アーカイブ 2011年8月

2011年 8月 31日

オトナ女子(笑)の時間

カテゴリー 生活一般

 
 
 
8月26日は「子どもの時間」だったが、
8月27日は「オトナの時間」
 
 

姉と待ち合わせて国立新美術館の
「ワシントン ナショナル・ギャラリー展」へ。
 



 
 

 
展覧会は好きだけど、絵そのものに関してはとても疎い。
超有名な画家の名前、超有名な絵は多少はわかるけど、
時代背景とか、美術史に関することは全然わからない(汗)
 

 
印象派も「こういう雰囲気が印象派」くらいの把握しか
していなくて、何とも情けない・・・
 



 


10時ちょっと前に国立新美術館に着いたのだが、
会場の企画展示室1Eの入り口から、
乃木坂駅に近い方の美術館のエントランスの近くまで
行列が続いていた。


 



 
ひゃー・・・
会期が9月5日までというせいもあるが、
やはり人気があるんだろうなぁ。
 



 


10時過ぎに入場したが、
最初のコーナー(1.印象派登場まで)は人でいっぱい。
人の頭の隙間から絵を見るような感じ。
 
 
 
次のコーナー(2.印象派)も人だかり。
ドガ・モネ・ルノワールなど、私でも知っている画家の絵が
展示してあるからだろう。
 

 
メアリー・カサットという方の作品は、今回初めてお目にかかったような。
(覚えていないだけかもしれないけど・・・汗)
子どもの絵がとてもかわいい。
輪ゴムがはまってるような、むっちりした手首や足首、
まるまるとした腕や、つっつきたくなるような赤いほっぺ。
ちっちゃい子ってホントこうだよなー・・・
 
 
 
その次は「3.紙の上の印象派」
印象派・ポスト印象派の画家たちは紙を支持体にした
多様な表現にも取り組んだ。
版画も盛んだったらしい。
 

 
セザンヌの「ゼラニウム」は水彩・黒鉛。
こういう素朴でシンプルな絵でもすごいんだなー
(絵葉書購入)
 

 
マネ、ドガ、セザンヌ、ロートレックのリトグラフ、
ゴッホのエッチングは、迫力があった。
すごい人は何やってもすごい・・・
 
 
 
アルフレッド・シスレーの「川岸」は、
私にとっては「ガブリちゃん」!!
 ※カラー・リトグラフ(オーギュスト・クロ/版画家)


 
絵葉書と、A5サイズのファイルを購入してしまった。
 
 


ガブリちゃん
http://www.m2-dream.net/?page_id=1090
 



音声ガイドを使っている人々を追い越したので
ここの展示は比較的ゆったり見られた。 
 

 
最後のコーナーは「4.ポスト印象派以降」。
私でさえ名前を知っている大物の絵が並ぶ。
セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、スーラ、ロートレック。
 

 
心が満たされたところで、ショップへ移動。
 
 
絵葉書とファイル、NHK出版新書を購入。
『印象派で「近代」を読む 
    光のモネからゴッホの闇へ 中野京子著』
 
 
印象派の歴史がとても興味深かった。
今回見た絵についていろいろ書かれている点もよかった。
(まだ読み終わってないけど)
 

 
 
 
たいていの展覧会では、最後に、時代背景の説明のパネルがある。
この時代、美術界ではこうなっていて、この国ではこうなっていて、
世界ではこうなっていたというのがわかるように書かれているのだが、
こういう、国も分野も超えた「横のつながり」がわかっているひとって
本当にすごいなぁと思う。
(「横のつながり」がわかるようになりたい思いつつ数年が経過・・・汗) 







ミッドタウンへ移動して、楽しみにしていたランチ。






CANOVIANO CAFE(カノビアーノ カフェ)
http://www.tokyo-midtown.com/jp/shop-restaurants/food-cafe/SOP0000025/
 

 

 
この建物は安藤忠雄氏の設計らしい。
 
 
11時半に予約したのだが、テーブルは空いていて、
初老のご夫婦らしきカップルのみ。
 
 
(しかし、12時半頃過ぎには満席!!)
 


 
 
姉との話題はいろいろだけど、
やはり「家族ネタ」が多い。



 


今回は、昨日の「びっくり大作戦」のことと、
子どもたちのお買い物の話。



 
(具に牛蒡が入ってるパスタ!!) 
 

 
両親のサザエさん話も定番のネタだが、
最近は、後期高齢者組に入った父と、
来年、仲間入りする母の「今後」も話題になる。
 
と、言っても今は二人とも元気だし、
こちらがお世話になりっぱなしだから、
まだ具体的な内容にはならないけど。



 


夫の両親も元気だし(義母は今年東京マラソンを走った!)
自分たちも元気だから、あまりイメージはわかない。
 




 
でも、今の状態がずっと続くわけじゃない。
介護のイメージがわかないうちは、
旅行や食事に誘って、思い出をたくさん作っておこうと思った。 


 



 
大満足でお店を出たのは、2時近かった。
オトナの時間はまだ続く・・・ 
 
 
 
 

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2011年 8月 29日

夏休み最後の週末 2011

カテゴリー 子どものこと

 
 
 
8月27日(土)
午前中~午後3時頃までは、姉と一緒に「大人の時間」
 
(これについては、別途書きたいなぁ・・・)



※「大人の時間」を追記しました

オトナ女子(笑)の時間(国立新美術館+ランチ@ミッドタウン)
http://www.m2-dream.net/?p=6207


ヴェネチアン・グラス(サントリー美術館にて)
http://www.m2-dream.net/?p=6267
 
 


3時過ぎに、二人で実家へ移動。
 
 
実家に着くと、テーブルの上には・・・
 
 
 
 
どんぐり公園の拡張版が置かれていた!
 
