アーカイブ 2013年1月

2013年 1月 29日

おいしいしあわせ

カテゴリー 生活一般









金曜の夜は、職場の女子会だった。
男性が非常に多い職場だし、
女性はそれぞれ別の部署にいて、仕事上の接点がないので、
こういう機会は重要。
 
 

それにしても、20代って本当に若いなぁ~
彼女たちがいるだけで場の雰囲気が華やぐし、
お料理を元気に食べている様子、
イキイキとした表情でお喋りしている様子を見ていると
なんだか楽しくなってくる。

若い人がいるのといないのとでは大違いだ。


赤ちゃんや小さい子どもも、
いるといないのとでは大違いだけど、
こちらの場合は、責任感が呼び起こされたり、
有り余るエネルギーをもてあましてる様子に
警戒心を持たざるをえなかったりして、
楽しむ余裕が少ないかも・・・苦笑
 
 
 
 
 
 
 
若手が予約してくれたお店は、
駅からのアクセスがよく、お客の女子率が高く、
お料理は楽しいネーミングで、とてもおいしくて、
お酒やデザートも女性が喜びそうなものが揃っていた。
 
 
出入り口に近いテーブルだったので、
我々がいる間にグループやカップルが
次々に来ては「すみません、満席です」と
断られている様子が見えた。
 
 
 
あっという間に3時間が経過して、お開きに。
春になったら、また集まりたいなあ。



 
 
 
 
 
 
 
 
土曜日。
金曜の晩から、息子は「パラダイス(=おばあちゃんち)」に滞在中なので、
大人二人で、「子鬼がいぬ間に外食」!!
 
 
去年の夏に初めて行った一軒家のイタリアンを再訪。

 
 
いい感じに時間を重ねた店内はとても落ち着く。
 
 
お店の中央奥に<暖炉>があって、
オレンジ色の炎が燃えているのもいい。
(もちろん、夏場には使っていない)
 
 
前回と同じく、窓際の端っこのテーブルだった。
このテーブルの横には、電話ボックスだった空間がある。
今は、ドライフラワーや
おしゃれなオリーブオイルの壜が置いてあるけど、
ここが「かつては電話ボックスだった」とわかるのは、
何歳以上になるのかな?
「ダイヤルを回す」なんて、見たこともないひとも
増えているんだろうなー。
 
 
実家にあった黒電話のダイヤルは戻りが早かったけど、
おばあちゃんちの黒電話のダイヤルは、
「コロロロロ・・・」という感じでなかなか戻らな かった。
 
 
今、自宅で使っている、ちょっと古いプッシュホンよりも、
電電公社の黒光りする黒電話のほうがずっとカッコいいような気がする。
 
 
 
自家製パンと前菜。
(パンは持って帰りたいくらい美味しい!!)


 
 
 
 
 
スープとメイン。

 


 
デザート。



ゆっくり・ゆったり時間が流れる、オトナ限定のお食事なのに、
話題が息子になってしまうのは、
おとーさん・おかーさんのサガなんだろうなー
 
 
両親も、子どもがおばーちゃんちに行っている間に
食事をすることがあったようだけど、
やはり話題は「娘たち」だったそうだ。
 
 

 
 
 

  
日曜日。
ネロくんカフェが定休日だったので、
息子を連れて<第二の隠れ家カフェ>へ。
 
 
 
こちらは2010年12月にオープンしたので、
去年の年末でちょうど二周年。
このお店のマダムは脱サラしてカフェを始められたそうだ。
 
 
 
おいしいケーキと、ナッツテイストのコーヒー。
それぞれ1つずつ頼んだので、
ケーキには、フォークを2本付けてくださった。
 

 
 
 
せっけん作家さん(とは言わないのかな?)が
いらしていて、一番奥の席で、マダムとおしゃべりしていた。
 
 
マダムは彼女のせっけんをとっても気に入っている
様子だった。
 
おいしそうなせっけん(!)を選んで、
期間限定のいよかんマーマレードと一緒に購入。
 

 
 
 
ご飯を炊くように食パンを焼く義母が、
くるみパンを息子に持たせてくれたので、
このマーマレードを塗って食べよう。
(そのまま食べてもおいしいし、
 はちみつを塗ってもおいしいんだけど) 
 
 
生きるために食べるんじゃなくて、
自分は、(おいしいものを)食べるために生きてるって
文章にしている方がいらしたが、
それもいいなぁと思う。
 
 
ひとりでこっそりおいしいものを食べるのも大好きだけど(!)、
ゆったりと落ち着ける場所で、会話を楽しみながら
おいしいものを食べるのも、
生きる目的にしてもいいくらい、
「イイコト」「幸せなこと」なんじゃないかなと思った。 
 
 

 
 
 
 
 
 

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2013年 1月 23日

大人の食育ツアー (その5・完)







2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。



工場から昼食会場(寿司・割烹 みのわ)へ、
みのわさんのマイクロバスで移動。
   
 
野田市駅周辺は少しさびれた感じがするが、
少し離れた場所には、警察や市役所などがあり、
きれいに整備されている。
 
 
キッコーマン病院に向かう前に
野田本社のビルの横を通った。

「足場を外さないんですか?って言われるんですよ」とのお話の通り、
確かに外壁のデザイン(?)は、ちょっと足場っぽかった。
ガラス張りで、カッコいいんだけど・・・


 
 
みのわさんに到着~
  寿司・割烹 みのわ
  http://tabelog.com/chiba/A1203/A120305/12001389/


 
 
 
2階のお座敷が昼食会場。 
おいしそうなお料理と甲州ブドウ100%のワインが用意されていた。


 

 
 
 
 

十彩巻(てんさいまき)
お客様によるネーミングコンテストによりこの名前に決定したそうだ。


 
 
のだっコロ
みのわさんでは、もともとマグロコロッケを提供していた。
これを野田のグルメグランプリ(第2回 NODA-1)に
出展するために地元の食材を使ってアレンジ。
 


のだっコロに添えてあった説明書きよると、
野田市の名産・特産品である、
 ・キッコーマンの特選丸大豆醤油
 ・キノエネ醤油のひしほ
 ・野田の枝豆・玉子・じゃが芋
に、本マグロとチーズを合わせた、
野田を味わえる特製のコロッケ、とのこと。
 

のだっコロはエレベータの中に貼り紙があって、
すごく食べたいと思っていたので、
お座敷に運ばれてきたときはヤッター!と喜んでしまった。(笑)





福島氏から、「和食ってなあに?」の講義があった。
(小学校5年生対象の45分のプログラムを
 短くアレンジしたもの)
 
 
 
<和食とは、どういうものか?>
昭和初期の「冷蔵庫」も「物流」もない時代に
何を食べていたかを考えるとわかるそうだ。
 
 
料亭とか、和食の高級レストランなんて
縁もユカリも全然ないので、
私が「和食」と聞いてイメージするのは、
「普通の旅館」の朝ごはん。
 
 
ご飯、味噌汁、卵、納豆、漬物、海苔、干物
(たまにこのメニューでバイキングというときもあるが、
 漬物のみ豊富なラインナップだったりする)

納豆や味噌、漬物は冷蔵庫に入れているけど、
涼しい場所があれば、冷蔵庫がなくても大丈夫なはず。
 
納豆は難しいかも知れないけど、
それ以外は自分で作れる人は多いと思う。
 
 
海苔と干物は、運送が必要になるが、
かなり日持ちするので、現代のような「ものすごい物流」は
なくても大丈夫そうだ。
こういうのが、和食なんじゃないかと。



福田氏から本日のレジュメが配布された。
キッコーマンの歴史(国内・海外)、日本食の4要素、
大豆の名前の由来が書かれていた。

[日本食の四大要素] (以下、レジュメより)
> 野菜・きのこ・果物(砂糖・しいたけ)
> 魚介類(塩・かつおぶし・昆布)
> 米(酒・本みりん・酢)
> 大豆(味噌・しょうゆ・油)
> 大きい豆? ⇒ 大事な豆、大切な豆、大いなる豆


ここから作られるのが和食。
(「旅館の朝ごはん」という答えは、<合格>かな??)

