2017年 8月 14日

誰かが邪魔している

カテゴリー: 子どものこと

ある土曜日の午後、息子は学校指定のスポーツ洋品店に
ジャージを買いにいった。


そのお店の近くには何度も行っているので、
土地勘はあるはずだった。


小学校時代6年間通ったスイミングスクールとか、
昨年の職業体験で3日間通った郵便局とか。


ネットの地図を見せて、
「こっちに行くと、職業体験の郵便局、
 この交差点をずっと行くと、○○(スイミングスクール名)があるから
 だいたいわかるでしょ?」


息子はうなずいて出かけていった。



30分後、手ぶらで戻ってきた。


「場所がわからない」


徒歩ならともかく、自転車なんだから、ぐるぐる回っていれば
見つかりそうなものだが。


息子は冷蔵庫から麦茶を出してゴクゴク飲み干した。


「なんで?
 知ってる場所でしょ?
 地図見てわかったって言ってたじゃない」



「誰かが邪魔してる」


「はぁ?」


「誰かが僕がジャージを買いに行くのを邪魔してる」


「〇〇(息子)がジャージを買うのを邪魔すると
 何かいいことあるの?」
(こんな暑い日に、中学生がジャージを買うのを
 邪魔したところって誰得なんだか・・・)


もともと緩んでるアタマのネジが
暑さでさらに緩んだのかもしれないなぁと思いながら、
もう一度、お店の周辺の地図を見せて
場所を説明した。


「たぶん、わかった・・と思う」


出かけて行って20分ほどして
スポーツ用品店の紙袋をぶら下げて
息子が帰ってきた。

もう一度冷蔵庫から麦茶を出してゴクゴク飲むと、
「疲れたぁ・・・」
と言って、床にごろりと転がった。


転がっているのを見ると
ずいぶん長くなったなぁと思う。


この夏の間に、
さらに長くなっていくんだろうなぁ。


コメントは受け付けていません。

2017年 7月 23日

「だが、断る」って知ってる?

カテゴリー: 子どものこと




息子は、同じ学年の男子の中では、
お手伝いをするほうじゃないかと思う。


お手伝いというよりは、もう「家事要員」に組み込まれているので、
ささやかな抵抗をしても、ムダだと悟っているのかもしれないが。
(母があまりにギャンギャン吼えるので、今は静かにしているものの、
 復讐の機会を伺っている可能性もある)



息子は、皿洗い、洗濯物干し/洗濯物畳み(自分の衣類のみ)、
風呂掃除はまあまあやるが、
料理については、完全にビギナー。
頼めばお米を研いでセットする程度。


私が異動して、仕事が忙しくなったのを機に
週に2日はカレーの日になり、
この下拵えは夫の担当になった。

夏場は室内の温度もかなり上がるので、
夫は、カレールーを入れる直前まで調理しておき、
冷ましてからボウルに移して冷蔵庫に入れている。

帰宅してから、ボウルを冷蔵庫から出して、
中身を鍋に入れて、水を加えて
煮立ったところでルーを入れて
とろみがつくまで煮込むと出来上がり。


息子の帰宅が一番早いので、
母が帰る前にカレーを完成させてくれと頼んだところ、

「むー りー」の一言。

「はぁ? じゃあ、教えるから」

冷蔵庫の中のボウルの中身をどうやってカレーにするかを
実際にやりながら説明した。


「このくらいなら、小学校高学年のコができるレベルでしょ」


「むー りー」


「はぁ?(怒) このくらいできるでしょ、やってよ」


「おかーさん、“だが、断る”って知ってる?」


「・・・・なぁにぃ?????!!!!!!」


まったく音はしていないものの、
母の内部で大規模な噴火が起こったことを
察した息子は即座に、
「ごめんなさいーー」


「なぁにが “だが、断る” だよ! もういっぺんいってみろ!」


「だからぁ、ごめんなさいー」


身長が165を超えたというのに、
ごめんなさいの言い方は、小学校低学年のときのまま。


どうして、ここぞという絶妙なタイミングで、
相手がブチ切れることをわざわざ言うのかまったく理解できない。


息子は、同じ部活の紅一点に頻繁に怒られているらしいが、
こういう言動を繰り返しているからだろうなぁ。



10時過ぎに帰宅した夫にこの話をするとオオウケ。
呼吸が辛そうなくらいに笑っていた。


息子に言われた瞬間はアタマに血が上りすぎて
笑う余裕がなかったけど、大笑いできる内容だった。


しばらくは、思い出し笑いをして
楽しい気分になれそうだ。




コメントは受け付けていません。

2017年 6月 23日

中2

カテゴリー: 子どものこと


数年前、中高生の息子について書かれたブログにハマって、
一時期いろいろ読みふけったことがあった。
単純に内容が面白かったからなのだが、
ウチの息子も、ブログで読んだ内容を彷彿させるような、
珍奇な発言が増えてきた。