どんぐり公園
http://www.m2-dream.net/?p=6105 
 
 













いやー・・・やっぱり子どもってすごい~
 









 


 
先入観とか、固定概念がないってすごいことなんだなぁ・・・


 







 
 
 


ちょっと感動。
 
 
 
 


いろいろ話を聞きたかったが、
「お祭りのチケット、買いに行こう!」
と、お祭り大好き人間の姪っ子は、息子に声をかけると
二人で外へ飛び出して行った。
 
 
 
「コーヒーでも飲もうか」
などと話していると、妹の携帯から電話があった。
子どもたちと合流したらしく、電話してきたのは姪っ子だった。
 
 
「あのね、席取ったから! すぐ来て!! すぐだよ!(プツッ)」
 
 
????
 
 
お祭りの会場は知ってるけど、「席取った」って??
とりあえず姉と一緒に、実家から歩いて3分ほどの
某信用金庫の駐車場へ急ぐ。
 
 
ピンクの提灯がたくさんぶら下がっているのが見えた。
本部席のテントの向かい側にも、いくつかテントがあり、
長テーブル&パイプ椅子という、来場者用の「席」があった。
 
 
一番道路に近い席に姪っ子、息子、妹、甥っ子が座っていて
手を振っていた。
 
 
「席取ったって、このことかぁ」
お祭り初参加の姉は感心していた。
 
 
 
 
模擬店は去年と同じ。
去年のブログ
http://www.m2-dream.net/?p=3035 
 
 
姪っ子と息子はポップコーンをもらってきてポリポリ。
ねぇねとにぃにがやることなら、何でもやりたがる
甥っ子もポップコーンに手を伸ばす。
 
 
 
ポップコーンの機械はかなりレトロで、
製造に時間がかかるので、私もポップコーンを取りに行った。
幸いまだ並んでいる人がすくなかったのですぐに入手できた。
 
 
母がビールを買ってきてくれた。
オトナはビールで乾杯。
 
 
子どもはじっと座っていられなくて、
ヨーヨー吊りや、スーパーボール掬いに出かけていく。
二歳の甥っ子も、「ボクもご用があるんだよ」とでも
言いたそうな顔をして、いそいそとねぇねとにぃにの
後をついていくのが面白かった。
 
 
 
息子はオトナのチケットの分も使って、
わたあめを3つも食べていた。
ケチャップをたっぷりかけたホットドッグも
むしゃむしゃ食べたので、
口のまわりは赤くて白くてベトベト・・・
 
 
 

昔、毎日のように遊んだYちゃんのお母さんが
私たちの席に来た。
役員をやっているらしい。
 
 
私たち3人の顔を見て、3人の子どもの顔を見て
なんだか感無量という感じだった。
 
 
 
Yちゃんは今回は来ていなくて、妹のMちゃんが
二人の娘を連れてきていた。
Mちゃんは、Yちゃんに実にそっくりだったので、
Yちゃんのお母さんが「Y子よ」と紹介していたら、
たぶん、全く疑いもせずに信じたと思う。(笑)
 
 
Yちゃんのお母さんの顔を見ていたら、いろんなことを
思い出してしまった。
あの頃は、一日が長くて、面白かったなぁ・・・
 
 
 
購入したチケット分の焼きそばを受け取って実家に戻った。
子どもたちはビンゴまで待っていると言って、
お祭り会場に残っていた。
 
 
 
戻ってきて、焼きそばをつっつきながら、ビールを飲んだ。
やがてビンゴの戦利品を抱えた子どもたちが帰ってきた。
プールバッグみたいなものを持っていたので、
「それ一等の景品?」
と聞くと、ビンゴになったら、景品コーナーに行って好きなものを
選ぶ形式になっているらしい。
 
 
 
暗くなってきたので花火開始。





「花火、たくさんあるよ」
と姪っ子は言っていたが、一瞬で終わってしまい、
線香花火タイム。
 
 
一人7本支給された。
 
  
風があったので、
点火後、できるだけ地上に近いところに
火花が来るようにして静かに持っていたら、7本とも成功した!

だからどうということもないけど、
線香花火の火の玉をボタッと落とすことなく
最後までやり遂げると、達成感のようなものが味わえるし
なんだか嬉しい。(笑) 
 
 
 
 
線香花火が終わると、夏も終わりだなぁと思う。
7月にやったら、また違う気分になるんだろうけど。


子どもたちの宿題は、<やっつけ仕事>といいたくなるような
やり方ではあるが、とりあえず終らせてあった。


「やりゃーいいってもんじゃないでしょ!」と喉まで出かかったけど、
オトナだって、本来の目的を見失って、
「やること(=手段)」を目的化してしまっていることが山ほどあるんだから、
子どもに対してエラソーに注意するわけにはいかないんだろうなぁ・・・


来年の夏も、息子の宿題は<やっつけ仕事>なのかしら・・・
その前に「我が振り直せ」なんだろうなぁ・・・(涙)






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2011年 8月 26日

ハハ&オバの日

カテゴリー 子どものこと



今日は休みを取って、息子と姪っ子を連れての東京行き。


9時ちょっと前に息子と一緒に出発。


地下鉄とJRと私鉄を乗り継いで、姪っ子との待ち合わせの駅へ。

私を見つけると彼女はすぐに元気よく挨拶して
「よろしくお願いしまーす!」


私が五年生の時ってどうだったっけ??
こんなにハキハキしてなくて、昼行灯ぽかったよなぁ。




それにしても姪っ子は妹が小学生の時に瓜二つだ・・・

イマドキの子だから、体型・骨格は全然違うけど。




息子は大好きなお姉ちゃんと一緒にお出かけなのでニコニコ。




地下鉄の中では三人で「書くしりとり」。

メモ帳とボールペンを回して、言葉を書きながらしりとりをする。


これなら静かだと思ったのだが、おしゃべり息子は
ベラベラ喋る。


しりとりに関しては、息子はちょこっと自信があるらしい(笑)。


「おかーさんに勝とうなんて百万年早い!」
と言われながらも、果敢に挑戦し続けたので(最近やってないが)、
意味が分からないながらも「り攻撃」「る攻撃」への対処の仕方は
ある程度わかっているので、「り」や「る」が続いた時に
言葉に詰まるお姉ちゃんにヒントを出したくて仕方ないのだ。




