アーカイブ 2014年4月

2014年 4月 30日

男の鎌倉 その3

カテゴリー 旅行

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鎌倉の続編

(男の鎌倉 その2 http://www.m2-dream.net/?p=10030 )



妙法寺のつづき。




入り口でもらったリーフレットに書かれた縁起によると、
建長五年(1253年)に日蓮大聖人が千葉県安房より鎌倉に来られ、
初めて開かれた法華経弘通(ぐづう)の道場であり、
身延山に入山されるまでの二十数年にわたって住まわれた霊蹟だとのこと。



仁王門
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また、縁起には、十一代将軍家斉がよく妙法寺にお参りに来られていたため、
総門、仁王門、法華堂が朱塗りなのは、そのためだと書かれていた。


明治中期までは境内に将軍御成の間が置かれていたが、現存していないそうだ。




仁王門の奥にはきれいな苔階段。

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苔寺という別名があるのはこのせいなのか。

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リーフレットには星野立子の句が紹介されていた。

  ・美しき苔石段に春惜しむ  立子

この方のことは、全く知らなかった。

wikiによると・・・
 星野 立子(ほしの たつこ)
 > 1903年(明治36年)11月15日 – 1984年(昭和59年)3月3日)
 > 昭和期の俳人。高浜虚子の次女。
 > 虚子の一族でも特に評価の高い人物の一人である。
 > 女流では中村汀女、橋本多佳子、三橋鷹女とともに四Tと称された。


  ・冬めきて苔石段に木々の影  立子

違う季節にも来てみたいと思った。




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続いて日蓮宗の寺院である長勝寺へ。


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wikiによると、1253年(建長5年)日蓮に帰依した石井長勝が
自邸に法華堂を立て日蓮に寄進したのに始まると伝えられる、とのこと。



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昨年、紫陽花の季節に大混雑の鎌倉に来た時、
明月院で、タイからきたと思われる、ツアー観光客とすれ違った。
タイには行ったことがないのだが、仏教国から来た人の眼には
日本のお寺はどんな風に映るんだろう。

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長勝寺を出る頃には、日差しが出て、春らしい感じになってきたが、
歩いているうちに、また雲が出てきて、どんよりした肌寒さが
戻ってきた。




昼食「そば処 土手」
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(春夏冬中・・・秋がナイ・・あきない中かぁ・・)





昼食後、最後の訪問地である光明寺へ。


1628年建築の総門。
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1847年に再建された山門。
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大きいお寺でびっくり!!

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大殿(本堂) 国指定重要文化財。
1698年に再建。
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本堂は、靴を脱いで中に入ることができる。
畳敷きの広大な部屋の奥には、御本尊の阿弥陀如来と両脇侍像。
御本尊は鎌倉中期の作らしいが、とにかく穏やかな表情で、
とても惹きつけられた。

御尊顔を拝見しているだけで、心が落ち着くような感じがした。
仏像に対して、全く興味のないキッズたちでさえ
心を奪われたようで、静かにじっと見つめていた。





小堀遠州の流れをくむ庭園。
花の季節に再訪する必要アリ・・

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三尊五祖之石庭。
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花の季節に絶対来なければ・・





売店でパンフレットを購入して、
帰りの電車の中で眺めていたら、
鎌倉アカデミアの記念碑の写真があって、びっくり!!

・・・ここだったのか!!


ちゃんと見てくればよかった。
でも、境内図には、この石碑の場所が書かれていないような??



2年前に「三枝博音と鎌倉アカデミア」(前川清治著/中公新書)を読んで、
こんな抜粋をしていたのに、何も覚えていないんだなぁ。

________________________

学校長の三枝博音は、自らギリシア文字で彫った扁額を、なぜ光明
寺の本堂と開山堂を結ぶ廊下の曲がり角に掲げたのか。箴言は、古
代ギリシャの哲学者プラトンによってアテナイ北西郊外に創設され
た「学園アカデメイア」の入り口に掲げられていたものである。三
枝博音は、「今日の言い方でいえば、幾何学をまなばないとは、科
学的にものを考えることをしないという意味である」と述べている
が、「学園アカデメイア」における教育プログラムや運営方法から
数多くのことを学び取っている。

