アーカイブ 「生活一般」

2021年 2月 14日

撒娇

カテゴリー 生活一般



子どもの頃から甘えるのが下手でずいぶん損してきたと思う。
男性に何かを頼むのがとても苦手だ。
男性は女性に頼られたいと思ってるとかいう人がいるが、
それは人によって違うと思う。
男性に頼るくらいなら自分でやる。
女性が甘い言葉でお願いすると、男性は喜ぶとかいう人もいる。
甘えるって私には絶対無理。
夫からは「言い方。それはお願いじゃなくて命令」と言われる。
それは正しい。
夫に対しては常々「自分のモノ、片づけて」
「お風呂掃除して」と言っているから。
でも「宝石買って、ブランドバッグ買って」などと
言ったことは一度もない。
彼に頼むくらいなら自分で買う。
と言っても、今のところ、着飾ってお出かけする機会なんてないけど。


我从小孩子的时候起就不擅长撒娇,觉得很吃亏。
我不喜欢请男性帮忙。
有人说男性想被女性依靠,可是我想那是因人而异的。
与其依靠男性,不如自己干。
有人说女性撒娇地拜托的话,男性会很高兴。
我怎么也不会撒娇。
我老公说‟你的口气不是拜托而是命令”
他说得对。
我常常对他说‟把你的东西收拾了”,‟把浴室打扫了”
但是我对他没说过‟给我买个珠宝首饰、品牌包吧。”
与其求他,不如自己买。
虽然现在没有机会穿上盛装打扮出门。

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2020年 11月 15日

匂いの記憶

カテゴリー 生活一般



匂いの記憶というのは、長期間残るものらしい。
言語化されないので、意識することはほとんどないが、
同じ香りに出会ったときに、すっかり忘れていたことを思い出す。


海の匂いは、子供の頃の海水浴の思い出につながる。
ちょっとだけ生臭いような潮の香りは、
遠い夏の記憶を呼び起こす。


雨の匂いは、最近感じることが少なくなった。
数年前、地下鉄を降りたときに雨の匂いを感じて
「雨が降ってるかもしれない」
と夫に言ったら笑われたが、地上に出たら雨が降っていた。


雪の匂いも、感じなくなった。
子供の頃の冬の朝、布団の中で、
冷たくて尖った匂いを感じた日は雪が積もっていた。


「カエルの匂い」も子供の頃の記憶だ。
これは、父の実家の周辺にある水田の匂いのことだが、
そこにはカエルがたくさんいたので、
「カエルの匂い」と呼んでいた。


香港に行くと「香港の匂い」がする。
八角の香りが混ざった少し油っぽい匂いを感じると、
香港にいることを実感する。


韓国の扶余の古いバスターミナルの待合室は、
とても不思議な匂いがした。
それは、化学薬品のような、植物のような、
何とも言えない匂いだった。


花火のにおいは夏の定番だ。
毎年、8月下旬に実家の庭で花火大会をやっていた。
しめくくりはいつも線香花火だ。
金色の火花と火薬のにおいが夏の終わりの象徴だった。
今年の花火大会はできなかったが、
来年は夏の終わりの匂いをしっかり味わいたい。




气味的记忆似乎会长期残留。
一般不会被语言化,所以几乎没有意识到,
但是在遇到同样的气味的时候,
会想起完全忘记了的事情。

大海的气味能让我想起小时候的海水浴。
稍微有点儿腥味的海水气味,
唤起了遥远夏的天的记忆。

最近很少感觉到雨的气味了。
几年前下地铁的时候,我感觉到了雨的气味。
我对我老公说“现在可能在下雨。”
他听了后笑了,但是一出车站外面就在下雨。

雪的气味也感觉不到了。
小时候冬天的早上,
在被子里感受到又冷又冲鼻子的气味的日子,
院子里总是积着雪。

“青蛙的气味”也是小时候的记忆。
这是我父亲老家附近的水田的气味。
那里有很多青蛙,所以我叫它“青蛙的气味”。

香港有“香港的气味”。
一闻到混合了八角香和油腻的气味,
我就感觉到我正在香港。

韩国扶余的旧巴士候车室里有一股不可思议的气味。
那是像化学药品一样,像植物一样,无法形容的气味。

烟花的气味是夏天的必备品。
每年八月下旬都会在老家的庭院里放烟花。
烟花总是昙花一现。
金色的火花和火药的气味是夏天结束的象征。
今年没能放烟花。
我希望闻到明年夏天结束的气味。


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2020年 10月 25日

カテゴリー 生活一般

子供の頃、庭に柿の木があった。
柿と言っても渋柿である。
その実は筆の先のような形で、
「筆柿」という種類に似ていたが、
「筆柿」よりはるかに巨大だった。
自重に耐えられず、色づく前に落ちてしまうことも多かった。

柿の実がオレンジ色になると、
父は柿の木に梯子をかけてのぼり、実をとった。
取った柿の実は渋抜きする。
まず、乾いた布で拭いて汚れを落とす。
次に柿と焼酎を厚手のビニール袋に入れる。
それをプラスチックの容器に入れる。
その容器を2週間ほど物置に置いておく。
渋みが抜けて甘くなり、柿は柔らかいゼリー状になる。

鮮やかなオレンジ色の甘い柿を
スプーンですくって食べるのが好きだった。
一度だけ、渋味が抜け切っていなかったことがあった。
口に入れた途端、口内が砂で一杯になったような感じがした。

長野県に住んでいた伯父もこの柔らかい柿が好きだった。
彼は毎年野菜や味噌を父に送ってくれるので、
父はお礼として、この柿を送っていた。

12年前に実家を建て替えた時、柿の木は切ってしまった。
伯父は他界してしまった。

柿の季節になると、スプーンですくって食べた、
あの柿の味が恋しくなる。




小时候,院子里有两棵柿子树。
说是柿子,其实是涩柿子。
  ※日本的柿子大多是甜柿子。
形状跟笔尖一样的,和“笔柿”的种类相似,
可是比“笔柿”大得多。

无法承受自重,往往会在上色前就掉下去。
当柿子的果实变成橙色的时候,
我父亲把梯子搭在柿子树上,摘下果实。

摘下的柿子要去涩。
最初用干布擦去污垢。 
然后把柿子和烧酒放进一个厚塑料袋里。
再把那个放进一个塑料容器里。
那个容器放在小仓库里两周左右。
涩味就消失了,变得很甜,柿子变成柔软的果冻状。
我喜欢用勺子舀着鲜橙色的甜柿子吃。
只有一次,涩味没完全去掉。
刚一放进嘴里,就觉得嘴里好像满是沙子。

住在长野县的大伯也喜欢那种软柿子。
因为他每年都会给我父亲寄蔬菜和大酱,
所以我父亲为了答谢他,每次都回赠那种柿子。

12年前老家重新盖房子的时候,两棵柿子树被砍掉了。
大伯也去世了。
一到柿子的季节,就怀念用勺子舀着吃的那种柿子的味道。

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2013年 10月 09日

お江戸へGO!(その2)

カテゴリー 旅行,生活一般


その1の続き。



6階に降りると・・・大きな橋がドーンとあった。
これが「日本橋」
橋を渡ると、江戸ゾーン。



寛永の大名屋敷の模型。これは撮影OK。
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江戸東京博物館のサイトの説明によると、
> 江戸城本丸大手門の前に建てられた越前福井藩主・
> 松平伊予守忠昌(まつだいらいよのかみただまさ)(1597~1645)の上屋敷


模型の向こうには、徳川家のさまざまな情報が。
若いカップルが立ち止まって熱心に見ていた。


身分の高い人が乗りそうな感じの籠(前後に人が立って担ぐ)が
展示してあった。
展示というよりは「中に入って写真を撮りましょう」なんだけど。
(担ぐことはできない)


中国語で楽しそうに会話している御一行様(一族郎党?)が
嬉々として写真を撮っていた。
珍しくて不思議で、面白いと思ったのかな?
 
