだ)


そういえば「黙読がどうやって始まったか」という話も
なんだか謎めいていたなぁ。


非常に不思議な世界だった。
久々にあの世界に戻りたくなった。





羊皮紙を初めて知ったのは、『ガラスの仮面』で有名な、
美内すずえ先生の『魔女メディア』だったと思う。
姉が買ったマンガだった。


ここに羊皮紙が登場する。
このお話の根幹となる重要な契約が
羊皮紙に書かれていたのだった。
契約の有効期限は「この契約書がある限り」。

ならば、契約書を燃やしてしまえば・・・
(クライマックスのシーンへ続いていく)



もうあのマンガは手元にないし、
最後に読んでからン十年たっているけれど、
コマ割りとかセリフとか、たくさん覚えてるなぁ。


『魔女メディア』は1975年の作品だったのか。
美内先生は1951年生まれだから、
魔女メディアは24歳の時の作品ということになる。
やっぱりプロはすごい・・・


羊皮紙には歴史と伝統があるので、
ラム肉料理の消費が多い士別では、
羊皮紙を使って何かやっているのかと思っていたが、
ヒツジの皮は<産廃>として処分していたそうだ。

羊皮紙の展示コーナーには
「るんべる」という団体のリーフレットが置いてあった。
平成25年から羊皮紙を作る取り組みをしているという。

羊皮紙は印刷機によるプリントが可能で、
名刺や賞状作成なども行っているそうだ。

羊皮紙の名刺とか賞状とかいいなぁ。

加工の仕方とか、保管場所の状態にも依るだろうけど、
1000年以上も保存できるんだとか。




雨がやや弱くなったところで、「世界のめん羊館」へ。
ここには世界に羊が30種類飼育されている。

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餌やりは100円。

6年前に黒い顔の羊(サフォーク種)を怖がっていた息子は、
相変わらず羊が怖いらしく(干支はひつじなのに・・・)、
手のひらから餌を食べさせることはできなかった。

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お昼は蕎麦にした。

政和三頭山へ。

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看板とか出まくってて、ちゃんとお店(?)なのだが、
建物は、昭和の色が濃厚な、普通のお宅っぽい。

いい味を出している年季の入った玄関も
<お店の入口>ではない。
呼び鈴を押してしばらく待つも反応がないので、
引き戸をガラガラとあけて中に入った。
・・・完全に普通の民家。


「こんにちはー」
と声をかけても、反応がない。
完全によその家に無断であがりこんでいる感じだ。
いたたまれなくなって外に出た。


看板の電話番号に電話してみた。


「はい、○○です」
元気のいい女性の声。


「? あの、お蕎麦屋さんではないですか?」


「あ、そうですよー もしかしてお客さん?」


「はい、お店の前にいるんですが・・・」


「あら、ごめんなさいね。すぐに行きます」


隣の今風の住宅からおじさんが出てきた。


我々は死角(?)に入ってしまったようで
気づかなかったらしい。


おじさんの後について、さっきの昭和の建物に入り、
廊下右手の部屋へ。

親戚の家に遊びに行ったみたいだ。
(沖縄方言の暖簾とか下げてあるし)


煙突のついたストーブと
ブラウン管の巨大なテレビ、大きなテーブルが目についた。


隣の部屋にも、ブラウン管の巨大テレビがあり、
さらにはレーザーカラオケセットが!

カラオケ用のお部屋のなのか、ソファーセットが3つくらいあったような。

待っているうちにお蕎麦が出てきた。

お蕎麦屋さん定番の、セイロとかスダレに載っているのではなく、
フツーのご家庭のお皿に入っていたが、
お蕎麦の味は素晴らしかった。

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とても美味しくて大満足。


ウチのお店が紹介されているということで、
幌加内のパンフレットをいただいた。


表紙は満月に照らされた幻想的なそば畑の写真。
「月明蕎麥花如雪。」の白抜きの文字。

表紙の下の方の説明文によると、
これは、白居易の詠んだ「村夜」という詩の一節とのこと。

月明かりの下で、蕎麦の白い花が一面雪のように咲いている様子を
詠ったものだという。




満月の明るい夜に、
白い花が敷き詰められた蕎麦畑に立ってみたいものだ。

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次に向かった先は神居古潭。


その(4)に続く。
http://www.m2-dream.net/?p=11438


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2015年 8月 20日

夏旅行2015 北海道(2)

カテゴリー: 旅行

2015/07/21


朝起きると息子は床に寝ていた。
ベッドから落ちたのは明らかなのだが、
いつ落ちたのか全然気がつかなかった。
本人も「なんで床に寝てるの?」と言っていたので、
どさっと落ちたのではなく、
ズルズルと滑りおりるような感じだったのかもしれない。



7時朝食。

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朝食付プランだったので、朝食券を持って
昨日の夕食をとったレストラン「ヴィーニュ」に行くと・・・


男性スタッフは満面の笑顔で
「One? Please come here.」
と私に言った。



朝食券を持った中国系の女と、
後から来た日本人父子のように見えたらしい・・・涙


夫は大笑い。


6年前の札幌プリンスでも、私は中国人と間違えられたのだった。
フロントに近づいたら、中国人スタッフがサササッと寄ってきて
名刺までくれて・・・このときも夫はゲラゲラ笑ってたな。




朝のレストランで、聞こえてくる会話は
ほとんどが北京語か広東語。
ココハ ホントニ ニホンデスカ??



