アーカイブ 「セミナー・イベント記録」

2013年 4月 23日

穴山 桃満開の旅 (その3・完)

 
 
 
 

 
 
 

いよいよ穂見神社参拝。

2011年8月の記録
http://www.m2-dream.net/?p=6041
 
 
2012年9月の記録
http://www.m2-dream.net/?p=7670
 
 
 
お参りの前に、神社の大きな木の下のベンチで
美味しいお茶をいただいた。
ごちそうさまでした!!
 

 
 
 
 
穂見神社においては、願い事はとにかく具体的に表現する必要がある。
 


 
幸せになれますようにとか、
いい大学に入れますようにとかではなく、
何がどうなってほしいのかを明確にしないと叶わないそうだ。
 
 
案内をしてくださったOさんからは、
孫の大学合格祈願にきたおじいさんのお話を伺った。
 
 
おじいさんは、最初、通常のお願いをしていたそうだが、
Oさんのアドバイスに従って、とにかく具体的にお願いしたら、
神様が夢に現れたとか。
 
 
この土地の 神様なので、
<この地方の言葉>で、叱咤激励なさったそうだ。
そして、お孫さんは無事に大学合格!
 
 

 
 
 
夢とか希望って、
実現するまでは、アタマの中とか心の中にあると思うんだけど、
それが叶うというのは、
その状態が現実の世界に現れることなのだろう。
  
 
人から聞いた受け売りだけど・・・
夢が実現するのは、現実的な世界でのことなのだから、
現実的な手段でしか実現できない。
 
 
トントン拍子に進むことがあっても、
その一つ一つのプロセスは
現実的なものであって、
魔法みたいなことではないはず。
 
 

これまで出席した明美さんの講座では、
「地に足をつけること」
「普段の生活をきちんとすること」
を、教えていただいたが、このこともやっぱり
現実的なプロセス(日常のこと)の先に
夢の実現があることと関係あるのだろう。
 
 
 

かつて、この神社でお願いしたことが、今、叶いつつある。
(すごく具体的で、ものすごく個人的な願いで、
  それが叶ったところで、
 誰にも迷惑をかけないけれど
 自己満足以外の何物でもない・・・汗)
 
 
そのプロセスはすごく地道だし、
日々の積み重ねみたいなものだし、
お金や時間や手間がかかる。
 
 
でも、「それでも叶えたい」と思うことが、
自分の本当の願いなんだろう。
 
 
そのプロセスに嫌気がさして
「こんなに面倒だなんて、話が違ーう!」
となったら、自分が心から望んでいたことではなく
<こうなったら、他人からスゴイと思われる>みたいな
ちょっとピントがずれた願いだったのだろう。
 
 
私自身、そういう願いがとってもとっても多かったような気がするし、
今後も、そういう願いを叶えたいと思うことが多々あるだろう。
・・・ピントがズレてるって早めに気づければいいんだけど。
  
 
 
みなさん、とても熱心にお祈りしていた。
 

 
 
 
息子には、
「自分が本当に頑張れることを
 神様にお話しして、
 一生懸命頑張りますから、どうか応援してください」
とお願いするのがいいと話しておいたけど、
あの子は何をお願いしたのかな??
 
 

 
 
 
お参りを終えて、さくら祭りの会場へ向かう。
 
 
 
それにしても、広い広い空の下、
風がさーーっと通り過ぎていくのを感じるのは
なんて気持ちがいいんだろう。
 

 
 
 
もちろん、自然は人間の都合なんて関係ないから、
穏やかな風の日もあるし、
身体を突き刺すような強風の日もあるだろう。
 
 


 
 
 
 
 
 
石水地区の井戸。
 

 
 

 
 
2011年8月の第二回韮崎市穴山ふれあいウォークでも
こちらの井戸でおいしいお水をいただいた。

 
 
この日は曇&霧雨のようなお天気だったけれど、
今回は春先にしては暑いくらいの快晴だったので、
余計においしく感じた。
 
 
ペットボトルにお水を汲んで、帰り道のお楽しみに。
 
 

 
 

 
 
 
お祭り会場に戻ると、
各地区対抗の<さるかに合戦>の劇の上演・審査中だった。
 
 
お団子型のフランクフルト(?)を買って食べた。
 
 
 
会場にいる人はまだまだ多く、熱気に包まれていたけれど、
そろそろお祭りのフィナーレに向かっている雰囲気。
 
 
アットホームな感じの閉会式が終わると、
来年も、この場所に来られるといいなぁと強く感じた。
 
 
帰りは、穴山からに韮崎に電車で移動して、
韮崎からお座敷列車。
 
 
 
 
韮崎駅のホームでは、行きの車内で、
抹茶味のキットカットを下さった女性に会った。
息子に
「また会ったね。楽しかった?」
と声を掛けてくださった。
 
 
 
さて、帰りのお座敷列車。
今回は、最初からみなさまとご一緒。
 
 
美味しいワインやお菓子をたくさんごちそうになった。
どうもありがとうございました!!
 
 
息子はどういうわけか、
若い女性のグループがやっているゲームに混ぜてもらって、
大はしゃぎだった・・・
 
 
 
あの恐ろしい積極性はどこから来ているんだろう??
 
 
 
幼稚園児じゃないんだから・・・
そろそろ<遠慮>を覚えてほしい・・・(滝汗)
 
 
 
遊んでくださったお姉さま方、
本当にありがとうございました。
 
 
 
飲んだり食べたり喋ったりしているうちにあっという間に新宿着。
 
 
長いような短いような、
楽しくて、充実した一日だった。
 
 
 
 
 
日常から離れて、すっかりリフレッシュできました。
おかげさまで素晴らしい思い出になりました。
ご一緒させていただいたみなさま、ありがとうございました。
息子の相手をしていただき、本当にありがとうございます!!
 
 

 

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2013年 4月 20日

穴山 桃満開の旅 (その2)

 
 

 
 
穴山駅に出迎えてくれた「モモずきん」、
(モモはカタカナ表記らしい)
5年前から活動しているらしい。
 
 
 

「山梨デスティネーションキャンペーン(2008年)」の
キャラクターとして誕生。
 
 
その後もJR東日本に勤務して(笑)、
山梨の観光PRを担当しているそうだ。
3Dで見ると可愛らしい感じだったけど、
平面で見るとちょっと印象が違うなぁ。
http://localchara.jp/catalog/2080/
 
 
 
 
 
穴山さくら公園は、大にぎわいだった。
 
  

お店がたくさん出ていて、お祭りムード。
こういう雰囲気は大好き。
 
  
 





 
 
よってけしのハンバーグを息子用に購入。
このハンバーグを、
穴山の米粉を使ったMさまの丸いパンに挟んで食べたというお話を
あとで伺って、大後悔・・・
ハンバーグを買った時に、このパンも視界に入っていたのに。
何で気がつかなかったのかなぁ・・・ 
 
 
 
お座敷列車の中で、たくさんお菓子をいただいて
ワシワシ食べていた息子は「お腹空いた」という。
巨大なアメ車なみに燃費が悪いらしい。
 
 
 
食券での購入になっていたお餅と豚汁は、
食券の売り場も、商品との引き換え所も
大行列だったけれど、
時間とともに行列が捌けてきたので
息子を並ばせた。
大きくて立派なお餅だったので、
これを食べれば、かなり腹もちするだろう。
 
 
 
12時に駅前の駐車場に集合して、
桃畑&穂見神社ハイキング。

 
 
前回の穂見神社参拝(2012年9月)
http://www.m2-dream.net/?p=7670
 
 
 
夫が「山梨は寒いよ」というので、
防寒バッチリにしてきたが、
お日さまカンカンで汗ばむくらい。
 
 
Oさんがこの看板を前に
<穴山氏>の説明をしてくださった。
  
 
 
「どの立場から見るか?」で歴史の見え方が
変わるんだろうなぁと思った。
 
  
普段、全く考えないことだけど、
違う立場から見れば、違う見え方があるというのは
すごく大事なことなんだなぁ。
 
 
  
 
穴山ふれあいウォークでも写真を撮った
素敵なワイナリー。


 
能見園 河西ワイナリー
http://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/specialty/n_6965.html
 

第二回韮崎市穴山ふれあいウォーク(2011年8月)
http://www.m2-dream.net/?p=6041
 
 
 
  
空が広い。
 
 
ユーミンの歌に出てくる雲って
こんな感じなのかしら?
 
 
 
私が見た雲は馬の形
あなた 何に見えた?
言葉にしてる間にちぎれてゆく
それは愛に似てる
(「心のまま」 REINCARNATION(1983.2.21)収録)
 
 
 
本当に空が広い。
 
穴山の空は智恵子抄の<あどけない話>に出てくる
安達太良山の空とは違うんだろうけど、
普段、工場やビルや電線に切り取られている空しか
見ていない私にとっては、「ほんとうの空」だ。
 


 
 
風がとても気持ちいい。


 
  
線路際に咲いていたのは、山桜らしい。
 

 

参加者の男性が、
はらはらと舞い落ちる無数の花びらを見て
「時間が見える」
というようなことをおっしゃっていたが、
ユーミンの歌を思い出していたのかな??
  