 
 
江戸ゾーンをもっと見たかったけれど、
夫と息子の姿が見えない。
もしかして??と5Fを見下ろすと(5Fと6Fは吹き抜け)、
「中村屋」の前の最 前列の椅子に父子で並んで座っていた。
 
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ここでは、いろいいろな芸を見せてくれるらしい。
この日は、相撲漫談と落語だった。
(相撲漫談:一矢 / 落語:柳家蝠丸)
 
 
相撲はあまり興味がないので、
力士の名前を言われても全然ピンと来なかったが、
現在、力のある外国人力士の人数がとても多いことはよくわかった。
 
 
ライブで落語を聞いたのは今回が初めて。
すごく面白かった。
最後の最後で、初期設定(?)の意味がわかったが、
どうやったら、あんな話が思いつくんだろう???
 
 
息子は少々退屈しているようだったが、
だんだん話に引き込まれて、最後には大笑いしていた。
座って話しているだけで、20分近く大勢の人の 注意をひきつけ、
最後に爆笑させるなんて、本当にスゴイ!!
「それが仕事だから、プロだから」と言ってしまえばそれまでだけど、
人間のコミュニケーション能力を高いレベルでフル活用しないと
できないことだよなぁ・・・
 

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漫談と落語の後は、舞台の後ろ側の『江戸ゾーン』へ。
ここは人が大勢いた。
 
 
体験しよう!ということで、
纏(まとい)、千両箱、肥桶が置いてあり、
それぞれ持つことができるようになっていた。
・・・待っている人が多くて断念。
 
 
順番にじっくり見たかったが、
夫と息子が『東京ゾーン』のほうへ
行ってしまったので、やむなく移動。
 
 
『東京ゾーン』の前の体験しよう!は、
人力車とダルマ自転車だっ た。
こちらも、人気があり、写真撮影をする人が多かった。
  
  

朝野新聞社。
銀座4丁目の和光が建っている場所にあったらしい。
 
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こちらのサイトによると・・・
http://www.kodokei.com/ch_013_6.html

朝野新聞は明治9年に銀座に進出。
当時の銀座は近辺に官庁街が有ったので、新聞各社が銀座に押し寄せ、
ジャーナリズムの街となったそうだ。
明治27年、伊藤為吉が、朝野新聞社屋を買って設計改築して、
服部時計店が完成した。





 
凌雲閣 
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wikiによると・・・

明治期から大正末期まで東京・浅草にあった、高さ52メートルの12階建ての塔。
開館開所は、1890年11月11日。
名称は「雲を凌ぐほど高い」ことを意味する。
12階建てだったので「浅草十二階」とも呼ばれた。
関東大震災で半壊し(1923年9月1日)、解体された(同年9月23日)。


 


実物の1/5サイズの風船爆弾もあった。
第二次世界大戦中、もっとも遠くまで飛んだ兵器ということで、
名前だけは知っていた。

wikiによると・・・
> 風船爆弾(ふうせんばくだん)とは、太平洋戦争(大東亜戦争)において
> 日本陸軍が秘密裡に開発した気球に爆弾を搭載した兵器である。
> 陸軍少佐であった近藤至誠が、デパートのアドバルーンを見て「風船爆弾」での
> 空挺作戦への利用を思いつき、軍に提案をしたが採用されなかったので、
> 軍籍を離れ、自ら研究を進めた。
> その後、近藤は病死するが研究は進められ、神奈川県の陸軍登戸研究所で
> 開発されている。
> 「ふ号兵器」という秘匿名称で呼ばれていた。
> 戦果こそ僅少であったものの、ほぼ無誘導で、
> 第二次世界大戦で用いられた兵器の到達距離としては最長であり、
> 史上初めて大陸間を跨いで使用された兵器となった。
> なお、「風船爆弾」は主に戦後の用語で、当時の本来の呼称は「気球爆弾」であった。


風船爆弾の製造についても、パネルの展示があった。
wikiにも説明があった。

> 日本劇場(現存しない。跡地は有楽町マリオンになっている)でも
> 製作されたという話はよく知られている。
> これは気球を天井から吊り下げて行う満球テスト(水素ガスを注入して漏洩を検査する)のために
> 天井が高い建物が必要とされたためで、日劇の他、東京では東京宝塚劇場、有楽座、
> 浅草国際劇場、両国国技館で、名古屋でも東海中学校・高等学校の講堂で作られた。

感動したり、楽しんだりするための場所で、兵器を作るなんて・・・
製造中の事故で亡くなった方もいる。
 
こんなふうに日常生活が蝕まれていった事実を聞くと、
祖母からもっと戦争中の話を聞いておくべきだったと思う。
話したくなかったかもしれないけれど。



 
『東京ゾーン』もじっくり見たかった・・・
今度は一人で平日に来たいなぁ。
 
 
体験コーナーには、昔の日本家屋が移設されていた。
中に入ったら、私がよく知っている「おばあちゃんち」そっくりだった。
イマドキの人には目新しいのだろうか???
なんだか複雑。


だいぶ前だけど、
夫と東北地方へ旅行したとき、リカちゃんキャッスルに立ち寄った。
なぜ行く気になったのかは不明。(息子はまだ存在しない時代)

  
リカちゃんミュージアムに
お馴染みの「黒電話」が展示されていたので、
とても不思議な感じがした。
 
 
 
続いて第2企画展示室へ。
 2020オリンピック開催都市決定記念
 特集展示「オリンピックがやってくる 1964-2020」



1945年の、信じられない状態の都心の写真から展示は始まっていた。

「オリンピックをもう一度」というコーナーがあった。
先ほど見た、東京ゾーンにも、いくつか資料が展示してあったが、
東京は「第12回オリンピック競技大会(1940年夏のオリンピック)」の
誘致に成功していた。(1936年7月のIOC総会で開催決定)



このオリンピックは紀元二千六百年記念行事として準備が進められていた。
『東京ゾーン』にも2600年という数字が書かれた展示物があり、
年号にしては多すぎるし、何なんだろうと思っていたが・・・
これは、日本紀元のことで、神武天皇即位の年を元年とするもの。
(皇紀元年は西暦紀元前660年)
今年は皇紀2673年。