________________________


本堂と開山堂を結ぶ廊下の曲がり角・・・
あの場所のことなんじゃないかなと、今はわかる。

子どもたちが、渡り廊下から池を眺めて、
大きな鯉がいるだの、カメが動いただのと言って、
ずっと動かなかったから。



鎌倉アカデミアの本は、
図書館で借りたんだっけ。
また読んでみよう。



この後、海岸沿いに歩いて宿に戻り、
荷物を引き取って、鎌倉へ。



「珈琲卿 みにこむ」でお茶して、
「拭」で手ぬぐい2枚を購入。


お世話になっているママ友家族へのお土産は定番の鳩サブレー。
女子チームが「拭」に言っている間、夫は豊島屋本店へ行って、
焼菓子を買ってきた。


本店には鳩サブレ―以外にもいろいろあったらしい。
次回は行かなきゃ。


マンデルサンドトルテ
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2014年 4月 29日

男の鎌倉 その2

カテゴリー 旅行



鎌倉のつづき

(男の鎌倉 その1 http://www.m2-dream.net/?p=9995 )


姪っ子のリクエストにより銭洗弁天へ。

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どうしてもお金が足りないことがあって、
前回、ここで洗ったコインを、
使ってしまったのだとか。

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キッズにコインを託して、オトナは一休み。
お金を洗うだけのはずなんだけど、
やたらと時間がかかっていたような・・・


姪っ子は千円札を洗っていた。
いつまで使わずにいられるかな??




それから定番の銭洗弁天→GULAへ。
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今回も甥っ子はキッチンへ。
子ども好きのマダムとおしゃべりして「S市からきた」と言ったらしく
「オープンしたばかりのときに来てくださいましたよね!」
ということで話が盛り上がった。



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今回はチーズケーキ組、アップルパイ組、わらびもち組に分かれた。
キッズはわらびもち。
(1個くらいは食べたたかったけど、一瞬でなくなっていた・・・)

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このあと、鎌倉駅までのんびり歩いて、宿へ。


すごい御馳走を食べた後、オトナVSコドモのチーム対抗神経衰弱。
オトナチームは惨敗。
平均年齢9歳のコドモチームの圧倒的勝利。
神経衰弱以外だったら、勝てると思うんだけど・・・たぶん。


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2014.04.20
早起きして、海辺のお散歩。


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朝食後、本日の観光開始。



住宅街の中の意外な存在。

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芥川龍之介先生がお住まいだったらしい。
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安養院
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安養院は、北条政子の法名とのこと。
浄土宗のお寺。
1225年に夫である源頼朝の冥福を祈って建てた笹目の長楽寺が前身らしい。
しかし、長楽寺は幕府の滅亡とともに焼失。
この場所に移ったものの、1680年に再び全焼。
源頼朝に仕えた田代信綱が建立した田代寺の観音堂を移して再建されたそうだ。


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妙法寺
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とてもいい雰囲気のお寺。
きっと花の季節には、観光客で一杯になるのだろう。

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カメラ爺の父は、熱心に写真を撮っていた。
カメラ教室で先生にお見せするストックが
たくさん確保できたらしい。


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さらに奥に進むと、美しい景色が広がっていた。


その3に続く
http://www.m2-dream.net/?p=10068

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2014年 4月 25日

男の鎌倉 その1

カテゴリー 旅行

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2014.4.19


一族郎党合計8名で、またまた鎌倉へ。


今回の企画は、1年ぶりの参加となる夫によるもの。
題して「しらす&のりものプラン」・・・
これまでとはだいぶ趣の違う旅になるのは確実。


いつもは鎌倉までまっすぐ行ってしまうのだが、
今回は大船で下車して、改札の外に出て
「江ノ島・鎌倉フリー乗車券」を購入。
昨年から何度も鎌倉へ行っているが、
フリー乗車券を買ったのは今回が初めて。


宿に荷物を置き、江ノ電に乗って、
まずは極楽寺へ。

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前回来た時は、紫陽花の季節で、観光客が多かったが、
今回は特に花の時期ではないこともあって
人は少なかった。


八重桜と椿が咲いていた。
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極楽寺入口。
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本堂の近くの八重桜は「八重一重咲き分け桜」というそうで、
立て札によると、
北条時宗公がお手植えとのことで、現在の木は、
その古株より発生したもの。
八重と一重が混在していて、「御車返し」という名前もあるらしい。
原産地は鎌倉桐ケ谷。
とてもきれいで写真を撮りたかったが、極楽寺は撮影禁止。
(前回来たときは、写真を撮っている人がいたけれど・・・)



