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2012年 1月 22日

カフェと図書館

カテゴリー 生活一般,読書


 
 

 
 
2012年1月21日。
とってもとっても寒かったが、お気に入りのカフェへ。
今年初の訪問。



2012年第一回目の滋味ランチ。

 
 
おいしいなぁ。
 
 

 
 
食後にはフェアトレードコーヒー。
 
 

 

 
息子は滋味ランチの美味しさがわからないので、
家で昼ご飯を食べさせ、
ここではデザートとしてチーズケーキ。
(このお店のチーズケーキは大好物らしい)


その後、ネロくんと遊んでいた。


 
 


 
 




寒い中、外出したそもそもの理由は図書館での調べ物。

(とっても寒いので滋味ランチという「オマケ」を付けないと
 外に出る気になれなかった・・・)



息子は児童書のコーナーに座らせておけば
読みたい本を持ってきて勝手に読んでいてくれる。
彼にとっても図書館はパラダイス。



マンガに餓えているので、「マンガも載っている本」を
見つけるのが得意のようだ。
(社会や理科など、文章とマンガと両方で説明している本)






息子が「読書」している間、
私は今やっている講座の課題に使うために、
素敵な歌や句を釣り上げなければならない・・・






詩歌のコーナーへ行ったが、うーむ・・・
こんなにたくさんあるのかぁ・・・





詩句採集用のノートを作り、
目と手を使って書き写す作業をすると
詩句力アップに大きな効果があるとのことなので、
ヤル気はあるのだが、ずらりと並んだ本を前にすると、
どの本を手に取っていいのやら・・・・








寺田寅彦氏に興味を持ち始めたので、
まずは岩波少年文庫の
「科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集」
を読んでみたのが、これがなかなか面白く、
この中に夏目漱石の句がいくつか載っていた。


今の時期では全然実感がないけれど、
  水盤に雲呼ぶ石の影涼し
というのがいいなぁと思ったので、
『夏目漱石句集』から見てみることにした。





  廻廊の柱の影や海の月

いいなぁ、コレと思って書き写したのだが、
どうしてこの寒い中、夏っぽい句に惹かれるのか??

寒いから「暑さ」を求めているのかなぁ???




漱石句集からいくつかノートに書き写し、再び書架へ。



「ジャケ買い」という言葉があるが、それと同じで、
見た目だけで句集を選び、
閲覧コーナーへ持ってきてパラパラめくった。





句集の場合、1ページに二つか三つ、多くて四つなので、
パラパラめくるような感じでも、
とりあえずは目を通すことができる。
 
 
豊かな感性の持ち主なら、
文字だけ追って素通りするようなことはしないで、
一つの句に重厚な曼荼羅を見たり
壮大な宇宙を感じたりするんだろうなぁ・・・







「二十世紀名句手帖5 星と月のシンフォニー」を
パラパラめくっていたら、手と目が止まった。


  銀河より降りくるものを待ちゐたり (嶋田麻紀)


なんだかシーンとしてしまった・・・


図書館だから、もともと静かなんだけど
「なんかいいものないかなぁ」
と跳ねまわっていた心が、ピタッと止まって静かになった感じ。



一体何が降りてくるんだろう??
でも「何かが降りてきそうな感じ」は、すごくわかる気がする。



17文字だけで表現されている世界。


作者のイメージとはかけ離れたものかもしれないけれど、
イメージがどんどん膨らんで(暴走?)
しばし幻想の世界へ・・・


俳句ってすごいなあ・・・





今、実家から「私の俳句修行」を借りてきている。
(アビゲール・フリードマン著)


この本のカバーの見返しに書かれた紹介文によると・・・
> 在日時にふとしたきっかけで俳句の面白さに目覚めた米国の外交官が
> 激務の間の体験を振り返りながらまとめ上げたユニークな俳句エッセイ。


著者はスーパーウーマンなんだけど、
この本の最初の「日本の読者のみなさんへ」には、
とても優しくて素敵な文章があった。



> 子どもは未知なるものに思いをはせ、
> その意味をつかまえようとし、
> 物語をつくりあげては想像力をひろげてゆきます。
> 私にとって未来は神秘的で、考えるだけで胸がときめきました。
> しかし年齢を重ねるにつれ未来を想像することは減り、
> やがて仕事や家族、現在を忙しく生きる日がつづきました。

>  そんなある日、私はひょんなことから俳句に出会いました。
> 本文に書いたように、はじめは、ただの趣味だと思っていました。
> でも自分で俳句をつくり、
> 黒田杏子から俳句へのとりくみ方を学ぶうちに、
> 何か「特別のもの」を発見しました。
> 今おこっている出来事や、
> その日、私が心動かされたものや状況について俳句をつくる。
> そんなとき私は、子どものころ未来について夢見たのと
> 同じ畏れと神秘さを味わったのです!
> 年越しそばについての句をつくっているとき、
> 「生きている」すばらしさを実感しました。




 

現在受講中の講座の課題でヒーヒー言っている時は、
畏敬の念や神秘的なものは、
どっかへすっ飛んでしまっていることが多いけれど、
仲間が作ったすばらしい句が披露されると、
日々のべったりざわざわした現実の中にも、
こういう爽やかなもの・透き通った美しいものが
内包されてるんだなぁと思う。