神武天皇が即位した日が2月11日なので、この日が建国記念日。
・・・って知らなかった・・・



しかし、戦争の影響などから日本政府が開催権を返上したため(1938年)、
東京オリンピックは、「幻のオリンピック」となった。


東京と開催地を争ったヘルシンキで開催することが決まったものの、
1939年(昭和14年)にヨーロッパで第二次世界大戦が勃発し、
ヘルシンキオリンピックも「幻のオリンピック」になった。

 
 
1964年の東京オリンピックのポスターは全然古臭い感じがしない。
なんだかカッコいい。
 
 
亀倉雄策氏のデザイン。
この方のお名前をどこかで見たと思ったら、
今年の5月の旅行中にメモしていた。

やっぱりコピペじゃなくて、手書きや自力の入力だと
記憶に残るんだなぁ・・・



2013年 5月 07日の記事より
( GW旅行2013 ~ パールピアスのポスター ~
———————————————-
 
展示の説明パネルによると、
ポスターを対象にした展覧会の嚆矢は、
1966年の
「第一回 ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ」だった。
この時、永井一正氏が金賞を受賞。
 
その後・・・
亀倉雄策氏、福田繁雄氏、横尾忠則氏
中村誠氏、 勝井三雄氏、松永誠氏などの方々が続々と受賞。
このため、海外からは、
どうして日本のデザイナーが
大勢受賞しているのに、日本で開催しないのか?
という苦情(?)を聞くことが多かったそうだ。

———————————————-
 
 
 
 
 
オリンピック記念グッズとして、
マッチ、紙袋、ステッカー、路線図スカーフ、
東京地図のビニール風呂敷、ライター、貯金箱(銀行のおまけ)、扇子などが
展示してあった。
 
 
56年後の2020年のオリンピックでは、
どんな記念グッズが用意されるんだろう??




iPhoneを二まわりくらい大きくしたサイズの
東芝製のトランジスタラジオが展示してあった。
(6石トランジスタラジオ MODEL 6P-64)
この当時の社名は、東京芝浦電気株式会社だった。
本体は白くて、真ん中のスピーカー部分が赤い丸という、
「日の丸デザイン」になっていて、面白い。






江戸と東京をすっかり堪能して、長い長いエスカレータで3階へ。
ここは江戸東京ひろばというオープンスペース。

風が通り抜けてとても気持ちがいいけど、人が全然いない・・・

こんな展示があった。
お寺の屋根は下から見上げるしかないから、
実際のサイズを考えたことなどなかったけど、大きいんだなぁ・・・
 
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ひろばから、スカイツリーが見えた。


それにしても、面白い場所だった。
今後も、興味深い展示の予定があるようなので、ぜひまた行きたい。
(次回は単身で乗り込みたいなぁ・・・)
 
 
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2013年 10月 07日

お江戸へGO!(その1)

カテゴリー 旅行,生活一般

 
 
 
ソラマチに行った時に、墨田区のパンフレットをいろいろもらってきた。
その時に江戸東京博物館の資料があった。


江戸東京博物館 開館20周年記念特別展
明治のこころ -モースが見た庶民のくらし-
平成25年9月14日~12月8日
http://www.asahi.com/event/morse2013//

これがとっても面白そうだったので、夫に
「12月8日までに行きたい」と話したところ、
あっさり、「今週末に行こう」ということになった。
 
 
別に許可をもらう必要はないんだけど、
一人で行くとしたら、その間、息子をどうするかという問題があるし、
息子と私と二人で行くのは、とっても気が進まないし(苦笑)、
家族で行って、男女別行動というのが一番ラク・・・私にとっては。
 
 
 
10月6日。
10時過ぎに家を出て、江戸東京博物館へ。
思ったより建物は大きかった。
コレが建つ前に、ココには、いったい何があったんだろう??
ネットで検索したけど、これといって情報はなかった。
開館は1993年3月28日。
バブル期に建てられたので、
膨大な建築費と膨大な管理費がかかっているというコメントがあった。
 
まあ、お金がかかってるのはそうだろうなぁ・・・


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まず、お目当ての『開館20周年記念特別展』へGO!
 
 
建物の横に、乗客のいない観光バスが何台か停まっていたので、
混んでいるかと思ったけれど、そうでもなくかった。


こまごまとした面白いものがたくさん!
こういう展示は、上野の美術展みたいな、
前にいる人たちの頭の間から見る、みたいなのはムリなので、
会場内の人数が多くなくてよかった。
 
 
上品な雰囲気の初老のご婦人(外国人)は、
モースさんのメモを熱心に読んでいた。

英語圏の若い人たちは、筆記体を使うことがほとんどなく、
あまり読めなくなっているという話をネットで見かけたけれど、
このご婦人は、走り書きみたいな筆記体でも大丈夫なんだろうな。
 
 
私は、五線譜みたいなノートに筆記体を練習させられた世代だけど、
英語の授業で筆記体を習うなんて「昔の話」なんだろうなぁ。





それにしても、モースさんはスゴイ。
小さい茶碗や下駄くらいならともかく、
大きな看板や、巡り地蔵なんていうオオモノまで
コレクションしている。
  ※巡り地蔵
    厨子の中に子どもの無事や成長を祈願する子安地蔵が安置されている。
    かなり大きいものだけれど、このお地蔵さんを厨子ごと背負って、
    家々を訪ねまわる人がいたそうだ。
 
 
 
 
櫛や簪、大工道具などの中で、使った痕跡が見られるものは、
その場で譲り受けたものも含まれているらしい。
 
 
 
モースさんは大森貝塚の発見で有名。
縄文土器の名前が彼から来ているとは知らなかった。



大森貝塚の土器には網目模様がついていた。
モースさんはこれを「cord marked pottery」と呼んだ。
索紋土器という意味だが、日本の学者が【縄文】と訳したそうだ。 



縄文土器にも最近興味がでてきた。
火焔型土器のカタチは、ホントにすごい。
実物を自分の目で見てみたい。


こういうところにも行ってみたいなぁ。

http://www.najomon.com/page_najomon/yagai.html
農と縄文の体験実習館「なじょもん」
新潟県中魚沼郡津南町



それにしても、日本のコマゴマしたものって
やっぱり見てて楽しいなぁ。
お茶道具のミニチュアとか、商店の店舗模型とか、
本物そっくりに丁寧に作ってあって、とてもよかった。

 
 
会場の出口近くには「生き人形」というのが展示してあった。
人間に見えるかというと、ちょっと違うけど、
ほぼ等身大なので、迫力がある。
コレもお船に積んで持ち帰ったのかー

 
 
展示会場の外側では、いろいろなものを売っていた。 
布製品やら、掃除道具やら、日用雑貨やら、
『古き良きニッポン』のイメージを感じさせるものばかり。
ああいう展示を見たあとでは、欲しくなるものばかり(笑)。