 
 
福田氏から、『蒔くための大豆』をいただいた。
(節分に撒く大豆は炒ったもの)
 
 
野田市で採れた「ふくゆたか」。(お醤油向き)
一つのプランターで一つが限度なので、
植え替える必要がある。
 
 
撒き時は4月半ば~5月。
発芽には一週間くらいかかる。
遺伝子組換えはしていない。
「大豆は自家受粉ができるので蝶に媚びない」
なので、花はとても小さいそうだ。
 
 
ウチはマンションなので、実家に持っていった。
実家の庭に存在する、
ありとあらゆるものを研究するための
「AK研究所」なるものを設立している姪っ子と息子、
甥っ子が、種蒔きを引き受けてくれた、
 
 
今年5月に父の実家(長野)で
農作業をさせてもらうという話が出ているので
予行練習になるかも??

福島氏からは、田んぼの畦道に大豆をまいて、
虫よけにするというお話を伺った。
(虫には大豆をあてがって、お米を守る)
 
 
実家の父に大豆を見せたら、即座に
「そうそう、子どもの頃にね、畦道で大豆を育ててたんだよ」
と言った。
半世紀以上前の記憶でも、きっかけさえあれば
鮮明に蘇るのかもしれないなぁ。 
 


みのわさんの素晴らしい御馳走を堪能して、
心もお腹も大満足。

 
ごちそうさまでした!
どうもありがとうございました!

 
 
 
 
続いては、野田のパワースポット「櫻木神社」へ。
ご案内のメールによると、野田市最古のお社だそうだ。

 
「みのわ」さんのご好意とのことで、
マイクロバスでの移動。

発車した時のバスの時計の表示は、3:33。


櫻木神社については、福田氏は事前に多くは語らなかったが、
大変素晴らしい場所であることは教えて下さった。
 
 

 
 

 
 
 
櫻木神社のサイトは、壁紙があまり神社っぽくない感じがする。
http://sakuragi.info/
 

この壁紙と同じ雰囲気の、とってもステキな御朱印帳が販売されていた。
御朱印帳だけでなく、「さくらモチーフ」のとっても可愛いものがたくさんあった!!
 
 

 
 

 
サイトの情報によると、櫻木神社の御祭神は・・・

> 倉稲魂命 (うかのみたまのみこと)
> 武甕槌命 (たけみかづちのみこと)
> 伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)
> 伊弉冉尊 (いざなみのみこと)


それぞれの神様についての説明を拝見して、
今回のツアーでお参りするのにぴったりの神社だ!と
改めて感動。


> 倉稲魂命は、
> 豊宇気比売神(とようけひめのかみ:伊勢神宮外宮の祭神)と
> 同神と言われている食物の神様です。
> 人々の生命を守り育ててくれる祖神であり、
> 食物・生活の守り神と言われています。

> 武甕槌命は、国護りに活躍した神として知られ、
> 我に強さを与え給ふ神として、
> また強さは祈る人に与えられるものと考えられ、
> 勝運・開運の守り神と言われています。

> 伊弉諾尊、伊弉冉尊は国生みの神として知られ、
> 生命の祖神、また男女良縁の祖神であると言われています。
> また、当社は桜の開花に因み開運・良運のご利益があると言われています。

 

 
 

 
 

 
 

 
 
お守りやさくらグッズ(?)を買ったり、おみくじを引いたりしていたら、
福島氏がもう一つ大事な場所があるとおっしゃる。
 
 
今からまた移動するのかなぁ??と思ったら、
↓この場所のことだった。
 


 
 
川屋神社(トイレ)は、びっくりするほどキレイだった。
建物が大変キレイなのはもちろん、
自動ドアから中に入ると入り口から向かって右手には、
厠の神様がおまつりしてあった。
 

立て札(?)の説明によると・・・

> 川屋神社(厠神社・トイレ神社)

> 厠(トイレ)については、厠をきれいにし、
> 厠の神さまをまつり、お参りをすれば美人になる。
> また美しい子がうまれるなどの言い伝えがあります。
> 古くは、日本人にとってトイレはとてもたいせつな場所でした。
> それは時間と次元の転換がおこる聖なる清浄な空間として
> 捉えられていたからです。
> また清浄と不浄、清潔と不潔という二面性は必ずしも
> 一致しないという捉え方があります。
> つまり厠は信仰に結びつく清浄な空間なのです。
> 全国各地にはトイレに関するさまざまな伝説や伝承が存在します。
> トイレについては清浄と清潔を保つことで
> 厠の神様のご加護がいただけるのです。


厠神はトイレにいる神様で、上記のようなゴリヤクを
もたらしてくれるが、産神(うぶがみ)としての
性格を持っているそうだ。


産神とは
> 死の忌よりも重いとされる産の忌にもかかわらず
> 産婦と生児を守る神。
> 東北地方では山の神とするところが多く、
> その他箒神、厠神などとするものもある。
> 産土神(うぶすながみ)とは本来一つであったと
> 推察されるが、明らかではない。
 
 
産土神とは
> 自分の生まれた土地の神。
> 近世以降、いくつかの氏神を統合した形で、
> 鎮守信仰圏が成立し、
> 地域を守護する神という観念が発達し、
> ついには氏神と産土神の統合が起こり、
> 現在のようにほとんど同一視されるに
> 至ったと思われる。

(産神、産土神の説明は「日本宗教事典」より引用)


トイレの神様は「生」というか、「自分の根っこ」に
深く関わっているような気がする。

毎日毎日絶対にお世話になる場所である上、
必要不可欠な場所でもある。
 
「清浄と清潔」を保たなきゃ!!
  
 
 
 

 
 
櫻木神社はとっても気持ちいい場所だった。
桜の季節にも来てみたい。
きっと、人が多いんだろうなあ。



 




最後に東武野田線梅郷駅まで
マイクロバス送っていただき、そこで解散。

福島さん、本当にどうもありがとうございました。 
お醤油の世界はとても楽しかったです!!
 
 
  
みのわさんのバスで野田工場に戻る福島氏と
マイカー組の方々とお別れして、野田線で移動。
 
 
野田線からつくばエクスプレスの乗り継ぎも
ほとんど待ち時間がなかったし、
秋葉原まで行く皆様とお別れした後に乗ったJRは、
階段を上ったところで、ちょうどホームに入って来た。
JRの次の地下鉄も、ほとんど待たずに乗れた。
複数の電車の乗り換えが
ことごとくいいタイミングだったなんて、
はじめてかも!! 
 