師匠によると、俳句や短歌のような定型詩は
タイムカプセルのようなもので、
その時代の香りをそのまま閉じ込めているから
それを開けば、今の時代の香りと合わせることができるそうだ。



このタイムカプセルの話を伺って
ひょっこり思い出したのが
「本の遠近法」(高階秀爾著)に載っていたエピソード。



著者は、ある会合でドナルド・キーン氏が語った言葉に
強い印象を受けたという。


> その時、キーン氏が語ったのは、古事記や日本書紀など、
> 日本の古い文献に述べられているさまざまの出来事が
> 果たして実際にあったことかどうか、大いに議論の余地はあるが、
> しかしそこに記された歌だけは絶対に疑うことができないという
> 主旨のものであった。


本当にタイムカプセルのように、
「その歌を詠んだ時」「詠んだ人の思い」が
閉じ込められているのかなと思った。
だとしたら、やっぱり疑うことはできないだろう。







「二十世紀名句手帖5 星と月のシンフォニー」は、
図書館から借りてきたのだが、ひょいと開いたら、
すごい言葉に出会った。



この本には4人の方が書いた「俳句随想」というコーナーが
句のページの間に挟まっているのだが、
三善晃氏(作曲家)のタイトルに釘づけになった。



《一切の時空が十七文字に》
 あるいは《時空一切を孕む窖(あな)》




俳句の17文字はそういうものなのか。





しかし、私にとって五七五の17文字では短すぎ、
七七を足した31文字では長すぎるのであった・・・
 
 
  
 
 
 
 
 

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2011年 2月 16日

風景画石と点と線

カテゴリー 読書

 
 
 
 
古い日記より。
 
この頃も石づいていたらしい(笑)。
 
 
しかし、「風景画石」や「煙水晶」が、どんな石だったのか、
全く思い出せない。 

もう一度「石の博物館」へ行かなくちゃ!!!
 
 
それにしても、「実家から持ってきた宮沢賢治の本」って
どの本のことだったんだろう???
  
  
  
_______________________
 
2002年3月14日
タイトル:石
 
 
 
先週末の小旅行中、全く期待せずに入った「石の博物館」は
とても楽しいところだった。
 
 
「曲がる石」とか珍しい石があったけど、
ガラスケースを見ていて、特にいいなと思ったのは...

 
◆風景画石 Picture Stone
 石の表面に葛飾北斎の描く波に似た赤い線がついている石。
  「堆積岩に鉄イオンが溶けて、内部構造に従って
   赤い酸化鉄の染みを残したもの」
 という解説があったが、石の内部構造が流線形の連なりになっているなんて
 信じられない。

 
 
◆煙水晶 Smoky Quartz
 真っ黒い水晶。
 Smoky Quartzとは、煙を閉じ込めたような白濁した部分を持つ
 水晶のことだと思っていた。
  「自然界に存在する煙水晶は、天然放射能によって黒くなる。
   白い水晶にコバルト60の放射能を照射すると黒く着色できる。
   根本に白い部分が残っているものが人工着色。」
 個人的には澄みきった透明な水晶が好きなので、着色してしまうのは
 もったいない気がした。
 水晶発振子に使われる人工水晶も展示してあった。      
 綺麗だけど、透明すぎるので、あまり好きになれなかった。


  
宮沢賢治のコーナーがあった。
「楢ノ木大学士の野宿」の抜粋が掲示され、
お話に登場する石が並べられていた。
 
 
石と一緒に展示してあった、
『宮沢賢治絵童話集第11巻(くもん出版刊)』
すごく欲しくなってしまった。
Amazonで見たら「お取り寄せ」だった…
 
 
2011年追記:
本があるということは、「お取り寄せ」したらしい(苦笑)
パラパラと眺めたが、これを読んだという記憶がない。
じっくり読んでみよう。


 
 
 

宮沢賢治の話は「注文の多い料理店」くらいしか覚えていなかったが、
ますむらひろし著の「イーハトーブ乱入記」を読んで、
興味を持つようになった。
  
 
実家から古い古い宮沢賢治の本を持ってきて、
ページの崩壊を恐れながら読んだ。
(酸性紙の本はダメね...)
 

宮沢賢治は子供の頃から「石っこ賢さん」と呼ばれるほどの
鉱物が好きだったそうだ。
 
 

私も、小さい頃から綺麗な石が大好きだった。
宝石屋の広告を集めていて、
厚手の上質な紙にキレイな写真が印刷されているものは
「宝物扱い」だった。
 
 
 
小学校低学年の頃、
近所の原っぱが次々に駐車場に変わっていった。
 
砂利が敷き詰められると友達と飛んでいった。
 
車が入って来る前に、
石が泥にまみれて、グレーとベージュの中間色に染まって個性を失う前に、
綺麗な色の石をできるだけ沢山集めておきたかった。
 
 
車が止まるようになっても、
駐車場の端っこの空きスペースの石を見に行っていた。
そこの石は同じような色に染まってなかったから、
綺麗な石を見つけられる可能性があった。
 
