2010年 7月 22日

韓国語講座&90年代韓国


7月19日、明美先生のパワーフード講座の後、
塩田貞治先生の韓国語講座を受講した。


塩田先生は、2009年11月からの「テレビでハングル」(NHK韓国語講座)の
スキットドラマに、韓国在住経験があるテレビディレクター役でご出演されたそうだ。


塩田先生のブログ
http://ameblo.jp/haru-77/entry-10596482281.html
↑こちらのブログの写真のとおり、笑顔が素敵な好青年。


お料理が得意で、絵も上手。手先がとても器用らしい。
落合邦子先生主宰のアトリエオルタンシアのお教室で、
フラワーアレンジメントのレッスンも受けている。


以下は落合邦子先生のブログの記事より。

塩田先生のアレンジメントの写真
http://www.ochiaikuniko.com/?p=1633

ご著書の出版記念パーティ
http://www.ochiaikuniko.com/?p=1394

出版記念パーティに向けてアレンジメントの練習中
http://www.ochiaikuniko.com/?p=1370

カフェでのイベント用のアレンジメント製作中
http://www.ochiaikuniko.com/?p=1268

オーバルアレンジメントに挑戦
http://www.ochiaikuniko.com/?p=1211

フラワーアレンジメントのレッスン開始
http://www.ochiaikuniko.com/?p=1187



塩田先生のようにフラワーアレンジメントを本格的に習いたいけど、
スケジュールが難しいという方を対象にした、新しいお試し体験コースが
アトリエオルタンシアでのレッスンに追加されました。
レッスン日時を自分の都合で選べる3回コースです。
アートフラワーと生花が選べます。
http://www.ochiaikuniko.com/wp-content/otamesi.pdf



塩田先生は、自分を高める努力・自分の感性を磨くための行動を怠らない、
向上心に溢れた素晴らしい俳優さんである。


パワーフード講座から引き続き受講する方が多かったが、
関西や九州からお見えになる方もいた。(スゴイ!!)


こんなスゴイ先生に教わっちゃっていいのかしら・・・




今回は韓国語の基礎の「文字の読み方」から。


ハングルは、人工的に作られた文字なので
規則化されていて、母音と子音の組み合わせでできている。


・・・私にとっては「模様」にしか見えないけど・・・



韓国に何度か行ったことがあるが、
メガネをかけている人が多かった気がする。
視力矯正手術らしき看板も何度か見かけた記憶がある。


勝手な憶測だが、ハングル文字は、棒の本数とか
どっち向きかとか、きちんと見なければならないので、
目が疲れるのかもしれない???


漢字の場合は、手書きで書く時以外は、
横棒の本数が何本あるかとか気にしないでいいので、
パッと見の印象だけでわかるけど。


本当のところはわからないが、
韓国の人は近眼が多いという印象がある。
(韓国の人も日本人に対してそういう印象を持っていたりして)




塩田先生は
「楽しくやれば自然に身につきます」
と、とっても楽しそうにおっしゃった。
韓国語が好きなんだな~
この愛がきっと上達の秘訣なんだわ・・・


ハングル文字の一覧表を見ながら、
先生が一つ一つ丁寧に発音を教えてくださったが、
頭の固いおばさんにとっては、あいかわらず「模様のまま」・・・



とりあえず、

「サゲヘジュセヨ(安くしてください)」

を覚えておけばいいか・・・
いやいや、これじゃお友達作りには役立たない(汗)




今年出版された、塩田先生のご著書
『 IT’S SEOUL 塩田貞治の新しいソウル案内』
はとても楽しい内容。
8月に行くのは大邱だが、とってもとってもとーーっても
ソウルに行きたくなってしまった。





「ソウルで美容鍼、やりたーい!」(IT’S SEOUL 65ページ)
と、帰ってきてから夫に話したら
「痛いのは嫌だよ」

・・・キミはやらなくていいんだよ。


「大邱に大学ある?」
「大学くらいあるでしょ」
「大学の周りにはおいしいお店があるんだって。
 そういうお店で学生さんに話しかけたりすると、
 日本語専攻の学生さんもいるから、
 いろいろ教えてもらえることもあるんだって」
と、塩田先生の受け売りで話したら、
「へー そっかー」
と感心していた。


そういうえば、我々の旅行は現地の方との交流はほとんどなかったなー

二人とも韓国語は話せないし、
英語はなかなか通じないし(こちらのレベルも低いし・・・汗)
筆談というわけにもいかないし。


もっとも、夫はハングルは多少は読めるし書ける。
ただし、韓国語は知らないので、地名以外は、基本的に
「ここには、アブラカタブラと書いてある」
ということになるらしい。
でも、日本語の発音に近い言葉もあるので、意味がわかる時もある。
どーでもいい時にはちゃんと意味がわかって、
意味がわからないと困るときに限って、
「アブラカタブラ」になる傾向があるような・・・


夫は地図が大好きなので、ソウル周辺の地図も頭に入っているらしい。
鉄道の路線図も大好きなので、こちらも頭に入っているようで、
彼の言う通りに乗り換えれば、目的地に着ける。