そんなこんなで11時ちょっと前に東京駅に到着。


こういう場所を普段着の小学生二人を連れて歩いているのは
なんだか不思議な感じがする。










エスカレーターでお目当ての4Fに上がって、
文房具を下見。





11時20分にB1の神戸屋レストランへ移動。



奥の方の席に座った。


すぐに注文を取りに来てくれたので、全員でパスタセットを頼んだ。



食べ放題のパンを食べ始めてしばらくしたところで、
入り口から姉が入ってくるのが見えた。



私が手を挙げて合図すると、
入り口が見えない姪っ子と息子はきょとんとしていたが、
テーブルの横に姉が現れると、二人とも驚きのあまり固まってしまった・・・




大声を上げてびっくりするかと思ったのだが、
目を真ん丸にしたまま黙り込んでいる・・・



「どうしたの?」
と、姉が声をかけると


「なんで・・・なんでM子さんがここにいるのーーー???」
と、やっと姪っ子が口を開いた。
(姪っ子も息子も姉のことを「M子さん」と呼ぶ)




オトナ「びっくり大作戦、大成功!!!」


子ども「えーっ いつ作戦立ててたの???」



1か月くらい前から、姪っ子と息子を丸善に連れてきて
本や文房具を買ってあげようと思っていたのだが、
その話を姉にしたところ、
「オアゾは職場から近いから、ランチ一緒に食べたい」
と言ったので、じゃあ、キッズをびっくりさせようと言うことに
なったのだった。




パスタランチが運ばれてくるころには、姪っ子も息子も
いつも通りに戻っていて、姪っ子は
「M子さんが来たこと、じじとばばとお父さんとお母さんに話す!!!」
と興奮していたが、悔しがり屋の息子は、びっくりさせられたことが
非常に悔しがったらしく、
「どうして、びっくりさせたのッ!」
といつまでも言っていた・・・(しつこい男は嫌われるぞ!!)




楽しいランチの後、M子さんとお別れして、再び4Fへ。



松丸本舗では、ブックショップエディターの方が息子に
話しかけてきた。


しかし、息子はポケモンのマンガの背表紙に釘づけ。



私が興味のある分野についてお聞きしたところ、
何冊か選んできて下さった。



ブックショップエディターの方は、姪っ子に星の王子様を
紹介して下さり、姪っ子は隅の椅子に座って読んでいた。



息子はポケモンに夢中。


本を買ってから、姪っ子と文房具を見に行った。
彼女はキレイな色の水性のサインペンが何本か欲しいと言う。
息子はコンパスを欲しがっていたので、この二つを買って
ポケモンに夢中の息子のところに戻り、今度は3Fの児童書の
コーナーへ移動。



息子はコナンの学習マンガを選び、
姪っ子は、ライトノベルという分類になるのか、
「マンガを文字にしたような感じの本」を選んだ。



姪っ子が選んだ本・・・登場人物は高校生らしい。
恋愛モノのようだが・・・どうなのかなぁ??

でも、高校生になったら、こういうのは読まないんだろうなぁ。


二人の選択は、「とっても、うーむ」だったが、
今日は「彼らが欲しい本を買う」ことにしていたのでヨシとしよう。




姪っ子が
「どんぐり公園を拡張するから、その材料がほしいの」
という。


どんぐり公園
http://www.m2-dream.net/?p=6105


工作の材料っぽいものは売ってないんだけどなぁと思いながら、
再び4Fへ。



姪っ子は
「どんぐり公園に池を作りたいから、魚のシールがほしい」
という。



シールコーナーに行ってみたが、魚のシールはなかった。
金魚のシールなんて、いかにもありそうなのに・・・






で、代わりに購入したのがこちら。
(帰りに電車待ちの間に撮影したのでイマイチ・・・)






これは、背景に使うのかな?



どんぐり公園がどうなるか楽しみだ。









帰りの地下鉄の中ではキッズ二人は読書に夢中。



乗り換えのタイミングでじじ(私の父)に電話して、
駅まで迎えに来てもらった。



「どうもありがとうございました!」
うーん。五年生はオトナだなぁ・・・


どんぐり公園、がんばってねと伝えて
じじに息子と姪っ子を引き渡して、お別れ。


息子はこれから二泊三日、お姉ちゃんと一緒に、
宿題をがんばり、
どんぐり公園を拡張し、
Wiiで遊び、
町内会のお祭りに参加し、
花火をやることになっている。



私は土曜日の夕方から合流。


さて、息子は鬼門の読書感想文をお姉ちゃんと一緒に
仕上げられるだろうか??


