アーカイブ 2015年6月

2015年 6月 18日

2015 GW旅行最終日 曲家集落

カテゴリー 旅行


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最終日。
五月四日。快晴。


6時過ぎに起床。
男組は、前日フロントでチケットを貰った近くの温泉へ。

私は荷造り。


7時 朝食バイキング。
息子はパンを全種類食べて、
おかずもほぼ全種類制覇。
昨夜、「おなかでっぱりさん」になるくらい食べたくせに
今朝もまたたらふく食べていた。



8時半過ぎにチェックアウト

前沢 曲家集落へ。
ここはなんだか面白くて写真をバシバシ撮ってしまった。


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今は気候が良いから、「いいところだなぁ」と単純に
考えてしまうけど、冬になったら、ものすごく寒いかも。

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お豆腐屋さんがあったのでお土産に一丁購入。
三丁分くらいありそうな、巨大お豆腐だった・・・

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お豆腐の袋を持って歩いていたら
初老のご夫婦に声をかけられた。
ご主人は、お豆腐屋さんがあると知っていたご様子。
「お、買われたんですか?」
奥様は
「ウチも買って帰りましょうかねぇ」
とニコニコ。



前沢集落を出て、お土産物屋さんでちょっと休憩。

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「南郷トマトジュース」というのを飲んでみたら、
とってもおいしかった。
姉へのお土産に購入。
5月5日に渡したら、その日の夜に
「ものすごくおいしいトマトジュースでした!」
というお礼メールが来た。


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ランチはあざらし旅行社が下調べで発見した、
那須塩原の洋食屋さんへ。


このお店については、
「激しく迷う」というコメントがあったようだが、
確かに住宅街のようなところをぐるぐるして
やっと見つかった。



お店の名前は「紅葉亭」。
あるじが一人で全て対応・・・
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オムレツは藝術的だった。
帰宅後に検索したところ、ヒットしたブログは
数年前のものだったけれど、美味しいと評判の店らしい。
(その当時からワンオペレーションだった模様・・・)
息子はドリアを「熱い熱い」と言いながらも
ぺろりと平らげていた。



高速が混んでいたので一般道へ。
「農産直売所 さくら」で休憩。

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とちおとめいちごミルクを飲んだ。
味付け牛乳(?)を飲むのは、ホント久し振り。
いかにも甘そうな外見だったけど、
甘ったるいということはなく、おいしかった。



ここから運転交代。
といっても、運転嫌いなので、1時間ちょっとで交代してもらった。


ずーーっと一般道を通って、18時30分過ぎ帰宅。
二泊三日だとやっぱり短いなぁ。
でも、とっても楽しい旅行だった。
明治時代の日本についてもっと知りたくなった。


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2015年 6月 16日

2015 GW旅行二日目 記念館とラーメン

カテゴリー 旅行

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五月三日。快晴。
6時起床。
前日、10時前に寝たので、夜中に目が覚めてしまった。


6時30分 朝の散歩。



天鏡閣

http://www.tif.ne.jp/soumu/tenkyokaku.htm

ココ、すっごく入りたかったんだけどなぁ。

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時間が早すぎて外から眺めるだけ・・・
ドレスのレンタルもあるらしい。
(まあ、この年になると、着てみようなどという気にはなれないが)

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スワンボートと白鳥さん。

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7時 朝食。
8時26分 チェックアウト。

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9時の開館を待って、野口英世記念館へ。
これは、息子のリクエスト。



リニューアルされた建物は開館直後から人が一杯!