この展示会の図録も販売していた。
ものすごく欲しかったけど、
Amazonでも買えるのがわかっていたので、
とりあえず我慢。


冷静になってから、購入するかどうかを決めよう。



モースさんの本は、地元の図書館でかなり所蔵していることがわかった。
今回の展示の中には、著作から引用していると思われる文章が
いくつも掲示してあった。
彼の本が読みたくなるような文章ばかりだった。
 
 



12時近くになっていたので、
混雑する前に7Fのレストラン「桜茶寮」へ。


窓際の席だとかなり見晴らしがよさそうだったが、
残念ながら奥側の席だった。
息子はオトナと同じものを注文し(ざるそば+松茸ごはんのセット)
わざびとしば漬け以外はキレイにペロリと平らげた。



食後は併設の図書館へ(レストランと同じく7F)。
息子は早速マンガを見つけて、読みふけっていた。



私と夫は映像資料のコーナーへ。
テツの夫は地下鉄開通の際の白黒映像を見ていた。
私は田園調布に建てられた住宅の移築についての映像を見た。
  田園調布→江戸東京たてもの園
        http://tatemonoen.jp/
        文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、
        復元・保存・展示する野外博物館



田園調布というのは昔から知っていたけれど、
これを開発した「田園都市株式会社」なんて、ちっとも知らなかった。



wikiによると・・・
______________________________

田園都市株式会社は理想的な住宅地「田園都市」開発を目的に
1918年(大正7年) に実業家渋沢栄一らによって立ち上げられた会社で、
現在の東京急行電鉄・東急不動産の始祖に当たる。

1922年に目黒区、品川区にまたがる洗足田園都市、
翌年大田区の多摩川台地区(現在の田園調布)の分譲を開始し、
またその地の足の便の確保のため鉄道事業を営んだ。

1928年、子会社であった目黒蒲田電鉄に吸収合併された。
その開発手法は後に東京急行電鉄による多摩田園都市開発に
応用されることになる。

______________________________


映像資料にあった、田園調布から移築された住宅は、このページのW7。
http://tatemonoen.jp/area/west.html

『田園調布の家(大川邸)』 1925年(大正14)



映像資料が作成されたのは20年くらい前だったので、
大川邸の奥様のインタビューも収録されていた。


とてもおしゃれなお宅なのに、水道はなくて、
井戸を掘るところからスタート。
20メートルほど掘って、やっと水が出て、万歳したそうだ。
トイレは水洗だったので、奥様と女中さん(!)とで、
トイレ用の水をくみ上げて、タンクに入れていたとのこと。
 
 
電気代は恐ろしく高くて、とても払えなくて、
暖房には木炭など代替のものを使っていたそうだ。
 
 

このお宅の大きな特徴は、和室がないこと、
家の中心となる一番いい場所には、
家族のためのリビングがあること。
(これまでは、一番いい場所は応接間だった)
 
 

家の組み立てには、アメリカの技術を取り入れているそうで、
木材を接続するのにボルトをガンガン使用。
さびないのかなぁ・・・??
日本の技術の場合、木と木を継ぐときには、
端っこを複雑な形に切って、
互いに組み込み合うようにして、釘は使わないらしい。


昔、日本にたくさんの木が生えていた時代には、
建物を建てる時には、
一つの山から必要な木材をすべて調達していたそうだ。


建物の西側には、山の西側に生えていた木を使うなどして、
もともとその木があった場所と似た環境のところに
置くようにしていたらしい。
木の癖(?)まで考慮して使っていたと
言えるんじゃないのかな。





息子を放っておくといつまでもマンガを
読み続けそうだったので、
6Fの常設展示へ移動することにした。


その2へ続く
http://www.m2-dream.net/?p=9813

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2013年 5月 30日

農業体験

 
 

 
 
 
 
5月26日(日)。
早起きして、父親の実家へ。
 
 
子どものころは、在来線を乗り継いで7時間近くかかったけれど、
新幹線が開通したので、電車の接続がよければ、
自宅の最寄駅から2時間ちょっとで着く。
 
 
息子を連れて家を出たら、ちょうどバスが来たので、乗車。
予定よりかなり早く、両親との待ち合わせの新幹線改札口に着いた。
・・・が、両親はもう来ていた。
 
  
以前、信号機トラブルか何かで私鉄が遅れて、
新幹線に乗れなかったことがあったとかで、
それ以降、「早め早めの行動」にしているそうだ。
 
 
 
 
今回の目的は<農業体験>。
 
 
某激安通販で、Tシャツとジャージと長 靴を購入。
紫外線対策のアームカバーとネックガードは
100円ショップにて購入。
(ネックガードは帰ってきて洗濯したら、
 ハラマキサイズに伸びてしまった!
 ネットに入れて洗ったんだけどな)
 
 
移植ごて(=片手で持つ小型シャベル)も100均で用意。
軍手は、通勤経路にある、
ニッカポッカとかを売っているワイルドなお店で購入。
 
 
日本製のしっかりした軍手が1ダースで400円ちょっとだった。
(コンビニだと、1双が100円だったりする)
 
 
 
 
 
 
父親の実家に行くのはとっても久し振り。
でも、前回訪問時からほとんど変わっていないような。
元気のいい伯父さんは2年前の冬に亡くなってしまったけど。
お茶をいただいてから着替えて、早速畑へ。
 
 
 
既に暑い・・・
 
 
畑の土はカラカラに乾燥していた。 
 
 
ここに植えて育つんだろうか??
と、思ったけれど、従兄夫婦が植えた玉ねぎや
ナス、イチゴは元気に成長中。
 
 
イチゴは「試食していいよ」と言われたので、
早速いただいた。
まだピンクに近い色だったけれど、
甘くてとても美味しかった。
 
 
 
種まきしたのは、
大豆、とうもろこし(ポップコーンになる種類)、小豆。
 
 
苗を植えたのは、ネギ、かぼちゃ、さつまいも。
長芋は、イモの部分に芽が出始めているのを寝かせて埋めた。
・・・植えるって表現の方が正しいのかしら??
 
 
 
 < BR>従兄夫婦がやると、
とっても簡単そうに見える作業でも、
実際にやってみると、同じようにはできない。
  
 
特に道具の扱いはまったくダメ。
どうしてあんなにササッとできちゃうんだろう??
 
 
1時間ちょっと作業したところで、休憩。
畑で飲む冷たいお茶はとっても美味しい。
伯母さんお手製のおやつも最高。 
 
 
 
甥っ子と息子は、
堆肥づくりのために堀った、お風呂サイズの穴に入って、
虫取りに夢中。(何しに来たんだよー) 
 
 
 
甥っ子はどんなにウニョウニョした不気味な虫でも
ためらうことなく手を伸ばして捕まえるのでびっくり!
 
 
 
 
 
種や苗を植えたところには、
年季の入った大きな如雨露で 水をかける。
 
 
水は、数メートル離れた用水路からバケツで汲む。
 
 

 
 
 
水道以外のところから水を汲むなんて、
何年振りだろう??
 