お姉ちゃんも読書感想文が鬼門らしいが・・・笑





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2011年 8月 25日

再起動

カテゴリー 生活一般




ここ一週間くらいは、自分の中では「再起動」だった気がする。
 

 
 
 
短い夏休みの最初の二日は、
パソコンとにらめっこの時間が長かったが、
その後は、片付け&整理&掃除。
 
 



 
数年来、発作的&周期的(笑)に棚や引き出しを整理してモノを捨てている。
でも、今年は4月以降はやっていなかった。
 
 
着手したところ、大きなゴミ袋に2袋分・・・
 
 
粗大ゴミシールを貼らなければならないようなものは
今年の初めに処分していたので、主に紙類など可燃ゴミ。
 
 
人体と同じく、「生活」も新陳代謝していると思うから、
やっぱり、洗浄・排出は必要なのだろう。
 
 
放っておいたら、モノは基本的にどんどん入ってくるばかり。
もらったり、送られてきたり、買ってきたり・・・
 
 
身体に取り入れたものが、身体を作るのと同じで、
生活空間(=住居)に持ち込んだものが、生活を作るんだろう。


 
 
今年の初めに「ロルフィング」を受けて、
「身体感覚」がかなり鈍っていて、結構ショックだったんだけど
生活空間も同じようなものかもしれない。
 
 

「ご飯食べてお風呂入って寝る場所」という認識だったら、
「メシ・風呂・寝る」以外のことには、鈍感になってしまうかもしれない。
 


北欧のインテリアが素敵なのは、長い長い冬の間、
家の中で過ごす時間が多くなるので、 
くつろげるように、居心地良く快適にすごせるように、
心が穏やかになってリラックスできるように
いろいろ手をかけ、工夫するようになったからだと聞いたことがある。



その真偽はともかく、素敵な空間は、やっぱり居心地がいいし、
ずっとそこでくつろいでいたくなる。



空間とか空気(その場の雰囲気)って目に見えないけど、
やっぱり「何か」があるんだよなー










素敵な人たちと過ごす時間もまた、とっても居心地がいいし
ずっとお話を聞いていたくなる。



先日の「夢のようなお食事会」。
 
 
キュイエット
http://www17.plala.or.jp/Cueillette/top.html






これは「オクラ」!!
たらこ入りタルタルソース&
自家菜園の材料(ジャガイモ&ソバ粉)のガレット添え。


オクラがこんなにおしゃれになるなんて!
ウチでは、丸ごと茹でて、塩か「とうにゅず」をつけて食べるのがメインだ・・・
実家では「ねばねば三兄弟」として、納豆にオクラと刻んだ山芋を入れてたけど。









にぎやかで可愛いお皿。
テリーヌと完熟トマトのソルベ、
黄色いニンジン、ズワイガニ、マイクロトマト・・などなど。


マイクロトマトは世界一小さいらしいが、ホントに「ちゃんとトマト(笑)」でびっくり!
ソルベもおいしかったなぁ~







モモの冷製スープ
「モモもスープになるんだ!!」と感動。
(いつも切ってそのまま食べるだけ)





お魚料理は、沼津のキンメダイ。



お肉料理は牛フィレ肉にコリンキを添えて、赤ワインソース。
ネットで調べたら、コリンキというのは、
「生食用に品種改良されたカボチャ」とのこと。






デザートは、焼きプリンに旬のフルーツ、ブルーベリーソース、
アニス(ウイキョウ)&オレンジのソルベ。




グレープフルーツのムース+ミントの氷菓子。
添えてあるチョコレート、コーヒーにぴったりのお味だった。




おいしいお料理を、楽しい雰囲気の中で、
幸せや「口福」に浸っていただくと、胃袋だけではなく
全てが満たされる気がする。


歯をくいしばってがんばることも
必要なのかもしれないけど、
そればっかりでは、つまらない。


やっぱり楽しい・美味しい・嬉しい・幸せ、という時間がないと、
心も生活もささくれだってしまうような気がする。
そういう時間もしっかり確保しないとなぁ・・・



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2011年 8月 23日

どんぐり公園

カテゴリー 子どものこと

 

先週、昨年11月からのモロモロが終わった。
 


 
毎日毎日、パソコンとにらめっこだった。
喜怒哀楽も激しく、なんだか気ぜわしかった。
 


 
こうやってバタバタな日々を送っている間にも
小学生の長い長い夏休みは続いていく。
 


 
8月6日、息子は私の実家に泊まりに行った。
その時に、昨年煮沸してずーっと干しておいた
どんぐりを持たせた。
息子も姪っ子(5年生)も工作好きなので、
二人で何か作って遊ぶだろうと思ったので。

 
どんぐりは、2010年10月4日に茹でた(笑)。



その後は、ネットに入れて、パキラの枝に吊るしておいた。
(吊るしっぱなしとも言う・・・汗)


 


翌日(8月7日)、迎えに行くことになっていたのだが、
その日の夜、姉からメールが来た。
彼女は午後から、実家に行っていたらしい。
 
 
「どんぐり工作、すごいよー びっくりするよ!」
 
 

何がどうすごいのかわからないが、
工作の出来栄えを楽しみにして、翌日実家に行くと・・・
 
 


おおおおお!!!
確かにすごい!!!

(写真、撮りっ放しだったので、ボケてることに、今、気がついた)






 
 
 


昨年の箱根旅行での工作の経験が役に立ってるなぁ。
あの一回の経験で、こういうのが作れちゃうんだ。




箱根旅行にて。どんぐり工作の見本。(2010年10月17日撮影)


これを見た姪っ子と息子は、どんぐり工作をやりたがり、
彫刻の森への移動を遅らせて、
どんぐりがいっぱいくっついたリースを作ったのだった。



 
それにしても、子どもってすごいなあ!



