アーカイブ 2017年6月

2017年 6月 23日

中2

カテゴリー 子どものこと


数年前、中高生の息子について書かれたブログにハマって、
一時期いろいろ読みふけったことがあった。
単純に内容が面白かったからなのだが、
ウチの息子も、ブログで読んだ内容を彷彿させるような、
珍奇な発言が増えてきた。


中高生の男子というのは、
宇宙から来た珍しいイキモノのようである。
「オトコノコ」の時代から、意味不明な言動が多かったが、
それがさらに加速して、遠い星からやってきた、
まったく別の生態系に属している存在に思える。


電車の中でイケメン息子とその母が実に楽しそうに
会話しているのを見たことがあるので、
コミュニケーション可能な希少種も存在するようだが。


「男子」というだけ理解しがたいのに、
中高生男子の心は、内側から湧き上がる万能感と
現実世界に対峙したときの無力感との間で
階段の上から落としたスーパーボールの如く
激しくバウンドし続けている。


しかも、はらぺこあおむし10匹分くらいの勢いで食べ、
部活で疲れたという理由で惰眠を貪っているから、
たいていの場合、エネルギーが有り余っている状態。
(電池切れを起こしてもすぐに充電されてしまうので)


こういうイキモノは、家の中に一体いるだけでも大変!
家の中にこういうモノが複数いる状況なんて、とても想像できない。
男三兄弟のお母さんはホントにすごいと思う。


会社から帰ると、玄関には
26センチのベージュのスニーカーが転がっている。
本来は白いのだが、部活のトレーニングで
砂埃の中を走ったりしているので
すぐに薄茶色に染まる。


「靴、揃えてよ!」

「なんで!」(野太い息子の声)

「たった3文字で説明させるな!」

「だから、なんで!」

「靴の乱れは心の乱れ!
 小学校で習ったでしょ!
 小学生のときはできたのに、何でやらないの!」


息子はしぶしぶ靴を揃えに来る。
同じことを何度も繰り返しているから
そろそろ学習してもよいのではないかと思うが、
こちらとしても、やる気ゼロの動物に芸を教えるつもりで、
いろいろ工夫する必要があるのだろう。


中学入学とともにぐんぐん大きくなり、
中2になった今、母の頭頂を見下ろすサイズになっている。

<言うことを聞かないお母さん>とガチンコで戦うよりは、
「はいはい・わかったわかった・今やる今やる」で
逃げるという選択もするようになっていたが、
長期的な視点に欠けるので、自分の怒りを優先させた結果、
数十分後に
「・・・自分じゃできないから、お母さん、お願いします」
と母に頼みこむ場面が多い。
こういう時は、きっと、ものすごく悔しんだろうなぁ。


残念ながら、
「自分でできるようになって、お母さんを見返してやる!」
にならないのが、我が家の中2男子。

見ている分には面白いが、
親としての忍耐力のレベルと感情のコントロールが試される。

今後の親業は、機転と気力と語彙力と体力とを
かなりの高度なレベルで要求されるのだろう。
息子に言い負かされるのは悔しいので、精進しないといけない。






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2017年 6月 16日

裾上げ

カテゴリー 子どものこと




「夏の制服のズボンは?」
息子に言われて、クローゼットにつるしてあったズボンを出して
はかせたところ、ツンツルテンだった。


ズボンの裾の下に足首がにゅっと出ている。
丈が長めのガウチョのようだ。



「これじゃ短い」
・・・・今日穿いていくのに、裾上げできるわけないでしょ!!



「誰も見てないから大丈夫!!」
と言い切ったものの、、やっぱりヘン。
「自分でやれ」と言ったところで、
絶対にやるわけがないので、対応することに。


しかし、制服のズボンの裾上げはやったことがなかった。


去年は買ったばっかりだったし、
大きめのサイズだったので、当面問題ないと思っていた。
通学靴の上に裾が少々かぶさるくらいだったのに。
アサガオとかヒマワリ並みに背が伸びているらしい。



入学式の直後にご近所からお古でもらったズボンは
実家に持っていって母に対応してもらった。
今年もそうしようかと思っていたけど、
「目の調子が悪くて、縫い目が見えない」
と言われてしまうと、自分でやらざるを得ない。


ズボン丈を決めるのは自信がなかったので
息子とズボン二本を実家に持っていって、
母に見てもらった。


待ち針を打ってもらえば縫えるだろうと思っていたが、
母はなんと「しつけ糸」で縫ってくれた。



「しつけ糸」を見たのは何年ぶりだろうか?
こういうものが存在していたことも、
「しつけ糸」という単語が
自分の頭の中に残っていたことも
すっかり忘れ去っていた。


あのしつけ糸は、昭和の製造に違いない。
もしかしたら、私より年上かもしれない。


私が持っている糸切鋏も、布切鋏(?)も年代ものだ。
二つとも、小学校5年の時に一斉購入した、
手鞠の絵入りのプラスチック製の「おさいほうばこ」に
セットされていたもの。


結婚祝として幼馴染からソーイングボックスをプレゼントされて、
「おさいほうばこ」は卒業したものの、
中のものなんて、そうそう入れ替えない。


鋏以外にも、恐ろしくクラッシックな形のミシン糸も
ずっと入っている。
息子が幼少時に「おばあちゃん(私の祖母)」から譲り受けた
指貫とかも入っている。


長谷川町子先生は、裁縫箱の整理を無心になってやっていると、
非常に面白いアイディアが出てくることがあったらしい。
町子先生の時代は、裁縫箱が日常的に活躍してたんだろうな。