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クラスの仲良しのお友達からいろいろ自慢(?)されるのだが、
息子には彼に対抗できる自慢ネタがないんだとか。
しかし、野口英世を尊敬する彼より先に野口英世記念館を
訪れるというのは、「鼻高々」間違いないようで・・・

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館内は人が多かったけど、野口英世の切手の展示はじっくりみられた。

生誕100年記念切手はエクアドル国。(1976)
生誕120年記念切手はガーナ共和国。(1996)

第一回野口英世アフリカ賞記念切手は2008年。


1000円札のE番2号券の展示もあった。

科学者として初めて紙幣の肖像に選ばれたとのこと。
この写真は野口英世がエクアドルに出張した時に撮った写真を
モデルにしているらしい。

この写真のことを本人もとても気に入っていたそうで、
恩師や友人にサインして贈ったいう説明があった。


私物の展示のコーナーは人気があった。
野口英世は身長153センチ、靴のサイズは23センチだったそうで、
展示してあったスーツは小さかった。

オーダーメイドなので、身体に合わせて
左袖を短くしてあるとのことだった。
極端に短いわけではないが、
パッと見て右袖より短いのがわかった。

野口英世の恩師の小林栄氏の言葉が紹介されていた。
> 私の知っている野口君は
> いつもぼろぼろの服をきていたが、
> 帰国した時はモーニングをびしっと着こなしておりました。
> スーツもすべてオーダーメイドだときいて
> 感激ひとしおでございました。

野口英世の銅像が建てられている場所の一覧があった。
アメリカ、エクアドル、メキシコ、ペルー、ブラジル、ガーナ・・・もちろん日本も。
ずいぶん、たくさんあるんだなぁ。


お土産屋さんで野口英世のお札っぽいお菓子購入。
帰宅後、息子経由でママ友にお渡ししたら、お礼のメールがきて、
「なんだかお金持ちになれそうなお菓子ですね~」
と書かれていた。

9時45分 記念館出発。





10時16分 磐梯山噴火記念館
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磐梯山の噴火時の記録は興味深かった。

噴火したのは1888年(明治2年)。

当時の写真機は写真館の中で固定して使うものであったが、
写真館を経営していた岩田善平氏は、
この噴火は大事件だから、後世の人に伝えたいと考え、
写真の機材をリヤカーに積んで磐梯山に向かったそうだ。
この人が報道カメラマンの先駆け的存在とのこと。


ここでもお雇い外国人が写真撮影をしていた。
W.K.バルトンという英国人。
帝国大学の教師で内務省の顧問技師としても働いていた。

バルトンは、帝国大学の地震学の教授である関谷清景先生の依頼を受けて、
磐梯山噴火の撮影をした。

関谷先生は、イギリスに留学している。(明治9年)
地震計の改良、地震観測網の整備などを行ったそうだ。
すごい先生らしい。

W.K.バルトン先生も、「近代日本上下水道の父」と呼ばれるスゴイ人。

・・・全然知らなかった・・・汗


耐熱服の展示もあった。
雲仙普賢岳の噴火の防火活動で使用されたものと同型だそうだ。

この耐熱服は官公庁や大手鉄鋼会社などで使われているとか。

米ジェンテックス社が開発(1974年創立の高品質の防災製品の製造メーカー)し、
日本エンコン(福島県喜多方市塩川町)で製造しているらしい。


壁に展示してあるパネルの中に「ソ連」の文字を発見してびっくり。
いつから展示してあるんだろう???
(ソ連がなくなったのは1991年12月25日)
11時08分 出発。


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11時56分 あざらし旅行社が下調べしておいた
喜多方ラーメンのお店に到着。(游泉 三浦屋)

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店内はほぼ満席。
我々が入った時にちょうどテーブル席が
あいたところだったので、待たずに座れた。


定番の醤油ラーメンを注文。
ラーメンは、特に好きではないので(嫌いではないが)、
めったに食べないのだが、こちらのお店のラーメンは
とってもおいしかった。

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ラーメンのお供(?)に自家製豆腐が
ついてくるのが珍しかった。


妹一家へのお土産に4食入りを購入。
帰宅した翌日に妹に会う機会があったので
ラーメンを渡したら、その日の夜に食べたらしく
「とってもおいしかったです!!」
というお礼メールが来た。