 
 
「駐車場で遊んじゃだめ!!!」
と、母にきつく叱られても石を探すのをやめなかった。

 
 
 
宮沢賢治のコーナーに展示してある石は
賢治が使った言葉の通りの名札がついていた。

藍銅鉱 Azurite
琥珀 Amber
月長石(げっちょうせき)Moonstone
黄水晶 Citrine
青宝石(和名:青玉)Sapphire
黄玉(おうぎょく)  Topaz

こういう漢字って大好き!!
英語の標記もいいけど、鉱物の和名って、
なんとも言えない雰囲気がある。


光る石ばかり展示してあるコーナーもあった。
(紫外線をあてないと光らないんだけど…)


蛍石って名前、好きだなぁ…
「光ルミネッセンス」って言葉もいいなぁ…
   
  
—— 引用ここから —-
 
 
○光ルミネッセンス
  紫外線照射で人間の目に赤~紫の光として見られる色を自ら放つもの

○光る原因
  光る鉱物は結晶構造中に不純物原子や不完全な原子配列を持つ。
  このような結晶の欠陥が光エネルギーの照射でエネルギーを溜め込み、
  それを光として排出し解消しようとする反応
 

財団法人 石の博物館 奇石博物館の展示より
 
 
—— 引用ここまで —-
 
 
 
夫が石の博物館で買ってくれた琥珀のペンダントは、なかなかいい。

こういうのを選ぶセンスは悪く無いのだから、
自分の着るモノに対しても、もうすこし気合いを入れてくれよ。
 
 
女性の少ない職場とはいえ
「奴らのためによそおう必要はない」
とか言わないでくれよ。
 
 
ペンダントの箱には石の博物館らしく、
琥珀の説明が書かれた紙が入っていた。
 
 
松脂が固化して琥珀になることは知っていたが、
紀元前2000年から装飾品として既に使われて
いたとは知らなかった。
もっとびっくりしたのは・・・
 
 
—— 引用ここから —-
 
琥珀を摩擦すると電気を帯びることがギリシア時代から知られていて、
ギリシアでは当時electrumと呼んでいた。
現在のelectron「電気」を意味する語源となった。
 
—— 引用ここまで —-
 
 
琥珀をフリースで擦ってみたが、静電気が起きている様子はなかった。
もっと大きい石じゃないとダメなのかしら。
 
 
_______________________
 

 
以下、2011年追記。 
 
> 『宮沢賢治絵童話集第11巻(くもん出版刊)』 
>監修 天沢退二郎・萩原昌好
 
 
天沢先生って・・・『イーハトーブ乱入記』に出てくる先生だ!!
この文章を書いてる時点で、『イーハトーブ乱入記』を入手してるんだけど、
私は気づいていたのだろうか??? (たぶん気づいてなさそう・・・)


さらに・・・!!


この本の間には「宮沢賢治絵童話集 第11巻 月報9 1993年 5月 くもん出版」
という、二つ折りになっている縦書きの印刷物が挟まっていた。
(二つ折り・両面印刷なので4ページあるリーフレットのようなもの)
 
 
一番最後に「あの年、この月の賢治  賢治カレンダー(五月)」という
コーナーがあり、これを書いているのが
  宮沢賢治記念館 梅木万理子
という方だった。


あっ!!!!!


『イーハトーブ乱入記』で、ますむら氏が三角標の謎解きについて
書いている部分で出て来たひとだ!!
 
 
>・・・前述したことだが、三角標という単語は、賢治研究史のなかでほとんど注目されておらず、
>八九年刊の『宮沢賢治語彙辞典』ですら、載っていないという単語だった。
>だがしかし辞典は見落としても、自分の視線で三角標に注目している人は、他にもいたのだ。
>「『銀河鉄道の夜』における三角標のイメージと展開」(梅木万理子)
>『弘前宮沢賢治研究会会誌』第五号に載ったこの三角標の文章を見て、僕は感激した。
>梅木さんの文からは、単語の解明とは<いったい何のためにするのか>、まさにそのことが
>伝わってきて、ウムムと僕は唸ってしまった。
 
 

ますむら氏は、梅木氏の論文から、研究者の中には、昭和26年に三角標について
記録しているひとがいたことを知る。(市川重尚氏「宮沢賢治研究ノオト」)
 
>なんと昭和二十六年に、三角標は測量関係の標識であること、
>そして、三角標の正体は「星の積り」であると論じられていたのだった。
 
 
この後に、85年発行の『別冊太陽「銀河鉄道の夜」』での天沢退二郎氏と別役実氏の
対談のことが書いてあり、天沢氏の言葉が紹介されている。
 
>「燐光の三角標があちこちに見えますよね、(中略)燐光というのは、どうしたって墓標でしょう。
>しかも、一方でそれは星であると。人は死んで星になるんですからね」
  
 
こうやって、ますむら氏は三角標の手がかりとなる点を集めて線にしていくのだが・・・
2002年当時の私は、目の前の点さえ、全く見えていなかったようだ。


謎解きなんて、絶対ムリなのはわかっているけど、
『イーハトーブ乱入記』に登場している先生方のお名前が、
『宮沢賢治絵童話集』やリーフレットにも出てきていることくらい、
気づいてもいいんじゃないかと。