中高生の男子というのは、
宇宙から来た珍しいイキモノのようである。
「オトコノコ」の時代から、意味不明な言動が多かったが、
それがさらに加速して、遠い星からやってきた、
まったく別の生態系に属している存在に思える。


電車の中でイケメン息子とその母が実に楽しそうに
会話しているのを見たことがあるので、
コミュニケーション可能な希少種も存在するようだが。


「男子」というだけ理解しがたいのに、
中高生男子の心は、内側から湧き上がる万能感と
現実世界に対峙したときの無力感との間で
階段の上から落としたスーパーボールの如く
激しくバウンドし続けている。


しかも、はらぺこあおむし10匹分くらいの勢いで食べ、
部活で疲れたという理由で惰眠を貪っているから、
たいていの場合、エネルギーが有り余っている状態。
(電池切れを起こしてもすぐに充電されてしまうので)


こういうイキモノは、家の中に一体いるだけでも大変!
家の中にこういうモノが複数いる状況なんて、とても想像できない。
男三兄弟のお母さんはホントにすごいと思う。


会社から帰ると、玄関には
26センチのベージュのスニーカーが転がっている。
本来は白いのだが、部活のトレーニングで
砂埃の中を走ったりしているので
すぐに薄茶色に染まる。


「靴、揃えてよ!」

「なんで!」(野太い息子の声)

「たった3文字で説明させるな!」

「だから、なんで!」

「靴の乱れは心の乱れ!
 小学校で習ったでしょ!
 小学生のときはできたのに、何でやらないの!」


息子はしぶしぶ靴を揃えに来る。
同じことを何度も繰り返しているから
そろそろ学習してもよいのではないかと思うが、
こちらとしても、やる気ゼロの動物に芸を教えるつもりで、
いろいろ工夫する必要があるのだろう。


中学入学とともにぐんぐん大きくなり、
中2になった今、母の頭頂を見下ろすサイズになっている。

<言うことを聞かないお母さん>とガチンコで戦うよりは、
「はいはい・わかったわかった・今やる今やる」で
逃げるという選択もするようになっていたが、
長期的な視点に欠けるので、自分の怒りを優先させた結果、
数十分後に
「・・・自分じゃできないから、お母さん、お願いします」
と母に頼みこむ場面が多い。
こういう時は、きっと、ものすごく悔しんだろうなぁ。


残念ながら、
「自分でできるようになって、お母さんを見返してやる!」
にならないのが、我が家の中2男子。

見ている分には面白いが、
親としての忍耐力のレベルと感情のコントロールが試される。

今後の親業は、機転と気力と語彙力と体力とを
かなりの高度なレベルで要求されるのだろう。
息子に言い負かされるのは悔しいので、精進しないといけない。






コメントは受け付けていません。

2017年 6月 16日

裾上げ

カテゴリー: 子どものこと




「夏の制服のズボンは?」
息子に言われて、クローゼットにつるしてあったズボンを出して
はかせたところ、ツンツルテンだった。


ズボンの裾の下に足首がにゅっと出ている。
丈が長めのガウチョのようだ。



「これじゃ短い」
・・・・今日穿いていくのに、裾上げできるわけないでしょ!!