12時24分 三浦屋出発。



観光駐車場に車を停めて、喜多方の町を散策。
ラーメン屋さんによってはものすごい長蛇の列。
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謎のお店。(営業はしていない模様)
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酒蔵見学。(大和川酒造)
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ご飯用のお米と、お酒用のお米がぜんぜん違うのが
興味深かった。


昭和に建てられたという昭和倉はコンサートなどの
イベントに使われているそうだ。


昭和倉の入口と向かい合う形で、階段が設置してあり、
ここで披露宴を開いたカップルもいるとか。
新郎新婦が階段を下りて会場入りするのが絵になるらしい。


階段の上は、回廊のようになっていて、手すりが酒瓶なのが面白かった。
昭和倉の近くの休憩スペースでおやつ。
大人は酒粕ジェラート。
息子はバニラ(ミルクだっけ?)を食べていた。

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どんなご利益??
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駐車場に戻って13時44分 出発。



15時15分頃から大内宿手前で渋滞。
全然動かない。
16時08分 やっと渋滞脱出。



17時45分 会津高原ホテル到着。
ふーーーーっ

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18時 夕食。
このホテルの食事はバイキング。
息子は、各種おかずとお寿司・そば・ラーメンを食べ
カニを何度かおかわりして、
デザートのプチケーキを数個食べた上で
アイスクリームを2回おかわりした。




お腹いっぱいの男組はゴロゴロ。
お風呂は温泉。
自販機でビールを買って乾杯。
12時近くに就寝。

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2015年 6月 13日

2015 GW旅行初日 明治発見

カテゴリー 旅行

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今年も五月連休の旅行へ。
今回は二泊三日。



初日の宿は猪苗代湖。
二日目の宿は会津高原。

あざらし旅行社は何かと忙しい様子で
予定が決まったのはホントにギリギリ。
なので、旅の予習は全くできず。





五月二日。快晴。
6時10分出発。


6時34分高速へ。
7時42分美野里SA。
かけ蕎麦の朝食。


忌野清志郎さんのドラマのニュース。
母校でロケをやるらしい。
古いテレビの画面は見えなかったので、音声のみ。
後日ネットで調べたら、母校というのは「都立日野高校」と判明。
見たかった・・・残念。
  ↓
「忌野清志郎 トランジスタ・ラジオ」
BSプレミアム 5月3日(日・祝) 午後10:00~10:59


8時06分 美野里SAを出発。


9時02分北茨城で、常磐道を降りた。

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最初の観光は、茨城大学五浦美術文化研究所。

http://rokkakudo.izura.ibaraki.ac.jp/

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五浦はもともと行きたいと言っていた場所なので、
多少は予備知識があった。






岡倉天心のことを知ったのがきっかけだった。
いったいどんな場所だったのか。

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六角堂もどういう建物なのか興味津津だった。
3.11の津波で流され、再建されたのは知っていたが。
思ったより小さかった・・・
でも、海の上に突き出した場所に建てるなら
このサイズになるのかも。

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五浦に移住しようと思ったのは何となく理解できるような・・・
天才の考えることなんて、凡人には窺い知れない世界だけど、
これだけ海がきれいだったら、住みたくなるんじゃないのかなぁ??
(あまりにも単純かもしれないけど)

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龍王丸は名前だけ知っていた。

そういう名前の木製の釣り船だと思っていただけで、
天心自身が設計した船だとは知らなかった。

ヨットと日本風の船(?)を融合させた、
御自慢の船だったようだが、
使ったのは二か月くらいで、
天心は天に昇ってしまったらしい。


天心記念館の龍王丸の資料には、バネルジー宛の手紙があり、その中で、
この船のことをドラゴン・キング、ナーガ・ラージャと書いている。

バネルジーって変わった名前・・・としか思わなかったが、
この後に行った天心記念五浦美術館で、バネルジーはインド人の女性だとわかった。
(詩人で、ベンガル地方の名家出身の未亡人)

だから、ナーガ・ラージャだったのか。(インド神話の蛇の王)



