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2012年 4月 04日

叶えること

 



 



2012年4月1日。
明美先生の講座に参加した。


明美先生 Magical Carpet
http://www.magical-carpet.com/




「引き寄せ」の3回目の講座。
講座の回数と、カフェの進捗は、こんな感じ。
 1回目:カフェを開きたいです
 2回目:カフェを開くことになりました
 3回目:カフェを開きました

本当にスゴい展開だと思う・・・




2回目の講座
http://www.m2-dream.net/?p=7253




私は開店当日の様子しか知らないけれど、
一ヶ月経たないうちにいろいろなことが起こって、
その度に必要な人やモノ、出来事が引き寄せられて、
どんどん進化しているらしい。


開店当日
http://www.m2-dream.net/?p=7320



「木曜日に働ける人」とか、「電気工事ができる人」といった、
何か具体的な「こういうことができる人」が必要な事態になると、
ちゃんとそういう人が現れるそうだ。
しかも「既に知り合い」「身近な人の知り合い」などの中に
そういう人が含まれているらしい。
  
 
 
「こういうふうにしたいな」と思ったり、願ったりしたことは、
その方向性が合っていれば、驚くほどのスピードで展開するというお話があったが、
<ありがTO カフェ&Bar>は、方向性がバッチリだったのだろう。
 
 
 
このお店ができたことで、喜ぶ人たちは大勢いる。
野菜の作り手も、それを調理する人も 、
それを食べる人もみんなプラスの気持ちになっていると思う。
 
 
 
喜ぶ人が大勢いればいるほど、
いい具合にスピーディに展開していくんじゃないのかな?
 
 
 
近江商人の言葉に「三方よし」というのがあるというのを
以前、どこかで聞いた。(売り手よし ・ 買い手よし ・ 世間よし)
 
これは、喜ぶ人が多い方向へ進むための
明確な指針になっているんだなぁと思った。
 




 
 
以前の講座でご紹介いただいた、
「夜寝る前・朝起きる前のまどろみタイムにいろいろお願いする」
「叶うと信じて、心配事は手放す」
のお話が出た。
 
 
うーん・・・「お願い」ってしにくいんだよなあ・・・(苦笑)

「何がどうなってほしいのか」がクリアじゃないとできない。
でも、これがかなりクリアだと結構叶ってたりする。

もっとも、「叶った!!」なんて、堂々と言えるレベルの話じゃないけど・・・
とは言え、ささやかな<叶った>の経験は大事だと思う。

 
いいことが起こった時に、
どんなに小さなことでも大喜びすると、
また次 の「いいこと」を引き寄せるというのは、
よく言われること。

 
子どもにおもちゃとかお菓子をあげて、
大喜びされれば、またあげたくなるけど、
「フン、ナニコレ?」的な態度を取られたら
二度とあげたくなくなる・・・それと同じこと、
というのが、ベースになっているらしい。

 
もっとも、「いいこと」が起きるのは、
ラッキーの神様のおかげかどうかは、わからないけど。
神様がそんなに恣意的だとも思えないし・・・笑
 
 
でも、「いいこと」は天から降ってくるわけじゃない。
ほとんどの場合は「人間」が介在しているから、
毎回大喜びしていれば、次のいいことを
また誰かが運んできてくれる、と考えるのは
正しいのかもしれないな。

 
 



明美先生は、以前から
「スピリチュアルを、特別扱いせず、
 実生活に活かされている状態を目指している」
と、おっしゃっていた。

 
だから、きちんと地に足のついた生活を送ることが必要だし
アタマの中でイメージするだけではなく
「実際に行動しないと、運は回ってこない」

 
スピリチュアルは特別なモノではなく、
実生活と乖離したものでもなく、
「生活に活かすもの」


(私の場合、どうもこの二つはバラバラに存在してるっぽいが・・・)





明美先生は、八面六臂の活躍をされているので、
「kemiちゃんだからできるのよ」
と言われることが多々あるようだ。
でも、「そんなことはない」とのこと。

 
「ミタじゃないけど、奇跡は起こると信じている人に起こる」

 
うーん・・・
(パワーとかエネルギー量が違いすぎると思うんだけど・・・)







「難しいことはしなくていい
 得意なこと・できること・楽しいことをやればいい」
というお話があった。
こういわれても、なかなか納得できないのは、
「星飛雄馬的な発想をしてしまうから」だそうだ。
 
 飛雄馬的発想
   ・いいことが続く→→ この後、ダメになるのでは?
   ・苦労しないといけないのでは?
 
