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2011年 5月 28日

1968年 東京

カテゴリー かんがえごと

あいかわらずいろいろあってバタバタしていて
泣いたり落ち込んだりと感情的にもバタバタ(苦笑)


ブログの更新も20日ぶりだなぁ・・・
 
 
5月8日に祖母の家にお別れに行った時、
処分する本の山から、地図好きな夫は1968年(昭和43年)の
東京都の地図を貰い受けていた。
 



 


後日、実家に持っていくと、同じく地図好きな母が感心して眺めていた。
「こんなふうだったのねぇ・・・」








1968年というのは、今から43年前。終戦から23年後。

いろいろあったけど、目を引いたのは・・・(Wikipediaより)

2月26日 – 成田空港阻止三里塚闘争集会、警官隊と乱闘、戸村一作委員長重傷。
3月31日 – リンドン・ジョンソンアメリカ合衆国大統領、ベトナム戦争での北爆一部停止を発表。
4月18日 – 東京都千代田区に日本初の超高層ビルである霞が関ビル完成。高さ147メートル。
4月25日 – 東名高速道路、東京IC-厚木IC、富士IC-静岡IC、岡崎IC-小牧IC各区間が開通、
        小牧ICで名神高速道路と接続。
4月 – 西武百貨店渋谷店開店。
6月21日 – 都営地下鉄1号線(現:都営地下鉄浅草線)大門駅-泉岳寺駅間開業。
6月26日 – 小笠原諸島の日本復帰。
7月25日 – 明治製菓が日本初のスナック菓子「カール」を発売。
10月17日 – 川端康成がノーベル文学賞受賞。
12月10日 – 東京都府中市で三億円強奪事件発生。
12月24日 – アポロ8号が月を周回し、月の地平線から昇る地球の写真が撮られる。
12月27日 – 都営地下鉄三田線の志村駅 – 巣鴨駅間が開業。






(祖母の家の庭の花で作った、姪っ子作のアレンジメント)




1968年の43年前は1925年(大正14年)。

大正14年にはいろいろあったけど、こんなこともあった。
2月20日 – 丸善『理科年表』創刊
4月22日 – 治安維持法公布
11月1日 – 山手線で環状運転開始(御徒町駅開業・秋葉原駅旅客営業開始)


1925年 → 43年経過 →  1968年 →  43年経過 →  2011年 


43年前には、PCやケータイはなかったけど、
セシウムやプルトニウムもなかった。


86年前は、コンピュータも家電もなかったけれど、
「現代の日本からは消えてしまったもの」がたくさん存在していた。



今から43年後は2054年。

その時、日本はどうなっているんだろう・・・

「幸せな未来」だといいんだけど・・・








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2011年 5月 09日

お花と思い出




オルタンシアさんの母の日アレンジメントを自分用に購入。

 
 
アトリエ オルタンシア
http://www.hortensia.jp/



ちょっとお疲れの私にプレゼントということで(笑)






いろいろあって、更新しないまま時間が経過。

去年からずっと準備して、実現を望んでいたことが
叶ったということなんだけど・・・

やっぱり、いろいろあるんだよなぁ。

思ったよりもはるかに時間が取られるとか、
自分の力が足りなすぎるとか、
想像もしなかった作業が発生するとか、
とにかく生活に余裕がなくなるとか。





「結婚」したかったのか、
それとも「結婚式」したかっただけなのか・・・試されている気がする(笑)


実際の人生での結婚は、
「まあ、こんなもんでしょう」という感じ。
18年くらいでは、まだ悟ったことはいえないけど。



3連休では大阪に行った。
超普段着の大阪で、「観光」は大阪城くらい。
フツーのマンションの前のフツーの公園でたこやきを食べたりした。

(大阪から帰ってきたら、東京が、とっても暗く感じた・・・)






昨年8月に死去した祖母の家とお別れすることが4月下旬に決まった。


祖母が老人介護施設に入ってから、
母が時々祖母の家に行って、掃除をしたり、
モノを取ってきたりしていたけれど、
ここ数年は義弟が早朝出勤の時に泊まるくらいだった。


去年の8月以降、母は少しずつモノを片付けていたが、
お別れが決定して、本格的にモノを整理した。


思い出の品々のほんの一部。(実家で撮影)






昨日(5/8)、一族で最後のお別れをしに行った。


応接間の、ガラスのノブのついた重厚な扉は、
古道具屋が外して運び出していた。

欄間の彫刻も運び出されていた。





タンスなども運び出されていて、
部屋はがらんとして埃っぽかったけれど、
祖母が元気だった頃の部屋の様子がありありと浮かんできて、
子どもの自分に戻ってしまいそうだった。




写真を沢山撮った。

まだ整理がつかないけど。



お皿や花瓶、私が「バベルの塔」だと信じていた
応接間の壁の絵をもらってきた。





私がいなくなったら、私が残したモノを
欲しがる親族はいるかしら・・・

私にとってのみ、意味を持つものばかりのような・・・汗


扱いに困るものは早めに整理して、
身軽になっておきたいなぁ・・・






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