アーカイブ 2015年3月

2015年 3月 25日

春のお彼岸

カテゴリー 生活一般





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春分の日にお彼岸供養へ行ってきた。
息子は学童のイベント、夫はその付き添いだったので、
ウチからは私だけ参加。



途中で母から「列車遅延で、到着が遅れる」とのメールが。
散歩して時間をつぶそうと思っていたのだが、
電車を降りると予想外の寒さ・・・!!


とりあえず駅前のコンビニへ。


大きなお寺がある駅だからなのか、
お線香(箱入りではなく一回のお墓参りにちょうどいい量の束での販売)と
短い蝋燭、マッチが売っていたのが印象的だった。


店内は、あまり広くなかったので、
時間をつぶすのはムリと見て、
寒いなぁと思いながらも、駅前商店街を歩いてみた。


そこそこ人通りがあって、新しいお店が多かったが、
懐かしい感じの本屋さんとか、
小学校の近くに、こういうお店があったなーという
レトロな雰囲気の文房具屋さんもあった。


もともとは、中規模の家電販売店だったのではないかと思われる
100円ショップはかなり賑わっていた。
店先に陳列されていたのは、扇をモチーフにした、
赤やピンクの大きなフエルトと、桜の造花。
かなり華やかな印象だったけど、保育園とか幼稚園とかで使うのかなぁ?
店内を一回りして、駅へ戻ると、ちょうど両親が改札から出てくるところだった。


3人でお彼岸供養の会場のお寺へ。
お寺へ続く道のあちこちで、お供えのお花を売っていた。
ここで先にお墓参りを済ませた妹、姪、甥と合流。




お彼岸供養が始まる前に、お寺では軽食を出してくださる。
秋のお彼岸では、おはぎと根菜の煮物、切干大根、
各種野菜の浅漬けなどの滋味メニューだった。




この年になるまで知らなかったのが
   ぼたもち  =  おはぎ
という事実。


「棚からぼたっと落ちてくるからぼたもち」
だと思っていたという浅はかさ・・・


春のお彼岸は牡丹の季節なので「牡丹餅」で、
秋のお彼岸は萩の季節なので「お萩」。


昨年の秋のお彼岸の軽食でいただいたのがお萩。
今回の春のお彼岸でいただくのは牡丹餅。



All Aboutによると、夏と冬にも別名があるとのこと。

おはぎ/ぼたもちは一般のお餅とちがって、餅つきをしない。
(炊いた米(もち米と米のmix)をすりこぎで半つぶしにする)。
  →音がしない
     →いつ搗(つ)いたかわからない
        →搗き知らず
            →着き知らず = 夜船
               (夜の船はいつ着いたかわからない)



うーん、かなり強引だけど、夜の船の影っぽく見えなくもないかも。
(もっともあの形なら、「抽象化された○○」ということで、
 なんでもOKになりそうだが)



冬の名前も強引。
  →音がしない
     →いつ搗(つ)いたかわからない
        →搗き知らず
            →月知らず = 北窓
               (北の窓からは月が見えない)


月がない夜空をイメージした・・・と言って言えないこともないかも。


季節ごとに別々の名前が付いているということは、
おはぎ/ぼたもちは、どの季節でも
それなりの頻度で食べるようなものだったということなのかな?


お寺のおはぎ/ぼたもちは、たっぷりサイズなのだが、
子どもたちはペロッと食べる。


5才の甥っ子は「饅頭王子」の異名を持つ和スイーツ愛好者なので、
昨年の秋はお萩を、今年の春は牡丹餅をわしわし食べていた。



今回の軽食も根菜とこんにゃくの煮物、大根の酢漬け、
キャベツとにんじんの浅漬け、卯の花などなどの
ザ・和食という感じの、心が落ち着くようなメニュー。
饅頭王子は「はらぺこあおむし」のような勢いで食べていた。


お腹がいっぱいになったせいか、
お彼岸供養の会場のイスに座った時点で、甥っ子の目は、
<眠い~っ>のサインである「くっきり二重」になっていた。



妹一家は用事があるとかで、読経が終わったところで中座。



我々は住職のお話とか役員代表のお話とかを伺ってから
新しい卒塔婆を持ってお墓へ。



お線香の着火に手間取っていたら、
年配のご婦人が
「ティッシュに火をつけてやるとうまくいきますよ」
と、教えてくださった。


お墓参りが終わる頃、ようやく太陽の光が少し暖かくなってきた。

途中から参加した姉は
「今日は暑くなると思ってスプリングコートにしたんだけど
 まだまだ寒いねー」
と言っていた。



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昨年の秋のお彼岸の時と同様、
駅前の喫茶店でお茶にした。


