アーカイブ 2015年1月

2015年 1月 30日

1月のジンクス

カテゴリー 生活一般




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鍼灸院通いも10回目になった。


夏の炎天下を20分弱歩いたのは辛かったが、
冷たい風が吹きすさぶ中を歩くのも結構辛い。
何気に駅から遠いのだ。


まっすぐな道なので
初めてでも迷わずに行ける反面、
ショートカットのしようがない。




<1月不調>のジンクスは今年も健在で、
体の動きがとってもイマイチ・・・涙


鍼灸院という<駆け込み寺>があってよかったー
あと少しで全快するだろう・・・と思いたい。


それにしても鍼って不思議。
ツボとか経絡というのも不思議。
身体ってどうなっているんだろう???


今回の診察が始まってほどなくして、
「うーん・・・硬くなってるところがありますね。
 胃が疲れているみたいですね」
とおっしゃった先生は、何箇所か、
胃とは遥かに(?)離れた場所に鍼を打った。
「あー、やっぱりー
 胃の経絡に(鍼を)打ったら、やわらかくなりました」
・・・・不思議だ~


鍼は痛いときは、ものすごく痛い。
息がとまるほど痛かったりすることもあるが、
大したことない痛みのほうが多い。
でも効くから不思議。
(痛みの代償ってわけじゃないんだろうな・・・笑)



1時間ほどかけて、全身をチェックしつつ、
必要な場所に鍼を打ってもらうのだが、
終わると大変スッキリする。



この鍼灸院を紹介してくれた、
隠れ家カフェのマダムとおしゃべりした際、
1月不調のジンクスの話をしたら、
やはり年末年始は体調を崩しやすいとのこと。


今年の不調は鍼灸院の先生のお陰で
かなり軽く済んだと思う。


マダムに紹介のお礼を申し上げたところ、
マダムも知り合いからの紹介だったそうで、
紹介者にとても感謝しているそうだ。


彼女の場合は、精神的にものすごくラクになったそうで・・・


小さい頃から、いろいろ不思議なことがあったが、
それを他人に話しても「???」な反応が多く、
長年モヤモヤしていたそうだが、
先生に「それはこういうことです」と
ハッキリ説明していただいたことで、
とってもスッキリしたとのこと。


とても誠実な印象の方で、全く饒舌ではなく、
言葉を選んで、慎重に話そうとしているのが感じられるから、
言われたことに対して「ああ、そうなのかー」と、
すんなり納得してしまうのかも。



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身体の管理は、まず自分が
「もう無理がきかないんだから、大事に扱うことにする!」
と決心することが大前提だけど、
無理のない範囲でプロのサポートを借りることも
大事だと思った。



私の場合、体の不調がダイレクトに「ご機嫌」を左右することに
なってしまうので、特に注意しないといけないなぁ。


たいていの赤ちゃんは、
  ・眠い
  ・おなかすいた
  ・気持ち悪い(体の不具合・居心地が悪い)
のいずれかの理由で泣く。


オトナは泣きはしないにしても、
この3つのうち一つか二つあてはまると
イライラするとか、ヤル気をなくすといった状況に
陥ってしまう人が多いんじゃないのかなぁ。


十分な睡眠時間を確保して、
適切な食事を取り、
心身のコンディションを保つ。
これが、基本中の基本だってわかっていても、
「今日だけは特別」と自分に言い訳して、
有耶無耶してしまうことが多い。


今年はちゃんとやらないとなー
来年は<1月不調>のジンクスを打ち破りたいものだ。



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2015年 1月 21日

季節の行事

カテゴリー かんがえごと



2015年になってあっという間に20日経ってしまった。


時間の流れが早いのは、
日々の出来事の中で印象に残ることがあまりに少ないせいなのか、
それとも、世の中の流れが、
常に、先へ先へと進んでいるため、
<生き急いでいる>感じが強いせいなのか。


年末から春先にかけての食品売り場の経緯。
クリスマス→年越し・正月→恵方巻→バレンタイン→雛祭り・・・

全部、前倒しで宣伝して盛り上げようとしてるけど、
うーん・・・どうなんだろう??


