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 ◆装飾品◆ Chapter2 




「測定士に会って話を聞けば、
 何かヒントが得られるかもしれません。
 私がご紹介いたしましょう」



管理人はちらっと職人のテーブルを見て
食事が済んだのを確認すると
イスから立ち上がりました。



そして喫茶室を出て、庭の方へ歩いていきました。
「今の時間は、ベンチで空を見ていると思います」


しばらく歩いていくと、大きなケヤキの下のベンチに
座っている人がいました。

「おはようございます」

管理人が声をかけるより先に、
ベンチの人は立ち上がって挨拶をしてきました。


職人はびっくりしました。
測定士はとても若い人だったからです。


「おはようございます。
 こちらが、今度装飾品を作ることになった職人さんです」


管理人は測定士に職人を紹介しました。



「よろしくお願いいたします」
測定士は丁寧にお辞儀をしました。



「こちらこそ・・・」
職人は測定士の不思議な色の瞳を見て、
この人は外見の印象よりも、
ずっと長い時間を生きているのではないかと
感じました。


測定士の眼はこちらを向いているけれど、
職人の背後にあるもの、過ごしてきた時間など
実際には見えないものを見ているような気がしたのです。


「この方は修復にかけては大ベテランですが、
 装飾品を作るのは今回が初めてです」


「そうですか。図書館から夢は送られてきましたか?」


測定士に尋ねられた職人は、自分が見た夢を簡単に話しました。


「今までのやり方ではダメだということでしょう」
と、職人が言うと、

「ダメということではないと思いますよ」
 何かを加える必要があるのではないでしょうか?
 今回の作業は、修復ではありませんから。
 新しい装置を作るようなものです」
測定士は穏やかな口調で言いました。



「装置??」


「そうです。
 流れを生み出す装置という表現が当てはまると思います」



流れを生み出す装置??
装飾品じゃないのか?
エネルギーを生み出すような材料は使わないし、
何かを動かすような仕掛けもないのに?


「石にパワーがあるんですよ」

混乱している職人に管理人が話しかけました。
「あの石にはかなり強い力があります。
 もっとも、あなたの場合、
 いつもそれなりのパワーを持つ物体に触れているので、
 特に何も感じられないかもしれませんが。
 この図書館にあるものは、みんな一定以上の力を
 持っています。

 心を閉ざしてしまっていたり、
 長い間、自分の感情を無視して心を固くしてしまった人には
 何も感じられないでしょうが、
 普通の人だったら、何かしら感じられるはずです。
 繊細すぎる人だと、触ったとたんに熱さとか強さを感じて
 反射的に手を引っ込めてしまうかもしれません。

 あなたがあまりパワーを感じないのは、
 いつも触れているという理由もありますが、
 力強さよりも、力の流れ方に敏感だからです。
 修理が必要な品物に触れたとたんに、
 どう直したらいいかわかるでしょう?

 それは、力の流れが滞っていたり、
 本来流れるべきでない方向に流れているのを
 瞬時に感じられるからです」



いったん言葉を切って、職人の目を見てから、
管理人は話を続けました。
「あなたは、力の流れを感じ取る感覚がとても優れています。
 だから、今回担当することになったのでしょう。

 図書館の人選には、今のことと先のことが含まれるので、
 もしかしたら、これからのお仕事の内容に
 変化があるかもしれませんね」



「あなたに作っていただいたものを設置する場所を
 ご覧になりませんか?」
測定士が言いました。
そして、図書館の正面玄関の方向へ歩き出しました。


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「ここです」
測定士が正面玄関の扉の真上を指さしました。



「あんな高いところに取り付けるんですか?」
職人は大きな扉を見上げました。


「そうですよ」


「これって、この図書館で一番大きな扉なんですか??」


「そうです。一番大事な場所です。
 だからあなたが作ることになったのでしょう」



「・・・」
職人は困ってしまいました。


確かに石自体に何かの力はありそうだけど、
構造はものすごく単純だ。
ここに取り付けて、意味があるんだろうか???


