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2018年 4月 12日

鎌倉2018

カテゴリー 旅行



新年度が始まった。


ついに息子は中学3年生。
入学式の記憶が鮮明なのに、一瞬で最上級生になってしまった。
来年の今頃は高校生なんだなぁ・・・


3/31&4/1に「一族郎党 鎌倉旅行」を久々に実施した。
と、いっても、ご一行様での『いざ、鎌倉』ではなく、
初日は分散行動。


義弟は仕事の関係で宿の夕食から参加。
私と姉は材木座&長谷方面探索。
その他のメンバーは新江ノ島水族館。


どこへ行っても外国人観光客が多かった。
山の中のハイキングコースも外国人が歩いていた。


前回・・・3年くらい前?・・・訪問時は、
静かで暗い印象だった光明寺は、
青空の下、桜が満開で、お祭りをやっていて、
まったく別の世界だった。


前回は、帰宅してから
「光明寺が鎌倉アカデミアだった」
と知ったので、視界に入ることがなかった石碑。

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材木座テラスでランチ。



鎌倉文学館では、
角野栄子先生をお見かけした。
プラチナブロンドみたいな白髪がとても素敵で、
張りのあるお声が印象的だった。


銭洗弁天近くのGULAは、
入れるかどうか心配だったけど、
300円でおいしいケーキとお茶を堪能した。
マダムはとっても忙しそうだった・・・

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二日目の長谷寺は、朝早い時間にもかかわらず
外国人観光客が大勢いた。


お寺とか仏像を見て面白いのかなぁ?と姉に聞くと、
“そういうのが好きだから、わざわざ来てるんでしょ”
との返事。
・・・なるほどねぇ。


桜がとても綺麗で、写真をとっている人が大勢いた。

201804IMG_2074




鎌倉は前世紀から何度も来ているけど、
まったく飽きることがない。

前世紀に来たときは、自分はまだ20代の終わりか
30代初めくらいだった。
持参したカメラはフィルム式だった。


報国寺の竹を山ほど撮ったはずだけど、
現像した写真はどこへ行ってしまったのだろう?



銀杏が色づくころにまた行きたいものだ。


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2016年 12月 30日

2016夏 台湾旅行 その3

カテゴリー 旅行


20160724

朝イチで寿山公園へ。
ここは昭和天皇が皇太子の時代に訪れた場所。
寿山という名前になっているが、高さは360mで、山というよりは丘。
といっても、高雄港や町の景色が一望できる。
若者のデートスポットだそうで、マックのテイクアウトのゴミとか、
プラスチックの飲み物の容器が放置されていた。


おそろいの青いTシャツを着た学生のグループが階段を上ってきた。
そして、おしゃべりしたり、笑ったりしながら、
リラックスした雰囲気で、せっせとゴミを集め始めた。
肩肘張ったところはなく、ごくごく自然な動作だったので、
ここの掃除は、日課というか、日常的な作業になっている感じだった。


Tシャツの背中には、日本語で
「努力はうそをつかない
 負けて泣くより勝って泣け」
と書いてあった。


青いTシャツは部活のユニフォームなのかな?
バスケ部とかバレー部という感じではなかった。
卓球部かな?


ツアーの参加者たちも彼らのゴミ拾いを見ていて、
作業が終わる頃に拍手していた。
学生たちは「ええっ??」と戸惑っていたようだったが、
<言葉の通じないおじさん・おばさんが
 自分たちのゴミ拾いに感心している>
というのはわかったようで、ちょっと照れくさそうにしていた。



続いて日月潭湖畔へ。
もともとは日潭と月潭という二つの潭があったそうだ。
日本統治時代にくっつけて、日月潭にしたとのこと。
水力発電に適した場所なんだとか。
日月潭の深さは平均30メートル。

1999年9月21日に台湾中部の南投県集集鎮付近を震源とする、
M7を超える地震の際、湖畔の文武廟も日月潭のリゾートホテルも
大きな被害を受けた。

台湾の西側は地震は少ないそうだが、地震が起こった場合は、
規模の大きな地震になるそうだ。


なお、南投県は台湾唯一の「海ナシ県」。
平地には主に漢民族が住み、山地には少数民族が住んでいるという
説明があった。


日月潭の少数民族がもっとも人数が少なく283名だけ。
人数が多いのが花蓮のアミ族。
29万人いて、16ある少数民族の半数以上がアミ族らしい。


ガイドさんの話によると、少数民族は、歌やスポーツの分野では
秀でた人が多いそうだ。

台湾のプロ野球の選手のうち、漢民族と高砂族の比率は半々。
少数民族は文字通り「少数」なのだから、
野球という分野だけでも、スポーツが得意というのは納得できる。

日本のプロ野球で活躍した郭 源治、郭 泰源、日ハムの陽 岱鋼は
少数民族らしい。

特に高砂族は歌が上手なんだとか。
ガイドさんは「生まれつき上手い」と言っていた。



文武廟へ。
門の入り口の数によってランクが決まるそうだ。
5つ:社長クラス、3つ:部長クラス、1つ:係長クラス。

龍の指の数もランクと関係している。
皇帝の御物の龍は、指が5本ある。
神様関係の龍は4本、王様レベルだと3本。
皇帝の方が神様より偉いのか・・・!!


道教の廟では、お供え物はお参りの後に持ち帰る。
神様のパワーがつくらしい。


おみくじは横浜中華街の関帝廟と同じ。
http://www.m2-dream.net/?p=2129


「神筈」(しんばえ:三日月型の神具)を投げて、
質問してもいいかどうかを神様にお尋ねすることからスタートする。
質問してもOKとなれば、くじを引く。


日本の場合、神社でおみくじを引くと、
結果が書かれた紙を境内の木に結び付けて置いてきてしまうが、
道教のおみくじは、その内容に沿って行動する必要があるため、
結果の紙は、必ず持ち帰る。



この後、バスで台北へ移動。
最終日の食事は、オプショナルツアーの位置づけ。
ガイドさんと一緒におススメのレストランに行ってもいいし、
自分たちでいろいろ歩き回って、よさそうなお店に入ってもいい。

我々はオプショナルツアーには参加せず、
街歩きをすることにした。

三創生活というショッピングセンターに入ると、
なんと!


東離剣遊記/サンダーボルトファンタジーの展示をやっていた!
霹靂社の人形劇には固定ファンがいるせいなのかもしれないが、
結構大勢の若者が来て、特設ショップで買い物したり、
人形の展示の写真を撮ったりしていた。
夫もなんだかやたら熱心に写真撮影していた。


夕食はちょっとひなびた感じの小さいフードコート。
超プチプライス・・・おいしかったけど。




20160725

ついに最終日。

まずは、龍山寺。
こちらに祭られているのは本尊は観世音菩薩。
しかし、道教の神様も祭られている


台湾では、仏教と道教が習合しているらしい。
日清戦争での清の敗北により、台湾は1895年に日本に割譲された。
日本統治下では仏教はOKだったが、
中国の教えとされる道教はNGだったそうだ。
しかし、長い間の信仰が簡単に消えるわけがなく、
仏教を隠れ蓑にしたのか、習合していったとのこと。
かなり融合が進んでいるので、
多くの台湾が仏教の教えと思っているものが
実は道教の教えだったりするらしい。


ここに祭られている関羽将軍は経営の神様。
軍隊の経営(運営?)が上手だから、という理由。


文昌帝君は学問の神様。
昔は受験シーズンには実に大勢の学生がお参りに来ていたそうだ。
受験票を置いて祈願するんだとか。
でも、「神頼み」じゃだめ。
自力で頑張って勉強して、いい点数を取らないといけない。
「もし、同じ点数のライバルがいたら私を合格させてください」
というお願いなら聞いてもらえるらしい。


息子にお守りをねだられたが、
中国の神様は厳しいんだ、努力しないヤツを助けたりしない!
お守り買ったらOKなんて気持ちじゃ、ご利益はないぞ!
と強く言ったら、あっさり引き下がった。

ガイドさんの話、全く聞いてなかったのか・・・


日本と台湾のお寺の違いとして説明されたのは、
台湾のお寺には若い人が大勢来るということ。

台湾人は小さい頃から、お寺に連れて行かれるという。
両親や祖父母など身近な大人が連れて行くのだろう。
小さい子どもはお寺の壁の絵にまつわるお話などを
大人に教えてもらう。
そういうこともあって、自分の家の近所のお寺に
なついているそうだ。

困ったことがあれば、親よりも神様に相談するんだとか。
お年頃になれば、親には言えない相談事も当然出てくるだろう。
言えないというか、言いたくないんだろうけど。
そういうときに、神様にご相談できるというのはいいなぁ。

自力で大きくなったようなナマイキな年頃の若者が、
自分から神様に聞いてみようという気持ちになるとは、すばらしい。



<台湾の文明時代>(と、ガイドさん言っていた)の建物は
オランダ統治時代(1662年 – 1683年)のものから始まる。
龍山寺は創建から300年くらい。

どの時代の建物も大切だから保存する。
「ここが韓国と違うところです。
 あのひとたちは<なかったことにしたい>と考えてるみたいなので」
という、ガイドさんのコメントが印象的だった。


日本の統治下では、内地人(日本人)、本島人(台湾の漢民族)などの
差別はあったそうだが、統治者が清や国民党のままだったら、
近代化はムリだったと考える人が多いそうで、
そのせいか、基本的に親日の人が多いとのこと。




忠烈祠で衛兵交代を見た。
こちらは屋外なので、移動距離が長く、炎天下では大変そう。

ガイドさんのお話によると
初日に見た中世紀念堂で衛兵交代をやっていたのが空軍。
こちらは建物の中なので所要時間は10分。

忠烈祠は海軍。
入り口の門からスタートして長い広場を横切って奥の建物まで行って
戻ってくるので、所要時間は20分。

炎天下のパフォーマンスも、
交代の時間になるまで微動だにせず人形のように立っているのも、
軍隊でやることの中では「ラク」だとのこと。
いったい何をやってるんだろう・・・??