冷蔵庫の中のバターが見つけられなかったり、
引き出しを開ければイヤでも目に入る栓抜きが見えていない夫のことを
「眉毛の下にあるのは、目じゃなくて、模様なんだね」
とからかっていたが、私の目も「立派な模様」かもしれない。



 
 
別のブログに書いた記事をこちらのブログに持ってきました。  

「わすれられない友だち」

第二次世界大戦の終わりの頃のお話です。
わたしにとっては、親の世代の話ですが、
今の小学生にとっては、祖父母の世代の話なんですね・・・
http://www.m2-dream.net/?page_id=5122

(なぜかサンリオの話まで書いてありました・・・笑)

 
  
 
 

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2011年 1月 31日

クイーン・エメラルダス

カテゴリー 読書



1月24日に「あたごおる」という文章を書いた。

http://www.m2-dream.net/?p=4868


この中で、宮沢賢治の「イーハトーブ」に触発されて生まれた、
ますむらひろし氏の「アタゴオル」や「ヨネザアド」のことを書いた。


若い頃、宮沢賢治を熱心に読んだますむら氏は、
「銀河鉄道の夜」をマンガで描いている。
そこにいたる経緯と、物語をマンガにしていくプロセスは、
イーハトーブ乱入記に書かれていてとても興味深い。


特に感動というかビックリしたのは、『討議 『銀河鉄道の夜』とは何か』*を
「値段の高さにフルフルしながらも」買い求めて読んだという部分。
(*校本『宮沢賢治全集』の編集を行った入沢康夫氏と天沢退二郎氏の対談集)


>しかし、僕が一番驚いたのは、天沢さんが描いてきたという
>「ジョバンニの町の地図」と「銀河鉄道の列車内の座席図」だった。
>僕はその図のページを開いた瞬間、驚くというより呆れたのだ。
>「ああ、大の大人が二人して、町の地図まで描いて調べるなんて・・・
> いくら真剣に討議するったって、相手は”童話”なんだよ。
> そんな地図や座席図なんか持ち出したら、
> どこかに間違いや矛盾が出るにきまってるじゃん。
> もう、詩人って、大人げないねぇ」

>いくら『銀河鉄道の夜』が魅惑的だといっても、
>僕の心のどこかには「たかが、童話じゃないか」という気持ちがあった。
>そして、大人が二人がかりで地図まで描いて調べれば、
>あちこちにボロが出たり、映像的な矛盾が必ず出てくると思っていた。

>しかし、出てこない。
>幻想的風景でありながら、賢治は位置や風景のミスや矛盾を起こしていない。
>そして天沢さんの視覚調査もミスしていない。
>(この点は、僕がのちに二度もネチネチと漫画に描いて、痛感することとなる)

こういうのを読むと、宮沢賢治は、実際に銀河鉄道に乗ったのではないかという
気持ちになってくる。
不思議な人だったらしいから(変わり者でもあったようだが)、
そういうことができたとしても、おかしくないかも。

また、「桔梗いろの空」とか、「三角標」等の言葉に
隠されていた意味も、とても面白かった。




しかし、私にとって銀河鉄道と言えば、やっぱり「銀河鉄道999」だ。
(「銀河鉄道の夜」があったからこそ、999が生まれたんだけど)


銀河鉄道999
http://www.youtube.com/watch?v=-KIboDS4w8M
(再生回数が非常に多く、映像の編集も素晴らしい!)


映画館で初めて見た映画がコレだった。
若い人が見れば、昔っぽい感じがするのかもしれないが、
私の中ではあの頃のまま、全く色褪せていない気がする。


999には、キャプテンハーロックやクイーンエメラルダスが登場する。
私はハーロックもエメラルダスも大好きだった。


しかし、ハーロックは超寡黙な男性なので、1分以上同席するのは
ムリだと思う・・・


(と言うより、安全圏に居座ったまま怠惰な生活を送っている私は、
 この二人からは相手にされないんじゃないかと・・・汗)

エメラルダスのことを、以前、文章に書いたような気がしたので、
探したら出てきた。


___________________________


せんろはつづく

竹下 文子 (著), 鈴木 まもる (絵)

(2005.12.17作成 / 2011.01.31修正)


この絵本は新しい本。
初版発行が2003年10月で、2005年7月には第13刷発行なので、
人気があるのだろう。
姉がクリスマスプレゼントとして息子にくれた本だ。


これ、なーんだ?
せんろだよ


お話はこんなやりとりから始まる。
黄色いシャツを着て、色とりどりのズボンを穿いて、
ズボンの色に合わせたヘルメットをかぶったこどもたちが
枕木を敷き、レールを載せていく。
こどもたちは線路をどんどんつないで長くしていく。