  
きっと、心身ともにすごくリフレッシュして
ものすごく楽しんで、十分に満たされていたから、
帰りは<幸運体質状態>になっていたのかも???
・・・これが常態化すると嬉しいんだけどな。
 
 
 
 
本当に楽しくて最高の一日でした。
kemiさん、福島さん、中村さん、
キッコーマンの皆様、みのわさん、
どうもありがとうございました!!
 
 
ご一緒させていただいた皆様、
思い出に残る一日をありがとうございました!!
 
 



 

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2013年 1月 21日

大人の食育ツアー (その4)

 

 

2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。


「もの知りしょうゆ館」へ移動。





まずは、シアタールームで
「どうしておいしいの? しょうゆのひみつ」
という、おしょうゆ学習の映像を鑑賞。
 
 
「発酵」という人間に役立つことをしてくれる、
細菌(キッコーマン菌、乳酸菌、酵母菌)が登場。
<人さまのお役に立つ仕事>をするだけあって、
みんな丸っこくってふっくらしてて、とっても善良そう。

  

キッコーマン菌は「江戸時代から特別に守られてきた麹」とのこと。
 

 
 
おいしそうなお料理の映像がいくつか出てきて、
お醤油の香りが漂ってきそうだった。
匂いですぐに「これはお醤油」ってわかるけど、
あの独特な匂いには、300以上の香りの成分が含まれているらしい。
 
 
香港の空港の外に出ると、
「八角の匂い」が漂っているような気がするけど、
外国人が日本に来ると「醤油の匂い」を感じるらしい。
(醤油の匂いと認識しているかどうかは別にして、
 「日本独特の匂い」を感じる人が結構いるらしい)
 

 
 
 
シアタールームでお勉強した後は、いよいよ工場見学。
通路の隅っこにもろみも展示してあった。
こちらは「キッコーマン菌」が入っているもの。
麹菌が違うと匂いも違うというお話だったが、
お味噌っぽい香りという印象が強くて、
実習の時に嗅いだ匂いとの違いはよくわからなかった。
 
 
 
 
 
 
 

 
このワイヤーワーク(?)2010年の上海万博の際、
キッコーマンの料亭に飾ったものだそうだ。
(どこに飾ったのかな??)
 
 
キッコーマンのアイドル「なあにちゃん」は
上海万博の際、中国に出張していたことが判明。
 
http://www.kikkoman.co.jp/enjoys/naani/diary_009.html
 
  
なあにちゃん
(彼女のイラスト入りの醤油さしは工場に行かないと手に入らない限定品!)
  
 

工場見学。 
ISO9001、ISO14001を取得している。
  

 
 
キッコーマンのサイトより。
> キッコーマンの工場はISOの認証取得を国際規格の効果的なツールと考え、
> 1997年5月、キッコーマン・野田プラント(現・野田工場)で、
> 日本の食品業界最初のケースとして、ISO14001を取得しました。
 
食品業界では一番最初だったんだなー
すごいなー
(2001年2月1日には有機JAS認定も取得)
 
 
  
 
 
 
 
お醤油を搾る工程を見学した。
幅3メートルの長いナイロンの布を三つ折りにして、中にもろみを入れ、
4メートルごとの折り返しを700回繰り返す。
つまり、布の長さは2800メートル以上。
2800メートル=2.8キロ・・・長さというよりは距離だなぁ。
 
 
これに2000トンの重りを乗せることで、お醤油を搾る。
 
 
お醤油を搾ったあとのかすは家畜のえさや燃料として利用するそうだ。
かすを乾かしたものを見せていただいた。
見た目は、なんとなく外国のシリアルっぽいけど、
匂いは完全に「おしょうゆ」だった。
 
 
2.8キロ(アソビの部分もあるはずだから、それ以上の長さだろう)の布は、
お醤油を搾った後、洗浄し、4年間くらい使うそうだ。
 
長い布をラインに通すのは大変だから、
700回の折り返しが終わる前に、
ツナギの布を間に縫い付けて、次の長い布に繋げる。
 
この作業はミシンで行う。
ラインの横に電動ミシンが置いてあって、
作業員の方が、ミシンを布のところに持って行って
ササッと縫っていた。
中村氏のお話によると、この場面が見られることは、
滅多にないそうだ。
 
 
 

海外で生産されているキッコーマン商品の数々。
 

 

 

 
 
海外旅行に行った時に、お土産として買ってくるのも面白そう。
お醤油の味は日本と変わらないだろうけど、
見慣れたマークのついた外国のお醤油を見るのは楽しい。 
 
 

 
見学はこれでおしまい。
嬉しいお土産をいただいた。
特選丸大豆醤油の醤油さしは、限定品のなあにちゃんイラスト付。
 


 
 
 
 
続いて、わくわくしょうゆ体験コーナー【まめカフェ】へ。
 
 
 
 
 
まずは、お醤油の味比べ。
(うーん、並べ直してから撮ればよかった・・・汗)

 
 
意識して味わって食べると、
お醤油ごとに味が違うのがハッキリわかる。
  
 
家では決まったお醤油を使っているし、
社員食堂のお醤油も、「おしょうゆ」としか認識していないので、
味の違いなんて、ほとんど気にしてなかった。
   
せっかくいろいろ勉強したのだから、
もう少し、味を意識して、お醤油にこだわりたいものだ。 
 
 
 
お醤油が入っているという、牛乳ソフトクリームと
豆乳ソフトクリームをいただいた。
 
 
 
 
どちらもとても美味しかった。
(個人的には豆乳ソフトクリームが好み)
 
 
 
 
最後に、もの知りしょうゆ館売店【むらさき屋】でお買い物。
 
 

 
 
 
醤油さしストラップと、自宅用+お土産用として、
御用蔵醤油を3本購入。
(実習の時に貸していただいた、キッコーマンエプロンが売ってたら、
 間違いなく買っていたと思う)  
 
 

 
 

 
 
 
これで野田工場の見学のプログラムはすべて終了。
 
 
次は、マイクロバスで、寿司割烹みのわさんへ移動。
寿司割烹みのわ:http://r.gnavi.co.jp/g871000/

中村さんとはここでお別れ。
わかりやすいご説明、楽しいお話を
どうもありがとうございました!!

 
 
 
 
野田工場からみのわさんのお店までは、
それほど離れていないそうだが、
キッコーマン病院の横を通るルートで移動した。
 
キッコーマン病院の外観は、全然病院ぽくなかった。
建て替えられたばかりの本社ビルとか
ハイテク工場っぽい感じがしなくもない。
 
 
福島さんのお話で初めて知ったのだが、
株式会社は病院経営はできないことになっている。
(お金儲けに走ると困るため)
 
 
現在、株式会社が経営している病院は(キッコーマン以外にもある)、
もともとは、会社の福利厚生施設として作られ、
社員とその家族に対してのみ診察を行っていた。
その後、地域医療のためなどの理由で、
一般の患者さんも受け入れるようになったもの。
 
 
キッコーマン病院も、しょうゆ醸造家の一家が、
蔵で働く人やその家族のために作った養生所(1862年)が
起源と言われているそうだ。
http://hospital.kikkoman.co.jp/about/outline.html
 
  
キッコーマン病院では、内科の患者さんに対しては、
食事指導を徹底するとのこと。
病院食は、きっと美味しいんだろうな。
プラスチックの食器は使っていないそうだ。
 
 
これまでに、私が入院したのは出産のときだけで、
しかも「親戚のおうち」みたいな病院だったから、
出される食事も「普段着のご飯プラスα」という感じだった。
(その後、移転して豪華な病院になったので、食事も大幅に
 ランクアップしたことだろう)
 

 
みのわさんに到着~
 
 
(その5・完に続く)  
http://www.m2-dream.net/?p=8319
 
 
 
 
 

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2013年 1月 20日

大人の食育ツアー (その3)

 
 
 
2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。 

 
 
 
いよいよ御用蔵見学!!