衛兵交代の担当者はルックスで選ばれるとのことで、
基本的にイケメン揃いだという。
イケメンというより、涼やかな目元の好青年って感じ。
・・・というのはオバサンの感想。


1911年は中華民国元年。
なので、2016年は中華民国年暦では105年。
この105年という表記が正式・公式。
台湾の人はすぐに換算できるんだろうなぁ。
昭和までは、西暦換算がすぐにできたけど、
平成になってからは、基本は西暦で、
必要があれば平成に直してしている感じ。





続いて九イ分観光。


九イ分という名前の由来は、
この地には9家族しか住んでいなかったから。
生活に必要なものは、基隆まで代表者(?)が買いに行っていた。
地名がないと不便だということで「九イ分」になったとのこと。

清の時代に九イ分で金脈がみつかったため、
ゴールドラッシュが起こった。

台北よりもにぎやかだった時期もあったという。
台湾の北部の最初の映画館は九イ分に作られたそうだ。


九イ分観光を楽しみに強いたけれど、
観光名所なだけあって、人人人人・・・・
狭い階段いっぱいに人人人人人・・・・

昼食を取ったレストランは眺めがよくてすばらしかった。
お料理は田舎の親戚に遊びに行ったときに出される料理
という感じだった。


人ごみの中を歩くのが疲れたので、脇道に逸れて、
日本とは違う雰囲気の住宅地を歩き回った。

暑くて疲れてきたのでバスへ引き返すことにした。
階段を降りきって少し歩いたところにある小さな売店で
棒アイスを買った。
カッチンカッチンに凍っていて、
アイスというよりは氷みたいだった・・・
味はよかったけど、なかなか溶けないので食べるのが
ちょっと大変だった。


楽しかった観光もコレでおしまい。
バスは空港へ向かった。


CI222で羽田へ。
外は真っ暗。
クルマで帰宅。


長いようで短い旅だった。





・・・と、思う。
旅の記録は感動や記憶が鮮明なうちに文字にしないと
すぐに忘れてしまう。

旅行中に書いたメモは残っているけれど、
どういう気持ちで書いたのかは、
あっさり忘れてしまう。


楽しかった、また行きたいという気持ちだけ残れば
いいのかもしれないけれど。

    
    
    
    
    

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2016年 11月 28日

2016夏 台湾旅行 その2

カテゴリー 旅行

20160723
8時出発。



太魯閣渓谷観光。

以下、ガイドさんのお話。

台湾はかなりの地震国。
震度4~5は普通にあるので、
震度5以下は「地球のひっくり返し」と言ってるらしい。
地球の中には牛かいて、大地を支えているが、
たまに背中が痒くなると、
ひっくり返って背中を地面にあてて痒みを解消する。
その時に地震が起きるという話による。


太魯閣は少数民族の名前。
台湾の東は少数民族が多い。

台湾は東西で全然違う。
面積は九州より小さいが、人口は2300万人で、九州の倍以上。
国土の約半分が山。
東部はほとんどが山。
3000メートルを超える山が268ある。


少数民族は16族あり、55万人。
国民全体の約2%。
日月潭の近くの少数民族は一番数が少ない。


太魯閣は、昔は、観光地ではなかった。
国民党と共産党との内戦で負けたので、蒋介石は台湾に来たが、
長くいるつもりはなく、3年以内に戻るつもりだった。

しかし、なかなか帰れない。

台湾に連れてきた軍隊も歳をとっていく。
当時は総人口800万人。
そこに50万人の軍隊。
ずっと戦闘をしていたため、他の技術を持っていない。
だから、一般社会に入れるのは難しい。
ムリに社会に溶け込ませようとすると混乱する可能性がある。

そこで蒋介石の息子の蒋経国は、
東西横貫道路の工事を軍隊にやらせることにした。
(この道は現在はほとんど使われていない)


太魯閣渓谷は東西横貫道路の入り口。
この工事では212名の犠牲者が出た。
ガイドさんの説明もJTBのサイトでもこの数だが、
現地に設置してある説明板の数字は225だった。
中国語の説明がちゃんと理解できたわけではないので、
255は違う意味の数字なのかもしれない。

軍隊は中国から連れてきているので、家族は台湾にいない。
工事でなくなった方々は、国が祀る必要があり、長春祠が作られた。



太魯閣渓谷では大理石が産出する。
台湾の大理石は世界第二位。
大理石はセメントの材料になる。
大きなセメント工場が花蓮の北には何カ所かある。


台湾の建物の上には、たいてい貯水タンクがある。
春と夏には雨季があるが、冬はほとんど雨が降らない。

昔はダムが少なかったので、水不足になりやすかった。
清の時代から貯水の習慣がある。

タンクの水は、2,3日は持つ。
計画停水のようなものがあるので、建物の貯水タンクは必須とのこと。

水道水は、飲めると言われているし、
政治家も水道水を飲むパフォーマンスをしてみせるが、
台湾人は、基本的に水道水は沸かして飲む。



台湾の文化は、もともとは漢民族ではない。
文化はオランダ人から始まる。
東の少数民族には、キリスト教徒が多い。
だから、「西のお寺・東の教会」という表現があるらしい。


少数民族では、オトナになった印として顔に刺青を入れる。
オトナになったとするのは、年齢ではなく、能力で判断される。
男性は山の中で、自力で何か食料を手に入れられること。
女性は布を自力で織り上げられること。

いつ発生したのかよくわからなかったが、
落石事故があったそうで、
長春祠までは行けなかった。




ちょうどこの旅行時に、台湾ではバスの火災事故があった。
ガイドさんは、
「商売の為、安く作ったからかもしれない。一瞬で燃えたから」
と話していた。


太魯閣の近くには日本時代のダムがあり、
このダムを作るための道が既にできていた。
この道を伸ばして東西横貫道路は作られた。


「パッテンライ~八田來了」というアニメをバスのテレビで見た。
八田與一技師の台湾での活動を描いた物語。
日本では、八田技師の名前はあまり知られていない気がするが、
台湾では小学校で彼のことを教わるらしい。

高雄から北へ1時間で台南。
嘉義は最大の平地だったが、水がなかったため、
農作物はできなかった。
八田技師は、台南と嘉義の平地がもったいないと考えて、
ダムの建設を当時の総統府に提案した。

ダムが完成すると、台湾バナナやマンゴーなどが収穫できるようになった。
台湾バナナは浜田さんという日本人が品種改良したもの。
それまでの台湾バナナは、フィリピンバナナと変わらなかった。

こういうことがあったので、
東北大地震の際には台湾は多額の支援をした。
日本時代の恩返しの気持ちがあったとガイドさんは言っていた。





続いて、本日の予定の説明。

昼食は駅弁。
本日高雄へ向かう列車は、鈍行なので、沢山の駅に停まるとのこと。

台湾は週休二日制。
会社員の中には、金曜日を半休にして小旅行する人も多い。
土曜は出かける人がさらに多くなるので、
指定席は取ってあるが、電車が混むのでは?というお話だった。


ガイドさんが台湾のヒトだからかもしれないが、
中華料理の説明もなかなか興味深かった。

中華料理について、世界では、香港を一番という人が多いが、
日本人に限っては、台湾の味の方がいいという人が多いんだとか。

日本時代の影響で、日本人が好む味の中華になっているのかもしれない、と
いうのは、ガイドさんのお考え。


ガイドさんは、台湾のコンビニの話もしてくれた。
一万店近くあるらしい。
一番多いのが、セブンイレブンで、次がファミマ、
その次が、ローカルコンビニ。





バスを降りて大理石工場見学。
おそらくそれなりの役職をお持ちなのではと思われる雰囲気の
スーツ姿の男性が、ハンドマイクを持って日本語で案内してくださった。

この工場は、1963年創業だという。
工場の敷地の広さは80ヘクタール。
何もないところにどーんと建てたか、
最初は細々やってて、成功してどんどん大きくなっていったかどっちかだろう。


工場併設のお土産ショップがすごかった
大勢の店員さんが待ち構えていてくれたけど、
買えそうなものはほとんどなく・・・

息子は友達のお土産にしたいと、
ヒスイのついたキーホルダーみたいなものを欲しがった。
お手ごろ価格だったのでご希望通り二つ買ってあげたが、
そのうちひとつは女子へのプレゼント。
かなり渋いデザインだけど、喜んでもらえるといいねぇ。