 
 


どんぐり公園制作中、息子と姪っ子で大盛り上がりだったそうだ。
どんぐりに絵を描くサインペンもお小遣いで買ってきたらしい。




 


大好きな「ねぇね」と「にぃに」が盛り上がっているので、
2歳の甥っ子は仲間に入れてほしくて、
まわりをウロウロしていたが、結局ダメ。
 






「さわるな、いじるな、じゃまするな」
と、かなり邪険に扱われちゃったようで、
ちょっとかわいそうかなと思ったけど、
こういうところが、<子ども>なんだよな。



 


嫌なものは嫌。
好きなものは好き。
基本的に遠慮したり、相手の立場を慮ったりはしない。
(もちろん、例外はあるし、学年が上がれば、
 次第に相手のことを考慮するようになるけど)




 

 
オトナになったら、その場の状況とか、人間関係とか
いろいろ考慮しなければならないことが山ほど出てくるので
好き嫌いで行動したり、判断したりができないことも多々あるけれど、
ホントはすっごく嫌なんだけど、その場は我慢しようと自分で決めたのに
後になって「あーだこーだ」といつまでもグチグチ言うくらいなら
嫌なものは嫌だと言ったほうがいいのかもしれない。
 

 
もちろん、モノは言いようで角が立つから、
子どもみたいにミもフタもないような言い方ではなく、
「大人っぽい言い回し」を工夫しなければいけないとは思うけど。






煮沸したどんぐりはものすごく硬くなるらしい。
二人は最初コマを作ろうとしたらしいが、
あまりの硬さに断念した。
そこで、箱根での工作を思い出すあたりは、
さすが我が姪っ子だと思った。(久々にオババカ)

 
このどんぐりには虫はつかないから、
しばらく飾っておけるはず。
(甥っ子が触りたがるだろうけど)
 

彼らにとって「夏の思い出2011」になったかな?? 



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2011年 8月 22日

穴山ふれあいウォーク

 
 
 
2011年8月21日。
明美さんにお誘いいただいて、
とっても素敵な皆様とご一緒に
「第二回韮崎市穴山ふれあいウォーク」に参加した。
 
 
 
このイベントは、いろいろなところで紹介されているんだなぁ。
(山梨県の観光情報サイトのトップに載っていたようだが、見つからなかった。
 イベントが終了したから削除したのかな?) 
 
 
http://www.shokugaku.net/news/news.php?eid=00614
 
http://anayamaonsen.blog77.fc2.com/blog-entry-123.html
 
 
 
 
「穴山」という場所は、全然知らなかったけれど、
イベントに参加させていただくうちに、
とても好きな場所になっていた。
 
 
2010年4月4日(日)
「穴山ふれあいカメラ講座」
http://www.m2-dream.net/?p=1735
 
 
2010年7月25日(日)
「山梨桃の実狩りツアー ~桃狩りと流しそうめん~」
http://www.m2-dream.net/?p=2573
 
 
 
 
 
 
当日は、あいにくの雨。
といっても、少々強い霧雨といった感じ。
でも、炎天下よりはるかにいい。
 
 
昨年の夏、横田基地での「友好祭」に参加した時は、
完全にひからびてしまった。
この日は、朝から青空が広がり、とてもいい天気だったが、
ものすごく暑かった。
 
 
しかも「友好祭」のメイン会場は<滑走路>だったから、
日陰なぞほとんどなく、高温サウナにいるような感じだった。
また、横田基地と観光バスの駐車場の間は2キロ(もっとあると思う)
くらい離れていて、交通量の多い道路脇の歩道を歩くのは
ホントに辛かった。(ここも日陰がないし)
 
 
 
自然が豊かな場所で、しっとりした雨が降っているのは
いいなぁと思う。
市街地のアスファルトに叩きつける雨とは違って、
なんだかほっこりするような、気持ちよさがある。
 
 
 
 
 
 
 
今回の集合場所は「穴山さくら公園」。
 
出発前に、イベントの度に大変お世話になっている山寺氏が
今回のツアーに関して、いろいろご説明くださった。
(残念ながら途中からしか聞けなかったが・・・) 
 
 
穴山さくら公園は、もともとはJRの土地だったが、
韮崎市で買収したそうだ。
 
穴山駅は、今でこそ、感じのいい小さな駅舎がポツンとある感じだけれど
昔は、かなり栄えていて、お店やら飲み屋街やらいろいろあったらしい。
 
 
公園の芝生はとてもきれいに刈られていたが、朝5時から
100人くらいが参加して手入れをしたとのこと。
(山寺氏も、もちろんご参加)
 
 
手入れは「アダプトプログラム活動」で行っているそうだ。
穴山さくら公園は成功事例だと伺った。
 
http://www.city.nirasaki.lg.jp/art143
 
 
 
 
 
 
 
穴山さくら公園を出発して、ウォーキング開始。
 
 
能見園 河西ワイナリー
http://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/specialty/n_6965.html
 





 

お庭には、こんな面白いものも・・・ 





昨年、お世話になった、山寺氏の農園の脇の道を通った。
 
 



一週間ほど前に明美さんたちが植えたハーブたち。
どうやらお呼びでない植物が繁殖しているらしい。



 
 
 
 


次の目的地の共選場の看板が見えてきた。

 
 
ここで曲がって、歩いて行くと、ものすごく大きな
ヘチマがぶら下がっていた。
やっぱり土とか、空気がいいんだろうなぁ。
その昔、実家でヘチマを育てたけど、こんなに大きくは
ならなかった。
 


空が広いなぁ・・・

 
 
 




新府共選所
http://www.jarihoku.or.jp/sinpu.html
 


到着した時にはちょうど休憩時間だった。
2階から見下ろせるというお話だったので、
みんなでぞろぞろと2階へ。






 
休憩時間が終わって、機械が動き出した。
昔から、工場が大好きなので、見ているのはとても楽しい。




桃の糖度をセンサーで計測。

 
 
1階は、桃の選別と箱詰め。
2階は、箱の組み立て。
 


 
隅っこに段ボール箱が積み重ねてあり、
これを機械で立体にしていく。






 

 
ガシャコン・ガシャコンの音も好きなので、
じーーーーっと見ていたら、
機械の様子を見にきた作業員の方に
「どこから来られたんですか?」
と聞かれてしまった。
「埼玉です」
と答えると、ちょっとびっくりしたような表情を浮かべていた。
「あ、そうですかー、よーく見てってくださいねー」
 