続いて成就院。
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前回も極楽寺の後に行ったが、大行列だった。
こちらも、花の季節でないせいか、観光客はまばら。

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前回はラッシュ時の駅の階段のように混雑していた
海へ降りていく坂道にも人影はなかった。

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人がいないというだけで、かなり印象が違うと思った。

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極楽寺の駅へ戻り、腰越へ。

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プランの名前に入っている<しらす>を味わうべく
「かきや」へ。

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創業100年という老舗で、
ガイドブックにも載っているお店だが、
時間が早かったせいか、待つことなく注文できた。

地元の人も利用するお店らしい。
しらす丼を待っている間に、
近所の奥様が出前のお願いに来ていた。
奥様が帰った後、注文を受けた人が
今日は勝手口からの配達だと
話していたところを見ると、
この奥様のお宅は結構頻繁に出前を頼んでいるようだ。

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最高に美味しいしらす丼を堪能して出てきたら、
作業着姿の男性グループが順番待ちをしていた。
配達に出かけると思われる店員さんが
もう少しで席が空くというようなことを
伝えていたところを見ると、この男性グループも
常連さんなのかもしれない。





江ノ電の線路がある道路に沿って歩いて
龍口寺へ。


ここはもと刑場で、日蓮宗の開祖日蓮が処刑されそうになった場所。

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1910年建築の五重塔。

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一人旅らしい若い女性がシャッターを押して欲しいと
英語で頼んできた。
五重塔を背景にシャッターを押すと
「Thank you! カムサハムニダ~」
と言っていたので、韓国から来た人らしい。


ここの鐘はついてもいいということだったので、
子どもたちは大喜びで順番に鐘をついていた。

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ひとりひとり音が違っておもしろかった。
そのあと、若い男性が打っていたが、全然違う音だった。



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徒歩で湘南江ノ島駅まで歩いてモノレールで
湘南町屋へ。


4歳の甥っ子はモノレールは初体験。
宙に浮いていることを知らされて、
下をみてびっくり!! レールがない!!


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湘南町屋で下車し、住宅街を歩いた。

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鎌倉中央公園・源氏山公園を徒歩で通過。
ここも八重桜が満開。


中央公園は、きれいに整備されたエリアがある一方で、
山の中の原っぱみたいな場所もあり、
ちょっと探検ぽい雰囲気で、
ボーイズは大喜び。

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『仮面ライダー鎧武』に夢中になっている甥っ子に
木に絡みついたツタを指さして、
「気をつけないとインベスになるよ」
と脅かしたら、目を丸くしていた。

このあと、銭洗弁天へ・・・(続く)
http://www.m2-dream.net/?p=10030

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2014年 4月 14日

生活と健康

カテゴリー かんがえごと

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先月下旬に人間ドックの結果が送られてきた。
これまで「要経過観察=来年も必ず受診してね」はあったが、
前回初めて「要精密検査」の判定に対面し、
今回も意外なポイントで「要精密検査」が出てしまった。


一昨年までは、<重大な物言い>がつくことがなかったので、
結構ショックというか、気が重い。


以前、実家の母が
「年取れば、身体がだいぶくたびれてくるから、
 病気が出るのは仕方ないのよ」
と言っていたが、まさにその通り。

さして病気はしていないし、動くのが苦にならないので、
鏡さえ見なければ、あまり年をとっているという実感はないのだが、
身体は実に正直だ。

以前、どこかで読んだ文章のことを思い出した。
確か、
「病気というのは、それまでの生活の集大成である」
というような内容だった。

どんな生活をしていたのか、
どんな食生活だったのか、
心の状態はどうだったのか、
人間関係は? 仕事の状況は?
などといったことが、身体に影響を及ぼして、
何らかの疾患になるということなのだろう。

「あなた食べたものがあなたを作る」とか、
「食べているものでその人がわかる」とか、
そんな言葉を聞いたことがあるけれど、
身体に入ってくるのは、食べ物や空気だけではなく、
耳から入ってくる言葉、目から入ってくる情報もあるだろう。