一通り観光が終わったところでバスを降り、
ガイドさんを先頭に駅に向かってぞろぞろ歩く。
高雄まで約5時間32分の列車の旅。


指定席はいちばん後方の車両だった。
通路に立つヒトも、通路を横切るヒトもいなかった。

乗車してすぐにガイドさんが手配したお弁当が配られた。
見た目は素朴だったけど、味はとてもよかった。


夫は・・・なんと、駅弁を二個食べた!
配られたお弁当をぺろりと平らげた後、

池上という駅の次の駅で「関山弁當」を買って
こちらもぺろりと平らげた。

関山弁當は、今回の旅行の食事の中でも、
トップレベルの美味しさだったらしい。





長い長い電車の旅を終えると、
高雄市内観光。
台湾の四大港町は東西南北にあり、高雄はその一つ。
(花蓮、高雄、台中、基隆)


用意されたバスに乗り込んで、「蓮池潭」へ。

潭とは「池より大きく、湖より小さいもの」という説明があった。

蓮池潭は、名前の通り、昔は蓮の花がたくさん咲いていた。
2009年にスポーツイベントが開催され、その際、街全体をキレイにすることになり、
蓮池潭の池の水も全部出して掃除した。
その結果、昔のようには蓮の花が咲かなくなってしまったという。
最近になって少しずつまた咲くようになってきたそうだ。


蓮池潭には中国らしいハデハデの建物(?)がある。
虎っぽいのと龍っぽいのがセットになってたっている。

その手前にはくねくねした橋のような道が続いている。
このクネクネの角で悪いものが落ちるんだとか。
(悪魔とか魔物とか? まっすぐしか進めないらしい)

二つの塔のうち、龍の口から入って、虎の口から出てくるのがお約束。
悪霊を取ってくれるんだとか。

などという説明を受けて期待が高まっていたのだが、なんと!
既に入り口は閉ざされていた・・・ガッカリ!




移動中、檳榔の木に興味を持った人がいたので、
ガイドさんが少しだけ説明してくれた。

台湾の冬の寒さは3週間程度なので、
基本的には暖房器具は入れずに我慢するのが普通らしい。

しかし、台湾は湿度が高いため、
寒さは骨身にしみるものになる。
こういうときに檳榔をかじると暖かく感じられるという。
(兵役のときに檳榔の効果を知る人が多いとか)


檳榔の長期摂取は癌のモトになるといわれていて、
政府は摂取をやめるように伝えているが、
檳榔の栽培は立派な産業になっており、利権が絡んでいるため
なくなることはなさそう、とのことだった。



この日の宿泊は、國賓大飯店。
1995年か96年に出張で泊まったホテルなのだが、
到着したときが夜だったせいか、真っ暗という印象しか残っていない。

このホテルの売店でクマのハンガーフックを買ってきてくださいと
部長に頼まれたんだっけ。
(部長が出張で言ったときに、お嬢さんへのお土産に一つだけ買ったらしいが、
 もう一つ欲しいといわれたらしい・・・笑)



ホテルの横には「愛河」という河が流れている。
ここは一昔前は悪臭を放つドブ川だった。
周囲は匂いがキツいので、人が住む環境ではないといわれていた。
よほど困窮した人でない限り、誰も住間ない場所だった。

高雄市の市長は長年国民党の人だったが、
選挙で民進党が勝ち、市長が変わった。
その後6年間で川も変わった。
水をきれいにし、川岸を公園のように整備した。
その結果、愛河の周辺は高級住宅地になっていったそうだ。
    
    
つづきはこちら
http://www.m2-dream.net/?p=12047
    
    
    
    
    
    








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2016年 9月 19日

2016夏 台湾旅行

カテゴリー 旅行

20160722

午前2時40分起床。

身仕度、乾燥機の洗濯物畳み、ゴミ捨て。
3時半クルマで出発。
4時半過ぎに羽田空港到着。
今回は久々の団体旅行なので、
やたらと早く空港に行かなければならない。

係員の説明を受けて、チェックイン手続きして、
出国しても、搭乗時間まで1時間以上ある。

免税店には、縁がないし。


201608P1020369

CI223 羽田空港→台湾 松山空港


何だか一瞬で着いた。
団体旅行なので、現地係員が待機していて、バスまでご案内。


ガイドさんが台湾の地図を正面のモニターに張って日程を説明。

今回の旅行は台湾一周するので、
温帯・亜熱帯・熱帯という、三つの気候を体験できるとのこと。


まずは市内観光。
といっても、総統府は車窓から眺めただけだったが。
201608P1020378


総統府に向かって右側の建物が台湾銀行本部。
日本統治時代は、日本帝国銀行だった。
「華麗なる一族」のロケで使われたとか。



続いて中正紀念堂。
こちらはバスを降りて中に入った。
「中正」というのは蒋介石の本名。

201608R5260501


1980年完成。
高さは76メートルあるが、4階建。
この高さなら普通は20階建くらいになるらしい。


衛兵交代式を見学することになっていた。
台の上に立っている人は完全にお人形状態で、
交代の時間になって、動き出す前は、
生きている感じがなかった。

201608R5260507


交代の一連の儀式は五人でやっていたが、
本当に「一糸乱れず」という感じ。
動き自体、かなり不自然であるし、
片足に大きな負荷がかかることも多かった。

身体の軸がぶれることなくこなすのだから、
日頃の鍛錬は相当厳しいものに違いない。
交代の人が台に上がると、黒っぽい服の人が近づいて来て、
制服や銀色の帽子を整えていた。
台の上の人は全く動かない。
交代前の人と同じように生きている感じがないので、
マネキンの服を整えているみたいだった。
1時間で交代するそうだが、
生きている感じを完全に消し去る静止状態は、
一種の修行みたいなものなのかもしれない。


蒋介石は、中国大陸に帰りたがっていたそうで、
台湾にはお墓を作っていない。

ガイドさんの説明によると、
巨大な蒋介石の像が見つめているのは、
総統府ではなく、海を隔てた中国大陸で、
中正紀念堂の扉が朝9時に開くと、
望郷の念が溢れ出してくるとのこと。
本当だろうか??


201608R5260506

「この建物の白いところは大理石、黒いところは蒋介石」
というガイドさんのとっておきのギャグは
関西の人にはウケるが、
関東の人はなかなか笑ってくれないという。


大理石には「白」のイメージがあるが、
白い大理石は古くないらしい。
古い大理石は色が濃いそうだ。



中正紀念堂の大理石は太魯閣渓谷から運んだそうだ。
翌日、太魯閣渓谷へ向う途中でも、大理石の話が出た。
1980年代に中正紀念堂が完成すると、
台湾では大理石ブームが起こった。
家の内装に大理石が使われた。
しかし、冬が終わると、大理石の使用をやめる人が多かった。
理由は寒すぎるから。


台湾はかなり湿度が高く、平均80%。
このため、夏の体感温度は、実際にはプラス5℃。
冬場の気温は10°C前後だが、湿度のせいで、
体感温度は、温度計が示す数字のマイナス5℃。
冬場でも除湿が必要になる。
湿度が高くて気温が低い時の寒さは骨身にしみるそうだ。
なので、大理石の内装の家は、寒すぎて住めないらしい。




4階から降りる外階段の段数が蒋介石の年齢だという説明があった。
ホール(なのかな?)を出たところに短い階段があったので、
これも段数に含めるのかどうか、
息子はいつの間にやらガイドさんに質問していた。
ガイドさんにとっては、この反応が新鮮だったらしく、
バスに全員が戻ってきたところで、
この一件をツアー参加者に報告していた。
若い人はさすが!という感じで。
(息子以外の参加者は30代半ばから70代後半くらい)


蒋介石は89歳で亡くなった。
階段は90段あるそうだ。





中正紀念堂を出発してすぐに立法院があった。
台湾の国会議員は、喧嘩が強くて、激しい喧嘩はお約束。
昨日もやっていたそうだ。



ランチは金品茶樓。
ここのオーナーシェフは、テイタイフォンのメインシェフだった人。
テイタイフォンで小籠包の襞の数は17~19であればOKだが、
金品茶樓では、18に統一しているそうだ。


お店に入ると、蒸篭が次々に運ばれて来た。
野菜炒めや炒飯も出てきた。
最後に宋美齢さんが好きだという小豆のパンケーキが出てきた。
パンケーキというよりは、粘度のあるマーラーカオっぽい感じだった。
料理は美味しくて、あっという間に食べ終わった。



続いて故宮博物院。
201608P1020400
「自由にご覧下さい」かと思ったが、ガイドさんの説明付きだった。


まず「玉」について。
最高級は翡翠だか、玉=翡翠ではないとのこと。


ガイドさんがツアー参加者を案内したのは、
古代の宗教行事のような‭儀式を行った際に
使われた道具らしきものの展示。

天を表すものは丸くて、地を表すものは四角。
天への捧げ物、天を祀るものは丸い。

宗教という具体的な形ができる前は、
人間にとっては、「天」が一番恐ろしかったという。




続いて、実際に触れる玉が置いてあるコーナーへ。

玉は育てるものだという。
玉不琢不成器という文字が説明文の見出し(?)になっていたが、
ネットで調べてみたら、 「玉不琢不成器,人不磨不成道」が
完成形らしい。
「玉は磨かなければ器にならず、人は鍛えなければ道を成せない」
という意味だとのこと。


玉は磨いて使って綺麗になる。
磨き込まれ、使い込まれて、
滑らかになったつるつるの玉は、日本人好み。
あまり使われていなくて、ざらざらの玉は、中華圏の人に好まれる。
値段が安いし、自分が使って磨いていけば、高くなる。


