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2013年 7月 30日

ラジオ体操 

 
 
 
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夏休みも10日過ぎ、お弁当のやりくりも
なんとなく軌道に乗ってきた感が・・・。
 
 
軌道に乗ってきたというと、なんとなくよさげな感じだけど、
実際は、使い回しパターンが確立してきたというところ・・・
 
 
100均で、とってもシンプルな保冷バッグを入手したので、
そこにお弁当とハミガキセットと保冷材を入れて、息子に持たせている。
 
 
毎年、夏休みには「ハミガキカレンダー」が配布される。
三回磨いたらピンク、二回なら黄色、一回なら青で
日付のついたお星様を塗っていく。

だいたい毎年、お星様はお約束通りの「黄色」になる。

今年は、まだ開始早々なので、ピンクと黄色が拮抗しているが、
やっぱり黄色になりそうだ(・・・って親が言ってどうする)


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ラジオ体操は明日で終了。
1週間しかやらないけど、一応、皆勤賞。
 
 
息子の小学校ではラジオ体操を教えていない。(と、言っている)

息子の場合、幼稚園でばっちりしっかり仕込まれているので、
ラジオ体操は得意(?)らしく、体操に行くのが楽しいようだ。
 
 
でも、「ラジオ体操の歌」は知らないらしい。
 
  あーたーらしーい あさがきた
  きーぼーの あーさーだ
  よろこーびにむねをひーらけ
  あおぞーら あおげー
  ラジオーの こえにー
  すこやーかなむねをー
  このかおーるかぜーにひらーけよ
  それ イチ ニノ サン

 
wikiによると、この歌は1956年(昭和31年)9月に発表されたそうだ。
(藤浦洸作詞、藤山一郎作曲)
昔の曲は、わかりやすくて歌いやすい。
(年を取ったからこんなふうに感じるのだろうか?)
 
 
ラジオ体操は2番まであって、歌詞はネットで調べられるが、
こちらは今までに一度も聞いたことがない・・・
 
 
 
ラジオ体操の由来もwikiに載っていた。
昔は、こういう情報は、各個人が図書館などで地道に調べたんだよなー
「昔」って言っても、それほど昔じゃないけど。
 
(息子にとっては、2002年でさえ「むかし」だが・・・生まれてなかったし)

ネットがなかったら、どうやって調べるかな?
図書館に行って調べるだろうけど、
まず、百科事典からスタートかな?
『個々の知識を覚える必要はなく、
 それらがどこにあるか、どうやって調べたらいいかが
 わかっていればいい』
と大学時代に教わったけど、
最近は、Google様にお伺い→wikiを読む・・・おしまい・・・だなぁ。
  
 
 
調べものの課題が出された場合、
数人がwikiを参照したとして、
それぞれが文章を加工したとしても、
ソースが同じってバレバレみたい。
(コピペした文章がベースになっているなら、わかるんだろうな)

「何のために調べるか?」にも拠るけれど、
コピペするのと、手でゴリゴリ書くのとでは、
アタマに残る記憶の形は、かなり違うような気がする。


以下、wikiより抜粋

> 放送開始に先立つ1923年に保険事業に関する調査のため訪米した
> 逓信省の猪熊貞治簡易保険局監督課長がメトロポリタン生命保険会社の
> ラジオ体操の企画を知り、1925年7月に『逓信協会雑誌』で紹介した。
> 猪熊は1927年8月、簡易保険局の会議において昭和天皇即位を祝う事業として
> ラジオ体操を提案。1928年5月24日に簡易保険局、日本生命保険会社協会、
> 日本放送協会の三者が体操の考案を文部省に委嘱した。
> 文部省では体育課長の北豊吉を委員長とし、体育研究所技師の大谷武一などを
> 委員として検討を重ね、10月29日に「国民保健体操」の名称で発表、
> 同年11月1日7:00に天皇の御大典記念事業の一環として
> 東京中央放送局で放送を開始した。
 
 
ラジオ体操の変遷
> 初代:1928年11月1日 – 1946年4月13日 (作曲:福井直秋)
> ただし、1945年8月15 – 22日は放送中止
> 2代目:1946年4月14日 – 1947年8月31日 (作曲:服部正)
> 3代目:1951年5月6日 – (作曲:服部正)
 
 
ラジオ体操は、終戦から一週間で再開したのか・・・
 
 
子どものころ、「玉音放送」という言葉を知り、
両親に「どうだった?」と聞いたことがある。
 
 
確か、
「オトナはみんな泣いていたけど、ザーザーした音が強くて
 あまりよくわからなかった」
という感想だったような・・・
 
この返事は父だったか母だったか・・・

母は東京大空襲の後の風景を鮮明に覚えているようだが、
田舎にいた父の場合、原爆投下のことを知ったのは、
投下から1週間くらい経ってからだったらしい。
「原爆」ではなく、「とても大きなバクダン」という表現だったようだ。
 
 
私にとっては、戦争は両親の世代だけど、
イマドキの若者にとっては、祖父母の世代・・・
 

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ラジオ体操は、確か、<ギョウカンウンドウ>で教わったと思うけど、
歌はいつ教わったのかな?

ギョウカンウンドウって普通に言ってたけど、
業間運動だったんだろうか?
(授「業」の「間」の「運動」??)

20分くらいの休みで、一斉になわとびをやったりしたなぁ。
ビニールのナワじゃなくて、本当に「縄」だった。

ビニールのなわとびを手に入れて、
二重跳びをやったとき
「なんてやりやすいんだ!!」
と、感動したけど、失敗して、ナワが足に当たると、
ミミズバレみたいになったんだった・・・
 
 
 
 
それにしても、ラジオ体操のきっかけがアメリカだったとはビックリ!!
「メトロポリタン生命保険会社のラジオ体操の企画」は、
その後、どうなったんだろう??
 