やまが あった どうする?
あなを ほろう トンネルだ
かわが あった どうする?
はしを かけよう てっきょうだ



こどもたちは障害を、特に障害と思うこともなく、クリアしていく。
自由にトンネルを掘り、橋をかけ、踏切をつくり・・・
昔、読んだ「冒険ダン吉」を思い出した。


財団法人大阪国際児童文学館 日本の子どもの本100選
http://www.iiclo.or.jp/100books/1868/htm/frame072.htm


上記サイトより抜粋
>「冒険ダン吉」は、もともと『少年倶楽部』に1933年6月より
>39年7月まで連載された島田啓三(1900-1973)による絵物語である。
>夢の中で南洋の島に漂流した少年が、現地人の王様として君臨する
>物語が描かれる。


「せんろはつづく」を読むまで、冒険ダン吉のことなど
すっかり忘れ去っていた。


父の本棚の上の方に、ベージュの箱に入った「少年倶楽部」の本があった。
確か3冊あり、どれも厚さが5センチくらいあった。


当時発行されたものを編集して解説を加えたものだったのだろう。
そのうちの1冊は確か「ボクラ小国民」というサブタイトルがついて
いたような気がする。


『のらくろ』も『冒険ダン吉』も収録されていたが、その分厚い本の中に
マンガが入っているのをどうして知っていたのか?

父が見せてくれたのだろうか?

上記サイトでは、冒険ダン吉は「絵物語」だと書かれていて、
写真も掲載されているが、私が見たのは、「マンガ」だった。


冒険ダン吉を初めて読んだ時、とてもわくわくした。
ダン吉の活躍に心から感心した。
列車を走らせる話が好きだった。

南洋の島の人々には「列車」などという概念はなかったのだが、
ダン吉は、大人と対等に話して、大人の協力を取り付けて、
みんなを指揮して、木製の線路を敷設していく。
すごいなぁと思った。


ダン吉の列車の動力は「象」。
象に汽車の形の木製のハリボテみたいなものをかぶせて、
客車を連結するというもの。
最後に何かオチがついたのかもしれないが、
とにかく自分の力で列車を走らせるという、
「せんろはつづく」のような設定に引きこまれたのだと思う。


その当時、列車を走らせることが、どれほど大変なことか、
全く意識していなかっただろう。


「せんろはつづく」のように、
  山があった→トンネルを掘る
  川があった→橋をかける
と、まるで画用紙に好きなように絵を描くような感覚で
「こうだったら、こうする」を考えていたのだろう。


いつ頃からモノゴトを難しく考えるようになるのだろう?

いつ頃からこういうことをするには、
これだけのことをしなければならないから
「難しい」「大変だ」と思うのだろう?

何かを決めるときに、即座に「それは大変だからできない」と
反応するようになるのは、いつ頃からなんだろう・・・?




もう一つ思い出した話がある。
「クイーンエメラルダス」(松本零士)に出てくるエピソードだ。
(以下、セリフの部分はマンガの吹きだしより引用)



主人公の海野広がボロボロの宇宙船に乗って
「ガニメデ」へやってくる。


この宇宙船は、彼が働きながら部品を買って
組み立てたものだった。


地球から火星へ飛び、そしてガニメデへ、
半ば墜落のようなカタチで、着陸したのだった。


彼がガニメデの保安官に呼び出されている間に
重科学大学の空中機械工学部に10年在籍している、
ラメールという男が、海野の宇宙船に入り込んでいた。


海野は、最初はラメールをとがめるが、
彼が専門家だとわかると、自分の宇宙船を見てどう思うかをたずねた。


ラメールは、基本的な設計に大きなミスがあるとか、
エンジンは回路が不安定で、出力をコントロールできないとか、
組み立てが雑で、完成品とは言えないなどと批判する。


とにかく飛び出すことが第一だと主張する海野に対し、
ラメールは、
「完全な設計と完全な工作によって完成されたものでないと、
 宇宙は飛べない。
 じっくり腰をすえてかかるのはムダじゃないんだ」
と諭し、海野を自分の研究室に案内する。


彼の研究室には、自動分析器や相関双比例式創造設計機、
完璧を誇る修正用コンピュータセンサなどが揃っていた。


海野はラメールに尋ねる。
「ここで何をしているんだ?」
ラメールは「研究さ」と答える。

「なんの?」

「なんの?
 なんでおまえはそんなくだらない質問をするんだ?
 より完全なものを求めてさ!
 宇宙を旅するには、より完全な設計による完全な宇宙船が必要だ。
 ぼくはそれを作るつもりだ」

「いつ?」

「そんなことはわからないよ!!
 研究には長い時間がいるんだ!!
 ・・・いろいろなものをたくさん作ってみたよ。
 どれをとっても、君が乗ってきたあのできそこないの宇宙船よりは
 ずっと完全なすばらしい宇宙船ばかりだ」


ラメールは天井のスクリーンに自分が作った宇宙船の映像を映した。
「実物はどうした?」

「みんな破壊したよ!!
 こんなもの残したら、ぼくの設計者としての名声に傷がつくからね」


そしてラメールは正面のスクリーンに、彼が今手がけている宇宙船の設計図を表示した。
「これが完成すれば、より安全な宇宙旅行ができる」

「いつできる?いつあんたは宇宙へ出るんだい?」

「そんなことはわからないよっ
 こういうものを作るのには時間がかかるんだ!
 最大のコンピュータを使っても1年以上かかる計算だってあるんだぞ!!
 宇宙船の設計ってのはそれくらい大変なんだ!!」