光沢のあるつややかな翡翠の腕輪は、
代々姑から嫁へと譲られてきたもの。
姑から譲られたところで、
「何々家の嫁」として、認められたことになるという。



楊貴妃の像は、後ろから鑑賞。
重要なのは、お尻。
大勢の子どもが産めるかどうか。
自分たちの子孫を残したいし、
家を継がせるには男子が絶対に必要だった。


日本人に人気の白菜は本当は大したことないという。
(ホントかなぁ??)
多産の象徴のコオロギがのっているので、
その縁起の良さが重要らしい。



故宮の所蔵品には、日本と関係のあるものもある。
たとえば翡翠の屏風と花瓶。

蒋介石のライバル 汪兆銘が
昭和天皇に屏風と花瓶を贈った。

屏風の「屏」と花瓶の「瓶」と
平安の「平」が同じ音なので、

  天皇様が長生き
  皇后様も長生き
  私も平安

みたいな意味を込めているんだとか。



「オロンスム文書データベース」の文章より
> 一番著名な「接収文物」は、
> 汪兆銘から昭和天皇へ贈呈された、
> 玉を嵌め込んだ屏風であり、
> 現在は台北の国立故宮博物院に所蔵されている。
> 「接収」といっても、学術調査資料の場合、
> すべてを押収した訳ではなく、
> おなじものが複数以上あるときは、
> 1点は研究参考資料として、被「接収」機関のもとへ残され、
> あまりに片々とした遺物も除外された、
> と関係者から聞いている。

http://www.eurasia.city.yokohama.jp/olonsume/excavation.html

屏風も花瓶も戦後、返還された。

> 中國歷代玉器 汪精衛贈日天皇 《碧玉屏風》在故宮
(Yahoo台湾 2011.2.9の見出し)
> 二次大戰間,汪精衛在南京成立臨時政權,
> 一九四一年汪精衛訪日時,
> 曾將這座大屏風獻贈給日本天皇,
> 另還贈送日本皇后一對《翡翠雕花鳥瓶》。



続いて唐三彩の説明。
唐三彩は、その昔、中国へ短期留学した時に
小さな置物をお土産に買ってきたので
多少はなじみがあったが、
「色は鮮やかだが、コントロールができない」
「このため、人の顔や手などの肌の部分には彩色しない」
という説明は初耳だった。


帰国してから故宮博物院の本を図書館で借りたり、
自分で買って読んだりしたが、
写真が掲載されている所蔵品は、
超技巧みたいな言葉がぴったりなものばかりだった。


ガイドさんの言葉:
「故宮博物院の所蔵品は皇帝への捧げ物です。
 だから、龍の指は基本的に5本あります」
(5本指は最高ランクの龍の印)





その後、特急列車で花蓮へ。

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宿泊は煙波大飯店。

夕食は広東料理。
お高い食材は使われていないようだったが、
日本人の好みに合わせてあるそうで、
食べやすくて、おいしかった。


テレビ小僧と化した息子をおいて、
近所のセブンイレブンへ
ビールの買い出し。


その後、夫は「少数民族のお祭り」を見に行くと
言ってでかけてしまった。

すごくにぎやかで、こういう感じだったらしい。
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テレビのチャンネルを適当に変えていたら、
霹靂チャンネルに遭遇。
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』のCMをやっていた。


台湾ではどのくらい話題になってるのかなぁ~??
(その後、まさにこのイベントに出くわすのだが、
 この時点では、そんなことは全く想像していなかった)
    
     
    
    
つづきはこちら
http://www.m2-dream.net/?p=12034

        
    
    
    
        
    











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2016年 6月 25日

日光と秘境系カフェ

カテゴリー 旅行






2016年5月10日  旅行最終日



5時過ぎに目が覚めたが、布団が気持よかったので二度寝した。

6時起床。
支度して朝の散歩に行こうとしたが、雨。
残念だったが、部屋に戻ってのんびりした。


7時朝食。
昨日の夕食と同じ場所。
旅館らしいメニューだった。
(ごはん、味噌汁、鮭、納豆、海苔、漬物)

朝食後、雨が上がっていたので少し散歩した。

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8時半頃出発。


夫は、日光経由で帰るという。


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湯西川温泉駅で休憩。
道の駅だとばっかり思っていたが、
野岩鉄道会津鬼怒川線という鉄道の駅だった。
夫は列車が通るのを見たらしい。



11時 日光臨時駐車場
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11:08シャトルバス発車

東照宮見学
平成の大修理のため、無料エリアのみ・・・
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それでも人が多い!


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12:00すぎに駐車場に戻る



1時半に清流園でランチ。
まさに秘境系カフェ。

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一日10食限定のゆば丼。

空腹MAXだった息子は超高速でゆば丼を平らげていた。


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なぜここにこれが?という雰囲気が満載だったので、
帰ってきて検索したら、このお店のオーナーも、
再訪を繰り返しているお客様方もなかなか個性的&魅力的な方々だった。


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そのまままっすぐ帰ると思いきや、
ずーっと運転していた夫は疲れたのか、
古峯神社へ寄って行くという。


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個人のブログには
「見開きで天狗の絵付き御朱印を頂ける御朱印巡り界の大御所神社」
との紹介があった。


「永久保存版 御朱印アートブック」という本の帯(?)の画像は
古峯神社の御朱印になっている。




5時20分。
イオン佐野新都心店のサンマルクで休憩。



一休みして加須から東北道に乗ったが渋滞は解消していたようで、
19時半頃には自宅に着いた。


免許証を持って行ったが、結局一度も運転しなかった。
毎晩、夫が高鼾で寝ていたから、運転手は疲れるんだろうけど。


それにしても、旅行って楽しいなぁ。
また行きたい!







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2016年 6月 20日

疎水と地熱とからむしと

カテゴリー 旅行


2016年5月4日 旅行二日目


6時前に起床。
あいにくの雨模様。
朝風呂に行ったところ、3人くらいしかいなくてラッキー!
ただし、お湯の温度はめちゃくちゃ高かった・・・


かき混ぜ棒が壁面に立てかけてあるのに気がついたので、
せっせとかき混ぜていたら、
「ああ、それでかき混ぜればよかったのねぇ」
と先輩マダムに話しかけられた。



7時に朝食。
会場は昨日と同じ場所。
ビジネスホテルの朝食バイキングみたいな内容。
ただし、すべて「プレートにセット済み」。
御味噌汁とごはんは食べ放題だった。


8時半頃ホテルを出発して福島県立博物館へ。
開館が9時半だったので、20分くらい外で待った。
寒いので温かい飲み物が欲しかったが、
入口付近の自販機で売っていたのは「冷た~い」だけだった。


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博物館は面白かった。

撮影禁止の掲示がある場所以外は写真撮影OKなのだが、
博物館でのカメラはNGという刷り込みがあるので、
最初はちょっと躊躇した。


個人的には明治以降の展示が面白いと思った。

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「安積疏水」についての展示発見!(あるのが当然だけど)
オランダ人技師ファン・ドールン氏のお写真!

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この展示の傍にクイズみたいな問題が・・・
   (安積疏水について) なぜ、すぐ近くを流れる阿武隈川から引かず、
   猪苗代湖から水を引いたのでしょうか?


正解は、学芸員の方に聞いてみてくださいということになっていたが、
近くにはそれらしい人がいない。


なんでなんで??と思いながら帰ってきてネットで検索。


東北農政局のサイトに「大いなる遺産 安積疏水」という記事があり、
下記の文章が答えではないかと思った。
   > 明治のはじめ郡山周辺は、水に恵まれず奥州街道のさびしい寒村でした。
   > 年間雨量は1,200mmあまり、阿武隈川支流の各河川は流域が小さく、
   > しかも低地を流れているため用水として利用するにはあまりにも小さく、
   >毎年のように干害をうけていました。


博物館を堪能してから、近くにある鶴ヶ城へ移動。
雨天にも関わらず、入場券を買う人の長い行列が。
並ぶ気にはなれなかったので、写真だけ撮ってクルマに戻った。

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wikiの鶴ヶ城の記事を見たところ、
関連項目に「荒城の月」があったのでなんでかな?と思って
荒城の月の記事を見たら、以下の文章があった。
  > 土井晩翠が詞を構想したとされる宮城県仙台市の青葉城址、
  > 同じく福島県会津若松市の鶴ヶ城址、
  > また、当時、リンゴ狩りに訪れた際に立ち寄った岩手県二戸市の九戸城址、
  > そして瀧廉太郎が曲を構想したとされる大分県竹田市の岡城址、
  > 同じく富山県富山市富山城西側にそれぞれ歌碑が設置されている。
歌碑はどこにあったんだろう?



ランチは『Café & marché Hattando』
夫が事前に探しておいた店なのだが、
UFOふれあい館の再訪を熱烈に希望する脳味噌と
このお店を選択する脳味噌が同じっていうのが不思議だ。



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あとでネットで調べたら、
「会津美里町・新鶴地区ぶどう畑を見下ろす丘の上のカフェ」
という紹介の文章が・・・・ぶどう畑だったっけ??
人間の記憶って本当にアテにならないなぁ。



個人のブログの記事によると、Hattandoというのは、
漢字で書くと「八反道」だそうで、
<会津盆地の西部山麓を南北に縦走するとても古い道の名前>なのだとか。

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ロコモコ丼はとってもおいしかった。




満腹になったところで、お次は「柳津西山地熱発電所」。

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地熱発電の仕組みはとっても壮大だった。
地下の対流はどうやって見つけるんだろう??

