2010年 5月 10日

懐かしい木造校舎

カテゴリー 旅行

  
 
5月5日の日記↓で「別途」としたしたものの続き。
http://www.m2-dream.net/?p=1998
 

 
 
去年のゴールデンウィークの北海道旅行の日記にも書いたが、
あの「うるさいナビ」(2009年購入)が今回も同乗。
 
 
夫の考えは、
「みんなナビの通りに走るから、ナビに従うと渋滞にハマる」
ということなので、ナビに逆らうためにナビを使っているらしい。
 
 
ガンダムは全然見ていなかったので、
今回の声が「シャア」だとは、夫に言われるまで気がつかなかった。
 
 
「今からオートリルートを開始する。
 君のプラスになるはずだ」
 
「新しいルートに切り替えるぞ。
 未来を信じて突き進んでほしい」
 
夫がことごとくナビの指示を無視するので、
そのたびにオートリルートになり、上記のセリフが繰り返される。
 
 
さらに、
「ドライブはこれからが楽しいんだ」
「何も心配することはない」
とかいうセリフも何度も耳にした。
 
 
曲がる前には、
「500メートル進むと、左だ。君には左しかない!」
「降って湧いたように右方向だ!他人に惑わされるな!」
 
 
道なりに走ればいい時でも沈黙に耐えられないのか、 
 
「人の性格は走り方に表われる」
「人生に地図はない。道は自分で作るものだ」
「永遠に続くものなど何もない。それが現実だ」
 
と、ウルサイウルサイ。 
 
畑の真ん中の一本道で 
「優秀なナビはみなこの道を選ぶはずだ」
と言ったときには大笑いしたが、基本的にとてもうるさい。
どうしてこんなものを購入したんだろう???
 
 
 
5月2日に潟分校へ行った。
昭和49年に廃校になった小学校だ。
 
柱の影から息子の頭が見えている・・・笑 

 

 
壁に貼られているのは近隣の小学校の生徒が書いたものらしい。 

 
「1-2」「2-3」とかいう表示が当たり前だと思っていた・・・ 

 
 
職員室。

 
 
廃校は昭和49年のはず。その時すでに「オブジェ」だったのかな? 

 
懐かしい「ボンボン時計」。 子どもの頃、実家の客間にあった。 

 
私が1年生の時に使った机の方がボロかったかも(笑) 

 
木の階段。 

 
踊り場。天井が高い。 

 
 

 
 
2階の廊下から。

 

 
 
私が小学校の頃、この赤いみかんネットに黄色いレモン石鹸が入っていたっけ。

 
 
小さいけど立派な体育館。

 

 
 
校舎外観。

 
 
パンフレットによると、潟分校ができたのは明治15年。
(以下、パンフレットより抜粋)
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大正12年に校舎の新築計画の話が出て、
陸の孤島と言われていた「田子の木」「大沢」という二つの集落の
両側から測ってちょうど中央に当たる現在地に校舎を建てることになった。
 
昭和27年に本校の校舎の移築、増築。
 
昭和49年の廃校後、地元の集会施設として利用されたが、老朽化が進む。
一時解体も検討されたが
「地域の歴史や文化を見続けた木造校舎、そして美しい日本の原風景を残したい」
という地元の有志のご厚意で二年がかりで修復。
 
平成16年、「思い出の潟分校」として一般公開。
昭和の風情を想起させる校舎の見学や各種イベントなどに開放、提供。

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懐かしくていい場所だった。
でも、こういう古い木造建築を残すのは大変なことだと思う。
 
今、日本も地方都市もあまり元気がないけれど、
こういう貴重な財産が、良い状態で次世代に渡せるといいなあと思う。
 
 

 



 

コメント(2)

コメント(2) “懐かしい木造校舎”

  1. 深山聡子on 2010年5月10日 at 10:01 PM

    レモン石鹸懐かしいです。
    1年生の時はまだネット入りレモン石鹸でしたが、そのごシャボネットに変わったような気がします・・。

    そうそう、私が使っていた机ももっと汚かったです。^^;
    机に掘られた穴に消しゴムのカスを入れて餅つきするのが好きでした♪
    どの机にもいくつか穴が掘ってあって、みんな餅をついてましたっけ。^^

    いい感じに昭和が保存されてますね~。

    小学生時代が懐かしいです。

    ━……‥‥━━━━━━━━━━━━━━━━━

    レモン石鹸だったんですね! (あれってすごく安かったのでしょうか??)

    机の穴の餅つき~ やりましたやりました!
    授業中の消しゴムのカスは穴に落としておりました!
    机の表面は月面クレーターのようでしたねー

    本当にいい感じの「昭和」ですよね。
    あの学校、ずっと残って欲しいです。

  2. 杉岡@木挽on 2010年5月14日 at 5:42 PM

    感動しました。
    私の小学校時代に通った校舎は、
    明治30年代に建てられた木造でした。
    外壁にはペンキが塗られていましたが、
    けっこう似た風情。
    いやぁ、本当に懐かしい♪

    ここは体育館まで木造で残っているんですね。
    一度入ってみたいな。
    「木で学校をつくるということ」
    を真剣に考えるときがきていると思います。
    次世代に何が残せるか、熟慮したいところです。

    実践としましては・・・
    近々、仕事で本格的な木造の保育園に関わることが出来そうです。
    また報告させていただきますね。

    ━……‥‥━━━━━━━━━━━━━━━━━
    私もものすごく古~い木造校舎で1年間過ごしました。
    もっと規模が大きくて、本格的な(?)雑巾がけ競争ができるくらいの廊下がありました。

    当時は「オンボロ校舎」とか言っていましたけど、
    鉄筋の無機質な校舎とは違って細部までよく覚えています。

    子どもたちは、1年間だけでもいいから、
    木造の校舎の中で過ごす時間を持って欲しいなと思います。

    杉岡さんのますますのご活躍をお祈り申し上げます!