アーカイブ 2013年6月

2013年 6月 20日

鎌倉GO!(その2) 

カテゴリー 旅行







 
 
 
 


 
海蔵寺到着。
 

 
 
 
 
 
このお寺は、
何もかもが嫌になっていた、前世紀の一時期に、
ある方から教えてもらった場所。
 
  
 
「ここでエンライトしたヒトがいるので、
 バイブレーションが素晴らしい」
という、やけに印象的(非日常的)な言葉を覚えている。
 
 
エンライトしたヒトというのが千代能さん。
 

エンライトした場所がこの「底脱の井」
 

 
 
 
 
 
 
 
このお寺の洞窟(?)のような場所には、
アジアンタムらしき植物がわさわさと茂っていて、
何度も枯らしていた私としては、
羨ましい場所だった。
 

 
 



 



  
 
雪柳が満開の時期に来たことがある。
 
紅葉の時期にも訪れたいものだ。
 
  
 
化粧坂経由で源氏山公園へ。
 

 
 
 
 

(道なき道なんですけど・・・一部だけ)


 
 
 



源頼朝像の近くのベンチで一休み。
 

 
 
ふと思いついて、父に、万歩計の歩数を訊くと
二万歩ジャストだった。
 
 
こういうこともあるのねぇ・・・
 
 
 
そして、我々の後ろを歩いている若い女性が
「トンビに取られないように慎重に食べていたのに、
 最後の一個をとられてしまった」
と、くやしそうに話しているのを聞きながら、
5人でぞろぞろ歩いた。
  
  
急な坂を下りて、銭洗弁天へ。
 
 
(かなり混んでいたので、写真は撮らなかった・・・)

 
 
お金を洗った後は、3月の「一族郎党 いざ鎌倉」の際に
立ち寄った、マダムカフェへ。
 
 

 

看板を見つけたものの、
あの夢みたいなお店は、本当に夢で、
お稲荷さんしかなかったらどうしよう
などと話しながら歩いて行くと・・・
 
 
 
ちゃんとお店はあった!!
 
先客は二組ほど。
 
 
前回と同じテーブルに着席。



  
 
メニューが増えていた!
 
 
 
キッシュは売り切れ。
わらび餅に少々引かれたけれど、
やっぱりここは前回と同じく
チーズケーキ+コーヒー。
息子はリンゴジュースとチーズケーキ。
 
 
一旦は、お客さんは我々だけという状態になったが、
次々にお客さんが入ってきて満席に。
 


 
 
 
 
お腹が膨らんで、
体力が回復したところで、佐助稲荷へ。
 
 
 



 
 
前回ここで撮った写真が、写真教室の先生から絶賛されたと
父が話していた。

 

  
 
父が撮影した3月の鎌倉旅行の写真は、
全部見せてもらったはずだけど、どれだったのかな??
 




 



鎌倉駅へ戻り、超満員の江ノ電で宿へ。
(ものすごい混雑ぶりで、なんだか通勤電車みたいだった)
 
 

江ノ電の駅に、台湾の平渓線のことが書かれたポスターが
貼ってあった。
チラッとしかみなかったので、帰ってからネットで調べてみると・・・
 
 
江ノ電は台湾の平渓線鉄道と業務提携していた。
 
平渓線1日周遊券をもって江ノ電に行くと、
1日乗車券がタダでもらえるらしい。
 
 
江ノ電の1日乗車券(使用済)をもって、平渓線に行くと、
一日周遊券と交換してくれるそうだ。
 
 
このサービスを利用した台湾の人がブログに記事を書いていて、
その日本語訳を読んだ。
平渓線の1日周遊券:52台湾ドル(約176円)
江ノ島電鉄の一日乗車券:580円
・・・なので、この周遊券の交換のサービスは
「とてもお得」ということになるそうだ。
 
 
江ノ電の一日乗車券・・・こんなに混んでると、
あんまり乗りたい気持ちにならないなぁ・・・
 
 
沿線にいろいろ面白そうな場所があるのは確かなんだけど。
 
 
 
台湾は2007年以来、ご無沙汰なので、
行ってみたいな。
平渓線に乗ってみたい。



 