「俺の船だって飛んだ。ここまで飛んできた。
 コンピュータなんか使わなかったけど、ここまできた。
 あんたみたいなことを言ってたら、
 家の中でウロウロしているだけで
 年をとって死んでしまう。何もできないよ。
 俺はそんなのはごめんだ。
 穴があいた船でもいい。エンジンがガタピシでもいい。
 この体が若くて、少しくらいの傷なら耐えられるうちに
 宇宙をかけまわりたい。
 それで死ぬなら本望だよ」

「本気か?」

「本気さ!! 
 俺には未来がある。残された時間がまだいっぱいある。
 残された時間といっても、
 家の中や研究室でウロウロしている時間じゃないよ。
 宇宙の海をかけまわる時間さ!!
 こんな大研究室なんて、俺にはオモチャにしか見えないよ。
 設計図だけの宇宙船なんてただの絵だ。
 こんなもんじゃ宇宙は飛べない。
 宇宙の海は本物だ。あそこに本当にあるんだぞ。
 絵にかいた船では飛ぶことはできないよ。
 だが、俺の船は宇宙を飛べるぞ。
 違うかラメール?」


海野の言葉にラメールは激昂し、
「帰れっ!!
 あのボロ船でどこへでも飛び出して死んじまえっ」
と叫び、海野を追いかえす。


海野がいなくなると、
「くそーっくそーっ」と床にうずくまって悔しがる。
「くそーっくそーっ」と叫びながら、
今、設計している船が映し出されているディスプレイに
イスを投げつけてしまう。


一方、船に戻った海野は、船の動力部を見ながら途方に暮れている。
「しかし、あいつが言った通り、
 このエンジンは見込みがないなぁ・・・」

そこへラメールがやってくる。
手にはカプセルのような形の装置を持っている。
「燃料制御バルブだ。
 人間の頭脳300人分に匹敵する能力を組み込んである。
 これは絵じゃないよ。実物だよ。
 これをお前の船につけろ。
 船体のほかの部分はムチャクチャな船だが、
 少なくともエンジンは完全になる。」

「くれるのか?」

「うん。ぼくだって理屈ぬきで宇宙を飛びたいんだよ。
 この頃、そう思うようになったんだよ。

 テストテストで追いまくられ・・・
 全部合格して、大研究室ももらった・・・
 でも、じっと部屋の中で考えて暮らしてきたぼくの体は
 おまえのようなムチャクチャな旅ができないんだ・・・

 完全な宇宙船は作れても、
 お前のように宇宙の海をひとりで旅するのは
 夢のまた夢なんだよ・・・

 お前は自分の夢を追って、自分で宇宙へ出かけられる・・・
 俺の夢は・・・研究室のパネルやスクリーンの上にしかないんだ・・・

 わかってくれるよな海野・・・
 そういう男もいっぱい世の中にはいるんだ。
 行きたくても行けない男が・・・」


読み返してみて、「マンガ」として片づけてしまうには
もったいないくらい重要なメッセージ含んでいるセリフだと思った。


確か、小学校高学年で読んだはずだ。


完璧を目指しすぎた結果を理解したのだろうか?
ラメールの言葉にこめられた感情をどれだけわかっていたのだろうか?


息子には海野のような生き方をして欲しい。
もちろん、息子が決めることではあるけれど。
スクリーンの上にある夢ではなく、現実の夢を生きてほしい。


それにしても、こんな気持ちでクイーンエメラルダスを
読み返すことになるとはね・・・






___________________________



何か熱いものを感じて、しまいこんだ「クイーンエメラルダス」を
引っぱり出して、セリフの部分を抜き書きした覚えがある。

5年前に感じた熱いものって何だったんだろう??




銀河鉄道999に関連する曲では、こちらも大好きだった。
今でも聴くと元気になれる気がする。
Taking Off! Over The Galaxy
http://www.youtube.com/watch?v=kFDNIUaIZn4&feature=related
(こちらの映像編集も素晴らしい)


一番の歌詞の
>老いた大地を思いきり蹴って
>星たちの彼方へ さあ 飛び立て
この部分が、未来へ向かって飛び立つという感じがして
大好きだった。
当時は10代だったし、ユーミンの歌にあるように
「まだ 未来は霧の中」だった。


二番の歌詞のこの部分。
>I’m Leaving, I’m Flying
>I’m Taking off to the Unknown
>見慣れた昨日は ふり向くな
>Taking off! Taking off!
>誰も行かない未来へ

「見慣れた昨日」は、当時はピンと来なかったかもしれない。
あの頃は、毎日が新鮮だったし、一日が長かったはず。
判で捺したような日々なんてなかったはずだから、
「見慣れた昨日」という言葉の、本当の意味は
わかっていなかったかもしれない。

ただ、「誰も行かない未来」は、
<とてつもなく素晴らしいもの>のような気がして
本当にワクワクした。


日本が右肩上がりに成長していた時代だったからだろうか?
子どもながらに、社会の活気を感じていたのだろうか?