恵方巻なんて、子どものころはなかったけどなぁ。
数年前に一度だけ買って、それっきり食べていないかも。

バレンタインは、女子同士で贈り合う友チョコとか、
自分にご褒美系が増えてるらしいが、
デパートのバレンタインチョコの特設会場へ行ってみると、
確かにそうだと思う。

小物入れとして使えそうな、とても可愛いパッケージとか、
繊細で美しい模様が描かれたチョコレートなどは、
男性が喜ぶとは到底思えない。



お店に行けば、イベントに合わせて、関連商品を販売するので、
季節を感じることができなくもないけど、家の外に出ないとわからない。


息子が小さいときに、これじゃマズイと思った時期があって、
「桃の節句」「端午の節句」には、
ガラスケースに入ったお人形を、毎年出すようにしていたが、
それでも足りないと思ったのか、室礼(しつらい)の本を買ったりもした。


・・・買っただけで、何か達成した気分になってしまうのは、
  学生時代の参考書・問題集の購入のときと同じだなぁ・・・汗


「室礼(しつらい)おりおり」  山本三千子著より

> お正月は元来、年神さまを迎えて旧年の実りと平穏に感謝し、
> 新年の豊穣と平安を祈念する行事でした。
> 「年」は「稔」に通じ、年神とは作物をつかさどる神であり、
> 稲穂が稔って熟するまでの期間を年という、とされていたのです。
> 子どものころの楽しみであったお年玉は元来、
> この年神さまから賜る神聖なものだったのです。
> 年神の霊魂は元旦に再生し、その新たな活力に満ちた息吹で、
> 人間を復活させるといわれています。
> お正月に「おめでとうございます」と挨拶を交わすのは、
> 新たに再生した年神さまへの言祝ぎなのです。


「室礼」の本、再読のはずなのに、まるで初めて読む気分。
どういう読み方をしていたんだか・・・汗

日本家屋にピッタリな雰囲気の、
清楚で凛としたしつらいは真似したくなってくる。

でも、その前に、<本気の掃除>が必要かも。

季節ごとにこういうしつらいをするお宅は
やっぱり素敵でお上品な奥様がおいでなんだろうなー


家の中で季節を感じるのっていいなぁ。



そういえば、実家で暮らしていたときは
その季節にふさわしい行事があったんだよなぁ。

1月:お正月/一大トランプ大会(セブンブリッジ20回戦とか)
2月:殻付きピーナツの豆まき、
3月:雛人形を飾ってひな祭り(娘たちは芸を披露)
4月:入学・進級のちょっとしたお祝い
5月:柏餅をもらいに行く、菖蒲湯
7月・8月:花火大会、海水浴、お盆のお墓参り(父方)
9月:お墓参り(母方)
10月:運動会
11月:文化祭、公民館に菊人形を見に行く
12月:クリスマス会、柚子湯、大掃除


前世紀で昭和のことなのに、
これだけしっかり覚えているということは
心に残るものだったのだろう。


年齢の割には超幼い息子は、
未だにこういうイベントを喜びそうだな。

でも、ほんの数年で、
「家族の行事なんか、つきあってられっか」に
なってしまうだろう。

実家での雛祭りやクリスマスも、
姪っ子が参加しなくなったら、
中断してしまうかもしれないなぁ。



今年は、手軽に準備できる範囲で
季節のしつらいやイベントに挑戦してみようかな。


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2015年 1月 07日

変化がない・・・

カテゴリー かんがえごと




年が改まったはずなのに、1週間近く経過すると、
なんだか去年の続きというか、フツーの日々になってしまう。



細々と続けている10年日記も、なんと●冊目で、
しかも4段目(=4年目)になってしまった。
(●冊目は恐ろしくて認めたくない数字)