 
 
宿に到着。
長い時間強い日差しの中を歩いたせいか、結構疲れたかも。
 
 
 
夕食。
刺身盛り合わせ。

5人前ということだったが、
あっという間にペロリ。
 
(小学生を含めて5人だったので余るかと思ったけど・・・) 


 
 
 
 
8時過ぎに寝てしまった。
 
 
なぜか超リアルな嫌な夢を見て、起きたらぐったり・・
(うなされるような悪夢ではないにしても、
 実際に起こりうる<かなり嫌なこと>だったので、
 精神的に疲弊した)
 
 
 

初日終了。






 
 
その3へつづく 
http://www.m2-dream.net/?p=9336 

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2013年 6月 16日

鎌倉GO!(その1)

カテゴリー 旅行

 




 
 
二度目の「いざ鎌倉」!
 
 
といっても、諸般の事情により、
今回は5人の選抜メンバー(??)のみ。
 
 
 
早すぎるという批判の声もあったものの、
前回より早い時間の出発。
 
 
しかし・・・北鎌倉の駅は、大混雑。
 
 
みなさん、そのままゾロゾロと、「明月院」へ。
明月院は、「あじさい寺」という名前があるので、
当然と言えば当然。 



 
 
朝早いのに、かなりの人出。
 
 
あじさい寺の名前の通り、
ほんとうにたくさんの紫陽花が咲いていた。
 










 












有名な(?)丸い窓を楽しみにしていたけれど、
これは、中に入れない部屋の奥の方・・・







 
 
みんな律儀に並んで順番に写真撮影。
(結局これが一番効率がいいと思うけど)


 
 
 

 
 

 
 

 
 
 

 
 
 
一通りまわって、出口のほうに歩いて行くと、
タイからの団体客と思われる一団が。
(英語でも中国語でも韓国語でもなかった・・・雰囲気的にタイっぽいような)
 
 
 
タイだとしたら、仏教徒が多い国なので、
日本のお寺に対してどういう印象を持ったか
訊いてみたいな。















 
 
 
姉がコーヒーを飲みたいというので、
明月院に続く道の途中のカフェで一休み。
息子は、チャレンジのふろくの
なんちゃって電子機器「ポケチャレ(ポケットチャレンジ)」を
取り出して、なにやら操作・・・
(これがのちのハプニングにつながる)
 
 
 
続いて円覚寺へ。







このお寺の前は何度も通ったけれど、
入るのは初めて。
 



 

 
こんなに奥まで続いているとは!!!

こんなにいろいろあるとは・・・!!!
 

 
 

 
 

 
 

 
 
弁天堂は、かなり階段を登らなければならないので、
両親は、下で待機。

 

 
 

 
 



 
  
 
若い外国人女性がひとりでカメラ片手に歩いているのを
見かけたが(何人かいた)、やっぱり日本って
なんだかんだ言っても、とって も安全なのかも。
 
 
 
円覚寺を出る間際に、
息子は「ポケチャレ」を取り出して、何かしようとしたところ・・・
 
 
爆弾発言。
 
 

「タッチペンがない!!!」
 
 
そんなの知るか~(怒!)
 
 
息子は、<忘れん坊将軍>であり、かつ<なくしもの大王>なので、
いい加減にしろーーー!と叫びたくなったところ、
姉が
「さっきお茶したお店においてきたのかも。
 後で近くを通るから、行ってみようか」
と提案。
(やっぱり、子育ては複数で行うべき・・・)
 
 
 
円覚寺を出たのは11時を回った頃。
 
 
朝が早かったし、ランチタイムはどのお店も混むので、
お昼ごはんをいただくことに。
 
 
姉が目星をつけていたのは、
明月院・円覚寺とは線路を隔てて反対側の
1Fが焼き物のお店になっている古民家レストラン。
 
 
夕食にはお刺身をたらふく食べることが確定していたので、
全員が鎌倉野菜のお膳を注文。
 
 
塩味の天ぷらも、具だくさんのお味噌汁も、
からしみそを和えた野菜のおかずも
とってもとっても美味しかった。
 
 
なかなか渋いお膳だったが、息子は完食。
 
 
最近また食べる量が増えて、
ガンガン眠っているので、
近いうちにまたグン!と背が伸びることだろう。
 
 
 