 
4月ごとに 同じ席は
薄紅の砂時計の底になる
空から降る 時が見える
さびれたこのホテルから
(「降る時」 REINCARNATION(1983.2.21)収録)
 
 
 


 
青い空に飛行機雲。

 
 
空に 憧れて 
空を 駆けてゆく
あの子の 命はひこうき雲
(「ひこうき雲」ひこうき雲 (1973.11.20)収録) 

 
 
 
 
若い参加者の方々が
「アクセサリーみたい~」
と話していた花(なのかな? 葉っぱっぽいけど)


 
 
春の日差しを一杯浴びて、
なんだか笑っているみたいだ。
 
 
 
 
いよいよ穂見神社へ!!


(その3に続く)
 
 
 
 



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2013年 4月 18日

穴山 桃満開の旅 (その1)


 
 
 
 

 
 
 
明美さんからお誘いいただいて、
「第5回穴山さくら祭り&穴山駅開業100周年」の
イベントに参加。


ネットで検索したら、毎日新聞(2013年04月11日)地方版に記事があった。


JR中央線穴山駅(韮崎市穴山町)は、今年で開業100周年。
穴山駅は、山梨県内の中央線では数少ない無人駅。
 
 
あれ?
無人駅だったっけ??
前に韮崎で乗り換えて電車で行った時は、
駅員さんに切符を渡したような記憶が・・・
 
 
穴山駅は1913(大正2)年8月に開業。
駅にはスイッチバックがあり、20年くらい前には商店街があったそうだ。
 
 
100年間で、大勢の人が乗り降りして、
周りの風景も、時代とともにどんどん変わっていったんだろうな。


実家の駅の周辺も、20年間でものすごく変わったと思う。


自動改札が導入されるまでは、どこの駅でも
駅員さんが「お風呂」みたいなブースに入っていて、
改札鋏をカチャカチャやってたんだよなー
入鋏で切られた破片が散らばらないようにと、
フィルムケースを鋏にくっつけている駅員さんを見たのを覚えている。
・・・フィルムケースも消えちゃったなぁ・・・

 
現在の駅舎はとってもとってもかわいい。
これは2000年に新築されたそうだ。
13年たっているとは思えないほどキレイ。
 
 
駅のすぐ近くに、穴山さくら公園という、よく整備された公園があって、
桜の季節に写真撮影会に参加した。

http://www.m2-dream.net/?p=1735 
 
 
 
今年は桜は散ってしまったけれど、
桃が満開だと伺っていた。
確か、林真理子さんの昔のエッセイに
お友達を呼んで満開の桃の下で、お花見をするという記述があったような。
(山梨県のご出身)



今回は子連れ・・・
(息子の相手をしてくださった皆様、
 本当にありがとうございました!!)
 
 
新宿から<臨時列車「快速お座敷桃源郷パノラマ号」>に乗車。
 


(銀河鉄道999の車掌さんっぽいと思ったけど
 車掌さんの画像を検索したら、全然似てなかった・・・)
 


ホントにお座敷だわ・・・
 
 
 
 
 
指定席の番号の「掘りごたつテーブル」に行くと、
山歩きスタイルの女性二人と、ラフな格好の若者。
三人でぽつりぽつりと話していた。
軽く会釈して、自分の場所に座った。
三人の会話は、ぽつぽつと続いていた。 
若者の隣の女性がお母さんで、その前に座っている人が親戚??
 
しかし、その後の会話の内容から、
若者と隣の女性は親子ではないと判明。
伯母と甥っ子の組み合わせ??
 
 
などなどと考えていたら、
途中で若者は、窓の下の荷物入れから荷物を取り出し、
「じゃ、また・・・」
と会釈して、車両から出て行った。
「じゃーねー がんばってね! また会おうね!」
と隣の女性が明るく声を掛けていた。
女性二人は親戚またはお友達で、
若者は「旅のご縁」だったと判明。
 
 
それにしても礼儀正しい好青年だったなぁ・・・
 
 
他のテーブルはお菓子や飲み物が盛りだくさん。
「何か買ってくれば良かったねー」
と二人の女性たちは、ジュースを出して飲み始めた。
 
 
「小枝」の小袋がたくさん入っているお徳用パックをもっていたので、
お出ししたら、とても喜んでくださり、
「オトナの味だけど」
と言って、抹茶味のキットカットを下さった。
息子は喜んでむしゃむしゃ食べていた・・・
 
 
 
しばらくして、いろいろサポートしてくださっている
Nさんが呼びに来て下さり、
二人の女性に挨拶して、車両を移った。
 
 
先頭車両まで移動すると、みなさんお集まりだった。
 
 
皆様から美味しいお菓子をいただいて(ご馳走様でした!!)、
おしゃべりタイム。
 
  
息子は、とっても可愛らしいHちゃんと、
やさしいお母様との交流に、
すご~く嬉しそうだった。
 
 
 
穴山駅に到着。

 
 
 

人が多いぞ~
通勤時間帯に私が下車するS駅を歩いている人よりも
もっともっと大勢の人がホームにいた。
 
 
「桃ずきんちゃん」のお出迎え。
とってもとってもかわいいんだけど、
考えていたよりずっと気温が高かったので、
どうしても、「中に入っている人」は大変だろうなぁと思ってしまう。

 

 
 
 



 
「鉄道コム」の記事によると、
<穴山駅 開業100周年記念硬券入場券>というものを、
穴山さくら公園JR特設ブースで販売していたらしい。
(発売日時:2013年4月14日(日)10:00~15:00)
各入場券には中央線ゆかりの車両写真4種類をデザイン、とのこと。
 
 
切手を販売しているのは見かけたけど、
JRのブースってあったっけ?


発売額は420円。(大人用2枚、子ども用2枚)

硬券なんて懐かしいなぁ。
ICカードが普及したから、
普通の切符すらお目にかからないけど、
切符を買うことがあったとしても、
硬券じゃないもんな。

記事には記念入場券の台紙の写真(イメージ写真?)が添えてあった。
桃ずきんちゃんと穴山駅。
欲しかったなぁ。
 
 
(その2に続く)
 
 

 
 

 
 
  

コメント(1)

2013年 1月 23日

大人の食育ツアー (その5・完)







2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。



工場から昼食会場(寿司・割烹 みのわ)へ、
みのわさんのマイクロバスで移動。
   
 
野田市駅周辺は少しさびれた感じがするが、
少し離れた場所には、警察や市役所などがあり、
きれいに整備されている。
 
 
キッコーマン病院に向かう前に
野田本社のビルの横を通った。

「足場を外さないんですか?って言われるんですよ」とのお話の通り、
確かに外壁のデザイン(?)は、ちょっと足場っぽかった。
ガラス張りで、カッコいいんだけど・・・


 
 
みのわさんに到着~
  寿司・割烹 みのわ
  http://tabelog.com/chiba/A1203/A120305/12001389/


 
 
 
2階のお座敷が昼食会場。 
おいしそうなお料理と甲州ブドウ100%のワインが用意されていた。


 

 
 
 
 

十彩巻(てんさいまき)
お客様によるネーミングコンテストによりこの名前に決定したそうだ。


 
 
のだっコロ
みのわさんでは、もともとマグロコロッケを提供していた。
これを野田のグルメグランプリ(第2回 NODA-1)に
出展するために地元の食材を使ってアレンジ。
 


のだっコロに添えてあった説明書きよると、
野田市の名産・特産品である、
 ・キッコーマンの特選丸大豆醤油
 ・キノエネ醤油のひしほ
 ・野田の枝豆・玉子・じゃが芋
に、本マグロとチーズを合わせた、
野田を味わえる特製のコロッケ、とのこと。
 

のだっコロはエレベータの中に貼り紙があって、
すごく食べたいと思っていたので、
お座敷に運ばれてきたときはヤッター!と喜んでしまった。(笑)





福島氏から、「和食ってなあに?」の講義があった。
(小学校5年生対象の45分のプログラムを
 短くアレンジしたもの)
 
 
 
<和食とは、どういうものか?>
昭和初期の「冷蔵庫」も「物流」もない時代に
何を食べていたかを考えるとわかるそうだ。
 
 
料亭とか、和食の高級レストランなんて
縁もユカリも全然ないので、
私が「和食」と聞いてイメージするのは、
「普通の旅館」の朝ごはん。
 
 
ご飯、味噌汁、卵、納豆、漬物、海苔、干物
(たまにこのメニューでバイキングというときもあるが、
 漬物のみ豊富なラインナップだったりする)

納豆や味噌、漬物は冷蔵庫に入れているけど、
涼しい場所があれば、冷蔵庫がなくても大丈夫なはず。
 
納豆は難しいかも知れないけど、
それ以外は自分で作れる人は多いと思う。
 
 
海苔と干物は、運送が必要になるが、
かなり日持ちするので、現代のような「ものすごい物流」は
なくても大丈夫そうだ。
こういうのが、和食なんじゃないかと。



福田氏から本日のレジュメが配布された。
キッコーマンの歴史(国内・海外)、日本食の4要素、
大豆の名前の由来が書かれていた。

[日本食の四大要素] (以下、レジュメより)
> 野菜・きのこ・果物(砂糖・しいたけ)
> 魚介類(塩・かつおぶし・昆布)
> 米(酒・本みりん・酢)
> 大豆(味噌・しょうゆ・油)
> 大きい豆? ⇒ 大事な豆、大切な豆、大いなる豆


ここから作られるのが和食。
(「旅館の朝ごはん」という答えは、<合格>かな??)