NHKのテキストでも取り上げられていた。

http://textview.jp/post/culture/18597

津波の被害の説明。
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続いて、茨城県天心記念五浦美術館へ。

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入口の近くに四角い池(?)があり、
地元の中学生らしき少年たちが
オタマジャクシがいないとかなんとかしゃべっていた。
ホントに屈託がない様子だった。
中学生ってこんなに素朴な感じだったかしら。


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まず、浮世絵の展示から。
浮世絵って同じように見えていたんだけど、
解説を読みながら絵を見ていくと
作者によって画風が違っていた。
流行みたいなものがあったらしい。


花魁のかんざしが展示してあった。
考えていたよりずっと大きいし、本数も多い。
そういえば、花魁の絵は見たことがあっても、
花魁の格好をしている人を見たことがなかったかも。


実物を見てから、絵を見るとなんだかヘンな感じ・・・
あんなに長くて大きいものを何本も挿していて、
頭が重くなかったのかしら??


小さいミュージアムグッズのコーナーで
自分へのお土産として浮世絵の本を買った。




岡倉天心の展示。
彼に対してはいろいろ予備知識があったので、
天心ゆかりのものとして、
どういうものが展示されているのか、興味があった。


こういう「見たい」「知りたい」を持って実物を見に行くのが
大事なのかもしれないなぁ。
そうでなければ、「へー」「ふーん」で終わってしまう・・・



エントランスの奥のミュージアムショップでお買い物。
岡倉天心がアメリカ・ボストン美術館勤務時代に愛用した風呂敷と同じデザインの
マルチクロスを購入。(メガネのレンズとかスマートフォンの画面などを拭く布)
これを実家への「お土産その1」、オリジナルチョコレートを「その2」とした。


妹経由で実家に持っていったところ、
母からお礼の電話があり
「岡倉天心の布は誰が使うの?」
との質問。
父か母か、どちらかの専用にする必要があったのか・・・・
二枚買えばよかったーー


ここでも本を購入。
『五浦の岡倉天心と日本美術院』 清水美恵子著
 茨城大学五浦美術文化研究所 五浦歴史叢書 6


岡倉天心といえばフェノロサの名前が出てくるけど、
この人が来日することになったのは、
Edwarad Sylvester Morese(1838-1925)の推薦があったからだった。



エドワード.S.モース・・・
モースさん?!


江戸東京博物館 開館20周年記念特別展
明治のこころ -モースが見た庶民のくらし-
平成25年9月14日~12月8日
http://www.m2-dream.net/?p=9807


ああ、この人と繋がるのか・・・

この人の本が図書館にあるから読みたいと思っていたのに
すっかり忘れていた。
読みたい本がたくさんありすぎるのは幸せなことだけど、
メモしておかないとどんどん忘れる・・・




11時36分 美術館出発。


あざらし旅行社がネットで見つけたカフェに行ってみたが、
日曜定休だった・・・残念!!



美術館の方へ引き返す途中で面白そうなカフェがあったので入ってみた。

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入口で靴を脱ぐ。
お店じゃなくて、誰かのお宅にお邪魔するみたいだ。


客間みたいな広い部屋に5つくらい大きな座卓が置かれていた。

先客は近所にお住いと思われるご婦人のグループ。


我々が座った座卓の横は床の間のようになっていて、
巨大なガラスケースの中には、巨大なスズメバチの巣。

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ガラスケースの右下に写真が貼り付けてあった。
このスズメバチの巣が現役(?)だったころのもの。
家の軒先にくっついていたらしい。


にこやかなマダムが注文を取りに来た。
息子が興味津津といった感じでスズメバチの巣のことを言うと
マダムはさらにニコニコして説明してくれた。
「すごいでしょ!
 これね、最初はサッカーボールかと思ったのよ。
 ひっかかってるんだと思ってたんだけど、
 スズメバチの巣だったのよねー
 わざとそのままにしておいて大きくしたの。
 金運を呼ぶっていうから・・・」