「ハイ、ありがとうございます」
と、返事したものの、息子みたいに、ポカンと口をあけて
魂を抜かれたみたいになって見つめていたんだろうかと
心配になってしまった。
 

 
 
10年くらい前にいた部署でもおなじみだった「ミラマット」。







当時は「ミラーマット」と呼んでいたが。
ロール状のものが倉庫にたくさんあったなぁ・・・
懐かしいなぁ。
 
 

2階で組み立てた段ボール箱はベルトコンベアで運ばれ、
滑り台のようなものを通って、1階の選別のレーンに移動する。
滑り台は、4つくらいあるのだが、箱が滑り落ちる場所やタイミングは、
どう見ても無作為っぽく見えた。
ご一緒した落合さんも不思議に思われたようだった。
どういうルールで、どのレーンに落としているのか、
とっても知りたくなってしまった。






 
 
 
 
共選所の裏手の風景。


 
 
来た道を戻って、桃狩りの場所へ移動。 
途中、ものすごく大きなカタツムリがいた。
子どもの頃、裏庭の紫陽花の葉にわらわらくっついていたが、
最近は、ちっとも見かけない。
 




 
次は、桃農園にて桃狩り。
 
 
道路から、坂を下っていくと、根本に銀色のシートが敷き詰めてある
桃の木の一群があった。 
 
道路を背にして右手に、小さなテントがあって、
そこで農園の方が、とりたての桃を剥いて食べやすい大きさに
カットしたものを用意して下さっていた。
 
 
早速いただく。
やっぱり桃はおいしいなぁ・・・
 
 

 
農園の方が桃について説明してくださった。
 

今回、取らせてもらう桃は、新府白桃という種類。
果肉がかたく、ゆっくり熟すタイプなので、日持ちする。
大きい木なら、700~800個くらいの実をつけるそうだ。
(小さい木だと、500~600個)
 

摘蕾や摘果をして、枝につける実の数を制限し、
果実に多くの栄養がいき届くようにしなければならないので
かなり手がかかるとのこと。
 

また、桃は、触ると手の跡がついて、ダメになってしまうので、
桃狩りを提供する場所はほとんどないそうだ。
 
 
桃の木の近くに移動。
園主の女性が、「桃のジャム」を試食させてくださった。
今回取る桃とは違う種類で、もっと色が濃い。
見た目は、ブルーベリージャムのような感じだが、
味はしっかり桃だった。
とても美味しかった。
ヨーグルトに混ぜるととても美味しいとのお話だったが、
ホントにヨーグルトにはぴったりの味で、
朝からこれを食べたら、一日中幸せだろうなぁなんて思ってしまった。
 


 
 

 
いよいよ桃狩り開始。
桃は高いところから順に上から下へ熟していくそうだ。

 
「丸くて大きくて、色の濃いのを選んでください」
と教えていただいたので、自分の手が届きそうな枝を見て回り
「これぞ!」
を二つ選んだ。

 
 
農園の方のところに持っていくと、ネットをかけて、
ビニール袋に入れて、口の部分をテープで留めてくださった。
 

 
「大きくていいのを取りましたねぇ!」
と褒められたが、嬉しい半分、
「欲張り」の本性が出てしまったような気も・・・(汗)
 





 
楽しい桃狩りの後は、再び移動。
途中、プルーンがたわわに実った木があった。


一昨日、ママ友と食事をしたのだが、その時、彼女が
タヒチが好きと言っていたのを思い出した。


果物の木がたくさんあり、海に入れば魚が獲れる。
現金収入がなくても、餓えることはない。
それがとてつもなく豊かなことだと感じたと話していた。


食べ物は買うもの、という思い込みがあるけれど、
自分で育てることも不可能ではないし、自然に育ったものをいただくという
選択肢もあるんだよなぁ・・・



餓えるひとがいない社会というのは、
確かに豊かだと思う。
GDPなど、具体的に計算できるような数値で考えれば、
豊かではないということにもなるのかもしれないけれど。







自然の中を歩くのは気持ちいい。






なんて鮮やかな色の花!と思って写真を撮ったんだけど、
写真だとイマイチだなぁ・・・(涙)





  
雨は、降ったりやんだり。
田んぼの脇の道を歩いているときに、正午を知らせる音楽が流れた。






その途端、すぐそばの民家で飼っている犬が遠吠えを始めた。
塀の向こう側にいるので、どういう犬かは見えなかったが、
「一生懸命遠吠えしている」という感じが面白くて
みんなで笑ってしまった。
 
 





 
稲倉穂見神社に到着。
http://www.geocities.jp/engisiki02/kai/bun/kai150202-03.html
 




 
 


鳥居からちょっと離れたところに大きな木が茂っていて、
その近くに黄色い湯呑に温かいお茶が用意してあった。
感激!!
このあたりで出るお水を使っているそうで、とってもおいしいお茶だった。

 
 
湯呑が並んだテーブルに小さなアオガエルがいた。
ちょこんと座っていてかわいかった。
 
 




稲倉穂見神社は「延喜式神名帳」に記載されているそうだ。
ご祭神は、素盞嗚命(スサノオノミコト)


彫刻が見事ということで、写真を撮った。
雨が降って暗いはずなのに、なぜか明るく写る。






 
 
神社について説明してくださった方のお話によると、
昔は正面に昇り竜の彫刻があったが、盗まれてしまったそうだ。












 
お願い事をするときには、「幸せになりますように」などという
漠然としたものではなく「いつまでにどうしたい・どうなりたい」を
ハッキリ願う必要があるとのこと。
 
 
(そういえば、中華街ツアーで関帝廟に行った時も、
 おみくじを引く時に同じような話を聞いたような気がする・・・)