「誰も見てないから大丈夫!!」
と言い切ったものの、、やっぱりヘン。
「自分でやれ」と言ったところで、
絶対にやるわけがないので、対応することに。


しかし、制服のズボンの裾上げはやったことがなかった。


去年は買ったばっかりだったし、
大きめのサイズだったので、当面問題ないと思っていた。
通学靴の上に裾が少々かぶさるくらいだったのに。
アサガオとかヒマワリ並みに背が伸びているらしい。



入学式の直後にご近所からお古でもらったズボンは
実家に持っていって母に対応してもらった。
今年もそうしようかと思っていたけど、
「目の調子が悪くて、縫い目が見えない」
と言われてしまうと、自分でやらざるを得ない。


ズボン丈を決めるのは自信がなかったので
息子とズボン二本を実家に持っていって、
母に見てもらった。


待ち針を打ってもらえば縫えるだろうと思っていたが、
母はなんと「しつけ糸」で縫ってくれた。



「しつけ糸」を見たのは何年ぶりだろうか?
こういうものが存在していたことも、
「しつけ糸」という単語が
自分の頭の中に残っていたことも
すっかり忘れ去っていた。


あのしつけ糸は、昭和の製造に違いない。
もしかしたら、私より年上かもしれない。


私が持っている糸切鋏も、布切鋏(?)も年代ものだ。
二つとも、小学校5年の時に一斉購入した、
手鞠の絵入りのプラスチック製の「おさいほうばこ」に
セットされていたもの。


結婚祝として幼馴染からソーイングボックスをプレゼントされて、
「おさいほうばこ」は卒業したものの、
中のものなんて、そうそう入れ替えない。


鋏以外にも、恐ろしくクラッシックな形のミシン糸も
ずっと入っている。
息子が幼少時に「おばあちゃん(私の祖母)」から譲り受けた
指貫とかも入っている。


長谷川町子先生は、裁縫箱の整理を無心になってやっていると、
非常に面白いアイディアが出てくることがあったらしい。
町子先生の時代は、裁縫箱が日常的に活躍してたんだろうな。





しつけ糸がついた状態で慎重にアイロンをかけて
いよいよまつり縫い開始。


私のまつり縫いはかなりの年季が入っている。
小学生の頃から、姉のお古のスカートの裾上げを
頻繁にやっていたので。
まつり縫いの糸が見えるのはカッコ悪いという価値観(?)があって、
不器用ながらも、表側から糸がほとんど見えなくなるように努力した。


その頃に読んでいた童話だったか、何かの昔話だったか忘れたが、
どこかに奉公に出た女子が先輩から意地悪されて、
着物の袖を縫うのに、
着物の色とはまったく違う色の糸を渡されるという
場面があった。
その女子は、表側からはまったく糸の色がわからないようにして
袖を縫い上げた。
そして、ちょっとした意趣返しとして、
袖が先輩の目に留まるようにしてから
提出(?)したという話だった・・・と思う。


たぶん、この話を読んだのは、
せっせとまつり縫いをしていた時期だったのだろう。
糸が表側から見えないように縫うのはかなり難しいが、
本当にちゃんとできたらカッコイイ!とか考えていたのだろう。
だから全体の話はまったく覚えていないのに、この部分だけは
鮮明に覚えているのかもしれない。



息子の制服の色は褪せた感じの紺に、若干の深緑をあわせたという
なんどもビミョーな色。
ブレザーもなんともビミョーなデザイン(色のせいもあるけど)。

この制服に、白くてゴツイ学校指定の通学靴の組み合わせると
よっぽど垢抜けた子じゃない限り、
「泥つきじゃがいも風の素朴な中学生」になれるのは確実。
息子の中学の制服も昭和の時代から変わってないんだろうな。



なんとかまつり縫いを終え、息子に穿かせた。
足首の辺りの写真を撮り、ラインで母に送った。
(オレンジ色のTシャツを着たままで制服のズボンを穿いていたので)


“この写真で見る限りでは上出来じゃないでしょうか?”
という返事がきた。


すっかり疲れ果ててしまったので、1枚だけで作業終了。
残りは翌週に持ち越した。



冬服の時期になったらまたこの作業をやらなければならない。
来年の夏と冬も、またこれを繰り返すことになるのだが、
それが終わると、ほどなくして息子は中学を卒業する。


3年間は一瞬だ。


コメントは受け付けていません。

2017年 6月 09日

水泳

カテゴリー: 生活一般




結局5月は1回しか更新できなかった。
6月はもう少し書けるといいのだが。



ブログは書けなくても、10年日記だけは書いている。


同じページの上の段に書かれている、去年以前の日記を読むのが
楽しいというのが、継続できている理由だと思う。
(10年日記は、例えば1月1日なら、10年間同じ「1月1日のページ」に書く)