 
姪っ子も息子もこの作業がとても新鮮だったようだ。
 
 
水を一杯に入れたバケツはかなり重いけれど
これを運ぶのも、珍しい体験だったらしい。
 
 
 
「マルチ」と呼ばれる、黒いシートを敷く作業にも
子どもたちは大喜び。
 
 
マルチを掛けておくと、保湿・保温のほかにも
雑草が生えないとか、防虫なども期待できるらしい。
 
 
今の季節は寒暖の差が激しいので
(従兄の家には炬燵があった!)、
「霜よけ」も必要。
 
 
これは、肥料の空袋を切って筒状にして、
畑に植えた 苗の周囲を囲むようにして立ててから、
袋がピンと張るようにして、四隅を棒で引っ張ってから
棒を地面に突き刺して立てると完成。
二人一組で、二本ずつ棒を持ってやる。
姪っ子が、従兄の指導を受けながら、熱心にやっていた。 
 
 
 
12時のチャイムが鳴った時に
ちょうど作業終了。
 
 
みんなでぞろぞろと従兄の家に戻った。


 
 
 
 
 
お昼はカレーライス。
大勢で食べるごはんはおいしいなぁ。
 
 
畑から戻ってくるときに、
従兄の奥さんがぽきぽきと収穫した
菜の花やアスパラも登場。
(息子、甥っ子とも、アスパラ取りは熱心に手伝った) 
 
 
 
これがまた最高においしい。
 
菜の花は、鰹節+醤油でも美味しいけ れど、
胡麻ドレッシングでも、ものすごーくおいしい。
アスパラガスは、塩でもマヨネーズでも
そのままでもおいしい!
 
 
姪っ子が「産地直送よりも新鮮」と言っていたけど
本当にそのとおり。
 
 
食後には、冷たい手作りデザート(これまた美味しい!!)を
いただきながら、いろいろおしゃべり。
 
 
息子と甥っ子は、
「カエルを探しに行く!」
と飛び出していったきり帰ってこなかった。
暑いのにねぇ・・・ 
(私も小学生の時に、同じ場所で↓ 全く同じことやってたけど)


  
 
 
あっという間に帰る時間になり、
お別れのご挨拶をして
無人駅からローカル線に乗車。
 
 
従兄と奥さんは畑の中から手を振ってくれた。
(車窓からよく見える!)
  
 
 
 
 
 
場所と記憶には、強い結びつきがあり、
この二つの関係は、昔から記憶術に利用されてきたそうだが、
今回の訪問で、それを実感した。
 
 
 
子どもの頃に遊んだ場所に立つだけで、
親戚一同で花火大会をやった空き地を見るだけで、
当時の記憶がありありと浮かんでくる。
 
 
 
「池替え」という池の掃除をやった小さな池は、
さらに小さくなっていたけれど、
ここもまた、記憶が浮かび上がってくる場所。
 
 
伯父さんが大きな鯉を<抱っこ>させてくれたのだが、
鯉はものすごい勢いで暴れまわった。
その時の腕の感触まで思い出してしまった。 
 


 
 
 
白い糸のようなものは鳥除け。
池の魚を狙って飛んでくるらしいが、
糸が羽に当たると、嫌がって逃げるそうだ。
 
 
夏にまた行く予定。
植えた種や苗は元気に育ってくれるかな??
 

農業体験 その2 
http://www.m2-dream.net/?p=9509

 
長くて楽しい一日だった。
息子にお礼状を書かせたら
「ぼくは、カエル探しが一番楽しかったです」
と巨大な字で書いていた・・・汗
 
 

 
 
 
 
 
 
 

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2012年 12月 05日

日曜日

カテゴリー 生活一般

 
 




11月25日(日)
両親、姉、息子というメンバーで小石川後楽園へ。
「近場で写真撮影会」という話になり、選ばれたのがここ。
 
 
 
東京都公園協会のサイトより
「小石川後楽園」

http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/outline030.html

 
___________________________________

基本情報
● 開園年月日 : 昭和13年4月3日

● 開園面積 : 70,847.17平方メートル(平成22年5月31日現在)

江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、
江戸の中屋敷(後に上屋敷となる。)の庭として造ったもので、
二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。
 
 
光圀は作庭に際し、明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、
中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、
天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられました。
 
 
庭園は池を中心にした「回遊式築山泉水庭園」になっており、
随所に中国の名所の名前をつけた景観を配し、
中国趣味豊かなものになっています。
また、本庭園の特徴として各地の景勝を模した湖・山・川・田園などの景観が
巧みに表現されています。
 
 
この地は小石川台地の先端にあり、神田上水の分流を引入れ築庭されました。
また光圀の儒学思想の下に築園されており、
明るく開放的な六義園と好対照をなしています。
 なお、後楽園は昭和27年3月、文化財保護法によって
特別史跡及び特別名勝に指定されています。
特別史跡と特別名勝の二重指定を受けているのは、
都立庭園では浜離宮とここの二つだけです。
全国でも京都市の鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)、醍醐寺三宝院、
奈良県の平城京左京三条ニ坊宮跡、広島県の厳島、岩手県の毛越寺庭園、
福井県の一乗谷朝倉氏庭園を合わせ9ヶ所だけです。

 
__________________________________








父は、私がプレゼントした帽子をかぶって、
カメラを二台持参して張り切って(?)参加。
 
 
とてもいいお天気だったので、
カメラ教室の課題として先生にお見せできるものを
撮りたかったのだろう。
 
 
後楽園駅集合を9時にして大正解だった。
(時間が経つにつれて、人がどんどん増えていったので)
 
 

 
 
それにしても紅葉っていいなぁ・・・
 
 
桜とはまた違った趣きだけど、
見事な真っ赤や、鮮やかな真っ黄色に染まった木々は、
満開の桜のような、圧倒されるような迫力があると思う。



(お天気がよかったので池の水に木々の色がクッキリ映っている)



 
今年の初め、詩歌の講座を受けたので、
歌でも句でも詠んでみたいと思ったけれど、
自分の語彙の少なさにがっくし。
 
 
奇を衒うつもりはないけれど、
あまりに紋切型、ありきたりじゃ、
表現力の乏しさが露呈する。
 
 
詩人、歌人、俳人ってすごいよなー・・・
 
 
 
 
園内の人が多くなってきたところで、
外に出てお昼を食べに行くことに。



 
 
 
東京ドームホテルの、北海道フェア2012(バイキング)が
よさそうだったけど、待ち時間が90分と聞いて諦めた。
 
 
テーブルはたくさんあり、空いている席もあったが、
団体などの予約が入っているのだろう。
 
 
青いビル2階の「後楽園飯店」へ。
 
 
中華名人(=夫)がいないので、
2100円の土日・祝日セットメニューを頼んだところ、
これが大正解。
味も量もバッチリだった。
 
 
デザートの杏仁豆腐も、
「ちょっと苦手」「好んでは食べない」
という母・姉ともに、これはおいしいと言って、
ペロリと食べていた。
 
 
それから再び外へ。
 
 
ドームホテルから青いビルへ移動するときに
横目で見た「鯉の品評会(?)」を、ちゃんと見ようと思って
いくつも並んだ青い水槽を見に行くと・・・・
 
 
全部空っぽ!!
 