 
 
福田氏から、『蒔くための大豆』をいただいた。
(節分に撒く大豆は炒ったもの)
 
 
野田市で採れた「ふくゆたか」。(お醤油向き)
一つのプランターで一つが限度なので、
植え替える必要がある。
 
 
撒き時は4月半ば~5月。
発芽には一週間くらいかかる。
遺伝子組換えはしていない。
「大豆は自家受粉ができるので蝶に媚びない」
なので、花はとても小さいそうだ。
 
 
ウチはマンションなので、実家に持っていった。
実家の庭に存在する、
ありとあらゆるものを研究するための
「AK研究所」なるものを設立している姪っ子と息子、
甥っ子が、種蒔きを引き受けてくれた、
 
 
今年5月に父の実家(長野)で
農作業をさせてもらうという話が出ているので
予行練習になるかも??

福島氏からは、田んぼの畦道に大豆をまいて、
虫よけにするというお話を伺った。
(虫には大豆をあてがって、お米を守る)
 
 
実家の父に大豆を見せたら、即座に
「そうそう、子どもの頃にね、畦道で大豆を育ててたんだよ」
と言った。
半世紀以上前の記憶でも、きっかけさえあれば
鮮明に蘇るのかもしれないなぁ。 
 


みのわさんの素晴らしい御馳走を堪能して、
心もお腹も大満足。

 
ごちそうさまでした!
どうもありがとうございました!

 
 
 
 
続いては、野田のパワースポット「櫻木神社」へ。
ご案内のメールによると、野田市最古のお社だそうだ。

 
「みのわ」さんのご好意とのことで、
マイクロバスでの移動。

発車した時のバスの時計の表示は、3:33。


櫻木神社については、福田氏は事前に多くは語らなかったが、
大変素晴らしい場所であることは教えて下さった。
 
 

 
 

 
 
 
櫻木神社のサイトは、壁紙があまり神社っぽくない感じがする。
http://sakuragi.info/
 

この壁紙と同じ雰囲気の、とってもステキな御朱印帳が販売されていた。
御朱印帳だけでなく、「さくらモチーフ」のとっても可愛いものがたくさんあった!!
 
 

 
 

 
サイトの情報によると、櫻木神社の御祭神は・・・

> 倉稲魂命 (うかのみたまのみこと)
> 武甕槌命 (たけみかづちのみこと)
> 伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)
> 伊弉冉尊 (いざなみのみこと)


それぞれの神様についての説明を拝見して、
今回のツアーでお参りするのにぴったりの神社だ!と
改めて感動。


> 倉稲魂命は、
> 豊宇気比売神(とようけひめのかみ:伊勢神宮外宮の祭神)と
> 同神と言われている食物の神様です。
> 人々の生命を守り育ててくれる祖神であり、
> 食物・生活の守り神と言われています。

> 武甕槌命は、国護りに活躍した神として知られ、
> 我に強さを与え給ふ神として、
> また強さは祈る人に与えられるものと考えられ、
> 勝運・開運の守り神と言われています。

> 伊弉諾尊、伊弉冉尊は国生みの神として知られ、
> 生命の祖神、また男女良縁の祖神であると言われています。
> また、当社は桜の開花に因み開運・良運のご利益があると言われています。

 

 
 

 
 

 
 

 
 
お守りやさくらグッズ(?)を買ったり、おみくじを引いたりしていたら、
福島氏がもう一つ大事な場所があるとおっしゃる。
 
 
今からまた移動するのかなぁ??と思ったら、
↓この場所のことだった。
 


 
 
川屋神社(トイレ)は、びっくりするほどキレイだった。
建物が大変キレイなのはもちろん、
自動ドアから中に入ると入り口から向かって右手には、
厠の神様がおまつりしてあった。
 

立て札(?)の説明によると・・・

> 川屋神社(厠神社・トイレ神社)

> 厠(トイレ)については、厠をきれいにし、
> 厠の神さまをまつり、お参りをすれば美人になる。
> また美しい子がうまれるなどの言い伝えがあります。
> 古くは、日本人にとってトイレはとてもたいせつな場所でした。
> それは時間と次元の転換がおこる聖なる清浄な空間として
> 捉えられていたからです。
> また清浄と不浄、清潔と不潔という二面性は必ずしも
> 一致しないという捉え方があります。
> つまり厠は信仰に結びつく清浄な空間なのです。
> 全国各地にはトイレに関するさまざまな伝説や伝承が存在します。
> トイレについては清浄と清潔を保つことで
> 厠の神様のご加護がいただけるのです。


厠神はトイレにいる神様で、上記のようなゴリヤクを
もたらしてくれるが、産神(うぶがみ)としての
性格を持っているそうだ。


産神とは
> 死の忌よりも重いとされる産の忌にもかかわらず
> 産婦と生児を守る神。
> 東北地方では山の神とするところが多く、
> その他箒神、厠神などとするものもある。
> 産土神(うぶすながみ)とは本来一つであったと
> 推察されるが、明らかではない。
 
 
産土神とは
> 自分の生まれた土地の神。
> 近世以降、いくつかの氏神を統合した形で、
> 鎮守信仰圏が成立し、
> 地域を守護する神という観念が発達し、
> ついには氏神と産土神の統合が起こり、
> 現在のようにほとんど同一視されるに
> 至ったと思われる。

(産神、産土神の説明は「日本宗教事典」より引用)


トイレの神様は「生」というか、「自分の根っこ」に
深く関わっているような気がする。

毎日毎日絶対にお世話になる場所である上、
必要不可欠な場所でもある。
 
「清浄と清潔」を保たなきゃ!!
  
 
 
 

 
 
櫻木神社はとっても気持ちいい場所だった。
桜の季節にも来てみたい。
きっと、人が多いんだろうなあ。



 




最後に東武野田線梅郷駅まで
マイクロバス送っていただき、そこで解散。

福島さん、本当にどうもありがとうございました。 
お醤油の世界はとても楽しかったです!!
 
 
  
みのわさんのバスで野田工場に戻る福島氏と
マイカー組の方々とお別れして、野田線で移動。
 
 
野田線からつくばエクスプレスの乗り継ぎも
ほとんど待ち時間がなかったし、
秋葉原まで行く皆様とお別れした後に乗ったJRは、
階段を上ったところで、ちょうどホームに入って来た。
JRの次の地下鉄も、ほとんど待たずに乗れた。
複数の電車の乗り換えが
ことごとくいいタイミングだったなんて、
はじめてかも!! 
 
  
きっと、心身ともにすごくリフレッシュして
ものすごく楽しんで、十分に満たされていたから、
帰りは<幸運体質状態>になっていたのかも???
・・・これが常態化すると嬉しいんだけどな。
 
 
 
 
本当に楽しくて最高の一日でした。
kemiさん、福島さん、中村さん、
キッコーマンの皆様、みのわさん、
どうもありがとうございました!!
 
 
ご一緒させていただいた皆様、
思い出に残る一日をありがとうございました!!
 
 



 

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2013年 1月 21日

大人の食育ツアー (その4)

 

 

2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。


「もの知りしょうゆ館」へ移動。





まずは、シアタールームで
「どうしておいしいの? しょうゆのひみつ」
という、おしょうゆ学習の映像を鑑賞。
 
 
「発酵」という人間に役立つことをしてくれる、
細菌(キッコーマン菌、乳酸菌、酵母菌)が登場。
<人さまのお役に立つ仕事>をするだけあって、
みんな丸っこくってふっくらしてて、とっても善良そう。

  

キッコーマン菌は「江戸時代から特別に守られてきた麹」とのこと。
 

 
 
おいしそうなお料理の映像がいくつか出てきて、
お醤油の香りが漂ってきそうだった。
匂いですぐに「これはお醤油」ってわかるけど、
あの独特な匂いには、300以上の香りの成分が含まれているらしい。
 
 
香港の空港の外に出ると、
「八角の匂い」が漂っているような気がするけど、
外国人が日本に来ると「醤油の匂い」を感じるらしい。
(醤油の匂いと認識しているかどうかは別にして、
 「日本独特の匂い」を感じる人が結構いるらしい)
 

 
 
 
シアタールームでお勉強した後は、いよいよ工場見学。
通路の隅っこにもろみも展示してあった。
こちらは「キッコーマン菌」が入っているもの。
麹菌が違うと匂いも違うというお話だったが、
お味噌っぽい香りという印象が強くて、
実習の時に嗅いだ匂いとの違いはよくわからなかった。
 
 
 
 
 
 
 

 
このワイヤーワーク(?)2010年の上海万博の際、
キッコーマンの料亭に飾ったものだそうだ。
(どこに飾ったのかな??)
 