 
「そんなことはない!」
アタマではわかってるし、納得もしてるんだけど、
実際の行動や選択の場面では、飛雄馬的発想をしてるかも。

 
 
 
それにしてもホントに星飛雄馬はペシミストだったなぁ。
「巨人の星」というお話の世界全体が、
ペシミスティックだったような・・・

 
♪思い込んだ~ら 試練のみーちぃ をー 
 行くがー 男のー ド根性ぉぉ

この歌、小学校3~4年の担任が大好きで、
毎日毎日「帰りの会」の時に歌わされてた。

 
この歌を歌っていた頃、長野の伯父の家に遊びに行ったら、
廊下の隅の本棚に、小説版の「巨人の星」があって、
夢中になって読んだっけ・・・

 
アニメも見ていたから、ストーリーがごっちゃになっているけど、
確か、飛雄馬は「針の穴をも通す」という自分のコントロールに
何の価値も感じていなかった・・・と思う。
(「ラジオ関東」で、巨人の星のラジオドラマもやってたんだ! 
 確か、スポンサーはゲータレード)

 
一徹にシゴかれて、大リーガー養成ギブスとかつけて
面白くも楽しくもない訓練を繰り返した結果、
身に付いた技術だったからなのかなぁ。
 
 
「飛雄馬、巨人の星を目指せ! 
 巨人の星を掴むまでは親と思うな!!!」 ← 昭和だ・・・



 
 
巨人の星より、遥かにユルいけど、「頭文字D」の藤原拓海も
そんな感じだった。

頭文字Dについては、wikipediaに
「峠において自動車を高速で走行させることを目的とする
 走り屋の若者たちを描いた作品」という、ミもフタもないけど、
極めて正しい解説があった。

 
主人公の藤原拓海は、親の手伝いで(豆腐の配達)
中学時代から無免許で山道を運転していて、
走り屋たちの度肝を抜くようなテクニックを身につけていたが、
彼もまた、飛雄馬同様、自分の能力に何の価値も感じていなかった。

 
スゴイことができても、周囲がいくら感心しても、
やっぱり、本人が楽しさとか面白さを感じてないとダメなんだなぁと思う。

 
藤原拓海の場合は、みんなが喜んでくれることが嬉しくなったり、
運転そのものが面白くなって、峠を攻めるのが楽しくなっていく。
 
 
・・・しかし、制限速度をはるかに超えるスピードで公道を走ることに
何か生産的な価値とか意味があるんだろうか??

 
連載が始まった頃には、藤原拓海寄りの年齢だったはずなのに、
いつの間にやら、拓海の父親(藤原文太)の年齢を超えてしまった・・・





 
 
明美先生のお話の続き。


「オリンピックで戦うとか、
 何かものすごい頂点を目指すのでなければ、
 つまり、普通の生活をしているのであれば、
 楽しくて楽な方向でOK」
 
 
コンマ1秒を競う世界だったら、楽しくてラクとか
言ってられないし、そういう感覚は、持ち込めない。


でも、日々のごく普通の、極めて日常的な世界だったら、
毎日の暮らしの中だったら、わざわざ辛くなることを
しなくてもいいんだろうなぁ・・・時々やっちゃうけど・・・(苦笑)

 
 
「辛いとしたら、方向が間違っている」
少々辛さを感じたとしても、
その向こうに何かとてもいいことがある、みたいな
<イタ気持ちいい>くらいのことにしておくのがよさそうだ。

 
 
 
 
 
一時期、いわゆる「スピ系」と呼ばれる本を
読み漁った。
 
 
10年くらい前だったかなぁ・・・
 
 
 