去年の日記はバタフライについての記述が多い。
とにかく早く泳げるようになりたかったからだろう。


1年後の今、25メートルならそれなりに泳げる。
バタフライに関しては、コーチからいろいろと注意されてきたが、
最近は
「いいですね、問題ないです」
と言ってもらえるようになった。


マトモに泳げるようになったのは、
自分でも呆れるくらい、しつこく練習したから。
「しつこく」といっても、会社勤めのオバサンが基準であって、
アスリートレベルの人たちにとっては、物足りないレベルだろうけど。

自分より一回り年上の先輩方の華麗なバタフライに
ちょっとでもいいから、近づきたかった。

具体的な事柄について、「できるようになりたい!」と
強く願ったのは何年ぶりになるのだろうか・・・




何かを練習するときには、他者の存在が重要だ。
一人だったら、
「こうやればいい」というお手本がないし、
自分では気づかない点を注意されることもない。

一人だったら、ネットの動画を見たり、
図書館で水泳の本を借りて読んだりして、
自己流でアレコレやるだろうけど、
1年くらいじゃ形にならないと思う。


ずっと苦手だったドルフィンキックは、
フォームが身について、それなりに進むようになると
俄然楽しくなって、結構頻繁に練習している。


しかし、バタフライの体力が続くのは25mが限界。
私の泳ぎ方は、どちらかというと、
うねりながらゆっくり進むタイプなので、
それほど体力は消耗しないはずなのだが。


バタフライ以外の種目は50m以上泳げる。
なので、100メートルの個人メドレーだったら、
それほど疲弊せずに泳げるはずなのだが、
泳ぐ順番は、バタフライ→背泳→平泳ぎ→クロール。

最初の2種目はあまり得意ではないので、
前半だけでだいぶ消耗してしまう。
背泳は、水から顔が出ている=呼吸し放題にもかかわらず、
心拍数が上がり、呼吸も乱れてくる。
このため、50m泳ぎ終わった段階でかなり疲れる。


私の平泳ぎは、「リゾート泳ぎ」なので、ここで少し休める。
「ガンガン平泳ぎ」だったら、途中で沈んでしまうかも。
休めるといっても、心拍数の更なる上昇がないだけで、
前半の疲れが取れるわけではない。
なので、最後のクロールは結構キツイ。
疲れているから足が沈みやすくなり、進みが悪くなり、
カッコわるくなる。