過去の10年日記を読む機会があったが、
成長してないというか、なんというか・・・がっかり。



悩みの内容とか、困りごとの内容が
長期に渡ってさして変化しないというのは
本気で解決しようとしていないという理由もあるだろうが、
停滞・滞留の証なのかもしれない。


見た目は着実に年を取っているのになぁ・・・


精神的な若さを保ち続けているなどと
こじつけられないこともないけど、
責任感の欠落とか、器の小ささとか、
考えの甘さとか、見通しが立てられないとか、
バカさ加減が不変というのはいかがなものか・・・


忘却能力だけ飛躍的に向上していることが
悩みの内容が変わらない最大の理由かも。


「この癖を改めよう」
「こういうことが起こらないようにしよう」
と、何度も決意してるんだけど、そのことを
驚くほど見事に「ケロリン」って忘れちゃうんだもんなぁ。


きっかけがあれば思い出すんだけど、
きっかけがなければ、そんな事実はまるでなかったかのように
消え失せてしまう。


大事なことは書いておけばいいと思ったけれど、
書いたことさえ忘れてしまう。



仕事の場面では、いつもノートを広げておいて
必要なことはどんどんメモして、
頼まれたことには、できるだけ早く対応して、
「自分のところにボールがない状態」
を保つように努力している。


それにしても、自分の記憶力が一番アテにならないって・・・涙


こんなんでホントに大丈夫なんだろうか??


約2ヶ月後には人間ドックが控えている。
検査項目に脳は含まれていないんだけど、
そろそろ脳ドックを受診すべきお年頃なのかもしれないなぁ。








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2015年 1月 04日

新年会

カテゴリー 生活一般

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今年は1月1日は、家におこもり。
二日から新年のご挨拶。



実家での新年会。
今年は全員集合。



甥っ子は仮面ライダー・ドライブの「ベルトさん」と
「シフトカー」を用意して、にぃにの到着を待ち構えていた。
(新年会をものすごーーく楽しみにしていたらしい)



到着したにぃに(=息子)は、目を輝かせて
「ベルトさん」をずーーーっといじっていたので、
甥っ子は<にぃにに貸してあげた>ということで、
ちょっと誇らしかったかも。





姪っ子作の芸術的な伊達巻。
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今年、初登場のオードブル。
赤い縁のかぶは穴山産。
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常連のお料理。
どれも美味しい!!

黒豆くらいは我が家流の作り方を習っておかなければと、毎年思いつつ・・・汗
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みんな揃っているのが当たり前という感覚があるけれど、
でも、ホントはこれはすごく幸せなことなんだろうな。



BOYSはWiiで遊び始め、
パパ連は、古いパソコンのデータ回収作業に着手。


妹の家の7,8年前のVaioは、
ここ数か月冬眠中。

義弟曰く重要なデータが入っているというが、
妹は、そうは思っていないらしい。

本体も壊れかけていたが、
モニターとの接続がうまくいっていないようで、
妹の家からVaioを運んできて、
実家のテレビにつないだら、
HDDに保存されているファイルは
とりあえず確認できる状態になった。



一方、女組は姪っ子の冬休みの宿題に付き合って百人一首。
私は高校1年の冬休みに100首暗唱の宿題が出たけど、
今は中学生でやるんだなぁ。


オトナになってから一度復習したので、
なんとなく覚えているけれど、
上の句を聞いただけで即座に下の句が出てくるわけではないので、
なかなか取れない。


今回初めて知ったのだが、
百人一首をやる場合、100枚全部でやると
初心者には難易度が高いので、
五色に色分けして20枚単位でやるという方法があるらしい。


<青の札>と呼ばれる20枚で対戦したけど、難しかった。


一番勝たなければならない姪っ子も、
上の句が終わらないうちに札を取るばばには
全く歯が立たなかった。
<伯母・姪連合>を組んでも、ばばの圧倒的勝利。
子どもの頃覚えてたことは、
年をとっても忘れないんだなぁ。