タービンを回して発電するのは、
原子力も水力も火力も風力も地熱も同じなんだよな・・・

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白洲次郎氏が!
東北電力の会長だったとは知らなかった・・・


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加古里子先生の絵本「だるまちゃんとかみなりちゃん」に出てくる、
雲の上の「カミナリ・シティ(?)」みたいに
雷の電力を活用できればいいのになぁ。


かみなりちゃんちのテレビは薄型テレビだった。
1968年の本なのに・・・加古先生はスゴイ!


発電所の建物って、カッコいいなぁ。

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1時半過ぎに地熱発電所を出発。
次に向かったのは「からむし工芸博物館」。

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織物の博物館だと聞いていたので、
からむしというのは蚕の別称みたいなものかな?と
勝手に思い込んでいた。


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からむし工芸博物館がある昭和村のサイトによると・・・
> からむしは、イラクサ科の多年草で、苧麻(ちょま)とも言われます。
> 繊維を青苧(あおそ)と呼んでいます。
> からむしを原料とする上布の生産地では、
> 越後(越後上布・小千谷縮布)や宮古(宮古上布)、
> 石垣(八重山上布)などがあり、
> 昭和村は本州における唯一、上布原料の産地となっています。


このページで紹介されている内容をビデオで見た。

http://www.vill.showa.fukushima.jp/making.stm

からむしの畑を垣で囲い、人も獣も入れない状態にして
ひっそりと(?)生育させるというのが、意外だった。
手間暇かけて育てるんじゃないかと思っていたので。

その代わり、収穫後の作業にはものすごく手間がかかっている。



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からむし工芸博物館の向かいにある織姫交流館では
からむし織のシャツが売っていた。
もう少しリーズナブルで女性用Sサイズがあったら
試してみたかったけど・・・
(天然素材の中で一番涼しいんだとか)





宿に行くまでにお茶していこうということになり、
からむし工芸博物館と同じ昭和村内の「大芦家」へ。

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ご主人は早期退職してカフェを始めたそうだ。
コーヒーとチーズケーキをいただいた。

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3時半くらいに出発。
途中の小さな駐車場にクルマを止めて
伊南川という河原で写真撮影。

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駐車場から河原へ下りる階段の近くに
小さな池(?)のようなものがあった。

真黒なオタマジャクシがわらわらと水底の石の上に漂っていた。
全部カエルになるとしたら、気が遠くなりそうだ。





本日の宿は「民宿 北の家」。

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元気のいい大女将と、若女将だと思っていたら、
大女将いわく、自分は引退した身なんだとか。
そういう感じには見えなかったけど。
二人でうまく仕事を分担しあって頑張っている雰囲気だった。


宿にもお風呂があるが、せっかくなので温泉に行くことにした。
「弘法の湯」というのが、シャワーがあって混浴ではないからオススメとの
お話だったので、そこに行くことにした。


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入口は広く、男女に分かれていて、シンプルな脱衣所があり、
シンプルなお風呂があった。

余計なものが見事になくて、
お風呂屋さんの原点みたいだった。



夕食は、道路に面した離れのお座敷。

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部屋毎に座卓が用意してあり、
我々の席は囲炉裏の近くだった。

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山菜料理も囲炉裏で焼いた岩魚も
山菜天ぷらもとってもおいしかった。


宿で打っている十割蕎麦もものすごくおいしくて
おかわりをいただいた。


夕食後は部屋でのんびり。
息子は階段横の本棚から『Dr.コトー診療所』を借りてきて
むさぼるように読んでいた。
旅行に来てまでマンガとは・・・


8時半近くに外へ出たら、強い輝きの星がたくさん見えた。
<満天の星空>とはだいぶ違うが、
星の輝きは関東よりもずっと強かった。


夫は、クルマの屋根を三脚代わりにして
結構長い時間をかけて星空を撮影していた。


撮った写真を拡大してみると、
肉眼では見えない星まで映っていたので
かなり興奮していた。



10時前に部屋の電気を消したとたん、すぐに眠ってしまった。





(最終日に続く)
http://www.m2-dream.net/?p=11872

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2016年 6月 12日

UFOと重要文化財

カテゴリー 旅行

人事異動があって、仕事が変わり、
突然忙しくなってしまった。

毎日が飛ぶように過ぎていく・・・



連休の旅行記もずっと温めたままになっていたが、
やっと初日分が完成。


_________________________



今年のゴールデンウィークも去年と同じく
北へ向かう二泊三日の家族旅行。


2016年5月3日
6時出発

8時途中のサービスエリアで軽い朝食。
大人はサンドイッチ。
息子はジャンボ焼きそばパンとおにぎり。
・・・炭水化物の塊だが、成長期には必要??



外のベンチで食事をしていたら、
精悍な顔つきの大きな犬を連れた男性が来た。
続いて、彼の家族らしい団体さんが。



犬を連れた男性の母親らしき女性は、饒舌な肝っ玉母さん。
この犬は大人になったばかりだとか、この子の母親は9匹産んだとか、
周囲に聞こえるような大きい声で説明してくれた。




10時ちょっと前に、船引三春で常磐道を降りた。

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11時15分に夫が再訪を熱望していた「UFOふれあい館」に到着。
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昨年は時間がなくて、じっくり見られなかったので、
絶対に来たいと思っていたらしい。


UFOが飛来するとかいう、千貫森を登った。(標高462.3メートル)
登山道というか、遊歩道には「UFO道」という名前が付いている。

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そして、道のカーブごとに宇宙人らしき石像が置かれているのだが、
これは一体いくらぐらいなんだろう?
モトはとれているんだろうか??





頂上にあるのは、展望台だと思っていたが、
UFOとのコンタクトスポットらしい。
(3Dの紹介ビデオを見るまで知らなかった・・石像の後ろの建造物)

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コンタクトって・・・何をどうすればいいんだろう?


コンタクトスポットからの眺め。
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「ワレワレハウチュウジンダ」とか言われるのを待つのか、
こちらから申告するのか??


UFOふれあい館の中に、コンタクトスポットの全体写真があった。
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これも単なる金属のオブジェじゃなくて、
何か信号みたいなものを送受信(?)できるらしい。

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磁力線パワーで健康が増進されるらしい。
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夫が事前に調べていたカレー屋さんは長期休業中だったので、
UFO物産館の飛び魚ラーメンを食べた。
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千貫森の宇宙人石像一覧。
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メニューの中にはちょっとお高い「ピンカラ石ラーメン」というのがある。
ピンカラ石でできた器に入って出てくるラーメン・・・
と言ってしまえばそれまでなのだが、ピンカラ石というのは、
<適当につけた感>がそこはかとなく漂うネーミングとは裏腹に
何やらすごい効果を秘めた石なのだとか。


我々の後から来た御仁が
「ああ、せっかくだから、それにしようか」
と言って注文しているのを見て、太っ腹!と思ってしまった。



そのあと、UFOふれあい館の二度目の見学。
なんとも言えない手作り感がこの施設の魅力だろう。

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宇宙人石像一覧のカラーバージョン。
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過去の目撃談。
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図書コーナー。ちょっと気になる本も。
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噂の「UFO畳縁」も拝見したし。
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ピンカラ石お一人様1個プレゼントもゲット。
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13時半に出発。


続いて向かったのは 空カフェ。

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移築した古い民家を店舗にしている素敵なカフェ。

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1歳半くらいの、真っ赤なほっぺたの男の子が
優しい雰囲気のママと一緒に来ていた。


息子もこんな感じだったのになぁ。
どこであんなにヒネクレてしまったんだか。
爆睡しているときの無防備すぎる表情は
小さい頃と全然変わらないんだけど。

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漆器のお得市をやっていた。
旅館などで使うのかなぁと思われるお椀やお盆が
格安で売っていた。
祖母譲りの漆器があるので、ここでは3人分のお箸を購入。



うさぎのついたお箸がとってもかわいくて、
息子に(ささやかな嫌がらせとして)買ってやろうかと思ったが、
難しいお年頃なのでやめておいた。



3時ちょっと前にカフェを出発。

次の目的地は天鏡閣。
(旧名称:有栖川宮翁島別邸・高松宮翁島別邸 /重要文化財)

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昨年は、この建物のすぐ近くの宿に泊まった。
早朝散歩で天鏡閣まで来たのだが、閉館中だったので
外から写真を撮っただけだった。

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思ったとおり、素敵な建物だった。
明治時代の洋風建築ってどうしてこんなに惹かれるんだろう。
写真を撮りまくってしまった。


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売店で、資料を購入。
薄いものであれば、たいてい500円以下だが
興味深い内容が書かれていることが多い。
由緒ある建物や神社仏閣に行った時に
売っていれば買うようにしている。


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去年はUFOふれあい館とJAXAという「異端-正統」の組み合わせだったが、
今年はUFOふれあい館と天鏡閣(旧皇族別邸)という「異端-正統」の組み合わせ。






そろそろ日が傾いてきた。
すぐ近くの南ヶ丘牧場へ。
持ってきた上着を着ても肌寒いくらいなのに、
男組はアイスを食べていた。

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羊や馬がいた。

有料のふれあいコーナーでは小さい動物と遊べる(?)ようになっていて
幼稚園くらいの子が大喜びで子羊を追いかけていた。


ほんの数年前までは、息子もあの場所ではしゃいでいたんだけど、
今、中に入って行ったら、「なんでこんな大きい子が?」という目で
見られてしまうかもしれない。


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南ヶ丘牧場を出て、宿へ向かう。

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これは・・・!!