朱色の橋が白い雪に映えて美しい。
 

 
 
 
 
御用蔵については、茂木氏の本にも書かれていた。
 
> キッコーマンでは、今でも「御用蔵しょうゆ」という
> 宮内庁へお届けする逸品を作っているが、
> これは自然のままに醸造させているため十二カ月を要する。


 
売店で購入した御用蔵醤油。
もったいなくて、まだ使ってないのだが、
キッコーマンの通販で買えるということがわかって一安心・・・(笑)
 
 
 
 
 
お土産として、実家と夫の実家の分も購入。
このお醤油を実家に持って行って
「野田市のキッコーマンの工場に行ってきた」
と話したところ、父は
「お醤油の匂いは嫌いじゃないけど、
 その匂いばっかりだとなぁ・・」
と言っていた。
 
 
その昔(おそらく40年以上前)、父は、野田に行ったらしい。
当時は、町中にお醤油の匂いが漂っていたそうだ。
「お醤油の匂いは、全然しなかった」
と話したら、とても驚いていた。
 
 
 
御用蔵は2011年に現在の場所に移築されたもの。
移築前のものもたくさん使って、元の状態に
近い形で再現しているそうだ。


 
外から見るとクラシックだけど、
入り口はガラス張りで、現代風。

 
 
 
 
なんだか、上野の国際子ども図書館みたいだ。
この建物も正面(道路側)から見るとクラッシックだが、
庭に面しているところはガラス張りで
全く別の建物みたいな雰囲気になっている。

http://www.kodomo.go.jp/about/building/institution.html
 
 
 
台東区の職員だった母は、上野図書館だった時代に
しょっちゅう利用していたらしい。
 
 
 

御用蔵は、<近代化産業遺産>。

日本の産業の近代化に大きく貢献した産業遺産のことで、
全国各地にある。
他の近代化産業遺産にも行ってみたい。
 
http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/nipponsaikoh/nipponsaikohsangyouisan.htm
 
 

 
 
 
 
昔は、お醤油の味は、作っている蔵ごとにバラバラだったそうだ。
今は、どこの蔵で作っても同じ味にできるようになったらしい。
これができるようになったから、海外生産も可能になったそうだ。
 
そのためには、当然、徹底した温湿度管理が必要になる。
お醤油の匂いが外に流れないのは、そのせいなんだろう。
 
 
 
御用蔵の次は、「もの知りしょうゆ館」。
 
 
 
 
ちょうど、小学生を乗せた貸し切りバスが到着して、
子どもたちが降りてくるところだった。
 
 
たぶん、5年生。(もしかしたら、4年生かもしれないけど)
この子たちは、これからしょうゆ作り体験をするのかな?
 
 
私が小学校5年生の時は、社会科見学として
ブリヂストンサイクルの工場に行った。
見学の記念として、真っ黄色の軸に
真っ赤な文字で「ブリヂストンサイクル」と書かれた鉛筆を
2本貰ったことをよく覚えている。
 
 
 
この子たちが大人になって、
キッコーマンの工場見学のことを思い出すとしたら、
どんなことが印象に残っているんだろう。
 
 
    
(その4に続く) 
http://www.m2-dream.net/?p=8276 
 
 
 
 

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2013年 1月 19日

大人の食育ツアー (その2)

 
 
2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。 

 
 

実習の前に中村氏から醤油の作り方についてのご説明があった。
 
 
原料の大豆は高温で蒸し、小麦は高温で炒って、
ローラーで不均一な粉にする。
 
不均一にするのは、こうすることで麹菌とよく混ざるから。
 
 
「何かを炒るなんて、最近はやらないでしょう?
 炒りゴマとか売っていますし」
 
 
確かにそうだ。
何かを炒るなんて、ウチではやっていない(汗)。
 
 
息子は「炒る」って知らないだろうな。
 
 
私が子どもの頃、風邪をひくと、
父は、塩を炒って、それを手ぬぐいで包んで、
首に巻いてくれた。(西洋医学的には効果は不明らしいが)
それ以外に何かを炒っているのを見た記憶がない。
母はゴマを炒ったりしていたかもしれないけれど・・・
 

 
 
大豆と小麦と麹を混ぜるとしょうゆ麹ができる。
塩麹みたいに食べたりはしないらしい。
(炒った小麦のつぶつぶが残ってるし)
 
 
ここに食塩水を加えると、どろどろの「もろみ」になる。
実物を見せてもらったら、匂いはお味噌っぽかったけど、
泥んこ遊びの時に「セメントー」とか言って、
ドロリと流れるくらいに水で溶いた泥みたいな雰囲気だった。
 
 
 
いよいよ実習開始。
会場の入り口近くの社員食堂っぽいスペースの横に
実習の場が設けられていて、参加者は3つのグループに分かれた。
 
 
 
キッコーマンの女性社員の方々が各テーブルについて
いろいろご指導してくださった。
 
 
 
みなさんが、名札と一緒につけていたストラップ。
(欲しくなってしまい、後で売店で購入)

 
 
 
まずは、加工前の大豆&小麦と、加工後の大豆&小麦を拝見。
匂いや形がだいぶ違う。
「加熱」ってすごいことなんだなぁと改めて感心。
毎日、料理を作っていて、加熱なんてお馴染みのはずなのに。
 
 
こういうところが、<子どもとの違い>なのかも。
「すごい!」「不思議~」ってことが
目の前で起こっているのに、
「毎日毎日ご飯作り・・・
 誰か代わりに作ってくれないかなぁ」
なんて、うんざりしていたりすると、
加熱の不思議なんて、感じられるわけがない・・・汗。
 
 
 
社員の方が、加工済みの材料を大きなビニール袋に入れ、
さらに空気を入れて膨らませ、袋の口をひねって閉じると
「混ぜて下さい」
とおっしゃり、同じテーブルのメンバー一人ずつが
袋をゆすって、材料を混ぜた。
 
 
小学生男子はここで
「おれ、すげーんだよ」
とか言って、ものすごい勢いで袋を振ったりするんだろうな。
で、次の子が
「おれ、もっとすげーよ」
とか言って、全身を使ってシェイクしたりするんだろう。
で、たまに振ることに熱中しすぎて、中身をこぼしたりするんだろう。
(女の子たちは冷めた目で見ているに違いない)

  

袋がテーブルを一巡すると、最後に社員の方が、
慣れた手つきで、超高速で袋を振っていた。
(きっと「技」を競い合っていた男の子たちは、
 目が点になって、無言になるんだろう・・・笑)
  
  
 