 
キッコーマンのアイドル「なあにちゃん」は
上海万博の際、中国に出張していたことが判明。
 
http://www.kikkoman.co.jp/enjoys/naani/diary_009.html
 
  
なあにちゃん
(彼女のイラスト入りの醤油さしは工場に行かないと手に入らない限定品!)
  
 

工場見学。 
ISO9001、ISO14001を取得している。
  

 
 
キッコーマンのサイトより。
> キッコーマンの工場はISOの認証取得を国際規格の効果的なツールと考え、
> 1997年5月、キッコーマン・野田プラント(現・野田工場)で、
> 日本の食品業界最初のケースとして、ISO14001を取得しました。
 
食品業界では一番最初だったんだなー
すごいなー
(2001年2月1日には有機JAS認定も取得)
 
 
  
 
 
 
 
お醤油を搾る工程を見学した。
幅3メートルの長いナイロンの布を三つ折りにして、中にもろみを入れ、
4メートルごとの折り返しを700回繰り返す。
つまり、布の長さは2800メートル以上。
2800メートル=2.8キロ・・・長さというよりは距離だなぁ。
 
 
これに2000トンの重りを乗せることで、お醤油を搾る。
 
 
お醤油を搾ったあとのかすは家畜のえさや燃料として利用するそうだ。
かすを乾かしたものを見せていただいた。
見た目は、なんとなく外国のシリアルっぽいけど、
匂いは完全に「おしょうゆ」だった。
 
 
2.8キロ(アソビの部分もあるはずだから、それ以上の長さだろう)の布は、
お醤油を搾った後、洗浄し、4年間くらい使うそうだ。
 
長い布をラインに通すのは大変だから、
700回の折り返しが終わる前に、
ツナギの布を間に縫い付けて、次の長い布に繋げる。
 
この作業はミシンで行う。
ラインの横に電動ミシンが置いてあって、
作業員の方が、ミシンを布のところに持って行って
ササッと縫っていた。
中村氏のお話によると、この場面が見られることは、
滅多にないそうだ。
 
 
 

海外で生産されているキッコーマン商品の数々。
 

 

 

 
 
海外旅行に行った時に、お土産として買ってくるのも面白そう。
お醤油の味は日本と変わらないだろうけど、
見慣れたマークのついた外国のお醤油を見るのは楽しい。 
 
 

 
見学はこれでおしまい。
嬉しいお土産をいただいた。
特選丸大豆醤油の醤油さしは、限定品のなあにちゃんイラスト付。
 


 
 
 
 
続いて、わくわくしょうゆ体験コーナー【まめカフェ】へ。
 
 
 
 
 
まずは、お醤油の味比べ。
(うーん、並べ直してから撮ればよかった・・・汗)

 
 
意識して味わって食べると、
お醤油ごとに味が違うのがハッキリわかる。
  
 
家では決まったお醤油を使っているし、
社員食堂のお醤油も、「おしょうゆ」としか認識していないので、
味の違いなんて、ほとんど気にしてなかった。
   
せっかくいろいろ勉強したのだから、
もう少し、味を意識して、お醤油にこだわりたいものだ。 
 
 
 
お醤油が入っているという、牛乳ソフトクリームと
豆乳ソフトクリームをいただいた。
 
 
 
 
どちらもとても美味しかった。
(個人的には豆乳ソフトクリームが好み)
 
 
 
 
最後に、もの知りしょうゆ館売店【むらさき屋】でお買い物。
 
 

 
 
 
醤油さしストラップと、自宅用+お土産用として、
御用蔵醤油を3本購入。
(実習の時に貸していただいた、キッコーマンエプロンが売ってたら、
 間違いなく買っていたと思う)  
 
 

 
 

 
 
 
これで野田工場の見学のプログラムはすべて終了。
 
 
次は、マイクロバスで、寿司割烹みのわさんへ移動。
寿司割烹みのわ:http://r.gnavi.co.jp/g871000/

中村さんとはここでお別れ。
わかりやすいご説明、楽しいお話を
どうもありがとうございました!!

 
 
 
 
野田工場からみのわさんのお店までは、
それほど離れていないそうだが、
キッコーマン病院の横を通るルートで移動した。
 
キッコーマン病院の外観は、全然病院ぽくなかった。
建て替えられたばかりの本社ビルとか
ハイテク工場っぽい感じがしなくもない。
 
 
福島さんのお話で初めて知ったのだが、
株式会社は病院経営はできないことになっている。
(お金儲けに走ると困るため)
 
 
現在、株式会社が経営している病院は(キッコーマン以外にもある)、
もともとは、会社の福利厚生施設として作られ、
社員とその家族に対してのみ診察を行っていた。
その後、地域医療のためなどの理由で、
一般の患者さんも受け入れるようになったもの。
 
 
キッコーマン病院も、しょうゆ醸造家の一家が、
蔵で働く人やその家族のために作った養生所(1862年)が
起源と言われているそうだ。
http://hospital.kikkoman.co.jp/about/outline.html
 
  
キッコーマン病院では、内科の患者さんに対しては、
食事指導を徹底するとのこと。
病院食は、きっと美味しいんだろうな。
プラスチックの食器は使っていないそうだ。
 
 
これまでに、私が入院したのは出産のときだけで、
しかも「親戚のおうち」みたいな病院だったから、
出される食事も「普段着のご飯プラスα」という感じだった。
(その後、移転して豪華な病院になったので、食事も大幅に
 ランクアップしたことだろう)
 

 
みのわさんに到着~
 
 
(その5・完に続く)  
http://www.m2-dream.net/?p=8319
 
 
 
 
 

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2013年 1月 20日

大人の食育ツアー (その3)

 
 
 
2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。 

 
 
 
いよいよ御用蔵見学!!




朱色の橋が白い雪に映えて美しい。
 

 
 
 
 
御用蔵については、茂木氏の本にも書かれていた。
 
> キッコーマンでは、今でも「御用蔵しょうゆ」という
> 宮内庁へお届けする逸品を作っているが、
> これは自然のままに醸造させているため十二カ月を要する。


 
売店で購入した御用蔵醤油。
もったいなくて、まだ使ってないのだが、
キッコーマンの通販で買えるということがわかって一安心・・・(笑)
 
 
 
 
 
お土産として、実家と夫の実家の分も購入。
このお醤油を実家に持って行って
「野田市のキッコーマンの工場に行ってきた」
と話したところ、父は
「お醤油の匂いは嫌いじゃないけど、
 その匂いばっかりだとなぁ・・」
と言っていた。
 
 
その昔(おそらく40年以上前)、父は、野田に行ったらしい。
当時は、町中にお醤油の匂いが漂っていたそうだ。
「お醤油の匂いは、全然しなかった」
と話したら、とても驚いていた。
 
 
 
御用蔵は2011年に現在の場所に移築されたもの。
移築前のものもたくさん使って、元の状態に
近い形で再現しているそうだ。


 
外から見るとクラシックだけど、
入り口はガラス張りで、現代風。

 
 
 
 
なんだか、上野の国際子ども図書館みたいだ。
この建物も正面(道路側)から見るとクラッシックだが、
庭に面しているところはガラス張りで
全く別の建物みたいな雰囲気になっている。

http://www.kodomo.go.jp/about/building/institution.html
 
 
 
台東区の職員だった母は、上野図書館だった時代に
しょっちゅう利用していたらしい。
 
 
 

御用蔵は、<近代化産業遺産>。

日本の産業の近代化に大きく貢献した産業遺産のことで、
全国各地にある。
他の近代化産業遺産にも行ってみたい。
 
http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/nipponsaikoh/nipponsaikohsangyouisan.htm
 
 

 
 
 
 
昔は、お醤油の味は、作っている蔵ごとにバラバラだったそうだ。
今は、どこの蔵で作っても同じ味にできるようになったらしい。
これができるようになったから、海外生産も可能になったそうだ。
 
そのためには、当然、徹底した温湿度管理が必要になる。
お醤油の匂いが外に流れないのは、そのせいなんだろう。
 
 
 
御用蔵の次は、「もの知りしょうゆ館」。
 
 
 
 
ちょうど、小学生を乗せた貸し切りバスが到着して、
子どもたちが降りてくるところだった。
 
 
たぶん、5年生。(もしかしたら、4年生かもしれないけど)
この子たちは、これからしょうゆ作り体験をするのかな?
 