ランチのあとは、また線路の反対側に戻って建長寺へ。
 
 
建長寺にかなり近づいたところで、
息子は<タッチペン>のことを思い出し、
「取りに行きたい」と言い出す始末。
 
 
「そんなの、ひとりで取りにいけーっ」
と叫びたいのをこらえて、
「先に行ってて。建長寺についたら電話するから」と
姉に言うと、息子を追い立てて、明月院方面へ。
 
 
線路脇から明月院へ続く細い道は
さらに人が増えていた。
 
 
お店の前につくと息子はボケっと突っ立っているので
自分で説明するように言って、私は外で待機。
 
 
息子はお店に入っていき、
お姉さんに事情を説明していた。
 
 
お姉さんがお店の奥の方に向かって何か言うと
マダムらしき人が出てきた。
息子は深々と頭を下げて何やら受け取っている。
お店の人がタッチペンに気づいて、
預かっておいてくれたのだろう。
 
 
店の外に出てきて、
「あった」
と、ぼそっと言う息子。
 
 
 
旅行中は出さないことを約束して、建長寺へ。
 
 
 
建長寺も、ものすごーく広いお寺。
前回来たのは、前世紀だったかも・・・平成だったはずだけど。
 
 

 
 

 
 
 


 
ここでも外国人を大勢見かけた。
 



 
建長寺は質実剛健という印象。
 

 
 
 


禅宗のお寺は、きりっとした雰囲気があるような。
 
 

 
 
 
息子は暑いだの何だのと言いだしたが、
「ここに来たら天狗に会わないとお話にならない」
と話すと、ちょっと興味を示した。
 
でも、ものすごく幼いとはいえ、一応4年生なので
「天狗の像があるだけでしょ」
と、かわいくないことを言う。
 
 

 
 
 
「像かホンモノかは行ってみないとわからない」
「挨拶しておかないとあとで困るよ」
などと、姉と二人でいろいろ言うと、
天狗に会う必要性を感じたようだったが、
その後は、「天狗はどこ?」「天狗天狗」とうるさい・・・
 
 
 
 
天狗の手前で両親は疲れてしまったようで
私たちが天狗を見に行っている間、
木陰で休んでいた。
(日向は暑かったが、日蔭は涼しくかった)
 
 

 

 

 
まだ先が長いので、建長寺はここまでとして、
入口の門へ戻った。
時々通り過ぎる風がとても気持ち良かった。
 

 
 
あまりの急勾配にカメさんが引き返したという、
亀ヶ谷坂 (かめがやつさか)を経由して
海蔵寺方面へ。
 
 
 

 
 
その2へ続く 
http://www.m2-dream.net/?p=9278
 
 

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2013年 6月 06日

11年前の春

カテゴリー 過去の日記から


 

 
 
 
2002年3月の日記の一部が出てきた。
 
 
 
何ヵ所かに書いていたのを集めようとして
コピペしたのかもしれない。
 
 
このとき、現在中学生の姪っ子は、なんと2歳!
 
 
  
雛祭りの記事に
> 主役(=姪っ子)がぐずることもなく、
> お雛様に狼藉(?!)を働くこともなく、無事終了。
とあって、笑ってしまった。
 
 
姪っ子は小さい頃は、すっごくパワフルだったからなぁ・・・
今は、弟の面倒をよく見る、とってもいいお姉ちゃん。 
 
 
 
お雛様を片づける時のことも書いてあった。
この年は、早めに片づけてしまったらしい。
 
 
> 「お雛様、来年までバイバイよ。バイバイしてね」
> と言うと、素直に「バイバイ」と言って手を振っていた。
> こんなに早くお雛様を片付けてしまうと姪もあっという間に
> お嫁にいってしまうかもしれない。
> 姪よ、あなたが嫁ぐ年齢になってしまったら、
> オバちゃんも同じだけ歳を取るから困るのよ・・・
 
 
 