バタフライ以外の種目も、呆れるほどしつこく練習する
必要があるのだろう。


あと3年しかないけれど、2020年までには
100m個人メドレーを、流れるようなきれいなフォームで、
優雅に泳げるようになりたいものだ。






コメントは受け付けていません。

2017年 5月 19日

もうすぐ1年

カテゴリー: 生活一般


去年6月に異動してからまもなく1年。

仕事はどんどん増え続けている。
仕事がないよりはいいんだろうけど、余裕はない。


余裕がないから文章も書けない・・というか、
書こうという気にならない。


GWに旅行してきたが、
以前のように旅行記録を書きたいという
気持ちにならない。
楽しかったんだけどな。


鍼の先生のところに行くたびに
「(筋肉が)硬くなりすぎて鍼が入りません」
と、曲がった鍼を見せられた時期もあったが、
それはだいぶ減ってきた。

月末処理の直後などは、未だに鍼が曲がることもあるけど。


先日、別の部署のミスの後始末をした。
翌日に鍼に行ったら
「ストレスのツボがすごいことになってます」
と言われてしまった。


自分でもミスの山を築いてきたから、
他人のミスをあげつらう資格はない。
他部署のミスの後始末は「お互い様」だと思って
対応したつもりだった。

でも、意識下では強烈に
「なんであたしがッ」
と考えていたようだ。


自分の考えていることが、
自分の身体に大きな影響を及ぼしているんだなぁ。

病は気からというのも、嘘じゃないんだ。

息子の授乳期には食べたものがそのまま
母乳に反映されることに驚愕したんだっけ。

自分の言動が、
自分の身体とか体調全般とかに影響を与え、
痛みとか不具合みたいなものを生み出している。

それがわかってても、
イラついたり、激怒したり。

身体に悪いものが食べたいよー
って気分になったり。

頭にある理想と
実際の行動が一致していない、
きわめて人間らしい生活を送っていると
言えそうだけど、
今の私は、それが許されるお年頃でもない。


若いころと違って、
メンテナンスやリカバリーに
おそろしく時間がかかるんだから
なんとかしないと。



コメントは受け付けていません。

2017年 3月 18日

スペシャルランチ

カテゴリー: 生活一般

3月恒例の夫のお誕生日ランチ。

夫婦でお気に入りのワンオペフレンチへ。


昼間のワインはものすごく酔っぱらうけど、
お祝いなので、赤ワインをグラスで注文。

201703IMG_1529



ホタルイカと菜の花の炒め物。
塩加減が絶妙。
白いご飯がほしくなる味だった。
201703IMG_1530


生ハムとサーモン。
柑橘類とよく合う。
このくらいなら家でもできそうだけど、
生ハムもサーモンもお安くはないので・・・
201703IMG_1531


白子のポタージュ。
我々より後から来たおしゃれなご夫婦のダンナさんが
シェフに作り方を聞いていた。

201703IMG_1533

シンプルなお料理だから、シェフも
「ご自宅でも作れますよ」
みたいなことを言っていたが、ダンナさんは
「こういうのが作れたら、僕だって店を出せますよ~」
と笑っていた。
シンプルなだけに、味付けのセンスが重要なんだろうなぁ。



子羊のロースト。
このお店の売りはポークなんだけど、
メインのお肉の選択肢がほかにもあると
どうしてもそちらを選んでしまう。
201703IMG_1534




お楽しみのデザート。
飴細工の地球の中には、
甘くておいしいものが一杯!
201703IMG_1535


手作りチョコ。
男性客にはブタくん、女性客にはブタちゃん。
かわいくて食べるのがもったいないというか
かわいそうなんだけど、毎回一口でおいしくいただいている。
201703IMG_1537


去年のお誕生日ランチからあっという間に1年たってしまった。
1年前には小学生だった息子は中学生になり、
来月には中学2年生になる。

すでに中二病を発症しているが、
ますます重篤になるのかと思うと気が重い。

27センチの靴が二人分、玄関にゴロゴロしている日が来るのは
それほど遠い未来ではなさそうだ。


コメントは受け付けていません。

2017年 2月 04日

隠れ家カフェ

カテゴリー: 生活一般

我が家の男組が昼食時に不在だった週末、
久々に隠れ家カフェへ。


看板猫のネロくんは不在だったが、
居心地のいい雰囲気は変わらなかった。

常連さんが来ていて、マダムとおしゃべりしていた。
家族ぐるみに近いおつきあいをしているらしい。


201701IMG_1510


常連さんのご家族の方が、時間をかけて野菜を細かく刻んで
スープを作ってくれたという。
味はとても美味しいけど、如何せん量が多くて、
そろそろ飽きてきた・・・みたいな話をすると
マダムは、即座に野菜スープを使った料理のアイデアを
語り始めた。

1種類じゃなくて、パパッと3,4種類くらい。
キッチンの奥に引っ込んで何か作業をして出てくると
また3,4種類くらい作り方を説明する。


常連さんは
「まあ!それはいいわねぇ!」
「そういうのは、考えもしなかったわ」
と感心していた。



「私は単なる食いしん坊なんだと思ってたんだけど、
 ○○さんが言うには、江戸時代から
 旅籠屋みたいなところで働いてたんですって」
○○さんというのは、前世がわかる人らしい。
昔から、ガイダンスみたいな声がどこからか聞こえてくるというマダムは
不思議な世界にアクセスしている人とご縁ができやすいようだ。


マダムからご紹介いただいたすばらしい鍼の先生も
そういう特技をお持ちだった。

新しい職場に異動したばかりの頃、
肩や腕が鍼が刺さらないほどガチガチになったが、
そのときに、職場の人の名前を聞かれ、
直接関係ある人の名前を答えると、
「Aさんは、こういうタイプだから、こうするとうまくいくと思いますよ」
みたいなアドバイスをいただいた。
・・・当たっていたのでビックリ。
どうしてわかるんだろう。