去年の旅行で行った開成館の「安積疏水」じゃありませんか!

郡山市開成館のサイト

https://www.city.koriyama.fukushima.jp/161030/bunka/kaisekan/

去年の旅行記事。
http://www.m2-dream.net/?p=11167




<去年の記事のファン・ドールンさんの部分の抜粋>—————–

「安積開拓ゆかりの人々」の紹介の中に
ファン・ドールンという外国人がいた。
(Cornelis Johannes van Doorn、1837年2月9日 – 1906年2月24日)

明治初期のオランダは、水利土木分野が最も進んだ国だった。
この分野の技術者であったドールンは明治5年2月に日本政府の要請で来日した。

明治11年に郡山へ赴き、猪苗代湖を視察し、疏水経営が決定したそうだ。

————————————————————



こういう方だったらしい。
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初代の安積疏水土地改良区の理事長 渡辺信任氏。
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ファン・ドールンさんの銅像にまつわる渡辺信任氏のお話。
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内閣総理大臣 大平正芳・・ということは、
1978年12月~1980年7月の間に建てられたということか。
バブル前だなぁ・・・
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本日の宿泊地はナリ会津カントリークラブ。

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手続きを済ませてお部屋へ。

窓からの眺め。
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6時半からラウンジのような広い場所で夕食。
サービスの地酒はとってもおいしかった。

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食後、一休みして大浴場へ。
こちらは天然温泉。
泉質は塩化物泉とのことだったが、お湯の色はなんだか褐色っぽかった。
塩化物泉は湯冷めしにくいんだとか。
そのため、冷え性とか疲労回復に効果があるといわれるらしい。


体がホカホカしているうちにベッドに入ったら
一瞬で深い眠りに落ちてしまった。





(二日目に続く)
http://www.m2-dream.net/?p=11839

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2016年 4月 08日

小学校卒業旅行

カテゴリー 旅行





家族ぐるみのお付き合いをしているMちゃん一家と
<小学校卒業旅行>へ。




2016年03月25日(金)
午後、休みを取って、
東京15:50発のぞみで新大阪へ。


用意のいいMちゃんは、アルコールとおつまみも
バッチリ準備。

座席を向かい合わせにして宴会モードのまま
一瞬で新大阪着。


大阪に移動して、第一ホテルにチェックイン。

フロントには、なんと、「パロちゃん」が!!
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か~わいいいいっ!!
Boysはなぜこんな可愛い存在を手荒に扱うんだろう。


お部屋の様子。
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荷物を部屋に置いて、阪神百貨店へ。




8Fの阪神タイガースショップは、なんとも興味深い場所だった。
義父以外、阪神ファンは身近にいないし、
タイガースグッズは見る機会もない。


OL風のきれいな二人のお姉さんが、
鏡の前で応援ユニフォームを<真剣に>試着していた。


これもまた私にとっては新鮮な光景だった。


二人の会話も当然のことながら大阪弁なのだが、
あのイントネーションは普段は全く耳にしないので、
不思議な感じだった。


トラキチの義父のために、タイガースのロゴ(?)が入った
海苔を買った。
選んだのは夫だが、なぜ海苔???

旅行から帰って、息子がこのお土産を義父に渡したところ
「もったいなくて食べられないよ」と笑っていたそうだ。



夕食は10Fの<創作料理「わくわくぱれ」>。
店内は広くて、金曜の夜だというのに、あまりお客さんはいなかった。
石焼中華丼を注文した。
なかなか食べ応えがあり、満腹。
子どもたちは石焼オムライスを食べていた。


一足先に車で大阪入りしていたMちゃん夫が登場。

みんなで地下へ移動して、宴会用の食材を購入。
大阪人のMちゃん夫のオススメで「いか焼き」も買った。
いか焼きを食べたのは初めてだったが、とってもおいしかった!


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Mちゃん一家のお部屋で小宴会。
明日の朝早く出発するので、日付が変わる前にお開きにした。







2016年03月26日(土)
6:30起床。

最近はどこでも爆睡してしまうので、
枕が変わっても全く関係なかったが、
ふかふか枕に横向きに寝て熟睡してしまったせいで
顔には枕カバーのしわがくっきり・・・汗


息子の場合、顔にシーツのしわがついてても
朝食を食べ終わる頃には「うっすら」になっているのだが、
オバサンの場合、そうはいかない。


やや熱いお湯をかけたタオルを緩く絞って顔に当てて、
冷めたらもう一度お湯をかけて緩く絞ってまた顔に当ててを
繰り返すこと15分。
やっととれた~ やれやれ。


7:30 ホテル出発。
誰もおなかがすいてない・・・笑


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淡路サービスエリアの ミスドで軽い朝食。
・・・のつもりだったが、
スイーツ男子である小学生BOYSたちは、
ドーナツをがっつり食べていた。
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香川県に入ると、夫は「行きたいうどん屋がある」という。
助手席に座っている夫はMちゃん夫に道を教えて、
(ネットで見たお店の地図だけでわかるらしい)
家がまばらに建っている細い道を進んでいくと・・・


「三島製麺所」に到着。
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UDONとかいう映画のロケに使われたらしい。
後でネットで調べたところ、賛否両論のお店だった。


我々一行は、安くておいしくて大満足したけど。


お店の建物は結構大きい。
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裏手に川が流れていた。
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2時過ぎに、今回の目的地「レオマワールド」に到着。

http://www.newreomaworld.com/

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クロークに荷物を預けて、オリエンタルトリップへ。
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日本一長いエスカレーター「マジックストロー」
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全長96M
階段部分238段
乗車時間3分14秒





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(修正箇所が3つあるが、もともとは何て書かれてたんだろう??)



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「ここのなんとも言えないシュール感を
 どうしても誰かと共有したかった」
というのが、Mちゃんの長年の願いだったそうだ。
確かに、これは実際に来て、この場所に立ってみないとわからない。


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25年前にオープンしたらしいが、
いくらバブルだったとはいえ、
こういう、渋い物件で人が呼べると本気で思ったのだろうか?


ホンモノを見たことがないから、
何とでも言えるとは思うんだけど、
完成度はかなり高いんじゃないかと。





謎のパワースポット。
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条件付きだが、御利益付き。
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条件クリア!
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富士山は人気者!
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続いてブータン。
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「ヒマラヤの城」の前に立って見下ろせば、かなりシュールな光景。
なぜ、ここにプラサット・ヒン・アルンが??
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「ヒマラヤの城」の建っている山から下りてきて、お城を見上げると、こんな感じ。
こっちは結構馴染んでるかも。
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確かにオリアエンタルなトリップだった。
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徒歩より遅い船に乗って遊園地へ。



Mちゃん一家が4年ほど前に来たときは
閑散としていて、係員も年配の方が多く、
さびしい感じがあったそうだが、
大江戸温泉が力を入れているのか
元気な若いスタッフが大勢いた。



遊園地の乗り物を異常に怖がる息子のために
まずはウォーミングアップ。

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Mちゃん一家と夫は「全部乗るぞ!」のイキオイで
遊園地を巡っていた。

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私もジェットコースターの類や回転系は苦手なので、
息子をダシにして、穏やかな乗り物に乗っていた。



観覧車はみんなで乗った。
いい眺めだった。
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寒くて死にそうになりながら、鑑賞したパレード。
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遊園地エリアのライトアップはとってもキレイ。

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コテージ付近。
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ホテルと徒歩より遅い船。
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夜の「マジックストロー」
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オリエンタルトリップでのプロジェクションマッピング。
<3Dプロジェクションマッピング「レジェンドパレス」>
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実物を見るのは初めて。
写真で撮るとイマイチだけど、とてもきれいだった。








遊園地でのプロジェクションマッピング。
<3Dプロジェクションマッピング「マジカルナイト」>

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スタートのナレーションがちょっとホラーっぽくて、
映し出される映像も、おどろおどろしい要素があったせいか
小さい女の子が
「もう、みたくない!」
と泣きそうになりながら、お母さんにしがみついていた。
(お母さんはその子を抱っこして別の場所へ移動していった)



プロジェクションマッピングを堪能してから夕食。
バイキング形式だったが、
安い食材ズラリではなく、お寿司や蟹、焼いた海老・ホタテ、
結構ちゃんとした和洋中の料理など、かなり充実していた。




この時期は混むんだろうなぁ。
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夕食後、私とMちゃんは予約していたマッサージへ。
Mちゃん担当の男性は饒舌で、いろいろな話をしてくれた。



平日に、中国・韓国から岡山空港へくる飛行機があり、
この二カ国の団体さんが100人近い規模で
レオマに来るのだとか。
きっと、中国語と韓国語が飛び交い、
異国情緒MAXになるのだろう。


この団体さんは、中国・四国地方をいろいろ観光して、
関西空港経由で帰国するとのこと。



マッサージ終了後は温泉へ。
ちょうどピークが終わっていてゆったり入れた。
露天風呂も気持ち良かった。


12時頃就寝。











2016年03月27日(日)