 
私が小学校5年生の時は、社会科見学として
ブリヂストンサイクルの工場に行った。
見学の記念として、真っ黄色の軸に
真っ赤な文字で「ブリヂストンサイクル」と書かれた鉛筆を
2本貰ったことをよく覚えている。
 
 
 
この子たちが大人になって、
キッコーマンの工場見学のことを思い出すとしたら、
どんなことが印象に残っているんだろう。
 
 
    
(その4に続く) 
http://www.m2-dream.net/?p=8276 
 
 
 
 

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2013年 1月 19日

大人の食育ツアー (その2)

 
 
2013年1月18日「大人の食育ツアー」の続き。 

 
 

実習の前に中村氏から醤油の作り方についてのご説明があった。
 
 
原料の大豆は高温で蒸し、小麦は高温で炒って、
ローラーで不均一な粉にする。
 
不均一にするのは、こうすることで麹菌とよく混ざるから。
 
 
「何かを炒るなんて、最近はやらないでしょう?
 炒りゴマとか売っていますし」
 
 
確かにそうだ。
何かを炒るなんて、ウチではやっていない(汗)。
 
 
息子は「炒る」って知らないだろうな。
 
 
私が子どもの頃、風邪をひくと、
父は、塩を炒って、それを手ぬぐいで包んで、
首に巻いてくれた。(西洋医学的には効果は不明らしいが)
それ以外に何かを炒っているのを見た記憶がない。
母はゴマを炒ったりしていたかもしれないけれど・・・
 

 
 
大豆と小麦と麹を混ぜるとしょうゆ麹ができる。
塩麹みたいに食べたりはしないらしい。
(炒った小麦のつぶつぶが残ってるし)
 
 
ここに食塩水を加えると、どろどろの「もろみ」になる。
実物を見せてもらったら、匂いはお味噌っぽかったけど、
泥んこ遊びの時に「セメントー」とか言って、
ドロリと流れるくらいに水で溶いた泥みたいな雰囲気だった。
 
 
 
いよいよ実習開始。
会場の入り口近くの社員食堂っぽいスペースの横に
実習の場が設けられていて、参加者は3つのグループに分かれた。
 
 
 
キッコーマンの女性社員の方々が各テーブルについて
いろいろご指導してくださった。
 
 
 
みなさんが、名札と一緒につけていたストラップ。
(欲しくなってしまい、後で売店で購入)

 
 
 
まずは、加工前の大豆&小麦と、加工後の大豆&小麦を拝見。
匂いや形がだいぶ違う。
「加熱」ってすごいことなんだなぁと改めて感心。
毎日、料理を作っていて、加熱なんてお馴染みのはずなのに。
 
 
こういうところが、<子どもとの違い>なのかも。
「すごい!」「不思議~」ってことが
目の前で起こっているのに、
「毎日毎日ご飯作り・・・
 誰か代わりに作ってくれないかなぁ」
なんて、うんざりしていたりすると、
加熱の不思議なんて、感じられるわけがない・・・汗。
 
 
 
社員の方が、加工済みの材料を大きなビニール袋に入れ、
さらに空気を入れて膨らませ、袋の口をひねって閉じると
「混ぜて下さい」
とおっしゃり、同じテーブルのメンバー一人ずつが
袋をゆすって、材料を混ぜた。
 
 
小学生男子はここで
「おれ、すげーんだよ」
とか言って、ものすごい勢いで袋を振ったりするんだろうな。
で、次の子が
「おれ、もっとすげーよ」
とか言って、全身を使ってシェイクしたりするんだろう。
で、たまに振ることに熱中しすぎて、中身をこぼしたりするんだろう。
(女の子たちは冷めた目で見ているに違いない)

  

袋がテーブルを一巡すると、最後に社員の方が、
慣れた手つきで、超高速で袋を振っていた。
(きっと「技」を競い合っていた男の子たちは、
 目が点になって、無言になるんだろう・・・笑)
  
  
 
材料が混ざると、袋の口が開けられて、
試験管をもっと細くしたような形の
プラスチックの容器の中に入っていた、
抹茶色の粉末を加えられた。
 
 
 
これが麹菌。
工場では、キッコーマン菌を使っているそうだが、
実習で使うのは、キッコーマン菌ではないけれど、
非常に優秀な麹菌だとのこと。
 
 
培養されると困るからとおっしゃっていたが、
その時はピンとこなかった。
(理由はあとでものすごーくよくわかったけど)
 
 
 
麹を混ぜた原料は、ざらーっと「麹蓋(こうじぶた)」に入れられた。
それを社員の方が、「船底盛り」に整えていく。
(ボートをひっくり返したような形)
  
 
「蓋」と言っても、どう見てもフタじゃなくて箱。
(杉の木で作られた浅い箱)
 
なので、後になって、「しょうゆばこ」??とか混乱してしまい(恥)、
こっそり質問したら、「麹蓋ですよ~」と、にこやかに教えて下さった。
(新しい固有名詞を覚えられないのは、重症だ・・・) 
(新入社員達も「若い人」で同じよーに見えるし・・)  
 
  
麹蓋は、昭和46年頃まで工場で使われていたそうだ。
 
 
 
 
 
 
原料を混ぜて、一日後、二日後・・・が
テレビの料理番組のようにちゃんと用意されていた。
 
 
(麹蓋にぴったりの木製のフタがかぶせてあったんだけど、
 あれは「こうじぶたのフタ」になるのだろうか??)
 
 
三日目には、原料は抹茶色の麹菌で覆われていた。
社員の方がかき混ぜると、抹茶色の粉が舞った。
 
 
服に付いた分だけでも、十分に培養できちゃうんだろうな。
だから、実習ではキッコーマン菌を使わないんだ、と納得。
 

 
 
 
 
 
ここに食塩水を加えると、前述したもろみになる。
これを時間をかけて熟成させてから、
ナイロンの袋に詰めて絞ると、お醤油が出てくる。
 
 
 
社員の方が全て準備して下さり、我々がやったのは、
ナイロンの袋の上に置かれた2キロの重りを上から押す作業。
 
 
袋の上に重りを乗せると、最初は、濁った茶色の醤油が出てくる。
この過程で、ナイロンの繊維にいろいろなものが附着するので、
醤油が滲み出てくる穴がは小さくなり、
自動的に(?)細かいフィルターになっていく。
重りをどんどん押していくと、
澄んだお醤油が出てくるようになる。
こういうの、面白いなぁ。

 
  
子ども達はどういうリアクションなのかな?
(押すことのみに熱中する男子、いるんだろうな・・・笑)
 
 
 
 
実習には「試食」もあった!
(コレがあると、楽しさ倍増!!) 
 
まず「何もつけていないおせんべい」を食べてみる。
(これは、味がそっけないので、カケラをいただく)
 
 
次に、社員の方が、フライパンで温めて下さった
「何もつけていないおせんべい」に
ハケを使ってお醤油を塗る。

たっぷり塗ると美味しいですよ、とのことだったので、
両面にた~っぷりと塗布。
 

 
 
これが、ホントにホントに美味しかった。
お醤油の凄さがとってもわかった。
小学生は、コレが一番印象に残るんじゃないかなー
(特に男子は・・・笑)



 
 
  
絞った醤油は静かに置いておくと三層に分かれる。
一番上はしょうゆ油、二番目は生しょうゆ、一番下は澱(おり)。
 

 
 

 
 

 
 
二番目の層の生しょうゆに「火入れ」をして殺菌すると、製品としての
醤油になる。
微生物がいなくなり、香りがよくなり、きれいな色になる。
 
「火入れ」を行なわずに除菌を行なうと<生醤油>になる。
 
 
 
 

 

実習後も、引き続き「しょうゆ博士」になるための
さらなる楽しいお勉強。
   
 
身近な食品について知るのは面白いなぁ。
お醤油は、ほぼ毎日使っているのに、
<未知>がたくさんあった。 
  
 
醤油は伝統的な発酵調味料だが、
鰹節は、一番固い発酵食品だそうだ。
(ネット情報によると、「世界一固い食品」として
 ギネスブックに登録されているとか) 
 
 
発酵食品としては納豆もある。
納豆菌というのは、熱に強く、
醤油作りに使われる麹菌より、ずっと強いらしい。
なので、しょうゆ工場で働く人は、朝食・昼食には
納豆は食べないとのこと。
 
 
醤油作り体験に参加した小学生の中に、
「朝ごはんに納豆を食べてきた子」がいたりすると、
本当に、麹蓋の中が「納豆菌の天下」に
なるケースもあるらしい。
 
 
 
 
 
醤油に含まれるアルコールは3%だそうだ。
1%以下だと勝手に思っていた。
3%の缶チューハイがあるから(「氷結やさしい果実の3%」とか)、
弱い人だと酔っぱらっちゃうかも。
(日本酒は12%、ビールは6%)
もっとも、中村氏の話だと、塩分が強いから飲めないとのこと。
・・・確かに。
 
 
 
では、塩分は?というと、海水が3~3.5%なのに対し、
醤油は16%以上。
 
そういえば、実家の父は、母(つまり妻)から
「おとーさん、お醤油かけすぎ!!!」
って、しょっちゅう怒られていたなぁ。
 
 
 
 
 
なんとなく感覚的にわかってるつもりだった
「賞味期限」と「消費期限」についての説明も
とても勉強になった。
 
  
賞味期限は、Best-before Date のことで、
美味しく食べることができる期間。
お醤油の場合は、1年~1年半。 
 
 
消費期限は、use-by Date のことで、
この期限を過ぎたら食べない方がいいというもの。
こちらは基本的に短い期間で、
お肉や弁当、お惣菜などの表示で使われる。


お醤油の賞味期限は1年以上なので、
期限が過ぎても、即座に傷むものではない。
でも、新しいものに比べたら、風味は落ちているので、
火を通す料理に使うとよいとのお話だった。
 
 
醤油の劣化をふせぐには冷蔵庫での保管がイチバンとのこと。
(ウチは醤油差しの置き場がないので、冷蔵庫に入れていた・・笑)
 
  
  
楽しい実習の次は、いよいよ御用蔵見学!!
「宮内庁にお納めするしょうゆの醸造所」!! 