前回は「御一行様」だったので、席の確保が大変だったけど、
今回は4人なので、すぐに案内された。


こちらの喫茶店のケーキは、質量ともに充実している。
どのケーキも美味しそうなので選ぶのが大変・・・・贅沢な悩みだ。



桜のモンブランに強く惹かれたけど、
同じくらい魅力的だったフランボワーズにした。


毎回モンブランを注文する父は今回はチョコレートケーキに。
濃厚でおいしかったそうだ。
母は、マーブルラムという、ナイフ&フォークで食べるケーキ。
姉は彼女の定番の窯出しクッキーシュー。


たくさんおしゃべりして、とても楽しかった。



父も母もとっくに後期高齢者になっていて、
小さな不具合はいろいろあるようだけど、まだまだ元気。
健康に気をつけて、楽しく暮らしてほしい。



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2015年 3月 18日

不思議なこと

カテゴリー かんがえごと






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<不思議な話>というのは、文字にするのも
他の人に話すのも、なんだか躊躇してしまう。
特に自分が関わっている内容については。



スピリチュアルな能力を持っている人は
幼ない頃から不思議なものが見えたり、
不思議な声が聞こえたりするらしいが、
私にはそういうことは一切なかった。


だから、不思議な経験をしても、
自分でも信じられないし、
何かの錯覚ではないのかと思ってしまう。




スピリチュアル系のことは嫌いじゃないし
むしろ好きな部類であるが、
スポーツに「実践系」と「観戦系」があるように、
スピリチュアルには、
「当事者系」と「第三者系」があるような気がする。
もちろん私は後者。





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バイオリズムの曲線のごとく、
スピリチュアル系のことに興味津々になる時期と
それが薄れる時期がある。


興味津々の時期に、知人の紹介で
とっても不思議なヒーラーさんに出会った。
駅とか、コンビニとか、銀行とか
現実的・具体的な場所にこの人が立っていたら、
なんだかヘンな感じがすると思う。
それくらい不思議な印象が強かった。



このヒーラーさんのヒーリングを定期的に受けていた時期がある。
(精神的・肉体的に疲弊している時期と
 スピリチュアルな方向に心の重心が偏る時期とは
 重なっているような気がする)



ヒーリングといっても、向かい合って座っているだけなのだが、
(ヒーラーさんはあれこれ儀式をやるが、当方は目を閉じて座るだけ)
終わると、とってもさっぱりするので
「今月のヒーリング・デイ」のお知らせがあると
毎回申し込んでいた。




ある時期、肩こりが超絶にひどかった。
整体院では「ほぐし甲斐がある」と言われるレベル。
コリと重苦しさがかなり強く感じられた時期に
ちょうどヒーリング・デイがあった。


ヒーラーさんは私が座るとすぐに
「なんだかものすごいのがついていますね」
と言った。




え??
ついてる・・・ツイテル・・・憑いてるってこと???




「それで・・・重くないですか?」

「はあ、いつもより少し重苦しいっていうか・・・」

ヒーラーさんは焦点が合っていないような不思議な眼をして
「このへんじゃ見ないタイプですねぇ」
と、きっぱり言った。




ええええ??
憑いてるものが見えてる・・・????



このヒーラーさんの持論(?)は、
『普通に生きていれば、何かしら汚れたり憑いたりする。
 だから定期的なお掃除が必要』
というものだった。


お風呂に入って身体を洗わないと汚れるし、
部屋を掃除しなかったら埃が溜まる一方・・・
といったフツーの感覚だと思う。
・・・どういう理由で汚れるのかは別として。





この日もいつも通りにヒーリングが始まり、
私は目を閉じていた。


すると、突然、何かがズルッと外れるというか、
ズボッと抜けるような感じがした。


首とか肩にかけていた重い荷物を
誰かにさっと取られたような、
完全に受け身な感覚だった。


この<ズルッ><ズボッ>には、ものすごく驚いた。


「憑いてたの、取れましたね」
ヒーラーさんはそう言って笑った。




<見えない世界は、本当にある!!>と確信した。


しかし、時間が経つにつれて、
「見えない世界は、ある場所にはある」
「見えない世界は、アクセスできる人にとっては存在する」
という考えに変わっていってしまったが・・・