美味しいランチをいただいて、
静かな時間を満喫して、
エネルギーチャージ(?)が済んだところで
帰宅してすぐにお掃除開始。
他の家事も、続けて終わらせた。


エネルギーが満たされていると進みが違うなぁ。
腹が減っては戦はできぬっていうのは、
確かにその通りだと思った。






コメントは受け付けていません。

2017年 1月 29日

成長

カテゴリー: 子どものこと



息子が中学生になったと思ったら、もう3学期。
来月末から期末テスト期間に入る。



ヤツの身長はぐんぐん伸び、あっという間に追い越され、
見下ろされるようになってしまった。


剣道部に入って、「センパイ」という特殊な存在を知ることとなったが、
たった1歳の違いで、敬語を使わなければいけないという不条理は
気にならないらしい。


3歳上の従姉は、息子にとっては、
「大センパイ」という位置づけになるらしく、
中学に入ってからは、従姉に対して「です・ます」で話すようになった。
従姉は、高校生になったとたんに、急にオトナっぽくなって、
完全に「イマドキの女子高生」になってしまったので、
容易に近づけない存在になったのだろう。


4月から小学生になった甥っ子は
息子に対しては「にぃに、あそぼ!」と
保育園時代と代わらない対応を続けているが。


息子の食欲は身長とともに上昇中。
あればあるだけ食べるという感じ。
ご飯もおかずも息子には多めによそっているのだが、
文字通り「ペロリ」と平らげる。


それなりに時間をかけて作ったおかずを
数十秒で完食されると、「なんだかなぁ」という気分になる。
嫌そうにチビチビ食べられるよりは
ずっとマシだけど、それにしても、数十秒というのは・・・


部活は剣道部だが、練習はそれほど厳しくない。
でも、おなかと背中がくっつく程度には空腹になるらしく、
夕食の支度をしていると
「何か食べるものをください」
と、昔の旅人のような台詞を吐く。


魚肉ソーセージとマヨネーズをレタスで巻いたものを
与えると、しばらくはおとなしくなるが、
それでも満腹とは程遠い状態らしい。


夕食になると、飢えた獣のようにガツガツ食べる。
常時Very飢えるの状態だが、
「ごちそうさま」をして数十分間だけは
“Very飢える”から開放されるらしい。


いくら食べても太らないという、授乳期のような状態。
牛馬のように食べているのにもかかわらず、
体重は一向に増えない。
背が伸びているので、印象としては、ヒョロヒョロ系。
(身長は私より10センチ以上高いが、
 体重はほとんど変わらないという・・・汗)


中学2年の夏が終わる頃には、
多少は身体に厚みが出てくるといいんだけど。
さらに身体も態度も大きくなるだろうから、
ますますアルバムを見る機会が増えるかもしれないなぁ。


アルバムは息子のためだと思っていたが、
「こんなにカワイイ時期もあったんだ」と
自分が再確認するために必要だったことがよくわかった。


デジカメ時代になっても、手間を惜しまずに現像して、
アルバムに貼り続けた自分を褒めてあげたい(笑)。




コメントは受け付けていません。

2017年 1月 18日

頭痛

カテゴリー: 生活一般


日曜日にお馬鹿な理由で頭をぶつけた。
目から火花が飛ぶくらい痛かった。

その後、一旦は痛みが引いたものの、
翌日の月曜日に昼過ぎくらいから再び頭が痛くなってきた。


頭をぶつけたせいなのか、
単なる頭痛なのか。


多田かおるという漫画家の先生が、
引越し前の掃除中(?)、テーブルで頭を強打し、
脳内出血亡くなったという昔のニュースを
なんとなく覚えていたので、
頭痛がひどくなるにつれて
ものすごく心配になってきた。


最寄り駅の近くに脳神経外科があったことを思い出した。
「ずっとウツウツしているよりは、ちゃんと検査したほうがいい!」
スマホで病院のサイトを見てみると、
<たんこぶなどでも気軽にどうぞ>
との文章が。


これなら行っても大丈夫。
保険証もあるし、銀行でお金下ろしたから
お財布の中は心配ないし。




帰りの電車の中で、頭痛はさらにひどくなっていった。
検査して問題があったらどうしよう・・・


脳神経外科は、年に一度の視野検査のために行っている眼科と
同じビルの中にあり、何度もドアの前を通ったことはあったが、
中に入るのは初めてだった。
すりガラスの自動ドアの向こう側は、
明かりを落とした落ち着いた内装の待合室。
病院というよりは、隠れ家ホテルのフロントみたいだった。


待合室のソファーに座っている人はいなかった。
問診票を渡された。
記入して受付の女性に渡してソファーに座ろうとしたら、
「1番の診察室に入ってください」とのアナウンスが流れた。