百人一首の後は、有志でトランプ大会。
張り切り屋の甥っ子が参加するので
どうしてもババ抜き、ジジ抜き、七並べ程度になる。


一通り遊んだところで、
姪っ子と息子が「スピード」で真剣勝負をしていたが、
息子は全く歯が立たなかった。
学童で友達相手に修行をしたと言っていたが、
やはり中学生には敵わないらしい。


たくさん遊んで、お菓子も食べて、8時近くにお開き。
今年1年、家族全員が健康で過ごせますように。


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2015年 1月 01日

2015スタート

カテゴリー 生活一般




2015年が始まった。


2014年はあっという間だったなぁ。
年を取るにつれて、どんどん時間の経過が早くなっているような・・・


今年はどうやら甘ったれてはいられない年になりそうだ。
ロジカルに世界を見ている人も、
スピリチュアルな観点から見ている人も
いろいろな意味で厳しくなりそうという表現をしている。


といっても、甘ったれないというのがどういうことなのか、
自分ではあまりよくわかっていない。



今まで通りにはいかなくなることが多いだろうし、
自分の頭でしっかり考えて
悔いのない選択をしなければいけない場面もあるだろう。


個人的な環境だけではなく、
もっと大きな範囲での環境とか状況も
これまでとは違ってくるだろうなと思う。
同じような毎日を繰り返していた場合は、
今までと違うというだけでも、
ちょっとツライなんて感じてしまうかも。


昨日、紅白を見ていたら、
連続テレビ小説3人のヒロインが
長丁場を乗り切るために必要なものとして
全員が「体力」を挙げていた。
やはり、身体が最大の資本なのだろう。


お陰様で2014年は、大きく体調を崩すことはなく
プチ不調くらいしかなかった。
ただ、そのプチ不調によるメンタル面への影響は
かなり大きかった。
ちょっと具合が悪いだけで、
こんなに気持ちが落ちるのか驚いた。
年を重ねるにつれて、身体もくたびれていく。
こうなると、少々の不摂生が
大きなダメージにつながることもあるので、
気をつけないといけない。




年末には夫がツタヤで借りてきた
「東京マグニチュード8.0」を見た。
これは震災の前の2009年に作られたものだが、
膨大なデータをもとに作成したとあってかなりリアルで、
3.11の時のことをいろいろ思い出してしまう内容だった。

もともとハードな話だとはわかっていたし、
登場人物がどうなるのかも知っていたけれど、
実際の画面で見ると、もう辛くて辛くて涙腺崩壊。
もう二度と見たくない。
でも、こういう事態が起こりうるということも
頭に入れておかないといけない。
このような状況下でも、一番必要なのは体力だろう。




昨年末から急に目覚めて(?!)
yoga以外の運動も始めた。
笑っちゃうような「野心」も芽生えたりしている。
新しいことを始めるとか、
いつもと違うことをするとかっていうのは
自分自身にも、自分の生活にも変化をもたらしてくれる。
始めるのはなかなか面倒だし、
継続となると、さらにハードルが高くなるのだが・・・


新年となると、いろいろ目標を立てたりするものだが、
具体的に「〇〇をする」「××をやめる」という形になった場合、
それは、お題目じゃなくて、もし本気でやるとしたら、
自分で自分に課した「ルール」ということになる。


それを守るには、やはり努力が必要だろう。
努力なしにできることだったら、
そもそも目標にはしないわけだし。

自分で設定したルールに、
自分の意思で従う(=自分の意思で守る)ということが、
<自分自身というもの>をつくっていくことになる、
というような話を聞いた。


そういう努力があって、<自分>がつくられていく。
努力をスキップしたら、何も変わらない。
また、<自分自身というもの>をつくるのだったら、
誰かのための目標ではなく、
自分自身のための目標でないと意味がないだろう。


ということで・・・
今年は体力をつけることと、
<自分自身というもの>をつくっていくための目標を設定して
それを守ることにフォーカスしたいと思う。




いい1年になりますように。




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