明美先生のお話を聞くと、ああ!!と思うことが多々ある。
どこかで読んだアレに通じるなぁ・・・
そこでなんだか腑に落ちた感じがしてくる。
 
 
 
本に書かれていた言葉は
「本に書かれていた状態」のままで
自分の言葉で理解しようとはしなかったし、
自分の現実と照らし合わせることもなかったからだろう。
 
 
 
 
「本の中のこと」と「現実」が
平行線のままなのは、そのせいかもしれない。
 
 
 
 
 
ああ!と思うお話をたくさん伺ったが、
特に印象に残ったのは・・・
 
 
 
「ピンチはチャンス」
「行き詰った時に違う方向から考えると道は開ける」
「失敗とは、成功へたどりつくために必要なこと」
 
 
しかし・・・
ピンチになれば、一瞬で追いつめられるし、
行き詰ると、そのまま焦げるまで煮詰まるし、
失敗だー!と思うと、そのまま諦めちゃう・・・
 
 
柔軟に考えられるかどうか、なんだろうな。
違う視点が持てるか、気持ちを切り替えられるか。
 
 
心や思考がどれだけ自由になっているか?ということが、
とっても重要なのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
講座のお話が終わったところで、
一人ずつ順番に、今後について知りたいことを話し、
それについて明美先生がミニリーディングをして下さった。
 
 
 
「大丈夫よ~」と言ってもらえると、とっても安心する。
夏まで続くモロモロも大丈夫だと思って頑張ろう。
 
 




 
 
 
 
雑談の時におっしゃっていた言葉、とても印象的だった。

 
 
一つめは、
「口に出すときは叶うと思って口に出す」
 

叶うと思って口に出す・・・
叶うと思うって、何の根拠もなく思えればいいんだけど、
そうじゃなかったら、やっぱり必要な行動をするしかないよな。
 
 
それに「叶った状態」とは、どういうものなのか、
自分でしっかり掴んでおく必要がある。


これを、曖昧なままにしておくと、叶うとは思えないし、
叶ってもきっと「なんだかなぁ」になりそうだ。
 
 

  
二つ目は、 
「その願いがすぐに叶ってもあわてない状態にしておく」
 
 
これは、ドキッとした。
 
 
「いつか、こんな風になったらいいのに」と
漠然と願うことは多々あるが、
もし、それが本当にすぐに叶ったら???
一体、どうなるだろう??
 
 
これはさらにハードルが高い気がする。
 
 
個展が開きたいと願うなら、
「予定されていた展示がキャンセルになっちゃったんで、
 この会場、使いませんか?」
と言われても、パニックにならないってことなんだろうし、


歌や楽器演奏、パフォーマンスを大勢の人に見てもらいたいと願うなら
「前座の出演者が急に出られなくなったので、代わりに出てください」
と言われても、気が遠くなることはないってことなんだろう。
 
 
・・・って考えたら、やっぱり行動せざるを得ないよな。


もちろん、時々立ち止まって、
イメージを膨らませることも大切だけど。
(そうしないと何が必要かが見えてこないだろうし)



この行動のプロセスが楽しめるかどうか、
いろいろ「お試し」が来ても、へこたれずにいられるか、
手痛い失敗をしても、これが成功につながるんだ!と思えるか・・・
こういうことが、願いを叶えるためには、必要なんだろうなぁと思った。



前回の講座でお話があった「自分の心が何を望んでいるかを知ること」に
じっくり時間をかけて、
「本当に、本気で心から望んでいることは何なのか?」を
明らかにしてからでないと、
「口に出すときは叶うと思って口に出す」
「その願いがすぐに叶ってもあわてない状態にしておく」
というのは、難しいかもしれない。


でも、本気で望むことがクリアになっていれば、
明美先生のように、すぐに叶ってもあわてないでいられるだろう。



カフェの展開をリアルに見ているわけではないが、
講座の内容とすごくリンクしている感じがする。

今後の展開がますます楽しみ。


私自身も自分の展開を「楽しみ」にしていかないとなぁ・・・









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