この先、当時と同じ状況が再現されるとは思えないが、
大勢の子どもたちが、
未来の自分に期待できるような、
大人になる日を待ち焦がれるような、
そんな社会になってほしいと思う。


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2011年 1月 24日

あたごおる

カテゴリー 読書




別のブログから持ってきた記事。


お気に入りの絵として、写真が添付してあったが、
なんだかなぁの写真だった。


いまでも同じ場所に飾ってある。




それにしても、2007年もあっという間に過去になっていくなぁ。

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あたごおる 2007-10-08 18:29:40


最近、息子がお気に入りの絵。
(視界に入ってきたらしい)


「らしくん(あざらしのこと)、何してるの?」
絵を見るたびに、こう聞かれるので、
「何してると思う?」
と聞き返すと、毎回違った答えをしてくる。
奇想天外な、オトナじゃ絶対思いつかない答えなので
すごいなーと感心する。


↑こういうの、記録しておかないともったいないな。
その場で感心しまくって、おわりになっちゃう。


これは鎌倉の『あたごおる』
という名前の喫茶店で買ったもの。
ずいぶん前だな。
7年か8年くらい前。


雪ノ下という地名の場所だった。
マンションの1Fの一角が喫茶店になっていて、
ますむらひろし氏の漫画がいっぱいあった。


お店の雰囲気はとても落ち着いていて、
ホントに『あたごおる』には
こんな場所があるかもしれないと思った。


学生時代にますむらひろし氏の漫画をたくさん読んだ。
でも、卒業してからはすっかりご無沙汰。


この喫茶店に初めて行ったのは
会社員になってから5年目くらいだったかな。


帰ってから再びますむらひろし氏の漫画を買い集めたり
新書を買ったりしたっけ。


鎌倉には続けて行っていたんだけど
1,2年ほど足が遠のいてた。


その間に『あたごおる』はなくなっていた。
ここにあったはずなのにってマンションの前で
立ち尽くしていたのがついこの間のような気がする。



ますむら氏のあの独特な世界が私は大好き。



こどもが生まれてから、漫画本は本棚の奥にしまいっぱなし。


いろいろ教えられることがたくさんあったんだよな。
また読み返そう。



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鎌倉に通っていたのは、確か前世紀のはず。
横浜から引っ越す直前か引っ越した直後だったと思うけど、違ったかな?


ライトパンクチャーという施術を受けに行っていたのだった。
(今は「カラーパンクチャー」という方が一般的??)



ライトパンクチャーの先生経由で、
いろいろと風変りな情報を仕入れていた。


ほとんどの情報が、はしかのように一過性で過ぎていって
自分の中に根付くことはなかったけれど、
当時の私には必要なものだったのだろう、きっと。



1995~2000年頃は、今、思い返してみても
頭も心もかなりおかしかったような気がする。


異常というのではないけれど、
今の自分から見たら「かなりヘン」だし、
当時の自分が今の私を見たら
自分の延長線上の存在とは思えないかもしれない。



 * * * * * * * * * * * *



ますむら氏のマンガは、読みだすと結構考えてしまうので、
中学高校で培った「立ち読み速読技術」は役に立たない。


つい先日、「ギルドマ」を読み返したが、
ヒデヨシに「植物ババア」と揶揄される、女王ピレアの存在が
自分の一部を反映しているような気がしてゾッとした。




 * * * * * * * * * * * *



「アタゴオル」は、ますむら氏の代表的な作品のタイトル。
千葉県野田市にある東武線の「愛宕駅」が名前の由来。
(港区にも愛宕という地名がある)


アタゴオルが生まれたいきさつについては、
「イーハトーブ乱入記」(ますむら・ひろし著 ちくま新書 1998)
で紹介されている。




宮沢賢治の「注文の多い料理店」。
ますむら氏の本によると、角川文庫では、本の中の扉には、

   <イーハトヴ>童話 「注文の多い料理店」

と、書かれているそうだ。


本を読み終わって、後ろの方のページの
  「付録 『注文の多い料理店』新刊案内」
を読んだ時、ますむら氏は衝撃の事実に出会う。


  イーハトヴは一つの地名である。しいて、その地点を求むるならばそれは、
  大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスがたどった鏡の国と
  同じ世界の中、テパーンタール砂漠のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と
  考えられる。




ますむら氏は、メルヘンやファンタジーの世界を思い浮かべるのだが


  じつにこれは著者の心象中に、このような状景をもって<実在したドリームランド>としての
  日本岩手県である。



>「岩手県!岩手が、ドリームランドだと!」
>斜め手前の山形県でそだった僕は驚いた。


(「イーハトーブ乱入記」は、とても面白い本なので読み出すと
 つい読みふけってしまう)


>地方人宮沢賢治だから、気づいた声。
>「あらゆる地方の土地こそが、東京よりすばらしい土地になるのだ。」
>それはまるで、僕には、
>「君のイーハトーブは、どんなのだい?」と聞かれているような気分だった。