 
午前中で終わりだったらしい。
 
 
我々と同じく、あとで見ようと思って戻ってきたのか、
子連れの若いお父さんが、
「あれ!! いない!!」
と叫んでいた。
 
 
確かにびっくりするよな。
 
 
 
後楽園駅へ戻ってきて、解散しようかと思ったところで
「今日はコーヒー飲んでないね」
と姉が言い出し、お茶していくことにした。
 
 
メトロ・エム後楽園のアフタヌーンティへ。
誰も紅茶は頼まず、息子はオレンジジュースで、
全員がコーヒーを注文。
 
 
父は万歩計を取り出し、歩数を確認し
「15000を超えてる!」
と嬉しそうだった。
 
 
(母に言わせると、父の万歩計は<バブル>らしいが・・・笑)
 
 
 
両親とも、写真を撮りながらのお散歩は
とても楽しかったようで、
「また、近場でやりたい」と話していた。
「そのうち、また」だと、
結局やらないことになりかねないので、
こちらでお膳立てしなくちゃ。
 
 
これから寒くなるから、春になってからだと思うけど。
今からどこかよさそうなところを探しておこう。






 
 
12月2日(日)
 
前日の土曜日は、息子の仲良しのお友達が遊びに来て、
二人で夢中になって遊んでいた。
 
 
 

 
目にも鮮やかな(?)サーキット!
ここで「F1レースごっこ」が
華麗に(?)繰り広げられたのだった。

 
 
その子を送って行ったあと、
息子は大きなリュックサックを背負うと、
大急ぎで「パラダイス」へ飛んで行った。
(パラダイス=父方のおばあちゃんち)

息子は、父方にしても母方にしても、
「おばあちゃんち」が大好き。
一人で行くし、一人でお泊りもへっちゃら。
パラダイスのためなら、一人で荷づくりもする。
(着替えとパジャマを入れるだけだが)

 
 
 
 

 
 
 
子鬼がいない日曜日は、のんびり日和。
前日に、「小さなお客様(=息子の友達)」が
来てくれたおかげで、家の中は片付いてる。
 
それなりに訪問客があるというのは、
家の中を<よい状態>に保つ重要ポイントかも・・・

ちょっと寒かったけど、ネロくんカフェへ。

魔女の感謝祭は11月で終わり、
次の個展が始まっていた。


 
 
 



奥のテーブルで、作者の家族と思われる男性と、
親族と思われる男性が、コーヒーを飲みながら
おしゃべりしていた。
(「あの雪だまは。僕がつくりました」と話していた)


 
いつも通り、「結びセット」と
「フェアトレードコーヒー」を注文。

しばらくすると、小学校低学年の男の子と、
彼の妹らしき5歳くらいの女の子、
この二人のお母さんと思われる女性、
それと、おばあちゃんがにぎやかにお店に入ってきた。

作品が飾られた店内を感心したように見て回り、
写真を撮っていた。


 
 
 

 
 
 
その後、やはり親族と思われる若いお姉さんが来て、
スマホで店内を動画撮影。

マダムは調理や接客で忙しい傍ら、
「なんとなくアウェーな私」に話しかけてくださった。

お店は開店から12年経ち、明日から13年目に入るとのこと。

1999年に開店したそうだ。

息子がお腹にいた2003年には、
このカフェに結構足繁く通ったが、
子どもが生まれるずっと前に、
夫と二人で一度だけ来たことがあった。

あれは、開店して間もない頃だったんだなー

その後、お店が見つけられず(笑)、
行かなくなっちゃったんだけど。

マダムの話では、
「お店を見つけられなくなってしまう人」は
そこそこいるらしい。

そして再訪時には「やっと見つけた」みたいなことを
話すらしい。

お店が隠れたり、消えたりするわけじゃないし、
目印になる建物がない平凡な住宅地とは言え、
何で見つけられなくなったのか、自分でもわからない。




 
 
 

 
 

 
それにしても、こういう「すっごく落ち着ける場所」が
徒歩圏内にあるのは、本当にありがたいこと。

これから先、引っ越す可能性は低いけれど、
もし、新しい街へ移ることになったら、
こういうカフェを早めに探しておきたいな。




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2012年 2月 18日

Cartesian diver


息子と一緒にお気に入りのカフェへ。
なんだかホントしょっちゅう行ってるなぁ・・・










今日は看板猫のネロが「人恋しいモード」だったので
写真がたくさん撮れた。







だいぶ美男子になってきたわねー









いつも通りの滋味ご飯。







お気に入りのフェアトレードコーヒー。







面白いおもちゃがあった。

マダムがミュージアムショップで購入したもの。






説明書より抜粋

> ウォーターゴースト(デカルトの潜水夫)

> ウォーターゴーストは口吹きガラス製で
> 体内は空洞、しっぽの先に小さな穴があいています。

> これは16世紀のフランスの著名な物理学者で
> 哲学者であったデカルトの考えた原理に基づいたおもちゃです。

> 浮沈子「Cartesian diver」という名前で知られています。





> 原理
> ボトルに圧力を加えると、ウォーターゴーストの体内の空気が圧力を受け
> 体内に水が入ってきて、ゴーストの身体を重くし、下に沈みます。

> 圧力がなくなると、体内の空気は水を押し出し、ゴーストは浮き上がります。

> すばやい圧力の加減はゴーストの身体を回転させます。










このゴーストというか宇宙人はガラス製なので、
とっても繊細。



最初に見たときは、ペットボトルの底に沈んでいた。
マダム曰く、
「昨日まではくるくる動いていたのに、
 今日になったら動かなくなっちゃったの」








好奇心旺盛な息子はどうしても「くるくる動く」のを見たくて
マダムが出してきた説明書を一生懸命読んでいた。


「水が入りすぎるとダメだから、出さなきゃだめだ」
と言う。


水を出すのは、『しっぽの先の小さな穴』から。
・・・直径が1ミリくらいしかないぞ。


『中に入った水を振って出す』と説明書には書いてあるが、
本体はガラス製。
息子にやらせるのは怖いので、私がやったが、なかなか水は出てこなかった。

『吸い出す』という方法も書いてあったけど、・・・これはちょっと、ねぇ。



ゴーストの中の水を三分の一くらいまで減らしたところで
ペットボトルに戻すと・・・浮いた!