と、思ったので、検索してみたら、
「メットライフアリコ生命保険株式会社」のサイトに情報があった。
 
> 「メトロポリタンライフ ヘルス エクササイズ」という名称で、
> (Metropolitan Life Health Exercise)
> 日曜・祝日を除くほぼ毎朝6時45分から約1時間放送されていました。
> このラジオ体操は、1925年から1935年までの10年間行われました。
 
 
10年間で終わっちゃったのね~
日本での開始は、メトロポリタン生命のラジオ体操開始から
3年後の1928年だったけど、まだ続いてるなぁ。


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wikiには「各地のことばによるラジオ体操」の紹介があった。
このラインナップを全部、一通り聞いてみたいなぁ。
伴奏がピアノ以外のものは、どういう感じなのか興味がある。
三線だと、なんだか沖縄風に聞こえるんだろうか??

■ラジオ体操第1 津軽弁(伴奏:津軽三味線)
■おらほのラジオ体操 石巻弁(伴奏:ピアノ)
■ラジオ体操第一 山形弁(伴奏:ピアノ)
■ラジオ体操第一 名古屋弁(伴奏:ピアノ)
■ラジオ体操第一 鹿児島弁(伴奏:ピアノ)
■奄美島口ラジオ体操(伴奏:三線、チジン(島太鼓の一種)、ピアノ)
  島口(しまぐち)と呼ばれる奄美群島各地のことば
    奄美市、旧笠利町、龍郷町、大和村、宇検村、瀬戸内町、
    喜界島及び徳之島の8か所+NHK直訳島口の9バージョン
■ラジオ体操第一 うちなぁぐち(伴奏:ピアノ)
■ラジオ体操~宮古島方言バージョン(伴奏:ピアノ)
■新川スマムニラジオ体操 八重山方言(伴奏:三線とピアノ)
■ラジオ体操第1 英語編/パックン(伴奏:ピアノ)
■ラジオ体操第一 イタリア語編/ホノルル妙法寺住職でテノール歌手の山村尚正(伴奏:ピアノ)
■ラジオ体操第一 ギニア語編/オスマン・サンコン(伴奏:ピアノ)
             
____________________
  三線(さんせん):三本の糸(弦)をもつ、沖縄・奄美の楽器
  うちなぁぐち/うちなーぐち(沖縄口):沖縄ことば
 
 
ギニア語編のコメントに「スス語の掛け声」とあった。
スス語というのは、ギニア共和国(公用語:フランス語)、
シエラレオネ共和国(公用語:英語)、ギニアビサウ共和国(公用語:ポルトガル語)で
話されている言葉で、母語話者数 100万人以上だそうだ。

5年後の2018年は、ラジオ体操開始から90年目になる。
現在やっている3代目のラジオ体操も60年を超えてるなぁ。
 

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Lモードとか、キャプテンシステムとか、
イマイチよくわからないまま消えていくものが山ほどある一方で、
昭和の香りがずっしり練りこまれているにもかかわらず、
連綿と続いていくものもたくさんある。
古いものと新しいものが存在しているのは、特に不思議でもないけど、
来日した外国人の中には、新旧の共存が不思議に見えたりするヒトも
いるらしい。
 
 
懐かしさを感じるもの、古き良きニッポンみたいなものは
残っていてほしいけれど、地元の古いお風呂屋さんは
次々に壊されて、集合住宅になっていく。
 
 
実家の近くも、ここ数年の間にずいぶん変わった。
 
 
変わらないことがいいわけじゃないけれど、
あまりに変わりすぎるのもどうなのかなぁ・・・


 
 
 

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2013年 7月 24日

夏休みスタート

カテゴリー 子どものこと

 
 
 
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ついに夏休み。
 
 
学校の学童は3年生で終わりだから、
民営の学童に入れたんだけど、
やっぱりよかった。
 
 
プールの送迎が本当にありがたい。
 
 
何より、息子が喜んで飛んで行ってくれるのがありがたい。  
(仕出し弁当を注文できるのに、
 お弁当を作ってというのには閉口するけど・・・)

去年から、学童まで自力で行けるようになったのも、ありがたい。
1、2年の時は、毎朝、学童まで連れて行っていたけど、
これだけで汗だくになっていた・・・
 
 
 
 
夏休み前に持って帰ってきた身体測定カードを見たら、
今年4月の身長は、入学したときよりも20センチくらい
高くなっていた。
 
 
あいかわらず夜9時半までには(遅くとも10時までには)、
布団に追い込んでいる上、
息子はやたらと寝つきがいいので、
朝まで泥のように眠っているし、
もともと食が太かったが、最近はオトナ並に食べるので、
背が伸びるのは当然と言えば当然。
 
 
今のところ「チビおかーさん」よりもさらに小さいが、
息子を見上げるのも時間の問題・・・
 

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夏休みの宿題について、
「自分はどうするか、どのようにやるかを書きましょう」
といった趣旨のプリントが「お手紙袋」に入っていた。
 
 
やたらと筆圧が強い巨大な文字で
ギュウギュウと書いてあったのは、
「ちゃんとやる」「ためずにやる」「しっかりやる」。
  
・・・・掛け声倒れになる予感・・・・
 
 
ちゃんとやるってどういうこと?と突っ込みたかったが、
「しっかりやるってこと」って答えしか返ってこないだろう。  
 
 
 
 
近所の公園でラジオ体操をやるというお知らせが
マンションの入り口に張ってあるのを見た息子は
「いく!!!!」
 
 
そういえば去年も行ってたっけ。
でも、1週間くらいしかやらないんだよな・・・
昔は、もう少し長くやってたんじゃなかったっけ??
  
 
 
私が小学生の時は、家のすぐ近くの駐車場が会場だった。
 
 
・・・アレ??
そのときクルマは移動させていたんだろうか??
駐車場の前は原っぱだったが、
背の高い草がわさわさと生えていたので、
ラジオ体操なんかできなさそうだったけど・・・
 
 
最終日にはノートとか、鉛筆とか、
文房具をもらっていた記憶がある。
 
 
去年、息子は「うまい棒」を大量にもらってきた。
それを持って、私の実家に行き、
従姉弟たちと山分けしていた。
 
 
今年の「ご褒美」は何だろう? 
最終日だけ出てくる<ちゃっかりさん>は、
21世紀にもいるのかな?
 