材料が混ざると、袋の口が開けられて、
試験管をもっと細くしたような形の
プラスチックの容器の中に入っていた、
抹茶色の粉末を加えられた。
 
 
 
これが麹菌。
工場では、キッコーマン菌を使っているそうだが、
実習で使うのは、キッコーマン菌ではないけれど、
非常に優秀な麹菌だとのこと。
 
 
培養されると困るからとおっしゃっていたが、
その時はピンとこなかった。
(理由はあとでものすごーくよくわかったけど)
 
 
 
麹を混ぜた原料は、ざらーっと「麹蓋(こうじぶた)」に入れられた。
それを社員の方が、「船底盛り」に整えていく。
(ボートをひっくり返したような形)
  
 
「蓋」と言っても、どう見てもフタじゃなくて箱。
(杉の木で作られた浅い箱)
 
なので、後になって、「しょうゆばこ」??とか混乱してしまい(恥)、
こっそり質問したら、「麹蓋ですよ~」と、にこやかに教えて下さった。
(新しい固有名詞を覚えられないのは、重症だ・・・) 
(新入社員達も「若い人」で同じよーに見えるし・・)  
 
  
麹蓋は、昭和46年頃まで工場で使われていたそうだ。
 
 
 
 
 
 
原料を混ぜて、一日後、二日後・・・が
テレビの料理番組のようにちゃんと用意されていた。
 
 
(麹蓋にぴったりの木製のフタがかぶせてあったんだけど、
 あれは「こうじぶたのフタ」になるのだろうか??)
 
 
三日目には、原料は抹茶色の麹菌で覆われていた。
社員の方がかき混ぜると、抹茶色の粉が舞った。
 
 
服に付いた分だけでも、十分に培養できちゃうんだろうな。
だから、実習ではキッコーマン菌を使わないんだ、と納得。
 

 
 
 
 
 
ここに食塩水を加えると、前述したもろみになる。
これを時間をかけて熟成させてから、
ナイロンの袋に詰めて絞ると、お醤油が出てくる。
 
 
 
社員の方が全て準備して下さり、我々がやったのは、
ナイロンの袋の上に置かれた2キロの重りを上から押す作業。
 
 
袋の上に重りを乗せると、最初は、濁った茶色の醤油が出てくる。
この過程で、ナイロンの繊維にいろいろなものが附着するので、
醤油が滲み出てくる穴がは小さくなり、
自動的に(?)細かいフィルターになっていく。
重りをどんどん押していくと、
澄んだお醤油が出てくるようになる。
こういうの、面白いなぁ。

 
  
子ども達はどういうリアクションなのかな?
(押すことのみに熱中する男子、いるんだろうな・・・笑)
 
 
 
 
実習には「試食」もあった!
(コレがあると、楽しさ倍増!!) 
 
まず「何もつけていないおせんべい」を食べてみる。
(これは、味がそっけないので、カケラをいただく)
 
 
次に、社員の方が、フライパンで温めて下さった
「何もつけていないおせんべい」に
ハケを使ってお醤油を塗る。

たっぷり塗ると美味しいですよ、とのことだったので、
両面にた~っぷりと塗布。
 

 
 
これが、ホントにホントに美味しかった。
お醤油の凄さがとってもわかった。
小学生は、コレが一番印象に残るんじゃないかなー
(特に男子は・・・笑)



 
 
  
絞った醤油は静かに置いておくと三層に分かれる。
一番上はしょうゆ油、二番目は生しょうゆ、一番下は澱(おり)。
 

 
 

 
 

 
 
二番目の層の生しょうゆに「火入れ」をして殺菌すると、製品としての
醤油になる。
微生物がいなくなり、香りがよくなり、きれいな色になる。
 
「火入れ」を行なわずに除菌を行なうと<生醤油>になる。
 
 
 
 

 

実習後も、引き続き「しょうゆ博士」になるための
さらなる楽しいお勉強。
   
 
身近な食品について知るのは面白いなぁ。
お醤油は、ほぼ毎日使っているのに、
<未知>がたくさんあった。 
  
 
醤油は伝統的な発酵調味料だが、
鰹節は、一番固い発酵食品だそうだ。
(ネット情報によると、「世界一固い食品」として
 ギネスブックに登録されているとか) 
 
 
発酵食品としては納豆もある。
納豆菌というのは、熱に強く、
醤油作りに使われる麹菌より、ずっと強いらしい。
なので、しょうゆ工場で働く人は、朝食・昼食には
納豆は食べないとのこと。
 
 
醤油作り体験に参加した小学生の中に、
「朝ごはんに納豆を食べてきた子」がいたりすると、
本当に、麹蓋の中が「納豆菌の天下」に
なるケースもあるらしい。
 
 
 
 
 
醤油に含まれるアルコールは3%だそうだ。
1%以下だと勝手に思っていた。
3%の缶チューハイがあるから(「氷結やさしい果実の3%」とか)、
弱い人だと酔っぱらっちゃうかも。
(日本酒は12%、ビールは6%)
もっとも、中村氏の話だと、塩分が強いから飲めないとのこと。
・・・確かに。
 
 
 
では、塩分は?というと、海水が3~3.5%なのに対し、
醤油は16%以上。
 
そういえば、実家の父は、母(つまり妻)から
「おとーさん、お醤油かけすぎ!!!」
って、しょっちゅう怒られていたなぁ。
 
 
 
 
 
なんとなく感覚的にわかってるつもりだった
「賞味期限」と「消費期限」についての説明も
とても勉強になった。
 
  
賞味期限は、Best-before Date のことで、
美味しく食べることができる期間。
お醤油の場合は、1年~1年半。 
 
 
消費期限は、use-by Date のことで、
この期限を過ぎたら食べない方がいいというもの。
こちらは基本的に短い期間で、
お肉や弁当、お惣菜などの表示で使われる。


お醤油の賞味期限は1年以上なので、
期限が過ぎても、即座に傷むものではない。
でも、新しいものに比べたら、風味は落ちているので、
火を通す料理に使うとよいとのお話だった。
 
 
醤油の劣化をふせぐには冷蔵庫での保管がイチバンとのこと。
(ウチは醤油差しの置き場がないので、冷蔵庫に入れていた・・笑)
 
  
  
楽しい実習の次は、いよいよ御用蔵見学!!
「宮内庁にお納めするしょうゆの醸造所」!! 