昨日、お腹の皮が伸びるくらい食べまくったのに
消化力が強い男組は、またしてもワシワシと食べまくった。



8:40 チェックアウト。


このあと海沿いの道をドライブしてはまなす郷土資料館へ。
(明治期に建てられたニシン番屋を改修復元した資料館)


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しかし、残念なことに休館日・・・
せっかくここまで来たのだからと建物の写真を撮っていたら、
一台の車が細い道を走ってきて、資料館の前で止まった。


何かを取りにきた職員の方だった。

ちょっとの間だけになるけど、もしよかったらどうぞ、ということで
建物に入れていただいた。



すごいラッキー。
ありがたい。



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この後また海沿いの道をずっと走って、
苫前ホワイトビーチの前のココ・カピウへ。


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このお店があったから入ったという感じなのだが、
後でネットで調べたら、ちょっと有名(??)なお店だったらしい。


カピウはアイヌ語で「カモメ」らしいが、ココはなんだろう??



夫はなんと、バフンウニ丼2500円!


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息子も負けずにカニ丼2000円!

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私は、郷土資料館に敬意を表してニシン定食にした。
(こちらはぐっとリーズナブル)

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ニシンって、お正月の昆布巻の中に入っている
身欠きニシンくらいしか食べる機会がないような。



焼いたニシンは、脂ののったホッケに似た味わいで、
ものすごーくおいしかった。


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食事の後は、苫前郷土資料館。


こちらも休館・・・
定休は月曜日だが、月曜日が祝日の場合は、
火曜日が休みになるらしい。

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趣きがある建物だなと思い、ネットで調べてみたら、
1928年(昭和3年)に苫前町役場として建てられたものだとか。
役場は、1984年に新庁舎が完成したので、
この建物は資料館になったそうだ。



この後、ヒグマ襲撃事件現場へ。

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ヒグマが人を襲うなんて、怖いなぁとは思っていたけれど、
「三毛別羆事件」は、あとでネットで調べてみて、
非常に恐ろしい事件だったことが判明。
(詳細な説明を読んでしまった・・・)


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夫は、事件現場の再現を面白がって
何枚も写真を撮っていたが、
この近くでヒグマが目撃されているから注意してくださいという
シャレにならない看板があったので、
息子は本気で怖がって、帰ろう帰ろうとうるさいうるさい。

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挙句の果てには
「命と観光とどっちが大事なの?!」
などと叫びだす始末。

まあ、こんな看板があったら、確かに怖いかもしれないけど。

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<看板の文字>
この付近でヒグマの目撃情報が
寄せられております。見学
される方は、十分注意される
ようお願いします。



あまりうるさいので、10分弱でクルマに戻り出発。



続いて剣淵町絵本の館へ。

http://ehon-yakata.com/

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前回来たときは小さかった息子は
たくさんの絵本を見て大喜びしていたが、
6年経っても、頭の中身はあまり変わっていないようで
同じように喜んでいた。



「木のお砂場(?)」も大喜びしていた。

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絵本の館の中には「喫茶らくがき」という飲食コーナーがある。
のどが渇いていたので、アイスを食べることにした。
夫は茶そば、私はキウイ、息子はソーダ。



おやつの後はそれぞれ読書タイム。

「あっちの棚にイサム・ノグチの本があるよ」
と夫が教えてくれたので行ってみると、
  『イサム・ノグチの世界 / 撮影・綿引幸造』
という本があった。


アトランタのPiedmont Parkには、モエレ沼公園と同じ遊具がある。

さっき見た遊具と同じ遊具の写真が載っていた。



絵本の館は17時閉館。


今夜の宿である、士別市の「ファームインλ(ラムダ)」へ。

http://www.shizuo-farm.com/lambda/

30分ほどで到着。

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今回のお部屋。

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ロフト。(息子はここで寝た)
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2F共有スペースから見える1Fのレストランスペース。
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夕食は18時から。


マダムが散歩コースにアジサイを植えてあると教えてくれたので、
見に行くことにした。

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色づいているアジサイもあれば、
まだまだこれからというアジサイもあった。


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ぐるっと回ってそろそろ宿に戻ることにした。


この道を右に行けば宿に戻れるはずだというT字路で、
方向感覚のいい夫が珍しく
「こっちへ行けって看板が出ている」
などと言う。
しかもちょっと強い口調で。



カーナビの指示には、ことごとく逆らうのに
どういう風の吹き回しだろうと思いながらも、
彼の言うとおりに進んで行ったら・・・



畑の中に出てしまった!!