その昔、スピリチュアル系のことに興味を持っていた時期に、
「怒りや憎悪や嫉妬といったエネルギーだけで
 ハエを殺すことができる」
なんて文章を目にしたことがあった。
ある種の<殺虫エネルギー>を放出したということは、
体内でそういうものを生成したということだろうから、
怒りや憎悪や嫉妬といった感情を持った人間も
ただでは済まないだろう。
と、わかっていても、
自分だけは免罪符を持っているような気になって
息子に吠えまくったりしているわけだが・・・・
こういう点も含めてこれまでの生活を振り返ってみると、
やはり、身体を大切にしてこなかったなぁと思う。


怪我や病気によって、健康に対する意識が変わるという。
当り前のこととして享受していた<健康な状態>が、
突然失われてしまったのだから、意識を変えざるを得ない。
健康はデフォルトで設定されたものではなく、
努力して獲得するものに変わったのだから。


これまでは非常にラッキーなことに、
出産以外では入院したことがなく、
重い病気にかかることもなく、
元気に生活してこられたけれど、
努力や節制なしに健康でいられる時代は
とっくに終わっていたのだろう。

今の私の健康は、部屋にたとえると、
汚れたら掃除するという状態ではなく、
古くなった家具を撤去したり、
ただ並べてあるだけの本やモノを捨てるか持ち続けるかの
選別をしなければならない状態になっていて、
ここまで踏み込んでやらないと、
健康を維持するのは難しい状態にさしかかっているのだろう。



日常生活に支障があるわけでもなく、
通院や入院や手術が必要というわけでもないので、
引き続き「健康」と言って差支えない状態ではあるけれど、
できるだけ長くいい状態を保つためには、
きちんとした自己管理が必要だ。


自分がどういうものを食べて、
どんな心の状態で過ごし、
周囲に対してどんな言葉を口にしたか、
何を耳にして、何を目にしたか、
もう少し注意を払いたい。
選択肢があるものについては、
意識的かつ慎重に選べるようになりたいと思う。



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2014年 4月 09日

出土品

カテゴリー かんがえごと

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日曜日。
夫の本棚から、約20年前の写真が“出土”した。


出土のきっかけは、夫が長年のモラトリアムを経て、
ようやく本棚を整理しようという気になったからだった。


彼の本棚には、過去に買い込んだ本やCDやDVD、
ビデオテープ(!)が本棚に詰め込まれているため、
新しく購入した本や雑誌を入れるところが全くなかった。
このため、別の部屋のタナの上には雑誌類が山のように積み上がっていた。
崩れたらヒサンなことになるので、何度も片づけるように言ったけれど、
何年間も馬耳東風状態。
今年になってようやく重い腰を上げる気になったのは、
いろいろ区切りがついたからかもしれない。


紙製の薄いファイルボックス(?)がいくつか出てきたのだが、
その中のひとつに、私が海外出張に行った時の写真や
飛行機のチケットの半券、ホテルのパンフレットなどが入っていた。
20年近く行方不明になっていたことにも気付かなかったし、
そんなものが存在することさえ記憶になかった。
それにしても、なんで夫の本棚に入っていたんだか。


夫のビデオテープのコレクションにもびっくりだが、
「フロッピーディスク」の大量出土にもびっくり。
個人的なデータではなく、PC用の何かのソフトらしい。


ビデオテープに負けないくらいの数の映画のDVDがあった。
こちらは、未開封品があったりする・・・


せっかく買ったのに、それを使う時間・見る時間がなかったのだろう。
もっとも、香港や台湾で買ったビデオやDVDは、
<異国での買い物体験>ということで、
手に入れただけで満足してしまったのかもしれない。





あるキャラクターのグッズを集めたり、
特定の分野の品物をコレクションするのは、
それはそれで楽しいし、否定はしないけれど、
そういう収集をするとしたら、
「地球での残り時間」を考えなければならない
年齢になってきたような気がする。



中学生の姪っ子は、文具が大好き、マステが大好きで、
かわいいペンやマステを山ほど持っているけれど、
彼女は、あの数量に対抗できる若さとエネルギーと時間をもっている。


私にはないなぁ・・・苦笑




思い出の品、購入時はそれなりの値段だったモノたちも、
あるじがいなくなれば、存在価値が激減すると思う。


あるじとつながりがある人たちにとっては、残された品々は、
「故人を偲ぶもの」という意味を持つ場合があるけれど、
そういう人がいなければ、古道具屋・リサイクルショップに
売れるかどうかだけで価値を決められ、
売れないとなれば、粗大ゴミ扱いになってしまうだろう。