会場から移動する際、
実習のご準備・ご指導に当たられた女性社員の方々が
ステキな笑顔で見送ってくださった。 
どうもありがとうございました~ 
 
 
(その3につづく) 
http://www.m2-dream.net/?p=8237
 

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2013年 1月 18日

大人の食育ツアー (その1)

 
いいお天気の金曜日。


《2013年 kemi’s 新年会 ~「大人の食育ツアー」》参加の為、
電車を4つ乗り継いで、千葉県野田市のキッコーマン野田工場へ。


キッコーマン
http://www.kikkoman.co.jp/index.html


「野田市=醤油の町」というのは、
小学校の社会で教わったというのもあるが、
それ以上に、オトナになってから読んだ、
「イーハトーブ乱入記」(ますむら・ひろし著)の記述の方が
強く印象に残っていた。

 
 
>  手塚賞をきっかけに僕は好きになれない東京をぬけだし、
> やがて醤油の町野田の愛宕駅の近くに住み始めたのだが、
> この町気に入った理由の一つは、点在する緑だった。

> アパートの裏に広がる野原や林、紺色のはるかな森には、
> 遠い子ども時代に
> どうしてもそんな気がしてならない想いにさせた気配たちが、
> まだ漂っていた。
>  終電車をすぎたあとの月夜に光る東武線のレール。
> そして、静まり返った愛宕駅の踏切のシグナルの前で、
> 自分の影をレールに重ねる。



昼間は人が多くても、まだまだ自然が残っていて、
夜はひっそりする場所というイメージが強かったので、
青空に向かって巨大なサイロがそびえているのは、
なんだか不思議な感じがした。





食事のための移動の際、バスの中で伺ったお話によると、
野田は川に挟まれているから、高いところはなく、
雑木林は「山」と呼ばれるそうだ。
(木が生えているところは「山」らしい)

 
昭和40年代にはまだ「山」がたくさんあったのだろう。



  
野田市駅から徒歩で工場へ。
 
 
工場は大好きなので、とても嬉しい。
 
小さな工場の小規模なラインで、小さめの機械が
一生懸命(?)ガチャコンガチャコンやっているのを眺めるのが、
若いころは特に好きだった。
(見学させていただいた醤油工場は大きくて静かだった)
 
 
大きな食品工場を見学するのは、
たぶん、今回が初めてだろう。



まずは「しょうゆづくり体験」。
ご案内メールによると
> 小学生限定の体験コースを特別に!


Kemiさんの幼稚園・小学校時代からの同窓生で、
キッコーマンにお勤めの福島氏がご案内してくださった。


しょうゆづくり体験の部屋は、
入り口から向かって、奥の正面の壁にはスクリーン、
スクリーンの前は可動式の台(?)が置かれていた。
正面の壁に向かい合う形で、
講義形式に椅子が並べられていた。

入り口に近いエリアには、
社員食堂っぽくテーブルとイスが並べられていた。


スクリーンには、先ほど通ってきたサイロが見える場所の写真と、
  マジカルカーペット 大人の食育ツアー様
  Welcome to Kikkoman Noda Factory 
の文字が写し出されていた。

(・・けど、写真では真っ白だ・・・)


 
 
早速、福島氏から、kemiさんとのつながりについて、お話があった。
昨年2月にスマートフォン購入し、
フェイスブックデビューを果たしたところで、
kemiさんからアプローチがあったそうだ。


そして、今日の体験は、
「感性・感覚で全身にしみこませるように
 小学校3年生の感覚で」
とのアドバイスがあった。

3年生というと息子と同じ。
(あと2か月ちょっとで4年生になってしまうが)

 
興味・反応が一番大きいのが1年生で、
学年が上がるごとに下がっていき、
逆に、発見・判断に関しては、6年生がトップ。
(こちらは学年とともに上がっていく)


この二つをグラフにしたら、交差するのが3年生なのだろう。

確かにそうかもしれない。


学校の授業の一環で、
近所のスーパーのストックヤードを見せてもらった時も
埼玉スタジアム2002を見学に行った時も、
息子は、帰宅すると同時に、
それこそ「鬼の首を取ったかのように」、
大得意になって、自分が見聞きしたことを喋り続けていた。
 
 
埼玉スタジアムの時には、
「昔は、外国の記者のひとしか入れなかった、
 特別な部屋に入れてもらったー」
と自慢され、びっくりしたが。
(2002年って昔?・・・確かに生まれる前の話だけど)




息子が醤油工場を見学したら、帰ってきたら開口一番、
「おかーさん、お醤油って何でできてるでしょう!!!」
と、叫ぶに違いない。
(質問じゃなくて、強制的に答えを言わせようとしている)
 
 

いいお母さんは
「何かしら~?? 教えて~」
とか言うのかもしれないが、
今日の見学で<しょうゆ博士>になったからには、
「大豆、小麦、食塩」
と答えなければいけない!(と、思う)
 
 
きっと、未だに宇宙人の息子は、びっくりして目を見開いた後、
「なんでしってるのー ずるいー」
とか、わけのわからない反応をするに違いない。
 
 
 
 
 
 

福島氏のお話は野田市という場所の説明から始まった。
千葉は「海あり県」だが、野田は海から一番遠いそうだ、
江戸川と利根川が合わさった場所で、隣は埼玉・茨城。

県境が水(海・川)なのは、北海道、沖縄、
そして千葉県だそうだ。


興味深かったのは、海外生産のお話。
日本人が世界に出ていった100年前、
株式会社を設立し、醤油を輸出。
これは、儲けの為ではなく、外国にいる
日本人のための行為だった。


茂木 友三郎氏(取締役名誉会長・取締役会議長)が
取締役会長CEOだった時代に書かれた本にも
醤油は戦前から輸出されていて、
戦争中にも輸出されていたとの記述があり、
ヘンリー杉本画伯の絵の写真が添えてあった。
(キッコーマンのマークのついたお醤油の樽の前で、
 アメリカの収容所の日系人が大喜びしているというもの)
収容所の人々は、国際赤十字経由で醤油がほしいと訴え、
国際赤十字→日本赤十字→
  →キッコーマン→中立の第三国を経由
そして、アメリカに輸出されたそうだ。
 
 
 
海外進出は
「醤油を売るのではなく、日本の食文化を広めよう」
ということで行われているそうで、
まずはお米と炊飯器を売るところからスタートしているとのこと。

海外で日本食を広めるだけではなく、
日本人に紹介したい食文化を持って帰ってくるというお話があり、
これも、とても重要だと思った。
文化交流は一方向じゃないし。
相互に受け取りあうことで、新しいものが生まれると思うし。



キッコーマン=お醤油のイメージが強いけれど、
みりん、だし、つゆもつくっているそうだ。
 
みりんというと「万丈本みりん」。
万丈って会社があるのかと思っていたが、
「キッコーマングループの歩み」によると
1925年に、以下の御記述がある。
・野田醤油醸造株式会社、万上味醂株式会社、
 日本醤油株式会社を合併
1927年に商標をキッコーマンに統一(東京市場)




福島氏のお話の後、しょうゆのことは何でもご存じという
中村氏から、映像資料を使ったご説明があった。
 
 
その資料に出てくる「亀甲仙人」に似ていると言われるとのこと。
(スーツじゃなくて、仙人服&仙人髭をつけたら、似てるかも??)


映像資料は子ども向けに作られていたが、
とても興味深く、補足説明もとても面白かった。

醤油の原材料表示では、日本は「水」を省いているけれど、
海外ではそうではないらしい。


また、<大豆>という共通の資源を
大豆油のメーカー(油が重要)と
醤油メーカー(タンパク質が重要:脱脂加工大豆)で
うまく利用しているという話も初耳だった。
 
 
 
 
いよいよ醤油作りの実習。

お借りしたエプロンの刺繍部分。

 
とってもステキ!




中村氏によると、このエプロンは大変評判が良く、
「欲しい!」という声を頻繁にいただくそうだが、
ヨーロッパ製で、枚数も少ないので、お分けできないとのこと。

それにしてもどういう人が作成にかかわったんだろう?
日本人もいたのかしら?
とってもセンスがいいなぁ!
 