やっぱり、
  『肩が凝って重くて仕方なかったけど、
   これは、このへんにはいない「憑きモノ」のせいで、
   不思議なヒーラーさんが取ってくれたの。
   取れるとき、ズルッていう生々しい感覚があったよ。
   「憑きモノ」ってホントに存在するんだね』
なんて、家族にさえ言えない。
家族だからこそ言えないという部分もあるけど。



親切な友人だったら「へぇー そうなんだ」と
その場では相槌を打ってくれるかもしれない。
でも、後になって、「・・・何かあったんだろうか??」と
心配になるかもしれない。






それから約半年後くらいだったか、
ヒーラーさんからのお知らせメールが来なくなり、
携帯サイトはリニューアルっぽいモードのまま更新されず、
この人に関するネットの情報も潮が引くように消えてしまった。



なんとなくだけど、海外に行ってしまったような気がしている。
「見えない世界」への入り口が、そこかしこに開いているような国へ
移住してしまったような感じがする。




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ここ数カ月にわたって、日常生活には支障はない程度だが、
じわじわした痛み、突発的なピキッとした痛みが続いていた。



ネットでいろいろ調べて、
症状をつきとめた気になっていた。



鍼を打ってもらうと痛みは軽減するが、
寒さのせいもあって、しばらくするとぶり返す。



いつになったら快癒するんだろうか?
普通に生活できるとはいえ、
このままこの断続的な痛みと付き合っていくことになるのか??




そんなある日、開封せずに削除することも珍しくないくらいに
真面目に読んでいないメルマガを
なんとなく開封して目を通したら、
あるお医者さんのことが紹介されていた。


この先生に興味を持ったので、
病院をネットで調べてみたら、自宅からはそれほど遠くなかった。


診療予約ができるそうなので、電話をかけてみた。
受付の女性は、とても親切に対応してくれた。


数日後、病院から電話がかかってきた。
私が予約した日は、申し訳ないが診療ができなくなったので、
別の日にしてもらえないかということだった。



縁がなかったのかなと思って
キャンセル扱いにしてもらい、
またこちらから連絡するということで
電話を切った。



その後はなんだか落ち着かなくて、
やっぱり行くべきではないかと思い始め、
手帳を調べて候補の日をいくつか選び、
病院に電話した。


一か月先になってしまったが、予約は取れた。
結果としてはこの日付になってよかった気がする。



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予約の日、診察室に行くと、
先生は、白衣ではなく、
検査技師のような雰囲気の服を着ていた。
色は濃紺だった。



医師というよりは、高度な技を必要とする競技の
ベテランコーチみたいな印象だった。
(体育系と専門性が混ざっている感じ)



すぐに検査とかするのかと思ったら、
カウンセリングっぽい世間話のようになり、
そのうち、<ふわふわしてないスピリチュアル>の方向へ。


すごくびっくりした。
西洋医学一辺倒ではないことは事前にわかっていたけれど、
精神世界っぽい話を大きな病院で聞くことになるとは。



しかも、知っていても、ちょっと口にするのはためらうような、
バリバリ・スピリチュアル(?!)とでも言えそうな内容まで・・・
(単に私がそう思っているだけで、先生にとっては、
 診察の一環としての説明に過ぎないんだろうけど)




医学的な検査をして、
何か病名がつけられて、
必要と思われる薬が処方されて、
日常的に行うといい体操とかを教えてもらえると思っていたので、
かなり拍子抜けした。
来たことを後悔し始めた。


でも、先生の話を聞いているうちに、やっぱり来てよかったと思った。
私が陥っている状況をズバリ指摘されたときは、
さすがにムッとしたけど、本当のことだったし、
自覚していたことだから反論できなかった。
その昔、「人間は本当のことを言われると怒る」と、
マンガか何かで読んだけれど、まさにその通りだった。


一通り話が終わって、部屋の隅の硬いベッドに寝るように言われた。
仰向けに寝てくださいと言われて、横になると、
先生は簡単な検査をした。
「問題なさそうですね。ではうつ伏せになってください」
私がうつぶせになると、
先生は背中の下の方というか、腰の上の方に両手をあてた。