祖母の家とお別れしたとき、いくつかの家具や
古い食器が残っていた。
自宅に広大な倉庫でもあれば、全部持ち帰りたいところだったけれど、
マンション住まいでは到底無理。


我々が最後のお別れをしに行く前、便利屋さんが来て、
値がつきそうなものを持っていったらしい。
仏間の欄間は外され、
板チョコを思わせる応接間のドアも外されていた。
このドアにはガラス製のステキなドアノブがついていた。


昭和初期に建てられた和洋折衷の家は壊され、
しばらく更地の状態が続いた後、
建売の新しい家が二軒建てられたらしい。
それを見るのが厭で、祖母が住んでいた街には
行っていない。



私の持ち物は、便利屋さんに捨ててもらうのではなく、
できるだけ自分で処分したいと思う。
となると、残り時間を考慮して、
モノとの付き合いを変えていかなければいけないだろう。




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2014年 4月 02日

自分を探しに

カテゴリー かんがえごと


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エア登山が完全終了し、平成25年度も終了。
消費税率は、8%に。



エア登山が収束してきて、
心おきなくのんびりできるようになってきて、
図書館通い&読書を再開した。
時間に追われなくなると、ついつい、
ネットの記事をぼーっと眺めることにも時間を使ってしまう。


先日、何のサイトだったか、20代前半のころ、
姉経由で名前を知った人物の消息を目にした。
還暦目前という年齢になっていると知ってびっくり!


彼女の名前で検索すると、何冊も本が出てきた。
5年前に書かれたものと昨年書かれたものを図書館で借りた。
私が知っている華やかな彼女ではなかったけれど、
人生の大先輩から、生活の根っこの部分にかかわる話を
聞いているような気分になった。
とてもよかった。


昨年出版された彼女の本の中で
「ユキ・パリス」という人物を見つけた。


ちょっと変わったお名前と、
デンマークにお住いということで興味を持った。
(昔、デンマークにある関連会社の人々と
 一緒に仕事をしたことがあったので
 デンマークは勝手に親近感)


地元の図書館のサイトで、「著者=ユキ・パリス」で検索すると
『ずっともの探し』という本が見つかった。


美しい写真と、私好みの文章がセットになっている、
とても素敵な本だった。


「はじめに」には、こんな文章があった。

> 骨董仲間の一人がもの探しに出かける際、
>「自分を探しに行ってきます」と、
> 家の人に声をかけて外出する、という話を聞きました。
> なるほど、ものを見ている時や買う時、
> また、選んだものをいくつかまとめて見ると、
> 自分の目線や嗜好、考えや性格などに
> あらためて気づかされることがあります。
> また、自分がなぜ今、ものと深くかかわっているのか?
> その理由や成り行きに合点がいくときもあります。




<自分探し>というのが、ブームのようになったことがあった。
さまざまな自分探しがあったような気がするが、
当時の私が<自分探し>として考えていたのは、
 ・「本当の自分」を見つければ、
   幸せになれるはずだから、探さなければいけない
 ・今の自分は、いわば「仮の姿」であって、
  「本当の自分」はこんなんじゃない
といった、<今の自分>を否定する形のものだった。
もともと、自己評価は超辛口でないとできない性質なので、
<今の自分>を否定することは実にやりやすいことだった。



しかし、<今の自分>を否定したところで、状況は動かない。
どこかへ行くにしても、別のワタシになるにしても、
今いる場所、今の自分しか、起点にならない。
アメリカに行きたいと思っても、
今、自分がいる国の中の(空)港からしか出国できないわけで、
(空)港に行くには、今、自分がいる場所から移動せざるを得ない。
今いる場所が確認できなければ、
どこへ向かったらいいのかは
決められない。


起点が定まらないというのは、
糸の切れた凧のようで、
あっちヘフラフラ、こっちへフラフラと流れるだけで、、
結局は何も残らなかったような。


でも、どんなにフラフラしても、
自分は自分でしかなく、
彷徨った軌跡もまた、時間を置いて眺めると、
やっぱり自分らしかったりする・・・笑


ユキ・パリス氏の本に書かれている通り、
何か決断を下すたびに、
何かを選ぶたびに、
自分らしさが顔を出しているんだろうなと思う。



骨董仲間が探しに行くのは、
自分の心が強く惹きつけられるもの、
自分の美意識がカタチになったものといった、
自分の内側にある、形を持たない何かが
具体化・外部化したものなのかもしれない。




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