「ごみ袋かぶせて、殺虫剤をまいて、
 (ハチが)全部出たところで取ったのよ。
 そのままの状態だとボロボロ崩れちゃうから、
 ラッカーをスプレーして固めたの」


ひー・・・
駆除の業者を使わずに自力で対応したのか?!
凄すぎる・・・
これだけリスクをとれば、
確かに金運が来てくれそうだなぁ。


同じ場所にまた巣をつくったとか・・・
で、また自力対応だったようで・・・汗
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テーブルの上には来店者が自由に書けるノートがあった。
ここに書かれている文字が全て美しくすぎたので、追記不可。
子どもが書いたと思われるものも「かきかた」のお手本のようだった。


注文したオムレツはとてもおいしかった。
食後にお願いしたコーヒーは、
ポットに入った状態で運ばれてきて、
素敵なカップに注いでくださった。
ドライフルーツ(棗とサンザシ)が
添えてあり、これがとっても美味!!



ほっこりした気分になったところで、12時46分出発。


13時05分いわき勿来から高速へ。
郡山市役所の観光駐車場にクルマを停めた。


まずは開成山大神宮。

http://www.kaiseizan.jp/

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拝殿の屋根の形が、出雲大社に似てるような・・・
そうでもないかな??
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福島のパンフレットを見て
「ここに行きたい」と思ったのが開成館。

https://www.city.koriyama.fukushima.jp/161030/bunka/kaisekan/

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擬洋風建築の素敵な建物で、
明治9年、14年の明治天皇東北行幸の時には、
「行在所」として使われたというが、
戦後には、一時住宅として使われたこともあり
かなり傷んでしまったとか。(現在は修復済)

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二階にはいろいろな展示があった。

「安積開拓ゆかりの人々」の紹介の中に
ファン・ドールンという外国人がいた。
(Cornelis Johannes van Doorn、1837年2月9日 – 1906年2月24日)

明治初期のオランダは、水利土木分野が最も進んだ国だった。
この分野の技術者であったドールンは明治5年2月に日本政府の要請で来日した。

明治11年に郡山へ赴き、猪苗代湖を視察し、疏水経営が決定したそうだ。


ドールンについてのwiki情報によると・・
> 生涯結婚せず、1906年2月24日にアムステルダムの自宅で逝去した。
> 墓は福島県郡山市在住の一市民に発見されるまで、長く無縁仏状態であったが、
> 現在は郡山市長を借地者として、アムステルダム市内の東公営墓地にある。
> 1979年に郡山市の市民からの寄付で、記念碑が墓所に建てられた。
> ブルメル町ハル地区の生家近くにも記念塔と日本語の説明碑がある。



wikiは玉石混交なので、一応さらに調べてみたら、
こういうのが出てきたので、アムステルダムに碑があるのだろう。

【土木史研究 第11号 1991年6月  自由投稿論文】
土木技術者の顕彰に関する基礎的研究
北見工業大学 正会員 中 岡 良 司
p.374 図-1 顕彰者マップ
「海外」のところにドールン(オランダ)と書かれている。



安積開拓入植者住宅。

観光客の立場で見ると、趣があっていいなという
安易な感想になってしまうけれど、
ここで実際に暮らすとしたら、
冬の寒さは半端じゃなかったと思う・・・

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ラーメンフェスティバルの会場横を通って、柏屋へ。
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薄皮饅頭の手作り体験は残念ながら終了していた。
(これをやりたかったのに!)