 
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私の小学校時代、
夏休み中には通学班としてのイベントをやることになっていて、
これをきめる会議がとっても憂鬱だった。
 
 
花火大会は定番だったが、
そのほかに二つやらなければならなくて、
子供心にも「超めんどくさい」と感じていたような。
 
 
班長が男子だったので、
「カブトムシ捕り」なんていうのをやらされて、
閉口したのを覚えている。
 
 
家から1キロくらい離れた川の近くの雑木林に
早朝に子どもだけで自転車に乗っていくなんて、
21世紀の都心部では、ちょっと難しいだろうなぁ。
 
 
 
今年、息子は「鬼門」の読書感想文に
早くから着手するつもりらしい。
といっても、本の選定にやたらと時間がかかるので、
去年の二の舞になりそうだけど・・・
  
 
 
8月上旬には、担任との個人面談がある。
時間は15分。
事前に希望調査があったので、第二希望まで、
出したのだが、全然希望通りじゃなかった。
 
 
「この日じゃなければ時間がとれません」
くらいの言い方をしないとダメなんだろうな、きっと。
 
 
割り当てられたのは、最終日の最後。
おそらく、大幅にズレこむだろうなぁー
去年は指定された時間に行ったけど、
待ち時間が長かった。
 
 
冷房がないので、扇子と面白そうな本でも持って行くかな・・・
それにしても、一体何を言われるんだか。
個人面談の場合は、
ベテランの女の先生の方が話しやすいんだけど。
今年は若い男の先生・・・
 
1、3年はベテランの女の先生、2,4年は若手の男の先生だった。
この順番だと、来年はベテランの女の先生になるかな???
 
 
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昨日は、西の空が明るかったので、
自転車で学童まで迎えに行ったら、
帰り道の途中で雨が降り出した。
 
 
息子には折りたたみ傘をさして歩いて帰るように言い、
私は荷物を持って大急ぎで帰宅。
雨足はどんどん強くなり、
家に着くころにはかなり濡れた。
 
 
自転車通勤時代には、
バケツの水をひっくり返したような雨に
遭遇したこともあったなぁ・・・

帰りだったからよかったものの、
頭からずぶぬれの状態で、
雨水をたっぷり吸った靴をぐっちゃらぐっちゃらさせながら
エレベーターホールを歩くのは恥ずかしかった・・・
 
 
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2013年 7月 18日

疑いは晴れず・・・

カテゴリー 生活一般


 
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1月に受けた人間ドックで
「肝血管腫の疑い」と言われてしまったので、
検査を受けることに・・・
 
 
地元の古い大病院(?)に行った。
 
 
「古い建物」と表現する場合、
明治の洋館も、昭和30~40年代につくられたビルも、
<古い>ってことになるんだろうけど、ビミョーだ。
 
 
明治の洋館は、「うわぁ~ こういうの、いいなぁ」になることが多いけど
昭和の一般的というか、フツーの建物は
「古い・・・」で終わってしまうような。
 
 
昭和初期の和洋折衷の住宅などは、とっても素敵なんだけど。
 
 
 
年季の入った病院のフロアに懐かしさというか親近感を覚えるのは、
小学校の校舎とか、当時の公民館の記憶につながるからだろう。
 
 

初日は、造影CT検査の説明と血液検査。
 
 
 
造影CTの検査結果は一日で出るそうだが、
複数の医師で話し合って、最終的な判断が出るので、
検査結果の話が聞けるのは、
検査終了から3時間くらい経ってからとの話だった。
 
 
 
待っているのは嫌なので、
検査と、医師の話を聞くのと、別々に予約した。
 
 
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二回目は、造影CT検査。
CT・MRIの検査室は、総合受付から離れた場所にあり、
待合室(というか、検査待ちの人用のスペース)は、
なんだか「うらぶれた感」が漂っていた。
 
  
年代モノの建物なので、壁は何度も塗りなおした跡があるし、
床はキレイに掃除してあるけれど、
モトの色は何色だったんだろうみたいなところがあるし、
蛍光灯はなんだか暗いし、
背もたれのない、黒いビニールの長椅子は、
角が破れているらしく、ガムテープで補強してあった。
 
 
 
名前を呼ばれたので、
小学校にあった防火扉に似たドアを開けて検査室に入ると・・・
 
 
 
そこは別世界!!
 
 
 
部屋の外は20世紀だったけれど、部屋の中は21世紀。(笑)
 
 
外が暗かった分、検査室の中は眩しいくらい明るかった。
 
 
部屋の真ん中にはCTの巨大な装置。
 
 
 
たぶん、コレに似ていたと思う。
http://www.hitachi-medical.co.jp/aboutus/news/news/news100930.html 
「SCENARIA」

 
 
淡いブルーの検査着に着替えて、
検査技師の指示に従って
輪っかの真ん中に入っていく可動式のベッド(?)に寝ると、
「点滴の針、さしますからね~」
と言われた。
ああ、そういえば点滴なんて一度もやったことがなかったと
思いつつも、完全にまな板のコイ状態。
 
 
 
血液検査よりも多少痛かったような・・・
 
 
そして、撮影開始。
なんだか怖くて目を閉じていた。
 
 
こういう、近未来っぽい医療装置は苦手かも。
 
そういえば、年末に受けたレーシックの装置も
とっても近未来で怖かった・・・
 
 
 
この、超ハイテクっぽいスゴイ機械で、
どっか改造されちゃうかもしれないとかって
思っちゃうのかなぁ??? 