ちょっと前の韓国のガイドブックには
「模範タクシーに乗るべし」
などと書いてあったが、模範タクシーは通り過ぎるのを
1,2回見かけただけ。


普通のタクシーに乗って、夫がメモ帳に書いた行先を見せると
(人によっては老眼鏡を取り出したりするが)
たいてい問題なく目的地にたどり着く。


夫が「○○駅」と書いたつもりが、「○○薬」と書いていたようで
爆笑されたこともあったが・・・
どっちが「ヤク」で、どっちが「ヨク」なのかわからないが
形としては似ているらしい。




私が韓国に初めて足を踏み入れたのは確か、1997年。


その当時は仁川空港はまだなくて(2001年3月29日開港)、
金甫空港だった。


ずいぶん昔なので、印象が薄いが、
こじんまりして清潔な感じだったような。


出張で行ったのだが、「初韓国」だというのに、
商社の人は忙しいと言って迎えに来てくれなくて、
自力でホテルに行くしかなかった。


「主要なホテルを回るバスがあるから、それに乗れば大丈夫」
と言われて、空港付近をうろうろした。
バスの停留所は見つかったものの、
ハングルは読めないので、わからない。


バスの誘導係らしい若い男性に声をかけたら
ピューーーーッと逃げられてしまって、
とってもショックだった。(自分もまだ20代だったし)


なんとかバスに乗って(日本語のアナウンス有り)
ホテルにたどり着いたが、この日の記憶はここまで。


翌日は商社の人(日本語堪能)と釜山へ。


国内線に乗った・・はずだが、機内の記憶はない。
ゲートに向かって歩いている時に、商社の人が
「外国人はパスポートを見せなければならないので、
 出せるようにしておいてください」
と言うので、カバンから出して手に持っていたのだが、
誰も何も言わないので、そのまま搭乗することに。
「・・・普通、見せてくださいって言われるんですけどね」
外国人に見えなかったのかな・・・(汗)



得意先との打ち合わせとか工場見学とかあったはずだが、記憶がない。


職服(制服・作業着)を着た人が町中をうろうろしていて
「企業城下町」という印象が強かった。


夕食は得意先の人たち7、8人くらいと焼き肉を食べに行った。


連れて行かれたのは、彼らの同僚だった人が退職して始めた焼き肉屋さんだった。
天井にやたらと換気扇がついていたことが妙に記憶に残っている。


誰が注文したのか、馬刺しが出てきて、
「食べますか?」
と聞かれたので、「ハイ」と言って食べたら、
「わーーーー!食べたーーー!!(驚)」
(韓国語だったのでわからないけど、たぶんこういうリアクション)
びっくりするようなことだったのかどうか、聞こうと思ったが
タイミングを逸してしまった。


その後、どうやって移動したのか記憶がないが、
商社の人と、得意先の購買の人と一緒にホテルに泊まることになった。
立派なホテルではなく、なんだか全てが中途半端なホテルで、
室内には意味不明な日本語の説明があった。


そういえば、商社の人も購買の人もキムさんだった。
商社のキムさんは物静かな印象の人で、
話す日本語も落ち着いた感じだった。
「ボソボソッ」と聞こえることもあったが。


購買のキムさんは、明るくて元気な感じの人。
彼の話す日本語は、女の先生に習ったとわかる雰囲気だった。


諸般の事情により、大変な納期遅延が起こりそうになった時、
購買のキムさんにおそるおそる電話して、事情を話すと、
「あらまあ!! どうしましょ! こまったわね!!」
というリアクションで、こちらが困ってしまった。


怒っているようでもあり、笑っているようでもあり・・・
でもなんだか怖かったので、いろいろなところに頼み込んで
多少は納期が早まるようにしてもらった記憶がある。



ホテルの夕食に何を食べたのか全然覚えていないが、
夕食後、ラウンジみたいなところで
少しお話しましょうということになった。


どういう話の流れでそうなったのかわからないが、
購買のキムさんが怖い話を始めた。


「怪談」としては、全然怖くないレベルだし、
文章にしてしまえば「だから?」になりかねない内容だが、
その時、「これは実話だ!」と直感的に信じてしまったのだった。


明るく元気なキムさんが、声を落として、ゆっくり話す。
しかもイマイチな日本語で・・・怖さ倍増・・・


昔、救急外科の配属だった友達が
「どんなホラー映画も全く怖くない。だって全部作りものだもん」
と言っていたが、まさにそんな感じ。
派手さ(?!)はないものの、それが実際に起こった話だと思うと、
背筋がカチカチに凍った・・・



もっとも、納期遅延が多い業者に対して、
ちょっと仕返ししてやろうと思って
都市伝説みたいな話をしてくれたのかもしれないが・・・



あれからもうずいぶん時間が経った。
二人のキムさんは、今頃どうしているかな??


この後、韓国へ行ったのは、2002年の日韓共催のワールドカップの年。
うわさの汗蒸幕(笑)を初体験。
世界遺産の水原華城へ行くも、サッカー型の提灯がつるされていてちょっとがっかり。

  激安韓国旅行

その後、韓国へ行ったのは、2006年と2007年。
子連れ韓国だったので、食べ物にはちょっと苦労した。
息子が熱を出したこともあったし・・・
冷えピタは、日本で売っているものと全く同じものに
韓国語のシールが貼られた状態で売られていた。

2010年の旅行は一体どんな珍道中になることやら・・・


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