レイキみたいな暖かいものがじんわりと感じられた。
(実際にレイキだったかどうかはわからない)



その間、家族のこととか、仕事のこととか、日常的な話をした。
終わると妙にすっきりしていた。


じわじわした痛みが完全に消失したわけではないが、
「もう大丈夫」という感覚があった。



具合が悪くて寝込んでしまったとき、
昏々と眠り続けているうちに、
やがて訪れる<あの感覚>と同じものだと思った。
これがないと、熱が下がっても身体に力が入らないが、
これがあると、多少熱があったとしても、
回復しつつあるという感じがしてくる。



「もう大丈夫」と感じたのは、
先生のヒーリングの効果だったのか、
自分の意識が変わったからか、
それとも痛みが引き始めるタイミングにちょうど差し掛かっていたのか。



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重要人物が顧客になっているような、
パワーのあるヒーラーは、
ヒーリングを行った後、クライアントを医者に行かせて、
レントゲンなどの検査を受けさせるそうだ。
そうすることで、ヒーリングの効果が本当に確認できるらしい。
すごく不思議なことではあるけれど、そういう現実があるのなら、
先生のヒーリングの効果だという可能性は高い。




先生のお話を伺って、痛みに対する意識がまるっきり
変わってしまったことも、大きな意味を持つかもしれない。
「意識が現実を創造する」という、しょっちゅう耳目にするものの、
でも、心のどこかで疑っていた言葉は、
どうも本当らしいという気がしてくる。



まだ痛みがぶり返すことはあるけれど、
病院に行く前に比べたら明らかにラクになった。



ふと、10年近く前に読んだ『<からだ>の声をききなさい』を思い出した。
著者のリズ・ブルボー氏の本は、むさぼるように読んだけれど、
『私は神!』を読んだあとは、憑きモノが落ちたように(笑)読まなくなった。
本が残っていないということは、ブックオフにでも売ってしまったのだろう。


amazonで調べたら、『<からだ>の声をききなさい』の増補改訂版が
2013年に発行されていた。


このタイトルこそまさに、現在の私にとっては
<肝に銘じるべき言葉>である。


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2015年 3月 16日

誕生日ランチ

カテゴリー 生活一般





夫の誕生日のランチ会を今年も開催。
律儀だなぁと我ながら思う。


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1990年代からずっと毎年やってきたので、
いきなりやめるのもどうなんだろう?ということで
続いているけど・・・・


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プレゼントはリクエスト通りに
ナショナルジオグラフィックの「海に生きるいのち」。
あざらしの写真が表紙だという理由でほしくなったらしいが、
ちゃんと読んでくれるだろうか??





ランチ後、ちょっとだけお散歩。





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「山田孝之の東京都北区赤羽」で紹介されたRyoちゃん。
今は冬の装い。
正面からちゃんと見たいなぁ。


それにしても、どうして清野先生はあんな場所に立っている
Ryoちゃんに気がついたんだか・・・
赤羽に存在する面白いものを求めて、
上下左右に視線を配りながら歩いていらっしゃるんだろうか??




Ryoちゃんが立っている建物の1Fには
こんなお店が!

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入りたかったけど、食後のコーヒーをおかわりしていたので、
今回は断念。



こういうお店もあった。
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24時間営業のはずなのに、「本日は終了しました」って・・・
不思議だー ・・・さすが赤羽?!

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この先に、山田孝之氏と清野先生が写真を撮った写真館が
あったらしい。
全然気がつかなかった。


写真館のことを教えてくれなかった夫に
「なんで言ってくれないのか」と抗議したら、
驚いていた。
「目の前にあるんだから、気が付かないなんてあり得ない」
ということらしい。


人間は基本的に見たいものしか見ない。
だから、たとえ視界に入っていたとしても、
見ていないものは見えていない。


スターバックスの看板のお姉さんとか
ローソンの看板のイラストをちゃんと描ける人が
滅多にいないのと同じことじゃないかと思ったけど・・・
違うのかな?



「東京都北区赤羽」はあとちょっとで終わってしまう。
さみしいなぁ。
土曜日の夜に録画しておいたのを
ビールとおつまみを用意して見るのが
すっごく楽しみだったのに・・・




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