「気配みたいなものを感じませんか?」
測定士が尋ねました。


「???」


「向こうの白樺の木のあたりから、こちらに向かっている、
 かなり太い流れがあるんですが」
管理人が指さしながら説明しました。


「・・・全然わかりません」
職人が正直に答えると、測定士は焦点が合っていないような
不思議な眼をして言いました。


「ちょっと左側へ寄ってください。
 そうですね、もう一歩左に・・・
 今、流れの中に立っています。
 目を閉じて何か感じるかどうか試してください。
 二歩右側に移動すれば、流れの外に出ます。
 
 ・・・違いが感じられますか?」



測定士の言葉を聞いて、職人は左右に移動してみましたが
さっぱりわかりませんでした。
「うーん・・・何も感じません」


測定士はポケットから小さな金色の双眼鏡を取り出して、
職人に渡しました。
「これを使って、あの白樺の木を見てください」

職人は双眼鏡に目を当てました。

レンズ越しに見る世界は、ちょっと暗い感じがしました。

フワフワした湯気のような白いものが、
白樺の木のまわりに立ちこめていました。
その白いものは、風に流されるような感じで
職人が立っている方向に向かっており、
時々大きく揺れたりしていました。
「この、湯気みたいなフワフワしたのが、
 <流れ>とかいうものですか?」


「そうです」
管理人が答えました。


職人は双眼鏡から目を離し、もう一度白樺の木を見ましたが
何も見えませんでした。

この二人は、双眼鏡がなくても、このフワフワが見えるのか・・・

職人はもう一度双眼鏡に目を当てました。

白いフワフワしたものは、
管理人と測定士のまわりにも集まっていました。


「お二人のまわりに集まっていますね」


「右側に寄ってみてください。
 そうですね、5歩くらい」

測定士に言われて、職人は右側に移動しました。
「双眼鏡で見てください」


職人が双眼鏡に目を当てると、
フワフワした流れは途中で分岐し、
職人のまわりに渦を作り始めていました。
「私の周りにも渦ができていますね」


測定士は笑いながら言いました。
「この件に関しては、あなたは重要人物ですから」


「でも、この双眼鏡を使わないと、
 流れとかいうのは全くわからないんですが・・・」


「必要になれば見えてきます。
 それに、その双眼鏡を使っても
 何も見えない人の方が多いんですよ。
 私は今の流れは見えるけれど、その先はわからない。
 でも、こちらの測定士さんは次に流れがどう変わって、
 それをどうコントロールすべきかまでわかるんですよ」


管理人が説明すると、測定士は、
職人に弁解するような口調で言いました。
「わかるっていうより・・・読み取ってるだけです」
困ったような、少し照れているような様子でした。


こういう表情をすると、
すごく若い人みたいな感じがするなぁ・・・


職人は、測定士がとても不思議な存在に思えてきました。
測定士はしばらくの間、視線を落としていました。
<流れ>を見ているようでした。
そして顔をあげて言いました。
「<流れ>は、設計図から読み取っているんですよ。
 あなたのところにもありますよね。
 使う材料、設置する場所、
 前回とか前々回に、どういうものをどこに置いたか・・・
 
 そういう情報を組み合わせると、先の<流れ>が読み取れます。
 この図書館の敷地内のいろんな場所で定点観測を
 行っていますが、その測定結果にも変化が表れますし。
 方向だけでなく、強さ、性質・・・それと色や香りも変化します」


「色や香り? 全く感じられませんが」


「ある装置を使うと、そういうデータもとれるんですよ。
 めったにないことですけど、波長が合えば、
 香りが感じられることもあります。
 <流れ>には個性があって、
 見た目には同じように見えても、ぜんぜん違うんです。
 とても強い意志を持っているものもあります。
 そういう違いが、とても面白いです」


測定士が楽しそうに話す様子を見て、職人は、
この人は本当に自分の仕事が好きなんだなぁと感じました。


自分はどうなんだろう?
自分自身の仕事について、どう思っているんだろう?


決して嫌いではないし、
我ながらなかなかの腕前だと思える部分もある。


でも、他人に自分の仕事について説明する時、
測定士のように楽しそうに話すことができるか
非常に疑問でした。


測定士は言葉を続けました。
「現時点では、この場所にいくつかの<流れ>が集まってきています。
 ここを流れている力は、相当強くなるということになります。
 あなたに作っていただく装飾品は、
 重要なポイントに設置されるんです」


「<流れ>を変えるためとか、そういう目的なんですか?」


「方向を変えることも含まれますが、
 それだけではありません。
 もっと大きな変化をもたらすはずです。
 また、ここの<流れ>が変わることで、
 離れた場所にある他の<流れ>も影響を受けます。
 みんな、どこかで繋がっているんです。
 