荷物とコートを持って診察室に入ると、
体格のいい短髪の先生が問診表を見て
「ぶつけたんならMRIで調べてみましょう。
 今、ちょうどキカイは空いてますし」


看護師さんの案内で、廊下を隔てた反対側の部屋へ移動。
白っぽい広い部屋だった。

入って右側に小さなロッカー室があった。
「ロッカーの中に検査着があるので、それに着替えてください。
 荷物はロッカーに入れてください」
と言われたので、それに従う。


着替えて出てくると、「こちらへどうぞ」


ロッカー室と向かいあう位置に
上半分が透明な仕切りで区切られた部屋があり、
そこに巨大な装置があった。


「ココに寝てください」といわれた場所に寝ると、
プラスチックの枠みたいなものが頭の上に出てきた。

「カチッ」という音がしたところ見ると、
看護師さんが、何をどうやったか知らないが、
差し込むとか引っ掛けて留めるとかやったのだろう。
(頭がガッチリ固定されたわけではない)


「15分ほどの検査になります」

寝てくださいといわれた台(?)が
ウィィィン・・・と動いた。
さっき見た「巨大な装置」の下に入ったのだろう。

プラスチックの枠みたいなものがカチッという音を立ててからずっと
目を閉じていたので、どういう状況になっていたのかは不明。


カッカッカッという音がした。
検査が始まったらしい。
Magnetic Resonance Imaging
「磁気共鳴という物理現象を応用して、
 頭蓋内の断面を画像化する検査」
をやっているのだろうけど、俎板の鯉状態。


15分がとても長く感じられた。


ロッカー室に戻り、着替えて出てくると
看護師さんから待合室で待つようにと言われた。
しかし、廊下に出ると、1番の診察室から先生が顔を出し
「こちらへどうぞ」



先生の机の前にある大きなスクリーンには、
既にさっきの検査結果が表示されていた。

画面が三分割されていて、
上段左が水平方向の断面、上段右が垂直方向の断面。
下段は頭部の横向きのシルエット。

下段の画像を横切るように黄色っぽい線が表示されていて
その部分の断面が上段に示されるらしい。


先生は黄色い線を首の方から頭頂の方へと
ずらしていった。

上段の二つの画像がどんどん変わっていく。


「特に問題ないようですね。
 ・・・たいへんキレイです」

たいへんキレイ??
脳味噌の見た目がキレイってこと??
褒め言葉なんだろうか・・・


いろいろなところで目にしてきた「ザ・脳味噌」が
自分の中にもあるのは、当たり前なんだけど、
「これがあなたの頭蓋骨の中身です」という形で見せられると、
なんだか不思議な感じがする。



「後頭部を打って、気を失ったりするとあぶないんですよ。
 意識がなくなるとか、そういったことはなかったんですよね?」

「はい」

「それなら、大丈夫だと思いますよ。
 何かあったら、またきてください」


診察を終えて待合室に戻ると、
明らかに患者さんではないスーツの男性二人組が座っていた。

先生が廊下に出てくると二人は立ち上がって、
お仕事っぽい挨拶をして、先生と一緒に診察室の方へ歩いていった。


受付で名前を呼ばれたので
支払をして外に出た。


問題ないといわれてホッとしたせいか、
ひどい頭痛は跡形もなく消えてしまった。


ナショナル ジオグラフィック2016年12月号に
「信じる者は癒やされる」という記事があったが、
まさにそんな感じ。
MRIの費用は、お財布に優しい金額ではなかったけれど。


自分の単純さに呆れつつも、
<いつもどおりの日常>に戻れたことは、嬉しかった。


頭を強打するのはイヤだし、
「どうしよう、どうしよう」とクヨクヨするのもイヤだけど、
たまには<非日常>の入り口を覗き込んで、
<いつもどおり>がどれだけありがたいことか
実感することも必要なんじゃないかと思った。


普段どおり・いつもどおりにすごせるのは、
平凡な日々の繰り返しなどではなく、
実はものすごく幸せでありがたいことなんだと
心の底から納得できるから。


この感覚はすぐに消えてしまうけれど、
不意打ちを喰らって「ありがたみ」を再確認する機会が
時々あるくらいが丁度いいのかもしれない。

コメントは受け付けていません。

Next »