教えていただいたとおり、具体的にお願いしてみた。
(お願いしっぱなしじゃなくて、自分でも行動しなきゃダメだけど)
 


 

  
 




 

神社を出て再び雨の中を歩く歩く。 
上り坂はやっぱりちょっとキツイかなー
普段、坂道はほとんど歩かないし・・・ 








石水地区の井戸。
山寺氏がポンプを押して水を出して下さった。 
お水がとってもとってもおいしかった。
     
 



水色のポンプが可愛い形をしていたのに、
看板メインで撮影してしまった・・・

 


 
やや雨足が強くなってきた。
折り畳み傘なので、少々背中が濡れるし、
ジーンズの裾もかなり湿っぽくなってきた。
 
 

iPhone片手の明美さんがナビしてくださる。
しばらく歩くと、知っている道に出た。
「穴山ふれあいホール」はもうすぐ。
 
 

ゴールがわかると、あとちょっと!ということで
俄然元気になってきて、無事に到着。
 
 


ホールには、真ん中をあけて長机が四角く並べられ、
机に沿ってパイプ椅子が置かれていた。






机の上には、真っ黒い海苔が巻いてある農林48号のおにぎりと、
お漬け物の載った小皿が、整然と置かれていた。

 


わーーーいっ
お昼だー
 
 

ホールの入り口付近には、小机が斜めに置いてあって、
河西ワイナリーのワインが置いてあった。
試飲用の小さなクリアカップがたくさん並べてあって
赤と白、両方注いであった。
 


わーーー嬉しいーーー
 

 
両方いただいて、席に着く。
 
 

とってもいい匂いがしてきたなぁと思ったら、
アツアツの豚汁が運ばれてきた。
 
 

そして、みんな揃って「いただきまーす!!」


 
 
 


カンカン照りの暑さではないとはいえ、
やはり、長い時間歩き、坂道を上ったりしたので、
それなりに汗をかいたらしい。
塩味がとってもおいしく感じられた。
 


 
農林48号のおにぎりの中身は、佃煮昆布と小梅。
もともとおにぎりは好きだけど、おいしいお米のおにぎりは
ものすごくおいしいなあと思った。
 


 
お漬け物もホントにおいしくて、豚汁も実においしくて、
長い距離歩いてよかったなぁとしみじみ。
 
 

試飲のワインもおいしくて、とってもまったりしてしまった。
 
 

電車で参加されている方は一足先にお帰りになった。
 
 

幸せな気分でしばし食休み。
 
 

主催者の方からご挨拶があって、イベント終了。
 
 
本当に楽しくて面白くて、美味しくて、幸せな時間だった。
 
 
どうもありがとうございました!!!
  


  
  

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2011年 8月 04日

古い写真

カテゴリー かんがえごと

 


 


 
2011年7月31日
祖母の一周忌の会食のため宇都宮へ。
 
 
おばあちゃんが亡くなってもう1年経つんだなぁ・・


 
 
お通夜も告別式も四十九日も非常に少人数だったけれど、
一周忌は、30人くらいいたと思う。
 
 
 
出席者は母のいとこに当たる人たちがほとんど。
 
伯父には子どもがいないので、私たち姉妹には、
母方のいとこはいない。
 
 
なので、出席者のほとんどが母の世代かそれよりちょっと上。
私たちは若い部類に入るのかもしれないが、
平成生まれの3人にはかなわない・・・(笑)
姪っ子(小5)、甥っ子(2歳)、息子(小2)。
 


 
 
第二次世界大戦中、祖母たちは上海に疎開していた。
また、終戦間際に苦労して帰国したため、
写真など思い出の品はほとんど散逸していた。
 
 
写真が全くないことを祖母は気にしていたらしく、
後年、親戚に頼んで、昔の写真を集めていた。
 
 
・・ということを、伯父も母も知らなかった。
遺品を整理していて、祖母が作ったアルバムを
発見したらしい。
 
 
アルバムは非常に古い時代から始まっていた。
 
 
伯父は、これを一周忌のときにみんなに見てもらおうと考えて
パソコンで見られるように加工した。
(ものすごーく苦労したらしい・・・笑)
 


 
会食の会場には、小さいスクリーンと、
小型のプロジェクター、パソコンが用意してあった。
 
 
開式の挨拶のあと、早速、天井の蛍光灯を消して、
写真の鑑賞会(?)が始まった。 
 
 
 
若い頃の祖母。

 
 
とても昔の人という感じがする。
 


 
祖母の写真が数枚続いたところで、
昔風の丸いメガネをかけた若い男性の写真が出てきた。
大きなボタンのついた洒落たスーツを着ている。
銀座のバーで撮った写真だという。


次の写真はこの若者が横浜で船に乗っている写真。
こちらもおしゃれな服装をしていた。
新聞記者で、麻雀・テニスが好きだったらしい。
 
 
これが、一度も会ったことがない祖父。
 
 
 
 
そして、どこかの庭で撮った結婚式の写真。
写っているのは祖父と祖母の二人。
今の私よりはるかに若いのだろう。
 
 
続いて、絵本をしっかり抱えた小さな男の子と
20代の青年の写真。
 
 
これは、伯父と祖母の弟。
徴兵前の写真らしい。
街の本屋に連れて行ってもらって、絵本を買ってもらったことを
伯父はハッキリ覚えているそうだ。
また、この写真を、わざわざ写真館で撮影したことも。
 
 
「Dおじさんは、帰ってこれないかもしれないって
 覚悟していたから、こんな写真を撮る気になったのかもしれません」
伯父は、スクリーンに映し出されたセピア色の写真を見ながら
こんな解説をした。
 