 
(私を改造しても、何かに寄与・貢献しそうにもないけど)
 
 
 
「造影剤を入れますね。
 体が熱くなりますが、お薬の影響です。
 心配ありませんからね」
 
 
・・・という説明があったものの、
<お薬の影響>もまた、とっても怖かった・・・
 
 
右腕がカーッと熱くなり、体の右側が熱くなり、
おなかのあたりを通って左側が熱くなり・・・
 
 
血液に混ざって、造影剤が身体の中を廻っているんだと思うと、
嫌な気分になってきた。
 
 
再び撮影。
さほど時間はかからなかったが、
気分が悪い・・・というより、
なんかヘンなものが体の中に入っているんじゃないかという不安から、
重苦しさを感じているのかもしれなかった。
 
「点滴はずしますね。
 でも、しばらく針はつけておいてください」
 
「???」
 
 
 
「針+それにくっついている細い管」は
しばらくつけておくということだった。
 
 
針が刺さっている部分を、固定した後、
細い管をコードみたいに束ねて腕に載せ、
半透明のテープでぐるぐる巻きに。
 
 
 
・・・針が刺さってると、かなり痛いんですけど。
 
 
 
「30分後に消化器内科で抜いてもらってください」
  
「・・・・」
 
 
 
この状態で着替えるのはとっても大変。
右腕を曲げないと、上着が着られない。
(ブラウスを着てくるべきだった)
ちょっとでも曲げると、かなり痛い。
 
  
なんとか着替えて外へ出る。
 
 
「造影剤は、体に必要ない余分なお薬なので、
 水分をたくさん取って、外に出してくださいねー」
 
 
クリアホルダーに入っている検査受付表を受け取って、
消化器内科へ。
受付の箱に入れて、椅子に座る。
ああ、水を飲まなきゃ・・・ 
 
 
自販機のところに行って、カバンからお財布を出すにしても、
お財布を開けてコインを取り出すにしても、
右手のサポートなしにはできない。
 
 
うっかり曲げてしまうと、とっても痛い。
細い管には少量だけど血がたまっていた。
見てるだけで痛いかも・・・
 
 
水を買って戻ってきて椅子に座って、
ペットボトルのキャップを
左手で開けようとしたが・・・あかない!!
 
 
いつも右手を使っているから、
左手がかなり怠け者になっているらしい。
 
 
どうしてもあかないので、
あきらめて右手であけた。
腕が痛いよお・・・
 
 
 
検査前日は午後9時以降の食事は禁止、
検査当日は朝食なし、
検査の1時間前から、水も飲んではいけないことになっていたので、
かなり喉が渇いていたらしい。
500のペットボトルは、あっという間に空になってしまった。 
 
 
名前を呼ばれて、消化器内科の部屋に入ると
すぐに針をはずしてくれた。
  ! ! ! !
こんなに長いのが刺さってたの?!
痛いわけだ・・・
 
 
次回の予約の確認をして、総合受付へ。
会計で待たされるかと思ったけれど、
すぐに呼ばれた。
 
 
お金を払って外に出ると・・・暑い!!!
  

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きっと前世紀からあまり変わってないんだろうなという雰囲気の
小さなパン屋さんでパンを買って、地下鉄の駅へ。
 
 
駅の中はとても涼しかった。
とにかく水を飲んで、薬を外に出したかったので、
自販機でまた水を購入。
 
 
ベンチが置いてある小さいスペースには誰もいなかったので、
そこに座って水を飲んだ。 
 
 
急激におなかがすいてきたので、パンを一つ食べた。
それにしても、自宅の最寄り駅でパンを食べるなんて・・・(苦笑)
 
 
 
それから出勤。
 
 
 
薬の影響か、それとも昨日夜更かししてしまったせいなのか、
なんだか気持ちがふわふわして落ち着かず、
メールを読んでも、アタマに入らなかった。
 
 
昼休みに机に突っ伏して短時間のお昼寝をしたら、
午後からはスッキリした。
 

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検査の一週間後・・・・
三回目の病院行き。
 
 
前回、前々回よりも遅い時間だったせいか
(と言っても9時前というか8時半過ぎ)
人がいっぱい!!!
 
 
病院に御用がある人がこんなに大勢いるなんて・・・
 
 
予約していたので、9時ちょうどに診察。
 
 
結果は・・・
 
 
基本的には問題ないようだけど、
問題ないというのは、「ただちに問題ない」という意味で、
要するに<今の状態では判断がつかない>ということ。
 
 
ほかの箇所についてはハッキリ「問題ありません」と
言われただけになんとなくモヤモヤ。
 
 
 
「肝血管腫の疑い」を晴らしたかったのに!!!!
 
 
 
いただいたレポートによると、
1月の人間ドックで指摘された箇所に
「造影効果の乏しい低吸収結節」があるそうで、
「嚢胞(のうほう)かどうか明らかではなく、エコーでの経過観察」が必要・・・
 
 
嚢胞を疑う数ミリ程度の低吸収結節もあるらしい。
 
wikiによると・・
>  嚢胞(のうほう)とは、軟組織内に病的に形成された液状成分を持ち、
> 液状成分周囲を固有の単層上皮に覆われている球状の嚢状物を指す。
> 内容物が固体の場合は嚢腫と言う。
>
> 大部分において害は無く放置しても大丈夫とされるが、
> 面積が大きなものや周囲の臓器との癒着を伴うもの等は
> 手術による摘出を必要とする。
 
 
 
ネットで調べたところ、定期的に検査するだけで
特に治療は必要ないとのことだけど、
その「定期的に検査」が、それなりにお金がかかるんだよなー
莫大な金額ではないけれど。
 
 

先生は
「検査はね、半年とか1年くらいで受けたほうがいいんですよ。
 人間ドックのエコーだと、毎回引っかかちゃうでしょうね。
 で、今回みたいに検査してきてくださいって言われると思います。
 よそで受けてもいいんですけど、
 ウチで検査するなら、今回のデータとの比較ができるから、
 大きくなってるかどうかわかりますよ」
とおっしゃる。
 
 
そう言われると、「お願いします」みたいな返事しかできない。
それに、今は何といっても、何としてでも、健康第一だしな~

 
 
「では、半年後くらいにまたお会いしましょうか」
先生はにこやかにおっしゃると予約の手続きをしてくださった。
 
 
来年の1月、再び<近未来っぽい医療装置>のお世話になる。
造影剤が身体を流れていく感覚は、
とても恐ろしいんだけど。
 
 
まあ、定期点検だと思って、受けてこよう。
終わった後のダルさが半端じゃなかったので、
休みをとって行くのもアリかな・・・
 
  
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2013年 7月 16日

三連休

カテゴリー 生活一般

 
 
 
 
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楽しみにしていた三連休。



なんだか一瞬だった・・・



 
土曜日。
息子は朝からおばあちゃんち(私の実家)へ
すっ飛んでいってしまった。
 


 
お泊り準備を自分でやって、
自力で行ってくれるのはとってもありがたいんだけど、
帰ってくることができないのは、どうにかならないものか・・・
行った道を引き返すだけなのに。


 
 
お昼はお気に入りのカフェでランチ。
貸し切り状態♪

 
子どもの工作教室の作品展をやっていた。
そのお教室の先生がマダムの知り合いらしい。


 
 
子どもの絵は、本当に自由で、すっごく楽しそうで、
見ているだけで、元気がもらえそうな気がする。


 
材料費を抑えるために、先生はいろいろ工夫しているそうだ。


 
マダムが作品を見ながら教えてくれた。
「これとこれは、ダイソーで買ったそうよ」
「これは・・・なんて名前だったか
 別の100円ショップで買ったって言ってたわね」


 
 
昔に比べて、100円ショップの商品はずいぶんおしゃれになったけど、
こんなに実用的でかわいいものがあるとは知らなかった。 


 
 
見る人が見れば。100円ショップは宝島なのかも?