これがきっかけとなって、ますむら氏の中には「ヨネザアド」が生まれた。


>僕には、米沢とヨネザアドという二つの磁場ができた。
>日本の首都が東京であるように、
>僕の心の都は米沢という街と、
>得体の知れない願いと幻のヨネザアドとなった。




そして、「ヨネザアド物語」(1975年) 、
「アタゴオル物語」(1976年~1981年)が生まれる。



米沢は、遠い遠い昔、一度だけ雪深い季節に行ったことがある。



今年の旅行の計画はまだ全然決まってないけど、
約20年ぶりに米沢に行ってみたいな。




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別のブログに書いた記事をこちらのブログに持ってきました。


とき(月間予約・科学絵本「かがくのとも」通巻51号)
http://www.m2-dream.net/?page_id=4866

今、読み返してもなかなか味わい深いです。
さすが、谷川俊太郎先生。
(当時の彼は、今の私より若かったりして・・・・汗)



みち(月間予約・科学絵本「かがくのとも」通巻50号)
http://www.m2-dream.net/?page_id=4871

こちらは五味太郎先生の楽しい本。
なんだか散歩に行きたくなる・・・今はちょっと寒いですが・・・(笑)



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2011年 1月 14日

幻の絵本

カテゴリー 読書




「今年こそ、ブログを整理しよう!」
と、1月なら何とでも言える(笑)



「引っ越しします」という最後の投稿をした後、
放りっぱなしのブログが二つと、遠い昔のブログがひとつ。
これを年内に整理しようと思う。



無料のブログは、本当に手軽に始められるので、
つい、そのときのノリだけでいくつも作ってしまう。



記事にできそうなネタの量や、使える時間を考えれば、
複数のブログを頻繁に更新できるわけないのに・・・



久々にアクセスして記事を読んでみると、
なんだかタイムカプセルを開けているよう。



ここ数年は、社会情勢も、自分の人間関係も、興味を持つ対象も
短期間で激変するからだろう。



根っこの部分ではたいして変わっていないのかもしれないけど。



「成長」というモノサシを当てたら、
ほとんど変化がないかもしれないなぁ・・・(汗)




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幻の絵本(2005.8)



表紙がどんな風だったか、どんな大きさだったのか、
全く記憶にない絵本。
ページはかなり厚手だったような気がする。



今思うと、可愛い雰囲気のちょっと昔風の絵だったと思う。
文字は全然なくて、せりふのない4コママンガのように、
何かつながりがありそうな絵が縦に並んでいた。



うさぎがシャボン玉を吹いていたり、
何種類かの動物が一緒に遊んでいたり。



この絵本は、描かれている絵をモトにして
「お話を作ること」を求める絵本だった。



絵本自体のはっきりした記憶がないにしても、
私はこの絵本が大好きだった。
毎回違うお話が聞けたから。
自分のためにお話を作ってくれているということを
感じ取っていたのかもしれない。



両親は最初はがんばって(?!)お話を作っていたが、
やはり限界に達したのか絵本を隠してしまった。



後年、この絵本のことが話題になった時
「うまく隠してもね、見つけてきちゃうんだよね」
と、笑っていた。



子ども達がこの絵本が大好きだということがわかっていたから、
本気で隠したりはしなかったのだろう。



子どもの手が届かない場所、
例えば、押入れの天袋に入れてしまうことだってできたと思うし、
よその家にあげてしまうとか、捨ててしまうとか、
絶対に見つけられないようにすることだって可能だったはずだから。



今、こんな本があったらどうだろう?
私はどのくらいお話が作れるだろうか?



子どもが話せるようになったら、
お話を作ってもらってもいいかもしれない。
きっとオトナが思いつかないような意外な話や
奇想天外な設定を考えつくに違いない。



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2005年8月というと、息子がもうすぐ2歳になる頃だ。
この頃はまだ話せなかったのねー
今は、口から生まれたみたいに「超饒舌」だけど・・・



この当時の私は、ゼロからお話を作ろうと思ってたのかもしれない。
今だったら、動物に息子の名前やお友達の名前をつけて、
実際にあった出来事をモトに、ちょっと脚色すれば、
簡単にお話が作れるような気がする。



しかし、「着地点」や「オチ」を考えるのは難しいだろうな。
『そして二人は末永く幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし』
という結末がいいかどうかは別にして、こんな感じで、
なんとか終わりっぽくしなければならない。



この絵本があったら、とってもいい「脳トレ」ができそうだ。




同じ時期(2005年8月)に別のブログに書いた記事を
こちらのブログに持ってきました。
今回は「おばあさんシリーズ(笑)」

◇あたまをつかった小さなおばあさん◇
http://www.m2-dream.net/?page_id=4734

◇しあわせばあさん ものしりばあさん◇
http://www.m2-dream.net/?page_id=4741


『あたまをつかった小さなおばあさん』は、昔から大好きで今でも好き。
こういうおばあさんになりたいけど、かなり精進しなければムリそう・・・

『しあわせばあさん ものしりばあさん』は、すごく読み返したくなった。
それにしても、この文章を書いた当時の私は、なんだかエラそうだ・・・汗



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