 大きな<流れ>が変化すれば、その影響がすぐにわかりますが、
 小さな、本当に小さな<流れ>であっても、
 何らかの変化が起きれば、他の<流れ>に影響が及びます。
 すぐに目につくような変化ではないにしても、
 その影響はいつか必ず現れます。
 人間も同じですよ。
 誰かが起こした小さな変化や、
 思い切って踏み出した小さな一歩が
 必ず何かに影響を及ぼしているんです。
 それが良いとされることでも、
 悪いとされることでも同じです。
 もっとも、良いとか悪いとかっていうのは、
 恣意的な判断じゃないかなと思いますけど。


 作業中は、<流れ>を感じられた方がいいと思います。
 できれば、この場所に何度も来て下さい」


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測定士に会った翌日から、職人は作業を始めました。
今までは、一度作業を始めると時間を忘れてのめりこみ
短期間で仕上げていましたが、今回は、測定士が言った、
 「この場所に何度も来て下さい」
という言葉が頭の中に居座っていたので、
何度も作業を中断しては、<流れ>が感じられる場所へ
足を運びました。



教えてもらった場所に立ち、
ここには<流れ>があるんだと思えば、
そう感じられないこともないのですが、
やはり、双眼鏡越しに眺めた白いフワフワしたものが
見えないと、不安になりました。



しかし、何度も通ううちに、<流れ>が見えなくても
気持ちがとても落ち着くようになり、
職人は作業中だけでなく、図書館に来てすぐと、
家に帰る直前にも白樺の木の周囲を歩きまわりました。



ある夜、職人は雨の日の夢を見ました。
夢の中で職人は、傘をさして、あの場所に立っていました。
双眼鏡で見た、白いフワフワがはっきり見えていました。


全然見えなかったけど、やっと見えるようになったぞ・・・


じっと見つめていると、急に白いフワフワは流れを変えました。
これまで、職人が立っているほうへ流れてきていたのが、
何かに堰き止められたかのように、角度を変え、
別の方向へ流れ始めました。


どうして急に変ったんだろう??


翌朝、目が覚めると職人は急いで支度をして、
あの場所へ行ってみました。

しかし、何も見えませんでした。

やっぱりただの夢だったのか・・・


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装飾品がようやく完成しました。


職人の技術とこれまでの経験をもってすれば、
一週間もかからずに仕上げられる程度のものでしたが、
実際には一か月近くかかりました。


測定士に教えてもらった白樺の木の近くまで
一日に何度も通ったせいもありますが、
これまでのように、極限まで集中して
一気に仕上げるのではなく、
「自分の手を通して感じられるもの」を
じっくり感じ取ろうとしていたからでした。


いつも作業の終りに受け取っている「これで完成」という、
サインのようなものは、変わらない感じがしましたが、
それに対する心の反応は、いつもの「ふう、終わった」ではなく
「やった!できたぞ!」という、ここ数年味わったことのない
感動でした。


職人は、完成品をじっと見つめました。


何かとても大きなものを乗り越えたような、
満足感がありました。


そういえば、昔は毎回こんな気持ちだったんだっけ。
なかなかできなくて苦労したんだよな。


簡単に作れるようになると、
どんどん仕事を任されるようになったから、
一つの仕事が終わった瞬間に
次の仕事に注意を向けているって感じに
なっていったのかもしれない・・・


職人は、完成した装飾品を柔らかい布で包むと
それを大事に抱えて管理人の部屋へ行きました。


ちょうど測定士が来ていて、職人の顔を見ると
「完成したんですね!」
と嬉しそうに言いました。


「早速設置しに行きましょう!」

3人は正面玄関へ向かいました。


廊下の大きなガラスの窓越しに霧雨のような静かな雨が
庭の木々の葉を光らせているのが見えました。


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管理人は正面玄関の巨大な扉の両側を白い柵で囲み、
「作業中」という看板を置きました。


それから扉に鍵をかけ、開かないかを確認すると、
長い梯子を持ってきて扉に立て掛けました。


その間、測定士は小さな黒い箱を持って
扉の周囲を歩き回り、何かを調べていました。


職人は、柔らかい布で包んだ装飾品を持ったまま
少し離れた場所に立って、二人の様子を眺めていました。


「では、設置しましょう」

測定士は、黒い箱を扉の前に置きました。
そして、、管理人と一緒に梯子を軽く押したり、
少しゆすったりして、安定しているかどうかを調べました。
それから職人の方を見て言いました。