 
猫の顔の形のかわいい黒板(?)があった。
これは、100円ショップで売っている厚紙を猫型にカットして、
ハンズで買った
「塗って乾かすと黒板状態になるペンキ」
を塗布して作ったとのこと。

 
 
おしゃれになるか、
ビンボー臭くなるかは、作り手のセンス次第だなぁ・・・
 

 
美容院で渡された女性雑誌にも、
それなりのお値段の食器に、100均グッズを合わせた
おしゃれなテーブルコーディネートが紹介されていたけど、
これもまた、センスが問われる世界だわ・・・ 

  
 
この展示の前には、
地元の風景を撮影した写真展をやっていた。
マダムから
「せひせひ! 写真をお願いします!!!」
と頼まれて、夫ともども写真を飾っていただいた。

 
展示期間中に見にいったら、
すごい写真ばかりで、お恥ずかしい限りだったけれど、
かなり変わった場所から撮った写真だったので、
それなりに見てもらえたらしい。


 
「写真って大事よねー
 私はずっとここに住んでいるんだけど、
 建物が壊されて更地になっちゃうと、
 そこに何があったのか、
 全然思い出せないのよ。
 別の建物が建ったら、よけいわかんなくなるし。
 
 でも、写真があれば、
 ああ、そうだった!って簡単に思い出せるでしょ?
 だから、来年もやろうと思ってるの。
 その時には、また写真をお願いしますね!」


確かにそうだ。
建物が壊された後には、あっという間に記憶が薄れていく。
(展示用の写真・・・滝汗)

 
息子の学童に行く途中にあった、
古い銭湯が壊されて更地になった。

 
 
昭和っぽくて、下町っぽくて
なんだか映画に出てきそうな雰囲気だった・・・
って、今は鮮明に覚えているけれど、
数週間くらいで、思い出せなくなってしまうかもしれない。

 
 
マダムにそのことを話すと、
昔は本当にたくさんの銭湯があったと教えてくれた。
小規模な町工場がたくさんあった地域だし、
お風呂がないアパートもたくさんあったのだろう。


 
 
今年の写真展に出した写真は、
前々から「よろしくね」と言われていたのに
ギリギリになって撮ったものもあった。
ふだんから撮りためてないとダメみたいだな。
今は暑くて歩き回る気になれないけど、
涼しくなったら、カメラを持って散歩してみよう。


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翌日の日曜日は、高校の部活のランチ会。
7名が集まった。
全員集まると10人なんだけど、
なかなか全員集合は難しい。
 

 
一番早くお母さんになった友達のお子さんは高校3年生・・・
時間がたつのは早いものだ。
妊婦さんだった彼女に、
体の状態とか、検診のこととか、
あれやこれやと根掘り葉掘り聞いたのが
ついこの間のよう。


 
 
竹内まりやさんの古い歌に
Forever Friends というのがある。
ベスト・アルバム『Impressions』(1994年)で
初めて聞いたんだけど、
部活のメンバーとのお付き合いは、
この歌詞の内容に通じる部分もある。


 
(みんな超優秀で、本当にすごすぎる人たちなので
 「張り合う気持ちもちょっぴりは大切にしたいね」なんて
 思ったことは一度たりともないけれど)
 

 
みんなおかーさんになっていて、
子どものことでも、ご両親の健康のことでも、
職場のことでも、学校関係のことでも、
いろいろあるみたいだけど、
ユーモアたっぷりに頑張ってる様子が伝わってきて、
私も、頭に角と湯気を出したりしないで、
飄々と行動しないといけないなぁと反省。
 

 
 
来年の夏も会う約束をした。
具体的な日付は決まってないけど、
予定が合うといいな。

 
 
今回、みんなとってもきれいで華やかだったので、
私も少しは、努力しなくちゃ・・・


201307P6082757
  
 
 
最終日。
連休前、午前様&6時出社を繰り返していた夫は、
二日間で睡眠不足を解消したらしく、
息子を連れて遊びに行ってくれた。
(おかーさんに怒られてばかりの息子は大喜び)

 
台所と洗面所の断捨離。
書類整理とガス台周辺の徹底掃除。

 
 
もうちょっとやれるかと思ったけど、
なんだか一瞬で時間が経ってしまった。


 
夕方、夫からメール。
「何か少しおかずを用意して」

 
 
“おいしそうなものを買って帰るから、
ご飯は炊かなくていいよ”
と、出がけに言っていたけど・・・
 
 
何を買ったのか教えてくれないと、
どういうおかずをどのくらい用意したらいいのか、
見当がつかない。


 
普段、夫は、「メシ風呂ネル」の生活で、
ご飯を全然作ってないから、
どういう情報が必要なのかなんて、考えもしないんだろうな。 


買ってきたのは、「メヒコの蟹ピラフ」だった。
わー・・・!!!
久しぶりだー
うれしいな~

 
 
久々にメヒコのサイトを見た。
http://www.mehico.com/


 
確か、サルメヒコとかあったと思ったんだけど。
なくなっちゃったのかな??
 

 
また会社の日々だー
今日で給食はおしまいなので、
水曜日からは息子の分もお弁当を作らねば。
金曜日は終業式。
通知表を見るのが怖い・・・
 

201307P6062737 




 

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2013年 7月 10日

週末のお出かけ

                  



                 
7月は頻繁に更新したいと思いつつ・・・・
どうしてこんなに時間がないのか??
    