ペットボトルをてのひらで押さえて圧力をかけると
ゴーストは沈み、手を放すと浮き上がる。


こんな単純な動作なんだけど、面白くて何度も繰り返してしまった。



Cartesian diverで検索したら、動画がいくつか出てきた。
有名なんだなー


息子は同じものが欲しいという。
今度マダムに美術館の名前をちゃんと聞いて、
行ってみようかなぁ。




窓際に飾ってあったお雛様。
母が持っていた雛人形によく似ている。







ひとしきり遊んでから図書館へ。






この間から気に入って眺めている「二十世紀名句手帖」の、
『山と海のラビリンス』をぱらぱらめくってみた。


薄氷の消ゆるあたりのうすあかり  小林康治


水銀の如き光に海見えて
  レインコートを着る部屋の中  近藤芳美


ただ海のかはらぬ貌をたしかめに
  休日を雨の港へと寄る     辰巳泰子


ももいろの光は空に海に溶け
  白兎海岸夕ぐれんとす     石川不二子


白兎海岸は鳥取なんだなぁ。
有名な「因幡の白兎」のお話の舞台になった場所で、
あの兎をまつった白兎神社が近くにあるらしい。

ももいろの光が空と海に溶けていく夕焼けを見てみたい。


それにしても、どうしてこんな風に句や歌が詠めるのかしら・・・


語彙とか表現力ももちろん必要なんだけど、
やっぱり感性とか、美しいもの・印象的なものに気づく力が
必要なんだろうなぁ・・・





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2012年 2月 07日

カフェと図書館 2

カテゴリー 生活一般

 
 
 
 
2月になってしまった・・・というか、そろそろ1週間経つ。
この間、年が明けたような気がするが(苦笑)
 
 
 
先週の週末のことも書きたいけど、まだ消化できてない。
短時間で大量の情報が入ってくると対応できないや。
 
 
 
 
 
土曜日は学校公開だった。
 
 
先生方がおめかし(?)しているのがなんだか面白い。
スーツ+スニーカーというのは、いかにも「がっこのセンセ」だよな。
 
 
息子の授業態度は・・・うーん。
「いかがなものか」だなぁ。
 
まあ、私も小学校の時は、手悪さ・落書きの常習犯だったし、
(夫もそうだったらしい)
中学・高校では本の回し読みをしていたし・・・。
 
 
 
でも、イマドキの 小学校の教科書は
カラフルで、写真や絵が豊富で、文字が少なくて、
とっても楽しそうなんだけどなぁ。
先生も教え方をいろいろ工夫していると感じるし、
授業は退屈じゃないと思うんだけどなぁ。
 
 
 
小学校2年生の山場は、算数に限って言えば
「掛算の九九」じゃないのかな。
息子のクラスでは、ゲームみたいなテストにして、スピードを競ったり、
逆から言えるかに挑戦したりしている。(九九八十一、九八七十二・・・)
 
 
 
私が九九を覚えたときは、努力と根性だけで
ひたすら頑張るしかなかった。
 
 
 
九九のテストもあった。
「帰りの会」の後、先生の机の前へ行って、九九を暗誦するのだ。
つっかえないで10秒以内に言い終わらないと合格できない 。
しかも、合格しないと帰らせてもらえなかった。(今じゃありえん・・・)
 
 
 
当時の担任の先生は「おばあさん先生」という印象があるのだが、
もしかしたら、今の私とさほど変わらない年齢だったのかも。(・・・滝汗)
 
 
 
威厳のある先生だったので、机に近寄るだけで緊張した。
先生はにこりともせずに
「はじめっ」
と言い、生徒が九九を言い終わるまで腕時計の秒針を見つめていた。
 
 
 
あの先生は今頃どうしているかな??
 
 
 
 
 
 
授業を見学した後、廊下に展示してある図工の作品を鑑賞(?)した。
イマドキの図工もとても楽しそうだ。
息子は図工の教科書を眺めるのが好きだけど、確かに面白い。
実際に作ってみたくなる。
息子は図工の授業が2時間ある金曜日をとても楽しみにしている。
「すごーーく楽しみな曜日がある」というのは羨ましい・・・
 

 
 
 
 
 
学校の次は図書館へ。
借りていた本を返却してから、詩歌のコーナーへ。
面白そうなのを選んで閲覧席へ持って行き、
気に入ったものを書き写した。
 
夏の句も素敵なものがあって書き写したが、
やっぱり今の季節は冬を感じる句がぴったりするなぁ。

 
◆星屑の奥の奥まで雪祭り      安達淙子
雪祭りなんてとってもとっても寒そうなので、
行きたいと思ったことは一度もなかったが、
この句を見て、行ってみたくなった。
 
ヒートテックとかスゴ衣とか重ねて着て、さらにスキーウェアを着れば
大丈夫かもしれない・・・



◆マフラーに星の匂いをつけて来し  小川軽舟
匂いの記憶はいくつもあるが、「星の匂い」を感じた記憶はない。
いったいどういう匂いなんだろう??
でも、ありそうな気がする。
雪の匂いとか、雨の匂いは、はっきりと「匂い」があるんだから、
凍った天空に貼り付いているような白い星々にも絶対に匂いはあるはず。



短歌も書き写した。

◆水銀灯ひとつひとつに一羽ずつ鳥が眠っている夜明け前
                              穂村 弘
「あ、この場面知ってる!」と感じた歌。
自分の目で見たのか、写真で見たのか。
とにかく印象的な場面だった・・・写真だったのかな、やっぱり。
冷静に考えれば単に「コレ、知ってる」っていうことなんだけど、
それでもやっぱり心が動くものなんだなぁ・・・



◆骨格を持たざるものは消え果る歴史のまこと思い至れる
                             勝部祐子
哲学的な雰囲気を感じた歌。
最近は、「骨格を持たざるもの」がとっても多い気がする。
私自身も、骨格が透けて溶けかかっているのかもしれない。

日本語には、骨がつく言葉や表現がたくさんある。
骨ってとても重要だったのだろう。 
今は骨密度とか骨粗鬆症とか健康面から気にすることが多いけど。

現代人の骨がヤワになっていることと、
「骨格を持たざるもの」が増えている感じがするのは
何かつながりがあるような気がする。
 
・・・と言っても、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話に
なっちゃうかもしれないけど。 








それからお気に入りのカフェへ。
 
 
 
黒猫ネロくんは、初恋まっただ中。
ピンと立った耳がキュートな赤ちゃんネコだったのは
ついこの間のことだったのに・・・
 
 
ネロくんちの横を時々通る「カノジョ」が気になって仕方がない。
 
窓辺に座って「カノジョ」が来るのを今か今かと待ち続けている。
 






とっても切ない目をしていて、
「片恋」という言葉を体現しているような。
 
 
もしネロくんに言葉を扱う力があったら、
とっても情熱的な恋の句を詠むかもしれないなぁ。



 
 
今年二度目の滋味ごはん。





静かで口福な時間。







食後のコーヒー。



 




 
カフェをお暇して少しお散歩。
久々のあったかい午後。
 
 
 
コーヒー豆屋さんでお買物を兼ねて一休み。
焙煎を待つ間、「カロシトラジャ」を いただいた。
(次回はこれを買おうかな)
いい香りに包まれているとなんだか眠くなってくる。
もう少しゆっくりしていたかったけれど、
2時半過ぎには息子が帰ってくるので、
青空の下、てくてく歩いて帰った。
 