会場から移動する際、
実習のご準備・ご指導に当たられた女性社員の方々が
ステキな笑顔で見送ってくださった。 
どうもありがとうございました~ 
 
 
(その3につづく) 
http://www.m2-dream.net/?p=8237
 

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2013年 1月 18日

大人の食育ツアー (その1)

 
いいお天気の金曜日。


《2013年 kemi’s 新年会 ~「大人の食育ツアー」》参加の為、
電車を4つ乗り継いで、千葉県野田市のキッコーマン野田工場へ。


キッコーマン
http://www.kikkoman.co.jp/index.html


「野田市=醤油の町」というのは、
小学校の社会で教わったというのもあるが、
それ以上に、オトナになってから読んだ、
「イーハトーブ乱入記」(ますむら・ひろし著)の記述の方が
強く印象に残っていた。

 
 
>  手塚賞をきっかけに僕は好きになれない東京をぬけだし、
> やがて醤油の町野田の愛宕駅の近くに住み始めたのだが、
> この町気に入った理由の一つは、点在する緑だった。

> アパートの裏に広がる野原や林、紺色のはるかな森には、
> 遠い子ども時代に
> どうしてもそんな気がしてならない想いにさせた気配たちが、
> まだ漂っていた。
>  終電車をすぎたあとの月夜に光る東武線のレール。
> そして、静まり返った愛宕駅の踏切のシグナルの前で、
> 自分の影をレールに重ねる。



昼間は人が多くても、まだまだ自然が残っていて、
夜はひっそりする場所というイメージが強かったので、
青空に向かって巨大なサイロがそびえているのは、
なんだか不思議な感じがした。





食事のための移動の際、バスの中で伺ったお話によると、
野田は川に挟まれているから、高いところはなく、
雑木林は「山」と呼ばれるそうだ。
(木が生えているところは「山」らしい)

 
昭和40年代にはまだ「山」がたくさんあったのだろう。



  
野田市駅から徒歩で工場へ。
 
 
工場は大好きなので、とても嬉しい。
 
小さな工場の小規模なラインで、小さめの機械が
一生懸命(?)ガチャコンガチャコンやっているのを眺めるのが、
若いころは特に好きだった。
(見学させていただいた醤油工場は大きくて静かだった)
 
 
大きな食品工場を見学するのは、
たぶん、今回が初めてだろう。



まずは「しょうゆづくり体験」。
ご案内メールによると
> 小学生限定の体験コースを特別に!


Kemiさんの幼稚園・小学校時代からの同窓生で、
キッコーマンにお勤めの福島氏がご案内してくださった。


しょうゆづくり体験の部屋は、
入り口から向かって、奥の正面の壁にはスクリーン、
スクリーンの前は可動式の台(?)が置かれていた。
正面の壁に向かい合う形で、
講義形式に椅子が並べられていた。

入り口に近いエリアには、
社員食堂っぽくテーブルとイスが並べられていた。


スクリーンには、先ほど通ってきたサイロが見える場所の写真と、
  マジカルカーペット 大人の食育ツアー様
  Welcome to Kikkoman Noda Factory 
の文字が写し出されていた。

(・・けど、写真では真っ白だ・・・)


 
 
早速、福島氏から、kemiさんとのつながりについて、お話があった。
昨年2月にスマートフォン購入し、
フェイスブックデビューを果たしたところで、
kemiさんからアプローチがあったそうだ。


そして、今日の体験は、
「感性・感覚で全身にしみこませるように
 小学校3年生の感覚で」
とのアドバイスがあった。

3年生というと息子と同じ。
(あと2か月ちょっとで4年生になってしまうが)

 
興味・反応が一番大きいのが1年生で、
学年が上がるごとに下がっていき、
逆に、発見・判断に関しては、6年生がトップ。
(こちらは学年とともに上がっていく)


この二つをグラフにしたら、交差するのが3年生なのだろう。

確かにそうかもしれない。


学校の授業の一環で、
近所のスーパーのストックヤードを見せてもらった時も
埼玉スタジアム2002を見学に行った時も、
息子は、帰宅すると同時に、
それこそ「鬼の首を取ったかのように」、
大得意になって、自分が見聞きしたことを喋り続けていた。
 
 
埼玉スタジアムの時には、
「昔は、外国の記者のひとしか入れなかった、
 特別な部屋に入れてもらったー」
と自慢され、びっくりしたが。
(2002年って昔?・・・確かに生まれる前の話だけど)




息子が醤油工場を見学したら、帰ってきたら開口一番、
「おかーさん、お醤油って何でできてるでしょう!!!」
と、叫ぶに違いない。
(質問じゃなくて、強制的に答えを言わせようとしている)
 
 

いいお母さんは
「何かしら~?? 教えて~」
とか言うのかもしれないが、
今日の見学で<しょうゆ博士>になったからには、
「大豆、小麦、食塩」
と答えなければいけない!(と、思う)
 
 
きっと、未だに宇宙人の息子は、びっくりして目を見開いた後、
「なんでしってるのー ずるいー」
とか、わけのわからない反応をするに違いない。
 
 
 
 
 
 

福島氏のお話は野田市という場所の説明から始まった。
千葉は「海あり県」だが、野田は海から一番遠いそうだ、
江戸川と利根川が合わさった場所で、隣は埼玉・茨城。

県境が水(海・川)なのは、北海道、沖縄、
そして千葉県だそうだ。


興味深かったのは、海外生産のお話。
日本人が世界に出ていった100年前、
株式会社を設立し、醤油を輸出。
これは、儲けの為ではなく、外国にいる
日本人のための行為だった。


茂木 友三郎氏(取締役名誉会長・取締役会議長)が
取締役会長CEOだった時代に書かれた本にも
醤油は戦前から輸出されていて、
戦争中にも輸出されていたとの記述があり、
ヘンリー杉本画伯の絵の写真が添えてあった。
(キッコーマンのマークのついたお醤油の樽の前で、
 アメリカの収容所の日系人が大喜びしているというもの)
収容所の人々は、国際赤十字経由で醤油がほしいと訴え、
国際赤十字→日本赤十字→
  →キッコーマン→中立の第三国を経由
そして、アメリカに輸出されたそうだ。
 
 
 
海外進出は
「醤油を売るのではなく、日本の食文化を広めよう」
ということで行われているそうで、
まずはお米と炊飯器を売るところからスタートしているとのこと。

海外で日本食を広めるだけではなく、
日本人に紹介したい食文化を持って帰ってくるというお話があり、
これも、とても重要だと思った。
文化交流は一方向じゃないし。
相互に受け取りあうことで、新しいものが生まれると思うし。



キッコーマン=お醤油のイメージが強いけれど、
みりん、だし、つゆもつくっているそうだ。
 
みりんというと「万丈本みりん」。
万丈って会社があるのかと思っていたが、
「キッコーマングループの歩み」によると
1925年に、以下の御記述がある。
・野田醤油醸造株式会社、万上味醂株式会社、
 日本醤油株式会社を合併
1927年に商標をキッコーマンに統一(東京市場)




福島氏のお話の後、しょうゆのことは何でもご存じという
中村氏から、映像資料を使ったご説明があった。
 
 
その資料に出てくる「亀甲仙人」に似ていると言われるとのこと。
(スーツじゃなくて、仙人服&仙人髭をつけたら、似てるかも??)


映像資料は子ども向けに作られていたが、
とても興味深く、補足説明もとても面白かった。

醤油の原材料表示では、日本は「水」を省いているけれど、
海外ではそうではないらしい。


また、<大豆>という共通の資源を
大豆油のメーカー(油が重要)と
醤油メーカー(タンパク質が重要:脱脂加工大豆)で
うまく利用しているという話も初耳だった。
 
 
 
 
いよいよ醤油作りの実習。

お借りしたエプロンの刺繍部分。

 
とってもステキ!