6時半起床。
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昨日たらふく食べたにもかかわらず、
朝食バイキングでもまたたらふく食べた。


朝食も、「お漬物セレクション」ではなく、
和食のおかずも、洋食のおかずも充実していた。



チェックアウトして、日本初の世界文化遺産「姫路城」を目指す。
(大天守保存修理が終わって間もない<真っ白な姫路城>を
 どうしても見たいと夫が言うので・・・)




瀬戸大橋。

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いつか夕陽を見に来たいものだ。
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橋の近くの海は思ったよりずっとキレイだった。
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姫路城到着は11時過ぎ。
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既にお城の前の広場(?)は、人・ヒト・ひと。
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駐車場入口も渋滞。


やむなく「車窓観光」ということに。
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その後、新大阪へ移動。


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駅弁を買って、予定通り15:03発ののぞみに乗車。
Mちゃんが、大阪の人はあまり買わないという、
ちょっとお高いたこ焼きを買ってきてくれた。
とってもおいしかった。


夫は缶ビールを調達。


かなり遅いランチ&プチ宴会を楽しんでいるうちに
あっという間に東京着。


息子はMちゃん一家と離れがたくて
夕ごはんを一緒に食べたがったが、
全くお腹がすいていないので、
また今度遊ぶ約束をして、お別れ。



翌日は普通に会社なので、即洗濯開始。



それにしても、中身の濃い二泊三日の旅だった。
Mちゃん一家とは、ぜひまた旅行に行きたい。



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2016年 1月 11日

年末旅行2015

カテゴリー 旅行


2016年になったと思ったら、もう11日経過。



昨年末は、数年ぶりに年末旅行へ。
(2015.12.29-30)



行先はなぜか千葉。
(泊まりがけで行くところかしら??)


8時過ぎにクルマで出発。

海ほたるでトイレ休憩。

ミニサイズだった息子を連れてきたことがあるはずだが、
本人は全く記憶がないらしい。

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「海ほたるは海の孤島だ」と力強く主張していた。
小学生男子の言動は意味不明。



まずは、三井アウトレットパーク 木更津へ。
www.31op.com/kisarazu/



アウトレットはお買い得なのかもしれないけど、
8万円のものが5万円になっていたって、
「縁のなさ」は変わらない。

マメにお店に入って店内を観察したけど
ちびっこおばさんに合うものは売ってない。


福助でストッキングと靴下を買い、
アフタヌーンティで900円→300円のノートを買っておしまい。





お昼は「与兵衛 網元民宿」

体育系の部活が合宿をしたり、
近隣の小学校が臨海学校したりしてるらしい。
(写真や寄せ書きの日付がちょっと古かったから、
 現在もやっているのか不明)

男組はあさり飯定食、私は煮魚定食。
とってもおいしかった。




最初の観光は「笠森観音」

http://kasamori-ji.or.jp/

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すごく急な階段。
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上からの眺め。
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下に降りて、階段と反対側から見上げたところ。
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パンフレットには「二世安藤広重」が描いた、
笠森観音の浮世絵が紹介されていた。

デフォルメされているんだろうけど、
ペットボトルみたいな形の山に
観音堂(?)がひょいっと乗せてあって、
そこにおそろしく急な階段がかかっている。
こんなの絶対登れない・・それ以前に怖すぎる。









4時過ぎにホテル到着。

http://www.seimei-no-mori.com/

今回のお部屋は“カナダ産ログハウス”。
息子は「もっと丸太っぽいかと思った」と言っていたが、
どういう家を想像していたんだろう??


荷物を置いて、さっそくプールへ。
入り口に「2コース貸切」と書いてあった。
しかし、どのコースなのかよくわからない。
(いちばん奥は子供の遊び場みたいになっていたが、
 それ以外は結構泳いでいる人が多かったので)


プールサイドにいた、スタッフらしいガタイのよい男性に
「どのコースが貸切ですか?」
と聞いたら
「そっち(手前)の2コースじゃないですかねー」
とのお返事。


スタッフではないらしい。
彼は入り口から3番目のコースの前に立っていた。
そこでは数名の男女が大量の水しぶきをあげて
猛スピードで泳いでいた。
「25メートルを80回泳いでるんですよ。やってみます?」
私がぶんぶん首を振って
「無理です! 死んじゃいます!」
と言ったら笑っていた。


10月の小旅行のプールは床にラインが引いてなくて
泳ぎにくかったが、こちらのプールはラインは引いてあるものの
床と同系色なので、ゴーグルが曇るとよく見えない。

同じコースで背泳をしている人がいたが、
私は曲がるのが怖くてできなかった。


息子は「歩くコース」で歩いてばかりいた。
冬休み短期水泳教室に参加して、
ちょこっとだけバタフライができるようになったんだから、
少しは練習すればいいのに。


40分くらい泳いで、シャワーを浴びてロッカーに戻ると
ものすごく寒かった。
ガタガタ震えながら併設の大浴場へ。


お母さんに抱っこされて髪を洗ってもらっていた小さい女の子は、
シャンプーを流すために頭からお湯をかけられたとたん号泣。

息子をお風呂に入れる時、私は苦労したんだっけ???
ほとんど記憶がない。
もっぱら夫にやってもらってたのかなぁ?


でも、ミニミニサイズの息子を優しく揺れるイス
(ガードがついているので落ちない)に座らせて、
それをお風呂場の前に置いて、
パパッとお風呂に入ろうとして、
お風呂のドアを閉めたとたん号泣されたことは
すごくよく覚えている。


乳幼児って、ホントにかわいいんだけど、ホントに大変。
でも、あっという間に大きくなってしまう。
過ぎてしまえば、すべてが懐かしい・・・





19:30から楽しみにしていた夕食。

食事をする場所は、翠州亭(旧スイス大使館)。


千葉県のサイトより。
> 実業家(建築当時は貴族院議員)の別邸として、
> 昭和5年(1930)東京麻布広尾町に建築。
> その後、昭和20年(1945)から53年(1978)まで、
> 長らくスイス連邦共和国大使館として使用された。
> 昭和54年(1979)大使館新館建築にあたり、
> 国際親善のシンボルとしてスイス連邦共和国から
> 長柄ふる里村に寄贈、移築され、
> 現在では和食処翠州亭として会席料理などが楽しめる。
> 入母屋造の純和風邸宅で、南面する木造2階一部平屋建、瓦葺。
> 西側にL字型の平屋建を連ね、南東部にも平屋建を接続する。
> 全室が京間取りで設計され、
> 檜などの良材をふんだんに用いた上質の数寄屋風で、
> 随所に繊細な造形がみられる。
> もとより日本建築の粋と高い評価を受けている。



庭の灯に浮かび上がった建物はとても素敵だったが、
写真を撮ったらブレブレだった・・・



待合室。
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この日の御馳走。
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窓際の席だったので、素敵な庭が見られた。
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部屋に戻ってきて、21:45 就寝。
旅行の夜は毎回とてつもなく深く眠ってしまうが、
今回は泳いだせいか、一瞬でぐっすり眠ってしまった。











二日目。

7:00 起床

朝のテレビ番組(NHK)で人間国宝の桂米朝さんの
番組をやっていた。

漫才ブームでもうダメだと言われた上方落語を甦らせた、
ものすごい人だが、それだけに語る言葉は重かった。

とくに印象に残ったのは・・・

・弟子入りしたからって安心して欲しくない
 何の保証もない


・落語は一人で演ること
 全部自分の責任
 つまらなかったらお客さんは無反応


でも、これって、落語の世界に限ったことじゃないと思う。

大きな会社に就職したからって何の保証もないだろうし、
自分の人生を生きることも、全部自分の責任で、
面白い体験をしたかったら、自分自身が動いていかないと、
世界は無反応だろう。




7:40 朝食
バイキング会場はいろいろな年齢の人がいて
なかなか興味深かった。

隣のテーブルの若いおばあちゃまにびっくり。
(孫と一緒にいなければ絶対わからない)

私と同じくらいの年齢かも・・汗

すごく綺麗にしていて、お化粧もヘアスタイルもネイルもバッチリ。
服装はおしゃれで個性的。
パッと見で、私には縁のない価格なんだろうなーとわかるほど。
この方は、普段どういう生活をしているんだろう??



朝食後、少しお散歩。
馬を見てから、部屋に戻った。


昨夜は男女別の部屋割りだったので、私は一人で寝た。
夜中に怖いことがあったという作り話を息子にしたところ、
どうも本気にしている様子。

チェックアウト前に私が寝た部屋に息子が入ったので、
ドアを閉めようとしたら、血相を変えて飛び出してきた。


「何、こわがってんのー??」
と、からかったら、
「お母さんを喜ばせるためにウケ狙いでやったのッ」
と強がっていた。



チェックアウトしてドライブ。
途中の道の駅でお買い物。

新鮮なお野菜がとってもお買い得。
立派な大根が60円なんて!!