        
            
時間がないというよりは、
時間の使い方が下手なのかもしれない。
 
 



 
 

 
 
6月末に、高校時代の友達と鉄道博物館に行った。


 
 


 
 
全員子連れ・・・時間は着実に流れている。
ウチ以外は、女の子。
 


 
クラスの女子からはイマイチ相手にされてない感がある息子は、
年下の女の子からは「対等」とみなしてもらえるらしく、
結構楽しそうにおしゃべりしていた。
 
 



 
 
 
授業参観に行くと、女の子は神に見えるからなぁ・・・



  

保護者会で、子どもの机の中をゴソゴソやってるのは、
男の子のお母さんだけだし。
 


 
 
先輩お母さんのお話だと、
高校生になっても、大学生になっても
「・・・ったくもう!!信じらんない!!」
というのが、絶えないんだとか。
 


 
 
もちろん、個人差はあるだろうし、
出来杉クンみたいな子もいると思うけど。
 


 
 
この「・・・ったくもう!!」をカワイイと思えれば
男の子の子育ては、きっと楽しいんだろうけど・・・現実はキビシイ。

 


 
 
 

 


 
 
鉄道博物館は、操車場の跡地だと思っていたが、
wikipediaによると
 > 車両解体場(浦和電車区大成派出)の跡地で、
 > それ以前は非電化時代の川越線の気動車の留置線
ということらしい。
 



  
  
 
いずれにしても、やたらと広い・・・
(延床面積 約28,200平方メートル)
  
 





 

電車って自分が乗っているときは、大きさなんて考えもしないが、
展示してある車両を見ると、びっくりするくらい大きく感じる。
 


 
 
売店でお弁当を買って、特急列車の車両で食べた。

 

 


 
 
通勤電車は、全然面白くないけど、遠くへ行く列車はいいなぁ・・・
展示車両だから、当然動かないんだけど、
列車の中で食べるお弁当は楽しい。

 


 
 
 
 


 
 
電車の車両って頑丈に作ってあるから、
日本でのお役目が終わっても、
よその国で第二の人生を送っているケースはたくさんある。
 


 
 
若手の芸人さんが、
外国で働いている日本の車両を見に行く番組があったなー
(夫がテツなので、こういうのが好きらしい)
塗装が変わっていたり、マイナーチェンジがあったりしても、
列車がホームに入ってくる手前から、
「おおお!! ○○線がキターッ」
とか、ちゃんとわかってるみたいなので、すごいなぁと思った。

 


 
 
 
車両は、リフォームすれば住めるんじゃないかと思うけど、
車両本体の購入価格、移送費、内部の改造費用などを
合計すると、結構なお値段になるんだろうな。
 


 
 
待合室が電車の車両(眼科)
http://mrs.living.jp/saitama/blog/262088
なんだか楽しそう。



 
 
 
鉄道博物館に行ったことを、
九州から転勤してきた同僚に話したら、
九州にも似たような施設があると教えてくれた。

「九州鉄道記念館」
http://www.k-rhm.jp/index.html
敷地面積約7,800平方メートル 
 
 
> 本館は1891年に建築された赤レンガ造りの
> 初代九州鉄道本社社屋(のち鉄道院、鉄道省、国鉄が使用)を転用
明治時代の洋風の建物ってなんだか惹かれる。(1891年=明治24年)
ここにも行ってみたいな~
 


 
 
 
 


 
 
 
開館前から並ぶと、
ミニ運転列車の引換券が(運がよければ)もらえる。
  

 
早めに行ったのでもらえた!
 

 
 
息子はこれが一番楽しかったらしい。
乗り降りする場所の前後以外は、
自動運転じゃなくて、自分で運転できるようになってたからかな??
 

 


 
 

 
 


 




 
 
 
七夕の前日(7/6)は、実家で姪っ子&甥っ子の誕生日会。
 


 
 
バースデー・ディナー(?)の前に、
バースデー・ティーパーティ(?)があり、
我が家はティーパーティから参加。
 


 
 
ティーパーティといっても、
妹の家で、ケーキ食べて、コーヒーを飲むくらいなんだけど。
 


 
 
妹&甥っ子のリクエストで、
お祝いのケーキは、なぜかトップスのチョコレートケーキ・・・





 

仮面ライダーウィザードに夢中な甥っ子は、
録画した番組を見せてくれた。



  
 
ついこの間、生まれたと思ってたのに、
いつの間にか4歳。
 
 


 
 
テレビの録画を自分で再生できるんだから、大したもんだ。
(オババカ??)
ウィザードリングをつけたままで
ケーキを食べるもんだから、
クリームがリングにべっちょり・・・
別の魔法が使えるようになるかもしれないなぁ。
 


 
 
 
戦いの場面は、なんだかものすごーくデジャヴ・・・
この強い既視感は何なんだ??
と、思ったら・・・
 


 
 
ああ!!!
ここは、「つくばセンタービル」じゃありませんかー
 


 
 
この若くてカッコイイお兄さん方は、
あの場所でロケしてたんだ~
 
 


 
甥っ子を連れて行ってあげたら喜ぶかな??
 
 


 
 
つくばセンタービルは、
> 設計者:磯崎新(磯崎新アトリエ)
だと知ってびっくり!!



 
 > 着工:1980年04月、竣工:1983年06月
もう、30年前なのね・・・(結構ショック)
 
 


 
 
ケーキを食べた後、子どもたち3人は、
「戦いごっこ」をやっていた。
  


 
 
中学生になって一段とバージョンアップした姪っ子に、
息子&甥っ子のBOYSチームは全く歯が立たなかった・・・苦笑
 
 


 




 
 
バースデー・ディナーは実家にて開催。
 


 
 
誰のリクエストだったのか、
今回のメインディッシュは、「春巻」。
 


 
 
中身の具は母が用意してくれていたので、
巻くのと揚げるのは娘たちの仕事。
 


 
 
いつもは、妹が揚げているけど、今回は私が担当。



  
とってもおいしそうなきつね色に揚げられたのに、
写真を撮るのを忘れた・・・悔しい。
 


 
 



 
 
食後は花火大会。
 

 
 
去年は花火を買うのが遅すぎて、
市内のお店をさんざん歩き回っても、
「ちいさいおともだちむけ」の
<花火デビューセット>みたいなのしか買えなかった。
 


 

 


 
 
妹が、豪華花火セットを買ってきてくれたので、
今回は、たくさんあるぞーと喜んでいたけれど、
点火して、ワー!!とか、キレー!!とか言っているうちに
一瞬で終わってしまっ た。
 


 

 


 
 
今年は、あと3回くらいはやりたいなあ。
 
 


 
それにしても、姪っ子はいつまで付き合ってくれるかな??? 
 