中村氏によると、このエプロンは大変評判が良く、
「欲しい!」という声を頻繁にいただくそうだが、
ヨーロッパ製で、枚数も少ないので、お分けできないとのこと。

それにしてもどういう人が作成にかかわったんだろう?
日本人もいたのかしら?
とってもセンスがいいなぁ!
 
 
茂木氏の御本に、アメリカの大統領選の開票速報に合わせて
キッコーマンのCMを流したというお話があり(1956年)、
その際、アメリカのテレビ局の人が
キッコーマンのマークをさかさまに写してしまうという
ハプニングがあったそうだ。

漢字が「模様」「図形」に見えるとしたら、
六角形で囲まれているせいもあって、
<上下>とか<正しい向き>とか、あまり気にしないかも。
 
 
 
(その2に続く)
http://www.m2-dream.net/?p=8210


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2012年 11月 06日

久々のワークショップ参加

 
 
 
 





2012年11月4日。


久々に明美先生の講座に参加。
今回はハワイ報告会+ワークショップ。


10月末にセドナ報告会があって、そちらにも出たかったが、
実家で用事があったため参加できず・・残念。


会場のラ・アンジェに伺うのも、久しぶり。
明るくて前向きになれる、清々しい雰囲気のお部屋は
やっぱりいいなぁ。
 
 
 
ハワイ報告会では、
明美先生が参加された、帆帆子さんのツアーについて、
いろいろお話を伺った。

 
 
レジュメには可愛いイルカやお花、貝殻のイラストが描かれていて、
このツアーは本当に和やかで楽しかったんだろうなぁと感じた。
 
 

 
ハワイは未踏の地。
明美先生もツアーをやりたいとおっしゃっていたので、
その時にはぜひぜひ参加したい!
 
 
 
おやつは、ハワイのクッキーと葛餅、海苔巻という異色の取り合わせ。




甘辛、乾湿、硬軟、つるつる・ざらざらと、さまざまな対比が楽しめた。
口って、味だけじゃなくて、いろいろな違いも
ちゃんと感知してるんだなー
 

 
我が人生の食事の回数は、
  これまでの食事 >> これからの食事
になっている。
こういう多様な感触をもっと味わっておかないと、もったいないなー 
  
  

 
面白くも神秘的なハワイのお話を伺った後は、
「ガイドとつながるワークショップ」。
 
 
 
こういうのって、
「楽しめるかどうか」がカギなんじゃないかなと思う。
そういう「心の軽やかさ」が大事なんじゃないかと。  
 
 
それと、明美先生もおっしゃっていたけれど、
まず、「自分の意思」が大事。
 
 
 
自分の人生なんだから、
自分がどうしたいか、どうなりたいかがとっても重要。
これをハッキリさせないと。
 
 
 
日常生活でもそうだ。
「なんとなーく」のレベルで、欲しい・やりたいって思ったりするけど、
これを具体的に詰めようとすると、結構難しかったりする。
(カンタンな人にとっては、簡単なんだろうけど)
 
 
 
「なんとなーく」が悪いわけじゃない。
でも、その先がスパッと決められないとか、
具体的なイメージが出てこないという場合は、
まだ機が熟していないとか、
自分の中の本気度はまだまだ低いってことなのかもしれない。
 
 
 
「来月の披露宴に来ていく服」だったら、
季節は冬だから、あまり寒くないようにとか、
今出せる予算はこれくらいとか、
買いに行けそうなお店は〇〇百貨店だとか、
お直しのことを考えたら早めに買いに行かないととか、
条件みたいなものはすぐに出てくるけど、
「いつか何かのパーティのための晴れ着」
とか言ったら、全然イメージが湧かない。
第一、そんな機会があるとも思えないし・・・

 
 
その昔、
 ほしいものが、ほしい。
という糸井重里氏のコピーがあった。
(西武百貨店/1988年は、やっぱり昔?) 
 
 
日常が完璧に満たされているわけじゃないし、
足りないもの、どうにかしなきゃいけないことがたくさんあるけど、
「本気で欲しくなるようなもの」は、欲しいかも。 
 

そういうものは、探せば絶対あるのだろう。
しかし、思いついた途端、
「そんなもの、手に入れてどうするんだ?」
「使いこなせるのか?」
「そんな金額だったら、貯金しなよ」
「どうせ死蔵するんだから、他のモノを買いなよ」
とか、自分で思いっきりリジェクトしちゃってるんだろうなー
 
 
 
日頃から、自分との会話をちゃんとやっていれば、
自分が大喜びするような欲しいものは簡単に思いつくんだろうし、
「夢みたいな夢」でも、リアルに描けるのかもしれないなぁ。
 
 
 
 
  
 
今回の講座では、最初にSACRED AROMA CARDというのを引いた。
 
このカードの紹介ページ
http://www.therapylife.jp/special/2011/12/post4.php 
 
 
私は#12の「melissa」だった。
 
 

 
  
明美先生のミニリーディングでは、
「100%好きなことをやる、一番欲しいものを買う」
とのことだった。
 
 
 
私はどうも自分を追い詰めたり痛めつけたりって傾向があるようで・・・
(複数の人から言われている・・汗)
 
 
 

ガイドとつながるには、
自分が大好きなこと・楽しいことをやっている時とか
大好きな場所にいる時がいいそうだ。
 
 
私は、そういうコトとか場所から、自分を遠ざけちゃうんだろうなー
うーむ・・・
 
 
 
楽しい講座の後は、OVEでティータイム。
http://www.ove-web.com/minamiAoyama/
 


おいしいおいしいアップパイ。

 
 
 
 
ああ、しあわせー
 
 
 
とっても楽しい一日でした!
ありがとうございました!!
 
 
 





 
 
 

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2012年 4月 04日

叶えること

 



 



2012年4月1日。
明美先生の講座に参加した。


明美先生 Magical Carpet
http://www.magical-carpet.com/




「引き寄せ」の3回目の講座。
講座の回数と、カフェの進捗は、こんな感じ。
 1回目:カフェを開きたいです
 2回目:カフェを開くことになりました
 3回目:カフェを開きました

本当にスゴい展開だと思う・・・




2回目の講座
http://www.m2-dream.net/?p=7253




私は開店当日の様子しか知らないけれど、
一ヶ月経たないうちにいろいろなことが起こって、
その度に必要な人やモノ、出来事が引き寄せられて、
どんどん進化しているらしい。


開店当日
http://www.m2-dream.net/?p=7320



「木曜日に働ける人」とか、「電気工事ができる人」といった、
何か具体的な「こういうことができる人」が必要な事態になると、
ちゃんとそういう人が現れるそうだ。
しかも「既に知り合い」「身近な人の知り合い」などの中に
そういう人が含まれているらしい。
  
 
 
「こういうふうにしたいな」と思ったり、願ったりしたことは、
その方向性が合っていれば、驚くほどのスピードで展開するというお話があったが、
<ありがTO カフェ&Bar>は、方向性がバッチリだったのだろう。
 
 
 
このお店ができたことで、喜ぶ人たちは大勢いる。
野菜の作り手も、それを調理する人も 、
それを食べる人もみんなプラスの気持ちになっていると思う。
 
 
 
喜ぶ人が大勢いればいるほど、
いい具合にスピーディに展開していくんじゃないのかな?
 
 
 
近江商人の言葉に「三方よし」というのがあるというのを
以前、どこかで聞いた。(売り手よし ・ 買い手よし ・ 世間よし)
 
これは、喜ぶ人が多い方向へ進むための
明確な指針になっているんだなぁと思った。
 




 
 
以前の講座でご紹介いただいた、
「夜寝る前・朝起きる前のまどろみタイムにいろいろお願いする」
「叶うと信じて、心配事は手放す」
のお話が出た。
 
 
うーん・・・「お願い」ってしにくいんだよなあ・・・(苦笑)

「何がどうなってほしいのか」がクリアじゃないとできない。
でも、これがかなりクリアだと結構叶ってたりする。

もっとも、「叶った!!」なんて、堂々と言えるレベルの話じゃないけど・・・
とは言え、ささやかな<叶った>の経験は大事だと思う。

 
いいことが起こった時に、
どんなに小さなことでも大喜びすると、
また次 の「いいこと」を引き寄せるというのは、
よく言われること。

 
子どもにおもちゃとかお菓子をあげて、
大喜びされれば、またあげたくなるけど、
「フン、ナニコレ?」的な態度を取られたら
二度とあげたくなくなる・・・それと同じこと、
というのが、ベースになっているらしい。

 
もっとも、「いいこと」が起きるのは、
ラッキーの神様のおかげかどうかは、わからないけど。
神様がそんなに恣意的だとも思えないし・・・笑
 
 
でも、「いいこと」は天から降ってくるわけじゃない。
ほとんどの場合は「人間」が介在しているから、
毎回大喜びしていれば、次のいいことを
また誰かが運んできてくれる、と考えるのは
正しいのかもしれないな。