店内で飲み物セルフサービスで買ったお菓子を食べられる場所があったので
そこでアイスを買ってお茶にした。

お店の裏には饅頭神社(字が違うけど)
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16時35分柏屋出発。



17時50分 レイクサイドホテルみなとや到着。

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野口英世ゆかりの宿ということらしい。

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18時からの夕食は、中華料理。
それにしてもなんで中華料理なんだろう??
質量ともに大満足。




長い一日だったので、すぐに寝てしまった。
初日終了。






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2015年 6月 06日

古い旅行メモ

カテゴリー 旅行




下書きフォルダーに古いメモが残っていた。
2006年、2007年に韓国に行った時の記録。




【2006年】
>10/14
>仁寺洞で韓定食

お料理は鈍い金色の金属の器で出てきたような。
お店は立派だったが、3歳児連れだと
気が休まらなかった記憶がある。
我々が食事している間、息子は何を食べていたんだろう?

2010年にテグに行った時は、何を食べても辛いと言い出し、
慶州の駅で買ったお菓子を一人でワシワシ食べていたが・・・



>10/15
>KTXで天安牙山
>タクシーで外岩村(セコム)

KTXに乗ったのはこの時が初めてだったのかな?
車内のモニターで何か観光番組っぽいのを
流していたけれど、最高速度の地点が近付くと
外部カメラ(?)の映像に切り替わって、
画面の右下に現在の速度が表示されていたような。

地方の新幹線の駅は、
立派で大きな駅がどーんっと建ってて、
周囲は自然が豊かということが多いけど、
天安牙山の駅のまわりも、自然が豊かだった。
約10年前だから、今井はもうすっかり変わっているかもしれない。

外岩村の記憶は今となってはだいぶ曖昧・・・
ネットで写真を見ても、あまりピンとこない。
(もうちょっと素朴な感じだったような)
天下大将軍・地下女将軍があったのと、
入口近くの素朴な食堂で食べたキムチが
妙においしかったのは覚えている。

日本でも基本的な味付けとか味噌やしょうゆの風合いが
地域によって違うのと同じで、キムチも土地ごとにかなり違うらしい。


前世紀に出張で韓国に行った際、
アテンドしてくれたソウルの商社の人は、
プサンのキムチも焼き肉もは、
受けつけないみたいだった。




>顕忠祠
李舜臣の暮らした家や弓道場、
甲船の複製も展示されていたらしいが(wiki情報)、
全く記憶にない・・・

芝生の公園が広がっていて(秋だったので、色はベージュ)
小さな丘の近くの休憩スペースで、
自販機の紙パックのジュースを買って飲んだことくらいしか
覚えていない。
レトロな感じの自販機だった。
なんでこんな些細なことを覚えているのかなぁ??




>博物館(秀吉朝鮮出兵)
これはどこのことを言ってるんだろう??
博物館の建物の断片的なイメージは残ってるんだけど。

確かここに昔の新聞が展示してあったような。
漢字の比率が高く、日本語でいえば
「てにをは」とか「です・ます」などが
ハングルになっているような雰囲気だったので、
漢字の部分だけをつなげていけば、
なんとなく意味がわかった・・・ような気がした。

夫が
「ここに来ている若者たちよりも、僕たちの方が
 この新聞の内容がわかるんだろうね」
というようなことを言っていたのも覚えている。

たぶん、そうなんだろうな。
90年代半ばの段階で、
漢字は自分の名前くらいしか書けない人が多いと
前述の商社の人から聞いていたし。




>10/16
>仁寺洞で竹筒ごはん
>韓国万歳(ウリナラマンセー)/お店の名前

「竹筒ごはん」は、名前の通り
ホントに太い竹筒に入って
出てきたのを覚えている。
この時も息子の挙動が気になっていたような。

小さい子を連れての食事は
食べた気がしないことが多い。




>10/17
>南大門市場
>ノリのり天国

この二つは全く記憶がない。
でも、この旅行の時だったか、
電車だったかバスだったか、乗り方を教えてもらう必要があり、
駅の近くのお店の人に英語で聞いたら、
日本人だとわかったらしく、
日本語学科の大学生をどこからか連れてきてくれた。
彼女は、「きちんと勉強した正しい日本語」で答えてくれた。