 
 
 








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2012年 1月 22日

カフェと図書館

カテゴリー 生活一般,読書


 
 

 
 
2012年1月21日。
とってもとっても寒かったが、お気に入りのカフェへ。
今年初の訪問。



2012年第一回目の滋味ランチ。

 
 
おいしいなぁ。
 
 

 
 
食後にはフェアトレードコーヒー。
 
 

 

 
息子は滋味ランチの美味しさがわからないので、
家で昼ご飯を食べさせ、
ここではデザートとしてチーズケーキ。
(このお店のチーズケーキは大好物らしい)


その後、ネロくんと遊んでいた。


 
 


 
 




寒い中、外出したそもそもの理由は図書館での調べ物。

(とっても寒いので滋味ランチという「オマケ」を付けないと
 外に出る気になれなかった・・・)



息子は児童書のコーナーに座らせておけば
読みたい本を持ってきて勝手に読んでいてくれる。
彼にとっても図書館はパラダイス。



マンガに餓えているので、「マンガも載っている本」を
見つけるのが得意のようだ。
(社会や理科など、文章とマンガと両方で説明している本)






息子が「読書」している間、
私は今やっている講座の課題に使うために、
素敵な歌や句を釣り上げなければならない・・・






詩歌のコーナーへ行ったが、うーむ・・・
こんなにたくさんあるのかぁ・・・





詩句採集用のノートを作り、
目と手を使って書き写す作業をすると
詩句力アップに大きな効果があるとのことなので、
ヤル気はあるのだが、ずらりと並んだ本を前にすると、
どの本を手に取っていいのやら・・・・








寺田寅彦氏に興味を持ち始めたので、
まずは岩波少年文庫の
「科学と科学者のはなし 寺田寅彦エッセイ集」
を読んでみたのが、これがなかなか面白く、
この中に夏目漱石の句がいくつか載っていた。


今の時期では全然実感がないけれど、
  水盤に雲呼ぶ石の影涼し
というのがいいなぁと思ったので、
『夏目漱石句集』から見てみることにした。





  廻廊の柱の影や海の月

いいなぁ、コレと思って書き写したのだが、
どうしてこの寒い中、夏っぽい句に惹かれるのか??

寒いから「暑さ」を求めているのかなぁ???




漱石句集からいくつかノートに書き写し、再び書架へ。



「ジャケ買い」という言葉があるが、それと同じで、
見た目だけで句集を選び、
閲覧コーナーへ持ってきてパラパラめくった。





句集の場合、1ページに二つか三つ、多くて四つなので、
パラパラめくるような感じでも、
とりあえずは目を通すことができる。
 
 
豊かな感性の持ち主なら、
文字だけ追って素通りするようなことはしないで、
一つの句に重厚な曼荼羅を見たり
壮大な宇宙を感じたりするんだろうなぁ・・・







「二十世紀名句手帖5 星と月のシンフォニー」を
パラパラめくっていたら、手と目が止まった。


  銀河より降りくるものを待ちゐたり (嶋田麻紀)


なんだかシーンとしてしまった・・・


図書館だから、もともと静かなんだけど
「なんかいいものないかなぁ」
と跳ねまわっていた心が、ピタッと止まって静かになった感じ。



一体何が降りてくるんだろう??
でも「何かが降りてきそうな感じ」は、すごくわかる気がする。



17文字だけで表現されている世界。


作者のイメージとはかけ離れたものかもしれないけれど、
イメージがどんどん膨らんで(暴走?)
しばし幻想の世界へ・・・


俳句ってすごいなあ・・・





今、実家から「私の俳句修行」を借りてきている。
(アビゲール・フリードマン著)


この本のカバーの見返しに書かれた紹介文によると・・・
> 在日時にふとしたきっかけで俳句の面白さに目覚めた米国の外交官が
> 激務の間の体験を振り返りながらまとめ上げたユニークな俳句エッセイ。


著者はスーパーウーマンなんだけど、
この本の最初の「日本の読者のみなさんへ」には、
とても優しくて素敵な文章があった。



> 子どもは未知なるものに思いをはせ、
> その意味をつかまえようとし、
> 物語をつくりあげては想像力をひろげてゆきます。
> 私にとって未来は神秘的で、考えるだけで胸がときめきました。
> しかし年齢を重ねるにつれ未来を想像することは減り、
> やがて仕事や家族、現在を忙しく生きる日がつづきました。

>  そんなある日、私はひょんなことから俳句に出会いました。
> 本文に書いたように、はじめは、ただの趣味だと思っていました。
> でも自分で俳句をつくり、
> 黒田杏子から俳句へのとりくみ方を学ぶうちに、
> 何か「特別のもの」を発見しました。
> 今おこっている出来事や、
> その日、私が心動かされたものや状況について俳句をつくる。
> そんなとき私は、子どものころ未来について夢見たのと
> 同じ畏れと神秘さを味わったのです!
> 年越しそばについての句をつくっているとき、
> 「生きている」すばらしさを実感しました。




 

現在受講中の講座の課題でヒーヒー言っている時は、
畏敬の念や神秘的なものは、
どっかへすっ飛んでしまっていることが多いけれど、
仲間が作ったすばらしい句が披露されると、
日々のべったりざわざわした現実の中にも、
こういう爽やかなもの・透き通った美しいものが
内包されてるんだなぁと思う。






師匠によると、俳句や短歌のような定型詩は
タイムカプセルのようなもので、
その時代の香りをそのまま閉じ込めているから
それを開けば、今の時代の香りと合わせることができるそうだ。



このタイムカプセルの話を伺って
ひょっこり思い出したのが
「本の遠近法」(高階秀爾著)に載っていたエピソード。



著者は、ある会合でドナルド・キーン氏が語った言葉に
強い印象を受けたという。


> その時、キーン氏が語ったのは、古事記や日本書紀など、
> 日本の古い文献に述べられているさまざまの出来事が
> 果たして実際にあったことかどうか、大いに議論の余地はあるが、
> しかしそこに記された歌だけは絶対に疑うことができないという
> 主旨のものであった。


本当にタイムカプセルのように、
「その歌を詠んだ時」「詠んだ人の思い」が
閉じ込められているのかなと思った。
だとしたら、やっぱり疑うことはできないだろう。







「二十世紀名句手帖5 星と月のシンフォニー」は、
図書館から借りてきたのだが、ひょいと開いたら、
すごい言葉に出会った。



この本には4人の方が書いた「俳句随想」というコーナーが
句のページの間に挟まっているのだが、
三善晃氏(作曲家)のタイトルに釘づけになった。



《一切の時空が十七文字に》
 あるいは《時空一切を孕む窖(あな)》




俳句の17文字はそういうものなのか。





しかし、私にとって五七五の17文字では短すぎ、
七七を足した31文字では長すぎるのであった・・・
 
 
  
 
 
 
 
 

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