しつけ糸がついた状態で慎重にアイロンをかけて
いよいよまつり縫い開始。


私のまつり縫いはかなりの年季が入っている。
小学生の頃から、姉のお古のスカートの裾上げを
頻繁にやっていたので。
まつり縫いの糸が見えるのはカッコ悪いという価値観(?)があって、
不器用ながらも、表側から糸がほとんど見えなくなるように努力した。


その頃に読んでいた童話だったか、何かの昔話だったか忘れたが、
どこかに奉公に出た女子が先輩から意地悪されて、
着物の袖を縫うのに、
着物の色とはまったく違う色の糸を渡されるという
場面があった。
その女子は、表側からはまったく糸の色がわからないようにして
袖を縫い上げた。
そして、ちょっとした意趣返しとして、
袖が先輩の目に留まるようにしてから
提出(?)したという話だった・・・と思う。


たぶん、この話を読んだのは、
せっせとまつり縫いをしていた時期だったのだろう。
糸が表側から見えないように縫うのはかなり難しいが、
本当にちゃんとできたらカッコイイ!とか考えていたのだろう。
だから全体の話はまったく覚えていないのに、この部分だけは
鮮明に覚えているのかもしれない。



息子の制服の色は褪せた感じの紺に、若干の深緑をあわせたという
なんどもビミョーな色。
ブレザーもなんともビミョーなデザイン(色のせいもあるけど)。

この制服に、白くてゴツイ学校指定の通学靴の組み合わせると
よっぽど垢抜けた子じゃない限り、
「泥つきじゃがいも風の素朴な中学生」になれるのは確実。
息子の中学の制服も昭和の時代から変わってないんだろうな。



なんとかまつり縫いを終え、息子に穿かせた。
足首の辺りの写真を撮り、ラインで母に送った。
(オレンジ色のTシャツを着たままで制服のズボンを穿いていたので)


“この写真で見る限りでは上出来じゃないでしょうか?”
という返事がきた。


すっかり疲れ果ててしまったので、1枚だけで作業終了。
残りは翌週に持ち越した。



冬服の時期になったらまたこの作業をやらなければならない。
来年の夏と冬も、またこれを繰り返すことになるのだが、
それが終わると、ほどなくして息子は中学を卒業する。


3年間は一瞬だ。


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2017年 6月 09日

水泳

カテゴリー 生活一般




結局5月は1回しか更新できなかった。
6月はもう少し書けるといいのだが。



ブログは書けなくても、10年日記だけは書いている。


同じページの上の段に書かれている、去年以前の日記を読むのが
楽しいというのが、継続できている理由だと思う。
(10年日記は、例えば1月1日なら、10年間同じ「1月1日のページ」に書く)



去年の日記はバタフライについての記述が多い。
とにかく早く泳げるようになりたかったからだろう。


1年後の今、25メートルならそれなりに泳げる。
バタフライに関しては、コーチからいろいろと注意されてきたが、
最近は
「いいですね、問題ないです」
と言ってもらえるようになった。


マトモに泳げるようになったのは、
自分でも呆れるくらい、しつこく練習したから。
「しつこく」といっても、会社勤めのオバサンが基準であって、
アスリートレベルの人たちにとっては、物足りないレベルだろうけど。

自分より一回り年上の先輩方の華麗なバタフライに
ちょっとでもいいから、近づきたかった。

具体的な事柄について、「できるようになりたい!」と
強く願ったのは何年ぶりになるのだろうか・・・




何かを練習するときには、他者の存在が重要だ。
一人だったら、
「こうやればいい」というお手本がないし、
自分では気づかない点を注意されることもない。

一人だったら、ネットの動画を見たり、
図書館で水泳の本を借りて読んだりして、
自己流でアレコレやるだろうけど、
1年くらいじゃ形にならないと思う。


ずっと苦手だったドルフィンキックは、
フォームが身について、それなりに進むようになると
俄然楽しくなって、結構頻繁に練習している。


しかし、バタフライの体力が続くのは25mが限界。
私の泳ぎ方は、どちらかというと、
うねりながらゆっくり進むタイプなので、
それほど体力は消耗しないはずなのだが。


バタフライ以外の種目は50m以上泳げる。
なので、100メートルの個人メドレーだったら、
それほど疲弊せずに泳げるはずなのだが、
泳ぐ順番は、バタフライ→背泳→平泳ぎ→クロール。

最初の2種目はあまり得意ではないので、
前半だけでだいぶ消耗してしまう。
背泳は、水から顔が出ている=呼吸し放題にもかかわらず、
心拍数が上がり、呼吸も乱れてくる。
このため、50m泳ぎ終わった段階でかなり疲れる。


私の平泳ぎは、「リゾート泳ぎ」なので、ここで少し休める。
「ガンガン平泳ぎ」だったら、途中で沈んでしまうかも。
休めるといっても、心拍数の更なる上昇がないだけで、
前半の疲れが取れるわけではない。
なので、最後のクロールは結構キツイ。
疲れているから足が沈みやすくなり、進みが悪くなり、
カッコわるくなる。


バタフライ以外の種目も、呆れるほどしつこく練習する
必要があるのだろう。


あと3年しかないけれど、2020年までには
100m個人メドレーを、流れるようなきれいなフォームで、
優雅に泳げるようになりたいものだ。






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