あの頃の姪っ子は、お嫁さんなんて何年先だかって
いう感じだったけれど、
最近の姪っ子は、ぐんぐん背が伸びて、大人びてきて
「お嫁さん」も、それほど遠い未来ではなくなってきている。 
 
 
オババカぶりは当時と変わっていないので、
姪っ子が結婚相手を連れてきたら
「絶対に幸せにしなさいよ!!」
とか詰め寄ってしまいそうだ・・・
(相手に幸せにしてもらうわけじゃないとわかっていても)




 
 
ひな祭りの記事の3日後の日記。(2002年3月8日)
> 55%は義理、45%は自分の興味で「和樂」という雑誌を購読している。
> 定期購読のみの販売だが、採算割れしてないのかな。
> 装丁も印刷もお金をかけてる感じだし、
> 紙もいいのを使ってる・・・・だから雑誌自体が重い・・・
> しかも存在感があるので本棚が徐々に侵食されつつある。
 
 
 
和樂のサイト

http://www.waraku-an.com/

「年間定期購読のご案内」があるところを見ると、
現在は、定期購読だけってわけじゃないんだな。
 
 
本屋さんには滅多に行かないので、
書店で売っているのを見てないけど。
 
 
それなりに一生懸命読んでいたようだ。
息子が生まれる前だから、
自由になる時間がかなりあったのかもしれないなぁ。
 
 
> 今月号には新橋芸者のインタビューがあった。
> 新橋のイメージは「駅前の昭和30年代ビル+ガード周辺の
> 昭和40年代の小さな店の集まり」なので、芸者さんが
> 存在する空間とはとても思えない。
> 新橋芸者の「名妓の条件」というのがあるそうだ。
> 1.一生懸命芸を磨く
> 2.美人過ぎてはいけない
> 3.お話上手の聞き上手
> 4.よその地でも評判がよい
> 5.飲めても飲まれないこと
> (「口が固い」は条件じゃなくて「当たり前」)
> けっこう普遍的だと思った。
> 2.は主観とか好みがあるから、何とも言えないとしても
> 仕事とか自分のやっていることを一生懸命やっていて、
> 話をしていて楽しくて、他人からの評判がよくて、お酒の
> 飲み方がキレイな人というのは男女を問わず、
> 誰からも好かれるだろう。
> 美人過ぎてはいけない理由は、
> 「そこにいてくれるだけでいい」などと言われてしまい、
> 芸を磨くとか、話し上手になるための勉強といった、
> 「気に入ってもらおうという努力」を怠りがちになるから、
> ということらしい。
> 美人「過ぎては」いけない、ということは、
> 美人と判断される領域には一応入ってなければいけない
> ということなのだろう・・・・美人はいいよな、やっぱり。
 
 
 
なんだか、ちょっと偉そうな感じがするのは気のせい??・・・苦笑。
 
 
それにしても改行の仕方がとっても謎。
(全部直した)
 
 
自分じゃあまり変化したとは思ってないけど、
文章を読むと、やっぱり年取っているのかなぁと思う。 

 
 
 
> インタビューを受けている小喜美という女性は
> 新橋の芸者置屋(菊森川)のおかみで、
> 「それはそれは所作の美しい芸者さん」
> として紹介されている。
> しかし、御本人は
> 「どこに出しても恥ずかしくない女になりたいですね」
> と、おっしゃる。
   
> 彼女の写真を見ると、
> 「こういう50代になれるなら、歳をとるのは全然悪くない」
> と、強く強~く思ってしまう。
 
 

 
将来の自分は、もっとオトナで、しとやかで、
<どこへ出しても恥ずかしくない状態>というものに
多少は近づいているとでも思っていたのだろうか??
 