 
当時の20代とイマドキの20代では
まったく違う人種なんだろうなと思った。
 
 
Dおじさんだって、若い時代があったはずなのに、
私の中では、「飄々としたおじいさん」という
印象しかなかった。
 
 
結婚したばかりの頃、伯父の家に挨拶に行ったら、
Dおじさんが、益子焼の湯呑と急須のセットを自転車の荷台にくくりつけて
結婚祝として持ってきてくれた。
その時の印象が強くて、「20代のDおじさん」というのは
なんだかとても不思議な感じがした。
 
 

 
 
昭和17年。(1942年)
祖母たちは家族で中国へ渡った。
上海で暮らしていたが、中国へ来て2年もたたないうちに、
祖父は急性肺炎で亡くなった。
 
 
祖母は子どもを連れて朝鮮経由で帰国した。

1945年 上海・東京
http://www.m2-dream.net/?p=2314
 
 
そして8月15日を迎えた。
 
 
社会は混乱していたが、食べていくには何か仕事を
しなければならない。
 
 
祖母は知り合いの人たちと一緒に雑貨屋を始めた。
 
 
社会が落ち着いてくると、知り合いの人たちは、
それぞれもとの会社、もとの地位へ戻って行った。
 
 
祖母は「タイガー」というビアホールを始めた。
タイガーのメニューの写真があった。
なんだか、映画のセットみたいに見えた。
 
 
しばらくビアホールを続けた後、
祖母は「はいろう」という小料理屋を始めた。
腕のいい板前さんを雇うことができた。
 
 
新橋駅の西口の通りには、こぎれいな小料理屋が
ならんでいて、祖母の店はその中にあった。 
 
 
祖母は、昭和30年に調理師免許を取り
店を2階建てにした。
 
 
「はいろう」の関係者たちと一緒に調理場で撮った写真もあった。
(お店の外観の写真がなかったのは残念・・・)
 
 
私は祖母が新橋で小料理屋をやっていたということは
聞いたことがあったが、店名が「はいろう」だとは
知らなかった。
 
 
しかし、考えてみれば、祖母の家には「はいろう」と
書かれた器や鏡があったのだ。
(なんで「はいろう」なんだろう?とは思ったが・・・)
 
 
 
 
「はいろう」時代に、祖母は世田谷野沢に
念願のマイホームを建てた。
 
 
子どものころ、「野沢の家」という言葉は何度となく
耳にしていた。
 
 
家の様子がわかるような写真はなかったが、縁側の前で
祖母や母、伯父と一緒に、何人かの大人と子どもたちが
お行儀よく並んでいる写真は何枚かあった。
 
 
野沢の家には、大勢の人たちが遊びに来てくれて、
祖母はそれがとても嬉しかったそうだ。
 
 
縁側の前で撮った写真は、
こんな人たちが遊びに来てくれたという、
記念のつもりだったのだろう。
 
 
 
 
私が子どもの頃の実家の台所には、
つくりつけの戸棚や引き出しがあった。
野沢の家から持ってきたものだと母が教えてくれた。
 
 
白いペンキがきれいに塗られたもので、
今考えると、結構おしゃれだったのではないかと思う。
 

祖母は美的感覚に優れていた。 
(子どもも孫もその遺伝子を受け継いでいないのだが・・・)

 
野沢の家も彼女のこだわりが反映されたものだったのかもしれない。


 
 
野沢時代の写真のあと、いきなり写真は昭和50年代に飛ぶ。
 

今の私より年下であろう伯母と祖母の写真。
どこかの観光地で撮ったらしい。
結婚が決まった頃のものかもしれない。
(伯父が結婚したのは、私が小学校5年生の時だった) 
 
 
さらにそこから飛んで、平成に。


私の実家の食卓のテーブルで撮った写真。
祖母はちょっと派手めの赤い半纏を羽織っている。
 
 
 
息子が生まれた2003年、祖母は私の実家で暮らしていた。
(この数年前から同居していたと思う) 


出産後1か月弱、実家で暮らしたが、
祖母は息子をとてもかわいがってくれた。
 
 
今の大きさからは想像できないくらいちっちゃかった息子を、
祖母が笑顔であやしている写真は私のお気に入りだ。
 



 
その後、祖母は介護老人ホームで数年間暮らした。
しかし、病院での治療が必要な症状が出たため、そこを退去した。
 
 
伯父が医療的なケアが受けられる老人介護施設を見つけ、
そこに行こうかどうしようかという状況の時、
祖母は亡くなった。
 

 
2010年の夏だった。 
 
 
 
そして、2011年3月11日。
東日本大震災。
 
 
候補に挙がっていた施設は建物が全壊したという。
 
 
きっと、祖母はいい時期に旅に出たのだろう。
 

99歳だったから「あと1年だったのに」と感じる部分も
あったけれど・・・
 
 

母の知り合いは、祖母が99歳で亡くなったと聞いて
「まあ、なんて奥ゆかしい」
と言ったそうだ。
 
 
母は
「こういう場面で、奥ゆかしいって言えるなんてすごいわねぇ」
と、感心していた。
 
 
 
明治の女のひとは、きっととっても強くて、
とっても奥ゆかしかったのだろう。
 
 
 
 
古い写真の上映会(?)の間、
息子が食い入るようにスクリーンを見つめているのが
とても意外だった。
 
テーブルの上に、お子様メニューのハンバーグや
海老フライがすでに並べてあったのだが
いつものように「おなかすいた、早く食べたい!」
と言うこともなく、写真に見入っていた。
 
 
 
オトナになる過程で、ひいおばあちゃんの記憶は
どんどん薄れてしまうだろうけど、
ひいおばあちゃんがいて、おばあちゃんがいて、
お母さんがいるから、自分がいるんだということは、
心のどこかで覚えていてほしいなと思った。








 
 

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