 
 



明美先生は、以前から
「スピリチュアルを、特別扱いせず、
 実生活に活かされている状態を目指している」
と、おっしゃっていた。

 
だから、きちんと地に足のついた生活を送ることが必要だし
アタマの中でイメージするだけではなく
「実際に行動しないと、運は回ってこない」

 
スピリチュアルは特別なモノではなく、
実生活と乖離したものでもなく、
「生活に活かすもの」


(私の場合、どうもこの二つはバラバラに存在してるっぽいが・・・)





明美先生は、八面六臂の活躍をされているので、
「kemiちゃんだからできるのよ」
と言われることが多々あるようだ。
でも、「そんなことはない」とのこと。

 
「ミタじゃないけど、奇跡は起こると信じている人に起こる」

 
うーん・・・
(パワーとかエネルギー量が違いすぎると思うんだけど・・・)







「難しいことはしなくていい
 得意なこと・できること・楽しいことをやればいい」
というお話があった。
こういわれても、なかなか納得できないのは、
「星飛雄馬的な発想をしてしまうから」だそうだ。
 
 飛雄馬的発想
   ・いいことが続く→→ この後、ダメになるのでは?
   ・苦労しないといけないのでは?
 
 
「そんなことはない!」
アタマではわかってるし、納得もしてるんだけど、
実際の行動や選択の場面では、飛雄馬的発想をしてるかも。

 
 
 
それにしてもホントに星飛雄馬はペシミストだったなぁ。
「巨人の星」というお話の世界全体が、
ペシミスティックだったような・・・

 
♪思い込んだ~ら 試練のみーちぃ をー 
 行くがー 男のー ド根性ぉぉ

この歌、小学校3~4年の担任が大好きで、
毎日毎日「帰りの会」の時に歌わされてた。

 
この歌を歌っていた頃、長野の伯父の家に遊びに行ったら、
廊下の隅の本棚に、小説版の「巨人の星」があって、
夢中になって読んだっけ・・・

 
アニメも見ていたから、ストーリーがごっちゃになっているけど、
確か、飛雄馬は「針の穴をも通す」という自分のコントロールに
何の価値も感じていなかった・・・と思う。
(「ラジオ関東」で、巨人の星のラジオドラマもやってたんだ! 
 確か、スポンサーはゲータレード)

 
一徹にシゴかれて、大リーガー養成ギブスとかつけて
面白くも楽しくもない訓練を繰り返した結果、
身に付いた技術だったからなのかなぁ。
 
 
「飛雄馬、巨人の星を目指せ! 
 巨人の星を掴むまでは親と思うな!!!」 ← 昭和だ・・・



 
 
巨人の星より、遥かにユルいけど、「頭文字D」の藤原拓海も
そんな感じだった。

頭文字Dについては、wikipediaに
「峠において自動車を高速で走行させることを目的とする
 走り屋の若者たちを描いた作品」という、ミもフタもないけど、
極めて正しい解説があった。

 
主人公の藤原拓海は、親の手伝いで(豆腐の配達)
中学時代から無免許で山道を運転していて、
走り屋たちの度肝を抜くようなテクニックを身につけていたが、
彼もまた、飛雄馬同様、自分の能力に何の価値も感じていなかった。

 
スゴイことができても、周囲がいくら感心しても、
やっぱり、本人が楽しさとか面白さを感じてないとダメなんだなぁと思う。

 
藤原拓海の場合は、みんなが喜んでくれることが嬉しくなったり、
運転そのものが面白くなって、峠を攻めるのが楽しくなっていく。
 
 
・・・しかし、制限速度をはるかに超えるスピードで公道を走ることに
何か生産的な価値とか意味があるんだろうか??

 
連載が始まった頃には、藤原拓海寄りの年齢だったはずなのに、
いつの間にやら、拓海の父親(藤原文太)の年齢を超えてしまった・・・





 
 
明美先生のお話の続き。


「オリンピックで戦うとか、
 何かものすごい頂点を目指すのでなければ、
 つまり、普通の生活をしているのであれば、
 楽しくて楽な方向でOK」
 
 
コンマ1秒を競う世界だったら、楽しくてラクとか
言ってられないし、そういう感覚は、持ち込めない。


でも、日々のごく普通の、極めて日常的な世界だったら、
毎日の暮らしの中だったら、わざわざ辛くなることを
しなくてもいいんだろうなぁ・・・時々やっちゃうけど・・・(苦笑)

 
 
「辛いとしたら、方向が間違っている」
少々辛さを感じたとしても、
その向こうに何かとてもいいことがある、みたいな
<イタ気持ちいい>くらいのことにしておくのがよさそうだ。

 
 
 
 
 
一時期、いわゆる「スピ系」と呼ばれる本を
読み漁った。
 
 
10年くらい前だったかなぁ・・・
 
 
 
明美先生のお話を聞くと、ああ!!と思うことが多々ある。
どこかで読んだアレに通じるなぁ・・・
そこでなんだか腑に落ちた感じがしてくる。
 
 
 
本に書かれていた言葉は
「本に書かれていた状態」のままで
自分の言葉で理解しようとはしなかったし、
自分の現実と照らし合わせることもなかったからだろう。
 
 
 
 
「本の中のこと」と「現実」が
平行線のままなのは、そのせいかもしれない。
 
 
 
 
 
ああ!と思うお話をたくさん伺ったが、
特に印象に残ったのは・・・
 
 
 
「ピンチはチャンス」
「行き詰った時に違う方向から考えると道は開ける」
「失敗とは、成功へたどりつくために必要なこと」
 
 
しかし・・・
ピンチになれば、一瞬で追いつめられるし、
行き詰ると、そのまま焦げるまで煮詰まるし、
失敗だー!と思うと、そのまま諦めちゃう・・・
 
 
柔軟に考えられるかどうか、なんだろうな。
違う視点が持てるか、気持ちを切り替えられるか。
 
 
心や思考がどれだけ自由になっているか?ということが、
とっても重要なのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
講座のお話が終わったところで、
一人ずつ順番に、今後について知りたいことを話し、
それについて明美先生がミニリーディングをして下さった。
 
 
 
「大丈夫よ~」と言ってもらえると、とっても安心する。
夏まで続くモロモロも大丈夫だと思って頑張ろう。
 
 




 
 
 
 
雑談の時におっしゃっていた言葉、とても印象的だった。

 
 
一つめは、
「口に出すときは叶うと思って口に出す」
 

叶うと思って口に出す・・・
叶うと思うって、何の根拠もなく思えればいいんだけど、
そうじゃなかったら、やっぱり必要な行動をするしかないよな。
 
 
それに「叶った状態」とは、どういうものなのか、
自分でしっかり掴んでおく必要がある。


これを、曖昧なままにしておくと、叶うとは思えないし、
叶ってもきっと「なんだかなぁ」になりそうだ。
 
 

  
二つ目は、 
「その願いがすぐに叶ってもあわてない状態にしておく」
 
 
これは、ドキッとした。
 
 
「いつか、こんな風になったらいいのに」と
漠然と願うことは多々あるが、
もし、それが本当にすぐに叶ったら???
一体、どうなるだろう??
 
 
これはさらにハードルが高い気がする。
 
 
個展が開きたいと願うなら、
「予定されていた展示がキャンセルになっちゃったんで、
 この会場、使いませんか?」
と言われても、パニックにならないってことなんだろうし、


歌や楽器演奏、パフォーマンスを大勢の人に見てもらいたいと願うなら
「前座の出演者が急に出られなくなったので、代わりに出てください」
と言われても、気が遠くなることはないってことなんだろう。
 
 
・・・って考えたら、やっぱり行動せざるを得ないよな。


もちろん、時々立ち止まって、
イメージを膨らませることも大切だけど。
(そうしないと何が必要かが見えてこないだろうし)



この行動のプロセスが楽しめるかどうか、
いろいろ「お試し」が来ても、へこたれずにいられるか、
手痛い失敗をしても、これが成功につながるんだ!と思えるか・・・
こういうことが、願いを叶えるためには、必要なんだろうなぁと思った。



前回の講座でお話があった「自分の心が何を望んでいるかを知ること」に
じっくり時間をかけて、
「本当に、本気で心から望んでいることは何なのか?」を
明らかにしてからでないと、
「口に出すときは叶うと思って口に出す」
「その願いがすぐに叶ってもあわてない状態にしておく」
というのは、難しいかもしれない。


でも、本気で望むことがクリアになっていれば、
明美先生のように、すぐに叶ってもあわてないでいられるだろう。



カフェの展開をリアルに見ているわけではないが、
講座の内容とすごくリンクしている感じがする。

今後の展開がますます楽しみ。


私自身も自分の展開を「楽しみ」にしていかないとなぁ・・・









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