わたしほんがよめるの

わたしほんがよめるの
ディック・ブルーナ
まつおかきょうこ
1972.7.1
 
これも実家からもってきた本。
印刷されている値段は250円。(現在は税込630円)
裏表紙には姪の名前がマジックで書いてある。
彼女も気に入ってお友達に貸したりしたのだろうか?
 
ディック・ブルーナというと、ミッフィーちゃん(私の中では絶対に「うさこちゃん」)が有名だが、
どちらかと言うと、私はこの本の方が好きだった。
 
「うさこちゃん」は妹が熱愛していたので、同じじゃイヤだと思ったのかもしれない。
 
女の子が広げた本を前にして
「わたしほんがよめるの」
と言う場面からお話が始まる。
  
「白い本」という記憶があった。
使われている色が少ないせいかもしれない。
白、黒、朱色、インディゴ、緑、黄色。
黄色は本当に少ないし、
緑はおにいちゃんのセーターと靴下、
おばあちゃんの大きなペンダントについている宝石くらい。
 
「これはわたしのはな」
最初の場面では色がついていた女の子の姿が白くなり、鼻だけが朱色になる。
 
「これはわたしのくち」
ここでは口だけが朱色になる。
 
こうやって女の子は自分の身体の部位を説明していく。
 
次に家族の紹介。
おにいさん、おとうさんとおかあさん。
おじいさんとおばあさん。
 
「ほらね、ちゃんとよめたでしょう」
と、女の子が言うところでお話が終わる。
 
この本については不思議な記憶がある。
自分が何歳の時だったのかはわからない。
 
「誰か」にこの本を読んであげていた。
自分のことを見ていてくれる「誰か」に向かって、大きい声で読んでいた。
何度も読み聞かせてもらっていて、暗誦していたという方が正しいかもしれない。
 
「誰か」は家族ではなかった。
それだけは確かなのだが、本当は誰だったのかわからない。
その「誰か」のことが大好きで、本が読めるところを見せてあげたかった。
 
この記憶は、夢で見た内容がいつの間にか実際にあったことの記憶にすりかわったものかもしれない。
 
夢の印象があまりに強烈だったので、本当のことだったと思い込んでいたのかもしれない。
 
でも、私にとっては
「子どもにしかみえない存在」
だったように思えてならない。
 
保育園の帰り道、息子が誰もいない空間に向かって元気よく
「ばっばーい」
を言う時、不意に天井を見上げて、満面の笑みを浮かべる時、
何もない空間に向かって嬉しそうに手をさしのべる時、
私には見えないものが、
彼の目には
はっきり見えているように思えてならない。
 
 
 
 
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