まあ、夢を見ることはいいことだけど。 
 
 
2002年の私が、
2013年の私を見たら、どう思うのかなー
(とってもとってもガッカリするに違いない・・・)
 
 
> 恋については
> 「死ぬ程会いたくなっても絶対に電話一本かけない。
> それは不幸というよりも、
> ほら、心の痛みを知っているほうが
> お話をしていても深みがあるでしょう。
> 恋は芸の肥やしとでも申しておきましょうか(笑)。
> だって、恋もしないような女性は魅力がないですものね。」
> というコメント。
> 確かに恋多き女性は魅力的な人が多いようだ。
> 恋ねぇ・・・・もうすぐ春だし桜も咲くのに、
> 恋の花を咲かせるのは難しそうだなぁ…
> しかし「好かれるための努力」が
> 苦にならないくらいの恋でもしない限り、
> 現状維持以上の変化は望めないなぁ。


 
恋って変換しようとしたら「鯉」が先に出た。
「故意」って出るのとどっちがいいんだろう??
もう、縁もユカリもなくなってきているってことなのかも。
・・・この状態はいかがなものか・・・・ 
 
 



 

和樂の記事からしばらく間があって、
2002年3月22日に「紅皿」という文章を書いている。

> 両羽紅花工芸所の紅皿を買った。
 
 
> —引用ここから—-
> 一度は消えてしまった紅花の口紅ですが、山形の染色家が
> 今の時代に蘇らせました。(中略)
> 水の濡らし具合で、深紅から淡いピンクまで楽しめます。
> —引用ここまで—-
> という雑誌の紹介を見て、思わず注文…(通販病)
> http://www3.omn.ne.jp/~nitta/goods.html

 ※2013年追記
   上記のURLは、現在は、NOT FOUND
 
 
「両羽紅花工芸所」で検索しても、
あまり情報が出てこない。

 
> 口紅を買って成功したことはすごく少ない。
> テスターを使った時には感じなかった匂いや
> 口に入ってしまった時の味に耐えられなかったり、
> ファンデーションをつけてると、顔色が変化するのか、
> 暫くの間、普通に使っていたのに、突然口紅だけ浮いて
> 見えるようになってしまったり、逆に口紅の色が
> 目立たなくなってしまい、疲れた印象になってしまったり。
> 紅皿と言っても容器は平たい御猪口に近い。
> 田中一光作と書いてあったが、ありがたみはよくわからない。
> 紅は、それ自体は赤系統の色だが、黄緑色に光っていて
> 「これがピンクになるの??」
> と、感じる色だった。
 
 
「田中一光」って、グラフィックデザイナーの??
それとも同姓同名の別の方なのかしら・・・
 
 
そうそう。
紅皿に塗りつけてあった紅は、
玉虫みたいな、不思議な光り方をしてたっけ。 


> 紅筆でつけてみると、確かに鮮やかなピンクになった。
> 紅皿の色からは想像できない色だった。
> 最初、加減がわからなくて、多めに取ってしまったのだが、
> 量を減らすと確かに淡い桃色という感じになった。
> 鮮やかなピンクであっても顔から浮いた感じにはならない。
> 紅花の色素だけで人工的な色を加えてないからなのか???
> 持ち歩くには大きすぎるので(ポーチに入れたら他のものが入らん)
> 家で出かける前にしか使えないのが残念だ。
> 携帯サイズを出してくれないかなぁ…

そうか・・・
紅筆使ってたんだなぁ。
最近は、全然使ってないや。
このときよりも、唇の輪郭は確実にぼけてるはずだから、
きちんと描いた方がいいんだろうなぁ。
 
 
最近は口紅はあまり塗らずに、
眼のまわりにせっせと塗っているような。
(といっても、「お化粧はしてます、一応」のレベルだけど」 
今、手元に紅皿があったとしても、
あまり使わないかもしれない。
 
 
若いころからそれほど熱心にお化粧していたわけではないけど、
さらに、不熱心さに拍車がかかったかも。

 
この日記を書いていたサイトには、
仲良しさんと秘密の交流ができたらしい。
いただいたコメントはコピペできなかったのか、
しなかったのか、わからないけれど、
私のコメントだけが、本文とともに<メモ帳>に残っていた。

 
 
> ○○さん
> 確かに紅と言えば刀自古かも。
> 「嬉しいことに今日はお化粧ののりが良いのですわ」
> な~んて言ってみたいものですね。
 
 
 
日出処の天子・・懐かしいな。
全巻持ってた。
手放さなきゃよかった。
 
文庫で出てるから買おうかな。 
 
 
 



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