夫が海苔を二種類持ってきた。
板海苔と味付け海苔を使った刻み海苔。
レジでぼーっとしていたのか、
これらが100円だったことに気がつかなかった。

どちらもとても美味しかったので
もっと買ってくればよかった・・・


続いて展望台を見学。
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「面白いラーメン屋さんがあるからお昼はそこにしよう」
と夫が言うので、ラーメンかー(別のものがいいなぁ)と
思いながらも、黙っていた。



何が面白いんだろうと思ったら、
まず場所が面白かった。

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帰ってからネットで検索したら、
このお店は「秘境系ラーメン」と書かれていた。


らー麺ゴルジのサイト。

http://burden1.info/golgi/

ワンコや鷹の同伴可能と書いてあるが、
あの空間だったら、他の動物でもOKだろう。
完全にオープンエアだし。


お店のホスト(?)たち。
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我々がお店に向かって歩き出したとき、
ラーメンを食べ終わった先客が
自分の車に戻ってくるところだった。

ナンバープレートは県外。
わざわざここまで?と思える地名だった。


水曜日は定休日だが、たまたま仕込中で、
「ゴルジラーメンなら出せます」とのこと。
すごく美味しくてびっくり!

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私のような、ラーメンがあまり好きではない人間でも
夢中になって食べるくらいだから、相当美味しいはず。
「背脂こってり」なので、万人受けはしないかもしれないが。






大満足して、本日の観光の続き。
犬吠埼灯台へ。

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犬吠埼って・・「埼」なんだ!
この字は「埼玉」にしか使われないと思いこんでいた。


海上保安庁のサイトより

http://www1.kaiho.mlit.go.jp/JODC/SODAN/faq/saki_saki.html

> 「埼」と「崎」のことですが、
> 海図では海洋に突出した陸地の突端部の名称としての(Saki)は、
> おおむね土へんの「埼」を用いています。
> 例えば、東京湾付近では地図帳などには野島崎・観音崎・剱崎と
> 「山へん」で記載されていますが、
> 海図には「土へん」で野島埼・観音埼・剱埼と図載しています。

> 土へんの「埼」は、陸地(平地)が水部へ突出したところを表現し、
> 山へんの「崎」は本来の意味として山の様子のけわしいことを言い、
> 山脚の突出した所を示しており、平野の中に突出した山地の鼻等を言う意味なので、
> 海洋情報部では漢字の意味からも地形が判る土へんの「埼」を採用しています。


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続いて、犬吠埼マリンパークへ。
なんだか妙に懐かしい雰囲気の水族館。
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「どどーん」という巨大水槽がある新しい水族館も好きだけど、
小学校の遠足で行ったような、素朴な水族館も好き。

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お目当てのあざらし。
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14:00からイルカショー。
犬吠埼には3頭いる。
最古参のびーちゃん、はにーちゃんとまりんくん。
(はにーちゃんの息子がまりんくん)

イルカプールは水深はあるんだろうけど、あまり大きくない。
そのせいか、水しぶきがすごいらしく、
プールサイドの観覧席には「このあたりはお水が飛びます」との
注意書きが。
安全だと思われるのは、かなりプールから離れた席。

ショーが始まってしばらくしてから、
スーツにコートの男性とロングヘアの女性が
観覧席に近付いてきた。

プールのすぐ横の席に男性が腰を下ろした。
女性が、ここは水がかかるよというような説明を
していたようだが、男性は動かず。


女性がそこから少し離れたところに移動したとき、


   ばっしゃーーーーーーん!!


男性はかなり水をかぶってしまった模様。
すぐに二人とも立ち去った。




マリンパークの次は、「ウオッセ21」へ。

年末の買い物客でかなりにぎわっていた。
ここではしらす干しを購入。

これまた非常においしいしらすだったので、
一袋しか買わなかったことを後悔した。
(今回の旅行は買い物の失敗続き)



免許証を持っていったにもかかわらず
「運転代わるよ」と言わなかったので、
ずっと夫が運転。


さすがに疲れてきたのか、道路沿いに
不二家+ペコちゃんカフェを見つけたときに夫は
「休憩しよう」
と言って、駐車場に車を停めた。
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ペコちゃんの電気自動車。
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ケーキセットで一休み。

ケーキのお皿はクリスマスのイヤープレートだった。

私は2014
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夫は2013
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息子は2009
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この後は休憩なしで高速道路を通って帰宅。


久し振りの年末旅行はとっても楽しかった。
2016年の年末にも、近場でいいからぜひ行きたい。

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2015年 12月 01日

11月中旬の一泊バスツアー

カテゴリー 旅行





去年、県民の日に休みを取って泊まった温泉ホテルに、
今年も行くことになった。


昨年の記録
http://www.m2-dream.net/?p=10818


メンバーは去年と同じママ友一家。
総勢7名。


月曜日が音楽会の振替休日だったので、
休みを取って日・月での宿泊。


今年から始まった企画のようだが、
新宿⇔ホテルまでの送迎バス代+宿泊代(夕食・朝食バイキング付)という
格安プランを利用した。


日・月だと1万円をわずかに切る値段(ただし税抜/入湯税は別)。



送迎バスは座席指定で、前方は静かなお客様。
後方は賑やかなお客様・・・笑・・・我々は当然後方。


家族旅行ではいつもドライバー役になるおとーさんにとっては
このプランはとってもよいのではないかと。
寝てれば着くし。
お酒も飲めるし。
(アルコール持参のおとーさん多し)


高速道路は、順調に流れていた。
消防車が出動するくらいの事故現場の近くでは多少渋滞したものの、
ほぼ予定時間どおりにホテル到着。


二回目だと勝手知ったるという状況になり、
子どもたちはwiiをやりたがる・・・(2時間単位で無料レンタル)


wiiを予約してから、軽い昼食をとった。


バスの中でワインを飲んだおとーさんチームはお昼寝タイム。


子どもたちはwiiの予約時間になるとフロントへ飛んで行って
セットを借りて早速ゲーム開始。



おかーさんチームは昨年大感激した整体へ。


50分のコースにしたけど、あまりに夢心地だったので、
大枚はたいてでも、90分にすべきだった・・・


その後はプールタイム。


スポーツクラブでの修行の成果があったのか、
元水泳部の夫からは「きれいに泳げてる」とのコメントが。


気をよくして息子にクロールの競争を挑んだところ、なんと僅差での勝利・・・
2メートルくらい差をつけて勝つはずだったのにー
あんなめちゃくちゃなフォームなのにー
25メートルだったら勝てたよ絶対!
(このホテルのプールはたぶん15メートルくらい)
くやし~い!!


でも、いいオバサンが
スイミング教室に通っている十代と戦ったんだから、
僅差の勝利でも、大健闘と言えるだろう・・たぶん。




プールの後はマダム組と父子組に分かれてお風呂。
ここのお風呂は広くてゆったりしていてとても気持ちいい。
ママ友とたくさんおしゃべりした。



夕食のバイキング会場は、にぎやかだった。
昨年同様、少子化なんですか???というくらい子どもが多かった。
整体担当の女性の話によると、このホテルは子供料金が格安なので、
宿泊客の中に大家族が占める割合が多いんだとか。
彼女が朝食バイキングに行ったら、7人の子ども+パパママという家族を
見かけたそうだ。
・・・・家族で野球チームができるなんて、すごすぎる。


たらふく食べて、再び温泉。
上げ膳据え膳、プールで遊んで、温泉でのんびりなんて幸せすぎる。

そのあとはオトナは宴会、子どもはゲーム。
12時近くに就寝。




翌朝は7時半起床で8時朝食。
前日にあれだけ食べたのに
バイキングだとなぜかまたたくさん食べられるのが不思議。

子どもたちもたくさん食べていた。
でも燃費が悪いからすぐにおなかがすくんだろうなぁ。


東京行きのバスの発車時刻まで
お土産コーナーをブラブラして、
そのあとホテルの裏のゲレンデを散歩して過ごした。
枯れた草を踏んで歩くのがおもしろかった。
一面銀世界になるとどうなるのか想像がつかない。
ママ友一家はスキーシーズンにも何度か訪れているそうだが。


帰りのバスでは、子どもたちはお菓子をバリボリ食べていた。
途中のサービスエリアで
「みんなで分けて食べるから」
という名分で買ったお菓子も、
いつの間にやらこっそり食べちゃってるし!


「せっかく楽しんできたんだから
 今夜の夕食までラクしようよ!」
というママ友の提案に大賛成して、
数年前に夫がランチを食べたという、
一風変わった中華料理の店へ。


お店のスタッフは全員中国人っぽい感じだったが
お客さんは日本人のサラリーマンが多かった。

我々が頼んだ料理はどれもおいしかったが、
ママ友一家の次男クンが頼んだラーメンは
かなりネイティブな味わいだったようで、
彼の口には合わなかったらしい。


ママ友一家のパパさんは餃子については一家言を持っていて、
餃子友達ともいえる仲間がいるらしい。
その彼が
「このお店の餃子は美味しい!
 友達を連れて食べに来たい!」
と絶賛していた。



喫煙率が高かったので
(たまたまそういうタイミングだったかもしれないが)
リピートはどうかなぁと思うけど
お料理や接客は満足だった。


大満足で帰宅しても、お洗濯はやらなきゃならなくて・・というのが
家族旅行のさだめ(?)なんだけど、とっても楽しかった。


一泊二日でもこんなにリフレッシュできるのなら、
もっと温泉旅行をしたいものだ。


日頃から節約して旅行積立をして、
少したまったら、一泊旅行に行くというのも
リフレッシュ&生活に彩りを添えるという点では
効果絶大だと思った。


次はいつ行けるかなぁ・・・??


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