 
茂木氏の御本に、アメリカの大統領選の開票速報に合わせて
キッコーマンのCMを流したというお話があり(1956年)、
その際、アメリカのテレビ局の人が
キッコーマンのマークをさかさまに写してしまうという
ハプニングがあったそうだ。

漢字が「模様」「図形」に見えるとしたら、
六角形で囲まれているせいもあって、
<上下>とか<正しい向き>とか、あまり気にしないかも。
 
 
 
(その2に続く)
http://www.m2-dream.net/?p=8210


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2013年 1月 14日

あっという間に二週間

カテゴリー 生活一般

 
 
 
 

 
 
 
ブログが「週報」になってるなぁ・・・


年明け早々、腰が痛くなった。
痛いというか、沁みるというか・・・
じわじわとした鈍い痛みだった。
 
2012年も1月に腰が痛くなったんだよなー
これがキッカケになって、
姿勢のケアに取り組むようになったんだけど。


幸い、1月9日に姿勢のチェックのための予約を入れていたので、
リハビリの先生に腰を診ていただけた。(ラッキー)


昨年の腰痛は、腰回りの動きが悪いことが原因だった。
腰を大きくひねる時に、普通はいくつかのホネや筋肉が連動して動くのに、
私の場合は、動くべきホネや筋肉のほとんどが「冬眠」していた。
動かせるわずかな部位だけを使ってひねっていたようで
そこに力が過度に集中したせいだった。


今回は骨盤の問題だった。
上半身をだらんとさせた長座や横座りなどの
<良くない姿勢>を長い時間やったり、
大急ぎの掃除機やモップかけ、大量の洗い物など、
年末年始の特殊な状況では、
普段は取らないような姿勢を長く続けることが多くなる。
どうもそれが原因だったらしい。
 
 
最近は気を付けているけれど、もともと右足を上にして
足を組む癖があって、そのせいで骨盤がゆがんでいたのも
痛みにつながっていたようだ。
  
 
腰に痛みや違和感があると、何をやっても、
すっきりしない。
これまで、腰を意識することなんかなかったので、
よけいに煩わしく感じてしまう。


自分が気づかなかっただけで、
きっと、身体からのサインが出ていたのだろう。
かなりの痛みになってからじゃないと気づけないなんて・・・
うーむ。
 
 
痛みの原因らしい箇所を強く押してもらい、
矯正のための簡単な体操を習った。


これだけで痛みが半減した。
すると、高熱が出ている時と同じく、
「もう大丈夫」
の感覚があった。

 
実際、その後はどんどん痛みも違和感も消えていった。
 
 
 
リハビリの先生に診てもらう前、
買い物に行った時に通りかかった、いつも混んでる整体院に
「すぐご案内できます」
の看板が出ていたので、入ってみたところ、お正月特典で、
いろいろな施術を組み合わせた「定額サービス」があったので
それをお願いした。
 

頭も肩も腰もひどい状態だったらしい。
腰よりも、肩のコリを指摘された。
「肩がきれーに内側にはいっちゃってますね」
・・・そうなんだよなー
 
 
リハビリの先生に話したところ、
肋骨の動きが悪いと言われた。
みぞおちに近いあたりは確かに押すとすごく痛い。
 
 
鎖骨に近い箇所は、去年から動かす体操を教えてもらって
続けていたので、押してもさほど痛くはなくなっているのだが。
 
 
新年早々、こういう痛みが出たということは、
やっぱり身体のケアをちゃんとしなさいって
ことなんだろうなー

肩が内側に入ってしまう癖を今年前半に直したいものだ。
 
 
 
 
 
 
レーシックの一カ月検診では、
視力は1.2で、特に深刻な問題はなかったけれど、
目の渇きを指摘され、ヒアロンサン点眼液を処方された。
自分では目が乾いている感覚はないんだけど。
ちゃんと決められた通りに目薬をささなきゃ。
目も大事にしないと。
 
 
 
そして、待ちに待った(?)土曜日。
息子はお友達のおうちに遊びに行った。


行きつけのネコさんカフェはまだ冬休み中なので、
もう一つのお気に入りのカフェへ。
 
 

 
 

 
ゆったり、のんびり。

 
 
がっつりランチ。

 
 
それから図書館へ行った。
我が家の「はらぺこあおむし」のために、
お菓子や葉っぱの代わりに本を借りていかなければならない。
 
 
お気に入りだった『スッコケ三人組』はほぼ読み終わり、
残っているのは、本人の言葉によると「とーっても怖い話」なんだとか。
 
 
なので、ズッコケの代わりになるような、
「面白そうな本」を探さなければならない。
 
前回借りた『ジェイとレイ ふたりはひとり!?』
(アンドリュー・クレメンツ著/田中奈津子訳)は、
とても面白かったようで、あおむしは一気食いしていた。
借りる前に、私もちらっと読んでいたので、続きを読んだ。
とても面白かった。
 
 
『ぼくも変身できるかもしれない 』
(ティム・ウィン=ジョーンズ著/山田 順子訳)
は、読まなかったけれど、これもあおむしにとっては、面白かったようだった。
 

 
今回は、表紙や挿絵に惹かれて・・というか、
ほとんど「ジャケ買い」みたいな感じで借りたのが、
『テーオバルトの騎士道入門』
『マックスの泥棒修行』
(どちらも、斉藤洋著・おぼまこと絵)
 
 
中身はほとんど読まずに借りたのだが、息子にはツボだったようで、
物語の世界に入り込み、<強制終了>させるまで、
こちらの世界に帰ってこなかった。
 
 
 
 
 
翌日の日曜日は姉が遊びに来た。
ミウチであっても「人が来る」というのは、掃除の張り合いが出る。
月イチが理想だけど、少なくとも二カ月に一度は、
誰かに来てもらった方がよさそうだ。
 

 
 
 
姉が来る前に行きつけのケーキ屋さんにケーキを買いに行ったら、
同じ種類が二つ以上残っているのがなかったので、
休日出勤の夫の分も合わせて4個、全部別々のケーキを買った。
こうやっていろんな種類のケーキから選ぶのっていいなぁ。
 
 
息子は姉のことを、「おばさん」とは呼ばず、下の名前(M子さん)と呼ぶ。
おかーさんと違って、ちゃんと遊んでくれるM子さんが大好きな息子は、
チャレンジの付録やら、おとーさんに買ってもらったおもちゃやら、
ありとあらゆる「現時点のお宝」を披露していた。
姉にしても、普段は「小学生男子」なんて縁もユカリもない生活をしているから、
息子との会話は、かなり新鮮に感じるのかもしれない。
 
 

 
 
 
そして、今日の成人の日はドカ雪・・・
やむなくおうちに缶詰状態。
ま、これはこれで、やろうやろうと思って延期していることをやるには
最高のシチュエーションなんだけど。 
 

買ってそのままにしてあったアルバムに、
現像してそのままにしてあった写真(2~3年分)を貼った。
 
 
デジカメで撮った写真は、CD-ROMに入れてあるけど、
やっぱり現像してアルバムに貼った方が絶対にいいなと思った。
 
 
3・11の後、確か富士フィルムの方だったと思うが、
撮った写真をデータのまま持っているのではなく、
現像して<モノ>にしておく大切さを語っていた。
 
パソコンのHDDに入っていた写真のデータは
水に流されてしまうと、回収できないものが多かったらしい。
しかし、写真として<モノ>の形で残っていた場合は、
洗浄して持ち主の元に戻ったケースが多々あった。
写真洗浄のボランティアとして活動されていた方もいらっしゃったし。
 
 
これまで、近所のスーパーで現像できたけど、
機械の不具合で、写真現像はできなくなってしまった。
少し離れた場所にあるショッピングセンターの現像は、ちょっと高い。 
でも、やっぱり現像したほうがいいよな。
めんどくさくなる前に現像するようにしよう。
 
 
写真を貼っていて、去年は、二泊三日の短い旅が
唯一の家族旅行だったことに気がついた。
 
今年は、できれば複数回、どこか遠くを旅したい。
 
 
 

 

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2013年 1月 07日

あっという間に一週間

カテゴリー 生活一般


 
 
 
2013年になったと思ったら、
あっという間に7日経過。


・・・早すぎる!!
 