 
 
 
 


 




 
 
 
 
 
  

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2013年 7月 02日

鎌倉GO!(その3) 

カテゴリー 旅行


 


 
 
3月末日で、時短勤務が終わり、3カ月経過。
帰宅後の1時間・・・あるかないかは大きい。
たかが1時間、されど1時間。
 
 
自分に余裕がないと、子どもに対しても
あーだこーだと口うるさくなり、
早く早くと急き立ててしまう・・・うーん。
 
 

文章がまとまらないまま、二度目の鎌倉から、
そろそろ一か月経ってしまう・・・汗。
 
 

________________________


 
 
鎌倉GO!の続き

 
前の晩早々に寝たので、
ものすごーーーく長い時間眠ったはずなのに、まだ眠い。
 
 
寝すぎて眠いのか、
睡眠の質がイマイチなのか??
 
 
天気予報によると、暑くなりそうなので、
今日の活動は少なめにすることに。




 
二日目の最初の訪問地は、極楽寺。
お寺の門をくぐったら、撮影禁止だった。
(文字が読めないと思われる人もいたけど・・・) 




立て札には、「開山は良観房忍性」とあり、
忍性なんて、変わった名前だと思って検索すると・・・
いろいろあることがわかった。
 
いろいろあるって・・・ほかに言いようがないのかって思うけど、
ここに書くと収拾がつかなくなりそうなので、
何か別に文章を書きたいなぁ。
 
 
  
「忍性」から、松尾剛次先生という人につながり、
(日本中世史学者、仏教史学者、山形大学教授)
松尾先生のご著書の
<鎌倉 古寺を歩く―宗教都市の風景 (歴史文化ライブラリー)>
につながっていった。
 
 
この本は、今年3月の「いざ、鎌倉」の前に読んでおくべきだった。
 
 
紅葉の季節にまた行こうという話が出ているので、
それまでにはちゃんと読んで理解しておきたいな。

 
 
 
極楽寺の山号は霊鷲山(りょうじゅさん)で、
詳名は、「霊鷲山感応院極楽律寺」。
 



山号(さんごう)というのは、仏教の寺院に付ける称号で、
つけるところもあるし、つけないところもあるらしい。
寺院がある山の名前を付ける場合もあるし、
仏教用語をつける場合もあるそうだ。
 
 
極楽寺の<霊鷲山>は、仏教用語をつけたのだろう。
 
 
<霊鷲山>は、インドのビハール州のほぼ中央に位置する山で、
釈迦仏が無量寿経や法華経を説いたとされる山として知られる・・・と、
wikipediaに書いてあった。
 
 

如来寿量品第十六(自我偈)には、<霊鷲山>が二回出てくる。

   偈:仏典のなかで、仏の教えや仏・菩薩の徳をたたえるのに
      韻文の形式で述べたもの
 
自我偈は、漢字5文字の句がずらーーーと並んでいる。
 
 
 
<霊鷲山>という文字が出てくるあたりには、
  「人々が本当の信仰心を起こしたら、お釈迦様は霊鷲山に現れる・・・」
  「お釈迦様は、神通力で姿をかくしているけれど、
   霊鷲山やそのほかの場所にとどまっている・・・」
と、いうようなことが書いてあるらしい。


<霊鷲山>は、ものすごく特別な場所なのかもしれないなぁ。
行ってみたい気もするけど・・インドかー
提婆達多の魂を宿さないといけないんだろうか。

 
 
 
 
続いては、成就院。
このお寺にはサイトがある。 
http://www5e.biglobe.ne.jp/~jojuin/
 
 
 


 

 
 
成就院の前から、海のほうへ降りていく坂道は、
絶好の撮影スポットらしく、高そうなカメラを持った方々が
立ち止まって撮影していた。
 
 

 

 
成就院の門をくぐると、すでに行列が。
拝観料の列かと思ったら、参拝の列。
  
パワースポットとして何かの雑誌に紹介されたらしい。
 
 
行列は庭をぐるっとめぐっていて、
子宝を授かる石とか、待ち受け画面にするといい仏像とか
なんだかとってもイマドキな感じのお寺だった。
 
 
交通量の多い道路の脇の歩道を歩いて長谷寺方面へ。
 
 
姉が行きたがっていたカレー屋さんは
お昼前だというのにすでに長蛇の列。
 
 
コーヒーでも飲んで休憩しようということになった。
 
 
前回の一族郎党鎌倉では、無理!という判断になった、
長谷駅の近くの「カンパネラ」というカフェに行こうとしたら、
日曜日は定休日らしく、閉まっていた。
 
 
さらに先へ進むも、日曜定休のカフェは多く、
なかなか見つからなかったけれど、
長谷寺と反対方向へ曲がってちょっと行ったところに
クラッシックな雰囲気の広いカフェがあったので、
そこで一休み。
 
 
ベルグフェルド 長谷店
http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14002523/
 
 
 
お店のひとが持ってきてくれたお水を一気飲みしてしまった・・・
 
 
 
長谷寺はかなりの混雑が予想されたので、
今回は断念して、その先の日蓮宗のお寺である光則寺へ。
 


 
 

 
 

昨日、佐助稲荷から鎌倉駅へ向かう途中で見かけた
トケイソウがたくさん咲いていた。

トケイソウって、ほんとに時計みたいなので笑ってしまう。


 
 
 
それにしても、どうしてこういう形になったんだろう??
 
