しょうぼうじどうしゃじぷた

 

しょうぼうじどうしゃじぷた
渡辺茂男 著
山本忠敬 絵
1966/06
 
この本は、好きだけど、辛い思い出がある本。
 
最初に読んでもらったのは幼稚園の時だったけれど、小学生になっても時折読んでいた。
 
パワフルな ぱんぷくん。
高い高い梯子を持っている のっぽくん。
かっこいい いちもくさん。
 
ジープを改造して作られた、じぷたは3人(?)の活躍ぶりを羨ましく思っていた。
 
3人ともちっぽけな自分にはない、すごい能力を持っている。
大きな火災があると、しょちょうさんに「しゅつどうせよ!」と言ってもらえる。
 
自分の仕事は小さな家のボヤを消すくらい。
ぱんぷくんやのっぽくん、いちもくさんには、賞賛の声を上げる子供たちも
じぷたには見向きもしない。
 
  
こんなじぷたに、自分自身を重ね合わせていた。
かけっこが早いとか、頭がいいとか、絵がうまいとか
ハキハキ話すとか、かわいいとか、きれいとか….
人目につく、わかりやすい長所は何一つ持ち合わせていなかった。
そんな自分がイヤだった。
じぷたが他の3人を羨んだように、
私は同じクラスのキラキラした女の子たちを羨んでいた。
 
じぷたが、ぱんぷくんやのっぽくん、いちもくさんにはできないことをやり遂げたように、
自分にしかできないことを やり遂げる日がいつかは自分にも来るかもしれないと夢見ていた。
 
自分にも「山火事を消してヒーローになる日」が、用意されているんだと信じたかった。
 
「しょうぼうじどうしゃじぷた」の絵本を開くと、
じぷたに感情移入しながら、ページをめくっていた遠い日の自分をはっきりと思い出す。
冷凍保存されていた辛い気持ちが溶け出してくる。
 
息子も、あと何年かしたら、他者との比較で自分の位置を考えるようになる。
その時には、たぶん昔の私と同じ痛みを味わうだろう。
 
大人が想像しているよりずっと、子どもは、自分と他人を比較していると思う。
もちそん、その子の性格にも拠るだろう。
気にしない子は一切気にしないかもしれない。
本人は全く気にしていなかったのに、大人の些細な一言で気にしだすこともあるかもしれない。
 
 
他の子ができるのに、自分ができないと、ものすごく辛かったり、
他の子よりもちょっと上手にできたというだけで、有頂天になったり。
 
 
優越感も劣等感も、根っこは自己嫌悪とか自己不信から来ているのだろうけど、
どうしても比較対照用のモノサシが欲しくなって、他人と比べてしまう。
そうしないと自分を確認できない時期があると思う。
 
私は息子と他の子を比べずにいられるだろうか?
彼が自分のペースで進んでいくのを、見守っていられるだろうか?
 
時折じぷたを読み返して、他者との比較で自分がどう感じていたかを、思い出すようにしたいと思う。
 
 
 
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