 
 
 
元旦は実家でお正月。
今年は10名勢揃い。
 
 
息子が選んだ実家への御年賀。



干支は関係ナシということで。
(どうも蛇は可愛くなりにくい・・笑)
 
 
御馳走のお皿。

 
伊達巻は、毎年伊達巻づくりに取り組んでいる
「チーム伊達巻」の作品。
(父、姉、姪っ子がレギュラーメンバー) 
 
 
例年通り、ハプニング続発だったようで・・・
(どんなハプニングだったかは「重要機密」とのことで
 明らかにされない)
 
 
 

 
毎年、お正月に実家にいくたびに、
母の味を受け継がなければと思いつつ、
結局は、お皿に盛りつけて、食べるだけになっている状態。
・・・かれこれ何年経過していることやら。
 
 
 
今年は姪っ子のリクエスト通り、
セブンブリッジ大会を開催。
 
 
手堅いワタクシ(笑)はボロ負けしないけれど、
圧勝もしない。
「我が家ルール」なのかもしれないけれど、
セブンブリッジの点数は、借金と同じで、
少ないほどよい。
 
 
ワタクシは、負けた場合でも、多額の負債を抱え込まないので、
勝負の回数が増えるほど、何気に順位が上がる。
(最終的には確か一位だったはず。
 ・・プレーヤーは5人しかいないけど)  
 
 
 
今回、開始早々、ボロ負けが続いた妹は、
「あたしに切らせて」
とカードを取った。
そして、非常にご都合のいい呪文を唱えながら
カードを切って配り、自分の持ち札を見てニンマリ。
 
 
なんと、彼女は「いっぺん上がり」をしてしまった。
(自分の場が一度来ただけで上がってしまうこと)
 
 
当然非難轟々・・・
 
<奇跡的なツキ>は、この回限り。
しかし、呪文のインパクトは強烈で、
「本日、新たなレジェンドが生まれました」
などと言われる始末。
 
 
セブンブリッジをやるたびに、
2013年元旦に誕生した「妹の呪文」の伝説が
繰り返されるのだろう。
 
 

 
 
 
二日は、夫の実家へ。

息子が選んだ御年賀。

これも干支は関係ナシということで。

 
  
義弟の家族も全員参加で、にぎやかだった。
上のお姉ちゃんはもう中学生。
4月になったら、二年生なのねー
オトナっぽくなっててビックリ。
彼女のママ(義妹)は、
「中身は変わらなくてねぇ」
と笑うけど、やっぱりオトナっぽい・・・
背も高いし。
 
 
男組は河原で凧上げ。
女組は炬燵でおしゃべり。
夫の知られざるエピソードがまた明らかになった。
(やっぱり、昔から、とっても変わり者だったのねぇ)
 
 
 
 
  
冬休み期間中、毎朝がりがり挽いて飲んでいたコーヒー。
  
年末特別セールでいつものコーヒー豆屋さんで
入手したコーヒー豆。
ブルーマウンテンとエメラルドマウンテンのセットで
3000円だった。
 
 


 
 
三日は、郊外の巨大ショッピングセンターへ。
ラッシュアワーの新宿駅のように人が多かった。
「やることがない人々」が集結したのだろう。
 
お気に入りのメーカーの靴が、
アウトレットでほぼ半額で入手できた!
(淡い色だから、春まで履けないけど) 
 
  
 
 
 
四日は、10年くらい前に通っていて、
その後、ご無沙汰していた美容院へ。
数年ぶりに髪を短くした。
「お手入れがラクになりますよー」
と言われたけど、頭がとってもとっても寒い。
 
 
帰宅したら、夫は、私を一瞥して、
「ずいぶん短く切ったねぇ」
と言ったきり、何も言わない。
息子に至っては無言だった・・・(汗)

 
「そんなにヘンなのか」と悶々としていたが、
翌日(1/5)、姉と母から、
「短い方が絶対いいよー」
「切ってよかったよ」
と言われて一安心。
 
 
(本日、お隣のおしゃれな奥様からも
 ポジティブなお言葉をいただいてさらに安心)
 
 
 
 
 
五日は2008年から続いている、
両親の誕生祝いを兼ねた食事会。
 
去年はミッドタウンだったが、今年は丸ビルのモナリザ。
満席でとてもにぎやかだった。
 
 
両親とも元気で、それなりに仲良しというのは、
本当にありがたい。
二人とも、とっくに
「光輝(高貴)高齢者」(自称)
になっているけど、
お料理をニコニコしながらモリモリ食べて、
(お父さん、食べるの速すぎ!)
「来年も楽しみにしてるからね」
と言ってくれたので、嬉しかった。
 
 
来年の食事会も、つつがなく迎えられますように。
 
 
 
 
六日は、我が家の男組は学童のイベントに参加。
私は、家事&のんびりタイム。
こういう時間がずっと続けばいいのに・・・
 
 
 
あっという間に七日の朝を迎えて、
久しぶりの出勤。
新年のご挨拶を交わした後は、
2012年12月28日の続編開始・・・
うーむ。
今年は心機一転と思って髪を切ったんだけどな。
 
 
ずっとずっと前に読んだ、どなたか昔の人のエッセイに、
「今日は昨日の続きじゃないんだから、
 半襟だけでも変えなさい」
と、母親に言われたというような文章があった。
 
 
「私」としての記憶が連続している以上、
今日が昨日になって、明日が今日になって・・というように
人生が続いていくように感じるから、
今日は昨日の続きになっちゃうけど、
「どよよーん」とか「ぐったり」「がっかり」「げっそり」等を
感じているなら、
「こういう気分は、今日でおしまい」
ということにして、気持ちを切り替えて、
『昨日の続きじゃない今日』にしたいものだ。
 
 
 
 
 
2012年は、自分の選択の結果とはいえ、
かなりハードだった。
(誰に頼まれたわけでもなく、
 大変な業務の担当になったわけでもなく、
 プライベートな部分で、自分で決めたことなのだから、
 ハードだったなんて言うのもおこがましいんだけど)
 
 
2013年は、どうにかなるさの無謀さで
わざわざ渦に飛び込んで、
自分で自分を追い詰めていくのではなく、
 
それが本当に心から楽しめるものなのかどうか、
それが本当に自分がやりたいことで、
本当に好きなことなのかどうかをよくよく考えてから
着手するかどうかを決めたいと思う。
 
 

 
 
 
 
 

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