 
パッションフルーツはトケイソウ科らしい。
 
あの果物もなんだか独特な感じだから、
トケイソウの仲間というのは、なんとなく納得。
 
 
 
トケイソウの花言葉は、「信心」「宗教」「信仰」「宗教的熱情」「聖なる愛」。
寺院に生えているのにふさわしいかも・・・と、思ったけれど
これはキリスト教からきているようだ。
 
 
wikipediaによると・・・
トケイソウの英名である<passion flower> は
「キリストの受難の花」の意味。
ラテン語で flos passionis と呼ばれていたのを
イエズス会の宣教師たちが訳したもの。
16世紀、トケイソウの原産地である中南米に派遣された宣教師たちは、
この花を、アッシジの聖フランチェスコが夢に見たという
「十字架上の花」と信じて、キリスト教の布教に利用した。
宣教師たちは、
> この植物はキリストの受難を象徴する形をしており、
> 花の子房柱は十字架、3つに分裂した雌しべが釘、
> 副冠は茨の冠、5枚の花弁と萼は合わせて10人の使徒、
> 巻きひげはムチ、葉は槍である
などと説明したらしい。
英単語 passion には「情熱」の意味もあるが、
この植物の名称での passion は「受難」の意味。


 
 
アッシジの聖フランチェスコには、
「聖痕 スティグマ」(stigma)があらわれたそうだ。
スティグマがあらわれた男性の例はほとんどないらしい。

 
 
幼稚園はキリスト教系だったので、
「文語体の賛美歌」をわからないまま歌っていたけれど、
いまだに、キリスト教に関しては、わからないままだな~
 
 



 
光則寺の庭には本当にたくさんの花が咲いていた。
 

 
 

 
 

 
 

 
 
 
 
 
庭の中央というか、本堂の正面には、
日蓮聖人の真筆に基づく「立正安国論御勧由来」を彫った石碑。

 
正門から見て、「立正安国論御勧由来」の石碑の
左手には宮沢賢治の『雨ニモマケズ』歌碑があった。



どうも、宮沢賢治というと、
クリスチャンという勝手なイメージがあるんだけど、
彼は日蓮宗に傾倒していた。
 
 
それにしても、宮沢賢治は謎だ。
「銀河鉄道の夜」だけでも、膨大な謎を孕んでいる。
一昨年亡くなった伯父は宮沢賢治の研究をしていたが、
何か文章とか残っているなら、読んでみたいなぁ。
 
 
たくさんの花が咲いている庭で、
父は、良い写真が撮れたと言っていた。
息子は、本堂の裏の方にある、
「日朗上人の土牢」と呼ばれる洞窟の近くで見つけた、
<大きなだんごむし>が一番面白かったらしい。
 
 
 
 
続いて鎌倉文学館へ。
http://www.kamakurabungaku.com/




 
建物がホントに素敵。
 


 
 
「当館の歴史」によると・・・
http://www.kamakurabungaku.com/about/history.html
 
 
現在の建物は昭和11年の建築。
<加賀百万石の藩主で知られる前田利家の系譜、
 旧前田侯爵家の別邸>とのこと。
 
何度か訪れたことのある、旧朝香宮邸は昭和8年の建築。
こちらもまた違った趣でとっても好き。
http://www.teien-art-museum.ne.jp/museum/asaka_artdeco.html
 
 
ふたつとも、それぞれ違った雰囲気で、とても素晴らしく、
イマドキの建物にはない落ち着いた美しさがある。




鎌倉文学館では、「特別展 太宰治 VS 島津修治」開催中。
こういうのって、背景知識があればあるほど興味深いものになる。
世の中の出来事って、意外なところでいろいろつながっているから、
その「つながり」が見えれば見えるほど面白くなる。
 
 
もちろん、最初は何も知らないわけなんだけど、
「これは何だろう?」
「どうしてだろう?」
「どういう仕組みなんだろう?」
「どこにあるんだろう?」
などという疑問が浮かび上がるかどうか、
心からの興味を持てるかどうかによって、
自分の世界が広がるかどうかが決まるんじゃないかと思う。
 
 
「ふーん、そうなんだー」
「だから何?」
「あ、それ、全然知らない」
で、済ませてたら、狭いままなんだけど、
そうしてしまうことも多い・・・
 
 
太宰治が川端康成に送った手紙も展示してあった。
芥川賞の選考前に、『晩年』という作品集とともに
審査員である川端康成に送ったものである。
 
 
太宰治がどういう人生を歩んできたかとか、
芥川龍之介にどれだけ傾倒していたかとかを知っていれば、
この直筆の手紙には、
血を吐くような迫力を感じられたはずだと思うんだけど・・・
ガラス越しにこの手紙を見ていた時の私は、
あまりよくわからなかった。
 
姉と母は、ものすごく感じるものがあったようだったけれど。
 
とても勿体ない事をしたような気がする。
 
 
 

 
 
 
今、文章を打っていて、
大学1年の夏に、
ユースホステルに泊まりながら東北を一人旅して、
斜陽館に行ったことを思い出した。
「津軽」の文庫本を持って・・・(笑)
 
 
青空文庫で読めるようになってるんだな。
読み返してみよう。

 
 
この日は「バラ祭り2013」の最終日だった。
残念ながら、もう咲きおわっているものが多かった。
 

 
 

 
 


 

 
 
 
 

鎌倉文学館のあとは、ちょっと遅いお昼。
いい雰囲気のお店が開いていたので、
ふらっと入ったのだが、有名店らしい。
 http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14002276/



食事の後、宿に荷物を取りに行って、
鎌倉駅に向かい、帰途についた。
 
 
今回は、3月よりは、軽い旅のつもりだったが、
初日に行った場所は、大きなお寺が多かったので、
父の万歩計の歩数は、3万歩近くなっていた。
 
 
二日目は、だいぶ抑えたつもりだったけど、
強い日差しの中を歩いたので、
結構疲れたかも。
 
 
 
鎌倉文学館では、鎌倉紹介の映像を流していた。
紅葉の季節の様子は、まるでJR東海の
<そうだ 京都、行こう。>のCMみたいだった。

このCMというか、京都観光キャンペーンは、
1993年からやっているらしい。
今年で20年目か。
 
 
<そうだ 鎌倉、行こう。>ということで、
晩秋に、また行きたいと思っている。
 
 
 

 
 
 

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