「それを持ってきてください」
職人は梯子に近づきました。
測定士は梯子を少し登り、
「布を取って、こちらに渡して下さい」
と言って、職人の方へ手を伸ばしました。
職人は言われた通りにして装飾品を渡しました。


測定士は片手で梯子をつかんで慎重に登っていきました。


柔らかい風を感じて職人は周りを見回しました。
「<流れ>が変わり始めました」
梯子を支えている管理人が言いました。


測定士は梯子の途中で足を止め、両手で装飾品を持つと、
扉の上の壁に押し当てました。


まるで電気のスイッチが入ったかのように、
装飾品の周囲が光りました。


その光は一瞬パッと強く輝いて、周囲を照らしたかと思うと
一条の閃光になって、扉の前に置かれた黒い箱の中に
吸い込まれていきました。


その直後、黒い箱から白いフワフワしたものが流れ出してきました。
同時に、「作業中」の看板の上の空間に
ぽっかりと黒い穴が開きました。
白いフワフワはその中に流れこんでいきました。


「新しい<流れ>の場所が開きました」
測定士が梯子を降りてきました。
そして、職人が黒い穴を見つめているのに気がつくと
「あなたにも見えていますよね?」
と、言いました。


職人は無言で頷きました。


「作業中」の看板の上の空間に浮かび上がった黒い穴は
少しずつ広がって行きました。
そして、奥行きを感じさせるような深い色に変わっていきました。


突然、穴の奥から金色の光が閃きました。
職人はあまりの眩しさに顔をそむけ目を閉じました。


しばらくすると
「もう大丈夫ですよ」
測定士の声が聞こえました。



職人は目を開けましたが、
光の残像が目の前にちらついていました。


「早速ですが、あなたに次のお仕事がきましたよ」
管理人が笑いながら言いました。


「作業中」の看板の前に金色のハープのようのものが
置かれていました。


職人は一目見て数か所に修理が必要だとわかりました。


「どこをどう直したらいいか、もうわかっていますよね?」
測定士は職人の頭の中を見透かしたように言いました。
そして言葉をつづけました。
「この新しい流れの場所から、あといくつか
 変わったモノが送られてくるはずです。
 それはみんな館内に取り付ける装飾品の材料になります。
 もう一度あなたに作ってもらうための・・・」



「私がまた作るんですか?」
職人は驚きました。
二回連続で装飾品を作った人は
これまでにいなかったからです。


管理人は、先程まで装飾品を包むのに使っていた柔らかい布の上に
金色のハープのようなものを置きながら言いました。
「そうですよ。まだいくつか新しい流れの場所を
 開かなければならないし、必要なくなった流れの場所は
 閉じなければなりません。

 そのためにはあなたのようなベテランに作ってもらわないと
 うまくいかないんですよ」


そんな重要な仕事、自分にできるんだろうか・・・
職人は不安になってきました。


「うまくできるかどうか心配ですか? 
 あなたなら大丈夫ですよ」
測定士が笑いながら言いました。


「今回の作業で、心の変化のようなものがあったでしょう?
 充実感というか満足感のような・・・
 それがとても重要だったんです。

 あなたにはもともと優れた技術がありましたからね。
 次の装飾品の制作が終わったら、
 あなたには修復の仕事と
 装飾品の指導の両方をやっていただきます。
 これから流れがどんどん変わりますので
 あなたような高い技能を持った人材が必要なんです」



職人が複雑な表情をしているのを見ると、
測定士は少し困ったような顔をして、
「今のは、私の言葉じゃないですよ」
と言いました。


「図書館からのメッセージです。
 私には受け取ったメッセージを伝える役目もあるんです。
 私以外にもメッセンジャーは大勢いますよ。
 あなたもそうなるかもしれませんね」
測定士は不思議な色の目を細めて笑いました。



図書館からのメッセージか・・・
一度でいいから受け取ってみたいなぁ。


「そろそろ次の材料が送られてきますよ。
 光といっしょに来るから、
 眼をつぶっていた方がよさそうです」
管理人が言いました。



職人は目を閉じました。
まぶたの裏に、鮮やかなイメージが見えました。
ほんの一瞬でしたが、職人は、自分が若い人たちに自分の技術を
教えている場面だということがハッキリわかりました。



「それが図書館の意思です。
 あなたへのメッセージの第一便です」
柔らかな優しい声が聞こえました。



(装飾品 完)


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