木立に隠れてしまったようで宿が見えない。
日が沈み始めたので、あたりは暗くなってきた。


道なき道を歩いて、なんとか戻れたからよかったけど、
あの時の夫には、何かが憑りついていたんだろうか・・・


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夕食はジンギスカン♪

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とってもとってもおいしかった。


この日の宿泊客は我々だけだったので、
お風呂は貸し切り状態。


ゆったりしたかったけれど、
睡魔には勝てず、10時前に就寝。


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続きはこちら。
http://www.m2-dream.net/?p=11409

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2015年 8月 13日

夏旅行2015 北海道(1)

カテゴリー: 旅行


2015/07/20



今年の夏の旅行の目的地は北海道。

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夫は、6年前と同様、カーフェリーを希望していたが、
時間がかかりすぎる。


なので、今回は飛行機+レンタカー。

羽田発07:30のJAL0530で新千歳へ。

空港内のタイムズレンタカーのカウンターで送迎バスを依頼した。

10分ほどで係員から名前を呼ばれ、
マイクロバスに乗ってタイムズカーレンタルへ。

 

用意されていたのは、マツダのAXELA。

ボタンを押すとエンジンがかかる。
なんか、すっごく抵抗がある。
(やっぱり鍵を差し込んで回さないと!)




10:28 安平町 鉄道資料館着。

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資料館といっても、汽車と古い客車が停まっているだけで
普通の公園のようだ。

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何かのイベントのときしか開けないのかもしれない。


そのまま鹿公園へ。

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空気がひんやりしていて気持ちよかった。

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鹿はかわいいなぁ。

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「赤いひまわり」ということだが、ひまわりじゃなくて、
なんだか別の植物のようだ。

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11:00 鹿公園出発。





お昼は下調べしておいたお店。

11:40 「一軒茶屋」到着。

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なかなかいい雰囲気。


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高そうなオーディオセットあった。
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真空管は高いらしい。
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コレを使う時期はものすごく寒いんだろうなぁ。
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夫は夏カレーのドリアを注文。
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息子と私は夏野菜の冷麺にした。
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トマト、ズッキーニ、キャベツ、大根、
カリフラワーのペースト、ベーコン、柚子胡椒


ズッキーニは「キュウリ?」と思うほどクセがなかった。

カリフラワーのペーストは作り方を教わりたいくらいおいしかった。

大根は、どういう味付けをしたら
こんな洋風な味になるのか知りたかった。



お皿を下げに来たマスターが、
息子がカラにしたお皿を見てびっくりしていた。
「大人でも食べきれない人がいるのに! すごい!」

息子は、もともと食が細いということは全くなかったけれど、
あっという間に大人と同じかそれ以上食べるようになった。



12:30 一軒茶屋出発。
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13:36 モエレ沼公園到着。


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前回は寒くて長居できなかった。

今回は暑い・・・北海道なのに!

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モエレ沼と言えば、イサム・ノグチ。

出発前にこの本を図書館で借りて読んだ。

「イサム・ノグチ(上)――宿命の越境者」 ドウス 昌代 著

イサム・ノグチが野口英世と言葉を交わす場面があった。

(アメリカの新聞では、イサムの父ヨネ・ノグチは、
 野口英世の親戚などという誤報があったとか)

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今年の5月の連休には、野口英世記念館に行っていたので、
なんだか不思議な感じがした。


イサム・ノグチ:1904/11/17 – 1988/12/30

野口英世:1876/11/09 – 1928/05/21


28歳差なのか。
本の中では二人の会話の一場面しか紹介されていなかったけれど
この二人が一緒にいるとき、どんな感じだったのか見てみたかった。


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太平洋戦争。
イサムにとっては、父の国と母の国との戦い。
日本人としては白すぎるものの、欧米人といえるほど白くないという
イサムの肌の色は、彼の立場を非常に難しくしたらしい。
多くの女性を惹きつける非常に魅力的な容姿だったそうだが。


イサムの異父妹アイリスも、父親は日本人だった。
しかし、彼女の場合は、アメリカ人として十分通用する容貌だった。
(イサムとアイリスの母であるレオニー・ギルモアは
 アイリスの父の名前を明かすことはなかった)



イサム・ノグチ(下)も読まなきゃ。



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15時過ぎにモエレ沼出発。



16時過ぎに初日の宿のシャトレーゼ ガトーキングダムへ。

(ホテルの外観の写真、撮ってなかった・・・)
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男組はすぐにプール。
私はマッサージを受けに行った。


マッサージの部屋は温泉施設内の休憩所の近くだったので
妙に暑くて、子どもの泣き声と叫び声が響き渡っていた。


19時近くになって、夕食。
レストラン「ヴィーニュ」 のビュッフェディナー。

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甲殻類好きの男組は、蟹・甘海老を堪能。
すごくおいしかったらしい。


ドリンクバー近くのテーブルでは、子ども向けのイベントをやっていた。
私たちが食べ始めた頃には、フレッシュバターの作業中だった。
ホテルスタッフを囲んで、子どもたちが容器をフリフリしているのが
面白かった。


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バター作り終了後、しばらく経ってカクテル作りのイベントをやっていた。
息子はちょっと興味を持ったようだったが、
食欲の方が、優先順位が高いらしく、結局は参加しなかった。



苦しいくらいの満腹状態で就寝。


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続きはこちら。
http://www.m2-dream.net/?p=11357







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