帰りの仁川空港では、何かの撮影をしていた。
あまり人数が多くはなかったので、
自主制作映画かなぁ??と思っていた。

しかし・・・
2008年にSomedayというドラマを見ていたとき、
夫が「あ!」と言ってアルバムを出してきたので
何かと思ったら・・・


仁川空港で撮っていたのは、somedayだった!!
主演のペ・ドゥナさんをかなり至近距離で見ていたらしい。

それにしてもSomedayの設定は
すべてが「今じゃ考えられない」ばかりだ・・・






******************

【2007年】
>4/30
>移動


>5/1
>MBC 大長今Theme Park
>チャングムのセット
>貸衣装 5000W

チャングムは見てなかったけど、
この時期は大人気ではない韓国ドラマを
ちょこちょこ見ていたような。
レンタルの時代劇衣装があったので
実物はこういう感じなのかーと思ってみていたら、
「借りたから、着てよ」
と夫に言われて愕然・茫然・・・


こういうのは若くてかわいい子が
キャッキャッ言いながら着るものだと思っていたので、
絶対に着たくなかった。
でも、ここでケンカするのもどうかと思ったので、とりあえず着たけど。
カツラが辛かったような・・・




>5/2
>息子「ぐがいがわるい・・」

この時の旅行で泊まったのは、
長期滞在型で、ホテルというよりは
ウィークリーマンションに近い感じの宿泊施設。
なので、一日中部屋にいることも可能だった。

洗濯機も備え付けてあったが、
ボタンの説明が全部ハングルだったので、
扉を開くのさえ一苦労だった。
結局使わなかったのかな??


朝食後、予約したあかすりエステへ。
私の日本語は理解してもらえるんだけど、
お店の人の日本語は、イマイチわからない。
「あなたといっしょにゆでたタマゴ」
をお土産にもらった。


汗蒸幕のドームに入ったとき、
壁際に卵の入ったラックがあった。
何だろうと思ってたんだけど、
コレのことだったらしい。



エステとホテルは地下鉄で一駅くらいの距離だったが、
地下鉄の駅は、進行方向によって改札が違っていたので、
間違えたら出られないように見えた。
案内はすべてハングル。
間違えるのが怖かったし、
ホテルまではほぼ一本道だったので
歩いて帰ろうと決意した。
(道を聞くことができないので、決意が必要・・・笑)


バーガーキングでお昼を買うことにした。
疲れていたので、英語を使う気力がなく、
レジに置かれたメニューをさして
「コレ、ひとつ」「コレ、ふたつ」というように
指で数を示したら、わかってもらえた。
「こちらで召し上がりますか、お持ち帰りですか?」
みたいな質問をされたように感じたので、
出入り口を指さしたら、手提げ袋に詰めてくれた。


午後は私が留守番で夫が外出。
夫は本屋をうろついて、いろいろ散歩したらしい。
息子のために冷えピタと風邪薬を買ってきた。
冷えピタは日本からの輸入品で
箱の裏側の注意書きのところに
ハングルの説明のシールがべったり貼ってあった。
風邪薬は夫はかなり苦労して買ったようだったが、
味がイヤだといって、息子はほとんど飲まなかった。


この時期、「宮」を見てたのかなぁ。
夫は、<ユルが母親と会っていたホテル>の写真を撮ってきた。


夕食は夫がホテルの近くのミラクという食堂で買ってきた。
ごくごくフツーのビニール袋に温かい麺が入れてあってビックリした。
味は悪くなかったけど・・・



>5/3
>キョンボックン
>ウニョングン

景福宮には、韓国歴史ドラマの登場人物と同じ格好の人たちがいて
面白かった。
ミュージアムショップのような場所に行きたかったのだが、
工事中で閉鎖されていたような・・・
すごく残念だった記憶がある。


雲峴宮は、建物全体を収めた写真を撮りたかったが
なんだかなぁの写真しか撮れなかった。
見たときにどう思ったのか、メモを残しておかないと忘れるなぁ。


このあと、何をしたのか記憶も記録もない。

夕方近くになって、漢南を散歩した。
高級住宅街の立派な家々の門には
セコムなど、なじみのあるステッカーが貼ってあった。
ゴミの集積所には、グッチの大きな紙袋が
パンパンになった状態で捨ててあった。
(観光名所の記憶はないのに、こういうどうでもいいことを
 覚えているのはどういうことなんだ??)

夕食はホテルの最上階(?)の素敵なレストランで食べた。
(長期滞在型のホテルの中にレストラン・・・本当にそうだったのかなぁ?)
ビールを飲んだら妙に回ってしまい、
レストランのスタッフが撮ってくれた写真には
目が据わった赤鬼が写っている。



>5/4
>KTX 論山駅
この日はちょっと遠出。
KTXを下りて15分くらい歩いた。

埃っぽくてなんだかさびれた場所だったけど、
今は全然違っているかもしれない。
低い建物の間にバス停があった。

ハングルが読める夫によると
「ターミナル入口」としか書いていないらしい。
バス停といっても、休憩所みたいな建物だった。
すごく不思議な匂いが漂っていた。
薬品っぽくて、なんか古臭さくて、
どこかで嗅いだけど思い出せなくて、
悪臭ではないが、心地よくもないという匂い。
この匂いに再会したら「これはあのときの!」と
一発でわかると思う。


扶余へ向かった。
シビ城を見学。
百済滅亡とか白村江の戦いについては、
世界史で習ったけれど、言葉しか覚えていないという・・・
あの出来事が起こったまさにその場所にいるのに。
なんてもったいない・・・


小学校高学年の子供たちが遠足で来ていた。
小さい子が珍しいのか、何か話しかけてきた。
人間大好きな息子はにこにこして嬉しそうだった。
「こーちゃん、KTX、のったよ」みたいなことを
得意げに話したところ、
小学生たちは、<KTX>はわかったらしく、
「何でKTX知ってるの??」みたいな反応だった。


ランチは釜めしの店。
確かこの日は平日だったと思うんだけど、
ファミリーでにぎわっていたような??
韓国の祝日だったのか?



国立扶余博物館へ。

展示品には、親近感&既視感。
馴染んでいるカタチにとっても近い。
でも、仏像にしても、瓦などの形にしても、ちょっと違う。
海を渡る前と渡った後の違いなのかな?

博物館の近くには、五重石塔がある。(国宝第9号)

ものすごく古い塔だということだけは知っていたので、
近くにいって、ぼーっと見上げていたのは覚えている。

今回、ネットで調べたら、こんな情報があった。

> 「扶餘を楽しむ 見どころ」
> 〇定林寺址(チョンニムサジ)
>    ・定林寺址五層石塔

> ・・・・塔身には「大唐平百済国…」で始まる刻銘がある。
> 西暦660年、唐・新羅連合軍は泗沘城の王宮や寺院を徹底的に破壊し尽くした。
> このとき、唐の大将、蘇定方(ソ・ジョンバン)が戦勝を記念して彫り付けたもので、
> 皮肉なことに、そのために塔は破壊されずに後世に残ったとされている。

この文字をみたかったなぁ・・・
でも、何かが刻まれていた印象はなかったような。

遠い遠い過去に作られたモノと、
現代の自分が、同じ場所に立っていて、
同じ空の下にいる現実を、
なんだか不思議で奇妙に感じたのを覚えている。



博物館のミュージアムショップには、
金ぴかの「百済金銅大香炉」のレプリカがあった。
一目見て、すっごく欲しくなったのに、
「買ってどうする?」という声に引き留められて
結局買わなかったんだけど、買えばよかった。

こういう後悔はずっと残るんだなぁ・・



この年の9月に飛鳥・京都を駆け足で観光した。
飛鳥寺では、日本最古の仏像という飛鳥大仏に
息子は恋してしまって、大変だった・・・笑

11月には一族で台湾旅行をした。
2007年は旅行三昧だったんだなー

2015年は何回くらい旅行できるかな?



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